絢の軌跡   作:ゆーゆ

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2つの世界

エステル・ブライト。ヨシュア・ブライト。

現在リベール王国に身を置く、2人の正遊撃士。

エステルとヨシュアがこの帝国にやって来たのは、トヴァルさん直々の依頼だった。

2人は以前、この国で発生したとある事件を解決する際、トヴァルさんと行動を共にしていた。

遊撃士の先輩としてお世話になった経緯もあり、断る理由は見当たらなかった。

 

トヴァルさん曰く、暫くの間は遊撃士としての活動ができそうにない。

そこで、今この国で抱えている依頼の数々を、代わりに見てやってほしい。

そんなトヴァルさんの手紙が彼女らの下に届いたのが、今月の初めの出来事。

その依頼の1つが、私に準遊撃士としての資格を与える事だった。

 

一般人が準遊撃士の資格を得る。それは勿論、生半なことではない。

必要不可欠なのは、正遊撃士が用意した研修を、実際の依頼と同様の形式で解決すること。

トヴァルさんが私達にレグラム支部を任せたのは、特別実習としての依頼だった。

同時に私にとっては、準遊撃士としての試験でもあったそうだ。

 

―――そいつはアヤに聞くといい。

―――それもアヤに任せてある。

 

確かに私は、レグラム支部に寄せられた依頼の数々に関わった。

所定の手続きどころか、書類の作成から処理に至るまで、一通りをこなしていた。

 

一方でこれも、準遊撃士に求められるものの1つに過ぎない。

あくまで適性な知識や技量が備わっていると見なされた人間にだけ、資格が与えられる。

それを判断するのは、定められた年数を経験し、一定以上の階級に属する正遊撃士。

明確な基準が無い分、大部分が個人の裁量に委ねられる。

 

―――遊撃士協会規定基本3項目、言ってみな。

―――遊撃士志願者として、この国の現状をどう考えてる。

 

トヴァルさんが私の遊撃士としての知識を試していたのも、それを確かめるためだった。

今思えば、書類整理や雑務に至るまで、敢えて私に振ってくれていたのだろう。

同時にトヴァルさんは、私が提出してきた特別実習の報告書を、サラ教官から受け取っていた。

そういった物も含めて、総合的に判断した結果がこれだった。

知らぬ間に私は、彼が用意したいくつものテストに、合格していたというわけだ。

そんな経緯が記された手紙が、エステル宛ての手紙に同封されていた。

 

「おめでとう、アヤ。夢に大きく近付けたんじゃないか」

「あはは・・・・・・でもこれ、エステル達が言うようにまだ『仮』だし。喜ぶのは早いよ」

 

そう、仮だ。

私はまだ、正式に準遊撃士の資格を得たわけではない。

 

その証拠に、私が手渡された遊撃士手帳と、お母さんのそれを見比べれば一目瞭然。

まず遊撃士協会の印章が押されていない。この時点で、これはただの手帳と同じ。

発効日も空欄のまま。本来ならここに、今日の年月日が記入されるはずなのだ。

 

それに試験を兼ねていたとはいえ、レグラムでの件は全て特別実習としてものだった。

トヴァルさんも私を特別扱いするつもりはないようだ。

それを表すかのように、手紙に記されていた、意味深な一文。

 

『話はサラにも伝えてある。あいつがどう考えてるかは知らないが・・・・・・まあ、精々覚悟しておけよ。教え子として以上に、後輩としてな』

 

ハッキリ言って、嫌な予感しかしない。

今回の件が、どんな内容でサラ教官に伝わっているかは分からない。

が、想像するに容易い。教官なら、きっとそうするはずだ。

私が乗り越えるべき、最大級の壁。立ちはだかるのは、そう遠くないように思える。

 

いずれにせよだ。

私の遊撃士手帳に発効日が記載されるのは、早くても1206年の4月1日。

私が士官学院を卒業後の話になる。

 

遊撃士協会の一員として、人々の暮らしと平和を守るため、そして正義を貫くために働く。

それが遊撃士の使命。学生でいる以上、その務めを果たすことはできない。

この遊撃士手帳は、仮免許のようなものだと考えよう。準々遊撃士、といったところだろうか。

 

