絢の軌跡   作:ゆーゆ

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2つの意志を

7月25日、深夜。

夜の静寂を破るようにして、導力トラムの走行音が耳に入ってくる。

暗闇の中で壁の時計を見やると、短針は23時を過ぎた辺りを指していた。

ということは、今のがきっと終発だ。これで走行音に気を取られることは無くなる。

 

(・・・・・・眠れない)

 

既に私の隣では、ラウラとフィーがベッドの中で寝息を立てている。

対する私は、一昨日の晩と同じく、悶々と眠れない夜を過ごしていた。

 

何を隠そう、殿下とガイウスのせいだった。といっても、殿下が1、ガイウスが9程度の割合だ。

私へのプレゼントとは何なのか、何故私のお母さんが遊撃士だったことを知っていたのか。

それはそれで気にはなるが、それ以上にどうしても、ガイウスの言葉が頭から離れない。

 

あんな表情の彼を見たのは初めてだ。多分、何かを迷っている。

私に話せないのは、何か理由があるのだろう。でも少しぐらい、相談してくれたっていいのに。

おかげでこの有様だ。どうしてくれる。

 

「バカ」

 

その言葉を最後に、私は考えるのをやめた。明日は朝から帝都中を歩き回ることになる。

また寝不足気味の顔を見せたら、マキアスあたりに怒鳴られるに違いない。

 

遡ること、3時間前。

女学院を後にした私達はサラ教官とクレア大尉につれられ、実習初日にも訪れたヘイムダル駅の指令所に足を運ぶことになった。

そこで明かされたのは、私達《Ⅶ組》の特別実習3日目の課題。

課題と言うよりかは、帝国正規軍のサポートと言ったところだろうか。

何しろ帝都知事閣下、直々の御依頼だ。断る理由は見当たらなかった。

 

ノルド高原で明らかとなった、ギデオンと名乗るテロリストの存在。

彼が単独ではなく、何かしらの組織に所属していることは既に私達も知るところだ。

軍もその存在を脅威として捉え、明日の夏至祭初日には厳重な警備網を展開する手筈だそうだ。

私達《Ⅶ組》も、レーグニッツ知事の意向でその友軍に抜擢されていた。

予め用意されていた実習課題は一時保留。明日は一日中そちらに注力する必要がある。

 

「・・・・・・もう寝よ」

 

寝返りを打ちながら目蓋を閉じ、1つだけ深く息を吐く。

それと同時に―――扉の向こうから、気配を感じた。

 

(足音?)

 

ベッドから半身をお越し、聞き耳を立てる。

確かに音がしたし、人の気配があった。誰か起きているのだろうか。

迷いはあったが、結局私は部屋を出ることにした。

どうせこのままベッドでじっとしていても、眠れるとは思えなかった。

 

上着の袖に腕を通し1階へ降りると、そこにはサラ教官とリィンの姿があった。

2人だったか。こんな時間に何をしているのだろう。

 

「あら、あなたも起こしちゃったか。何か悪いわね」

「気にしないで下さい。ちょっと眠れなくって」

「はは・・・・・・俺も似たようなものでさ」

 

察するに、リィンも気配を感じ取って降りてきたのだろう。

足音はサラ教官のものだったに違いない。

 

「サラ教官も、眠れないんですか?」

「少しだけ懐かしくなっちゃってね」

 

小さな笑みを浮かべながら、サラ教官は周囲を見渡した。

もしかしたら、昔のことを思い出しているのかもしれない。

 

「ちょっとした縁で、遊撃士になって。クセのある仲間達と、毎日何件も依頼をこなして・・・・・・ふふ、ちょうど今の君達のような感じだったかしら」

「何となく、想像は付きます」

「私も。毎日が実習みたいな感じかな?」

「そうね。あの頃は本当に忙しかったわ」

 

ヘイムダル駅からここへと戻る道中、サラ教官は帝国における遊撃士協会の実情を明かしてくれた。

 

2年前に遊撃士協会ヘイムダル支部で起きた、火災騒動。

驚いたことに、あれはとある猟兵団によるテロ行為だったそうだ。噂にしか過ぎないと思っていたが、事実だったというわけだ。

そして続けざまに発生した、帝国の各協会支部を襲った爆破事件。

犯行グループの目的も、手段も。話を聞いても、何から何まで分からないことだらけだった。

確かなことは、帝国政府から目を付けられたこと。その圧力もあり、帝国における遊撃士の活動は縮小を余儀なくされた。帝都支部も、復興の目途は立っていない。

それが、サラ教官が語った全てだった。

 

