絢の軌跡   作:ゆーゆ

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羨望の眼差し

実技テストを明日に控えた、7月20日の放課後。

私とガイウスは学生会館の1階、購買部へと足を運んでいた。

目的は私の得物、長巻の刀身を新調するためだった。

 

私達《Ⅶ組》はARCUSに加えて、申請した得物の携帯や管理が義務付けられていた。

一方でそれに掛かる費用は士官学院から正式に支給されているし、特殊な装備については購買部を介して、専門家に見てもらうこともできる。

エマやエリオットの導力杖は、定期的にメンテナンスを兼ねてデータ採取が行われているそうだ。

マキアスやフィーが扱う弾薬の類も、手続きさえすれば簡単に補充してもらえると聞いている。

・・・・・・フィーは独自のルートと資産をもって、未申請のあれやこれやを溜めこんでいるらしい。

 

「先月の実習から酷使していたからな。無理もない」

「うん・・・・・・一昨日の戦闘で、一気に痛んじゃったよ」

 

アガートラムにゴーレム、ギノシャ・ザナク。

ノルドでの実習以降、異常に硬い相手との対峙が続いていた。そこに自由行動日の一件だ。

そんな経緯もあり、私の剣は満身創痍、刃はボロボロで見るも無残な状態だった。

私にも研ぎの心得はあるのだが、専門の研ぎ師や職人には遠く及ばない。

それに、もう刀身を換えなくてはならないことは明白だった。

決定的となったのは、やはり一昨日の一戦だったのだろう。

 

あの放課後の出来事は、《Ⅶ組》の皆に教官達、一部の先輩方の知るところとなった。

一方で、その真相はまるで明らかになっていない。

甲冑についてもジョルジュ先輩が色々と動いているそうだが、大分時間が掛かるようだ。

 

そして―――もう1人の『リィン』の存在。

光り輝く銀髪と燃えるような紅色の瞳が、今でも目に焼き付いてる。

今のところは私とパトリック、そしてクロウ先輩が知るのみだ。

 

「第四拘束、第一の試し、それに・・・・・・『きどうしゃ』かぁ。何の事だろ」

「まるで想像が付かないな。今までも、そしてあの日の出来事も」

 

エリゼちゃんが扉から聞こえたという、断片的な言葉。

きどうしゃ。『機動車』だろうか。もしくは『起動者』か。

 

そして、あの時に感じた不可思議な感覚。

あれはやはり、戦術リンクだったのだろうか。普段のそれとは、あまりにもかけ離れていたが。

いずれにせよ、何か関係があるのかもしれない。今は考えても答えは出ないだろう。

 

「まぁ怪我人が出なくてよかったよ。リィンとエリゼちゃんも、少しは本音で話し合えたみたいだしね」

「ああ。面白い少女だった」

「あ、あはは・・・・・・それは確かに」

 

短い時間ながらも、エリゼちゃんとは色々とあった。そう、色々と。

その色々は、遡ること2日前―――

 

____________________________________

 

「エリゼちゃん、入るよ?」

「あ、はい。どうぞ」

 

コンコンとドアをノックしてから、恐る恐るドアを開ける。

扉の先には、ベッドの上に座るエリゼちゃんの姿があった。

 

「何か御用でしょうか?」

「シャロンさん・・・・・・えっと、さっきの管理人さんが着替えを用意してくれたから」

「・・・・・・ありがとうございます」

 

手にしていた寝間着や洗面具一式をテーブルに置き、木製の椅子に腰を下ろす。

普段なら無人であるはずのこの部屋は、今晩に限りリィンの妹さん、エリゼちゃんの宿泊場所だ。

 

旧校舎での騒動の後、エリゼちゃんは私達《Ⅶ組》の第3学生寮に招かれていた。

エリゼちゃんはすぐに帝都に戻るつもりだったそうだが、流石に見過ごすわけにはいかなかった。

何しろあれだけの騒動だ。外傷は無いとはいえ、今日ぐらいお兄さんと共に過ごした方が心も休まるだろう。

すぐにサラ教官が女学院に連絡を取り、今晩は学生寮の空き部屋で夜を過ごすことが許可された。

いつの間にかベッドにも新調したベッドシーツが敷かれていた。流石はシャロンさん。

 