「な、なな、何なのよこれ!?」

 

その一方で。

私にその資格をくれた2人。エステルとヨシュアは、空の軌跡を読みながら驚愕していた。

誰にも見せないでほしいというオリヴァルト殿下の頼みは、今だけは忘れることにした。

 

エステルは『Second Chapter』の中盤を読みながら、悲鳴を上げていた。

まあ無理もないか。私の憶測は、当たっていたようだ。

ヨシュアは『First Chapter』のラスト数ページを読みながら、安堵の溜息を付いていた。

何だろう。あの場面は涙を流さずにはいられない、悲しい別れがあったはずなのだが。

 

「はは・・・・・・参ったね。大部分が創作だけど、話としては芯が通ってる。それに文章もすごい完成度だよ。オリビエさんにこんな才能があったんだ」

「そういう問題じゃないでしょうが!ああもう、あたしこんな恥ずかしい台詞言ってないわよ!」

「どれどれ・・・・・・あはは。似たような事を言っていたじゃないか」

「言ってないってのー!!」

 

・・・・・・何だか土下座で謝りたくなってきた。

エリスとアッシュ。創作上の人物であったはずの2人は、エステルとヨシュアの事だった。

殿下の返答を聞く前に、確信が得られた。この物語は、実話を基に書かれた物だったのだ。

何て不思議な巡り合わせだろう。2人がこうして目の前にいる事実も、俄かには信じ難い。

 

「あのー。2人が言ってるオリビエって、もしかしなくともオリヴァルト殿下の事だよね?」

「紛れもない、その殿下だよ。この物語の中では、器用にその事実だけが捻じ曲げられているみたいだ」

「アヤ。俺には何が何だか・・・・・・分かるように、説明してくれないか」

 

頭を抱えながら、眉間に皺を寄せるガイウス。

自分だけ置いて行かれている気分だろうが、私だって全てを把握しているわけじゃない。

エステルとヨシュアとは、話したいことが山ほどある。

 

これは何から確かめるべきなのだろう。

そう思い悩んでいると、不意に視線を感じた。

 

「レンちゃん、だっけ。どうかした?」

 

レンと名乗った少女は、私の胸元を一点に見詰めていた。

思わず腕で隠してしまったが、別に胸元が露わになっているわけではなかった。

彼女は小さな笑みを浮かべると、見透かすような目付きで言った。

 

「レンはかくれんぼが好きなの。隠れる方が得意だけど、見つける方も自信があるのよ」

 

言うやいなや、身を潜めていたランが、唐突に飛び出してきた。

レンちゃんを除いた3人は、ぽかんと口を開けて呆けていた。

・・・・・・当然の反応だ。いやそれより、急にどうしたというんだ。

 

「うふふ、面白そうな鳥さんね。ねえ、この子と外で遊んできてもいいかしら?」

「あ、うん・・・・・・構わないけど。看護士さんに見つからないようにね」

 

ランはその言葉に従うように、レンちゃんの肩へ着地した。

珍しいこともあったものだ。ランが私以外の肩に乗るだなんて、今まで無かったはずだが。

 

「不思議な子だね。彼女は2人の・・・・・・なわけないか。歳があれだし」

「似たようなものさ。それで、アヤさん。少し話を聞かせてもらえないかな」

 

そうよそうよ、と声を荒げるエステル。

確かに2人とは、お互いに知っている事を話してもいい頃合いだ。

空の軌跡という物語小説は、一体何なのか。それを何故、私が持っているのか。

気になって仕方ないに違いない。それにガイウスだってそうだだろう。

頭上に疑問符を浮かべるばかりの彼が、少し気の毒になってきた。

 

ヨシュアはエステルと顔を見合わせると、少しだけ表情を硬めながら切り出した。

 

「君はオリビエさんやトヴァルさんとも面識があるみたいだけど・・・・・・どんな関係なんだい?」

「あはは。ロイドも知ってるよ」

 

ロイドの名を出した瞬間、エステルがその目を大きく見開きながら言った。

 

