絢の軌跡   作:ゆーゆ

76 / 93
出会いの先に

9月度の特別実習。

学院祭を前に実施される、今年度の上半期最終回。

私達の半年間の集大成とも言うべき、特別な意味合いを持つ実習でもある。

それは毎月末の水曜日に行われてきた、実技テストも同じ要素を含んでいた。

 

「はぁ、はぁ・・・・・・フィー、立てるか?」

「何とか」

「ぼ、僕は無理・・・・・・」

 

ラウラにフィー、エリオット。

立ち合いはほんの数分間。だというのに、3人とも立っているのがやっとという有様。

エリオットに至っては、ガイウスの肩を借りなければならない程に疲弊していた。

 

「ふぅ。まあこんなところかしらね」

 

9月22日、水曜日。

サラ教官が1つの『区切り』とした今月の実技テスト。

内容は極めて単純。私達《Ⅶ組》と、サラ教官自身との立ち合い。

これまで経験してきた実技の中で、最も過酷且つ、次元が違っていた。

 

「まだ余裕がありそうなのがムカつく」

「あはは。ほら、じっとしてて」

 

フィーに回復系アーツを施しながら、タオルを手渡す。

彼女も全力を出し切ったのだろう。その証拠に、全身が汗と泥塗れだ。

大事がないとはいえ、そこやかしこに切創や擦過傷が見られる。

私のアーツでは気休め程度の効果しか望めない。2~3日は掛かるだろう。

 

先陣を切ったのは、リィンとアリサ、ミリアム。

次がマキアスにユーシス、そしてエマ。

誰もが形振り構わず、グラウンドの地べたに座り込んでしまっていた。

無理もない。まるで長時間全力で疾走した直後のように、皆息を切らしてしまっている。

おかげ様で不参加の私は大忙し。アーツを使いっ放しのこちらも大分辛くなってきた。

 

「サラ。今の立ち合い、何点?」

「評価は後だって言ったでしょ。さてと」

 

勢いよく立ち上がり、再度開始線の前に立つサラ教官。

肩で息をしている辺り、教官も体力的に相当なところまできているように思える。

何せ戦術リンクを存分に活かした集団と、間を置かず3連戦しているのだ。

サラ教官の普通ではない表情。これはこれで貴重だ。

本気を出させてもらう。テスト開始前に言ったあの言葉も、嘘ではなかったのだろう。

 

(本気、か)

 

ただ、少しだけ引っ掛かるのものがある。

認めたくないという思いもある。それはこの場で言うべきことではない。

いずれにせよ、残すところあと1戦。

 

「おしっ。優等生コンビの出番ってわけだな」

「突っ込んだ方がいいのか?」

「クク、お前も言うようになったじゃねえか」

 

ガイウスとクロウ。次が最後だ。

人数構成上、1組だけ2人組のペアができてしまう。

それを買って出たのがガイウスだった。付き合ってやるよ、と乗っかったのがクロウ。

 

「頑張ってね。ガイウス、クロウ」

「ああ」

「任せときな」

 

言いながら、2人のARCUSがリンク機能で繋がる。

この2人が組むというのも新鮮だ。彼らがどんな立ち合いを見せるか、少しだけ楽しみではある。

 

「双方、構え」

 

私の合図で、3人の目が変わった。

ガイウスの心境は察せられる。今の自分の強さを試したいのだろう。

最近はずっとそうだった。寝る間を惜しんで、毎晩槍を振るっていた。

あのラウラやリィンが根を上げる程に、鍛錬に付き合わされていた。

 

エステルとの出会い。強くなれ、というお義父さんからのメッセージ。

キッカケはどうあれ、強くなりたいと願う意志は、ガイウスも同じ。

私も見てみたい。彼がどう変わったのか、どうなりたいのかを。

 

「始め!」

 

