絢の軌跡   作:ゆーゆ

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憧れの背中

エベル湖北岸部の調査。

最近エベル湖の北部に鳥型の大きな魔獣が住み着いてしまい困っている。

―――うん、典型的な大型魔獣の討伐依頼だね。

 

次。エベル街道への同行者求む。

街道を流れる川の上流で釣りがしたい。でも上流付近は魔獣がたくさんいるから怖い。

―――魔獣の討伐、というよりは護衛かな。

 

次。とある人物の周辺聞き込み依頼。

最近夫の帰りがやけに遅い。態度も余所余所しい。調べてほしい。

―――いや、最初から表題にそう書こうよ。身辺調査の類か。

 

次―――ああ、今ので最後か。

 

「トヴァルさん、終わりましたよ」

「お、早いな。ならこれも頼むわ」

 

ドサッ。唐突にデスクの上にそびえ立った書類の山。

4本の脚と共にぐらぐらと揺れている。今にも倒れそうだ。

 

「・・・・・・これ、何件分あるんですか」

「第1四半期分だから、ざっと3ヶ月分だな。件数は今から数えるんだよ」

「ええー・・・・・・」

 

単純に1日、2~3件の依頼があったとして、それの90日分、200件以上。

書類は1件につき最低2枚はあるから、少なくとも400枚以上。考えただけで気が遠くなる。

 

「ああもう、どうやったらこんなに溜まるんですか。サボり過ぎですよ」

「仕方ないだろ。全部1人で何から何まで面倒を見るなんて、やっぱりキツイんだ」

 

遡ること1時間前。

鼻水を啜りながら目元を腫らせた私は、皆から大変に驚かれた。

何の前触れも無く、唐突に嗚咽交じりに泣かれては当然の反応だ。

何があったと聞かれても、話すわけにもいかず。皆はただ戸惑うばかりだった。

私は何度も「気にしないで」と懇願したが、結局はラウラの言葉に甘え、一時待機を選択した。

 

皆は今頃、北部に繋がる街道の手配魔獣討伐に向かっている最中だろう。

私自身、あんな状態で皆の背中を預かるのは気が引けた。1人別行動、というわけだ。

漸く涙も治まってくれた。そんな私が任されたのが、トヴァルさんが抱える実務の補助だった。

 

まずは建物内の掃除。大分散らかっていたが、これはいい気分転換になった。

それとトヴァルさんの昼食の準備。多少納得がいかなかったが、まあ良しとしよう。

その次が書類整理。書類はこのレグラム支部に寄せられ、請け負った依頼に関するものだった。

 

「あのー。多分これ、今日中には終わりそうにないですよ」

「構わないぜ。後で他の面子にも手伝ってもらうからな」

 

トヴァル・ランドナー。

レグラム支部を中心として、帝国各地で今も精力的に活動を続ける現役の遊撃士。

私は今日が初対面だったが、リィン達はバリアハートで面識があったようだ。

期待はしていた。それでもまさか、本当に現役の遊撃士と関わり合えるとは。

いい機会だし、色々と話を聞かせてもらおう。

 

そのトヴァルさんは工具を片手に、戦術オーブメントの調整に勤しんでいた。

速い。それが率直な感想だった。一方でオーブメント自体は、かなりの旧型のように思える。

あれを現役で使っているのか。ARCUSの数世代前の代物だろう。・・・・・・動くのか、あれが。

 

「トヴァルさんって、いつからレグラムで活動してるんですか?」

「2年前に、とある案件で子爵閣下に世話になってな」

「遊撃士になったのはいつなんですか?」

「4年ぐらい前だよ」

「へえ。サラ教官とはいつから?」

「・・・・・・こら。手を止めるな手を」

「止めてませんよ。喋りながらじゃないと、正直キツイです」

 

どうもこういった単調な作業は苦手だし、そうでなくともこの量だ。

口を閉ざしながらでは逆に捗らない。話ぐらいは聞かせてくれてもいいだろうに。

 

トヴァルさんは戦術オーブメントを上着の左手に収めると、新たな書類にペンを走らせていた。

ああ、また増えていく。これ以上増やさないでほしいのに。

 

「遊撃士協会規定、基本3項目」

「え?」

「第3項。言ってみな」

「・・・・・・国家権力に対する不干渉。遊撃士は国家主権、及びそれが認めた公的機関に対して捜査権、逮捕権を行使できない」

 

