絢の軌跡   作:ゆーゆ

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断絶の果てに

実習の初日にA班が課せられた依頼は、任意のものを含めて4つ。

丸1日の行動時間が与えられていた私達は、各街区を回りながら1つずつ依頼をこなしていった。

回りながらと言っても、自然と複数の街区を走り回る必要性に迫られただけなのだが。

ノルドで面識があったノートンさんの依頼も、苦労はあったが一通りの施設の位置関係を私達に教えてくれた。

 

「うーん、確かこの辺で見た記憶があるんだけどなぁ」

「・・・・・・ナージャ君、少しは整理をしておいたらどうなんだ。どれも店の商品なんだろ?」

「こういうのは感覚で仕分けるのが一番なの。おばあちゃんだってそうしてたんだからっ」

「なら早く見つけてくれないか」

「わ、分かってるってば。マキアス君も手を止めないでよ」

 

現時点で残された依頼は、2つ。

ホテル『デア・ヒンメル』の地下に生息するという手配魔獣の討伐と、音楽喫茶『エトワール』からの、とあるレコードの入手依頼だ。

前者については依頼人が不在であったため、今は後者の依頼品であるレコードを探すべく、私達はオスト地区にある中古屋『エムロッド』を訪れていた。

 

出迎えてくれたのは、ここの店主であるナージャ。

彼女はマキアスと旧知の仲であり、最近になってお祖母ちゃんから正式に店を継いだらしい。

私達と同年代でありながら、店主としてはそれなりに上手くやっているそうだ。

・・・・・・まぁ、一緒になって商品を探す羽目になったのは置いておこう。

買い取りは何でも大歓迎というスタンスな分、苦労も多いに違いない。

ここでお目当てのレコードが入手できれば、依頼は達成だ。

 

「ラウラ、フィー。そっちはどう?」

「それらしい物は見当たらない」

「こっちも」

「・・・・・・ねぇナージャ。本当にあるんだよね?」

「もっちろん。棚卸表にだって書いてあるし、絶対にあるよ!」

 

何だか心配になってきた。マキアスも不安を隠せないようだ。

ちなみにリィンとエリオットは、店先で同じくマキアスの知り合いである、カルゴとパティリーの相手をしている最中だ。

引き止めていると言った方がいいかもしれない。

さっきから「あぁん!?」という威嚇が定期的に聞こえていた。

 

「何か意外だな。マキアスの友達って、もっと真面目でお堅いイメージだったんだけど」

「この街区には色々な人間がいるからな・・・・・・君はそんな目で僕を見ていたのか?」

 

私の勝手なイメージに過ぎないが、この街区の様相も私にとっては意外だった。

平民出身とはいえ、マキアスは帝都在住の知事閣下の息子だ。

もう少し発展した住宅街に住んでいると思っていたのだが。

気付かないうちに、私は彼を色眼鏡で見ていたのかもしれない。

 

「・・・・・・あっ!」

「おっと。アヤ君、見つけたのか?」

「見てよこれ、『空を見上げて』のレコードだよ!」

「おい」

 

私が手にしたのは、お母さんと私のお気に入り曲『空を見上げて』のレコードだった。

以前導力ラジオから流れるこの曲を久しぶりに耳にしてから、もう一度聴きたいとずっと思っていた。

レコードを再生するプレーヤーなら、キルシェにもある。

まさかこんなところで出会えるなんて。今日の私は運がいい。

 

「8000ミラ」

「え?」

「8000ミラ」

「・・・・・・5000ミラ?」

「8000ミラ」

「・・・・・・5500!!」

「8000」

「2人とも、先にレコードを探してくれないか」

 

ナージャが不敵な笑みを浮かべながら、断固とした意志を突き付けてくる。

どうしよう。払えなくもないのだが・・・・・・即断はできない金額だ。

私とガイウスは特別推薦という枠組みの恩恵もあり、金銭面では相当な優遇を受けている。

それこそ学力で奨学金制度を勝ち取った、エマに申し訳ない程度に。

無駄遣いとは違うと思うし、後々切り詰めれば何とかなるとは思うが。

ただここで浪費すると、しばらくは間食を我慢する羽目になる。うん、死活問題だ。

 