掛け声と同時に、ガイウスが一気に間合いを詰め、突き技を放つ。

苦もなくそれを躱したサラ教官へ、即座に薙ぎ払いの一撃。

合わせるように、クロウがアーツを詠唱しながら銃弾で逃げ道を塞ぐ。

一度受けに回れば、すぐに押し切られる。それを2人とも分かっているのだろう。

サラ教官は全てを紙一重で回避し、銃撃を交えながら反撃の隙を窺っていた。

 

「・・・・・・意外に、いいコンビなのでしょうか」

「み、見事な連携だな」

 

感嘆の声を漏らすエマとマキアス。

2人が言うように、初撃から十分すぎる程に連携が取れている。

戦術リンク込みとはいえ、特にクロウの手並みには思わず見惚れてしまう。

長物を扱うガイウスの動きに、阿吽の呼吸で合わせてくれている。

後衛にいながら、前衛にいるかのような立ち振る舞い。

導力銃の技術だけでは、ああはならない。流石は先輩といったところか。

 

「リィン、気付いたか」

「ああ」

 

そんな中で、違った見方をする面々がいた。

最初にその変化に気付いたのは、ラウラとリィンだった。

 

「あれ程の長物を、まるで身体の一部かのように使いこなしている。見事な槍捌きだ」

「そうだな・・・・・・はは、俺達も見習わないとな」

 

私からすれば、一目で分かる。

石突から槍頭に至るまで、槍の全身を持て余すことなくフルに活かした連撃。

どの仕掛けにも隙が生じないよう、数手先までガイウスの目には見えているに違いない。

素直に驚いた。こんな短期間で、こうも技に磨きがかかるとは。

 

「いいリズムね。ならこっちも本気で行くわよっ・・・・・・!」

 

ただ、相手はあのサラ教官だった。

教官は笑いながら一旦距離を取ると、その速度が増した。

 

「はああぁ!!」

「ぐっ・・・・・・!」

 

反撃を許さなかったはずの連撃に、いとも簡単に横槍が入る。

ああも接近されて後手に回れば、槍の長柄は不利でしかない。

距離を取ろうにも、間合いを切ることさえ許してくれない。

サラ教官の間合いの中では、ガイウスも防戦一方。身動きが取れないでいた。

 

「右だ!」

 

すると後方から発せられた声に、ガイウスの身体が即座に反応する。

入れ替わるように、クロウが放った銃弾が、サラ教官の下へ飛来した。

 

キンッ。

 

―――はずだった。

代わりに、真っ二つに斬り裂かれた銃弾が、サラ教官の後ろに着弾した。

 

「なっ―――」

「ほら、余所見!!」

 

間髪入れず、一瞬動きが止まったガイウスの腹部に、容赦無い前蹴りが叩きこまれる。

遥か後方に吹き飛ばされたガイウスの身体は、力無く地に伏せてしまった。

 

「斬弾・・・・・・初めて見た」

 

射線上に、そっと刀身を垂直に置く。

たったそれだけで銃弾は裂かれ、軌道を変える。超が付く程の高等技術だった。

開いた口が塞がらない。線と点が僅かでもズレたら、成り立たない技だ。

私は勿論、リィンやラウラでも真似できないだろう。

・・・・・・あの領域に達するまで、あとどれぐらい時間が掛かるのだろうか。

 

「おい、大丈夫かよ!?」

「あ、ああ」

 

よろよろと力無く立ち上がるガイウス。

虚勢を張っていることはよく分かる。相当重い一撃だったはずだ。

呼吸も不規則。ガイウスが動けなくなれば、クロウも時間の問題。

あとできることがあるとすれば、1つか2つぐらいだろう。

 

「・・・・・・ふぅ」

 

ガイウスは呼吸を整えると、槍の頭を返し、石突をサラ教官へ向けた。

 

「クロウ。俺の仕掛けに合わせてくれないか」

「構わねえが、何か考えがあるのか?」

「ああ。試したいことがある」

 