「あの、兄様は・・・・・・リィンは、今どちらに?」

「士官学院で身体を診てもらってるみたい。目立った怪我も無かったから、すぐに戻ってくるよ」

「そうですか」

 

そう言って、床に視線を落とすエリゼちゃん。

何だろう。どこかぎこちないし、会話が続く気配が無い。

それどころか、敵対心のような感情すら窺える。

もしかしたら・・・・・・うん、きっとあいつのせいだ。

 

おそらく私は、パトリックと同じ扱いを受けているのだろう。

今思えば、彼女の目の前で侯爵家の御子息を「パトリック!」と呼び捨てした気がする。

リィンの事を快く思わない貴族組、とでも思われているのだろうか。

私とリィンの間に、確執なんてあるわけないのに。

 

「ねぇ、リィンって実家ではどんな感じなの?」

「え?」

 

リィンという言葉に敏感に反応するエリゼちゃん。

その様を見ているだけでも、彼女がリィンをとても慕っているのが伝わってくる。

歳の差もあるのかもしれない。今は何か共通の話題を振ってあげた方が、彼女も気が楽だろう。

 

「それは・・・・・・アヤ様も、よく御存知なのでは?」

「分からず屋の朴念仁、だっけ?」

「・・・・・・ふふっ」

 

アヤ様ときたか。何ともむず痒い。

いずれにせよ、やっと笑ってくれた。彼女にはやっぱり笑顔が似合う。

 

何度か会話を交わして分かったことだが、やはりエリゼちゃんは私の身分を勘違いしていたようだ。

これも生まれて初めての経験だ。私のような貴族がいてたまるか。

 

「し、失礼しました。私はてっきり」

「謝られるようなことでもないけど・・・・・・こっちこそごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ」

「・・・・・・いえ。私の方こそ、皆様にはご迷惑をお掛けしてしまいましたから」

 

屋上での件については、アリサから詳細を聞かされていた。

それによれば、リィンは士官学院を卒業後、家を出るつもりだとエリゼちゃんに打ち明けたそうだ。

しかも、事前にその旨を手紙で知らされていたとか。

そんな重要なことを手紙で告白するなんて・・・・・・リィン、援護のしようがないよ。

彼女が直にトリスタに足を運んだのも無理ないことなのだろう。

 

それから私は、エリゼちゃんとのリィン談議に花を咲かせた。

それはもう出るわ出るわ、リィンへの不満とその魅力について。

不満も全て裏を返せば後者になるあたり、実家でのリィンも私達が知るリィンなのだろう。

 

「そっか・・・・・・でも、ちょっと分かる気がするな。リィンの考えてること」

「何のことでしょうか?」

「実家を出るって言ったことだよ」

 

私が言った途端、エリゼちゃんの表情が歪んだ。

しまった。いくら何でも唐突すぎたか。

 

「わ、悪く思わないでね。他意は無いから、怒らないで聞いて?」

「・・・・・・別に、怒ってなどいません」

 

明らかに不機嫌オーラが滲み出ているのだが。

どうも彼女は感情や表情がコロコロと変わりやすい。

リィンもさぞかし手を焼いていたのだろう。

 

「・・・・・・血の繋がりってさ、やっぱり気になるんだよ」

「え?」

「ごめんね。多分、それは本人にしか分からないんだと思う」

 

私の家族は、本当の愛情をもって私に接してくれる。私だって同じだ。

自信をもって、本当の家族だと胸を張って言える。

それでも、時折考えてしまうことがある。

 

私はお義母さんがお腹を痛めて産んだ子供ではない。

彼らだけが知る、私の知らない時間がある。

今ではそんなことを考える回数も減ったし、何も生み出さないことは分かっている。

 

「だからってリィンの言動は褒められたものじゃないし、私だってひどいとは思うけど・・・・・・リィンの良いところが、悪い方向に働いただけなんじゃないかな。私には、そう思えるよ」

