絢の軌跡   作:ゆーゆ

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舞い降りた夢の始まり

2ヶ月半振りとなるお義母さんの笑顔。

私にとっては、涙を流しながら抱きついてもおかしくはない、感動の再会。

私は驚きの余り、やはり唯々驚くばかりだった。

 

「不思議な食べ物ね。皆へのお土産に買って帰ろうかしら」

「あはは。それなら、他にももっと美味しいものがあると思いますよ」

 

私とガイウス、お義母さんは、病室で一緒に夕食をとっていた。

私は勿論病院食。ガイウスはシャロンさんが作ってくれた夕飯の包み。

そしてお義母さんは、1階の売店で購入してきた缶詰。

スコッチエッグのトマトソース漬けと、ベイクドビーンズの缶詰である。

物珍しさで選んだそうだ。正直に言えば、あまり美味しそうには見えない。

 

スコッチエッグは、以前シャロンさんが作ってくれたことがある。

中身の卵は半熟で、周りの肉もとろけるような食感の逸品だった。

対してお義母さんが口に運ぶそれは、見た目からして卵も肉もパッサパサ。

ソース漬けなのに、水気が無い。肉が焦げる程に火を通しているからだろう。

お義母さんは結構気に入っているようだ。新鮮さという補正もあるのかもしれない。

 

「アヤ、果物の皮を剥いてやろうか」

「あ、じゃあお願いしようかな」

「相変わらずね。思っていたよりも元気そうで、安心したわ」

 

お義母さんがこの地へやって来た経緯は、大方話してくれていた。

事の発端は勿論、私の入院。士官学院からゼクス中将を介して伝わったそうだ。

大事は無いとはいえ、私が長期間療養する身になったと聞いて、ひどく慌てたらしい。

考えてみれば当然のことだ。知らぬ間に、大変な気苦労を掛けてしまっていた。

 

シーダとリリには、私のことは知らせていない。

事情を知るのはお義父さんとトーマ。それと、集落の大人達。

私の容体を直接確認しようと、誰かが帝都まで足を運ぼうという流れになった。

勿論お義父さんも同行したかったが、立場上おいそれと集落を離れるわけにはいかない。

そんな経緯で、お義母さんが代表して私の下へ向かうことになった。

シーダとリリには適当に誤魔化しておいた。話を要約すれば、こんなところだ。

 

「無事に着いてくれてよかったよ。母さん1人でノルドから?」

「ルーレの駅までは、ザッツ君が案内してくれたのよ。この都の地図なんかも渡してくれたの」

「ザッツさんが?」

 

彼も軍人だ。多忙な身であるだろうに、そこまでしてくれたのか。

私の知らないところで、彼には色々とお世話になっている気がする。今度お礼を言っておこう。

もしお義母さんだけだったら、ここまで辿り着けなかったかもしれない。

ガイウスだって私がいなかったら、3月30日は相当な苦労をしたに違いない。

 

「この国はとてもいい人達ばかりね。分からないことは、皆親切に教えてくれたわ」

 

・・・・・・それはもしかすると「いい人」ではなく「いい男性」ではないだろうか。

お義母さんが着ているのはノルドの民族衣装。この国では相当に際立つ出で立ちをしている。

そしてそれ以上に若々しいし、人目を惹くには十分過ぎる程に美人さんだ。

困り顔で立っていれば、誰だって声を掛けたくなる。それがいい方向に働いたのかもしれない。

 

ともあれ、お義母さんは私の身を案じてこうして会いに来てくれた。

心配を掛けてしまい心苦しい限りだが、今は素直に嬉しいと思える。

 

「あと数日間は掛かると思いますけど、私は大丈夫です。来てくれてありがとう、お義母さん」

 

私が言うと、お義母さんは優しく微笑みながら、私の頭の上に手を乗せた。

2ヶ月半振りとなる、家族の温もり。自然と私の顔にも、笑みが浮かんだ。

またノルドへ手紙を書いておこう。お義父さんにトーマにも、シーダとリリにも。

そう考えていると、お義母さんの笑みが静かに消え、少しだけ戸惑いの色が浮かんだ。

 