俄かには信じがたい事実だったし、真相を知る者は帝国でも限られているのだという。

報道の自由とはよく言ったものだ。見事に報道に規制が掛かり、誰も噂を信じようとしていない。

 

「・・・・・・やっぱり、未練はあるんですか?」

「まぁそれなりにね。死ぬほど忙しかったけど、楽しかったのは事実だし。私にとっては、一番の居場所だったから」

 

胸がズキンと痛んだ。

それはここに戻って来た時から、皆も感じていたこと。

様子がおかしいとは思っていたが、やっぱり少し無理をしていたようだ。

 

「でも、今だって十分楽しいのよ?ここと同じぐらい、私にとっては大切な『居場所』だから。あなた達の担任になれて、本当によかったと思ってる」

「・・・・・・俺達も、同じ思いです。そうだろ、アヤ」

「・・・・・・ん」

「アヤ?」

 

いつも飄々と笑いながら、時には指導者としての顔を見せるサラ教官。

包み隠さずにこうして心境を明かしてくれるなんて、初めてのことだ。それに、初めて見る顔かもしれない。

前者は素直に嬉しいと思える。ただ―――後者は違う。

私はサラ教官のそんな顔を、見たくない。

自然と、上着の胸ポケットに収まっていた手帳に手が伸びた。

 

「サラ教官」

「何?」

「私、遊撃士になります」

 

私の告白に、サラ教官とリィンが固まった。

それはそうだろう。話したのはガイウスと殿下を除いて、2人が初めてだ。

 

「クロスベルに帰った時に・・・・・・両親と再会して。あの時に決心しました。日は浅いですけど、今はそう考えています」

「お、驚いたな。いつの間にそんな・・・・・・そうか。君の母さんは、遊撃士だったって言っていたな」

「あはは。みんなには、まだ内緒にしておいてね。直接言いたいから・・・・・・サラ教官」

 

驚きの声を上げるリィンに対し釘を刺しながら、サラ教官に向き直る。

教官はリィン以上にぽかんと口を開けながら、呆けていた。これはこれで、貴重な顔だ。

 

「これからも、たくさんの事を教えて下さい。まだまだ未熟者の私ですけど・・・・・・その、何て言ったらいいか。上手く言えないですけど、私みたいな人間だっているんです」

「アヤ、あなた・・・・・・」

「だからサラ教官の事も、もっと知りたいです。お母さんの意志と一緒に、私なんかでよければ―――」

 

今でもはっきりと覚えている。

過去に囚われ、今を見失いかけた時。包み込むような温かさで、私を導いてくれた。

もう進むべき道は決まっている。なら私は喜んで、2つの意志を継いで見せる。

 

「―――教官の分も、私に預けて下さい。それを背負えるような遊撃士に、きっとなって見せます」

 

酔っている時のように、饒舌に言葉がすらすらと並んだ。

あながち間違ってもいない。勢いに身を任せている部分もきっとある。それでも本心だ。

今の私には無理でも、きっといつか。

 

「教官、アヤに何か言ってあげたらどうですか?」

「え・・・・・・ああ、そうね」

 

リィンに促され、我に返ったようにハッとするサラ教官。

何だろう。6歳年上の女性に抱いていい感情ではないが・・・・・・ちょっと可愛い。

 

「まぁ、気持ちは受け取っておくわ。それよりも今は、目の前のことに集中しなさい。しっかりと休んで、明日に備えること。いいわね?」

「あ、はい」

「了解です」

 

サラ教官はそれを最後に、足早に2階の寝室へ戻って行ってしまった。

どうしたのだろう。もう少し、何かしらの言葉が欲しかったのだが。

思い切って打ち明けた分、拍子抜けしたような気分だ。

 

「もしかしたら、感極まったのかもしれないな・・・・・・今頃、部屋で泣いているんじゃないか?」

「え・・・・・・そ、それはないでしょ。だってサラ教官だし」

 

そんなサラ教官も見てみたいような、見たくないような。

いずれにせよ、今は教官が言うように明日に備えるべきなのだろう。

見れば、既に日付も変わっている時間だった。

 

