絢の軌跡   作:ゆーゆ

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誓いの手紙

ちょきんちょきん。

私の部屋に静かに響き渡る、ハサミが奏でる切断音。

アリサが手にするそれは、私の髪を僅かずつ切り落としていく。

 

ぱらぱらぱら。

首から下を覆うエプロンに髪が落ちる度に、小雨が傘へ降り注ぐような音が耳に入ってくる。

勿体無い、というか。アリサには申し訳ないが、複雑な心境だった。

 

「何か変な感じ。髪を伸ばしてる最中に切るなんて」

「伸ばすにしても、毛先を揃えるぐらいはするものよ。放っておけば痛んでいくんだから」

「そうなの?」

「そうなのっ」

 

8月11日、夏季休暇の最終日。時刻は午前9時。

私はアリサのアドバイスに従い、髪の毛先を切り揃えてもらっていた。

 

最後にガイウスに切ってもらってから、早3ヶ月と半月。

あれから私の髪は順調にその長さを伸ばし、肩に触れる程度にはなっていた。

どこまで伸ばすかは決めていなかったが、今回の散髪で2週間分ぐらいは後戻りするだろう。

まぁこういったことについては、彼女に従った方が間違いは無いはずだ。

 

「もっと身なりや美容に気を遣った方がいいと思うわよ。恋人ができてもアヤは相変わらずね」

「それなりに遣ってるってば。でも化粧とかそういうのは嫌。ガイウスも引きそう」

「・・・・・・まぁ、分かる気がするわ」

「でしょ。習慣の違いだよ」

「それにしても、ロクな手入れ無しでこの肌は反則よ。全然日焼けもしないし・・・・・・不思議ね」

 

羨みの目を遠慮無く向けてくるアリサ。くすぐったいから指でなぞらないでほしい。

それに反則と言われても、これは体質のようなものなのだ。

 

おそらくは月光翼の影響だろう。理屈はまるで分からないが、自信を持って正しいと言える。

常人とは違い、私の場合はこうしているだけで、微弱ながら気功術が発動しているのだ。

その代償が旺盛な食欲。と言っても、アリサにはさっぱりだろう。私自身、理解しきれていない。

 

いずれにせよ、化粧の類だけはどうも好きになれない。

ノルドにもその概念はあったが、あれは儀式的、儀礼の類。根本的に異なるものだ。

 

「さてと。こんなものかしら」

 

ブラシで首回りの髪を払いながら、満足気に頷くアリサ。

言われてみれば、何だか髪が軽くなったような気がする。何となく、ではあるが。

 

「ありがと、アリサ」

「どういたしまして・・・・・・あっ」

「え、何?」

「少し待ってなさい」

 

ブラシをテーブルへと置いたアリサは、足早に部屋の外へ出て行ってしまった。

急にどうしたのだろう。察するに、何かを思い付いたような顔をしていたが。

 

しばらくすると、アリサは小さなガラス製の小瓶を手にして戻って来た。

中には透明な液体が入っており、先端はスプレーのような形をしていた。

それを私の上方目掛けて、シュッシュッと2回。粒上の液体が、私に降り注いだ。

 

「・・・・・・わっ、何これ。果物?」

「柑橘系の香料よ。ほのかに香る程度だから、これぐらいは構わないでしょう?」

 

オレンジやレモンを思わせる、気持ちのいい香りが鼻に入ってきた。

不快感は無いし、何だか心が躍るような気分になってくる。

 

「初めてのデートなんだから、少しぐらい変化を見せなきゃ」

「デートって・・・・・・」

 

そんなんじゃない。そう口にしようとしたが、客観的に見ればそうなのだろう。

別に否定する必要は無いか。もうこんなやり取りも慣れっこになってきた。

 

「それで、どこまで出掛けるの?行先を聞いていなかったわね」

「ケルディックだよ」

「ケルディック?」

 

朝食の際にガイウスが明かした行先は、大穀倉地帯に代表される交易街、ケルディック。

4月の実習でも足を運んだ賑やかな街並みは、今でもよく覚えている。

何度か訪れたことがあるあの街も、ガイウスにとっては初となる場所だ。

 

