絢の軌跡   作:ゆーゆ

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今の幸せ

特別実習2日目。8月29日、午前12時過ぎ。エベル街道。

 

「投月!!」

 

私の手から放たれた投擲術が、大猿型魔獣―――ゴーディシュナー目掛けて襲い掛かる。

鉄を斬るような音と共に、魔獣の頭上にそびえ立つ角が1本、上空に舞い上がった。

 

「今だよ、ガーちゃん!」

 

間髪入れず、アガートラムが正面からその巨体に組み付いた。

動きを封じられた魔獣は、アガートラムもろ共、左右から放たれた火属性アーツの標的となった。

木々の葉が揺れる程の咆哮と共にその膝が力無く折れ、あらゆる角度に確かな隙が生まれた。

少々手間取ってしまった感が否めないが、そろそろ潮時だろう。

 

「ガイウス、任せるよ?」

「ああ!」

 

勢いを付けて上空へと舞った私に遅れて、ガイウスの身体が追うように飛来した。

宙に浮いた私という足場をしっかりと踏み締めながら、槍の矛先は魔獣の頭上を捉えていた。

魔獣からは完全に死角となる頭上。ベストポジションだ。

 

「せーのっ!」

「はああっ!!」

 

呼吸を合わせ、ガイウスと魔獣を繋ぐ線に沿うように、力を込める。

上空からの一撃ならガイウスの十八番だ。これで外したら、後でぶん殴ってやる。

そんな私の懸念を余所に、ガイウスの突き技は確かに魔獣を縦に貫いた。

声にならない悲鳴を上げながら、地響きと共に魔獣は地面へと突っ伏した。

一丁上がり。こちらに目立った被害は見当たらないし、上々の出来栄えだ。

 

「ふう・・・・・・皆さん、お怪我はありませんか?」

 

散らばっていた面々が、エマの下に集いながら首を縦に振った。

すると彼女の腰元からARCUSの着信音が鳴り響いた。おそらくはリィンかラウラからだろう。

 

「はい、私です・・・・・・はい。そうですか」

 

2日目となる特別実習。私達は請け負った依頼は2つ。

1つは礼拝堂のシスター、セラミスさんからの素材調達依頼。

そしてもう1つが、この街道の奥部に出没した大型魔獣の討伐依頼だった。

 

セラミスさんが必要とする素材には、魔獣からしか手に入らない希少な食材が数点見受けられた。

そしてレグラム特産の香辛料の類。こちらは時節が違う物だそうで、今の時期は店頭にも並ばないため、困っていたそうだ。

 

後者についてはラウラに心当たりがあったようで、彼女とリィンが担当することになった。

前者はそれ以外のA班メンバー担当。7人という数を活かして、今日も別行動というわけだ。

 

「分かりました・・・・・・。皆さん、どうやらホワイトシードは無事見つかったそうですよ」

「そっか。じゃあ残すところは大型魔獣の討伐だね」

「そうですね。お二人とも、今こちらに向かっている最中のようです」

 

既に私達も魔獣食材は入手済み。セラミスさんの依頼は暫定で達成だ。

後はこの街道の先にいるという大型魔獣の討伐か。今のところは予定通り、順調に進みつつあった。

 

「それにしても・・・・・・フン、相変わらず見事な連携だな」

 

腰に手をやりながら、私とガイウスを交互に見やるユーシス。

相変わらずはお互い様だろうに。それに私にとっては、そんな視線を向けられても特に何も感じない。

 

「まあねー。何たって私とガイウスだし」

 

言いながら、私の右腕をガイウスの左腕へと絡ませる。

見せつけるように。というより、見せつけるためにギュっと。

うん、いい感じだ。これなら白昼堂々、彼の匂いを満喫できる。

 

「あ、あはは・・・・・・何と言うか、その」

「いつにもましてラブラブだよねー」

 

3人の視線に何ら構う事無く、私はガイウスの腕を引きながら街道の先に歩を進めた。

リィンとラウラを待つ必要はない。先に魔獣の所在を把握しておいた方が手っ取り速い。

 

「・・・・・・アヤ。その、どうしたんだ?」

「何。嫌なの?」

「嫌ではないが・・・・・・」

 

後方を歩くエマとミリアム、横に歩を並べるユーシスの反応を窺うガイウス。

気持ちは分かるが、そんな表情を浮かべられると私も複雑だ。

嫌じゃないなら堂々としていればいいのに。まあ無理もないか。

 