「・・・・・・って言いたいところだけど、マキアス君のお友達だしね。特別に5000ミラでいいわよ」

「え・・・・・・ほ、本当にいいの?」

「元々外装が痛んでいる品物だし、その分の割引ってことで」

 

それは取って付けた理由だろう。

少々心苦しいが、それが彼女の好意であるなら、素直に受け取っていいのかもしれない。

 

「ありがとうナージャ。これ、後で会計宜しくね」

「お買い上げありがとうございまーす!」

「すまないな。僕からも礼を言わせてくれ」

「いいよいいよ。その代わり、マキアス君もたまにはこっちに帰ってきなよ。こことトリスタなら、そう離れてないでしょ?みんな寂しがってるんだから」

「あ、ああ。そうするよ」

 

その言葉はマキアスにとっては意外だったようで、少しだけ動揺の色を隠せないようだった。

何だかリィンとエリゼちゃんのやり取りを見ているようだ。

寂しい、か。その中には、やはりナージャも含まれているのだろうか。

 

「あはは。マキアス、顔が赤いよ」

「ば、馬鹿なことを言うんじゃない。それに僕は―――」

「ん?」

「・・・・・・いや、何でもない。早くレコードを見つけないと、アリサ君達との約束に間に合わないぞ」

 

何だろう。少し気にはなるが、マキアスの言うようにもう13時を回っている。

早いところお目当ての品物を見つけないと、昼食を一緒にというB班との約束を守れそうにない。

 

「あ。見っけ」

 

声の方に振り返ると、フィーの手には『琥珀の愛』という題名のレコードがあった。

 

______________________________________

 

「阿呆が。お前は中古品漁りをするために帝都に来たのか」

「依頼のついでのようですし、問題は無いのではないでしょうか」

「あなたに音楽を聴く趣味があったことの方が驚きよ」

「今度俺にも聴かせてくれ」

 

以上がレコードを抱えて登場した私に対する、B班メンバーの感想だった。

アリサはともかく、ユーシスには絶対に言われたくない。

先月の実習で、馬術部へのお土産を買っていたのは自分だろう。

・・・・・・いや、やっぱりアリサの方が失礼だ。私を何だと思っている。

 

エムロッドで見つけたレコードをヘミングさんに届けた後、私達はB班と合流し、百貨店内の喫茶コーナー『ミモザ』で昼食をとっていた。

朝は意識が朦朧としていた分、ロクに食べていなかった。

ここでしっかりと食べておかないと、午後にガス欠になる恐れがある。

 

「ガイウス、そっちは順調?」

「ああ。初めはこの広大さに戸惑ったが、位置関係も掴めてきたところだ」

 

そういえば、帝都在住のマキアスにエリオットは2人ともA班だったか。

その分B班はこちら以上に苦労があるのだろう。サラ教官はその辺りのことを考慮していたのだろうか。

 

「そうだ。アヤ、渡したい物がある」

「え、何?」

 

皆に見えないようにガイウスが差し出してきたのは、1冊の本。

随分とくたびれているように見える。その表紙には、『支える籠手』の紋章あった。

 

「遊撃士協会、規約集・・・・・・こ、これって」

「1冊だけ残されていた物だ。持ち出すのはどうかと思ったが、後で返しておけば問題ないだろう」

 

B班に用意されていた宿泊場所も、私達と同じ遊撃士協会ヘイムダル支部の建物と聞いていた。

そこに残されていたのが、この規約集だったそうだ。

 

「ありがとう。後で読んでみるよ」

「そうしてくれ。そっちは・・・・・・相変わらずのようだな」

 

別のテーブルに腰を下ろす、ラウラとフィーを見ながらガイウスが言った。

彼が言うように、2人の間には依然として深い溝がある。

・・・・・・何かキッカケがあればいいのだが。2人もいがみ合っているわけではないはずだ。

 

____________________________________

 

一旦協会支部の建物に戻り装備を整えた私達は、帝都の地下に広がるという地下道に足を踏み入れていた。

依頼人であるノーブルさんによれば、帝都には中世時代に使われていた地下道が存在しており、中には魔獣さえ生息しているのだという。

最近では大型の魔獣を目撃したという報告もあり、その討伐が今回の依頼というわけだ。

 