唐突に投げられた問いに、思わず答えてしまった。

何だろう、今のは。私を試すにしても、少し簡単すぎやしないだろうか。

 

「正解だ。まあこれぐらいは当然か」

「物覚えは悪い方ですけど、何度も読んでれば自然と覚えますよ」

「・・・・・・まさかお前さんみたいな若者がいたとはね。喜ばしい限りだぜ、ホント」

 

トヴァルさんは満足気に頷きながら、2枚目の書類に手を付け始めた。

私が遊撃士を志願している旨は、サラ教官から聞かされていたそうだ。

思い切って打ち明けてみれば、「知ってた」の一言で返されてしまった。

 

ともあれ、トヴァルさんは私の意志を好意的に受け取ってくれているようだ。

それは素直に嬉しい。先輩になるやしれぬ人間に、そんな言葉を貰えるだなんて。

先程までとは打って変わって、退屈な事務作業が新鮮なそれに思えてくる。

後輩気取りは気が早いが、こちらは遠慮なく先輩扱いさせてもらおう。

 

「トヴァルさん、お茶でも淹れましょうか」

「・・・・・・急に何だよ?」

「あはは」

 

私達は書類の整理と作成を並行しながら、遊撃士に関する様々な事柄に触れた。

とりわけトヴァルさんが力を入れて話してくれたのは、この国における遊撃士の立場だった。

 

「そうだな。遊撃士志願者として、この国の現状をどう考えてる。率直に言ってみてくれ」

「・・・・・・みんな、関心が薄いですね。上手く言えませんけど」

「必要とされていない。大方そんなところだろ」

 

国が違えば、遊撃士の在り方も変わる。

必要不可欠な存在であることもあれば、全く必要とされないこともある。

 

帝国から遊撃士が撤退したことによるほころびは、各地で散見してきたつもりだ。

それでも現実には、遊撃士を求める人間は数少ない。頼ろうともしていない。

以前は違ったはずだ。事実、サラ教官は手が回らない程に多忙な毎日だったと言っていた。

帝国では既に、その存在が薄れつつある。たった1年や2年の間に。

 

正直に言えば、先月の特別実習。マキアスやエリオットの態度に半ば呆れてしまった。

1年以上前に撤退した。今では珍しい。気にする人も少ない。テロだったって噂だよ。

どうしてそう他人事のように言えるのだろう。口には出さなかったが、心ではそう叫んでいた。

彼らにとっては、その程度の存在なのだ。それが私には、寂しくてならなかった。

 

「それに革新派と貴族派。この国を取り仕切るどちら側にとっても、俺達のような第3の存在は邪魔でしかないんだ。お前さんも、それは薄々分かってるんじゃないのか」

「そんなの関係無いですよ。国を成すのは民間人、彼らの保護が遊撃士の使命です」

「その民間人が今泣いてんだな。州によっては度重なる増税のせいで、生活水準は下がる一方だぜ。遊撃士協会に寄付金を払う余裕がどこにあるんだ?」

「それは・・・・・・それも、分かってます」

 

知らなかったわけではない。帝国に限った話でもない。

図書館で借りた数々の本を読む中で、遊撃士協会が抱える諸問題は頭の中に入っている。

 

公的援助と寄付金。遊撃士を支える収入源はその2つ。それだけで賄える程、現実は甘くは無い。

度々モデルとして引き合いに出されるのは、かのリベール王国の体制だ。

民と国が支え、遊撃士がそれを支え、お互いが助け合っていく理想的な絆。

公的援助の充実度はさることながら、何よりその信頼関係がお手本のように根強い。

対する帝国は、軍備を拡張するための増税すら躊躇わない。根本的な部分に差があるのだ。

 

「帝国には鉄道憲兵隊なんてものまで存在するだろ。おかげで大分楽をさせてもらっているのも事実なんだぜ」

「・・・・・・それも、否定はしません」

「理想論だけじゃ飯は食えない。なるようになった結果が現実なのさ。50年前とは違うんだよ」

 

国だけじゃない。時代が変われば、何もかもが変わる。

50年以上前に遊撃士協会が設立されて以来、遊撃士の使命は何一つ変わっていない。

この国は変革の時代に入っている。遊撃士達は―――私は、どう振る舞えばいいのだろう。

 