「ろ、ロイドって・・・・・まさか、クロスベルの!?」

「うん、特務支援課のロイド。小さい頃から知ってるよ。幼馴染なんだ」

 

まずは詳細な自己紹介が必要のようだ。

また自習の時間が削られてしまうが、今はそれ以上に重要な事がある。

 

「私も2人には、聞きたいことが山ほどあるんだ。話せる範囲で構わないから、話してもらえないかな」

 

殿下が言った『絢』。たくさんの色糸が、張り巡らされた様。

私の中で、確かな繋がりを見せ始めようとしていた。

 

________________________________

 

事実は小説より奇なり。

空の軌跡の巻末には、そんな一文が記されていた。

今ならその意味合いが理解できる。

今この瞬間、この場に限っては、これ以上無い程にピッタリの表現だった。

 

初めはお互いの自己紹介から始まった。

私からすれば、エステルとヨシュアはそれが必要無いぐらい、知り尽くしていた。

空の軌跡やロイドからの手紙。2人の人となりは知るには、それで十分だった。

苦労したのは、どこまでが真実で、どれが虚実であるかという線引き。

何しろどこにも矛盾点が見当たらないぐらい、空の軌跡は1つの物語として完璧すぎた。

 

私が確かめたかったことは、あくまで帝国が関わる部分。

そしてリベールの異変と、身喰らう蛇の暗躍。その真実だ。

エステルやヨシュアの素性以上に、明らかにしておきたかった。

 

それにはまず、オリヴァルト殿下の存在を受け入れなければならなかった。

オリビエなる旅の演奏家をオリヴァルト殿下に改変し、物語を改編する。

これが一番厄介だった。何しろ作中には、殿下に関する事実がまるで見当たらない。

物語の主軸を捻じ曲げる必要さえあった。

 

その先に見えてきたのは、到底受け入れ難い真実。

『2つ』の視点と真実を前に、話がまるで噛み合わなかった。

 

「驚いたな。まさかあの騒動に、ゼクス中将まで関わっていたとは」

「うん・・・・・・正直、信じられないけど。きっと事実なんだよね」

 

ゼクス中将率いる、第3機甲師団。

導力機構を伴わない戦車部隊。そして―――リベール王国への侵攻。

そんな存在は聞いた事がないし、そんな事実はこの国には無い。

帝国までもを巻き込んだあの異変は、既に帝国史の教科書にまで掲載されている。

 

だから当然、劇中のこの部分は嘘。リベールへの侵攻なんて、たくさんの嘘の中の1つ。

そう思っていた。だがエステルとヨシュアは、あれが真実だと言った。

未遂に終わったとはいえ、直に目の当たりにしたと、真剣な面持ちで語ったのだ。

 

「だがそんな事が可能なのか?それ程の事を隠蔽できるとは、俺には思えない」

 

ガイウスが怪訝そうな表情で、確かめるように言葉を並べ始める。

 

「パルム市街なら、4月の実習で俺も足を運んだ。導力停止現象とやらの話は何度も耳にしたし、大混乱に陥ったと聞いていた。だが今のような話は、一度も話題に挙がらなかったぞ。一個師団ともなれば、相当な規模だろう」

「徹底した情報操作が敷かれたんだろうね。アウスレーゼ家が統治するリベールはともかく、エレボニアの政治体制を鑑みれば不思議じゃない。言論の自由を否定する気はないけど、下手に混乱を招くよりは良かったんじゃないかな」

「・・・・・・当時は、リベールが導力機構を無力化する新兵器を開発した、といった噂が流れたそうだが。今の話が事実なら・・・・・・まさか、あれは」

「それは僕達にも分からない。そんな話が広がっても、無理ない状況だったからね。ただ・・・・・・君が考えるように、意図的に流されたって可能性も、捨てきれないと思う」

 

ロイドとのやり取りの中で感じたものと一緒だ。

立場が異なれば、その数だけ真実がある。事実はたった1つしか無いというのに。

殿下についてもそう。リベールの異変に一役買った、その程度の話しか聞き及んでいなかった。

だがエステルとヨシュアの中では、殿下は紛れもないオリビエだった。

 

