「―――それで、一体何の用だ?」
苦も無く魔獣を殲滅した後、ユーシス・アルバレアは刀身を拭いながらアヤに問いかける。
「いえ・・・・・・用というわけでは。その、ユーシス様」
「何だ」
「・・・・・・えーと」
しまった、とアヤは思った。
こうしてユーシスと合流できたはいいものの、その先のことを全く考えていなかった。馬鹿正直に「心配だから助けに来ました。これからマキアスとも合流しましょう」と言ってみるか?
あり得ない。そんな選択肢は無い。
「フッ」と鼻で笑いながら、ユーシスはこちらを見透かしたような視線を向けてくる。
「マキアス・レーグニッツなら、他の男子3人と合流していたようだが」
「え・・・・・・ほ、本当ですか?」
彼の話によると、数区画前でガイウス達4人の集団と遭遇したそうだ。その中にはリィンもいるはずだ。得物を見ただけで、彼の剣の腕前は想像がつく。戦力的には十分だろう。
ほっと胸を撫で下ろす。
「見たところ、剣の腕は立つようだな。同行させてもらうぞ」
「えっ」
「低俗な魔獣の相手をするのに飽き飽きしていたところだ・・・・・・フン、大方そのつもりで来たんだろう?」
願ってもないユーシスの提案に、驚きを隠せない。先程のマキアスの件もそうだが、こちらの思惑は全てお見通しなのだろう。それでいてこの展開だ。彼のことを、少し誤解していたのかもしれない。
「いえ・・・・・・はい。ご配慮いただき、ありがとうございます」
「それに、無用に畏まるな。身分はどうあれ、士官学院生はあくまで対等―――学院の規則を忘れたとは言わせんぞ」
「・・・・・・じゃあ、ユーシス。そろそろ行こっか」
私とユーシスは、出口を探すべく歩を進めた。
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それから私とユーシスは度々魔獣との戦闘を繰り返しながら、ダンジョンの奥へとさらに進んでいった。お互い単独行動の時間が長かったせいか、会話に飢えていたのかもしれない。話題が途切れて気まずくなるようなこともなかった。
「確かに、お前とあの男では似ても似つかんな」
「でしょ。だから姉弟っていうといつも驚かれてね」
「血の繋がりがないと言えば済む話だろう」
「・・・・・・自分から言うのって、気が進まなくて。何か、自分で本当の家族じゃないって言ってるような感じがして」
本当に、ただそれだけの話なのだ。気持ちの問題だが、これは言葉では言い表せない感覚だろう。
「・・・・・・フン、分からんでもない」
ユーシスはそう言うと、どこか遠くを見つめるような表情を浮かべた。何か思うところがあるのだろうか。
そんなユーシスの顔が、途端に険しいものに変化する。
「今のは何だ」
「魔獣の咆哮・・・・・・大きい。大型魔獣かも」
耳を澄ますと、戦闘音のようなものも聞こえる。もしかしたら―――
「急ぐぞ」
「うん」
私とユーシスは、音の発生源に向かって駆け出す。程なくして、開けた大きな部屋が見えてきた。
そこに待っていたのは案の定、大型の異形な魔獣だった。魔獣を取り囲むようにして対峙しているのは、思った通り《Ⅶ組》の面子だ。ガイウスの姿も確認できた。
足を止めず、状況を瞬時に判断する。数の利はあるものの、戦況は劣勢。
このままではジリ貧だ。
「私は右から、ユーシスは左をお願い!」
「いいだろう!」
「―――じゃあ、私は上から」
(・・・・・・上?)