「それは・・・・・・その、アヤ様のご家族は、今どちらに?」

「あ、ごめんごめん。私ね、今ノルドで暮らしてるんだ」

「の、ノルド?ノルドって、あのノルド高原ですか?」

「そう、そのノルド」

 

私とエリゼちゃんがノルドノルドと騒いでいると、ドアをノックする音が耳に入ってきた。

 

「2人とも、入っていいか。シャロンさんがお茶を淹れてくれたぞ」

「あ、うん。入ってよ」

 

扉の向こうから現れたのは、ティーカップが置かれたトレーを持ったガイウスだった。

湯気を立たせているのはノルドティーだろう。一気に部屋中が独特の香りに包まれた。

これはいいタイミングで来てくれた。

 

「挨拶はさっきしてたよね。エリゼちゃん、あれが私の義弟」

「・・・・・・そう、だったのですか」

「何の話だ?」

 

私は大まかな身の上話をエリゼちゃんに打ち明けた。

私がクロスベル出身であること。肉親を失い、天涯孤独の身であったこと。

そして、3年前に新しい家族を手に入れたこと。

流石にノルドに行き着いた経緯ははぐらかしたが、それは彼女の気にするところではなかったようだ。

 

「だから、私から1つだけアドバイスをしておくよ」

「アドバイス?」

「家族次第ってこと。リィンはあんなだから、しっかりとエリゼちゃん達が繋ぎ止めてあげなくちゃ」

 

お前がそれを言うか、と言われると耳が痛い。

でもだからこそ、私のような人間だからこそ理解できることがある。

きっとリィンも迷っているはずだ。だから直接ではなく、手紙という手段に走ったに違いない。

 

「なるほど。アヤが言うと説得力があるな」

「そこ、余計なことを言わない」

「俺が止めなかったら、君はどうしていた?」

「・・・・・・忘れてよ、もう」

 

いつになく悪戯なガイウス。

彼が過去を引き合いに出してこんなことを言うとは。珍しいこともあったものだ。

もしかしたら、彼も気を遣っているのかもしれない。おかげでエリゼちゃんも笑ってくれた。

 

「ふふっ・・・・・・お二人は、とても仲がいい姉弟なのですね」

「あはは。まぁね」

「ああ。俺の大切な女性だ」

 

その瞬間、エリゼちゃんの笑みが消えた。ついでに私の愛想笑いも。

言った本人も「あ、しまった」と言わんばかりに頬をポリポリと掻いていた。

俺の、大切な女性。ただの義姉に使うには、その言葉は余りにも色が強すぎた。

 

「ガイウス、ちょっと表に出ようか」

「いや、待ってくれ。今のはつい―――ぐああ!!?」

 

それは僅か数秒間の出来事。別に何もしていない。

口を滑らせた弟を、ちょっとだけ小突いただけだ。

ただの姉弟のじゃれ合いである。

 

「さてと。エリゼちゃん、何の話だっけ?」

「・・・・・・あの、もしかしてお二人は」

「ち、違う!違うからね!?」

「まだ何も言っておりませんが・・・・・・」

 

冗談抜きで、明日からアリサを笑えない。

私はこんなにも分かりやすい人間だっただろうか。

 

初めはしらを切り続けたものの、結局はエリゼちゃんの断固として引かない態度に気圧された。

要するに、話してしまった。まさかこんなことになるなんて。

クラブ仲間に引き続き、私達の秘密を知る人間が増えた瞬間であった。

 

「あはは・・・・・・やっぱり変だよね、こんなの」

 

気まずそうに、ガイウスの足へゲシゲシと蹴りを入れる。

後でもう一度釘を刺しておこう。このままでは彼女のような人間が増える一方だ。

 

「・・・・・・素敵です」

「へ?」

「とても素敵な御関係だと思います。変だなんて、そんなことを仰らないで下さい」

 

顔を赤らめ、目を輝かせながら私の手を取るエリゼちゃん。

何だろう、この豹変っぷりは。そういった類の話が好きな女の子なのだろうか。

 

反応に困っていると、ガイウスに続いて扉の向こうからアリサの声が聞こえた。

逃げるようにして扉を開けた先には、風呂上りと思われるアリサが立っていた。

 