「でもさ。サラ教官、やっぱり寂しそうな顔をしてたよね」

「無理もないさ。俺は遊撃士に詳しくないけど、教官にとっては天職みたいなものだったと思えるな」

「うん、それは私も思った」

 

軍人に求められる能力と遊撃士のそれは、まるで方向性が違う。

サラ教官とナイトハルト少佐が噛み合わないのは、それも原因なのだろう。

そういった意味では、お母さんはまさに遊撃士の鏡のような人間だった。

サラ教官にお母さんの面影が映るのは、2人の持つ力や人間性が似通っているからに違いない。

 

そんな天職とも言える居場所を奪われる。その苦しみは想像もできない。

まだたったの1年半だ。そう簡単に割り切れることではないのだろう。

サラ教官だって―――1人の人間だ。

 

「リィン」

「アヤ」

 

階段を上りながら、言葉と視線が重なった。

そして、サラ教官に対する思いも。言葉にはせずとも、それだけは分かった。

 

_________________________________

 

「それじゃあ、あたしはB班の様子を確認してから鉄道憲兵隊の司令所に向かうわ」

 

特別実習最終日、そして夏至祭初日となる、7月26日の早朝。

フィオナさんの手料理で英気を養った私達は、サラ教官と巡回ルートの再確認を行っていた。

屋内にいながらも、祭礼特有の喧騒と熱気が肌で感じられる。

帝国を渡り歩く中でいくつかの夏至祭を見てきたが、帝都の夏至祭は時期に限らず、その意味合いや規模がまるで異なるようだ。

 

「巡回中、何かあればあたしのARCUSに連絡してちょうだい」

「了解しました・・・・・・サラ教官」

「ん?」

 

リィンの頷きが合図となり、皆の視線が交差する。

コホンとエリオットが咳払いを置き、ゆっくりと口を開いた。

 

「サラ教官。改めて僕達からも、言わせて下さい」

「今までのように、これからも。サラの居場所で在り続けられるよう、私達は努力する」

「へ?」

 

昨晩に続いて2度目となる、サラ教官の呆け顔。

構うことなく、ラウラが続いた。

 

「まだ半人前の我々だが、教官の教え子として恥じぬよう、尽力惜しまぬ所存です」

「《Ⅶ組》を代表して・・・・・・え、A班が誓います」

 

トリを務めたマキアスが、思いっ切り照れながら言った。

それに釣られるようにして、皆の顔にも同じ色が浮かんだ。

 

「・・・・・・リィン、アヤ。君達の差し金?」

「あはは、バレました?」

「ですが、俺達の本心です。きっとB班も同じ思いのはずですから」

「そ。まぁ、悪い気はしないわ」

 

女学院の正門前で考えていた事を思い出してしまった。

群れで行動する鳥の群れに、リーダーも指示系統も存在しない。

でもラウラが言うように、私達はまだまだ半人前。言わば雛鳥だ。

雛鳥には親鳥がいる。目の前で温かな笑みを浮かべるサラ教官が、私達には必要だ。

 

「生意気におねーさんの心配なんかしてないで、目の前をしっかりと見据えなさい。いいわね?」

「了解です。特科クラス《Ⅶ組》A班、これより行動を開始します。みんな、気合を入れて行くぞ!」

「「おうっ!!」」

 

友軍と言えど、正規軍の補佐として動く以上、見っとも無いところは見せられない。

士官学院生として、サラ教官の教え子として。

そして私は、意志を継ぐ1人の人間として。今日が第4回特別実習の頑張りどころだ。

 

____________________________________

 

私達A班の担当範囲は、実習範囲と同じくヴァンクール通りを挟んだ帝都の東部。

各街区を巡回しながら、異常が見られないかを確認する。あくまで巡回だ。

何もテロリストと直接やり合うわけではない。その存在すら可能性に過ぎない。

 

なら、効率を優先して手分けして行動するべき。

そんなフィーの提案に私達は同意し、A班は二手に分かれ巡回をすることになった。

自然と男性陣、女性陣の3人ずつ。色々と偏るものがあるが、大して問題にはならないだろう。

依頼をこなしていく中で、既に土地勘も頭の中に入っている。迷うこともないはずだ。

 