「中世時代の地下道とはいえ、導力灯はあるのだな。視界が確保できるのはありがたい」

「最低限の管理は行き届いているみたいだ。以前は遊撃士が魔獣の討伐を担っていたそうだけど・・・・・・マキアス、ここも帝都庁の管轄なのか?」

「そう聞いている。地上の整備局が・・・・・・と言いたいところだが、ほとんど手付かずと言っていい。中世時代の遺構だからな」

「魔獣の巣窟になってるけど。放置してていいの?」

 

フィーの問いに対し、マキアスは「僕に言わないでくれ」と力無く返すことしかできなかった。

導力トラムの件といい、何だかこの帝都には所々に穴があるように思える。

手が回らないのは分かるが、魔獣を放置してまで優先すべきことがあるのだろうか。

華やかな顔とは裏腹に、帝都も色々と抱えているものが多そうだ。

 

帝都の地下道、か。そういえば、カーネリアとトビーも、帝都の地下を逃げ回っていた。

確か地下水道と描写されていたが、実際に存在する物なのだろうか。

 

「・・・・・・リィン、考え事?眉間に皺が寄ってるけど」

「え?ああ、何でもないさ」

「ふーん」

 

顎に当てていた手を左右に振りながら答えるリィン。

ホテルでの一件―――蒼の歌姫、ヴィータ・クロチルダと遭遇した時から、リィンは考え込むような仕草が多いような気がする。

マキアスとエリオットはサインを貰い忘れたことを今も引きずっているようだが、彼はそうではないのだろう。

 

「気にしないでくれ。それより・・・・・・いるな。間違いなく」

「うん。結構近いと思う」

 

前方を先行するラウラとフィーも、先程から表情が一変していた。

2人もこの先に待ち構える、魔獣の大きな気配を感じ取ったのだろう。

大型魔獣と聞いていたが、確かにこれは脅威だ。近づくにつれ、それは強まっていく。

 

(遊撃士、か・・・・・・)

 

行政の怠慢と言えなくもないが、以前は遊撃士が担っていた仕事だ。

この辺りの魔獣も、協会支部が消えた頃から住み着いたのだろう。

 

私が遊撃士を目指すキッカケとなったのは、お母さんの存在と、故郷への想いだ。

遊撃士の1人として、ノルド高原を守る。今のところ、その意志に嘘偽りはない。

ただ―――この帝国という地で遊撃士になるということは、そう単純ではないように思えた。

何しろ都であるヘイムダルでさえこの有様なのだ。

レグラムを含め、辺境には活動中の支部が残されているはずだが、遊撃士の頭数自体が足りていないのが現実だ。

 

「はは・・・・・・アヤ、君も考え事か」

「まぁね」

 

守りたいものはある。一方で、守るべきものが国中に存在している。

その現実からも、目を背けるわけにはいかないのかもしれない。

・・・・・・もう迷いは無いと思っていたのに。私はどうしたいのだろう。

気が早いかもしれないが、私は考えが浅過ぎたのだろうか。

 

「―――みんな、アレがそうみたいだよ」

 

エリオットの言葉を合図にして、各自が足を止め得物を握る。

目の前に立ちはだかるのは、全長3アージュはゆうにある、巨大なドローメ系の魔獣。

こんなものが地下に生息していると知れば、地上で生活する人々は夜も眠れないだろう。

 

「・・・・・・私とフィーが仕掛ける。皆、それでよいか」

 

それと同時に、ラウラとフィーのARCUSが一瞬だけ輝き、お互いの感覚が共鳴し合う。

ここまではいい。問題は、その先だ。

 

「僕は構わないよ」

「ああ。後方支援は僕とエリオットに任せてくれ」

「・・・・・・よし、俺とアヤが前衛の2人に続く。アヤ、それでいいか?」

 

リィンが私に視線を送り―――続くようにして、ラウラとフィーが、背中から語りかけてくる。

2人の意志は固いようだ。このまま周囲から腫物扱いされるのは、プライドが許さないのだろう。

 