急速に、心が冷えていく感覚だった。

夢を見ていたつもりはない。ただ、お母さんの背中は追っていた。

皆から愛されていた。私の自慢だった。この国では、叶うことのない夢なのだろうか。

 

(・・・・・・ううん、違う)

 

いや。違う、そうじゃない。

それを全て分かった上で、トヴァルさんは敢えて私に現実を突き付けている。

彼が言わんとしていることが、おぼろげながらに見えてきた。

書類整理を任せてくれた理由も、この街に居座る理由も。

答えなんてない。それに近い何かが、ここには―――

 

「手を止めるなっての。ほれ」

「痛たたたたっ!?」

 

何かが私の身体に触れた途端、全身を貫くような痺れが走った。

静電気のような痛みが、頭からつま先に掛けてコンマ1秒で走り去っていく。

 

「ぱ、パワハラ反対!」

「落ち着けよ。いいかアヤ、帝国の遊撃士は俺だけじゃない。誰も諦めてなんかいないんだ」

「・・・・・・そうなんですか?」

「ああ。この国で活動を再開できたら、みんな戻ってくる。そういう約束なんだよ」

 

トヴァルさんによれば、帝国にいた遊撃士達の多くは、他国の支部に移籍したそうだ。

帝国における活動再開の目途はまるで立っていないものの、いつかきっと、必ず。

そう誓い合いながら、誰もが今も再建に向けて、それぞれの道を歩んでいるとのことだった。

 

「前途多難過ぎるけどな。今は地道に活動を続けることしかできないんだよ」

「きっと再建できますよ。私はそう信じてます」

「・・・・・・なぁ、アヤ」

「じゃないと、私ずっと準遊撃士止まりですから」

 

直後、トヴァルさんは苦笑しながらペンを置いた。

思っていた通りだ。規約集の内容を総合的に判断すれば、容易に想像は付いた。

 

帝国の遊撃士協会は、その多くの機能が麻痺している。支部自体が動いていない。

多分、準遊撃士の資格を得ることは可能だ。それは各支部に独自の権限がある。

一方で正遊撃士になるためには、能力以上に各地方での実績が求められる。

それが問題にならない程、組織として機能していない。その権限がどこに所在するかすら曖昧だ。

 

「一応言っておくけどな、方法はいくらでもあるんだ。アヤはクロスベル出身なんだろ?故郷で遊撃士の資格を得るってのも、1つの道だと思うけどな」

「それは分かってますよ。でもそれ以上に、この国の現状を無視できません」

「経験を積んでからでも遅くはないって言ってるんだよ」

「ここでも積めそうですよ。見るからに人手不足じゃないですか」

 

その意味がすぐに理解できなかったのか、トヴァルさんは眉間に皺を寄せながら、視線を斜め下に落として考え込んでしまった。

多少は勢いで言っている部分もある。それでも本心だ。

 

「・・・・・・どこまで本気で言ってるんだ?」

「うーん・・・・・・半分ぐらいは。今日の今日でこんな事を言っても、信じてもらえないかもしれませんけど・・・・・・考え無しに言ってるわけじゃないんです」

 

書類整理の過程で、この支部に寄せられた何十件もの依頼の内容を見てきた。

いい関係だと思う。取るに足らない依頼の数々が、信頼関係を確かなものにしている。

 

レグラムは1つの理想だ。領主が民の声を拾いながら、その実現に力添えをする存在。

軍が動ける条件は限られている。少なくとも、遊撃士にしかできないことがある。

帝国における遊撃士の在り方。その1つの答えがここにはある。

トヴァルさんがレグラムを中心に動いているのは、子爵閣下だけが理由ではないのだろう。

この街で、確かな土台を築こうとしている。取っ掛かりを作ろうとしているはずだ。

 

「私には、なりたい自分の姿があります。トヴァルさんにも、遊撃士協会としての理想があるんですよね」

「そりゃあ、まあな」

「私にできることがあれば言って下さい。夢はありますけど、具体的な進路は未定なんです」

 

我ながら狡いというか。面倒な言い回しだ。

ここでなら、多くを学べそうな気がする。何しろやるべきことが溜まりに溜まっている。

私にできることがあるなら、力になりたい。それも―――1つの道だ。

 

