絢の軌跡   作:ゆーゆ

42 / 93
夢に向かって①

私がクロスベルを訪れた目的は、2つ。

1つ目は、私の戸籍や身元に関するあれやこれやの事務手続き。

そして2つ目が、私の実家に残された私物の整理だ。

 

後者については私も先週聞かされたばかりだった。

驚いたことに、とっくに無くなっているとばかり思っていた私の実家は、今も住宅街の外れに存命だそうだ。

サラ教官曰く、お母さんの元同僚達が今も定期的に管理をしてくれているらしい。

毎度のことながら、教官はどこからそんな情報を仕入れてくるのだろう。

私には知る由も無いのだが。

 

7月11日、日曜日。

私に残された時間は昼までだ。昼過ぎにはクロスベル発、帝都行きの列車に乗らないと門限に間に合わない。

朝の4時半きっかりに起床した私は、ソファーで死んだように眠るオスカーを叩き起こした。

幸いにもすぐに目を覚ましてくれたオスカーは、着の身着のままで特務支援課ビルを後にした。

「ベネットに殴られる」と慌てふためいていたが、一体誰のことだろう。

問題はウェンディだ。重度の二日酔いに襲われた彼女は、起きるやいなやお手洗いに直行した。

たっぷり1時間籠った後、やはり死んだような顔で「無理」と一言だけ呟いた。

すぐにロイドはウェンディの実家とオーバルストアに連絡を取り、「夏風邪」というありきたりな言い訳で誤魔化すことに成功した。

「妹に会わせる顔が無い」というウェンディの意志を尊重し、今もソファーでキーアの手厚い看護を受けている頃合いだろう。

 

一方の私は手続き関係を朝一で済ますべく、市民会館に足を運んでいた。

わざわざ付き合ってくれなくても、という私の遠慮はロイドには通じなかった。

何でも「特務支援課への正式な支援要請だからな」だそうだ。

要するに彼は今日非番というわけでもなく、私に付き添うのが仕事なのだろう。

特務支援課とやらが日々どんな仕事を請け負っているのか定かではないが、彼と行動を共にできることは素直に嬉しかった。

 

「か、書きました」

「では次にこちらの太枠の欄内をご記入下さい」

「ええ!?」

 

市民会館のテーブルで必要事項を記入し続けること約40分。

朝一でやって来て正解だった。もうとっくに書類の枚数は二桁を超えている。

事情が事情なだけに緊張してしまう分、既に手は書き疲れてしまっていた。

これも私に下された特例中の特例の処置とやらの影響なのだろうか。

 

「すみません・・・・・・あと3枚程ですので、ご協力願えませんか」

「もう一息みたいだな。外で飲み物を買ってくるよ」

「ん。ありがとう、ロイド」

 

疲れはするが、苦にはならなかった。

ブラブラと市民会館を回り、受付のシオンさんと会話をして時間を潰すロイド。

そんな何でもない時間でさえも、私にとっては心安らぐ一時に違いなかった。

 

___________________________________________

 

書類にペンを走らせ続けること1時間後。

市民会館を後にした私とロイドは、そのままの足で住宅街の外れへと足を運んでいた。

 

「本当だ・・・・・・全部、あの時のままだね」

 

山道への入り口付近にポツンと建つ、小さな小さな一軒家。

私がこの地で12年間の時を過ごした、たくさんの思い出が詰まった場所。

小さいといっても、両親と私の3人で生活するには十分すぎる広さだった。

 

「そうだな・・・・・・庭先にも管理が行き届いてるみたいだ。遊撃士の人達に、感謝しないとな」

「うん。時間があったら、後でお礼を言いに行くよ。鍵、いい?」

「ああ」

 

ロイドから手渡された鍵を使い、ゆっくりと扉を開ける。

やや埃っぽい感覚はあったが、すぐにでもここで生活を再開できそうな程に整理されていた。

 

「私物の整理はアヤに任せるよ。俺は少し外の掃除でもしておくか」

「分かった。こっちもすぐに終わらせるね」

 

私物の回収と言っても、ここに残された物はそう多くはない。

私とお母さんの衣類や書物に、段ボール1つに収められた雑貨類。

まだ使えそうな家具の類は、このまま残していっても問題は無いはずだ。

持ち主を失くしたこの家は、私の手続きが終了した後、家具共々正式に市へと引き渡される手筈になっているそうだ。

思い出の場所が他人の物になるのは少しだけ躊躇いもあったが、今までのように任せっきりにするわけにはいかない。

きっとお父さんもお母さんも、そうしろって言うはずだ。

 

「あっ」

 

