絢の軌跡   作:ゆーゆ

49 / 93
3つの過去、時々カーネリア

日が沈み、道行く人々の姿が消えた頃の、アルト通り。

民家から聞こえてくる賑やかな声を除けば、辺りは深い夜の静寂に包まれていた。

遥か遠方から聞こえてくる導力式の稼働音が、逆に静けさを引きたてているようにすら感じる。

 

いい夜だな、と思う。クロスベル同様、この帝都はたくさんの顔があるのだろう。

エリオットの気持ちも理解できる。確かにこの静寂に、導力トラムの走行音は無粋と言える。

停留所のダイヤには、それが夜の23時台まで周囲に響き渡ることを示していた。

 

「これは・・・・・・凄いな」

「お店を開けそう」

「さ、流石にこれは趣味の範囲を超えているだろう」

 

フィオナさんの料理に舌鼓を打った私達は、エリオットに招かれ、彼の私室へと足を踏み入れていた。

目の前に広がるのは、様々な楽器や楽譜の数々。

バイオリンやピアノはともかく、管楽器や打楽器に至るまでより取り見取りだ。

マキアスが言うように、どう見ても音楽家の部屋にしか見えないというのが正直な感想だった。

 

「あはは・・・・・・亡くなった母さんが、結構有名なピアニストでさ。姉さんと僕は、その影響を受けてるってわけ。アヤ、多分君も知っている人だよ」

「へ?わ、私が?」

「『空を見上げて』のこと。あれは僕の母さんが生前に作った曲なんだ。ピアノも歌声も、母さんのそれさ」

「ええ!?う、嘘!?」

「僕も驚いたよ。エムロッドから出てきたアヤが、あの曲のレコードを持ってたんだからね」

 

素直に驚いた。お母さんのお気に入りの曲だったから、私はてっきり共和国で生まれた曲だと思っていたのだが。

世の中が狭いとは、まさにこういうことを言うのだろう。

 

「・・・・・・どうして、夕方会った人達と同じ学校にいかなかったの?」

「お、おいフィー君」

「あはは、いいんだ」

 

それは、誰もが聞いておきたかった事実。

フィーが口にしなければ、この場の誰かが言っていたであろう台詞だ。

 

マーテル公園へ繋がる階段を上った私達は、エリオットの友人である3人組と挨拶を交わした。

モーリスとロン、それにカリンカ。3人とも私達と同年代の、音楽院に通うという音楽仲間だそうだ。

物静かそうで、どこかおっとりとした雰囲気が魅力的な人達。

マキアスの友人とは違い、エリオットのそれは私が想像していた通りの人間だった。

マーテル公園では、夏至祭に開かれるというコンサートに向けて練習に熱を入れていたらしい。

 

あの時にカリンカが口にした一言が―――皆の心の中に、ずっと引っ掛かっていたはずだ。

 

「僕さ、士官学院を受ける前までは、音楽院を志望していたんだよね」

「あ・・・・・・」

 

それを皮切りにして、エリオットは語り始めた。

お母さんやお姉さんの背中を追うようにして、音楽の道を進もうとしていた過去。

軍人であるお父さんが、断固としてそれを許さなかったこと。

そんなお父さんを―――表には出さずとも、心の中では恨んでいたという告白。

そして、迷いながらも士官学院の門を叩いたのは、単なる妥協に過ぎなかったという事実。

 

そんな葛藤があっただなんて、思ってもいなかった。

卒業後の進路が軍に限らないとはいえ、士官学院と音楽院とではまるで環境が違う。

ある意味で、彼は自身が選んだ道を一度閉ざされてしまっている。既に挫折を経験していたのだ。

 

それなのに・・・・・・どうしてそんな過去を、笑って話せるのだろう。

それが私には、不思議でならなかった。

 

「・・・・・・エリオットは、後悔してるの?」

「ええ、どうして?それに関しては、後悔するわけないじゃない」

「えっ」

「へ?」

 

エリオットの答えに、フィーとマキアスが素っ頓狂な声を上げた。

 

「漠然と音楽院に進学するよりも、今は良かったと思ってるくらいさ。卒業後、音楽の道に進むにしても別の道を目指すにしても・・・・・・今度こそ、僕は僕自身の意志で進むべき道を決められると思うから」

「エリオット・・・・・・」

「強いな。そなたは」

 