「あら、アヤとガイウスもいたのね」

「うん、ちょっとお邪魔してた。どうしたの?」

「お風呂が空いたから、妹さんにも入ってもらおうと思って・・・・・・あなたもまだみたいね」

 

そういえば、随分と話し込んでしまっていた。

普段ならいの一番に汗を流す分、まだ私が入っていなかったとは思っていなかったのだろう。

 

「だってさ、エリゼちゃん。疲れてるみたいだし、先に入ったら?」

「・・・・・・いいえ。差し支えなければ、お背中を流させてはいただけませんか、アヤ姉様」

 

またもや皆の表情が凍った。

頬をピクピクと引きつかせるアリサ。気まずそうに明後日の方向を見やるガイウス。

そして、先程同様に目をキラキラと輝かせるエリゼちゃん。

 

「えっと。エリゼちゃん?ここのお風呂場は1人用で」

「お背中を流すぐらいはできますでしょう?」

「そ、それは・・・・・・ていうか、その呼び方は何?」

「ついでといっては何ですが、お話の続きをお聞かせ願いたいです、姉様?」

 

ダメだ、聞いちゃいない。

その呼び方では大変な誤解を生みかねないことを、彼女は気付いているのだろうか。

 

「ああもう。分かった、分かったから」

 

4つも年下の女の子に翻弄されながら、7月18日の夜はゆっくりと過ぎていった。

 

____________________________________

 

時は戻って、7月20日現在。

 

「アヤ、考え事か?眉間に皺が寄っているが」

「何でもない・・・・・・ねぇガイウス、私って鈍いのかな」

「む・・・・・・どうしたんだ、急に」

 

今にして思えば、気付かなかった私は相当な鈍感なのかもしれない。

きっとエリゼちゃんは、リィンのことが大好きなのだ。兄として以上に、1人の男性として。

私とガイウスの関係も、憧れのような目で見ていたのだろう。

 

同じように、女性陣から朴念仁呼ばわりされるリィン。

同性異性を問わず、誰とでも分け隔てなく接することができる男性。

自分に好意を抱く女性などいるはずもない、そんな発想すらないのだろう。

彼の一番になれる女性は、きっと幸せだ。その分、気苦労は大変に多そうだが。

 

「鈍いとは思わないが。ただ・・・・・・アヤは、リィンと似ているな」

「リィン?私が?」

 

思わず歩を止めて聞き返した。ちょうどその男性のことを考えていたところだ。

そんなことを言われたのは、これが初めてだった。

どういう意味だろう。朴念仁とでも言いたいのだろうか。

 

「一度だけ言ったことがあると思うが、アヤを人以外で例えるなら、俺は太陽だと思う」

「言ったっけ、そんなこと・・・・・・あっ」

 

太陽のように笑う君を、だったか。思い出すだけで赤面ものだ。

悪い気はしないが、身に余り過ぎる例えだと思う。太陽に失礼だ。

 

「太陽は全てを照らす。皆がその光の下に集う。決して独り占めにはできないものだな」

「うん」

「要するに、そういうことだ」

「・・・・・・ごめん。全っ然分かんない。それ褒め言葉なの?」

「半分はそうだ」

「ますます分からないんだけど・・・・・・」

 

何度でも言うが、太陽に失礼だろう。それに、やっぱり理解できない。

リィンに似ている、か。それも私としてはしっくりこない。

悪い意味ではないのだろうが―――どうしてだろう。

私の前を歩くガイウスの背中が、少しだけ寂しそうに見えた。

 

__________________________________

 

答えが出ないまま、私は購買部のジェイムズさんの下を訪ねていた。

そこで私が聞かされたのは、予想だにしない言葉だった。

 

「ま、間に合わなかった?」

「悪いな。頼まれてからすぐ手配は掛けたんだが・・・・・・まだ入荷してないんだ」

 

聞けば、私が先日注文しておいた刀身が、入荷待ちになっているとのことだった。

私とリィンの剣は、帝都在住の職人さんが担当していると聞いていたのだが。

大した距離でもないのに、届かないものなのだろうか。

 