返答を待っていると、トヴァルさんは頬をぽりぽりと掻きながら椅子を傾け、天井を見上げながら言った。

 

「どうすっかなぁ。紅茶よりコーヒーの方が好きなんだよなぁ、俺」

「あー。すみません、苦手なんで淹れ方が分からないです」

「不採用」

「ええ!?」

 

今度フレッドさんに教えてもらおう。そう誓った。

 

__________________________________

 

アルゼイド流の門下生達が集う練武場。

手配魔獣討伐後は、クラウスさん直々の依頼を受けるため、この練武場を訪ねる予定だった。

だったのだが、街道に出たガイウス達が一向に帰ってこない。

心配になった私はARCUSで連絡を取り、彼らの状況を把握することにした。

 

聞けば、街道中に発生していた濃霧の影響で、探索に手間取ってしまっていたそうだ。

既に帰路に着いてはいるようだが、もうしばらく時間が掛かってしまうとのことだった。

・・・・・・そろそろ皆と合流したい。今回は初日から単独行動ばかりだ。

 

いずれにせよ待っていても仕方ない。

そう思った私は一足先に練武場を訪ね、修練の様子をクラウスさんと見学することにした。

 

「すごい熱気ですね。やっぱり剣術を選ぶ門下生が多いんですか?」

「そうですな。お館様やお嬢様に憧れ、剣を選ぶ者が大半です」

 

屋内中から熱が入った掛け声と剣戟が耳に入ってくる。凄まじい気合だ。

立っているだけで汗が滲んでくるのは、この地の気候のせいだけではない。

辺りを見回すと、クラウスさんが言うように、7割方の門下生が剣を握っていた。

総合武術とはいえ、やはりアルゼイド流は剣術に代表される。話に聞いていた通りだ。

 

「それにしても、よく私を覚えていましたね。ラウラもそうですけど」

「フフ。それを仰るなら、お互い様で御座います」

 

それもそうか。長巻という珍しい存在がそれを後押ししたのだろう。

ラウラとクラウスさんも、この街では際立った外見だった。それも要因の一つだ。

 

「それに、アヤ様を見ていると・・・・・・もう1人、とある女性を思い出してしまいます」

「とある女性?」

 

私が聞くと、クラウスさんは右手で髭を撫でながら語り始めた。

 

「今から20年前の出来事で御座います。何の申し入れも無しに、あの門を叩いた女剣客がおりましてな。事もあろうか、師範代である私に立ち合いを求めたのです」

 

ごめんなさい。思わずそう口走りそうになるのを堪え、視線を斜め上に外した。

20年前。ピンポイントで思い当たる女性がいる。それは絶対に私の身内だ。

クラウスさんとも面識があったとは。この人はそんな前からここに仕えていたのか。

というか何やってんのお母さん。道場破りと言われても無理はないよ。

 

「あなたには、あの女性の―――ラン様の面影がある。良く似ていらっしゃいますな」

「・・・・・・気付いて、いたんですね。いつからですか?」

「アヤ様が練武場の門を開いた際に。その姿が、ラン様と・・・・・・フフ。在りし日を偲ぶのは、老いぼれの特権です」

 

クラウスさんは、船着き場に立つ私を目にした時と同じ色の笑みを浮かべた。

それで察しは付いた。彼は私とお母さんのことを確かに覚えている。

ただ、その先を知らない。苦しみながらこの世を去ったことは、知る由も無い。

 

「母は、亡くなりました。7年前のことです」

「・・・・・・・そうで御座いましたか。安らかなお眠りを、お祈り申し上げます」

 

この国でお母さんを知る人間は少ない。片手で事足りる程度だろう。

クラウスさんはお母さんの名を、顔を知っている。剣も知っている。

考えてみれば、そんな人間に会ったことがなかった。これも7年振りだ。

 

「ありがとうございます。母も浮かばれます」

 

お母さんの不幸を、悔やんでくれる人間がいる。

それだけで、私達は救われる。この街に来ることができて、本当によかった。

 

「それで、立ち合いの結果はどうだったんですか?」

 

私が知っていたのは、お母さんが子爵閣下に後れを取ったことだけだ。

隣に立つクラウスさんも、相当な手練れであることが窺えた。高齢とは思えない立ち振る舞いだ。

私が立ち合いの結果を尋ねると、クラウスさんは右手を上げて合図を送った。

すると吸い込まれるように、辺りに散らばっていた門下生達が、瞬時にして目の前に整列した。

思わず後ずさってしまった。何だろう、急に。

 