________________________________

 

8月29日、午前1時半。

リィンが触れた、私の過去の一端。私はリィンとラウラに、その洗いざらい打ち明けた。

 

オーツ村が見舞われた惨劇。その後の顛末は、ゼクス中将が教えてくれた。

第一発見者は、サザーラント州の商人。惨劇の翌々日のことだった。

住人が一夜にして銃殺され、村中には犯人と思われる集団の成れの果て。

余りに不可解かつ凄惨な事態に、サザーラント州側ではすぐに厳戒態勢が敷かれた。

報道や情報も規制され、詳細は人々の耳に入ることはなかった。

対岸に位置するレグラムでは、大まかな経緯は既に街中に広まりつつあった。

度重なる子爵家からの追及に、サザーラント側は頑として全貌を明らかにはしなかった。

 

そして捜査の過程で明らかとなった、村の住民以外の存在。

前日にクロスベル自治州から入国した、2人の親子。

うち1人は村で遺体が確認された。もう1人―――ユイ・シャンファの行方が掴めない。

事件の全貌を知るであろう少女を探すため、重要参考人として密かに捜索が進められた。

彼女の身柄が確認されたのは、その6年後。それが、私とゼクス中将の出会い。

 

「これが・・・・・・私の全て。お母さんがくれた名前を捨てた、理由だよ」

 

私の確かな過去を並べていくうちに、2人の表情は大いに歪んでいった。

一番明確に窺えた感情は、恐怖。無理も無いと思う。

身喰らう蛇というキーワードは伏せていた。それを除いても、我ながら身震いしてしまう。

 

強引に気穴をこじ開けられ、命を吹き込まれた私の身体。

今の私なら分かる。あんな事をして、無事で済むはずが無い。

常人は全身から血しぶきを飛ばしながら、自らの脳を焼きながら朽ち果てるだろう。

こうして今立っている事自体、私がどれ程異質な存在なのか思い知らされる。

多分リィンの感情や記憶は、その穴から流れ込んできたに違いない。

詳しい事は分からないが、考えてみれば私はあの時、似たような現象を経験済みだった。

 

「今の話は・・・・・・その、ガイウスは知っているのか?」

「全部知ってるよ。私が話したもん・・・・・・あはは。胸の傷、もう何回も見られちゃった」

 

言いながら、私は笑った。そろそろ辛気臭いこの雰囲気もウンザリしていた。

途端に2人の表情に、戸惑いの色が浮かんだ。

 

「あのさ。私は今、すごく幸せだよ。私のこと、2人も知ってるでしょ?」

 

本当に今更だと思う。

確かに私は唯一の肉親を失った。掴むはずだった多くの幸せを取り逃がした。

その代わりに、たくさんの不幸に苛まれた。それ以上に―――数え切れない幸せを、手に入れた。

愛する両親がいる。妹と弟がいる。仲間がいる。恋人がいる。確かな未来が見え始めている。

それだけで、《Ⅶ組》の誰よりも恵まれている。私の自慢の人生だ。

 

言葉には出さずとも、私の胸中をリィンとラウラは察してくれたようだ。

段々と2人の表情にも、笑みが浮かんでくれた。それでいい。

 

「はは・・・・・・アヤは、やっぱり強いな。君には敵わない」

「ああ。目を逸らさず、全てを受け止める・・・・・・そなたの幸せとやらを、羨んでしまいそうになる」

「本当に今更だね。胸焼けするとか子供がどうとか、散々言ってきたくせに」

「それ全部ユーシスだろ・・・・・・」

 

それもそうか。いやいや、似たようなことは言っていたはずだ。同罪だってば。

次第に話題は私とガイウスの関係に移っていき、遂には原型を留めていなかった。

 

「まあ何だかんだ言いつつ、最初から2人はいつも一緒だったからな」

「そろそろそなた達を見る目にも慣れてきた頃合いだ」

「あれ、そうなの?」

 

思えば私達の関係が皆に知られてから、もう1ヶ月が経とうとしている。

初めは新鮮だったその間柄も、段々と日常の一部と化してきているのだろう。

リィンが言うように、2人一緒なのは初めからだったし。

なるほど。ならもう少し、素直になってもいいのだろうか。

もっと思うが儘に、我慢せずに表に出してしまっていいのかもしれない。

 