振り返ると、いつの間にか銀髪の少女が、凄まじいスピードで後方から向かってくる。立ち止まれないし、もう迷っている暇はない。
ユーシスが一気に魔獣との距離を詰めると同時に、多段突きを繰り出す。虚をつかれユーシスに気をとられた隙に、今度は私が右前方の足を薙ぎ払う。そこへ追い打ちを掛けるように―――文字通り、上空を舞った少女が、魔獣の後方に降り立つと同時に鋭い斬撃をお見舞いする。
目の前の巨体が、大きくグラついた。
「勝機だ、一気に行くぞ!」
リィンが叫ぶのと同時に、全員が魔獣に向けて武器を構える。
その瞬間頭に浮かんだのは、各《Ⅶ組》メンバーが手にする得物。
太刀、槍、大剣、両刃剣、双剣銃、導力銃、導力弓、魔導杖、そして私の長巻。
見知らぬ単語が脳裏をよぎる。だが、威力や間合いは理解できる。
どうすれば目の前の魔獣を倒せる。一番有効な手を考えろ。初撃はどれだ。とどめは大剣による一刀両断だ。ならば、そこに至るまでの最良のルートを導き出せ。初撃は遠距離からの牽制。それなら、私とガイウスは得物の長さを活かした、追撃。
気付いた時には、魔獣の首がはね飛ばされ―――魔獣は完全に沈黙していた。
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「よかった、これで・・・・・・」
「ああ、一安心のようだ」
目の前の脅威が消え去り、誰もが安堵の溜息をついていた。
「それにしても、フィー。いつから後ろにいたの?」
「結構前から。多分、二人が合流して間もなく」
「そんな前から・・・・・・気配なんて全然感じなかったけど」
奇襲の寸前で追いつかれた以上、かなり近い距離に潜んでいたに違いない。
ガイウス程ではないが、気配を感じ取る術には自信があった分、ショックが大きい。
「まぁ、私も気配を殺すのは―――」
得意。そう言いたかったのは、文脈から察せられる。
「どうしたの?」
「私の名前、誰から聞いたの」
「誰って、それは勿論―――」
初めての感覚だった。
思い出せない。が、知っている。頭に浮かぶのは、自己紹介をするフィーの姿。
『フィー・クラウゼル。フィーでいいよ』
そうだ。彼女は確かにそう言ったはずだ。
だが、いつかが分からない。場所すらも記憶にない。そもそもこれは記憶ではない、知識だ。
何の感情も、経験すらも伴わずに獲得した知識。
(何なの、これ)
他者の記憶の一部が、いつの間にか頭の中に入り込んでいた。言い換えれば、そんな感覚だった。
「大丈夫?」
いつの間にか、壁に背をつけ、もたれ掛かっていたらしい。心配そうに私の顔を覗き込むフィー。
「・・・・・・うん、ちょっと目眩がしただけ」
平静を保ちながら、壁に預けていた体を起こす。
「名前は、さっき誰かがあなたをそう呼んでたから」
「ん。そっか」
今は、そういうことにしておこう。考えても仕方がない。
私とフィー以外のメンバーは、戦闘の最後に起きた不可思議な現象について議論を交わしていた。無理もない、と私は思う。
「フィーも感じた?」
「まぁね。戦の素人を含めたデコボコの寄せ集めメンバーにしては、プロ顔負けの10連撃だったし」
・・・・・・褒めているのか貶しているのか。いずれにせよ、フィーが言う『プロ顔負けの10連撃』は結果にすぎない。問題はそれを可能にした『現象』の方だ。
「もしかしたら、さっきのような力が―――」
「―――そう。ARCUSの真価ってワケね」
リィンの言葉に続くようにして、階段を降りてきたのはサラ教官だった。このタイミングで姿を現したということは、これで全てが終わったのだろう。予想通り、彼女の口から特別オリエンテーリングの終了が宣言される。
「なによ君達。もっと喜んでもいいんじゃ―――」
「サラ教官、少しいいですか」
「あら、何?」
サラ教官の言葉を遮り、一歩前に出る。
沸々と沸き起こる感情に身を任せ、私はまくし立てるように言った。
「目的は分かりません。でも、万が一のことがあったら、どうする気だったんですか」
「万が一が無いよう、配慮はしていたわよ」
「ですが・・・・・・何の説明もなく、突然魔獣が徘徊する迷路に放り込むなんて。度が過ぎています」
「でも、どうにかなったでしょう?」
「結果論でものを言わないで下さい!!」
飄々とした態度の教官に、思わず語気を荒げてしまう。
「落ち着け、アヤ」
皆の視線が私に注がれている。それはそうだろう。急に教官に対し怒鳴り散らしたのだ。