「なら私が直接取りに行きますよ」

「それがなぁ。物自体が仕上がるのが、早くとも明後日ってらしいんだよ」

「そ、そんな・・・・・・」

 

これは困ったことになった。明日には実技テストがあるというのに

 

「そもそも注文が急過ぎるんだよ。お前達の剣は特注品なんだ。1週間前には申請しておくように言われてなかったか?」

「うっ」

「アヤ・・・・・・」

 

それを言われると返す言葉が無い。

早めにとは思っていたのだが、何かにつけて後回しにしてしまった結果がこれだ。

 

「うーん・・・・・・心許ないけど、今の剣を使うしかないか」

「それは危険じゃないか?痛んでいる刀身が折れたりでもしたら、大怪我に繋がるかもしれないぞ」

「そうだけど、刀以外の剣を使うのも気が引けるよ」

 

同じ剣と言っても、他の生徒が扱う訓練用の剣と長巻ではまるで別物だ。

感覚が狂うし、それこそ私にとっては危険極まりない。

さて、どうしたものか。このままでは皆にまで迷惑を掛けてしまうことになる。

 

「やぁ、どうやらお困りのようだね」

「・・・・・・アンゼリカ先輩」

 

困り果てていた私に声を掛けてきたのは、いつものようにライダースーツに身を包んだアンゼリカ先輩だった。

こうして会話を交わすのは、先々週以来のことだったか。

 

「話は聞いていたよ。君の場合、剣が無いと実技テストどころではないだろう」

「そうなんです。何か心当たりはありませんか?」

「ふむ」

 

顎に手を当てて考え込むアンゼリカ先輩。

あれ、何かあるのだろうか。駄目元で聞いただけだったのだが。

 

「なら私の部屋に来るといい」

「嫌です」

「はっはっは!何、取って食うつもりはないさ。君に渡したい物がある」

 

アンゼリカ先輩はウィンクを1つした後、見慣れない真剣な眼差しで私を見ていた。

 

__________________________________

 

クラブ活動へ向かったガイウスと一旦別れ、私はアンゼリカ先輩に従い第1学生寮へと向かっていた。

ハッキリ言って半信半疑だったが、今は他に頼るツテが無い。

渡したい物、とは何だろうか。彼女が刀剣の類を所持しているとは到底思えないのだが。

 

「君と話すのも久しぶりだね。どうだい、鍛錬の方は」

「『月光翼』なら調子いいですよ。おかげ様で」

「げっこうよく?」

「・・・・・・ああ。名前を付けたんです。その、ラウラを真似て」

 

ラウラが扱うアルゼイド流の術技、『洸翼陣』。

それをもじり、私が使う気の力をそう名付けただけだ。

シャンファ流の型は、月の名が付くものが多い。

名前と言うのはやはり大事だと思う。昔は忌み嫌っていたはずの力にも、愛着が湧く思いだった。

 

「そうかい。私も指導をした甲斐があるというものだね」

「まだ慣れない部分もあるし、またお世話になってもいいですか?」

「う、嬉しいことを言ってくれるじゃないか・・・・・・・はぁ。このまま果ててしまいそうだよ」

 

アンゼリカ先輩が身体をビクンビクンと痙攣させながら身悶える。

うん、全力で他人の振りをして先に行こう。

 

「それにしても・・・・・・いい顔をしているね。何かいいことでもあったのかい?」

「まぁ、それなりに」

「探し物が見つかった、といったところかな」

「え―――」

 

足を止め、振り返る。

それと同時に、アンゼリカ先輩の手が私の頭の上に置かれた。

 

「綺麗な目だ。迷いも無い・・・・・・君には、その真っ直ぐな瞳がよく似合うよ」

「・・・・・・どうも」

 

同じ頭を撫でるという行為なのに、サラ教官やお義母さんとも違う、この感覚。

そういえば、別れ際にリィンがエリゼちゃんへ同じことをしていたか。

・・・・・・ああもう、調子が狂う。どうしてみんな、こう不意を突いてくるのだろう。

それに、私と先輩は同い年と聞いていた。子供扱いは心外だ。

 