「夏至祭とは別に、この時期には夏のお祭りがあるんだってさ」

 

__________________________________

 

午前11時。

私とガイウスはボックス席に座りながら、クロスベル方面行きの列車に身を揺られていた。

少し遅めの出発だが、祭りは夕暮れ時からが本番らしく、それに合わせた時間だった。

平日にしては、乗客の数が休日並みに多いように見受けられた。

これも夏休みと祭りの影響なのだろう。夕暮れが近づくにつれて、更に増えていくに違いない。

 

「エリオットが?」

「ああ。吹奏楽部の部員達と、夕方から向かうと聞いている」

 

ガイウスによれば、エリオットもケルディックへ向かう予定だそうだ。

私達以外にも祭り目的の士官学院生がいたか。

もしかしたら、どこかで知り合いに会うこともあるかもしれない。

 

「さて、そろそろかな」

「ん?」

 

ガイウスに向けていた視線を、車窓の向こう側へと移す。

それに釣られたガイウスの目が、その光景に釘付けになった。

何度見てもこの瞬間は気分が高揚する。まるで別世界に足を踏み入れた感覚だ。

 

「これは・・・・・・見事だな。言葉にならない」

「あはは。秋撒きだから、今が収穫の時期なんじゃないかな」

 

実習の頃に実を付け始めていたライ麦が、収穫の時期に差し掛かった頃合いなのだろう。

所々に点在する風車も何もかもが、ガイウスにとっては新鮮のはずだ。

3月30日。ガイウスが初めて外の世界に触れた、あの日。

あの時も彼は、こんな目をしていたか。

 

「色々な作物の生産量が帝国一だからね。絶景でしょ?」

「そうか。気のせいかもしれないが、果実の匂いすら感じるな」

「・・・・・・それは、気のせいじゃないかも」

 

照れ笑いを浮かべながら、小声でそう返す。

別に褒められているわけではないが、どうもくすぐったい。

話を逸らすように、私は今日の予定について触れた。

 

「それで、着いたらどうしよっか。お祭りは夕方からって言ってたよね」

「ああ。少し早いが、昼餉にしよう。何か食べたい物はあるか?」

「あ。それなら―――」

 

心当たりと候補はいくつかあるが、私には選択肢が1つしか無かった。

折角の機会だし、3ヶ月半振りに挨拶もしておこう。

 

________________________________

 

口にした途端に広がる、卵の甘味とバターの芳醇な香り。

とろけるような食感と相まって、一度食べれば病み付きになる味わい。

これ目的でここを訪れる客もいるに違いない。まさに匠の逸品だ。

 

「んー・・・・・・はぁ。マゴットさん、おかわり!」

「そう言うと思ってたさ。今用意するから、少し待っとくれよ」

 

風見亭を訪ねた私達は、4月の実習以来となるマゴットさんのオムレツに舌鼓を打っていた。

ガイウスを紹介した際には、ベタベタと身体を触りながら物珍しそうな視線を向けていた。

初めは戸惑い気味だったガイウスも、彼女の気さくな人柄のおかげですぐに打ち解けてくれた。

変に奇異な目で見られるよりは、これぐらいの方が彼にもちょうどいいのかもしれない。

 

「それで、アンタ達もお祭りが目当てかい?」

「はい。ガイウスに教えてもらったんです」

「俺が聞いた話では、打ち上げ花火というものがあるそうですが」

「そうだよ。この時期はウチも繁盛するからありがたい話だね」

 

それもガイウスから聞いていたことだった。存在は知っていたが、実際に見たことはなかった。

導力が広く普及した今でも、打ち上げ花火の作製は全て人による手作業。

火薬を取り扱う危険な作業が伴うため、その技術は一部の職人頼りなのだという。

 

夏祭りの由来も今となっては諸説あり、定かではないそうだ。

まぁ夏至祭自体、各地方で形態も違えば起源も異なる。

楽しめればそれでいい、という考え方はどこでも同じのようだ。

 