「それで、あなた達の身に何が起きたのかしら。この国に来てから、何度か良くない話を耳にしたけど・・・・・・」

 

私はガイウスと顔を見合わせた。

何をどう話せばいいのだろう。話の順番がすぐには思い浮かばない。

お義母さんに全てを理解してもらうには、帝国が抱える闇を知ってもらう必要がある。

 

やがてガイウスは小さく首を縦に振り、静かに語り始めた。

 

「母さん。この国は今・・・・・・いつ内戦が起きても、おかしくはない状況にあるんだ」

 

革新派と貴族派の対立を始めとした、この国の実状。

ある程度の事はお義母さんも把握している。ノルドでの実習の際にも話した事だ。

それ以上に帝国は今、大変な局面を迎えつつある。

 

最も重要なのは、帝国に話は留まらないという事。

共和国にクロスベル。そして―――ノルド高原。

実際に6月には、ノルドの地で戦争の火蓋が切って落とされようとしていた。

あの地で暮らす人間にとっても、既に他人事では済まされない領域に入っている。

お義母さんには、知る権利がある。皆が知る必要があるはずだ。

 

「・・・・・・そう。そんな事が」

 

私とガイウスが一しきり話し終えると、お義母さんは静かに小さな溜息を付いた。

 

「正直なところ、理解できないわね。ノルドの時だってそう。どうしてあなた達が、そんな・・・・・・危険過ぎるわ。学生は、軍人とは違うのでしょう?」

 

その胸中は察せられる。きっとお母さんは、今の話を理解してくれている。

だが私達の立場については話が別。今回ばかりは言い訳のしようがない。

現にこうして、私は身体を壊してしまった。それが現実だ。

 

偶発的な面は多々あれど、客観的に見れば私達は異常だ。

一介の学生にはおよそ似つかわしくない程の境地を、何度も経験してきたと思う。

お義母さんはそんなつもりで、士官学院への入学を許したわけではないはずだ。

私の顔を見るまで、気が気ではなかったのかもしれない。

 

でも―――それでも私達は、歩を止めるわけにはいかない。

 

「母さん、俺は・・・・・・《Ⅶ組》に入ることができて、本当に良かったと思ってる」

「ガイウス・・・・・・」

「俺達はこれからも、この国の動乱に関わることになるかもしれない。その覚悟はある。どうか分かってほしい」

 

ガイウスは多くを語らなかった。その代わりに、力強い意志を込めて言った。

彼も彼なりに、この5ヶ月間を通して掴んできた何かがあるのだろう。

私だってそうだ。昨晩にアンゼリカ先輩と語り合い、もう逃げないと心に決めた。

 

「ごめんなさい。こんな事になって、言えたものじゃないけど・・・・・・今の私達があるのは、この5ヶ月間のおかげだから。これからも気苦労を掛けるかもしれないけど、もっと強くなるって誓います。だから―――」

 

―――どうか私からも、お願いします。

私とガイウスの言葉に、お義母さんは目蓋を閉じながら耳を傾けていた。

少しばかりの沈黙が、私達の間に広がった。

するとお義母さんは笑いながら、口元に手を当てて口を開いた。

 

「ふふっ、勘違いしないで。別に私は、士官学院を辞めろだなんて言うつもりはないの」

 

お義母さんはそう言うと、ガイウスの顔を見ながら少しだけ目を細めた。

彼の背後に、何かを見るような目付きで。

 

「しばらく見ないうちに・・・・・・立派な顔をするようになったわね。あの人にそっくりよ」

「・・・・・・父さんに?」

「ええ。送ってくれた手紙にも書いていたけど、頼もしい限りだわ」

 

お義父さんに似ている。言われてみれば、確かに最近のガイウスはそうかもしれない。

彼にとっては、最上級の褒め言葉に違いない。それに―――

 

