絢の軌跡   作:ゆーゆ

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集大成の前夜

9月24日、金曜日。時刻は午後19時半の第3学生寮。

 

私とミリアムの部屋を訪れたアリサが、2冊の小冊子を私に手渡す。

私はそれをパラパラと捲りながら、内容を大まかに把握していく。

知りたかった情報や数値は、大体揃えてくれたようだ。

これなら、目的の1つは達成できるだろう。もう1つの方は、元から期待していなかった。

 

「ありがとう。参考にするね」

「お礼ならシャロンに言いなさいよ。それ、彼女が取り寄せてくれたものだしね」

 

先々日に、私がアリサに依頼していた物。

ラインフォルト社が一般者向けに配布しているパンフレットと、開示している企業情報をまとめた資料だった。

 

目的の1つは、特別実習のサポート。海都オルディスと、鋼都ルーレ。

どちらも帝国の商工業や経済に大きな影響力を持つ、大都市の1つ。

実習の前夜となる今日、私は両都市に関する地理や主だった設備を取りまとめた、資料作りに励んでいた。

 

オルディスとルーレは広大且つ、複雑な都市形態を成していることで有名だ。

オルディスはいくつもの運河が縦横に走っており、景観が都市中で似通っている。

ルーレも増築と拡大を繰り返してきたことで、都市そのものが建築物に近い作りとなっている。

要するに、極めて道に迷い易い。B班は特に注意が必要だろう。

オルディスは国内外を問わず、毎年大勢の観光客が訪れては、迷い人が発生するそうだ。

 

帝都での実習でも、マキアスやエリオットがいなかったら相当に苦労したはずだ。

実際に現地民が不在だったB班側は、帝都の立地を把握するまでひどく手を焼いたらしい。

事前準備はできる限りしておいた方がいいし、知っておいて無駄になることはない。

 

「ルーレなら私もいるし、大丈夫だと思うけど・・・・・・それでラインフォルトのことまで調べているの?随分と入念ね」

「あはは。まあ勉強にもなるし、少しでも力になれればと思ってさ」

 

アリサが言うように、ルーレを実習地とするA班には彼女がいる。

それだけで心強い限りだが、私がアリサにお願いしたそもそもの目的は、1つではない。

実習とは関係無く、ラインフォルト社のことを知りたかったからだ。

 

再度アリサの資料に目を落とすと、ラインフォルト社が生産する大型機械や兵器の規模が、グラフで示されていた。

 

「やっぱりすごい規模なんだね。正規軍の戦車なんかも全部造ってるんでしょ?」

「ええ、そうね。第2製作所の技術があってこその戦車だもの。軍事学の授業にもあったけど、最先端技術のカタマリのような代物だから、余所では真似できないのよ」

 

思った通りの答えが返ってくる。疑いは益々深まるばかり。

事のキッカケは、先々日。ミヒュトさんとのやり取りの中にあった。

 

________________________________

 

カチッカチッカチ。

時計が針を刻む音だけが、質屋ミヒュトの店内に小さく鳴り響く。

 

リベールの異変の真相を確かめたい。

私のそんな要求に対し、ミヒュトさんは沈黙を守ったまま俯いていた。

 

ゼクス中将率いる、第3機甲師団。

導力機構を伴わない戦車部隊。そしてリベール王国への侵攻。

その真実を確かめる術を、私は持っていない。

あるとするなら、到底信じることができないその戦車自体にある。

 

仕組みはどうあれ、1個師団の戦車部隊ともなれば、その規模は相当なものになる。

もし実在するのであれば、製造過程にラインフォルトが関わっていた可能性が極めて高い。

兵器全般を生産する、第2製作所が鍵を握っているはずなのだ。

 

「随分と面白いことを言うんだな。いつ誰から、何を聞いた?」

 

ミヒュトさんが俯いたまま、唐突に口を開く。

誰から。これは言ってもいいものだろうか。判断が付かない。

躊躇いつつも、私はエステルとヨシュア、2人の名を明かした。

するとミヒュトさんは大きくその目を見開き、私の顔を見詰めてきた。

 

「ど、どうしたんですか」

「いや・・・・・・ククッ」

 

突然大きな笑い声を上げ始めるミヒュトさん。

一体どうしたというんだ。私は言っては不味いことを言ってしまったのだろうか。

 