ラウラの言う通りだと思う。

未練や妥協。そんな自身の弱さから目を背けずに、正面から向き合う。

それも1つの強さのはずだ。簡単にできることではない。

 

環境や形は違えど、エリオットは音楽を愛する思いに嘘を付きたくないのだろう。

その思いが信念となり、彼の強さを支えている。私にはそう思えた。

 

私はどうなのだろう。日が浅いとはいえ、遊撃士を思う気持ちは今のところ本物だ。

一方で、地下道で感じたような戸惑いがあるのも本当だ。

遊撃士になるということ自体、広い目で見れば始まりに過ぎないのかもしれない。

私が思い描くような姿になれるという保証は、どこにもない。

 

・・・・・・頭が痛くなってきた。先のことをうんうん考えても仕方ないだろうに。

自問自答を繰り返したせいで、自分を見失いかけている感覚だ。

1人で思い悩んでいても、答えは出そうにない。

そろそろ、彼の声が聞きたい。

 

「何よりも―――君達と、《Ⅶ組》のみんなと会えたからね」

 

そんなことを考えている最中、エリオットが臆面も無く言った。

思わず綻んでしまったが、皆は反応に困っていた。

感覚が鈍っているのだろうか。最近はもっと恥ずかしい台詞を、いくつも耳にしている気がする。

とりあえず、リィン。あなただけは絶対に人の事を言えないから。

 

____________________________________

 

結局フィオナさんの願いは現実となり、エリオットは単身実家で夜を過ごすこととなった。

まぁ今日ぐらいはそうするのが自然なのだろう。

先月の実習では、私やガイウスは恵まれ過ぎていたのかもしれない。

 

「アヤ、少しよいか」

「え?」

 

協会支部へ戻る道すがら、突然ラウラに呼び止められた。

ラウラはリィン達3人に歩を促すような視線を送ると、彼らは足を止めることなく、そのまま協会支部へと向かった。

残されたのは、私とラウラだけだった。

 

「ラウラ。どうしたの?」

「もう、迷いは無い」

「・・・・・・そっか」

 

覚悟を決めたかのように、私を見詰めるラウラの目には強い意志が込められていた。

一点の曇りも無い、純粋無垢な琥珀色の瞳。こんな目を見たのは久しぶりだ。

 

その一方で、ラウラは何かを言い淀んでいた。

迷いは無いと言いながら、口ごもってしまったもう1つの覚悟。

私にとって、それは想像するに容易いものだった。

 

「だが、そなたが血を流した事実は変えられぬ。アヤ、どうか私を―――」

「殴ってくれ、とでも言いたいわけ」

 

そんな顔をされても困る。その先の言葉が顔に書いてあっただけだ。

分かりやすさだけなら、私以上だ。

 

「ねぇラウラ。もしそんな下らないことを口走ったら、私殴るからね」

「・・・・・・そなたらしい答えだ」

 

降参だと言わんばかりに、ラウラは首を横に振った。

当たり前だ。それができる人間なら、地下道でとっくに手を出している。

 

「以前も言ったが、私はそなたの剣が好きだ。だがそれ以上に・・・・・・私は、そなたが好きなようだ」

「そう。フィーとどっちが好き?」

「選び難い選択だな」

「じゃあリィンと私なら?」

「リ・・・・・・私は何も言ってない」

 

コンマ1秒で返答しかけたラウラ。それはそれで複雑だ。

・・・・・・立場が逆なら、『ガ』と言ってしまいそうな私もいる。お互い様ということにしておこう。

 

「ラウラ」

「む・・・・・・」

 

ラウラには、その真っ直ぐな瞳がよく似合う。それが見れただけで、もう言うことはない。

きっと私の頭に手を置いたアンゼリカ先輩も、似たような心境だったのだろう。

 

だから私はフィーにそうしたように、先輩が私にそうしたように、頭を撫でた。

きょとんとしたその目が、普段とのギャップと相まって身悶えする程に愛らしく思える。

いやいや、そこまで先輩の真似をする必要はないか。

 

「あ、アヤ?」

「もう迷いは無いんでしょ。なら、早く行きなよ。きっとフィーも待ってるから」

「・・・・・・むぅ。少々納得がいかないのだが」

「あはは。膨れてないで、ほら」

 