「士官学院の夏季休暇と同じ時期だからね。毎年学生さんの見物客も多いのさ」

「やっぱりそうなんですか・・・・・・あのー、マゴットさん?」

「もう少し待ってな。卵は逃げやしないよ」

 

オムレツを催促しながら、店内の時計に目をやる。

時刻は昼の12時過ぎ。日が暮れるまで、あと7時間ちょっとだ。

 

_____________________________

 

「人通りは多いが、窮屈さは感じないな」

「それがこの街の良さなんじゃない?」

 

13時前。

周辺を眺めながら大市の広場へ向かっていると、ガイウスがそんなことを言い出した。

木造建築の建物を中心とした特徴的な街並みは、間違いなくケルティックの魅力の1つだ。

セントアークや帝都のような喧騒は、やはりガイウスの肌には合わないのだろう。

 

「っと、ここがそう。いつもは大市で賑わってるけど・・・・・うん、何か雰囲気が違うね」

 

広場へと続く階段で立ち止まり、周囲を見渡す。

人は多いが、普段のように商人で賑わっているわけではない。

軒先を連ねる店構えも様相が異なり、どの露店や屋台も夏至祭のそれとは違う。

言葉では言い表せない、独特の雰囲気を纏っていた。

 

「まだ準備中といったところか」

「だね。夕暮れまでは時間があるし・・・・・・それまでどうしよ」

 

こういった祭りに開始時間は無いはずだ。

人が集まり、店が賑わい始めた頃が始まりの合図。

それまでにはもうしばらく時間が掛かりそうだ。

 

「確か西の街道の外れに、公園があるはずだが。そこに行ってみないか?」

「公園?・・・・・・あっ!」

 

失念していた。どうして忘れていたのだろう。

私にとってもガイウスにとっても、きっといい時間を過ごせるはずだ。

それにマゴットさんだけではなかった。もう1人、会っておきたい人がいた。

 

_____________________________

 

田園風景の先、クロイツェン州の北部に広がるヴェスティア大森林。

広さだけで言えば、ノルド高原全域に匹敵する程に広大な大自然。

一部が森林公園として整備されており、毎年多くの観光客が訪れている人気スポットだ。

 

錠を斬ることなく入口をくぐると、程近い場所に佇む木製の小屋が目に止まった。

あの時は気付かなかったが、ここが案内所のような場所なのだろう。

カウンターには園内の案内書や地図の類が置いてあり、女性の受付人らしき人間がいた。

ちょうどいい。あの人に聞いてみよう。

 

「すみません。ここの管理人さんは今日いますか?」

「責任者はおりますが・・・・・・恐れ入りますが、どのような御用件でしょうか?」

「ええっと・・・・・・」

 

学生服の女子から突然そんなことを聞かれれば、当然の反応か。

用件、と言われても。私はただ話をしたいだけなのだが。

 

「あれ?嬢ちゃん達、もしかして―――」

 

背後から掛けられた声に振り返ると、そこには目的の人物の姿があった。

案内所を訪ねるまでもなかったか。

 

「お久しぶりです、ジョンソンさん」

「あー!やっぱそうか。お前あの時の嬢ちゃんだろ?」

 

このルナリア自然公園の管理責任者であり、騒動の実行犯を追う足掛かりになってくれた男性。

あれからずっと気掛かりではあった。この場にいるということは、居場所は取り戻せたようだ。

 

「ずっと礼を言いたかったんだ。あん時は世話になったな。おかげでこの通り、元の職場に復帰することができたよ」

「あはは。お役に立てて何よりです」

「ホントに感謝してんだぜ。あんな親身になって話を聞いてくれたのは、嬢ちゃんだけだったからな・・・・・・また酒でも飲み交わそうや。奢ってやるよ」

「・・・・・・アヤ?」

「の、飲んでないってば」

 

ガイウスの視線はまったくの誤解だ。

あの時は飲んでなどいない。薄めた酒を注いであげただけだ。

ジョンソンさんも深酔いしていたし、記憶が定かではないのだろう。

 