「―――手紙?ガイウス、手紙に何を書いたの?」

「アヤには言っていなかったな。俺の・・・・・・俺なりに考えた、ノルドの未来についてだ」

 

ガイウスは語った。

ノルドで暮らす遊牧民は、古来から帝国との付き合いがある。

私達が暮らす集落も、ゼンダー門や監視塔の帝国人と親睦を深め、いい関係を築き合ってきた。

一方、東部で暮らす一族は、近年になり共和国と盛んに交流を持ちつつある。

外の世界との接触をよしとせず、独立した生活を営む一族だって存在する。

要はノルドの民も、決して一枚岩ではないのだ。

 

「それは悪い事ではない。だがこの国も、元々はそうだったんじゃないか」

「帝国も?」

「革新派も貴族派も、双方に誤りがあるとは思えない。どちらにも確かな信念と言い分がある。だがその対立が、結果として今の混乱を招いている」

 

どちらにも非は無い。ガイウスのような人間だからこその言葉だろう。

どんな争いもそうだ。双方に正義があり、自らが正しいと思い込んでいる。

 

「ノルドも同じなのかもしれない。100年前に共和国という国ができてから、ノルドを取り巻く環境は変わりつつある。2大国の対立の先に・・・・・・最悪の事態が待っている。そんな予感がするんだ」

 

以前彼が言っていたことだ。

大国同士の争いに巻き込まれた民族が、過去に多数存在していたこと。

監視塔が建てられてから、得体の知れない予感に怯えていたこと。

6月の騒動。帝国が抱える実状。2大国の対立。

 

漸くガイウスが言わんとしている事が見えてきた。

彼が言う最悪の事態。それはきっと、ノルドの民の分裂なのだろう。

帝国の辿った軌跡をなぞるように、2大国に引かれ合うように対立する。

可能性はある。というより、既にそれは1つの形となり現れ始めている。

共和国側と交流を深める一族の存在は、帝国側にある種の緊張感を生じさせている事は確かだ。

 

「じゃあガイウスは・・・・・・」

「ああ。こんな時代だからこそ、ノルドの民は1つになる必要がある。別に今の現状を否定するつもりはないんだ。だがノルドはノルドで、確固たる立ち位置を築くべきだと、俺は思う」

 

言うは易く、行うは難し。そんな表現が頭に浮かんだ。

ノルドの民を1つに。それは多分、相当に困難な道のりだ。

同じノルドで暮らしながらも、民の数だけ独自の生活があり、何より信念がある。

 

「分かっている。だからこれは、君が遊撃士を目指すように、俺の夢なんだ。士官学院を卒業して、いつか父さんの後を継いで・・・・・・父さん以上に強くなって。まずはそれからだな」

 

ガイウスは遠い目で天井を仰ぎながら言った。

もしかしたら、彼も私と同じなのかもしれない。

私がお母さんの背中を追うように、ガイウスもまた、お義父さんの先を目指している。

子は親の背中を見て育つ。今度はそんな表現が浮かんだ。

 

「そっか・・・・・・あはは。ガイウスの夢も、大分苦労しそうだね」

「ああ。お互いにな」

 

ガイウスが言うと、お義母さんの視線が私に向いた。

今度は私か。ガイウスが言った私の『夢』も、既に手紙で両親には伝えてある。

だが手紙にも、ガイウスにも言っていなかった事がある。

彼に習って、それをこの場で言っておくべきだろう。

 

「私が遊撃士を目指している事は、以前手紙にも書いた通りです。それは今でも変わりません」

「そう。私はよく知らないけど、それはどうやったらなれるのかしら」

「卒業後は暫く、レグラムに身を置こうと考えています」

 

私は帝国史の教科書を取り出し、この国の地図を開きながら、レグラムがある地点を指差した。

 

「以前お世話になった遊撃士の男性が、この街で活動しているんです。その人の下で勉強したいんです。まだ仮ですけど、一応許可も貰ってます」

 