「・・・・・・んー」

 

それにしても―――引っ掛かる。

それはまるで、喉に魚の小骨がつっかえたかのような感覚だった。

 

「どうしたの、アヤ?」

「いや・・・・・・うーん。何だろう?」

 

考え込むような仕草を取ると、エステルが首を傾げながら覗き込んできた。

ゆらゆらと揺れるその跳び毛を見詰めながら、私は複雑に絡み合った糸を1本ずつ解くように、頭の中を整理していた。

 

身喰らう蛇。全ての元凶は、そこに収束される。

私達が蛇の存在を知っている旨は、既に2人にも話してある。

サラ教官が私達の師である事を明かしただけで、すぐに納得してくれた。

最年少で元A級遊撃士に登り詰めたとなれば、異国の地でも彼女の名前は通じるようだ。

 

塩の杭事件を彷彿とさせる、リベール王国の異変の真相と顛末。

3日間に渡る導力停止現象。身喰らう蛇の暗躍。ゼクス中将にオリヴァルト殿下。

エステルとヨシュアが明かしてくれたそれらは、全て紛れもない事実のはずだ。

それは理解できている。どこにも不審な点は見受けられない。ただ―――

 

「―――エステル、ヨシュア。私達に、何か隠してない?」

 

私が言うと、エステルは再び首を傾げてしまった。

 

「隠すって・・・・・・何も隠してないわよ?今話した事は、全部事実だしね」

 

それが本心であることは、容易に察せられた。やはり彼女は嘘が付けない人間なのだろう。

疑いたくはない。ただ、釈然としない何かが、私の中で引っ掛かっている。

それは1本の糸が足りずに、模様が歪んでしまっているかのように。

何かを見落としている気がする。繋がりが1つ、欠けている。そう感じざるを得なかった。

 

「それは多分、僕達にも見えないものだよ」

「え・・・・・・」

 

目蓋を閉じながら、呟くように言うヨシュア。

やがて開かれた琥珀色の瞳は、思わずドキリとしてしまう程に澄んでいた。

 

「推測することは簡単さ。でも僕達の側からは、真実は得られない・・・・・・その答えはきっと、オリビエさんが知っているんじゃないかな」

「殿下が?」

「これも単なる推測に過ぎないけどね」

 

よく分からない、というのが正直なところだ。

この漠然とした引っ掛かりの答えを見つけるには、疑念を明確にする必要がある。

 

もしかしたら、話はこの場に収まらないのかもしれない。

私がこの国で見聞きしてきた全て。特別実習を通じて経験し、感じてきたもの。

その中に、答えを導き出すための答えがある。不思議とそう思えた。

 

「話せるのはここまでかな。何しろ君の引っ掛かりは、おそらくこの国を揺るがしかねない程のものだよ。僕も不用意な発言は控えたい」

「・・・・・・そっか。でもそうだとしたら、殿下が答えを教えてくれるとは思えないけど」

「僕もそう思う」

「だよねー」

 

肩を落としながら大きな溜息をつく。

するとエステルが眉間に皺を寄せながら、私とヨシュアの顔を交互に睨んできた。

 

「ちょっとちょっと、2人だけで話し込まないでよ。ヨシュア、あたしにも分かるように説明しなさい」

「無茶言わないでよ・・・・・・これはエレボニアの問題なんだ。君には少し荷が重過ぎると思う」

「あんですってー!」

「あはは」

 

今日2回目となるあんですってー。

聞けただけで得をした気分になれる。やはり本物は迫力が違う。

それにエステルもヨシュアも、私が考えていたような人間だった。

 

天真爛漫。そんな平凡な表現がここまで似合う女性は初めてだ。

初対面だというのに深い親しみを感じるのは、空の軌跡のせいではないのだろう。

こうして話しているだけで、ミリアム以上に元気を分けて貰える。それがエステルだった。

それにヨシュアも。

言葉の1つ1つが、胸の奥へストンと落ちてくるような感覚を抱かせる。

どこか儚げで、確かな意志を感じさせる瞳からは、彼の歩んできた軌跡が窺えた。

 