「祭礼日和だな。どの街区も活気に満ち溢れている」

「テロ日和とは言えない。天気が悪い方が、気配や顔を消して行動しやすいから」

「ふむ。ならば我々に有利な条件というわけだ」

「ブイだね」

「あはは」

 

噛み合っているような、そうでないような。

いずれにせよ頼もしい限りだ。特にフィーの嗅覚は、こういった時にこそ本領を発揮できる。

 

アルト通りからオスト地区を巡回した私達3人は、マーテル公園に足を運んでいた。

公園の敷地内には、何人もの帝都憲兵隊と思われる近衛兵の姿があった。

クレア大尉のブリーフィングによれば、アルフィン皇女はここで開かれる園遊会に出席するはずだ。

厳重な警備網が敷かれているのも当然だろう。

 

「うん、ここは私達の出る幕は無さそうだね」

「そだね。そろそろリィン達と一旦合流する?」

「ああ、そうだな」

 

アルト通りで聞いた、一夜にしてアパルトメントから忽然と姿を消した住民。街中でフィーが感じた、何者かの気配。

他にもいくつか気になる点があったが、どれも見過ごしてしまいそうな些細なことだった。

だからといって、無視はできない。お互いの情報を交換する中で、繋がりが見えてくる可能性もある。

 

「じゃあラウラ、よろしく」

「出番だよ、ラウラ」

「・・・・・・よく分からないが、任せるがよい」

 

釈然としない態度で、かつどこか嬉しげにARCUSを手に取るラウラ。

自分が一番よく分かっているだろうに。言わせないでほしい。

 

「リィンか、私だ。そなたらは今どこに・・・・・・デア・ヒンメルということは、ガルニエ地区だな」

 

ガルニエ地区か。そこはリィン達の巡回ルートの最終地点だったはずだ。

こちらと同じく、そろそろ合流していい頃合いだろう。

 

「・・・・・・ふむ。リィン、何故に今ヴィータ・クロチルダの名前が出る。巡回中に何をしているのだ」

 

あ。リィンがまた地雷を踏んだ。

会話の内容を察することはできないが、それだけはラウラの表情で分かった。

 

「ラウラ、ちょっと代わって」

 

溜息を付きながら、フィーがラウラのARCUSを取った。

あれ、どうしたのだろう。リィンにダメ出しでもするつもりだろうか。

 

「ホテルにいるなら、そのまま地下道を通ってここまで来て。もしかしたら、警備に穴があるかも」

 

_________________________________

 

男性陣と合流した私達は、近くを巡回していた近衛兵に事情を説明した。

フィーが睨んでいた通り、流石の彼らも地下道の存在は把握できていなかったようだ。

封鎖されているとはいえ、あそこには魔獣も住み着いてしまっている。

最悪を考慮して、周辺にも人手を割いた方が賢明だろう。

 

「コホン。アヤ、1つ聞いてもいいか」

「何?」

「どうしてラウラは少し不機嫌気味なんだ?」

「・・・・・・自分で考えなよ」

 

眉間に皺を寄せたラウラと、目を細めてリィンを見やるフィー。

蒼の歌姫直筆のサインを手にしたマキアスとエリオットは、念願叶ったりのホクホク顔で軽快な足取りだった。

肝心のリーダーはこの有様である。大丈夫か、この班。

 

「フン、君達か」

「あ。パトリックじゃん」

 

石造りの橋を渡りながらトラムの停留所を目指していると、見知った顔と遭遇した。

パトリック・T・ハイアームズ。彼も帝都に来ていたのか。

 

「フッ、僕も園遊会の招待を受けた次第でね。君達はこんな日にまで実習とやらか。ご苦労なことだ」

 

大した驚きもなかった。彼の身分と出身を考えれば、それも当然のことなのだろう。

相変わらずの憎まれ口にも大分慣れてきた。マキアスは癇に障ったようだが、慣れの問題だ。

 

「精々雑用に奔走することだな。僕の方は、かの皇女殿下の拝謁を賜るつもりだが・・・・・・あまり妬かないでくれたまえ」

 

・・・・・・昨日、その皇女殿下の手厚いもてなしを賜ったことは、パトリックには知る由も無い。

得意気に話されても、それが空回ってしまっているのが何となく彼らしい。

半ば呆れている私達をかき分けるように歩を進めたパトリックは、私の横でその足を止めた。

 