言いながら、ガイウスの様子を窺う。

驚かれると思っていたが、彼は笑いながら小さく首を縦に振った。

 

「そんな気はしていた。この国で遊撃士を目指すなら、あの街は打って付けだろうからな」

 

バレていたか。ならこれ以上、改めて言う必要は無い。

卒業後にレグラムに身を置く。それは私が、ノルド高原を離れるということ。

どれぐらい時間が掛かるか分からないが、やはり彼と離れ離れになるということに他ならない。

その後の身の振る舞い方も、まだ決めてはいない。

この国とノルド高原。クロスベル。私が守りたいものが、守るべきものがたくさんある。

 

―――たとえ離れてしまっても、俺はいつだってアヤを想う。だから迷わないでくれ。君が信じる道を、まっすぐに歩いていけばいい。

 

あの夜。想いが繋がった7月11日の夜にくれた、ガイウスの言葉を信じよう。

寂しいのはお互い様だ。躊躇うことなく、お互いの夢に向かって歩いて行こう。

こうしてお義母さんに打ち明けた以上、後ろは振り向けない。

 

「お義母さん、まだまだ先の話だけど・・・・・・許して、くれますか?」

 

改まった口調で、お義母さんに投げ掛ける。

するとお義母さんは今日一番の笑顔を浮かべながら、答えてくれた。

 

「勿論よ。アヤの好きなようにしなさい。堂々と胸を張って、あなたが信じた道を歩むといいわ」

「お義母さん・・・・・・」

 

赤の他人であったはずの私を、娘と呼んで迎えてくれた。

掛け替えの無い本物の愛情を、私にたくさん注いでくれた。

感謝してもし切れない。私にできることは、ノルドの平和を守ること。

あの地の平穏を守り切ること。それが、私の恩返しだ。

 

「でも、1つだけ守ってほしいことがあるの」

「あ、はい。何ですか?」

「決まっているでしょう?これで私達一族も安泰だわ。元気な子を産んでちょうだいな」

「「・・・・・・」」

「うふふっ」

 

私とガイウスを交互に見やるお義母さん。静まり返る病室。

そうだった。まだ私達のことを、ちゃんと話していなかった。

いやそれより、話が途方も無く飛んだ気がする。

恐る恐るガイウスへ視線を送ると、彼も同じような顔で私を見ていた。

 

「こ、ここ、子供って」

「か、母さん?」

「あら、違うの?3年間も待たせておいて、漸く念願叶ったりと思っていたのに・・・・・・ほらガイウス。あなたの口から聞かせてもらえるかしら」

「むっ」

 

少々厳しめの口調でお義母さんが言った。

それはまるで、息子の情けない姿を叱責するような声色だった。

 

ガイウスは頬をポリポリと掻きながら、再びちらと私へ視線を向ける。

ああ言われてしまったら、私は何も言えない。従うしかない。

それよりも、ガイウスは何を言うのだろう。どんな言葉を選ぶのだろう。

それが気になって仕方なかった。

 

やがて観念したように、ガイウスはお義母さんへと向き直った。

 

「俺達は・・・・・・俺はまだ、先のことは言えないよ」

「そう。それはどういう意味かしら」

「今はまだ、お互いに学ぶ立場にある。母さんにもアヤにも、無責任なことは言えない」

 

思わず顔を逸らしてしまった。

何とも気恥ずかしい。慣れたものだと思っていたが、相手が身内ともなれば話が違う。

聞きたいような、聞きたくないような。それは別に、照れや恥じらいではない。

 

「でも誓うよ。俺は父さんのように強くなる。その時は、俺はアヤを―――」

 

―――やっぱり、聞きたくなかった。

私の右拳が宙を突き、ガイウスの顎先に触れた。

その衝撃で脳を揺らされたガイウスは先を語ることなく、ゆっくりとその身体が傾いた。

 

ドサッ。

 