「屈辱でした。今でも忘れることができません」

「・・・・・・あの、クラウスさん?」

 

クラウスさんは語った。

紙一重の差でありながら、立ち合いに敗れてしまったこと。

大勢の門下生が見守る中で、膝をついてしまったこと。

拳を振るわせながら言葉を並べるその姿には、1人の剣客としての誇りが垣間見えた。

余程悔しかったのだろう。今から20年前ともなれば、彼の頭髪もまだ黒かった頃のはずだ。

 

「私はおそらく、可憐に舞うラン様の姿に、目も心も奪われてしまっていたのでしょう。お恥ずかしい限りです」

「あ、あはは・・・・・・」

 

返答に困った。これはどう返せばいいのだろう。

年上の知り合いが多かったのは、職業柄だと思っていた。

もしかしたら、それもお母さんの魅力の1つだったのかもしれない。

 

「あの時の屈辱を晴らすため、私は己の剣を見直し、精進して参りました。ですが、それももう叶わぬ事」

「・・・・・・そうだったんですか」

「アヤ様、無礼を承知の上で申し上げます。どうかお受け頂きたい」

 

そろそろクラウスさんの心境も察することができた。

彼は20年前の雪辱を果たすため、私にお母さんを重ねている。

私が携えたお母さんの長巻には、その意志と剣術の全てが宿っていることに気付いている。

 

「おお・・・・・・皆の者、見逃すな。師範代は本気だ!」

 

クラウスさんが剣を取った途端に、周囲が沸いた。

断る理由は見当たらなかった。ただ―――本気を出しても、敵うかどうか。

あの時のお母さんは18歳。私とほぼ同い年。ただクラウスさんは、あの頃の彼ではない。

頭髪が真っ白に染まる程の高齢でありながら、その小柄な体躯が膨れ上がっていく。

 

「シャンファ流の二代目として、受けて立ちます」

「・・・・・・ありがとうございます」

 

あたしが剣を握れなくなった時は、あんたがこの剣を完成させな。

あれは確か、初めて『連舞』を見せてくれた時だった。

 

私は今、どの辺に立っているのだろう。全盛期のお母さんに、どれだけ近付けているのだろう。

先の道を決めたあの日から、ずっと背中を追い続けてきた。

その距離を測るには、ちょうどいい機会だ。私の全てを、この剣に込める。

 

____________________________________

 

リィンにガイウス、ミリアムにラウラ。《Ⅶ組》の中でも接近戦を得意とする面々だ。

あくまで剣を握る武人として。そんなリィンの意思が感じられた。

ミリアムは例外過ぎる気もするが、クラウスさんにはそれぐらいが丁度いいに違いない。

 

ガイウス達と合流した私達は、クラウスさんの依頼で門下生達と一戦交えることになった。

その後はミリアムの一声が引き金となり、クラウスさんが直々に剣を抜いた。

元気なお爺さんだ。師範代の肩書は伊達ではない。

 

「お前はあれと1人でやり合ったのか」

「まあね。悔しいけど、あの人は達人の域に達してると思うよ」

「剣って、折れるんですね・・・・・・怪我が無くて何よりです」

 

立ち合いについて言えば、私の長巻は真っ二つに叩き折られた。

何の因果か、親子共々剣を折られる結果となったのだ。

得物を破壊されることは、当然敗北を意味する。立ち合いはクラウスさんに軍配が上がった。

剣を握った時間が、そのまま明暗を分けたように思えた。流石に無理があったか。

 

「それで、お前はどうするんだ。剣が無くては活躍の場がないだろう」

「剣しか能が無いみたいに言わないでよ・・・・・・まぁ、何とかなるんじゃない?」

 

ユーシスの憎まれ口はもっともだった。

アンゼリカ先輩の手甲や鉢がねは、今日も私の腕と頭部にある。最低限の戦闘は可能だ。

とはいえ、大型魔獣のような相手に徒手空拳は厳しいのも事実だ。

レグラムで長巻のような刀剣が手に入るとも思えない。これは困ったことになった。

 