「さてと。随分話し込んじゃったね」

 

暗闇の中で時計を見やると、短針は午前2時を指していた。

明日も朝が早い。そろそろ休んだ方がいいだろう。

 

「私は部屋に戻るね。おやすみ、2人とも」

「ああ。おやすみアヤ」

「いい夢を」

 

私は洗面所を後にし、2階へと続く階段を目指しつつも、すぐに歩を止めた。

それを悟られないように、息を潜めて洗面所の2人の様子を窺った。

 

「俺達も戻るか」

「ああ・・・・・・その、リィン」

「何だ?」

 

私の話はもう終わりだ。次は、彼の番。

自然と私の過去に関する事で終始してしまったが、まだ終わってはいない。

リィンは私の過去に触れた。同時に私も、夢の中でリィンの記憶を垣間見たのだ。

詳細は伏せながらも、それはラウラにも既に話している。

 

「リィンは・・・・・・今、幸せか?」

「・・・・・・そうだな。父さんに拾われて・・・・・・士官学院に入って、《Ⅶ組》に入れて。少なくともそれは、本当によかったと思えるよ」

 

おそらく、まだ決心はついていない。だから敢えて触れなかったのだろう。

彼が抱える力も、その過去も。私なんかが経験したそれよりも重く、深いのかもしれない。

 

「すまないラウラ。いつか必ず、話せる日が来ると思うんだ。だからその時まで・・・・・・待っていてくれないか」

 

いずれにせよ子爵閣下との立ち合いで、リィンは前に進めるキッカケを掴めたはずだ。

きっとその日はそう遠くない。それは私だから理解できる。

それに、リィンと戦術リンクで繋がった時。意図せずして彼の感情は私の中に流れ込んできた。

無自覚ながらも、ラウラは確かな心の支えになりつつある。

だからそこは「すまない」ではない。「ありがとう」と言うところだろう。この朴念仁め。

 

「ならよいのだ。気に病む必要などない。リィン、私は今幸せだ」

「そうなのか?」

「ああ。そなたのおかげだ・・・・・・こ、これからも宜しくな、リィン」

 

逃げるように洗面所から出てきたラウラは、階段に座る私に気付くやいなや、すぐに固まった。

そなたのおかげ、か。ラウラも随分と自身の感情に素直になってきたように思える。

ニヤニヤと笑いながらその頭を撫でると、いつも通りの照れを浮かべる彼女がいた。

 

私もラウラにありがとうを言いたい。

あの日、私は全てを呪った。全てを恨み、途方も無い孤独感に身を捧げた。

でも違った。私を覚えてくれていた人間がいた。7年もの間、ずっと。

その喜びは、やはり私にしか理解できない感情だろう。

勝手極まりないが、7年越しの再会を果たしたような感覚すら抱いてしまう。

 

「ラウラ、大好きだよ」

「むぐっ・・・・・・ま、また急にどうしたのだ?」

 

構う事無く、私はラウラを肩を抱いた。

そんな私達を、洗面所から出てきたリィンが戸惑いながら見詰めていた。

 

_______________________________

 

というわけで、私はもっとデレてみることにした。

どういう経緯でその結論に至ったのかすらハッキリと覚えていない。

ただ昨晩、私はそう決意した。もっと素直に、思うが儘にと。

 

「ねえガイウス、さっきからすごい汗だよ。そんなに暑い?」

「喉が渇きっ放しだ・・・・・・」

 

私に右腕を抱かれながら、ダラダラと額から汗を流すガイウス。

気持ちは分かるが、そこまであからさまに動揺しなくてもいいだろうに。

腕を組むぐらいなんだと言うんだ。それ以上の一線を越えた回数を言ってみてほしい。

 

「やれやれ。惚気るのも大概にしておけ」

「むっ」

 

ガイウスを挟んで反対側を歩くユーシスが、深々と溜息を付きながら言った。

相変わらずの一言だ。思えば彼は、私達をからかう言葉を並べる事が多かった。

・・・・・・上等だ。その上っ面を剥いでやる。

 

「実習中だという事を忘れるな。新婚気分でいられては足手まといになるだけだ」

「腕を組みながらでも警戒はできるよ。魔獣の気配は今のところ感じないし」

「13歳の少女が後ろにいるぞ。教育上宜しくない行動はくれぐれも慎むがいい」

「慎んでるつもりだけど。宜しくない行動って何?よく分からないから具体的に言ってよ」

「・・・・・・フン」

「ねぇユーシス、ねぇってば。ねぇねぇ。あれ、言えないの?」

 