椅子に下ろした腰はそのままに、ガイウスの頭部が私の膝の上に乗った。

膝枕のような体勢で、ガイウスは静かに私の膝元で意識を失った。

見る人が見れば恐ろしい事この上ない一連の事態を、お義母さんは笑いながら眺めていた。

 

「あらあら。随分と乱暴な照れ隠しだこと」

「だ、だって・・・・・・急にこんなの。嫌ですよ、私は」

「ふふっ、それもそうね。少し意地悪をしちゃったかしら」

 

ずっと一緒にいようと言ってくれた。

私だって、覚悟はもうできている。添い遂げたいと思う気持ちは、確かなものになりつつある。

でもそれは、彼の意思で言ってほしい。2人っきりで、しっかりと私を見ながら言って貰いたい。

あれではお義母さんに流されてしまっただけになってしまう。

 

「うー・・・・・・お義母さんのバカ」

「ごめんなさい、謝るわよ・・・・・・ねえ、アヤ」

「何ですか」

 

頬を膨らませながら、訴えるような目付きでお義母さんを見る。

対するお義母さんは、ガイウスの頭を撫でながら、優しい笑みを浮かべていた。

 

「ありがとう、ガイウスを選んでくれて・・・・・・私達に出逢ってくれて。幸せになりなさい、アヤ」

「・・・・・・はい」

 

それはいずれ、また耳にすることになるかもしれない。

お礼を言うのはこちらの方だというのに。

 

それに私は、もう十分過ぎる程に幸せだ。

確かな夢がある。道がある。一緒に隣を歩いてくれる男性がいる。

これから先に待ち構えている苦労など、何だって耐えられる。

それ以上の光が溢れているのだ。怖いものなんて、もう何1つ無い。

 

どれぐらいそうしていただろう。

私とお義母さんは、一緒になってガイウスの顔を見詰めていた。

・・・・・・少し強く打ち過ぎたようだ。もう暫く起きそうにない。

 

「それで、お義母さんはいつまでこっちにいられるんですか?」

「明後日の朝一に戻る予定よ。明日まではここでゆっくりしていこうと思うの」

「そうですか・・・・・・あれ、今日はどこに泊まるつもりだったんですか?」

「それは現地でどうにかなるって、ザッツ君が言っていたけど」

 

どうにかなるわけない。肝心なところが抜けてしまっている。

まあ看護士さんに事情を話せば、この部屋で寝泊りすることはできるだろう。

ここにはベッドが2つあるし―――

 

「―――あ。ガイウスもいたっけ・・・・・・どうしよ」

「なら私は・・・・・・いや。あなた達が一緒に眠ればいっか」

「えっ」

「慣れたものでしょう?見たところ、あなた達の仲も大分進んでいるみたいね」

「ええ!?」

 

顔を真っ赤にしてあたふたしていると、お義母さんが意味深な笑みを向けてきた。

どうやらカマをかけられていたようだ。ものの見事に引っ掛かってしまった。

そんなやり取りをしているとは露知らず、ガイウスは静かな寝息をたてていた。

 

________________________________

 

翌朝。

私達は昨晩と同じように、病室で朝食をとっていた。

お義母さんは余程気に入ったのか、今朝もスコッチエッグの缶詰を頬張っていた。

何がいいのだろう。唯のパサついた肉と卵だというのに。

 

「母さん、今日はどうする予定なんだ?」

「そうね。折角の機会だし、この都を見て回ろうかしら」

 

それもまた一興だろう。だが少々、不安でもある。

帝都を回るなら、導力トラムを使う必要がある。それにこの帝都は広大だ。

慣れないお義母さんが1人で出歩いては、道に迷うのは目に見えている。

 

「うーん。ガイウスはどうするの?」

「俺は昼にトリスタへ戻るつもりだ。母さん、俺が帝都を案内しようか」

「今日は貴重な休日なのでしょう?付き合わせては悪いわ」

 

なら私も一緒に。そう提案すると、2人から無理をするなと口を揃えて窘められた。

痛みはかなり治まってきているのだが、そう言われると返す言葉が無い。

どうしたものか。思い悩んでいると、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「おっはよーアヤ。来てあげたわよ・・・・・・あら?」

