絢の軌跡   作:ゆーゆ

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名乗り合い一騎打ち

今回の実習で目の当たりにしてきた、帝都直下に広がる地下世界。

クリスタルガーデンから飛び込んだそれは、他の地下道に比べ、余りにも異なる様相を呈していた。

 

「こ、こんな場所が帝都の地下にあったのか」

「暗黒時代の遺跡・・・・・・地下墓所、のようなものか」

 

地下墓所。ラウラはそう表現した。

その言葉は、トマス教官の小話の中で耳にした覚えがある。

 

元来は異教徒の亡骸を、人目に触れずに埋葬することが目的だったそうだ。

名高い身分にありながらも、公言できないような教えに身を捧げる人物のための墓所。

次第にその意味合いは時代と共に変貌を遂げ、邪悪な魂を静めるための儀式の場と化した。

確か、そんなところだ。ノルド高原の石切り場に通ずるものがある。

 

墓場という表現に身震いしていると、先行していたフィーの足が止まった。

それに合わせ、私達も立ち止まらざるを得なかった。

 

「どうしたんだ、フィー?」

「気持ちは分かるけど、みんな冷静になって。浮足立っていられる状況じゃない」

 

フィーの言葉が、胸に刺さった。

どうやらリィン達も同じ思いのようで、意識して肩の力を抜き始めていた。

いつの間にか、フィーを煽るようにして足並みが揃っていなかったようだ。

 

魔獣やテロリストの襲撃に対応でき、トラップの類への感知が可能な速度で。

体力を無駄に消費せず、可能な範囲でできる限り速く。

人並み外れた嗅覚を持つフィーが、そのペース配分の調整役だ。

早る心は皆同じだ。彼女が言うように、気持ちだけが先行してもどうにもならない。

 

「・・・・・・そうだな。みんな、連中は国を相手取るような本物のテロリストだ。慎重に行くぞ」

「承知した」

「何とか追いつければいいけど・・・・・・」

 

リィンとラウラに続いてマーテル公園に到着した私達は、入り口を固める大型魔獣を撃破した後、クリスタルガーデン内に踏み込んだ。

そこに待ち受けていたのは、最悪の光景。ノルド高原で暗躍したテロリスト、ギデオン。

そして、手足を縄で拘束された、アルフィン殿下とエリゼちゃんだった。

眼前に2人を捉えながらも、魔獣に行く手を阻まれた私達は、彼らを取り逃がしてしまったのだ。

その逃走ルートが、クリスタルガーデンから繋がっていたこの地下道だった。

 

マーテル公園に到着してから、サラ教官と連絡を取ろうと何度か試みたものの、肝心の通信がまるで機能しなかった。

やっとの思いで繋がったのは、地下道に突入する直前のことだった。

鉄道憲兵隊の初動が遅れているのも、そのせいかもしれない。これもあいつらの仕業なのだろうか。

地下道からの襲撃といい、入念に段取りを組んでいたのだろう。

負傷していたレーグニッツ知事のことが気掛かりだったが、帝都憲兵隊は正規軍の中でも優秀な兵士と聞いている。

それに、パトリックがいる。背中を預けるには、十分過ぎる存在だ。

 

「フィー、まだ続いてる?」

「ん。次は右」

 

迷路のようなこの地下道を闇雲に走り回っていては、日が暮れていたかもしれない。

こんな暗闇の中でどうやって感知しているのか理解できないが、連中の足取りはフィーのおかげで迷うことなく辿れていた。

おかげで私にも分かる程度に、人が通った痕跡が見受けられるようになっていた。相当近くまで来ているはずだ。

 

「ねぇ、リィン」

「分かってる。前回の実習で、俺も学んださ」

 

その言葉を最後に、リィンは口を噤んだ。

石畳の階段を上った先―――遺跡の最深部と思われる開けた空間に、その姿を捉えた。

 