言いながら、ガイウスはゆっくりとした動きで、ある『構え』を取り始める。

 

槍は背負うように、首の後方。

槍の向きは変わらず、石突をサラ教官へ向けたまま、槍頭は自分側。

腰を下げ、両足は大きく広めに構え、視線は鋭く。

 

独特なその構えに、誰もが見入ってしまっていた。

 

「あれは・・・・・・ラウラ、知っているか?」

「いや、私にも分からぬ・・・・・・初めて見る構えだ」

 

リィンとラウラが怪訝そうな表情で、ガイウスの構えを見詰める。

皆も同様の、サラ教官さえもが同じ色を浮かべていた。

それはそうだろう。私だってあの構えを見たのは、これが二度目のことだった。

 

「あ、あれは―――」

「はああぁ!!」

 

刹那。

裂帛の気合いと共に、ガイウスがサラ教官へと踏み込む。

その矛先は、反応が遅れたサラ教官を捉えていた。

 

_______________________________

 

9月12日。医療棟前広場。

 

「―――『笠の下』?」

 

笠の下。

エステルが先程まで取っていた構えを、ヨシュアはそう呼んだ。

 

「うん。間合いを惑わせるのに有効な、棒術の型の1つなんだ」

「間合いを・・・・・・」

 

それは何となく理解できた。

エステルは今、棒を背負うような独特の構えから、ガイウスの頭上目掛けて上段を放った。

見事な踏み込みだったとは思う。でも傍目から見れば、ただの上段。

何の変哲も無い仕掛けにしか見えなかった。

だというのに―――あのガイウスの表情。明らかに異質な何かを、感じ取っていた。

 

「驚いたな・・・・・・俺には、点にしか見えなかった」

「点?」

「こういうことよ、アヤ」

 

クルクルと戦棒を回しながら、私の前に立つエステル。

すると戦棒はピタリと動きを止め、その先端が私に向けられた。

 

「・・・・・・ああ、なるほど」

 

私の視線。その視線に完全に平行した形で、戦棒は微動だにしない。

これなら確かに点だ。私の位置からでは柄が全く見えない。

この状態から打ちこまれたら、間合いを見誤ってしまってもおかしくはない。

 

「元々は笠を被った使い手が、笠の下に柄を隠す技法だったの。だから笠の下。やりようによっては、こういった隠し方もあるってことね」

「へえー。でもそれ、かなり難しそう。流石はB級遊撃士」

「はは、余り褒めるとすぐ調子に乗るから、程々にね」

 

今日3回目となるあんですってーを聞きながら、ガイウスの様子を窺う。

余程新鮮だったのだろう。笠の下以外にも、エステルはいくつかの技法を披露してくれていた。

 

「繊細な技ばかりだな。俺に真似できるかどうか・・・・・・」

「それもガイウスの良さでしょ。絵も上手いし」

「それは関係あるのか?」

「あはは、分かんない。結構適当に言った」

 

あながち間違ってもいない。

その長身から、槍を豪快に振り回す姿に目を奪われがちだが、決してそれだけではない。

手先が人一倍器用なのだ。案外ああいった小技も、彼に向いているのかもしれない。

 

その後もガイウスは、エステルから何通りかの型や技を習っていた。

今日という出会いが、きっといつか彼の力になる時が来る。私にはそう思えた。

 

_________________________________

 

時は戻って、9月22日現在。

 

「ん・・・・・・む?」

「あ、やっと起きた」

 

目を覚ました瞬間、ベッドから勢いよく半身を起こすガイウス。

何故自分がこんなところにいるのか、状況をよく理解できていないのだろう。

 

「ここは・・・・・・保健室か?」

「うん。今は15時半、もう授業も終わったよ」

 