うんうんと感慨深げに頷いていたジョンソンさんは、隣のガイウスへと視線を向けた。

 

「ガイウス・ウォーゼルといいます。アヤの弟です」

「弟?全然似てねえな。俺はてっきりコレかと思ったんだが」

 

コレ、と言いながら親指を立てるジョンソンさん。

間違ってはいないが、話がややこしくなるのでこの場は伏せておくとしよう。

 

聞けば、自然公園はあの騒動以来一時閉園されていたものの、5月の中旬頃に再開したそうだ。

ケルディックの祭りの影響もあり、今日は来園客が普段よりも多いのだという。

街道でも何度か馬車とすれ違ったが、あれはケルディックと自然公園を結ぶ交通手段なのだろう。

ちなみに私達は徒歩。得物が無くとも、この辺の魔獣なら何の苦も無かった。

 

「よし、特別サービスだ。嬢ちゃん達には裏ルートを案内してやるよ」

「裏?」

「おうよ。ついて来てくれ」

 

胸ポケットから取り出した鉄製の鍵を握りながら、ジョンソンさんは得意気な笑みを浮かべていた。

 

_________________________________

 

ジョンソンさんが案内してくれたのは、管理用の裏通り。

通常は係員しか立ち入りが許可されていないそうで、私達以外に人の姿は無かった。

まるで森を独り占めにしているような感覚だ。

 

「実習の時は気付かなかったけど・・・・・・すごいところだね」

「ああ・・・・・・ここまで濃い緑は初めてだ」

 

あの時は、園内に魔獣が徘徊していた程だ。周囲の景観に気を向ける余裕など皆無だった。

こうして見れば、この森はノルド高原を連想させる。

遥か彼方まで広がる大自然と、石碑のような人の信仰心を思わせる遺跡の数々。

故郷の匂いが、ここにはある。

 

「む。巨大なキノコが生えているな」

「わわっ、何これ。1アージュはありそう」

「食べてみるか?」

「嫌だよ・・・・・・」

「冗談だ」

 

言いながら、ガイウスは頭上に生い茂る木々の葉を見上げた。

公園と言っても、ルナリア自然公園は第1級特別保護地区に指定されている。

目の前に広がる光景は、何百年も前から姿を変えることなく、今に続いているはずだ。

やっぱり彼は、こういった自然に囲まれている時が一番落ち着くのだろう。

 

(あっ)

 

それに、私もそうだ。こんな表情を浮かべるガイウスが―――私は、一番好きだ。

天然自然に囲まれた、天然自然な彼。久しぶりに、本来の彼に出会えた気がする。

惚れ直す、というのはこういう時のことを言うのかもしれない。

 

「どうかしたのか?」

「ううん、何でもない。少し休もっか」

 

既にかなり奥まで来ているはずだ。

道中には数少ない人工物である木製のベンチがあり、私達はそこで小休憩を取ることにした。

時刻は午後16時過ぎ。中々いい時間になってきた。

 

「帝国にも、こんな場所があったんだな」

「うん。来てよかったよ」

「・・・・・・そうか。ありがとう」

 

それはこちらの台詞だろう。と思ったが、ガイウスの胸中は察せられた。

楽しくないわけがない。行先なんて私には関係無いというのに。

今日の事は、おそらくガイウスが1人で考えたことではない。それぐらいは分かる。

きっとあれやこれやと考えを巡らせた結果なのだろう。

そんな彼の不器用さすら、今は愛おしく感じる。

 

「こっちこそ」

 

頭をガイウスの肩に預けながら、ゆっくりと目蓋を閉じた。

耳に入ってくるのは、風が木々を撫でる音。小鳥達のさえずりに、ガイウスの呼吸。

 

1秒1秒が勿体無くてもどかしい。こんな時間が、ずっと続けばいいのに。

想いとは裏腹に時は刻み、夏への上り坂はいずれ、下り坂へと変わる。

今日が最後だ。何かに気を向けることも無く、今だけを謳歌できる最後の日。

たくさんの思い出を作ろう。未練が残らないように―――

 