顔を赤らめながら明後日の方向に目をやるユーシス。

勝った。ざまあみろ。そんな至極どうでもいい確かな感情で胸が躍る。

そもそも恋愛経験が豊富なわけでもないのに、余裕綽々のその態度が気に入らなかった。

照れるぐらいなら言わなければいいだろう。初心なくせに。

 

「あはは!ユーシスがザリーガみたいに真っ赤になってるよ!」

「ユーシスさん、どうされたんですか?」

「黙っていろ」

 

ユーシスは参ったとばかりに、歩調を緩め後方の2人組と合流した。

ちなみに隣には、彼以上にその顔を赤く染めたガイウスがいた。

 

「―――っ!!」

 

刹那。弾かれたように私とガイウスは、その身体を左右の岩陰に滑り込ませた。

ミリアムは瞬時にアガートラムを呼び出し、飛来した『銃弾』から身を防いだ。

コンマ1秒遅れて間一髪、ユーシスはエマの身体を抱きながら横っ飛びでそれを躱していた。

 

「・・・っ・・・・・・怪我は無いか」

「は、はい」

 

危なかった。ユーシスの反応が遅れていたら、銃弾の雨がエマを捉えていたかもしれない。

間違いない。この先に―――何かがいる。

 

「ガイウス!そっちからは見える!?」

「駄目だ。それに、生命の息吹を感じない」

 

もしその正体が魔獣や人間なら、ここまで接近を許していないはずだ。

ガイウスさえ感知していなかった。普通に考えて、あり得ない。

金属同士が擦れ合う音は、既に耳に入ってきていた。もう数アージュ先まで迫っている。

殺気は感じる。だがガイウスが言うように、これは魔獣ではない。

戸惑う私達を余所に、再び耳をつんざくような銃声が周囲に鳴り響いた。

 

「くっ・・・・・・ミリアム、あれが何か知ってる?」

「んー、機械仕掛けのカラクリか何かじゃないかな。一応言っておくけど、ガーちゃんとは違うみたいだよ」

 

まさかとは思ったが、見当違いだったようだ。

なら敵は本当に機械仕掛けの類なのか。どうしてそんなものが、この街道に。

大きくて禍々しい影。手配魔獣に関する情報はそれだけだ。

もしかしたら、あれがそうなのかもしれない。だとするなら、見過ごせない。

 

「エマ!」

 

後方に身を潜めるエマに判断を委ねる。

リィンが不在の今、行動の指揮は委員長であるエマが執っていた。

相手が得体のしれない機械である以上、深追いは禁物かもしれない。

リィンとラウラもこちらに向かっている。この場は一旦退き、合流してからでも遅くはない。

 

「・・・・・・放ってはおけません。皆さん、打って出ます!」

 

やはりそう来たか。

街道には私達以外の人間だって通る。あんな危険な存在、一時たりとも放ってはおけない。

 

「じゃあガーちゃんのバリアを盾にしながら突撃する?」

「いえ、この場は短期決着が必須です。ミリアムちゃん、可能であれば一撃で決めたいところなのですが・・・・・・」

 

蜂の巣にされるか、私達が壊すか。エマが言うように、長期戦にはなり得ない。

彼女の無理難題とも言える振りに、ミリアムは躊躇う事無く首を縦に振った。

 

「任せてよ!その代わり、20秒だけ時間をちょうだい!」

「だそうだ。聞こえたか、切り込み隊長」

「合点承知!」

 

特科クラス《Ⅶ組》出席番号1番。黒板消し係兼、切り込み隊長。

誰が初めにそう呼んだか分からない称号を背に、私は全速力で岩陰から飛び出した。

直後、私を追うように銃弾が地面に向けて掃射された。

 

(いけるっ)

 

思った通りだ。ヴァルカンのガトリング砲の方が、何倍も脅威を感じた。

当てられるものなら当ててみろ。回避に徹すれば、20秒などあっという間だ。

 

「薙ぎ払え!!」

「「エアリアル!!」」

 

ガイウスの回転撃と2重詠唱されたアーツのエネルギーが重なり、巨大な竜巻が発生した。

それは周囲の小岩をも巻き上げながら標的を飲み込み、完全に動きを封じ込めていた。

ギシギシと金属が歪む音が耳に入ると共に―――視界には、まるで理解できない光景が広がっていた。

 