サラ教官との立ち合い最中。

ガイウスが笠の下の構えから放った一撃は、完全にサラ教官を捉えていたかに思えた。

極薄の紙一重で躱されたガイウスの槍は、代わりに教官が纏っていたコートを斬り裂く。

返す刀で、頭部に右の回し蹴り。

頭を容赦無く打たれたガイウスは、そのまま意識を飛ばされてしまった。

合わせ損ねたクロウも、サラ教官の追撃により撃沈。

それが今から約1時間半前の、実技テスト終了を知らせる合図だった。

 

「そうか・・・・・・俺もまだまだのようだな」

「そんなことないよ。サラ教官も思わず本気で蹴っちゃったって、慌ててたんだから」

 

おそらく今回の実技テストの中で、最も教官に迫ったのは、あの一撃に違いない。

だからこそ本気で返してしまったのだろう。少し不憫ではある。まだ痛そうだし。

 

ともあれ、彼の槍術は明らかに変わった。

笠の下を抜きにしても、いい方向にエステルの棒術が影響を及ぼしているはずだ。

今日の実技テストは、その片鱗に過ぎない。

彼はもっともっと強くなる。私なんかの想像に、収まらないぐらいに。

 

「そうそう。これ、渡しておくね」

「・・・・・・失念していた。それがあったな」

 

今月度の特別実習。その実習地が記された用紙。

ガイウスの代わりに私が預かっていた物だった。

 

「オルディス、か。確か、この国の五大都市の1つだったな」

「うん。レグラムで会った、あのカイエン公爵が治める大都市だよ」

 

海都オルディス。そして、鋼都ルーレ。

それが今月度に選ばれた、特別実習の開催地。

どちらも貴族派筆頭の大貴族が治まる、5大都市の1つ。

帝国全土が混乱の渦中にある今の状況下も、全てを考慮しての選択だった。

 

「正直、嫌な予感しかしないけど・・・・・・頑張ってね。私も違う形で応援するから」

「ああ。アヤも大分苦労しそうだな」

「あはは、そうだね。てなわけで、私はこれから生徒会室に行くから」

 

違った形での応援。

そのために私は今日、放課後に生徒会室へ呼ばれていた。

 

_______________________________

 

放課後。

午後16時半、生徒会室。

 

「はい、そうです。ハーシェルの代理で・・・・・・はい。人数も予定通りで・・・・・・え?ああ、それは間違いないですよ。いえいえ、本当です。13歳で・・・・・・はい。当日は身分証も携帯して行きますから。はい・・・・・・ありがとうございます。宜しくお願い致します」

 

ガチャリ。

ふう、と溜息をつきながら、デスクの上に通信機を置く。

こういったことは慣れていないせいか、変に力が入ってしまう。

そんな私の様子をトワ会長がクスクスと笑いながら、声を掛けてくる。

 

「何か言われた?」

「ミリアムについてちょっと。本当に13歳の士官学院生なんているのかって聞かれました」

「あはは。年齢で料金が変わるホテルは多いからね」

 

交流会の場で、私がトワ会長から依頼された『お手伝い』。

それは実習に関わる事前準備や事前連絡といった、実務の補佐役だった。

 

特別実習を実施するには、様々な人間や設備、公共の施設等の協力が必要不可欠となる。

案内人や依頼内容については、サラ教官が管轄している。

それ以外の実務的な作業は、驚いたことに、全て生徒会が一任されているのだという。

生徒会と言うよりかは、トワ会長と言った方が正しいのかもしれない。

ずっと私達《Ⅶ組》を、影ながら支えてきてくれていたというわけだ。

 

「オルディス方面は今ので最後ですよ。次は何をすればいいですか?」

「あ、じゃああれもお願いしちゃおっかな」

 

トワ会長はそう言うと、見覚えのある書類の束をデスクの上に置いた。

毎月実習を終えた後、私達が提出していた申請書だった。

 