「え、何?」

「エリゼ君は、園遊会に出席するのか?」

「・・・・・・あのさ、私が知るわけないでしょ。リィンに訊きなよ」

「あの男の前で名前を出すと、露骨に嫌な顔をされるんだ。彼女は君を慕っているんだろう?」

 

小声で私に囁くパトリック。その情報はどこから得たんだ。身震いしてしまう。

Ⅰ組でトップの成績を誇る公爵家の御子息がこれである。大丈夫か、士官学院。

 

「2人とも、何を話しているんだ。妹の名前が聞こえた気がするんだが」

「な、何でもない。フン、失礼する」

 

吐き捨てるように言ったパトリックは、リィンの警戒心溢れる視線に追われながら去って行った。

・・・・・・私達、今何をしているんだっけ。そう思わざるを得なかった。

 

_______________________________

 

午後の13時過ぎ。

一通りの街区を巡りながら得た情報をサラ教官に報告した後、私達は再度マーテル公園へ足を運んでいた。

夏至祭の初日には、皇族一同が各地の行事を回るのが通例となっているそうだ。

私達A班は、マーテル公園を訪れるアルフィン皇女を見届ける役割を担っていた。

ちなみにB班の担当は、ヘイムダル大聖堂に赴くセドリック皇太子。

 

「あのリムジンがそうだよね?」

「そうみたいだな。何も無ければいいんだが・・・・・・」

 

B班が帝都西部を巡回して得た情報も、サラ教官を介して私達にも知らされている。

それは例えば、夜間に不審な人物を見掛けた。物音が聞こえた。

一夜にして、アパルトメントの一室がもぬけの殻と化していた。

要するに、私達が得たものと似通ったものだった。

 

それぞれの情報が何を意味しているのかは定かではない。寧ろその共通点こそが重要だ。

得体の知れない何かが、進行している。そう感じさせてならない。

皆からも、先程までのお気楽な雰囲気は鳴りを潜めていた。

 

「あれ・・・・・・え、エリゼ?」

「ふむ。そなたの妹君も同行していたのか」

 

リムジンから降り立ったアルフィン皇女に続いて、何とそこにはエリゼちゃんの姿もあった。

付き人として同行しているのだろうか。思っていた以上に、2人の間柄は親密のようだ。

 

「知らなかったの、リィン?」

「あ、ああ。まさかエリゼまで招かれていたなんて。驚いたな」

 

良かったじゃん、パトリック。いや、良くないか。この場合どっちだろう。

ともあれ、2人は無事に待機していたレーグニッツ知事に迎えられ、クリスタルガーデンへと入って行った。

私達が見守る中、特に何も起きずに事は運んでいた。

 

「よし、ここはもう大丈夫だ。手早くランチを取って各街区の巡回を再開しよう。アヤ、何が食べたい?」

「照り焼きチキンピザの熟成チーズ増し増し」

「・・・・・・屋台で済ませられる物にしてくれ」

「えー」

 

「こんな時にやれやれだな」と言わんばかりの複数の視線を感じた。

絶対に皆には言われたくない。そんな思いとは裏腹に、私のお腹は空腹を知らせるように鳴き始めていた。

 

_________________________________

 

マーテル公園を後にした私達は、6人全員で各街区を再度巡回しながら、周囲に対し気を配っていた。

そんな私達の予想を良い意味で裏切るように、不穏な雰囲気はまったく感じられなかった。

 

最後に足を運んだのが、ここドライケルス広場。

バルフレイム宮を一望できる場所でありながら、今となっては人影は少なく、周囲は閑散としていた。

屋台で購入したデザートに夢中になる子供達に、宮殿をのんびりと眺める老夫婦。

帝都では稀な存在となった、馬車まであった。おそらく、夏至祭に乗じたイベント向けの物だろう。

 

各地で催されている行事が終わるのが、日が暮れ始める夕方の予定だ。

その時間までは、ここも今のような状態が続くようだ。

周囲を警備する軍人も、緊張感が薄れているように思える。

 

とはいえ、私達まで気を抜いて入られない。こういった時にこそ、友軍である私達の出番だ。

周囲に注意深く視線を送っていると、その出で立ちから一目で知り合いだと分かる顔ぶれに目が止まった。

 

「アンゼリカ先輩?」

「ん・・・・・・やあ、君達か」

「あ、リィン君達だ!」

「トワ会長まで・・・・・・来ていたんですか」

 