言葉は必要なかった。視線同士で意志の疎通を図り、リィンの合図で皆が駆け出した。

敵勢力は変わらず、ギデオンを含む3人。私達の目的は、アルフィン皇女とエリゼちゃんの身柄の確保。

真っ向からやり合う必要は無い。狙うは、奇襲だ。

 

「そこまでだっ!!!」

「なっ―――」

 

リィンの裂帛の気合に怯んだギデオン達は、マキアスとエリオットの威嚇攻撃に不意を突かれ、完全に足が止まった。

回り込むようにして、左右から私とラウラ、上方からフィーが降り立ち、彼らの背後を取った。

6対3だ。周囲に気を巡らせても、人の気配は感じない。完全に包囲したはずだ。

 

「ここまでだ。殿下とエリゼを、解放してもらおうか」

「あまりの不敬、見過ごすのは躊躇われるが・・・・・・」

「大人しく開放するなら、見逃さないでもないぞ?」

「こ、こいつら・・・・・・」

 

深追いする必要はないし、交戦するつもりもない。あくまで2人の解放が目的だ。

 

「言っておくが、2人に傷1つでも付けたら。一切の容赦はしないと思え・・・・・・っ!」

「兄様・・・・・・」

 

一方のリィンは、激昂するその感情を隠しきれないでいた。

無理もない、か。何しろ肉親が攫われたのだ。

 

「・・・・・・分かった。降参だ。我々に勝ち目が無いことだけは認めよう」

 

ギデオンのその言葉に、皆が顔を見合わせた。

随分と簡単に白旗を上げてしまった。一体何のつもりだ。

 

「なっ!?」

 

物怖じしないギデオンの態度に向いていた注意が、その一瞬の隙を生んでしまった。

見れば、いつの間にかアルフィン皇女とエリゼちゃんは、ぐったりと力無く横たわっていた。

 

「揮発性の睡眠薬・・・・・・!」

「き、貴様っ!?」

「気絶させただけさ。うら若き乙女に見せるのは、少々躊躇われるからな」

 

ゾッとするような笑みを浮かべたギデオンは、腰元に携えていた笛を手に取った。

そうだ。先月の実習に、クリスタルガーデン内の大型魔獣。いつも始まりは、あの笛だ。

 

「させないっ!!」

 

人を斬る覚悟すら要らなかった。

問答無用で斬りかかった私の剣を、ギデオンは後方に飛び退いて躱した。

同時に一瞬だけ、笛の音色が聞こえた。彼が笛を吹いたのは、その一瞬だけ。

 

笛を奏でる時間は、問題では無かったようだ。

突如として―――背後から、突き刺さるような殺気を感じた。

 

「な、何だ?」

「魔獣の咆哮・・・・・・違う、魔獣じゃないっ」

 

初めは、木材が散らばっているだけのように見えた。

それは笛の音色に反応するように蠢きながら、宙を舞った。

脹れあがる邪悪な気配と共に、何かを形作るかのように組み上げられていく。

 

それが骨であることに思い至ったところで―――2ヶ月前の、実習を思い出した。

バリアハートへ向かう列車内で、アリサが教えてくれた、帝国に伝わる伝承。

セントアークが白亜の旧都と呼ばれるようになった、1つの学説。

 

『暗黒時代と呼ばれる時代に、『暗黒竜』が放った瘴気によって、帝都ヘイムダルは死の都へと変貌したとされているわ』

 

視界にすら物理的に映る、禍々しい漆黒の気当たり。

骨格だけでも、それを連想せざるを得なかった。

 

「そ、そんな・・・・・・まさか、こいつが」

「ハッハッハ!!これぞ『降魔の笛』の力!!暗黒時代の帝都の魔すらも従わせる、古代遺物の力だ・・・・・・っ!!!」

 

声が出なかった。

伝承上の存在とばかり思っていた、魔物が実在していたことも。

その亡骸に、再び魂が吹き込まれたことも。その謎めいた力の存在も。

受け入れるには、何もかもが非現実的過ぎた。

 