「いっくよー、ガーちゃん!」

 

頭上に出現した、巨大な鉄槌。そうとしか形容のしようが無かった。

上空でそれを担ぎ上げていたミリアムは、加速しながら標的目掛けて落下していった。

 

「とりゃーっ!!!」

 

直後に響き渡る、落雷のような破壊音。眼前を震源として、私達の身体は揺れた。

振動が治まる頃には、鉄槌は見慣れた形態へと戻っていた。やはりアガートラムだったか。

開いた口が、塞がらなかった。

 

「・・・・・・何の冗談だ」

「凄まじい一撃だったな」

「うわぁ・・・・・・お気の毒に」

 

見るも無残な残骸。先程まで動いていたとは到底思えない、鉄の塊。

打たれた杭の如く地中へ埋もれたそれは、ピクリとも動かなかった。

 

「一件落着だね!」

「そ、そうですね・・・・・・」

「みんな、無事か!?」

 

声に振り返ると、そこには足早に駆けてくるリィンとラウラの姿があった。

うーん、この状況をどう説明しよう。とりあえず、地震など無かったことからか。

地中深くに埋もれた金属が動いていたと言っても、2人は中々信じてはくれなかった。

 

________________________________

 

「貴族派が水面下で動き始めているっ・・・・・・!?」

 

レグラムへと戻った私達は、街中に漂う異様な雰囲気に苛まれた。

原因は、街中で我が物顔に振る舞う、白と紫を基調とした軍服に身を包んだ領邦軍。

2000セルジュ以上離れたラマール州にいるはずの彼らが、何故こんな辺境に現れたのか。

 

「カイエン公って貴族派のリーダー格だよね。わざわざ来るなんてビックリしたよ」

 

その理由はミリアムの一言に集約された。

ラマール州を統括する、四大名門の筆頭。海都オルディスを治める貴族派の頂点。

カイエン公爵家の現当主が、このアルゼイド子爵邸を訪れた事にあった。

 

真相を確かめるために子爵邸を訪れた私達は、何とその張本人と出くわすこととなった。

身なりからさぞかし名のある貴族だと想像はしたが、まさか公爵閣下だとは思いもしなかった。

 

「ああ。私も驚いている」

 

聞けば、貴族派が一手に集う会合が、近々開かれる予定なのだという。

それに子爵閣下も出席するようにと、声を掛けに来たのが訪問の理由だそうだ。

2人のやり取りから察するに、それだけが理由ではなかったのだろう。

中立派を貫く子爵閣下に、余計な真似は慎めと釘を刺しに来たというのが本音に違いない。

そうでなければ、あんな不穏な空気が流れるはずがない。

 

「気の進まぬ貴族派を強引に引き込んでいるという話も聞く。貴族なら貴族派に属して当然という考えなのであろうな」

「父上・・・・・・」

 

キナ臭い。その一言に尽きた。

強引に勢力を拡大して、一体何をするつもりなのだろう。

貴族派と革新派の関係は、私も重々理解しているつもりだ。

 

ただ、その先に何が起ころうとしているのか。それがさっぱり見えてこない。

そもそも二大派閥の対立関係に、終焉があり得るとは到底思えない。想像が付かないのだ。

あるとすれば、それは最悪の可能性。血が流れる手法しか思い付かない。

・・・・・・戦争を押っ始める、なんて発想は無いと信じたい。

そんな事態になれば、周辺の州各国をも巻き込みながら、この大陸は混乱の渦に飲み込まれてしまう。

 

それに、公爵閣下が連れ歩いていた―――あの2人。

 

「ねぇ、ミリアム」

「何?」

「あの2人・・・・・・心当たりは、あったりするの?」

 

皆に悟られないよう、敢えて曖昧な表現を使った。

私だけが持つ嗅覚。忌み嫌う存在だからこそ、過敏に反応してしまう。

少なくとも、当たらずとも遠からず。おそらくは間違っていない。

 

「今は何とも言えないかな」

「そっか」

 

もしそうなら、キナ臭さで鼻が曲がりそうになる。

テロリスト集団の暗躍以上に、得体の知れない何かが水面下で動き始めている。そう感じた。

そんな事を考えていると、不安げな色を浮かべたリィンが口を開いた。

 