「交通費とか、実習中に掛かった費用をいつも申請してもらってるよね?その金額の内容を確認してほしいんだ」

「確認って・・・・・・ああ、添付してある領収書と整合性を取るってことですか」

「それもあるけど、実習の外で掛かった費用まで申請されていると困るでしょう?費用も正しいかどうかチェックしないといけないし、その辺の確認を含めてかな」

 

なるほど。

例えるなら、私が帝都で購入した『空を見上げて』のレコード代。

あの代金が申請されていたりしたら、大問題だというわけか。

実習の報告書には、いつどこでいくらのミラを費やしたのかを記入する必要がある。

あれにはこういった意味合いもあったようだ。

理解はできた。だが、私の疑念は膨らむばかりだった。

 

「あのー。これ絶対、生徒会の仕事じゃないですよね?」

 

この件に限らず、どう考えても生徒が介入していい実務とは到底思えない。

金銭が関わるものなら尚更だろうに。もし何かあったら、誰が責任と取るんだ。

 

「そうかな?」

「そうですよ。サラ教官から押し付けられているだけじゃないですか?」

「あはは、それだけ信用されてるって私は受け取ってたよ」

 

どうやったらそんな解釈に繋がるんだろう。いい人すぎる。

まあ任された以上、この場は引き受けるしかない。

トワ会長曰く、こういった経費申請は毎月25日締めだそうだ。

今日が24日だから、期日ギリギリ。本当に手が回っていないに違いない。

 

「ごめんね。アヤさんもトレーニングがしたいはずなのに」

「ああ、別に気にしないで下さい。流石にある程度休みも必要ですから」

 

今日のところは、アンゼリカ先輩との鍛錬も中休み。

当初の計画を超えたペースで酷使していたこともあり、身体が休ませろと悲鳴を上げていた。

 

「私は少し外に出てくるから、任せてもいいかな?」

「分かりました。お任せあれです」

 

トワ会長は「お願いね」と一言置くと、足早に生徒会室を後にした。

本当に忙しい人だ。学院祭もあるし、来月までは多忙な日々が続くのだろう。

ちょうどいい機会だし、今日のうちに手伝えることは済ませておきたい。

 

「さてと」

 

書類に目を落とすと、早速領収書と金額が合わない申請書があった。

クロウが提出したものか。仕事を増やさないでほしい。後で言っておこう。

 

「えーと・・・・・・あっ」

 

またもや不備を発見。

呆れたことに、桁を1つ間違えている。誰だ次は。

 

「あ、あはは」

 

アヤ・ウォーゼル。私だった。

うん、皆にも一度注意しておこう。トワ会長の仕事を少しでも減らしたいし。

 

_______________________________

 

午後17時半。

一通りの作業を終えた後、私はデスクの座椅子にもたれ掛かっていた。

思っていた以上に時間が掛かってしまった。肩が凝って仕方ない。

今日私が任されたのは、トワ会長が抱える案件のほんの一握りのはずだ。

だというのに、この疲労感。彼女はああ見えて、相当タフなのかもしれない。

 

「はぁ・・・・・・ん?」

 

不意に、デスク上に置かれていた赤いファイルに目が止まった。

手に取って背表紙を見ると、そこには『RF』と2文字だけ。

この国でRFといえば、当然ラインフォルトグループが真っ先に連想される。

ファイルを開くと、そこには案の定、ラインフォルト社の概要について書かれていた。

これは何の資料だろう。ルーレでの実習用に、トワ会長が作成したものだろうか。

 

「第1製作所に、第2製作所・・・・・・」

 

資料によれば、ラインフォルト社は大きく分けて4つの部門から成り立っていた。

 

1つ目は第1製作所。

鉄鉱から生産される大型機械全般を取り扱う部門。

次が第2製作所。

銃器や戦車といった、兵器全般を担う部門。

第3製作所。

列車や飛行船のような、交通機関に関わる運搬具を生産する部門。

そして第4開発部。

通信技術や戦術オーブメントを始めとした、導力技術の開発部門。

 