「いやなに、そうかい。あの2人とお知り合いなのか」

「知り合いっていうか、その・・・・・・え。2人のこと、知ってるんですか?」

「面識はねえよ。だがまあ、ある意味で有名人ではある。俺が知っているぐらいにはな」

 

・・・・・・もしかしたら、エステル達は思っていた以上に凄い人達なのかもしれない。

まああの異変の解決に関わった人間だ。それだけでも偉大な遊撃士と言える。

というか、ミヒュトさんこそ何者なのだろう。

ラインフォルトの件といい、まるで全てを把握しているかのような口振りだ。

それに、話が逸れている気がする。問題はそこではない。

 

再び問いただそうとした矢先に、ミヒュトさんは椅子から腰を上げた。

 

「さてと。面白い話が聞けたところで今日は閉店だ。さっさと行きな」

「え・・・・・・ま、待って下さいよ」

 

私の声に構わず、ミヒュトさんは扉のボードを返し、OPENの文字が店内に向いた。

 

「いいか。俺の副業は確かに情報屋だ。だが何だってできるわけじゃない。お前さんの注文は、俺の手には負えねえよ」

「・・・・・・そう、ですか」

 

そう言われてしまうと、こちらも返す言葉が見つからない。

元から期待が薄かった分、落胆も少ない。が、それ以上の疑念が沸き上がってくる。

 

「1つだけいいですか」

「何だ」

「ミヒュトさんは、知ってるんですか。あの異変の真相を」

 

私が投げ掛けた疑問を意に介すことなく、ミヒュトさんは店の奥へと歩を進める。

そして小さく「さあな」と一言だけ。それが会話の終了を告げた。

結局私は、彼の口から何も聞き出すことができなかった。

 

_____________________________

 

あれから自分なりに調べはしたものの、当然真相には近付けず。

アリサから貰った資料にも、導力抜きで駆動する戦車なんてどこにも無い。

依然として、エステルとヨシュアが語った中にしか、手掛かりが見当たらなかった。

 

「どうしたのよ。突然黙っちゃって」

「ううん、何でもない」

 

いずれにせよ、今は特別実習のことだけを考えよう。

不参加ながら、私にもできることがある。それだけで嬉しい限りだ。

 

「アリサはルーレかぁ。半年振りの帰郷になるね」

「そうね・・・・・・正直に言うと、少し複雑よ」

 

言いながら、私のベッドに腰を下ろすアリサ。

その胸中は窺い知れる。私がノルド行きを告げられた時もそうだった。

志半ばでの帰郷は、嬉しい反面、戸惑いもあるはずだ。

私は椅子に跨り、背もたれに腕と顎を乗せながら聞いた。

 

「やっぱり、会うことにはなるよね。アリサは何か聞いてる?」

「何も。シャロンは何か知っているみたいだけど、あの調子だしね」

 

バリアハートや帝都での実習でそうだったように。

十中八九、今回の実習にもイリーナさんが関わっているのだろう。

あのシャロンさんのことだ。知っていても素直に教えてくれるとは思えない。

アリサの驚く顔を見るために、敢えて伏せている可能性だってある。

 

―――だから私は実家を出て、士官学院に入ったのかもしれない。

 

アリサはあの夜、ノルド高原の星空の下で、全てを赤裸々に語った。

彼女は今も思い悩み、何かを見つけようともがいている。

ラインフォルトが抱える巨大な闇。壊れてしまった家族の絆。

会長の1人娘という立場。そして―――お母さん。

 

「ねえアリサ。イリーナさんのこと、好き?嫌い?」

「・・・・・・何で二択なのよ」

「いいから。どっちか選んでよ」

 

アリサの目の前に、究極の二択かもしれない何かを突きつける。

するとアリサはベッドに身体を寝かし、目元を右腕で多い、光を遮った。

そのままの姿勢で一言だけ、「嫌いよ」と、呟くように言った。

言葉では後者を選びながらも、その表情にはいくつもの色が浮かんでいた。

 

愛情と憧れ。憎悪と憎しみ。混じり合いながら、表現のしようがない色になる。

人はこうも多くの感情を抱けるものなのだろうか。

少なくともアリサは、前者の感情を失ってはいない。

娘として、家族としての絆を捨ててはいない。壊れているだけだ。私には、そう思えた。

 

「結局私は、何も見つけられないまま・・・・・・母様の手の上で、踊っているだけなのよ」

「・・・・・・何もってことはないでしょ」

「え?」

 