「・・・・・・早く渡したい物とやらを持って来て下さいよ」

「分かっているよ。少し待っていてくれるかい」

 

溜息を付きながら、アンゼリカ先輩の背中を押す。

既に第1学生寮へと足を踏み入れていた私は、近くのソファーへと腰を下ろした。

 

こうして他の学生寮へ入ったのは初めてのことだった。

予想はしていたが、入り口からして貴族専用の学生寮ならではの優雅さに溢れている。

始めは部屋までついて行こうかと思ったが、平民の私が入り込むのは気が引けた。

先輩も私のそんな思いを汲み取ってくれたのだろう。

 

しばらく待ち呆けていると、紫色の包みを手にしたアンゼリカ先輩が階段から降りてくる姿が目に入った。

ぽんぽんと埃を払いながら、先輩はそれを私に差し出してくる。

 

「何ですか、これ?」

「開けてみれば分かるよ」

「はぁ」

 

持った感触は金属製の何かだろう。そこまで大きさは無い。

紐を解き、包みを丁寧に開ける。そこ入っていたのは―――

 

「・・・・・・手甲?それにこれは・・・・・・鉢がね、ですか?」

「ああ。私の師匠から貰った代物でね。現役時代に使用していた物さ」

「現役・・・・・・ああ、昨年のことですか」

 

クロウ先輩が話してくれた、私達《Ⅶ組》の前身となった試験運用班。

そのメンバーであったアンゼリカ先輩が、その際に使用していたのがこれなのだろう。

 

「君は体術にも秀でているだろう。武具さえあれば、剣や導力銃相手でも十分に戦えると思ってね」

「・・・・・・流石に銃が相手じゃ自信が無いですよ」

「玉鋼から鍛えられた一品だ。角度や捌き方さえ覚えれば、並の銃弾程度問題にはならないさ」

 

随分と簡単に言ってくれる。ただ、どちらも一級品なのは間違いなさそうだ。

手首から肘に掛けての半面を覆う、煌びやかに輝く手甲。

多少重みを感じるものの、これなら形状的にも剣や体術の邪魔にはならない。

東方風の装飾のおかげか、不思議としっくりくる心地だ。

鉢がねを巻くのは多少気が引けるが、案外似合うかもしれない。

 

「前々から考えていたことだよ。私にも、思うところがあってね。君に使って欲しいんだ」

「アンゼリカ先輩・・・・・・ありがとうございます」

 

この際だ。アンゼリカ先輩の言葉に従うとしよう。

剣を手放す気は無いが、無手の戦い方を学ぶいい機会になる。

明日の実技テストを思いながら、私は第1学生寮を後にした。

 

___________________________________

 

翌日の午後、実技テスト本番。

サラ教官が示したテスト内容は、2人1組のペア同士での立ち合いだった。

《Ⅶ》は全員で10人だから、5組に分かれての総当たり戦だ。

流石に5連戦は体力がもたないメンバーもいたため、終盤は余力を残した同士の立ち合いとなった。

 

そんな中で―――私とリィンのペアは、今のところ全勝をキープしていた。

 

「徒手、一の舞『飛燕』」

「なっ―――」

 

居合抜きの型から放たれた私の手刀が、ユーシスの間合いの外から彼に襲い掛かる。

衝撃で後方に飛ばされたユーシスの身体は、ガイウスを巻き込みながら地面へと崩れ落ちた。

間髪入れず、一瞬で間合いを詰めたリィンの太刀が2人へと突き付けられる。

 

「そこまで!勝者、リィン、アヤ!」

「よしっ」

 

リィンと軽くハイタッチ。

私達の全勝無敗が確定した瞬間だった。

 

「ぐっ・・・・・・何なのだ、今のは」

「残念でした。シャンファ流は無手でも舞えるんだから」

「参ったな。完敗だ、アヤ」

 

ユーシスとガイウスの手を取りながら、2人を起こす。

2人のペアも、私達と立ち合うまでは負け知らずだった。

前衛職のガイウスと状況に応じて器用に立ち回るユーシスは、私の目から見ても息が合っていた。

ただ、私とリィンがそれ以上だっただけだ。

・・・・・・ちょっとだけ、複雑な気分ではある。

 