「分かった。ラウラ、フィー。頼んだからね」

「承知。行くぞ、フィー!」

「了解っ・・・・・・!」

 

弾かれたように飛び出したフィーが、魔獣―――ビッグドローメとの距離を縮め、孤を描くようにして背後に回り込む。

それに気を取られたビッグドローメの背を、ラウラの大剣が容赦なく斬り叩いた。

間髪入れず、すれ違い気味にこちらへ駆け抜けてきたフィーの双剣銃の追撃。

初撃は見事な阿吽の呼吸だった。文句の付けようがない連携だ。

 

「・・・・・・オオオォォォォッッ!!!」

 

突然、その巨大な軟体がブルブルと痙攣し始め、凍てつくような殺気を肌で感じた。

何かが来る―――そう思った時には、私達は見えない何かに吹き飛ばされていた。

アーツではない。衝撃と同時に、肌がビリビリと痺れるような感覚に襲われた。

 

「ぐっ・・・・・・これでも食らえ!!」

 

マキアスの導力銃が呻りを上げ、残弾数がゼロになるまで魔獣へと叩き込まれる。

その間に体勢を立て直した私達は、再び魔獣に得物を向けた。

 

「皆気を付けてくれ、こいつの攻撃は全方位型だ!」

「ん。なら攻撃の暇を与えなければいいだけ」

「ああ、その通りだ・・・・・・フィー、もう一度だ!」

 

攻撃の暇を与えない、か。随分と簡単に言ってくれる。

 

「アヤ、俺達も続くぞ!」

「分かってる。エリオット、派手にやっちゃって!」

「任せてよ。ARCUS駆動・・・・・・っ!」

 

得意の高速詠唱から放たれたエリオットの『フレイムタン』の炎が、地面から火柱となって吹き上げる。

その爆発を合図にして、ラウラとフィーがXの字を描くようにビッグドローメに斬りかかる。

その軌跡を追うように、私とリィンの薙ぎ払いが軟体を切り裂き、緑色の体液が周囲へと飛び散った。

 

いける。この調子で攻撃の手を止めなければ―――

 

「「っ!?」」

 

誰しもがそう思った時。

声にならない悲鳴が聞こえた。

 

(ラウラ、フィー!?)

 

見れば、追撃の構えを取っていた2人の膝が折れ、その表情には戸惑いの色が浮かんでいた。

先程まで重なっていたお互いの呼吸が、今では見る影もない。

間違いない。戦術リンクが、切断されている。

その反動で、2人の攻撃の手が完全に止まっていた。

 

「ラウラ、もう一度繋いで」

「ぐっ・・・・・・分かっている!」

 

その間に生じた決定的な隙に、ビッグドローメの巨体が蠢きながら緑色に発光し始めた。

これは―――風属性のアーツだ。しかもこの波動は、高レベルの広域型。

 

「させない・・・・・・っ!」

 

アーツの発動を待たずして、フィーの双剣銃の銃口がビッグドローメに向けられた。

私とリィン、ラウラもそれを妨害するために、魔獣へと得物を振りかぶった。

 

(あ―――)

 

不思議とそれは、私の目にゆっくりとした動きで映った。

フィーの銃口から向けられた、線状の殺気。魔獣と距離を詰めた、ラウラの身体。

それが重なった。刹那、トリガーに掛けられたフィーの両手指は、躊躇無く絞られた。

フィーがそれに気付いたのは、弾丸が放たれた直後のことだった。

 

「ラウラっ!!」

 

迷いは無かった。私は身を翻し、2人の間に身体をねじ込んだ。

次の瞬間、視界の端に血飛沫が舞った。同時に、意識が飛ぶような痛みに襲われた。

 

_____________________________________

 

「アヤ、落ち着いて。ちょっとだけ、患部を見てもいいかな」

 

激痛を堪えるように身を屈めていると、エリオットの声が聞こえた。

その冷静な声につられて、少しだけ平静を取り戻せた気がする。

 

「あぐっ・・・・・・ま、魔獣。魔獣、は?」

「大丈夫、リィンの一撃で沈黙したよ。喋らない方がいい」

 