「自分の実家については、何かご存じありませんか?」

「心配は無用だろう。シュバルツァー卿と言えば私以上の頑固者として有名だ。貴族同士の胡乱な動きに加担するとは到底思えぬ」

「へぇ、そうなんだ。リィンのお父さんって、もしかして大物?」

「はは・・・・・・自由奔放な人だからな」

 

シュバルツァー男爵。その人となりを耳にしたことはなかった。

おそらく子爵閣下と同様に、中立派を貫いている立場にあるのだろう。

そんな貴族が彼以外にも存在しているというだけで頼もしい。

貴族と言っても、決して一枚岩ではないようだ。

 

「ふむ・・・・・・待てよ。そういう事なら、まだ打つ手はあるやもしれん。クラウス」

「はい、お館様」

 

またしばし留守にする。

子爵閣下の突拍子も無い言葉に、私達一同は顔を見合わせた。

 

________________________________

 

「慌ただしく去ることになって本当にすまない」

「いえ。父上のなさりようは昔から慣れっこですゆえ」

 

中立派の貴族と連絡を取り合い、貴族派の動きに取り込まれないよう働きかける。

それが子爵閣下が思い立った、彼ならではの即断即決の行動だった。

 

「こいつが午後の分の依頼だ」

「ありがとうございます」

 

子爵閣下には、トヴァルさんも同行することになった。

私達がエベル街道で対峙した、謎めいた機械仕掛けの魔獣。

2人にはあの異質な存在にも、思い当たる点があったようだ。

猟兵の臭いを放つ2人組といい、何が裏でどう繋がっているのか、まるで想像が付かない。

私達にできることは、目の前の実習課題に集中すること。それは今も変わらない。

 

「依頼を終えた後は書類作成も頼むぜ。区切りが付いたら、協会支部で書類整理をやってくれ」

「分かりました・・・・・・その、書類作成とは?」

「そいつはアヤに聞くといい」

「書類整理というのは・・・・・・」

「それもアヤに任せてある」

 

全部私に一任された。自然と皆の視線も私に集まった。

いや、分かることは分かるけど。いくらなんでも投げ過ぎだろう。

・・・・・・まあいいか。それだけ信頼されていると好意的に受け取っておこう。

 

「無骨者の娘だが、今後とも宜しくお願いする」

「はは、それじゃあな。サラにも宜しく言っておいてくれ」

 

私達に見送られながら、2人は駅の構内へと姿を消した。

 

この地での実習も、残すところ半日。その間レグラム支部は私達に任されたも同然だ。

色々と思うところはあるが、やはり今は目の前の事に集中すべきなのだろう。

 

「さてと。じゃあ早速依頼人を訪ねようか」

「アヤ、できれば街中では控えてほしいのだが・・・・・・」

 

ガイウスの腕を取ろうとすると、戸惑い気味のガイウスがそう言った。

なら仕方ない。代わりに私は、ガイウスの手を握ることにした。

 

_______________________________

 

午後16時過ぎ。

一通りの依頼を達成した私達は、トヴァルさんの言い付けに従い、書類整理に勤しんでいた。

 

「アヤさん、こちらの書類は『その他』でいいのでしょうか」

「迷ったらその他でいいよ。悩むだけ時間の無駄だから」

「アヤ。ペンのインクが切れてしまったのだが」

「そこの2番目の引き出しに入ってると思う」

「おい、コーヒー豆が切れたようだぞ」

「はいはい買って・・・・・・ユーシスっ!!」

 

先日こき使われたせいで、実務内容の手順は既に頭の中に入っていた。

物の配置も掃除や整理整頓の過程で、一通り覚えてしまっていた。

おかげ様で今日もきりきり舞いだ。とりあえずユーシスは自分で買ってくればいいと思う。

 

「ふむ。この分だと思ったより早く片付きそうだな」

「ああ、アヤがいてくれて助かった」

 

本当にそう思う。昨日ここで待機を選択しておいて正解だったかもしれない。

7人掛かりと思いきや、ミリアムは作業開始早々に夢の中に入ってしまっていた。

珍しく場を弁えずに眠りこけてしまったが、引っ掻き回されるよりはマシかもしれない。

それとユーシス、絶対に嫌だから。自分で行きなさい。

 