アンゼリカ先輩に、トワ会長の2人組だった。

巡回中にクロウ先輩とも遭遇したが、2人まで帝都に来ていたのか。

その横には、技術棟の前で目にしたことがある、異様な2輪車が置かれていた。

 

「導力バイクでトリスタから来たんですか?」

「ああ。そいつを使えば、40分くらいで着くからね」

「40分!?」

 

思わず叫んでしまった。

40分ともなれば、もしかしたら下手な導力車よりも速いのではないだろうか。

リィンもあれに乗ったことがあると言っていたが、とんでもない乗り物だ。

 

「はー。でもお祭りはいいよね。これでテロリストの心配がなければ、言うことないんだろうけど」

「「えっ?」」

 

今度は6人全員の声が重なった。

トワ会長曰く、レーグニッツ知事からの要請を取り次いだのは、彼女だったそうだ。

そんな事情もあり、私達の様子を見に来てくれた。お祭り半分、《Ⅶ組》の心配半分といったところか。

頭が上がらないにも程がある。生徒会長とはこういうものなのだろうか。

 

「何だ何だ、揃い踏みかよ」

「あれ、クロウ君?」

 

集うようにして、今後は後方からクロウ先輩が声を掛けてきた。

振り返ると、先輩の表情は曇りに曇っていた。原因は・・・・・・まぁ、容易に想像が付く。

今頃キルシェでは、同じ顔のフレッドさんが肩を落としているに違いない。

 

「なるほど。クロウ先輩は馬を見る目が無いんですね」

「うるせえ・・・・・・そ、そうか。お前さんは馬術部だったな。今度一緒に馬を見てくれねえか?」

「嫌です」

 

競馬という文化を否定するつもりは毛頭無い。ただ、協力を乞われてもお断りだ。

脚に大した差がないなら、あとは馬の気分の問題だ。

走る気満々の馬もいれば、牝馬の尻を追いかける馬だっている。見れば分かるだろうに。

 

「あ、そうだ。アンゼリカ先輩、ありがとうございました」

「おっと。何の話かな?」

「詳しくは話せませんが・・・・・・手甲のおかげで、大事に至らずに済みました。感謝しています」

 

銃弾で怪我を負ったなんて知れたら、トワ会長が泡を吹いて卒倒しそうだ。

それでも、アンゼリカ先輩にお礼だけは言っておきたかった。

大袈裟では無く、この装備が無かったら今頃どうなっていたことか。今でも背筋が凍る思いだ。

 

「なるほどね。なら、行動で示してくれないかい」

「え?」

 

先輩は言いながら私の顎を引き、強引に身を寄せた。

思わずぶん殴りたい衝動に駆られたが、それをぐっと堪え、視線を逸らすことなく対峙した。

ここで取り乱しては先輩の思う壺だ。それに―――ずっと気にはなっていた。

 

「・・・っ・・・・・・あの、どこまで本気なんですか?」

「ふむ。どういう意味かな」

「いつも思わせ振りな行動をしますけど、いつも直前で手が出ちゃいますし。もしかして、全部嘘なんじゃないですか?」

 

真っ直ぐに先輩の顔を見据えながら、気丈に吐いた。

そのアクアブルーの瞳に、吸い込まれそうになる感覚に陥る。

耐えろ。ここで顔を背けては負けだ。何が負けか分からないが、そんな気がする。

 

「ば、馬鹿野郎!そいつはマジで―――」

「クロウ、君は黙っていてくれないか・・・・・・アヤ君、本気なんだね?」

「だから、先輩こそ本気なんですかって訊いてるんです」

 

悪戯な笑みを浮かべながら、煽るような文句を1つ。

直後に、目の前にアンゼリカ先輩の顔が迫った。

 

「あ―――」

 

息が止まった。一方の先輩は、私の目を覗き込むようにして顔を近づけてくる。

先輩の呼吸を、唇で感じる程の距離に迫ったところで―――周囲が異様な喧騒に包まれた。

 

「え・・・・・・な、何?何なの?」

「やれやれ。とんでもない邪魔が入ったね」

 

気付いた時には、鉄製のマンホールが次々と上空を舞っていた。

誰もが上空を仰ぎながら、立ち尽くす事しかできなかった。

それらが地上に降り注ぐと同時に、けたたましい轟音が周囲に鳴り響いた。

そうして漸く―――目の前の光景が、どれ程の異常事態かを理解するに至った。

 