話せる範囲で構わない。私はそう言ったはずだった。

だというのに、エステル達は自身に関する事を赤裸々に語ってくれた。

それはとても辛く哀しい過去。優しい真実と、確かな未来。

 

深い絆で結ばれるまで、一体どれだけの壁を2人で乗り越えてきたのだろう。

大部分が創作と言っていたが、きっと私だからこそ理解できる。

殿下も悪い人だ。あんな物語を、赤の他人である私に読ませるだんて。

うん、やっぱり土下座しておいた方がいいかもしれない。

 

「むー、まあいっか。アヤにガイウス君、今度はあなた達の話が聞いてみたいわ」

「俺達の?」

 

・・・・・・まあ、そうなるよね。このままでは不公平だ。

大まかな事情は話しつつも、先程からエステル達の話にばかり耳を傾けていた。

 

「そうだね。僕とエステルは、以前にもこの国に来たことがある。ハッキリ言って、今のエレボニアは異常だ」

「驚いちゃったわよ。知り合いの軍人さんに、入国は控えろって忠告されてはいたけど・・・・・・まさか戦術オーブメントの中まで検査されるだなんて。手続きに以前の倍以上時間が掛かったわ」

 

なるほど。その辺りも含めて、か。

ガレリア要塞での騒動を受けて、帝国は今テロリストの捜索と警備に注力している。

他国からの入国者には、それはそれは厳重な審査がなされているに違いない。

 

「ふむ。何から話す、アヤ」

「んー・・・・・・私の場合は、クロスベルのことからかな」

 

こうしていざ話すとなると、意外に難しい。

切り出し方が分からない。何をどこまで話せばいいのだろう。

 

「はいはーい!あたしはアヤとロイド君の話も聞きたいな」

「へ?ロイド?」

 

うんうんと呻っていると、エステルが快活な声で言った。

 

「フフン、あたしの目は誤魔化せないわよ。アヤとロイド君、実はいい仲だったりするんじゃない?」

 

ピキッ。

隣から、何かが切れる音が聞こえた。

 

「・・・・・・あれれ、違った?私はてっきりそうだと思ったのに」

 

ピキピキッ。

隣から、何かが弾ける音が聞こえた。

 

「はぁ・・・・・・相変わらず、君はそういう話に疎いんだから」

「え、え?」

 

ガイウスって、怒ると表情が消えるんだなぁ。

そんな彼の意外な一面を、目の当たりにした瞬間だった。

 

_____________________________

 

午前11時。

医療棟の1階、売店や食堂がある一角へと繋がる廊下を、1組の男女が歩を進めていた。

 

「さっきは本当にごめんなさい。変な勘違いをしちゃって」

「気にしないでくれ。ああいった事には慣れている」

「・・・・・・それ、慣れちゃ駄目だと思うわ」

 

エステル達に続いて、アヤとガイウスは全てを語った。

帝国が抱える闇。特科クラス《Ⅶ組》。オリヴァルトの真意。

アヤが見舞われた惨劇。ガイウスの出会い。結ばれた絆。

一しきり話し終えた後、誰が言うまでもなく、小休憩を取ろうという流れになった。

何しろ2時間以上、4人は喋りっ放しだったのだ。話し疲れてしまって当然である。

 

「・・・・・・どうかしたのか?」

「あ、ううん。何でもない」

 

まだ昼時前ということもあり、辺りは閑散としていた。

だというのに、複数の視線を感じる。エステルはその視線の先、ガイウスの表情を窺った。

明らかに隣を歩く彼に対し、周囲の注意が向いている。

当たり前だが、それはガイウスの異国風の出で立ちに起因していた。

話してみれば、普通の男性なのに。そんなことを考えながら、エステルは売店で人数分の飲み物を受け取った。

 

「俺が持とう。それぐらいはさせてくれ」

「結構重いわよ。大丈夫?」

「ああ」

 

前言撤回。普通のいい男性だ。

満面の笑みで飲み物を手渡してくるエステルに、ガイウスは少しだけ首を傾げてしまった。

 