「ん?」

「え?」

 

―――不意に、肩に重みを感じた。ガイウスとは反対側の、私の左肩。

恐る恐る目を向けると、そこには1羽の小さな鳥がいた。

 

「・・・・・・鳥?」

「見慣れない鳥だ。珍しい色をしているな」

 

思わず肩を揺らしてしまったが、小鳥はなんの動作も見せず、ただ前を向いていた。

全長は15リジュ程度で雀のように小さく、腹と背の羽毛が鮮やかなオパール色に染まっている。

何という鳥だろう。いやそれより、どうして私の肩に止まっているのだ。

 

「アヤ。懐かれたんじゃないか?」

「いやおかしいでしょ。私何もしてないのに」

 

突然人の肩で羽を休められても困る。

何度か肩を揺すってみても、小鳥はキョロキョロと周囲を見渡すばかり。

随分とマイペースな鳥だ。普通驚いて離れると思うのだが。

 

『おなかへった』

 

すると突然、声が聞こえた。私の左側から。

ガイウスの視線が私に向いたが、今のは私じゃない。そんな目で見るな。

 

『おなかへった』

 

2回目のおなかへった。確かにそれは、私の左肩から聞こえた。

受け入れがたい現実を前に、私達は顔を見合わせることしかできなかった。

 

________________________________

 

セキセイインコ。それがジョンソンさんが教えてくれた小鳥の正体だった。

大陸の北部で原生する種で、一昔前はペットとして飼育されることが多かったらしい。

現在でも野生個体は確認されるものの、数自体は減少傾向にある。

今でもペット用として出回ることはあるそうだが、以前ほど気軽には手に入らない。

そして最大の特徴が、鳥類の中で最も『喋り』を得意とする点だそうだ。

 

『おなかへった』

「アヤ、もう少し我慢してくれ」

「私じゃないってば!」

 

ジョンソンさんによれば、最近西の街道沿いで野生の集団が確認されているとのことだった。

人の手を離れた個体が野生化し、そのうちの1羽が自然公園に迷い込んだのだろう。

野生体でありながら、どこで言葉を覚えたのか。それはジョンソンさんも首を傾げるだけだった。

 

いずれにせよ、ルナリア自然公園が保護地区である以上、外部からの流入は見過ごせない。

懐かれたのなら、いっそのことそのまま連れて帰ってみてはどうか。

午後18時前。ジョンソンさんからそんな無茶振りをされて、今に至る。

 

「どうしよう。引き取ってって言われても、このまま連れて帰るわけにはいかないよ」

「駄目なのか?」

「学生寮はペット禁止に決まってるでしょ」

 

そんな私の懸念を余所に、小鳥は私の肩と頭上を往復するばかりだった。

既にアリサの香料の匂いは感じられない。あるのは独特の獣臭だけ。

こいつめ。私の気も知らないでふてぶてしい奴だ。

 

「うーん。でも何となく、お母さんに似てるかも」

「・・・・・・ど、どの辺がそう見えるんだ?」

「目元と雰囲気かな」

 

くりくりっとした丸い目と、自由奔放なその態度。

とりあえず、この子はランと呼ぶことにしよう。ジョンソンさんもメスだって言ってたし。

 

『おなかへった』

「ああもう。私だって減ってるよ」

「公園と街道を歩きっ放しだったからな。見たところ、色々な店があるようだぞ」

 

頭上にいたランを肩に誘導し、目の前の広場を見渡す。

昼時には閑散としていたそれは、今では途方も無い数の人だかりでごった返していた。

ガイウスが言うように、大半は飲食物を扱う出店のようだ。

既に周囲には空腹を掻き立てる、香ばしい香りが漂っていた。

 

「よーし。ガイウス、お祭りの醍醐味は?」

「食べることだろう。アヤが教えてくれたことだ」

「うんうん。準備はいい?」

「ああ。全て俺が持つ」

『おなかへった』

「お腹減ったー!」

 