「ど、どうするの・・・・・・!?」

「敵戦力不明。う、動きが読めない」

 

膝が笑うだなんて、こんな感覚はとうの昔に忘れていた。

こんな、何百年も昔の伝説を相手に、どうすれば―――

 

「―――みんな、気をしっかりと持つんだ!!」

 

五感すら失いかけていたところで、現実に引き戻された。

信じられないことだが、呼吸すら止まっていたようだ。

 

「り、リィン?」

「今回の実習で得た物を思い出してくれ。こんなところで俺達は、立ち止まるわけにはいかない・・・・・・勝てない相手じゃない!!そうだろう、みんな!?」

 

私達が、私が手に入れた物。

そうだ。私は殿下の前で、サラ教官の前で誓いを立てた。

もう迷いはしないと。意志を継いで、立派な遊撃士になると。

何よりこの3日間で、私達は漸く1つになれた。

それぞれが過去や葛藤を受け止め、未来に向かって既に歩き始めているはずだ。

こんなところで、歩みを止めていいわけがない―――

 

「その通りだ・・・・・・っ!!」

「て、帝都民として諦めてたまるか!」

 

それぞれの得物が音を立てて、魔物に向けられた。

本当に不思議な人間だ。リィンの激励1つで皆の士気が高まり、結束の力を生み出す。

それに、数の利はこちらにある。既に増援もここへ向かっているはずだ。

 

(アヤ、あの笛を見てくれ)

(え?)

 

小声で囁くリィンの視線の先には、ギデオンが手にしていた『降魔の笛』があった。

こうして見ていても分かる程に、あの笛から溢れ出る何かが、亡骸であるはずの魔物に息吹をもたらしているに違いない。

 

(あの笛をどうにかできれば、活路を見い出せるかもしれない。頼めるか?)

(・・・・・・そっちこそ、私抜きであの魔物とやり合う気?)

(やるしかないさ。お互いにな)

 

いずれにせよ、あの笛は存在してはいけない代物のはずだ。放っては置けない。

目の前の魔物をどうにかできても、再び笛の力を使われては大変なことになる。

 

「OK、リーダー!!」

 

先陣を切って飛び出した私は、魔物の眼前で身を翻し、リィン達の後方に向けて飛び掛かった。

狙うはそのさらに後方。高みの見物を決め込む、術者本人。

 

「せぃやあっ!!」

「フッ、読めているぞ!!」

 

標的である笛を狙った私の斬撃はギデオンに流され、地面に大きな爪痕が残されるだけだった。

別に本気で斬り掛かったわけじゃない。躱されるのは分かっていたことだ。

 

「降魔の笛に着眼した点は褒めておこう。だが、そう易々と笛を渡すわけにはいかん」

 

ギデオンは勝ち誇ったかのような笑みを浮かべながら、懐から取り出した導力銃の銃口を私に向けた。

どうやらそれなりの心得はあるようだが、調べが足りていないようだ。

 

「はああっ!!!」

「むっ・・・・・・」

 

もう加減は無用だ。この場を乗り切りさえすればいい、温存の必要は無い。

万全の状態での戦闘なら、例えラウラとフィーにだって後れを取るとは思えない。

 

危険を察知したのか、ギデオンは迷わずに引き金を引いた。

昨日の一件で、感覚は掴めた。要は角度と力加減の問題だ。

そっと射線上に手甲を構えただけで、銃弾は軌道を変え、私の遥か後方に着弾した。

 

「なっ!?」

「隙だらけだよ」

 

一気に間合いを詰め、刃を反して長巻を脇に構える。

これで終わりだ―――そう思った瞬間。

 

「っ!?」

 

上方から、別の殺気が叩き込まれた。

思わず飛び退いたのと同時に、私がそれまで立っていた地面に向けて、おびただしい数の銃弾が降り注いだ。

遺跡の2階に、何かがいる。しかも、尋常じゃない気当たりだ。

 