部屋に戻る道すがら、2人は取り留めの無い話題に花を咲かせた。

ガイウスにとっては、その1つ1つが新たな発見と新鮮さに満ち溢れていた。

今の彼にとって、ノルド高原の外の世界は、帝国に存在する常識や観念に等しい。

その帝国ですらが、ゼムリア大陸を成す国々の1ヶ国にすぎないのだ。

 

「列車が無い?」

「ええ、そうよ。歴史的な背景とか技術的な面とか、色々理由はあるみたい。その代わりに定期飛行船があるから、遠出するだけなら列車よりもずっと便利だと思うわ」

「飛行船か。ノルドでも見掛けることはあるが、乗ったことはないな」

「ええ!?・・・・・・まあ、そっか。遊牧民には縁が無いものだしね」

 

エステルの話に、ガイウスは自分が知る世界の狭さを、改めて思い知らされる。

同時に、温かな感情を覚えていた。それは病室で会話をしていた時から感じていたもの。

 

「でも一度は乗ってみるべきよ。こう、ふわっとしてぶわー!ってなるの」

「ぶわー、か」

「そうそう、鳥になったような気分になれるんだから。ぶわー!ってね」

 

身体が宙に浮く感覚を、奇妙なジェスチャーで伝えようとするエステル。

そんな彼女の姿を、ガイウスは面白がることもなく、眩しいと感じていた。

どことなく、アヤに似ている。それは以前彼が引き合いに出した、太陽のように。

きっと彼女の前では、誰もが仮面や鎧を外してしまうに違いない。

 

「ガイウス君、どうかした?」

「いや。ヨシュアが君に惹かれたのも、分かる気がする」

「よ・・・・・・き、急に変なこと言わないでよ」

 

ヨシュア・ブライト。

彼が歩んできた道のりは、アヤ以上に凄惨で、暗闇に満ちていた。

そこに光をもたらしたのは、間違いなくエステルという太陽だった。

ヨシュアの口から語られた以上に、ガイウスはそれらを感情で、肌で感じとっていた。

 

「でもね、あたしも同じことを考えてたんだ」

「同じ?」

「今のアヤがあるのは、ガイウス君のおかげでしょ。それはアヤ本人が言ってたじゃない」

「それは・・・・・・そうだな。違うと言ったら、アヤに怒られそうだ」

「当たり前よ・・・・・・あら?」

 

1階のロビーを歩いていると、正面玄関の方角から、子供の泣き声が聞こえてくる。

そこにいたのは、2人の幼い少年少女だった。わんわんと泣き喚く声が、辺りにこだましていた。

その声に周囲の人間は戸惑いながら、顔を見合わせることしかできないでいた。

 

「迷子かしら。ちょっと気になるわね」

「いや、心配は要らないようだぞ」

 

ガイウスの視線の先には、両親と思われる男女がいた。

足早に少年少女の下に駆けつけると、慌てて頭を撫でながらあやし始める。

それでも泣き止まない子供達を、夫婦は膝を床に下ろし、優しく抱いた。

父親は娘を。母親は息子をその腕に。

 

次第に鳴き声は尻すぼみとなり、再びロビーに静寂が広がる。

丁度午前中の受付時間が終了したこともあり、人もまばらになり始めていた。

そんな中で、エステルとガイウスは、一連の出来事を足を止めながら眺めていた。

言葉を交わすこともなく、唯々見入ってしまっていた。

 

「あはは・・・・・・ごめんね。ちょっと昔のことを思い出しちゃって」

「そうか。さっきと同じだな。俺も思い出に浸っていたところだ」

 

どれぐらい立ち尽くしていたか分からない。

ハッとして隣を見ると、自分と同じように感慨深げな色を浮かべる人間がいた。

お互いの顔に、自然と笑みが浮かんだ。

 

「よく覚えている。アヤが初めて涙を見せた日のことを、今でも思い出すんだ」

「私も。ヨシュアの泣き顔を拝むまで、随分と苦労したわ」

「俺もだ。今思えば、ひどく恥ずかしい台詞を並べたような気もする」

「そうそう。さっきみたいに、ずっとぎゅーって抱きしめてやったの」

「奇遇だな。それも同じだ」

 