既に場所は確保してある。

マゴットさんの好意で、風見亭前のベンチは私達の特等席だ。

小さな木製のテーブルも用意してもらっているし、必要なのは食べ物だけ。

広場へ続く階段を全て飛ばし、私とランは会場へと降り立った。

 

_________________________________

 

「1つ聞いていいですか」

「何かしら」

「何してるんですか?」

「ビール飲みながらお祭りを堪能してるの。見れば分かるでしょ」

「何でここにいるんですか!?」

「マゴットさんが特等席があるって言うからよ。ていうかその鳥は何なの?」

 

買い込んだ晩御飯を両腕に抱えたガイウスと私、肩にラン。

2人と1羽を待ち構えていたのは、どういうわけかサラ教官だった。

特等席が、教官の晩酌の場と化していた。

 

「これは、その。それよりもどいて下さい。ここは私とガイウスの席です」

「嫌よ。他は席が空いてないし、立ち飲みは疲れるじゃない」

「ああもう!」

 

相も変わらず駄目過ぎるだろう。何て自分勝手なんだ、この人は。

立ち退きを求める私を余所に、結局はガイウスが折れてしまった。

彼に従う形で、私達は席を共にすることにした。

 

早速買ってきた品々をテーブルに並べていく。

氷水に冷やされた彩り豊かな夏野菜に、炭火焼きにされた魚や肉の数々。

すぐにテーブルは一杯になり、思わずはしゃいでしまった。

ちなみにランには、マゴットさんがくれた半サイズのロールパンをあげた。

 

「呆れた。食べるだけがお祭りじゃないでしょうに」

「教官にだけは言われたくないです」

「ガイウス、君はどうなのよ?」

「アヤが満足なら、俺はそれでいい」

「聞かなきゃよかったわ・・・・・・」

 

見せびらかすようにして、パタパタと団扇で顔を扇ぐサラ教官。

嫌なら同席しなければいいのに。気が利かないにも程がある。

 

サラ教官の話では、先程広場でフィーとエーデル先輩に出くわしたそうだ。

私達も何度か士官学院生とすれ違っていた。結構な人数がここを訪れているようだ。

列車を使えばたったの30分程度。祭りを満喫してからでも、寮の門限には間に合うだろう。

 

「インコねえ。鳥に母親の名前を付けるってどうなのよ」

「どうすればいいですか、この子。頑として離れないし、付いて来ちゃうんです」

 

ビール瓶をラッパ飲みしたサラ教官は、テーブルに乗るランへと視線を下ろした。

当のランは、半分にカットしたロールパンの中身をほじくりながら、中を前進していた。

よく食べる鳥だ。試しに切断面を下にして、パンをテーブルへ立ててみる。

テーブルの上を右往左往するロールパンの完成だった。怖すぎる。

 

「そうね。犬や猫じゃないんだし、寮に置いてあげたら?」

「え・・・・・・でも、学生寮ってペットの類は禁止ですよね」

「だから言ってるのよ。これで共犯。私の寮での晩酌もいい加減認めなさい」

 

唐突に取引を持ち掛けられた。

何度でも言おう。何て駄目な人だ。

これでは教官が教え子を脅しているようなものじゃないか。

 

いや。敢えてそういった言い回しをしているだけで。

もしかしたら、私とランのことを気遣って―――って、そんなわけないか。

少しサラ教官を買被り過ぎだ。駄目な部分は駄目なんだ、この人は。

 

「さてと。そろそろ時間かしら」

 

サラ教官はそう言うと、コートの内ポケットからARCUSを取り出した。

どうやら時間を確認したかったようだ。

何の頃合いなのだろう。今は大体19時過ぎぐらいで―――

 

「むっ」

「あっ」

 

―――突然、私とガイウスの影が地面に映った。

風見亭から漏れ出す光と、点在する導力灯。

その光だけを頼りにしていた私達の後方。遥か上空から放たれた光が、私達を照らした。

振り向くと同時に、少し遅れてやって来た心地よい破裂音が耳に入った。

 