 

扉の先にいたのはポーラだった。その隣にはユーシスの姿もあった。

そういえば、アンゼリカ先輩が言っていたか。交流会の件もあって来てくれたのだろう。

ポーラはガイウスとお義母さんの姿を確認すると、言葉を詰まらせてしまった。

 

「あなたは・・・・・・どうも。ノルドでは世話になった」

「ユーシス君、だったかしら。お久しぶりね」

 

一方のユーシスは実習の際に面識があった分、面食らうことなくお義母さんと挨拶を交わした。

そんな2人のやり取りを見て、ポーラも合点がいったようだ。

 

「ああ、なるほど。アヤのお姉さんだったの」

「違う違う。この人は私のお義母さんだよ」

「おか・・・・・・ええっ!!嘘!?」

 

無理も無い。ハッキリ言って、ポーラの反応が普通のはずだ。

ガイウスと並んで歩いていたら、姉弟に間違われる方が自然なのだ。

それぐらいお義母さんの容姿は若々しく見える。

実はそれが不安の1つでもある。1人で出歩いたら、変な男性が言い寄って来てもおかしくはない。

 

「あなたがポーラさんね。娘からの手紙で存じているわ」

「あ、どうも初めまして。アヤと同じ馬術部のポーラです」

「あら?」

「え?」

 

お義母さんは何かに気付いたようで、腰を上げてポーラの背後へと回った。

すると彼女の髪の結び目に手をやり、嬉しそうに笑いながら言った。

 

「この髪飾りは、私が作った物なの。あなたが使ってくれていたのね」

「え、そうなんですか?」

「・・・・・・フン」

 

それはユーシスがノルドの交易所で購入した、馬毛をあしらった髪飾り。

あの実習以来、ポーラの髪形とセットで彼女のトレードマークになりつつある。

工芸品の類は、お義母さんやサンさんが手作業で作製していた。

ただ、あれがお義母さんが手掛けた物だったなんて、私も知らなかった。

 

私達はお義母さんがお見舞いに来てくれた経緯と、大まかな事情を2人に説明した。

するとユーシス腕を組みながら、思いがけない提案を持ち掛けてきた。

 

「なら話は早い。俺が案内しよう」

「え。ユーシスが?」

「交流会の打ち合わせなら、午後からでもできるだろう」

 

ノルドで世話になった礼だ、とユーシスは言った。

彼になら安心してお義母さんを任せられるが、それは少し申し訳ない気もする。

そう考えていると、ポーラもユーシスの案に乗っかり始めた。

 

「面白そうね。私も一緒に行こうかしら」

「・・・・・・おい。お前は帝都を知らんと言っていなかったか」

「そうよ。だからついて行くのよ」

 

・・・・・・まあいっか。

ここは素直に、ユーシスとポーラの好意に甘えておこう。

お義母さんにも、この国のことを知ってもらいたいし、触れてほしい。

様々な事情を抱えつつも、たくさんの魅力に満ち溢れている。この帝都はその1つだ。

 

「すまない、ユーシスにポーラ。母さんを宜しく頼む」

「任せておけ。お前達はいつものように惚気合うがいい」

「久しぶりの2人っきりなんだし、存分にイチャイチャするといいわ」

「うふふ。道中に面白い話がたくさん聞けそうね」

 

うん。もしかしなくとも、私達は大変な人選ミスを仕出かしたようだ。

私達の懸念を余所に、3人は軽やかな足取りで病室を後にした。

午前中一杯は戻ってこないだろう。一通り見て回るだけでも、それぐらい時間が掛かるはずだ。

 

「さてと。私達はどうしよっか」

「ああ、それなら委員長とマキアスから頼まれている」

「え?」

 

ガイウスは鞄から筆記用具を取り出し、それをテーブルの上に置いた。

 