ラインフォルトは大陸でも一二をを争う巨大企業。

導力革命以降は、専ら導力式の機械を扱う重工業メーカーとして発展を遂げた。

そんな経緯もあり、各部門が独立した体質と組織色を持っている。

 

それに各部門ごと、この帝国の実状を表すかのように、派閥色も大変に濃い。

第1製作所は貴族派。第2製作所は革新派の息が強く掛かっている。

前半は大まかに、そのような概要が記されていた。

 

ラインフォルト程巨大なメーカーともなれば、色々な歴史や事情があるのだろう。

中々勉強になる。そう思い、ページを捲った。

 

「・・・・・・え?」

 

その右上に押されていたのは『RF』、ラインフォルトの社印。

社印の隣には『社外秘』の印。どう見ても社外秘と書かれている。

ペラペラと何ページか捲ってみると、そのどれもに同じ印が押されていた。

 

当然私でも、その意味合いは理解している。

本来なら、こんなところにあってはいけない書類。

ラインフォルトの社員しか見ることが許されない情報。そのはずだ。

 

(な、何で?)

 

どうする。いやそれより、何故こんなものが生徒会室にある。

いけないと思いつつも、私は目に止まったページの表題を、横目でちらりと見やる。

第1製作所、第1四半期社内決算―――

 

「あー!!」

「うわぁ!?」

 

叫び声に反応し、ファイルをパタンと勢いよく閉じる。

顔を上げると、慌てふためきながら歩み寄るトワ会長の顔が、眼前に迫ってきていた。

 

「み、見た?その中身、見たの!?」

「見てません。見てませんから」

「本当に!?」

「・・・・・・ちょっとだけ、見ちゃ駄目な物を見たかも。あ、内容は本当に見てませんよ?」

 

親指と人差し指で1リジュ程の隙間を空ける。

するとトワ会長は大きな溜息をつきながら、ソファーに座り込んでしまった。

 

「はぁ・・・・・・忘れてって言ったら、忘れてくれる?」

「そうしたいのは山々ですけど、流石にこれは・・・・・・」

「だよねぇ。あーもう、私の馬鹿!出しっ放しにしてすっかり忘れてたよ」

 

トワ会長がポカポカと自身の頭を叩き始める。

土下座で謝罪したい気分だが、見てしまった以上見過ごすわけにもいかない。

何故社外秘であるはずの書類を、トワ会長が所持しているのか。

変な疑いを持ちたくない。が、このままでは私は今日、眠れそうにない。

渋々ながらも、トワ会長は一通りの経緯を説明してくれた。

 

先に釘を刺されたのは、ファイルに綴じられた資料の大半が、公式の物だということ。

各部門の資本金や社員数を始めとした、様々な会社の数字。

それはラインフォルト自身が公表している物であり、その気になれば誰だって見ることができる。

 

そしてもう半分が、これも公式資料として政府に提出された物。

トワ会長は政府関係者に直接掛け合い、それを入手するに至った。

先月の通商会議に参加した際に、何人かの議員と知り合うことができたそうだ。

裏技に近いルートではあるが、これも特に問題は無い。

 

「ミヒュトさん?」

「うん・・・・・・」

 

トワ会長が知りたかったのは、資料にもあった第1製作所に関すること。

驚いたことに、社外秘であるはずの情報の出所は、質屋ミヒュト。

何でも仕入れてくれることで有名なあの店の店主、ミヒュトさんだった。

 

「この間、『知りたいことがあるなら1つだけ、何だって調べてやる』って言われてね。私はよくあのお店を利用しているから、お礼がしたかったそうなの」

「それでラインフォルト社のことを?」

「・・・・・・冗談半分でお願いしたら、本当に調べて貰えちゃった。ビックリだよ」

「・・・・・・そ、それはそうでしょうね」

 