「精々不慣れなアーツでサポートでもしていろ。前線では足手まといになるだけだ」

「ユーシスさん。心配だから下がっていろ、と素直に言ってもいいんじゃありませんか」

「・・・・・・フン」

 

エマが言うと、ユーシスは鼻を鳴らし黙り込んでしまった。

彼女もユーシスの扱いには大分慣れてきたようだ。ほほ笑ましい光景だった。

この2人に挟まれていると、独特の安心感があった。

 

笑みを浮かべながら目の前の立ち合いを観戦していると、アガートラムの剛腕が呻りを上げた。

刀身でそれを受けたクラウスさんは後方に吹き飛ばされ、遂に膝をついてしまった。

勝敗は決したようだ。流石の彼でも、この4人を同時に相手取るには無理があるのだろう。

 

「フフ・・・・・・流石で御座いますな。膝をついたのは、20年振りです」

「うわー、結構平気そう?」

 

・・・・・・本当に、元気なお爺さんだ。

アガートラムの一撃を受け止めて平然としている辺り、まだ余力があるに違いない。

どうか長生きしてほしい。何となくそう感じた。

 

クラウスさんは膝を払いながら4人を見渡し、一言二言の助言を並べていった。

ちなみにガイウスには、間合いを活かした立ち振る舞いを心掛けるように、とのことだった。

 

「お疲れ様。怪我は無い?」

「ああ、大事無い・・・・・・武の世界とは、凄まじいものだな。君が無事でよかった」

「剣は無事じゃなかったけどね。とりあえず、依頼はこれで達成かな」

 

依頼内容はおまけ付きで達成できた。今日分の依頼はこれで最後のはずだ。

何だかんだで一切役に立てていない気がするが、明日からは存分に働かせてもらおう。

・・・・・・剣が無いことがやはり悔やまれる。こればっかりはどうしようもない。

 

「アヤ様、お待ち下さい」

「あ、はい」

 

練武場を後にしようとした矢先、私はクラウスさんに呼び止められてしまった。

そのクラウスさんは、急ぎ足で場内の一角にある小部屋へ向かうと、手に長い布袋を抱えながら戻って来た。

 

「どうかこれをお受け取り下さい」

「何ですか、これ?」

 

持てばお分かりになります。その言葉に従い、私はその布袋を受け取った。

中身にはすぐに思い当たった。これは刀剣だ。それに、この独特の重心。

私にとっては、馴染みがあり過ぎる重みだった。

 

「・・・・・・・綺麗」

 

中から現れたのは、紛れもない長巻だった。

しかも、二刀。長巻二刀なんて、まるでお母さんだ。

鞘には三日月を思わせる紋がいくつも刻まれており、得物と呼ぶには余りにも高い完成度だ。

それに、不思議と手に馴染んでくる。刀身に吸い込まれそうになる感覚だった。

 

「『月下美人』・・・・・・これは20年前、ラン様が振るっていた長巻で御座います」

「え。ど、どうしてそれがここに?」

 

事の経緯は、クラウスさんが全て話してくれた。

二刀の長巻を子爵閣下に叩き折られたお母さんは、それをこの場に残していったそうだ。

もう一度、己を鍛え直してから再戦を申し入れる。それまで剣は預かっていてほしい。

それが去り際に残したお母さんの言葉だった。

 

「あのまま錆びつかせるには惜しい業物と思い、名のある刀匠に復元を依頼していたのです」

「そうだったんですか・・・・・・」

「アヤ様、この剣はあなたにこそ相応しい」

 

お母さんが二刀の長巻を背負っていた理由。それは至極単純だ。

間を置かず剣を振るう人間にとって、剣を失うことは致命的な事態。

それなら、常に二刀携えていればいい。お母さんらしい、今なら素直にそう思える。

 

「自信をお持ちになられて下さい。此度の立ち合い、時の運が私に味方しただけの事。今のあなたは、20年前のラン様を超えていらっしゃる・・・・・・強く、そしてお美しい」

「クラウスさん・・・・・・ありがとうございます」

 

私が背負う物が、また1つ増えた。何だか貰い物ばかり身に着けている気がする。

悪い気はしない。その数だけ、私は強くなれる。

 

18歳のお母さんの域には達せた。なら、次は全盛期のお母さんを目指す。

二刀の月下美人を背負いながら、私は練武場を後にした。


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