「進捗状況を確認してきて欲しいとのことだ。進んでいるか?」

「あはは・・・・・・はぁ」

 

徹夜で空の軌跡を読み耽った日から、既にスケジュールは破綻している。

丸二日分ほど、自習は遅れてしまっていた。まさかこんな形でチェックの目が入るとは。

ユーシスとポーラの期待に反し、イチャイチャはできそうにない。

 

私はテーブルの上を片すため、置きっ放しになっていた空の軌跡を手に取った。

 

「オリヴァルト殿下から頂いた本だったな。もう全て読んだのか」

「うん。すごく面白いよ、これ。読んでみる?」

「君以外は読んではいけないと言っていなかったか?」

「そういうこと。残念でした」

 

悪戯な笑みを浮かべ、代わりにノートと教科書を取り出す。

すると再び、扉をノックする音が耳に入ってきた。

 

「あ、はい。どうぞ」

 

また誰かが訪ねてきたようだ。

誰だろう。そう思い目を向けると、勢いよく扉が開かれた。

 

「こんにちは!」

「・・・・・・え?」

 

快活な声と共に現れたのは、見知らぬ女性だった。

歳は私と同年代ぐらい。栗毛のツインテールと、その天辺にある跳ね毛が可愛らしい女性。

 

「失礼します」

 

その後ろにいたのは男性。

端整な顔立ちと、私と同じ黒髪。人目見ただけで吸い込まれそうになる、琥珀色の瞳。

彼の隣には、幼い少女もいた。シーダと同い年ぐらいだろうか。

ドレスのような可愛らしい服装で、エマよりもやや明るめの、スミレ色の細髪。

 

3人とも知らない顔だ。ガイウスを見ても、首を横に振るばかり。

部屋を間違えたのだろうかと思ったが、表情から察するにそうでもないようだ。

 

「あのー・・・・・・どちら様ですか?」

「突然訪ねちゃってごめんなさい。あなたがアヤ・ウォーゼルさんで間違いないわね?」

「はい、そうですけど・・・・・・」

 

やはり人違いというわけではなさそうだ。

一体誰なのだろう。立ち尽くしていると、黒髪の男性が女性の肩を掴みながら言った。

 

「ちょっとエステル。まずは事情を説明しないと」

「いいのいいの。まずは彼女にサプライズをあげなくっちゃ」

「無駄よヨシュア。きっとエステルは、早く先輩面をしたいだけなんだから」

「ああ、なるほど」

「あんですってー!」

 

あんですってー。あんですってー。あんですってー。

 

まるで山彦のように、そのフレーズが頭の中で反響する。

もう何度空の軌跡で目にしたか分からない、あんですってー。

それに―――エステル。今男性は、確かに女性をエステルと呼んだ。

 

「あ、あの。もしかして―――」

「ちょっと待ってね」

 

私の言葉を遮るように、女性は肩にぶら下げていた鞄から何かを取り出した。

それは1枚の書類と、1冊の手帳。そしてエンブレム。

その書類を両手で広げながら、女性は再び口を開いた。

 

「コホン。遊撃士協会エレボニア帝国支部所属、トヴァル・ランドナーに代わり宣言します」

「トヴァルさん?」

「アヤ・ウォーゼル。本日9:00を持って、同名を『準遊撃士』に任命する」

「・・・・・・へ?」

 

あんですってーがこだまする頭を、揺さぶられるような感覚に陥った。

目の前の事態を飲み込めない私に、女性は手にしていた手帳とエンブレムを差し出してきた。

これも私にとっては、もう何度目にしたか分からない程に身近な存在。

お母さんそのもの。支える籠手のエンブレムと、遊撃士手帳だった。

 

「以後は遊撃士協会の一員として、人々の暮らしと平和を守るため、そして正義を貫くために働くこと・・・・・・あはは。アヤさんは学生だそうだから、卒業後になるわね?」

「・・・・・・えええっ!!?」

 

9月12日、日曜日。

夢が、大きく前進した瞬間だった。


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