私も何度かお世話になってはいるが、全く理解できない。何者だ、あの人は。

いずれにせよ、事情は理解できた。知りたいのは、もう1つだけ。

入手ルートはともかくとしても、その動機だ。

トワ会長にその気はなくとも、社外秘の情報を手に入れてしまったことは事実。

何故そうまでして、ラインフォルトの情報が欲しかったのか。

 

この点を追及すると、トワ会長は黙り込んでしまった。

その様子から、何やら深い事情があることだけは察せられた。

 

「手元の資料からでも推測はできたんだけど・・・・・・確信を得るためには、それしか無かったから」

「・・・・・・何か事情があるみたいですね」

「ごめんね。事が事だから、これ以上は大っぴらには言えないかな」

「いえいえ、こっちこそ。勝手に見てしまってすみません」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべるトワ会長。

真相はどうあれ、覗き見をしてしまった私に非がある。

今日の事は一旦忘れよう。これ以上彼女を困らせるのは本意では無い。

 

ただ―――1つだけ。

もしかしたら、彼なら可能かもしれない。

エステルとヨシュア。2人との出会いの先に、垣間見たもの。

知り得なかった真相。自分自身で確かめるまで、得られないでいる確信。

駄目でもともとだ。無理を承知で、一度聞いてみよう。

 

壁の時計に目をやると、時刻は18時前。

今からなら、まだ間に合う。そう思い、私は腰を上げた。

 

___________________________

 

チリンチリン。

ドアチャイムが鳴り、私という来客を知らせる音が店内に鳴り響く。

開いていてくれたか。いつも気紛れで早々と閉店することがある分、少し心配だった。

 

「ん・・・・・・ああ、お前か」

「こんばんは、ミヒュトさん」

 

質屋ミヒュト。

私がここを訪ねるようになったのは、6月頃からだったか。

サラ教官が私に貸してくれた、雑誌がキッカケだった。

 

「今月号はもう渡したと思っていたんだが、記憶違いか?」

「ああ、いえ。今日は違うんです」

 

クロスベルタイムズ。

この国の書店には並ばない雑誌を、私は毎月ここで購入していた。

定価よりも数段高い値段を吹っ掛けられつつも、トリスタではここでしか手に入らない。

トワ会長が言うように、頼めば何だって仕入れてくれることで有名なのだ。

今日ここに足を運んだのは、勿論クロスベルタイムズ目当てではない。

 

「今日はお願いがあって来たんです。トワ会長から聞きましたよ」

「何のことだ」

「頼めば何だって調べてくれるって。たとえそれが、ラインフォルト相手でも」

 

新聞に目を落としていたミヒュトさんの視線が、ゆっくりと上がる。

その鋭い視線で私の顔を一瞥した後、彼は再び顔を下げてしまった。

 

「何を聞いたか知らんが・・・・・・ありゃ特別サービスだ」

「特別?」

「貴重な常連客だからな。それ以外に用がないんならさっさと行きな」

 

ひらひらと手を振り、退出を促してくるミヒュトさん。

構うことなく私はカウンターに詰め寄り、懇願した。

 

「そこを何とか。私もラインフォルトについて、調べたいことがあるんです」

「だったらトワから直接聞いたらどうなんだ」

「第1製作所じゃなくて、私が知りたいのは第2製作所についてです」

 

ピクリと、ミヒュトさんの身体が一瞬反応した。

私が具体的な内容に触れたことで、少しは関心を示してくれたようだ。

ミヒュトさんは新聞を四つ折りにし、カウンターの上に置いた。

 

「一応聞いておくが・・・・・・お前さんが知りたいのは何だ」

 

第2製作所について。そう答えても仕方ない。

この際だ。その先にある私の疑念を吐いてしまった方が、話は進むかもしれない。

私はミヒュトさんの目を見据えながら、言った。

 

「リベールの異変。あの異変の最中に、国境で何が起きていたのか。確かめたいんです」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。