泣き声と取って代わるように、周囲へ大きな笑い声が広がる。

全く同じことを考えていたことが、2人はおかしくて堪らなかった。

 

ガイウスは、エステルがアヤに似ていると感じた。

あながち間違いでもない。だがそれ以上に、彼自身がエステルと同じものを持っていた。

エステルは太陽のように、光で照らしながら。

ガイウスはその大きな腕で、悠然と包み込むように。

 

2人に救われた、2人がいた。ただそれだけのことだった。

 

「それにしても・・・・・・槍だと思っていたんだが、よくよく見れば違うんだな」

「ああ、これ?」

 

エステルはガイウスの視線の先、背に携えていた戦棒を手に取った。

屋内ということもあり、エステルは片手で軽く、クルクルと器用に棒を回し始める。

 

「全身が柄であり刃でもあり、身体の一部でもある。棒術には自信があるのよ」

「柄であり刃でもある・・・・・・か。槍術とは違うのか?」

「通じるところはあるわ。少し見せてあげよっか」

 

この日を境に、ガイウスの槍術はその幅を広げることになる。

それはもう少しだけ、先の話だった。

 

____________________________________

 

一方その頃。

 

「へぇ・・・・・・これが長巻か。太刀や薙刀とも違うんだね」

「小さい頃から、剣はそれしか握ったことが無いんだ」

 

ヨシュアは鞘をゆっくりと払いながら、月下美人の刀身をまじまじと見詰めていた。

双剣使いの彼にとっても、余程珍しい刀剣なのだろう。

私自身、今まで長巻の使い手に出会ったことは一度も無い。

 

「こんな長物を実戦で扱えるだけでもすごいよ。エステルに稽古を付けてほしいぐらいさ」

「そんな。2人はB級の正遊撃士なんでしょ?私なんかじゃ稽古にならないと思うけど」

 

謙遜は無しだよ。ヨシュアはそう言うと、刀身を鞘に収めた。

それはこちらの台詞だ。彼の腕前も、その立ち振る舞いから容易に窺い知れる。

単純な戦闘のみならず、何か得体の知れない力すら感じさせる。

フィーとも違うようだ。それはきっと、彼の生い立ちにも関係しているはずだ。

 

「でも君は少し、無茶をし過ぎるみたいだね。身体の方はどう?」

「あはは・・・・・・流石に今回はね。あと数日は掛かると思う」

「そうか。もう無理はしない方がいい」

 

何だか変な感覚だ。

初対面の男性に私の力の存在を見破られ、窘められるだなんて。

それはきっと、彼だからこそなせる業なのだろう。

 

「1つ、聞いてもいい?」

「何かな」

「狼・・・・・・ヴァルターは、今も結社にいるの?」

 

それがヨシュアが教えてくれた、狼の名。

リベールの異変は隅々に渡るまで、蛇まみれだった。

国を揺るがしかねない、重大な事件を何度も引き起こしている秘密結社。

今更になって実感した。私の知らないところで、リベールはその脅威に晒されていたのだ。

 

「分からない。でもあの男は、死合いという狂気を味わえるためなら、何だってする。おそらくは、まだ」

「・・・・・・そっか。じゃあ、この国に人形兵器が現れたことについては?」

「それも同じさ。リベールでの異変の後、一体何を企んでいるのか・・・・・・分からないんだ」

 

分からないことだらけか。少し無理を言ってしまったかもしれない。

彼は既に、蛇の構成員ではない。裏で暗躍する連中の動向など、知る由が無い。

そもそも彼らは遊撃士だ。トヴァルさんやサラ教官と同じような立場にある。

把握している情報は、共有していると考えてもいいだろう。

 

「ただ、レグナートも言っていた。リベールの異変ですらも、始まりにすぎないってね」

「レグナート?」

「あの物語にもあっただろう。僕達を救ってくれた古竜のことさ」

 