「青くせえガキ共の集まりだと思っていたが・・・・・・ヘッ、威勢のいいのが一匹混じっていたようじゃねえか」

 

野太い声と、辺りに立ち込める硝煙の匂い。

視界の端に、巨大な人影が映った。

 

「よっと」

「同志『V』・・・・・・来てくれたのか」

 

地響きのような着地音と共に、それは再び私に対し、目が眩むような殺気を向けた。

身の丈程もある巨大な銃器と、丸太のように膨れ上がった腕。

まるで筋肉の鎧だ。その巨体からは、人間味すら感じられない。

 

「ワリィな、旦那。陰で見学するつもりが、見ていられなくなってよ。ちょいと遊ばせて貰うぜ」

「礼を言う。私も少々、彼らを見くびっていたようだ」

「ぐっ・・・・・・」

 

同志『V』といったか。これは予想だにしない事態だ。

何らかの組織の存在は認識していたが、まさかこのタイミングで敵勢力に増援が来るとは。

こうして対峙しているだけで、肌が焼かれそうな感覚に陥る。それは、決して得物の差では無い。

 

「アヤ、無事か!?」

「気にしないで!こいつらは私が何とか・・・す・・・・・・っ」

 

魔物と交戦中のリィン達に向けた言葉は、最後まで続かなかった。

 

同志Vと呼ばれた男の腕から、目が離せなかった。

それは、奥底に眠っていた記憶。見覚えのある、特徴的な刺青。

『Rn』の文字を模ったそれを、私は知っている。知り過ぎている―――

 

「―――猟、兵?」

「あん?何だお前、俺のことを知ってんのか?」

 

思い出したしまったせいか、声を聞いただけで虫唾が走った。

お前のことなど知るわけがない。ただ、その刻印に心当たりはある。

 

「1つだけ、質問があるんだけど」

「何だってんだよ?」

「7年前ぐらい前に・・・・・・レグラムの近辺に、行ったことはない?」

「レグラムだぁ?馬鹿言え、そんな辺境に用なんざあるわけねえだろ」

「・・・・・・そう」

 

記憶違いだろうか。それもどっちだっていいことだ。

現在がどうあれ、男が猟兵としての過去を持つことだけは察せられた。

そして今、テロリスト一味に加担しながら、私に銃口を向けている。

やり合うには十分すぎる理由だ。湧き上がる復讐心は、この際どうだっていい。

 

「一応名乗っておくぜ。『ヴァルカン』ってんだ。横槍は入れさせねえ、サシで勝負といこうや」

 

名乗り合い一騎打ち、か。

見かけによらず、随分とご丁寧な男だ。

 

「シャンファ流二代目、アヤ・ウォーゼル」

 

負けるわけにはいかない。みんなのために、私自身のためにも。

 

_______________________________

 

剣詩舞とは文字通り、詩に合わせ剣を振るいながら舞う、踊りの亜種だ。

東方を発祥とするその芸術性は共和国で広く認められており、刀剣の美を表現する文化の代表例である。

剣を振るうと言っても、あくまで舞台芸術。舞いと共に、剣はただ空を切るだけ。

剣術を知らない素人が、模造刀を握りながら舞台に上がることは珍しくも無い。

そんな芸術に過ぎない剣詩舞を、実戦で取り入れたのは―――私が知る限り、お母さんただ1人だけだ。

 

剣舞の曲線的且つ流動的な流れと、長巻の特徴を最大限に活かした流派。

一対一でこそ真価を発揮する、反撃を許さない連撃による圧倒的な攻撃力。

そもそも長巻や槍のような長物は、太刀や打ち刀に比べ、攻めを重んじた得物だ。

短所を捨て、その長所を限界まで引き上げる。何ともお母さんらしい発想だ。

 