人差し指で、卓上に置かれたカレンダーを指し示す。

9月24日。お互いに士官学院に入学してから、もう半年間の時が流れようとしている。

今まで生きてきた中で、一番濃密で、一番長く感じられた半年間。

目を閉じるだけで、たくさんの人々の顔と言葉が頭に浮かんでくる。

 

「・・・・・・それもそうね。失言だったわ」

「分かれば宜しい」

 

何様よ、と笑いながらアリサが言うと、その身体が勢いよく起こされる。

表情は依然としてたくさんの何かを抱えていた。

一抹の不安。一抹の迷い。一抹の戸惑い。

そして一点の曇りも宿さない、深紅色の瞳。

何度見ても見惚れてしまうその瞳からは、確かな意志が感じられた。

 

「そろそろ私も、アヤを見習わないとね」

「え、私?」

「あなたが母親の背中を追うように・・・・・・私にとっての『それ』は、きっと目前まで迫っていると思うから」

 

―――リィンみたいな人間になりたかったのかも。将来のことも含めてね。

 

あの夜に、彼女が語った将来。

立場上、目を逸らすわけにはいかないはずだ。

私には想像も付かない世界。アリサはいずれ選択を迫られる。

それを同年代であるはずの彼女が、受け止める必要がある。

私のような人間には、その重みを測り知ることなど、できるはずがない。

 

「・・・・・・ごめん。何も言えないかも」

「ふふっ、いいわよ。でも・・・・・・ありがとう」

「ありがとう?」

 

唐突に贈られた感謝の言葉。

アリサはベッドから腰を上げ、笑みを浮かべながら私の前に立った。

 

「あなたが先を行ってくれたおかげで、私も頑張ろうって思えるから。だから、ありがとう」

 

どう致しまして、と返すことすら躊躇われる。

ただ、私の選択が彼女にとっていい方向に影響してくれたのは、間違いないようだ。

今回の実習も、もしかしたらいいキッカケになるのかもしれない。

もがき苦しんだ先に、どうか報われる瞬間が訪れますように。そう願うばかりだった。

 

_______________________________

 

同日、午後22時。

 

「・・・・・・ふう」

 

目元を擦りながら、ARCUSで現時刻を確認する。

もう22時を回っていたか。普段ならベッドに入っている時間だった。

通りで眠気に悩まされるはずだ。目蓋が重くて仕方ない。

資料の方も一通りまとめ終えたところだし、私にできるのはここまでだ。

 

ガチャリ。

 

だというのに。

私と部屋を共にする相方は、こんな時間帯になって漸く、扉を開けた。

 

「おかえり、ミリアム」

「あれれ。アヤ、やっぱりまだ起きてたんだ?」

 

ミリアムは制服の上着を脱ぎながら、怪訝な表情で私に歩み寄ってくる。

扉から漏れていた光で、まだ私が起きていることは察していたのだろう。

 

「・・・・・・今日もジョーホーキョクの仕事?」

「うん。ちゃんと報告しないと怒られちゃうんだよね」

 

言いながら、小さな黒い金属を取り出すミリアム。

以前彼女が使わせてくれた、通信機だった。

入浴に向かってから姿が見えないと思っていたが、それが理由だったか。

 

彼女が唐突に姿を消すことには慣れている。

いつもこっそりと外に出ては、定期報告とやらに時間を割くのが常だった。

門限が過ぎれば、当然この寮の玄関口もシャロンさんにより施錠される。

ミリアム曰く、鍵開けは潜入捜査の基本だそうだ。私は何も聞かなかったことにしていた。

 

「いっそのこと、この部屋で済ませたら?そっちの方が楽じゃん」

「駄目だよ。聞かれたら不味いもん」

 

自分が情報局から潜入捜査に来ていることを明かしているくせに、これである。

機密の線引き加減がよく理解できない。知られたら余程困ることなのだろうか。

 

「それ、まだやってたんだ。アヤは不参加なのに、頑張るんだね」

 

丁度仕上げたばかりの資料を手に取りながら、ミリアムが言った。

 

「不参加だから、かな。みんなの力になりたいしね」

「ふーん。アヤは偉いね」

 

椅子に座る私の頭を撫で始めるミリアム。

まさか6歳下の少女からこんなことをされる日が来るとは。今日が最初で最後だろう。

 