「うんうん。聞いていた通り、君達のリンクレベルは群を抜いて良くなっているわね」

「はは・・・・・・アヤが上手く動いてくれるから助かります」

 

満足気に頷くサラ教官と、謙遜気味のリィン。

詳細は知らされていないが、私達の戦術リンクはリンクレベルという数値で評価されている。

毎月ジョルジュ先輩が全員分のARCUSを調べ、成果の程を知らせてくれていた。

それによれば、先月まではリィンとラウラ、私とガイウスが肩を並べていたはずだったのだが―――どういうわけか、ここに来て私とリィンのレベルが突出して急上昇しているそうだ。

おかげでリィンの挙動が見えるように分かるし、無手の不利をまるで感じない。

 

「ジョルジュから聞いているでしょうけど、おそらくARCUSの適性値が理由ね。それが高い者同士が集った《Ⅶ組》だけど、君達2人はとりわけ高い値を示していたのよ」

 

それが今になって影響し始めているという話なのだろう。

適性値というもの自体、何が基準となっているのかさっぱり分からない。

複雑ではあるが、皆ともこれから高め合っていけばいい話だ。

 

「だってさ、リィン。アリサやラウラともこれからだよ」

「ああ、そうだな・・・・・・って、何で2人を名指しするんだ?」

「朴念仁」

「またそれか・・・・・・」

 

高評価の私達とは正反対に、背後ではラウラとフィーが揃って肩を落としていた。

無理もない。個々では高い戦闘力を持ちながらも、2人のペアは全敗という有様だった。

戦術リンクを使わない方が、余程マシな立ち合いになっていただろうに。

 

それにしても―――この感覚は何なのだろう。

リィンと戦術リンクで繋がっている時、どういうわけか胸が疼くような感覚に苛まれる。

文字通り、感覚を共有しているのだろうか。

 

「・・・・・・ねぇリィン、胸の傷のこと、ちょっと聞いてもいい?」

「ん?ああ、どうかしたのか?」

「その傷って、今でも疼いたりするのかな」

 

言った途端、リィンの表情が歪んだ。

複数の感情が混ざり合ったような、初めて見る彼の顔だった。

 

「いや、何も感じないさ。どうしてそんなことを聞くんだ?」

「き、聞いてみただけだから。気にしないで」

 

地雷を踏んでしまったような気分だ。

軍事水練の時には、胸の傷について心当たりは無いと言っていたのだが。

この感覚については何か原因があるのかもしれないが、彼には触れないでおこう。

 

「さてと、実技テストは以上!それじゃあ、今週末に行ってもらう実習地を発表するわよ」

「あ、それがあったか」

「むむっ、今月は・・・・・・」

 

いつものようにリィンが書類を全メンバーに配り、各自目を通し始める。

それによると、今回の実習地はA班B班、共に帝都ヘイムダルが実習地となっていた。

 

「あら、どちらの班も帝都が実習先なんですね」

「班の構成はともかく、帝都が実習先とは・・・・・・」

「僕とマキアスにとっては、ホームグラウンドではあるよね」

 

思い思いの感想を述べるメンバーを尻目に、私は心を躍らせていた。

それもそのはず、この班分けは嬉しい限りだ。

 

「あ、そうそう。班分けについてなんだけど、1つだけ変更点があるわ」

「ガイウス、私達同じB班だよ」

「ああ。またいい風が吹いたようだな」

「アヤ、あなたはA班に入りなさい」

 

ガイウスに向けていた笑顔が凍りついた。

よく聞こえなかったが。今教官は何と言ったか。

 

「・・・・・・サラ教官、今何て言いました?」

「だから、アヤはA班に入りなさい。あなたはもう少しリィンと一緒に行動してもらいたいのよ。戦術リンクの効果を検証するためにもね」

「嫌です」

「人数は不均等になるけ・・・・・・アヤ?」

「嫌です」

「あのねぇ、だから戦術リンクが」

「嫌です」

「班構成はあたしが」

「嫌です」

「・・・・・・」

「嫌ですっ!!」

 

入学以来、初めての反抗だった。


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