武術家に過ぎなかったお母さんは、たったの2年間で我流剣術の基礎を築き上げた。

それは数年の時を経て練り上げられ、確かな長巻術へと変貌を遂げた。

私がお母さんに剣を習ったのも、2年間。12歳で死別するまでの、ごく僅かな間だけだ。

それでも私の中には、確かにお母さんの流派が生き続けている。お母さんの長巻と、継ぐべき意志と共に。

 

「オラオラオラァッ!!」

「うわわわ―――」

 

そんな私達の剣が―――まるで通用しない。というより、近づく事すらままならない。

剣術は、あんな常軌を逸した銃器を相手取る術を、用意していない。

 

「―――っぷはぁ!」

 

石壁の陰に身体を滑り込ませ、何とか大勢を立て直す。

躱し続けているとはいえ、1発でも食らえばそれで終わりだ。

見れば、スカートに1つだけ穴が開いていた。ブラウスに続いて、これももう使えそうにない。

 

「ったく、逃げ足だけは一流だな。まるで鼠みてぇな野郎だぜ」

「う、うるさい!」

 

誰が鼠で誰が野郎だ。失礼極まりない。

とはいえ、あれが相手では尻尾を巻いて逃げるしかない・・・・・・反論の余地が、無い。

 

(ど、どうしよう)

 

分厚い石壁に背を預けながら、敵の動向を探る。

ガトリング砲、というやつだろうか。あの弾速と連射性は脅威としか言いようが無い。

斬弾などもっての外だ。先にこちらの刀身が駄目になる。手甲でも捌き切れそうにない。

 

「どうしたぁ!もう終わりか!?」

「うるさいってば!作戦タイム!」

「ハッ、よく言うぜ」

 

銃弾を避けながら逃げ回ってきたせいで、大分リィン達から離れてしまった。

ただ、ここからでも魔物の波動は感じられる。今も交戦中なのだろう。

あいつ―――ヴァルカンの気がリィン達に向いたら、一貫の終わりだ。

こちらも打って出て、気を引くしかない。

 

思い出せ、お母さんの足捌きを。蝶のように舞い旋風のように斬る、シャンファ流の真髄を。

見えないわけじゃない。つけ入る隙は絶対にあるはずだ。

事実、まだ銃弾は私を捉えてはいない。

 

「ARCUS駆動・・・・・・っ!」

 

オーバルアーツの詠唱と共に、渾身の横っ飛びで初速から全速力で駆け抜けた。

剣が届かないなら、これしかない。

 

「スパークアロー!」

 

銃弾の雨が私に追いつく前に放たれた風属性の矢が、ヴァルカン目掛けて加速した。

勢いをそのままに、反対側の石壁の陰に身を隠し、敵の様子を窺った。

 

「効かねえなぁ・・・・・・小細工ばっかしてねえで、さっさと腹を括ったらどうだ!!」

「・・・・・・だよね」

 

予想はしていたが、冗談抜きでまるで効果が無い。本当に人間なのか、あれは。

 

このままでは埒が明かない。が、段々と目は慣れてきている。

機動性と瞬間的な攻撃力なら、私に分があるはずだ。

あれだけの超重量を生身で操ること自体驚愕の思いだが、小回りは効くとは思えない。

銃口と腕の動きに集中して、先の先が取れれば。弾道をずらしながら、接近さえすれば。

 

(5、4、3―――)

 

「もう一度訊くけど、本当にレグラムに行ったことはないの!?」

「だから知らねえって言ってんだろ!ウダウダ言ってねえで掛かって来やがれ!!」

 

(2、1―――今)

 

「ああ、そうっ!!」

 

答えると同時に、意を決して駆け出した。

途端に向けられた銃口を躱しながら、緩急を付けた足取りで不規則に動き回る。

一度射線を切れば、剣舞特有の流れにガトリング砲の銃口は追いついていない。

銃声と火に惑わされるな。少しでも臆すれば、それまでだ。

 

「ちぃっ!!」

「連舞―――『飛燕月』っ!!」

 