不意に、衣類を仕分ける手が止まった。

積み重ねられた本の間に挟まっていたのは、私とお父さん、お母さんの3人で撮った写真だった。

いつ撮影したものかは思い出せない。どういうわけか、2人とも仕事着姿だ。

お父さんは運送会社の制服、お母さんは遊撃士として働く時の専用衣装。

残された衣類の中にも、その衣装が一式だけ残されていた。

 

「大胆だなぁ、お母さん」

 

昔は目が慣れ切っていたが、こうして見るとやたらと露出が多い。

白と緑を基調とした東洋風のそれは、とりあえず腰から太腿にかけてが丸見えだ。

中にレオタードを身に付けるとはいえ・・・・・・穿いていないように見えてしまう。

お母さん。正直、エロいです。

 

「あはは。ピッタリじゃん」

 

一時の気の迷い。とりあえず、着てみた。

身長や体格はあの頃のお母さんと同じぐらいのはずだ。

オーダーメイドのような出来栄えでピッタリなのも当然だろう。

 

「・・・・・・何やってんだろ」

 

ロイドに見つからないように、そそくさと制服姿に戻る。

結局私が残したのは、まだ使えそうなお母さんの衣類が数点と、アルバム等の思い出深い品々。

あとはお父さんが愛用していたチェス駒一式なんかを残すことにした。

必要なものをまとめておけば、後で運送会社の人間が回収しに来てくれる段取りだ。

 

「ロイド、お待たせ」

「ん、もういいのか?」

 

庭先で草むしりをしながら汗を流すロイドに声を掛ける。

元々むしる雑草が見当たらない程に綺麗だったというのに。ロイドらしい。

 

「こういうのはぱぱっと済ませなきゃ時間が掛かるだけだからね」

「はは、アヤらしいな・・・・・・今、何時か分かるか?」

「ん、ちょっと待って」

 

ARCUSを取り出し、現時刻を確認する。

まだ10時半を過ぎたばかりだ。思っていた以上に時間に余裕がある。

 

「へえ・・・・・・変わった戦術オーブメントだな。俺が使うエニグマとも違うみたいだ」

「私達のクラスで試用中のテスト品なんだけどね・・・・・・どうしよっかな。まだ大分時間があるみたい」

 

オスカーのベーカリーを訪ねるか、ウェンディの容体を看に行こうか。

先に遊撃士協会へ行って挨拶を済ませてしまった方がいいかもしれない。

・・・・・・いや。その前に、足を運んでおきたい場所があった。

 

「それならアヤ、1つだけ一緒に来てもらいたい場所があるんだ」

「え、そうなの?」

 

ロイドは額の汗を拭いながら、一瞬だけ寂しげな色を浮かべた。

 

「このまま山道に出よう。君がここに来るって聞いた時から、決めていたことなんだ」

 

__________________________________________

 

クロスベル大聖堂の本堂を通り、石造りの門をくぐった、その先。

たくさんの魂が、永遠の眠りにつく場所。クロスベル市の共同墓地だった。

 

「・・・・・・驚いた。同じことを考えてたんだ」

「そうだったのか?」

「うん。折角帰って来たんだから、お父さんに一度会っておきたいと思って」

 

迷うことなく、自然と歩は進んだ。

7年が経った今でも、墓地の居場所ぐらいは覚えている。

エルム湖へと流れ行く川の全景を見渡せる、敷地内の右奥、崖際。

 

「・・・・・・あれ?」

 

近づくにつれ、違和感を覚えた。

7年の間に墓地の数が変わっているのは当然のことだ。

だとしても、あれは誰のものなのだろう。どうして、お父さんの隣に―――

 

「―――お母、さん?」

 

ラン・シャンファ、31歳。

墓石に刻まれていたのは、紛れもないお母さんの名前。

 

「ろ、ロイド。これって」

「遺骨もここにあるんだ。君のお母さんは、ここで眠っているんだよ」

 

ロイドは語った。

7年前、お母さんの訃報が彼らに届いた、さらにその1ヶ月後。

帝国の火葬場で弔われたお母さんは、確かにこのクロスベルの地に帰ることができたそうだ。

愛する夫の隣に、今でもこうして。

 

「そうだったんだ・・・・・・」

 

墓石の前に供えられた花は、まだ瑞々しい。

誰かが2人の安らかな眠りを祈ってくれたのだろう。

今でも両親がたくさんの人々に愛されていることが窺えた。

 

「・・・・・・ただいま。お父さん、お母さん。7年振りだね」

 

墓石の前に腰を下ろしながら、私はたくさんの話をした。

お父さんには、7年間帰って来れなかったことを謝った。

お母さんには、生きろと言ってくれたお礼を言った。

 

「私は今、ノルド高原にいるんだ。自分でもびっくりだよ」

 

あれから色々あったけど、私は今日まで頑張って生きてこれたよ。

それもこれも、お母さんのおかげ。お母さんが残してくれた剣、ずっと大切に使ってるよ。

たまに悪いこともしたけど。お父さんの真似をして、タバコを咥えてみたり。今ではやめたよ?