先程まで聞こえていた人の喧騒も、鳴りを潜めていた。

言葉に、ならなかった。

 

「あれが・・・・・・そう、なのか」

「うん・・・・・・綺麗だね」

「ああ」

 

続けざまに3発。笛のような鋭い音と共に、それは再び上空へ舞い上がり、開花した。

目の前に広がる、色取り取りの火の玉。

手を伸ばせば掴めそうな程に近く、音が遅れてやってくる程に遠く。

頭上に降りかかりそうな程に近く、幻想のように儚く遠く。

咲いては消え、消えては咲いてを繰り返すいくつもの花。

 

呼吸や瞬きを忘れてしまうぐらいに、ただただ見入っていた。

こんな―――こんなに綺麗な花が、この世界にあったなんて。

 

「アヤ?」

「ん・・・・・・ごめん。最近、涙脆くって」

 

バレてしまったか。

気付かないうちに、私の目元には小粒の涙が溜まっていた。

最近はどうも涙腺が緩いように思える。この光景の前では、仕方ないことかもしれない。

 

「痛っ」

 

不意に、首筋に痛みが走った。

見れば、いつの間にか肩に乗っていたランが、私のうなじへと歩を進めていた。

 

「ちょっとラン、爪立てないでよ・・・・・・痛いってば」

 

私の言葉は伝わらず、ランは首の後ろに居座ってしまった。

勘弁してほしい。これでは花火を見上げられないし、やはり痛い。じっとしていても痛い。

 

「ああもう・・・・・・え?」

 

ランを落とさないように落とした視線の先に、サラ教官の手元が映った。

右手にはペンと、テーブルには1枚の紙。

教官は暗闇の中で、何かを綴っていた。

 

「教官。何ですか、それ」

「何でもないわよ」

 

先程までとは打って変わって、穏やかな笑みを浮かべるサラ教官。

花の光に照らされたその顔は、とても懐かしく感じられた。

どうしてかは、分からなかった。

 

_______________________________

 

ラン・シャンファさん。

史上最年少タイ記録でB級遊撃士となった、私の偉大なる大先輩。

 

あなたは死んだ。志半ばで死んだ。

誰かに看取られることもなく、酷く苦しみながら。

遠い異国の地で、たった1人の愛娘を残しながらも。

 

あなたは幸せ者ですと言ったら、あなたは私を怒るだろうか。

 

「綺麗だね」

「ああ」

 

娘の成長を見守ることができず。その想い人を見ることもなく。

彼女が選んだ道を知ることもなく。新しい家族を目にすることもなく。

この夏の夜空を見上げることすらも叶わず。

 

遠い山中で朽ち果て、幾度かの夜を過ごし。

鳥に肉を啄ばまれ、死に顔を失くしたとしても。

誰もあなたをあなたと分からず、記憶だけの存在になったとしても。

 

そんなあなたは幸せ者ですと言ったら、あなたは私をどう思うだろう。

 

「アヤ?」

「ん・・・・・・ごめん。最近、涙脆くって」

 

たった1人で彷徨い歩き、たった1人で命を繋ぎ。

確かな心と幸せを、遥か遠くの大地で見つけて。

前へ進み、全てを受け止め、あなたの意志を継ぎながら。

あなたが取りこぼした多くを拾いながら、描かれていく彩の世界。

 

あなたは幸せ者です。だから、その幸せを私にも分けて下さい。

彼女が手にした幸せを。手にするであろう幸せを。

これから迎える試練を。変わりゆく時代に翻弄される、彼女の苦難と苦境の道を。

全てを見守り、支えると誓います。

 

「ちょっとラン、爪立てないでよ・・・・・・痛いってば」

 

だから、どうか安らかに。

彼女は今も、あなたを呼んでいます。

偉大なる大先輩へ。

 

トールズ士官学院特科クラス《Ⅶ》組担任、武術教練担当。サラ・バレスタインより。

 

「教官。何ですか、それ」

「何でもないわよ」

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