「それにしても、改めてトヴァルさんの凄さが分かるな。こういった雑務も依頼も、全部1人で回しているんだろう?」

「回ってないからこんな事になってるんだよ、リィン・・・・・・」

 

まあそれは置いといて。

レグラムだけで活動をするなら、こうも雑務が溜まったりはしない。

他の地方にまで足を運んで依頼を受けているのだから仕方ない。

そのフットワークと解決能力は、紛れもない一流の遊撃士だからこそのものなのだろう。

私にとっては偉大な先輩であることに違いは無い。

 

「・・・・・・どうしたの、ガイウス?」

 

手早く書類を仕分けていると、隣に座るガイウスが考え込むような仕草を見せていた。

どうしたのだろう。今は余り手を止めてほしくはないのだが。

 

「思ったのだが・・・・・・遊撃士というのは、やはり必要なのではないか?」

 

ガイウスの至極真っ当な言葉に、皆が顔を見合わせた。

この国に馴染みがない彼だからこそ、その言葉の重みは計り知れないものがある。

 

昨日。トヴァルさんとのやり取りの後、改めて遊撃士の存在意義を考え直してみた。

何度問い直しても、答えは同じだった。この国にこそ、遊撃士のような存在が必要とさえ思える。

革新派も貴族派も関係無い。人々の生活を真に第一と考える第3者が必要のはずだ。

人々の関心が薄れつつある今でも、その必要性は何1つ変わらない。

 

「一概には語れんだろう。ギルドは余りにも理想的過ぎる」

 

そんな理想論に現実を突きつけたのは、ユーシスだった。

ガイウスとは反対に、この国を知り尽くす彼だからこそ、その言葉が胸に突き刺さってくる。

 

「公的援助や寄付金などで維持、運用費を賄うだけでは限界もあるはずだ・・・・・・未来の遊撃士殿は、その辺をどうお考えなんだ?」

 

そこで私に振るのか。流石はユーシス様、容赦が無い。

この場合どう答えるべきなのだろう。素直に現実を受け止め、一般論で返すのが無難だろうか。

―――いや、それは気が引ける。

少なくとも、支える籠手を掲げたこの建物の中で、逃げるような真似はしたくない。

 

「分かってるよ。でもさ、理想があるからこそって考えもあるんじゃない?」

 

それは以前、エマが教えてくれたこと。

なりたい姿が明確になった時、人はその理想と現実の差を埋めるために、初めて前に進める。

夢物語ではないはずだ。サラ教官達先人が、50年以上の時を掛けて積み重ねてきたものがある。

 

「現実を軽視した物言いだな。理想論を振りかざすだけでどうにかなる程、この国の現状は甘くはない」

「その理想を忘れて派閥争いに興じてるようにしか見えないんだよね。この国を治めるどちらさんも」

「論点をずらすな。俺は今遊撃士協会の話を―――」

「ずらしてないってば。そもそも理想って何?国と民の平和だよね。それ以外に何があるの?」

「・・・・・・否定はせんが」

「そんなことも忘れて、理想論っていう逃げ道と一緒に遊撃士をこの国から追い出してしまった。それ以上に大切なものがこの国にはあるって言うの?何を見ているのかさっぱり分からない」

 

すらすらと饒舌に言葉が並んだ。

この5ヶ月間、帝国各地を又に掛けた実習の中で、ずっと考えてきたこと。

抽象的な言い回しで、誰の何を責めているのかすら曖昧だった。

 

「私はこの国が好きだよ。人も自然も街も、里心が付く程度にはね。だからこそ―――見過ごせないし、諦めたくない。お母さんから継いだ剣と、支える籠手の信念に誓って」

 

私の理想は、遊撃士としてのお母さんの背中。

理想はあくまで理想だ。私はお母さんではないし、ここはクロスベル自治州でもない。

私には私にしかできないことがあるはずだ。

 

「ふふ・・・・・・アヤさんは、もう立派な遊撃士なんですね」

「フン。精々空回りせんよう励むがいい」

「相っ変わらず偉そうな上から目線だね・・・・・・」

 

まあユーシスの言う通りかもしれない。

口先だけは立派でも、私はまだ遊撃士ですらない。空回りしないよう精々励むとしよう。

そう思い、手付かずになっていた書類に視線を落とすと、突然建物の正面扉が勢いよく開かれた。

 

「す、すみません!誰かいませんか!?」

 

その幼い少女の声は、今にも泣き叫びそうな程に、震えていた。


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