 

それとね、新しい家族もできたんだ。

お義父さんとお義母さんは、いつも夫婦円満って感じでさ。時々喧嘩することもあるけどね。

弟と妹もいるよ。5人兄弟だよ、5人。私が長女。ちょっと似合わないかも。

 

今は、お父さんの故郷で学生生活を送ってるんだ。トールズ士官学院。

そういえば、お父さんも軍に入る前は通ってたのかな。でもごめん、私は軍に入る気はないんだ。

まだやりたいことは決まってないけど・・・・・・そのうち、見つかるんじゃないかな。

たくさん友達ができたから。みんないい人だよ。私には勿体無いぐらい。

みんなと一緒なら、見つかると思う。不思議とそう思えるよ。

 

それに・・・・・・それにね。最近、私―――

 

「―――好きな人が、できたんだ」

 

想いを口にしたのは、それが初めてだった。

 

その瞬間、目が覚めたような気がした。

あの時と同じ感覚だ。長い長い夢を見ていたような、そんな感覚。

思い出に浸り切っていた頭が、冷水を被ったかのように一気に鮮明になっていく。

 

そうだ。私はあの時『今』を大切にしたいと願った。

故郷を守りたいと願った。彼の傍で、私にできることを。

 

「・・・・・・あっ」

 

畳み掛けるようにして―――全てが繋がった。

 

私だけの道を見つけるために、私は士官学院への入学を決めた。

4月の特別実習では、私は皆を守るために力を振るった。

ラウラは私の剣を『他人のために振るう剣』と言ってくれた。

実技テストでは、力と向き合う決心をした。アンゼリカ先輩は、その後押しをしてくれた。

 

テンペランスさんは、私なんかよりも早く生きる道を見つけていた。

1つでも多くを学ぶことで、私の可能性は広がる。

それは今でも広がり続けている。中間試験は、1つの結果だ。

 

サラ教官のおかげで、私は過去を受け入れることができた。フィーと仲直りができた。

大切なのは、過去から繋がる今と、その先の未来。

アリサはリィンに憧れていた。ロイドはお兄さんの背中を今でも追い続けている。

なりたい自分の姿が明確になった時、人は変わる。エマがそう教えてくれた。

私だけの力。私が目指す姿。なりたい自分。

守るべき故郷と、共に歩んでくれる掛け替えのない存在。

 

私が感じ取ってきたことの全てが、1本の線で結ばれた。

全部が、繋がった。

 

「・・・・・・見つかった」

「アヤ、どうしたんだ?」

「見つけた、見つかったよ。それに・・・・・・伝えなくちゃ」

 

こうしてはいられない。もう、この地に留まる理由はない。

踵を返して、勢いをそのままに走り出そうとしたところで、足を止めた。

 

「あ・・・・・・そっか」

 

いや、あったか。

このままウェンディとオスカーに何も言わずに去るのはどうなのだろう。

遊撃士協会にも挨拶をしていない。それに・・・・・・ああもう。全部後回しだ。

 

「ごめんロイド、私すぐに帰らなくちゃ」

「帰るって・・・・・・ず、随分と急だな。何か用事でも思い出したのか?」

「告白してくる」

「・・・・・・は?」

「もう行くね!」

 

こういうのは、多分勢いに任せた方がいいに違いない。

彼とどうなりたいかと悩んでいた自分が女々しくて仕方ない。

もう、どうにでもなれだ。

 

「アヤ!」

 

共同墓地の出口に差し掛かったところで、ロイドの呼び止めるような声が聞こえた。

 

「何!?」

「よく分からないけど・・・・・・応援してるからな!」

「・・・っ・・・・・・ありがとう!ばいばい、ロイド!!」

 

両の腕を大きく振った後、私は全力で走り出した。

文字通り全力で50アージュ程疾走した後。私は再度踵を返し、息を荒げながらロイドの下に駆け寄った。

 

「・・・・・・帰るんじゃなかったのか?」

「みっしぃ柄の枕カバーってどこで買えるの!?」

 

全てを後回しにしたかったが、親友との約束だけは守っておきたかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。