巨体の3アージュ手前で上空を舞った私の長巻は、着地と共にガトリング砲を真っ二つに斬り伏せた。

ガシャンという音と共に、筒状の銃身が地面へと崩れ落ちる。

再度ヴァルカンとの距離を取った私は、油断無く剣先を眼前へと突き付けた。

 

「・・・・・・ヘッ、やるじゃねえか。どうやら向こうにも動きがあったようだな」

「え・・・・・・あっ」

 

親指で背後を指し示した方角にあったはずの、魔物の気配。

それが消えていた。一方で、まだリィンとラウラの気当たりが僅かに感じられる。

遣って退けてくれたか。なら、こちらもそろそろ閉幕にすべきだ。

 

「投降するか、退いて。人質を解放さえすれば、見逃してあげなくも無いんだけど」

「そいつはどうだかなぁ・・・・・・お前、爪が甘いって言われたことねえか?」

「何を言って―――」

 

突然、その巨体が膨れ上がったかのような錯覚に陥った。

 

「っ!?」

 

思わず飛び退き、長巻を上段に構えた。

何て気当たりだ。サラ教官以上かもしれない。

まだ戦意は衰えていない。ガトリング砲が無くとも、この男はあまりに危険すぎる。

 

「一の舞『飛燕』!!」

 

前方に向けて放った斬撃が、音を置き去りにして加速する。

対するヴァルカンは、その両腕を頭上に掲げ、力の限りそれを振り下ろした。

 

「オオラァッ!!!」

 

その衝撃で、飛燕の斬撃波は跡形も無く掻き消された。

目を疑った。防具があるとはいえ、素手で飛燕を吹き飛ばされたのはこれが初めてだ。

 

「ハッハァ、遠当てか!なら、こっちからもお返しだ!!」

 

声を荒げたヴァルカンが左手を私に向け、右の脇を締めながら腰元に右拳を構えた。

遠目でも分かる、あれは拳法の構えだ。こんな遠距離から、一体何を。

思い至った時には、その右拳は空を切り、私の腹部目掛けて飛来した。

 

「―――っ!?」

 

咄嗟の防御も間に合わず、私の身体は遥か後方に吹き飛ばされた。

受け身を取ることすら叶わず、力無く地面に崩れ去る。

 

苦痛と息苦しさで、視界が歪む。遠のいていく意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だ。

月光翼が無かったら、間違いなく骨と肉が潰されていた。

 

「がはっ・・・・・・」

「驚いたぜ、ガトリング砲をぶった斬られるなんてな。久しぶりに熱くなっちまった」

 

地に膝を付きながら蹲る私の下に、ゆっくりとした足取りでヴァルカンの巨体が接近した。

抗いたいのに、身体が動かない。私の取れる行動は1つしか残されていなかった。

 

「・・・・・・治癒功ってやつか。ガキの癖に、器用な真似をしやがる」

 

文字通り、敵の眼下で傷を癒すしかなかった。懇願してでも、時間を稼げればいい。

私はともかく、それだけでアルフィン皇女とエリゼちゃんを救う可能性が高まる。

 

「な、何をしたいの。あんた達は・・・・・・何が目的で、こんな事を」

「復讐のためだよ」

「・・・・・・復讐?」

「俺の家族達を、全てを奪いやがった、あの『男』へのな」

 

思わず顔を見上げてしまった。

まるで話が読めない。ノルドでの一件に、今回のテロ行為。

それが特定の人物への、復讐だとでも言うのだろうか。

 

「レグラムがどうとか言ってやがったな。心当たりはねえが・・・・・・精々気を付けな。お前、俺達と同じ匂いがするぜ」

「ば、馬鹿言わないでよ。あんた達なんかと一緒にしないで!」

「しねえよ。ガキはガキらしく、西風の妖精達とママゴトでもしてやがれ」

 

不意に、ヴァルカンの声色が変わったような気がした。

どういうわけかその声からは、先程まであったはずの凄味と殺気を微塵も感じなかった。

 