「ま、まさか・・・・・・テロリストの仕掛けか!?」

 

リィンの言葉に、反論する者はいなかった。

下水が溢れ出る騒音に、周囲に飛び交う悲鳴。

ほんの十数秒の間に、ドライケルス広場は混乱の渦中にあった。

 

「そうみたいだね。みんな、慌てちゃ駄目だよ」

 

トワ会長の落ち着き払った声が、皆の表情を変えた。

それは余りにも場違いな声色だった。こんな状況だと言うのに、思わず表情が和らいだ。

ありがたい限りだ。少しだけ冷静さを取り戻せた気がする。

 

「私達はみんなの避難誘導を手伝うよ。ここは私達に任せて、リィン君達は動いて!」

「動くって・・・・・・あっ」

「君達にしかできないことが、きっとあるはずだよ!」

 

私達6人の視線が重なり、同じ結論に至った。

 

「マーテル公園・・・・・・っ!」

「まさか、陽動か!?」

「間違いなさそう」

 

帝都競馬場のオリヴァルト皇子。ヘイムダル大聖堂のセドリック皇太子。

そして―――クリスタルガーデンの、アルフィン皇女。

陽動であるとするなら、テロリストの目的は皇族の身柄。時間帯を考えても、その可能性が極めて高い。

私達A班がすべきことは1つだ。こうしてはいられない。

 

「リィン、急がなきゃ!」

「分かってる。だがこんな状況じゃ・・・・・・」

 

リィンの視線の先には、路線上で停車している導力トラムがあった。

大通りの導力車も同様で、操縦者を失くした鉄の塊が、そこかしこで道を阻んでしまっていた。

帝都中で同じ現象が発生していると考えた方がいい。こんな状況下では、導力車も当てにならない。

ここからマーテル公園まで、かなりの距離がある。徒歩では時間が掛かり過ぎだ。

 

「リィン君、こいつを使うといい!」

 

足踏みする私達に、アンゼリカ先輩が何かを放り投げた。

数リジュ程度の、金属製の棒。形から察するに、何かの鍵だった。

それを受け取ったリィンは、足早に導力バイクの下へ駆け寄った。

 

「ありがとうございます!ラウラ、相席を頼めるか!?」

 

リィンが鍵を差し込んだ導力バイクが、唸りを上げた。

これがあったか。これならものの数分で公園に行ける。

 

「承知した、任せるがよい!」

「みんな、俺とラウラが先行する。すまないが、後に続いてくれ!」

 

一際大きな駆動音を上げた導力バイクが、リィンとラウラを乗せ加速した。

状況が状況だ。初動は2人に任せるしかない。

だが後に続くと言っても、徒歩では無理だ。あれの他に、足などあるだろうか。

 

「アヤ。あれ、使えない?」

「え・・・・・・あっ!」

 

フィーの視線の先には、先程も目にした1台の馬車。

あれなら使える。非常事態だ、持ち主には後で謝っておけばいい。

 

「みんな、あれに乗って!馬は私が操るから!」

「ラジャ」

「ま、まさかこんな時に馬車に乗るとは」

「急いで2人を追おう!」

 

足早に馬の下に駆け寄り、気が立った馬をなだめる。

この騒動で動揺してしまっているが、これぐらいなら走りに影響は無い。

 

「アヤ、馬車を引いたことは?」

「何度もあるけど、この手の2輪型は初めて」

「重心は私がコントロールする。時間が無い、私達に構わないで」

「もっと分かりやすく言って」

「ぶっ飛ばしてっ!」

「了解っ!!」

 

手綱を取り、導力バイク顔負けの初速で馬が駆け出した。

思った以上に脚がある。馬車を引かせるには勿体無い馬だ。

 

「2人とも、次のカーブで左に寄って」

「わああああ!!?」

「ひいいいい!!?」

「左だってばっ!」

 

後ろから頼りない悲鳴が聞こえるが、フィーに任せておけば転倒の恐れはないだろう。

今は、一刻も早くリィン達に追いつく。事情が事情だ、帝国交通法など知ったことか。

行き場を失った導力車達を置き去りにして、私達はヴァンクール通りのど真ん中を貫いた。


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