涙で歪む視界の端に、身を燃やしながら縮んでいく魔獣の姿があった。

察するに、リィンの炎の剣技が致命傷となったのだろう。

エリオットの言葉に従い患部から手を離した途端、痛みが倍増した。

駄目だ。思っていた以上に傷が深い。流れ出す血も、止めどが無い。

 

「アヤ!?」

「アヤっ・・・・・・」

 

エリオットに続いて、ラウラとフィー、リィンとマキアスが私の下に駆け寄ってくる。

大丈夫、と強がりを言いたいところだが、その余裕も私には残されていないようだ。

見れば、ラウラとフィーの表情は血の気が引いたかのように青ざめていた。

 

「そんな・・・・・・まさか、肩に当たったのか!?」

「大丈夫、直撃は免れたみたい。ただ、傷が思った以上に・・・・・・ぼ、僕のアーツでも血が止まるかどうか」

「は、はは・・・・・・アンゼリカ先輩に、感謝しなくちゃ」

 

あのまま考え無しに動いていれば、間違いなくフィーが放った弾丸は私の身体を捉えていただろう。

着弾の瞬間、私は咄嗟に左腕の手甲で弾丸を弾いたのだ。

だがその軌道を完全に逸らすことができず、弾丸は勢いをそのままに、私の左肩の肉を削ぎながら後方に着弾した。

こんなことなら、先輩から捌き方をちゃんと教わっておけばよかった。

今更後悔したところで、この痛みが治まることはないのだが。

 

「す、すぐに治療するね。マキアス、手を貸してくれる?」

「・・・・・・ちょっと待って」

 

一旦深呼吸をしてから、再度気を落ち着かせる。

傷の痛みは耐えればいい。今は血を止めることが先決だ。

 

「た、試してみたいことが、あるから」

「試すって・・・・・・一体何を」

 

それは7年前に身体に刻み込まれた、あの記憶と感覚。

思い出せ。あの時にサングラスの男が、私に施した術技を。

本質は月光翼と同じはずだ。身を削いで力を生み出すのがそれなら、あれはその逆の流れ。

以前の私には到底無理な芸当だろう。でも、今の私なら。

アンゼリカ先輩のおかげで、気の流れを操る術は大方身に付いているはずだ。

掠り傷を癒す程度なら、きっとできる。

 

「ふぅ・・・・・・んっ」

 

肩に意識を集中させ、基礎となる呼吸法を繰り返す。

青白い光と共に、徐々に左肩が温かみを帯びていくのを感じた。

次第に、痛みも少しずつ治まっていく。思った通りだ。

目蓋を閉じながらしばらくそうしていると、エリオットが驚愕の色を浮かべていた。

 

「ち、血が止まってる。傷も塞がりかけてるし・・・・・・い、一体何が起きたの!?」

「驚いたな。アヤ、君は『軟気功』まで使えるのか」

「ん・・・・・・使ったのは初めてだけど、うまくいったみたい」

 

名前は知っていたし、存在も身を持って経験済みだ。

もっとも、あの時は他人から施されたものだったが。

おかげでエリオットが言うように血は止まったし、痛みも大分引いてくれた。

痕は残るかもしれないが、何度か繰り返せば完治してくれるはずだ。

 

「・・・・・・ごめんなさい。全部、私のせい。ごめんなさい」

 

ほっと息を付いていると、目を潤ませたフィーが力無く呟いた。

何て顔だ。声を捻り出すだけで精一杯といったところだろう。

さっきまでは生きた心地がしなかったに違いない。

気が抜けた拍子に、溢れ出る感情を抑えきれていないようだ。

 

「いや、私だ。射線上に立った私の責任に他ならない。全て私が―――」

「やめてよ、2人とも」

 

フィーを庇うようにして、ラウラが言葉を並べた。

2人にとっては、私が忠告しておいた最悪が現実となった気分だろう。

でも、そうじゃない。血を流したのが私で―――本当によかった。

 

「ラウラもフィーも、そんな顔しないでよ。ほら、傷はすぐに癒えるから」

「で、でも私の銃がアヤを」

「フィー。顔を上げて」

 