「今日は見逃してやる。だが次に俺達の邪魔をしやがったら―――」

 

今度は、容赦なく殺す。それを最後にしてヴァルカンは踵を返し、遺跡の奥へと姿を消した。

 

__________________________________

 

ヴァルカンが去ってから1分と立たない間に、背後から複数の足音が鳴り響いてきた。

殺気は無い。それに、これは見知った気配だ。

 

「アヤ!?」

「・・・・・・サラ教官」

 

サラ教官と、クレア大尉率いる鉄道憲兵隊の1個小隊。

ざっと見ただけでも5~6分隊はあるだろう。これだけの増援が来てくれれば、もう安心だ。

 

「アヤ、出血がっ・・・・・・」

「大丈夫、私も合流します。止まらないで下さい。それよりも、リィン達が・・・・・・」

 

重い腰を上げ、しっかりと地面を踏み立つ。

傷は大方回復できたところだ。体力は残り少ないが、問題無く動けるはずだ。

 

合流後、私はサラ教官とクレア大尉に状況を説明しながら、遺跡の奥部を目指した。

魔物の気配が消えてから、かなり時間が過ぎてしまっている。あれから状況が変わってしまったかもしれない。

満身創痍の状態でヴァルカンと対峙しては、数の利があれど勝ち目は薄い。

 

(え―――)

 

最深部に再度足を踏み入れると、そこには予想だにしない光景が待ち構えていた。

ギデオンとヴァルカンに加え、眼帯を付けた長髪の女性。それに、漆黒の衣装と仮面を装着した人物。

4人の集団が、リィン達と対峙していた。あの2人も組織の人間なのだろうか。

 

「リィン、みんな!」

「アヤ・・・・・・無事でいてくれたか」

 

皆の下に駆け寄ると、誰もが安堵の色を浮かべていた。

無理もないか。先にこの場に戻って来たのが、ヴァルカンだ。

どうやら要らない心配を掛けてしまったようだ。

 

見たところ、アルフィン皇女とエリゼちゃんの身柄も確保できている。

状況は分からないが、察するにこの場はこちら側が抑えているのだろう。

 

「・・・・・・どうやら時間のようだな」

 

ほっと胸を撫で下ろしていると、仮面から機械のような音声が聞こえてきた。

口調から察するに、男性だろう。その男は眼前に何かのスイッチを取り出し―――そのボタンを押した。

 

「え―――」

 

途端に、遺跡内のそこかしこから爆発音のような轟音が鳴り響いた。

耳をつんざく音に思わず身を屈めていると、遺跡の天井部が次々と崩れ落ちていった。

 

「ば、爆薬!?」

「嘘でしょ、こんな地下で爆発なんて起きたら―――」

 

その先の言葉を待つことなく、目の前に1アージュはある岩石が落下した。

冗談じゃない。このままでは援軍もろ共生き埋めだ。

 

「崩れるわ、早くこっちへ!」

「リィン、皇女殿下をお願い!エリゼちゃんは任せて!」

「ああ、すまない!」

 

横たわっていたエリゼちゃんの身体を抱き上げ、元来た道を全力で駆け抜ける。

その間にも、後方から追ってくるように次々と崩落が始まり、土煙に視界を塞がれていった。

まだ間に合うはずだ。足が動き続ける限り、走り切ってみせる。

 

「っ!?」

 

突如として崩落の足が速まり―――目の前に、一際大きな石柱が倒れ込んできた。

行く手を遮るようにして、皆と分断された。立ち止まったその一瞬の判断が、明暗を分けた。

目の前に次々と落石が重なっていく。単身ならまだしも、人一人を抱えては乗り越えられない。

もう前には進めない。完全に―――逃げ場を見失った。

 

(エリゼちゃん―――)

 

私のことはどうだっていい。こんなところで、彼女を失ってはいけない。

絶対に、守ってみせる。その思いで、私は彼女の小さな身体を覆った。

無慈悲にも、崩落の勢いは強まるばかりだった。


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