運命の歯車は、今まさに回り始めたばかり。

一度回り始めた歯車は、最後まで止まることはない。

それがヨシュアが言った、古竜が残した言葉だった。

 

うん。冗談になっていない。信じられるわけがない。

 

「それ嘘だよね」

「いや、嘘じゃないけど」

「嘘だよ。何で魔獣が喋るの」

「魔獣じゃなく竜だよ。人を見守るだけの存在って言っていたかな」

「嘘だよ!絶対に嘘!」

「そう言われてもね・・・・・・」

「大体歯車って何?もっと具体的且つ分かりやすく言ってよ」

「僕に言わないでよ。他にも禁忌とか盟約とか言っていたけど、よく分からなかったんだ」

「ほら、やっぱり嘘じゃん・・・・・え、禁忌?盟約?」

「え?」

「うわ・・・・・・うわぁ」

 

歯車。禁忌。盟約。見守るだけ。喋るはずがない存在。

問い詰めると、必ずそんな言葉を並べ始める。

ピンポイントで、思い当たる存在がいた。

今日一番の頭痛だった。誰か嘘だと言ってほしい。

 

「少し疲れてるんじゃない?今日は色々話したからさ」

「ん・・・・・・そうかも」

 

この件については、多分考えても無駄だろう。

張本鳥に問いただしても、はぐらかされるに違いない。

 

確かに今日は、余りにも多くを一辺に知り過ぎた。

何だか頭がクラクラする。ヨシュアが言うように、疲れているのかもしれない。

 

「あ、レン」

「え?」

 

部屋に風を入れようとしたのか、ヨシュアは窓を半開きにしながら、その先を見詰めていた。

ゆっくりと身体を起こしてベッドから下り、彼の視線の先を追う。

そこには表広場にそびえ立つ、1本の立派な大木が立っていた。

その幹から分岐した太い枝の上に、レンちゃんは腰を下ろしながら両足をぶら下げていた。

 

「あんなところに・・・・・・え、どうやって登ったの?」

「はは、ああ見えてレンはとても身軽なんだ」

 

身軽の一言で済まされた。少しも動じていない。

あそこから落ちたら、大怪我では済まされない。そもそもどうやって下りる気なんだ。

 

「・・・・・・ねえ。あの子って」

「レンは僕とエステルの家族さ。それ以上でも、以下でもないよ」

 

三者三様の顔立ち。当然ながら、血の繋がりは感じられない。

だがヨシュアの言葉に嘘はない。きっとそれ以上に強い絆で、結ばれているに違いない。

 

あの少女については、何も語ってはくれなかった。

その必要はないのだろう。彼らが家族であることに変わりはない。

 

「家族、か・・・・・・あはは」

「どうかした?」

 

レンちゃんを見詰めるヨシュアの横顔を見ながら、思わず笑ってしまった。

 

私は少し勘違いをしていた。

身喰らう蛇。あの組織を成すのは、人ならざる存在だと思っていた。

でもそうじゃなかった。唯の人間だ。人間にすぎないのだ。

一度は道を踏み外したはずのヨシュアも、人間味溢れる男性だった。

計り知れない程の罪と過去を背負いながら、こうして生きている。

私なんかよりも―――ずっと強い。

 

「はは、それはどうだろう。大好きな女の子に絆されて、泣きついて・・・・・・結局僕は、こちら側に戻ってしまった。その程度の覚悟で、僕はエステルの前から姿を消したんだ。つまらない人間だよ」

「そんなことないよ。でも・・・・・・あはは。私も同じなのかも」

 

死んでもいい。一時は本気でそう考えていた。

掴みかけた幸せを、私は夢だと言って捨てようとしていた。

結局はガイウスの腕に抱かれて、泣きついて。たった一夜で、私の心は折れてしまった。

 

だから、私の方がつまらない人間だ。

私がそう言うと、ヨシュアは首を横に振りながら同じことを言い始める。

次は私が。その次がヨシュアが。

そんなつまらないやり取りを続ける私達を、病室へ戻って来たエステルとガイウスが、つまらなそうな表情で見詰めていた。


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