ぽんっとフィーの頭に左手を置き、くしゃくしゃとその銀髪を乱雑に掻きむしる。

私にだって、思うところはある。もしあの時、私以外の誰かが間に入っていたら。

それでも、フィーの涙なんて見たくはない。私もとんだお人好しだ。

2人に対してあれだけ言っておいて、今の彼女らに厳しい言葉を浴びせるなんて真似はできない。

結果論に過ぎないが、大事は無い。ここで足を止めては駄目だ。

 

「私はノーカウントだよ、フィー。これぐらいどうってことないし、もう痛くない。だから、ね?」

「アヤ・・・・・・」

 

今更ながら、彼女がリィンの妹と同い年ということを思い知らされた。

小柄な体躯も相まって、年齢以上に幼く見えてしまう。

 

「アヤ、実際のところどうなんだ?軟気功でも、すぐに完治したりはしないだろう」

「傷自体は大丈夫。ただ・・・・・・すごく体力を使うみたい。すぐに復帰は無理かな」

 

一度使用しただけで、この気怠さだ。乱発はできそうにない。

魔獣の脅威が去った後だからできたことだ。戦闘中に使うことも難しいだろう。

 

「そうか・・・・・・なら、これから俺は後方でアヤのサポートに回る。ラウラとフィーは、引き続き前衛を担ってくれ」

 

リィンの思いがけない提案に、ラウラとフィーの表情が歪んだ。

マキアスとエリオットも、この流れでこんなことを言い出すとは思っていなかったのだろう。

 

「最初の連携を見ただろう。ラウラとフィーの呼吸が重なれば、あれだけのことができるんだ。物にできれば、大型魔獣ですら脅威にはならない」

「リィン・・・・・・」

「みんな、アヤの気持ちを汲んでやってくれないか。俺からもお願いだ」

 

リィンが4人を見渡し、私へと視線を移す。

言葉にはせずとも、私の胸中を彼は察してくれたようだ。

 

「・・・・・・承知した。フィー、そなたもそれでよいか」

「ん。私だって、このままは嫌だから」

 

すぐにどうこうできる問題とは思えない。

それでも、前に進むキッカケになってくれればそれでいい。

もう1つ―――2人の背中を押す、何かがあれば。

 

そう思っていると、包帯と治療薬を手にしたマキアスが私に声を掛けてきた。

 

「アヤ君、念のために手当てはさせてくれ。まだ治りかけなんだろう?」

「あ、うん。ちょっと待って」

 

左肩を見ると、弾丸に肩部を裂かれたブラウスが目に止まった。

これではもう使い物にならないだろうし、捨てるしかないだろう。

そう思った私は、力任せに袖口を引き千切り、患部を露わにした。

 

「ばっ・・・・・・あ、あのなぁ。どうして君はいつもそうなんだ」

「え?」

 

見れば、肩から下着の一部が見えていた。

別にこれぐらいどうってことないだろうに。包帯を巻けばそれも隠れるはずだ。

 

「気にしないでよ。ほら」

「・・・・・・君はもう少し恥じらいを持った方がいいと思うが」

 

マキアスが治療薬で患部を拭き取った後、肩に包帯を巻き始める。

同じようなことを以前にも言われたことがある気がする。あれはいつのことだったか。

 

「それに、今回の件は仕方ないにしろ・・・・・・もうこんな無茶は止してくれ。不甲斐無さで自己嫌悪に陥りそうだ」

「あはは。まぁこういう傷は前衛に付き物だよ」

「そういう意味じゃない。君は女性だろう、もっと自分を大事にしたらどうだ」

「待ってよ。戦闘に性別なんて関係無いでしょ」

「僕が言いたいのは・・・・・・はぁ。もういい」

 

包帯を巻き終えたマキアスが、溜息を付きながら立ち上がる。

確かに彼の言う通りかもしれない。今回は少々無茶をし過ぎたようだ。

軟気功の心得が無かったら、危なかったことは事実だ。

 

「ありがとう。うん、大分楽になった」

「くれぐれも無理はしないでくれよ」

「分かってるよ」

 

いずれにせよ、これで今日の分の依頼は全て達成だ。

私達は来た道を戻り、地上へ向かって歩を進めた。


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