何だか妹が増えたような気分だ。随分と大きい妹だが。

いずれにせよ、もう大丈夫だろう。もう1つのキッカケはエリオットだったようだ。

 

同じ屋根の下で暮らす私達は、すれ違いながらもお互いに前へ進めている。

身分や出身、価値観や概念という垣根を越えて、寄せ集められた《Ⅶ組》。

この実習が終わったら―――やっと私達は、1つになれる気がする。

・・・・・・気が早いか。まずは、目の前のことに集中しよう。

場所は、マーテル公園がいいかもしれない。2人なら、きっとそうするはずだ。

 

____________________________________

 

「―――ってわけで、正直死にそう。眠気を通り越して気持ち悪い」

『・・・・・・眠った方がいいんじゃないか。俺と話している場合ではないだろう』

「嫌だよ。それはもっと嫌」

 

時刻は午後の22時。

私は協会支部の1階、受付カウンターらしき席に座りながら、ARCUSを介してガイウスとお互いの1日を振り返っていた。

 

エリオットの実家を後にした私達は、予想通りラウラとフィーの一騎打ちを見守ることになった。

お互いにそうしないと、今までのもやもやが吹っ切れなかったのだろう。

結論から言えば、勝負はフィーの申し出によりラウラに軍配が上がった。

もっとも、中身は喧嘩両成敗のようなものだったが。

それがキッカケとなり、フィーの過去は私達の知るところとなった。

 

物心ついた時から、フィーは独りで紛争地帯を渡り歩いていた。

そんな彼女を拾ったのが、西風の旅団と呼ばれる猟兵団のリーダーだったそうだ。

いつしかフィーは『西風の妖精』という二つ名で呼ばれる程に、戦う力と生き延びる術を身に付けるに至った。

そんな猟兵団が、団長の死をキッカケにして離散したのが1年前。

サラ教官に拾われたのは、その後の出来事らしい。

 

「フィーを拾った人って、どんな人間だったんだろ」

『どうだろうな。少なくともフィーにとっては、親代わりのような存在だったと思うが』

 

猟兵というだけで決めつけるには、フィーはあまりに純粋すぎる。

心無い非道な人間達に囲まれて、ああはならないだろう。

私達は過去の一端に触れただけだ。いずれ私達も知る時が来るのかもしれない。

 

『いずれにせよ、もう2人のことは心配無いようだな』

「うん。あのコンビ、ちょっと手が付けられそうにないよ」

 

フィーが全てを語り終えた後、私はラウラとフィーの2人と剣を交えることになった。

ラウラ曰く「久しぶりにそなたの全力が見たい」とのことだった。

肩の傷は癒えていたが、体力的にギリギリだった。そんなことは既に忘れ去られていたらしい。

残された力を総動員して立ち合いに応じた私は、開始1分で白旗を上げた。当たり前だ。

 

物足りなそうな2人は、続けてリィンとマキアスのコンビとの立ち合いを申し出た。

どうやら完全にハイになっていたようだ。流れに乗ったあのコンビは、もう誰も止められない。

 

『お疲れだったな』

「あはは・・・・・・はぁ。そっちは何か変わったことはあった?」

『アリサが君のことをよく話していた』

「私?何のこと?」

『リィンの妹さんに姉様と呼ばせるなんて何のつもりだ、とな』

「まだ引きずってたの!?それ私のせいじゃないから!」

 

いい加減にしてほしい。どこまで引っ張るつもりだ。

そういえば、エリゼちゃんが通う女学院も帝都にあるんだったか。

もしかしたら、どこかで会うこともあるかもしれない。

 

B班のあれやこれやに耳を傾けながら、私はガイウスが貸してくれた遊撃士協会の規約集に視線を落としていた。

遊撃士協会規約、第1項『基本理念』。

遊撃士は国の枠組みを越えて、地域の平和と民間人の安全を守り、支えることを第一の目的とする。

 

「・・・・・・国の枠組みを超えて、かぁ」

『何だ、急に』

「ねぇガイウス、私ちょっと分からなくなってきた」

 

上手く説明できないし、想像でしか物が言えない。

 

私が帝国という地で遊撃士となれば、この基本理念に乗っ取って行動する義務がある。

そうなれば、私は1つの地に留まることが許されないかもしれない。

何しろ遊撃士の手を借りたい人間は、国中にいるはずなのだ。

地下道での1件のように、既にその声は各所で増加し続けているのだろう。

・・・・・・ノルド高原支部だなんて、夢のまた夢かもしれない。

それに―――しばらくの間どころか、私達は本格的に離れ離れになってしまう。

 