「安全を配慮していたのは本当よ。君達の行動は、逐一観察させてもらっていたからね。マジでヤバそうだったら、あたしが直接出向こうと思ってたし」
「・・・・・・そう、だったんですか」
「説明不足だったのは謝るわ。でも、あなたが言った『目的』・・・・・・特科クラス《Ⅶ組》設立の目的を理解してもらうためには、ああするしかなかったのよ」
そう言って、サラ教官は次世代型戦術オーブメントARCUSの説明を始めた。
要するに、ARCUSの真価は私達が経験したあの感覚―――『戦術リンク』という機能にあるそうだ。その機能がもたらす恩恵は理解できる。ARCUSには適性に個人差がある、という部分はよく分からなかったが、実際にここにいる10名は、つい今し方『戦術リンク』の作動に成功している。
「さて。以上のことを覚悟してもらった上で、《Ⅶ組》に参加するかどうか―――改めて聞かせてもらいましょうか?」
サラ教官の問いかけに対し、最初に参加の意思を表明したのはリィンだった。
リィンの真っ直ぐな言葉に続くように、続々と他のメンバーも参加を決意していく。
「―――俺も同じく。異郷の地から訪れた以上、やり甲斐がある道を選びたい」
(ガイウス・・・・・・)
「さて、これで残すところは・・・・・・アヤ、あなただけね」
サラ教官の言葉に対し、私は気まずそうに視線を落とす。
「その、先程は失礼しました。私、何も知らずに」
事情はどうあれ、この特別オリエンテーリングは、サラ教官にとっては苦渋の決断であったに違いない。全ては私達、《Ⅶ組》メンバーに対し、真摯に向き合おうとした結果なのだろう。
「いいのよ、気にしないで。というかあなたの場合、既に参加するって言ったようなものかもね」
「・・・・・・え、どういう意味ですか?」
言葉の意味が理解できず、サラ教官に問い返す。
「さっきのあなたの怒りは本物だったわ。大切な仲間を想うその感情・・・・・・あなたはもう、ここにいる全員をそう捉えているんでしょう?」
「あ―――」
周囲を見渡すと、皆どこか照れたような表情を浮かべている。
まだお互い、直接話したこともないメンバーもいる。初日からいがみ合っているメンバーもいる。だが不思議と、皆とはうまくやっていける、そんな気がする。
それが戦術リンクによる効果なのかどうかは、私には分からない。
「で、どうするの?」
迷いは無い。答えなど決まっている。
「アヤ・ウォーゼル。特科クラス《Ⅶ組》に参加します」
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「ガイウス、入るよ」
ドアを軽くノックした後、私はガイウスの部屋に足を踏み入れる。ここは第3学生寮、私達《Ⅶ組》専用の寮だ。
「どう、片付いた?」
「ああ。一通りな」
特別オリエンテーリング終了後、私達は各メンバーにあてがわれた自室に籠り、荷物の整理に勤しんでいた。明日からは本格的に授業が始まるのだ。早いうちに環境を整えておくのに越したことはない。
「それにしても・・・・・・やはり広いな。帝国ではこれが普通なのか?」
「あはは、そのうち慣れるって」
確かに、一人部屋にしてはやや広めの設計かもしれない。ガイウスからすれば、一家族が暮らすスペースと同等か、それ以上だろう。私はベッドの上に座り、大きく背伸びをする。
「それにしても、特科クラス《Ⅶ組》か。明日からはまた、忙しくなりそうだな」
「そうだね・・・・・・ねぇ、ガイウス」
「何だ?」
「・・・・・・ううん、何でもない。よいしょ、っと」
反動をつけて、勢いよくベッドから立ち上がる。
「今日は疲れたし、もう休もうかな」
「そうか。確かに、心地いい疲労感だな」
「ん。じゃあ、また明日ね。おやすみ」
「ああ。いい夢を」
ガイウスの部屋を後にし、私は自室のベッドに倒れこむようにして寝転がる。
『異郷の地から訪れた以上、やり甲斐がある道を選びたい』
力強い声で、そう言った。
彼には、明確な目的がある。全ては、故郷を守らんとする確固たる使命感。
(見つかるかな・・・・・・私の道。私の生きる、道)
自分自身に問いかけながら、私は目を閉じ、襲いくる睡魔に身を任せた。
独自設定の中でも特に際立つのは、『戦術リンク』の恩恵に対する、副作用のようなもの、でしょうか。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。