『気持ちは分かるが・・・・・・その、すまない。言葉が見つからない』

「いいよ。だからって諦めたりはしないし、それに・・・・・・あはは。お互いに、気が早いと思わない?」

『それもそうだな。今は目の前の実習に集中しよう』

「うん・・・・・ねぇガイウス」

『何だ?』

「私のこと、好き?」

『ああ、好きだ。当たり前の事を聞くんだな』

 

顔を突っ伏しながら、机の上をバンバンと叩く。

たまらない。顔から火が出そうな程に熱い。何の躊躇も無く言ってくれるなんて。

その一言だけで満腹だ。これで明日も頑張れる。

 

ガイウスに答えようとした時、階上からガチャリと扉を開ける音が鳴った。

しまった。大きな音を立てすぎたか。

 

「ご、ごめん。誰か来たみたい。もう切るね」

『む・・・・・・そうか。アヤ、いい夢を』

「うん。おやすみ」

 

声を潜めながら、挨拶を交わして通信を切る。

重い腰を上げて2階に繋がる階段を上っていると、扉の前に立つラウラとフィーの姿が目に止まった。

さっきの音は2人が部屋を出たものだったか。何をしているのだろう。

それに、そこはリィン達の寝室なのだが。

 

「アヤか。何をしていたのだ?」

「ちょ、ちょっとね。ラウラとフィーこそ、リィンとマキアスに何か用?」

「私はラウラの背中を押してるだけ」

「背中?」

 

私が聞くと、ラウラは言いづらそうに視線を泳がしながらも答えてくれた。

 

「その、男子2人にも多大な迷惑を掛けてしまったからな。改めて、謝罪とお礼を言いたかったのだが」

「・・・・・・リィンに、でしょ」

「そ、それは・・・・・・な、何故頭を撫でる。やめるがよいっ」

「あはは」

 

凛とした佇まいと、初々しいこの反応。

うん、やっぱりラウラは普段通りが一番だ。癒される。

うりうりとラウラの頭を撫でながら、時計の針は7月24日の終わりを告げていた。

 

___________________________________

 

特別実習の2日目。

ヘイムダル港から続く、ほの暗い地下道を這い出た私達を出迎えてくれたのは、オスト地区に降り注ぐ日の光。

そして遥か北西部に位置する、ヘイムダル大聖堂の鐘が奏でる音色だった。

一昨日の晩に一気に読みふけったことも相まって、どうしてもあの物語のことを考えてしまう。

 

「トビー・・・・・・」

 

運び屋の端くれに過ぎないトビーが手にした、正体不明の古代文明の遺産。

突如として彼の前に現れた、カーネリアと名乗る七曜協会のシスター。

それは冒険活劇のようでいて、1人の遊撃士の淡い初恋を描いた、出会いと別れの物語。

 

どうせ死ぬなら何かのために戦って、生きた証を立ててから死ぬ。

彼女は今わの際に、何を思ったのだろう。その願いは、想いは実を結んだのだろうか。

そして遊撃士という道を選んだ彼は、その先に何を見ていたのだろう。

たった2日間の出来事が、先の人生を変える。決意は固く、想いは深く。

胸がズキンと痛み、思わず感傷的になってしまう。

 

「トビー。私も、頑張るから」

「アヤが変な顔で何か言ってる。気持ち悪い」

「ふむ。察するに、そろそろ食事時なのではないか?」

「鐘が鳴ったしね。キリがいいし、そろそろランチにしよっか」

「そうだな・・・・・・よし。みんな、僕の実家に来ないか。コーヒーくらいは御馳走しよう」

「マキアス・・・・・・分かった。何かテイクアウトして行こう。アヤ、何か食べたい物はあるか?」

 

私の変な顔とやらに端を発して、自然と昼食に繋がった。

班構成は変われど、私の扱いは前回の実習と一緒だった。

食べたい物を聞いてくれたリィンの優しさだけは、素直に受け取っておこう。

ARCUSの時計は、実際に昼の12時を示している。思っていたよりもかなり早く片付いてしまった。

 

実習2日目のメインとなる依頼は、やはり地下道に生息する大型魔獣の討伐だった。

昨日とは打って変わって、探索から戦闘に至るまで、何もかもが順調に進んでいた。

 

それもこれも、ラウラとフィーのおかげなのだろう。

皆の士気も上がっている。今の私達なら、何だってできる気がする。

そもそもが6人という贅沢な班構成である上に、主戦力の前衛が4人もいるのだ。

これなら魔獣の討伐依頼など問題にならない。昼食もゆっくりと楽しむことができる。

 

「すみません、フィッシュ&チップスを10人分下さい」

「お、景気良いな嬢ちゃん。盛りに盛ってやるよ」

「6人分で結構です」

 

ランチのチョイスを任せてくれたものの、量までは自由にさせてくれないリィンだった。

 

________________________________

 

ギャムジーさんの御好意で揚げたてを満喫した私達は、食後のコーヒーで休憩を取りながら、各自思い思いの時間を過ごしていた。

リィンとマキアスは政治談議に花を咲かせ、ラウラとエリオットは夏至祭に関する話題で盛り上がっていた。

コーヒーが飲めない私はといえば、こそこそと家探しに興じるフィーと行動を共にしていた。

くれぐれも家探しは止してくれよ、というマキアスの忠告を、フィーは振りだと受け取ったようだ。

 

「綺麗な家だね。父子家庭って聞いてたけど、隅々まで片付いてるみたい」

「メイドとかいるのかも」

 

それは多分違うだろう。

片付いてはいるが、デスクの上に使用済のコーヒーカップが放置されていたりと、男所帯らしい一面が垣間見えるのも確かだ。

あれはレーグニッツ知事のものだろうか。普段は庁舎で生活していると聞いていたが、たまには実家にも顔を出しているのかもしれない。

 

「あ。写真発見」

「ちょっとフィー、勝手に見るの・・・は・・・・・」

「お、おい君達。勝手に何を見ているんだ」

 

マキアスの声に反応し、ぞろぞろと皆が集まってくる。

その写真は、おそらく数年前に撮られたもののはずだ。

そこに映っていたのは、レーグニッツ知事と、マキアス。

知事は今よりもずっと若々しいし、マキアスは何というか・・・・・・可愛い。その一言に尽きた。

 

「ねぇマキアス、私はこっちの方が絶対に似合ってると思う。考え直した方がいいよ」

「髪型みたいに言わないでくれないか!?」

「はは・・・・・・2人の隣にいるのは、お姉さんか何かなのか?」

 

リィンが問うと、マキアスは口を噤んでしまった。

それと同時に、いつの間にかその表情には暗い影が落ちていた。

 

「・・・・・・元々、そのつもりで君達を招いたからな」

「マキアス?」

「長くなるけど、昔話をさせてくれないか。僕が、レーグニッツ家が抱える事情をね」

 

そうしてマキアスが打ち明け始めたのは、エリオットとフィーに続く、3つ目の過去。

2人のそれとはまた毛色が違う、憧れと淡い恋心が入り混じったかのような憧憬。

そんな甘酸っぱい感情で始まった物語は―――次第に、多くの憎しみや嫉妬心に塗れた現実となっていった。

 

「挙句―――姉さんは、自らの命を断った。遅かったんだ、何もかも」

「そんな・・・・・・」

 

まるで救いようのない、物語小説を読み聞かされている感覚だった。

異なる点は、結末が悲劇と分かっていること。

 

かと思いきや、その悲劇が新たな憎悪を生み出してしまう。

まさに悪夢だ。人間の酷い部分が、断ち切られることなく連鎖していく。

どうしてだろう。序章は、とても綺麗な感情だったはずなのに。

 

「でも、最近考えるんだ。貴族や平民に関係無く、結局は『人』なんだろうってね」

「え?」

「平民でも貴族でも・・・・・・国や価値観、過去がどうであれ、尊敬できる人間はいる。皆には、それを教えられてきたからな」

 

唐突に、最終章で負の連鎖が断ち切られた気分だった。

―――いや、そうじゃないか。それも分かっていたことだ。

昨晩、自分でも言っていただろうに。

 

唐突なんかじゃない。私達には4ヶ月という確かな軌跡がある。

たくさんの壁を乗り越えて、《Ⅶ組》は今1つになりつつあるのだ。

マキアスだって、その輪の中の1人のはずだ。

 

「でも、ちょっと納得。マキアスの鼻の下が伸びるのは、いつもそうだったから」

「・・・・・・フィー君、何のことを言っている?」

「シャロン。クレア大尉。エリオットのお姉さん。ヴィータ・クロチルダ。全員年上のお姉さんばっか」

 

フィーに続いて、ラウラが合点がいった面持ちで首を縦に振った。

言われてみれば、確かに。何となく感づいてはいたが、そういった形で繋がっているとは。

きっと亡くなったお姉さんの影を、無意識の内に追い続けていたのだろう。

 

女性陣とは対照的に、リィンとエリオットは「そうか?」と首を傾げていた。

それは2人も少なからず同じ反応をしていたからだろう。それぐらい気付いてほしい。

 

「ふむ。だが年上と言うなら、アヤ。そなたもそうであろう」

「え、私?いや、2つしか違わないけど」

「・・・っ・・・じ、冗談じゃない!!姉さんとアヤ君を一緒にしないでくれたまえ!!」

「・・・・・・そこまで否定されると何かムカつく」

 

フィーが今挙げた女性は、全員可憐な美人さん達ばかりだ。

肩を並べることすら叶わない。並べようとも思わない。

 

「いいか、姉さんは美人で気立てが良くて髪はサラッとしていて小顔で華奢な―――」

 

捲し立てるようにして並べられるマキアスのお姉さん談。

何もそこまでムキにならなくとも。落ち着いて、マキアス。

そろそろラウラとフィーが、引き始めているから。あと、私も。

 

________________________________

 

レーグニッツ邸を後にした私達は、リィンのARCUSから鳴り響く通信音を合図にして歩を止めた。

スピーカーから漏れてくる声とリィンの態度で、その相手がレーグニッツ知事であることだけは分かった。

 

「追加、ですか。それは構いませんが、一体どういう・・・・・・えっ?」

 

追加、という言葉から察するに、新しい依頼でも入ったのだろうか。

幸いにも、私達は既に一通りの依頼を全て達成できている。

今からなら、1件や2件ぐらいの案件が回されても問題は無いはずだ。

 

「ガルニア地区の宝飾店ですね、すぐに向かいます・・・・・・ふぅ」

「な、何だったんだ?」

「何やら不審な顔をしていたが」

「ああ、実は―――」

 

リィンの話に耳を傾けようと、歩を進めた時。

いや、進めようとした時。私の足は、微動だにしなかった。

 

(え―――)

 

足だけじゃない。下半身全体が動かない。

それどころか、上半身までもが凍りついたかのように、私の意志に反してピクリとも動かなかった。

 

「・・・・・・どしたの、アヤ?」

「か、身体が・・・・・・動かない。動かないよ。何、これ」

「ふむ、痙攣による硬直か?」

 

違う、そんなものではない。本当に動かないのだ。

徐々に末端から、感覚すら失いつつあるのが分かる。

既に呼吸すらままならない。必要最低限の動きすら封じられつつある。

 

「落ち着くんだ、アヤ。ゆっくりと息を吸ってみてくれ」

「・・・っ・・・・・・わわっ!?」

 

唐突に私を縛っていた何かが解け、勢い余って前のめりに転んでしまった。

・・・・・・動く。足も腕も動くし、呼吸もできる。

 

「あれ、動けるの?」

「う、うん・・・・・・何だろう、こんなの初めてだよ。わけ分かんない」

「昨日から相当無理をしていたからな。もしかしたら、身体に影響が出ているんじゃないか?」

「そんなんじゃないと思うけど・・・・・・」

 

それを言われると自信が無い。

確かに絶不調の身で慣れないことをしたし、一時は大怪我を負ったことは事実だ。

 

「大事を取って、休んだ方がいい。新しい依頼は僕らに任せてくれ」

「で、でも」

「アヤの分は私とラウラが動く。それで解決」

「・・・・・・はぁ。分かったよ」

 

結局は私が折れることになった。

1人は心細いが、今回の実習期間は3日間に渡る。

明日は夏至祭の初日、きっと一番忙しい1日になるだろう。

お言葉に甘えて、今日は身体を休めた方がいいのかもしれない。

スカートに纏わりついた砂埃を払い、私達は停留所に向かった。

 

私は勿論、誰も気付いていなかった。

先程まで私が立っていた場所の後方に、白銀色に輝く短剣が突き立てられていたことを。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。