「あはは。それにサラ教官も言っていたけど、半年間の集大成だからね。みんなも意気込みはすごいと思うよ」

 

事実、皆の表情はいい意味で硬い。

それにこの状況下で、貴族派の筆頭が治める大都市が実習地だ。

誰もが緊張感からか、夕食の場でも口数が少なくなっていた。

普段と変わりないのは、クロウとミリアムぐらいだった。

 

「そうなんだ・・・・・・でも、みんな羨ましいなー」

「羨ましい?」

 

ミリアムは寝間着に着替えながら、口先を少しだけ尖らせて続けた。

 

「だってボクは明日が2回目だもん。みんなは4月から続けてたんでしょ?何かズルいよ」

「あっ」

 

すっかり頭からその事実が抜けていた。

ミリアムが編入してきたのは、先月の中旬。特別実習もまだ2回目。

クロウは去年似たような経験があると言っていたし、彼女だけが例外だった。

 

それにしても―――羨ましい、か。

 

「ミリアム、特別実習って楽しい?」

「うん、すごく楽しい!」

 

ミリアムにとっては、特別実習は素直に楽しみでならないらしい。

その表情からは、緊張感など微塵も感じられない。

 

「レクターもクレアも、あんまり一緒に仕事することは無かったんだ。普段はガーちゃんと2人っきりだったから。みんなと一緒に色々やるのは新鮮だし、とっても楽しいよ!」

「・・・・・・そっか」

 

情報局からの潜入捜査。彼女の素性には、裏がある。

でもミリアムという少女には、表も裏も無い。屈託のない笑顔には、何の嘘も無い。

私は今でも彼女に対し、どう接すればいいのか、分からなくなることがある。

 

「どうしたの、アヤ?」

 

今だけは、何も考えずに向き合いたい。

1人の人間として、彼女と触れ合いたい。疑念を捨てて、生活を共にする相方として。

少しぐらい、彼女の職業に目を瞑っても、罰は当たらない。

 

「何でもないよ。ねえ、今日は一緒に寝よっか」

「え?別にいいけど、どうかしたの?」

「あはは。何でもないってば」

 

それから私とミリアムは、ベッドの中で彼女の実習地である、オルディスについて触れた。

ミリアムは仕事の一環で、何度かオルディスに潜入したことがあるそうだ。

潜入という表現に多少引っ掛かったが、やはり今は無視することに決めた。

 

「すごいんだよ。水上バスっていう乗り物がたくさん運河を走ってるんだ」

「みたいだね。海の幸がすごく美味しいって話だし、私も行ってみたいな」

「じゃあボクがお土産を買ってきてあげるよ。何がいい?」

「トゥインクルっていう発砲ワイン」

「それボクは買えないよ・・・・・・」

 

潜入はするくせに、帝国法は守るのか。やはり線引き具合が分からない。

1つだけ、確かなことがある。彼女はきっと、悪い人間ではない。

願望に近い感情を抱きながら、私とミリアムは夢の中に落ちて行った。

 

_______________________________

 

痛みで目が覚める。

あれは何歳の頃だったか。虫歯を我慢していた時のことだ。

虫歯なら可愛いものかもしれない。何しろ今は、全身がギシギシと音を立ててしまっている。

 

「痛たた・・・・・・ふぅ」

 

午後23時半、1階。

私はミリアムに気付かれないようにベッドを出て、1階のソファーで乾いた喉を潤していた。

就寝してから僅か1時間で、私は全身を襲う痛みに苛まれ、目が覚めてしまったのだ。

気付いた時には汗塗れになっていた。明日の朝はシャワーを浴びた方がいいかもしれない。

 

身体を鍛え直すために、私とアンゼリカ先輩が立てた計画。

経験則に頼ったものだが、明日の朝を迎えれば、身体は仕上がるはずだ。

私の回復力があってこその無茶な一方で、痛みばかりは如何ともし難い。

この時間帯に毎晩やって来る激痛。身体が回復してくれている証ではある。

今だけは、早く時間が経過してほしい。ソファーから腰を上げる気力すら沸いてこない。

 

トントントンッ。

 

(・・・・・・足音?)

 

階上から、階段を下る足音が耳に入ってくる。

こんな時間に、まだ起きている人間がいたのか。

実習の夜は、皆いつも早めに就寝するはずなのに。

 

「あん?何だ、お前さんまだ起きてやがったのか」

 

《Ⅶ組》で唯一、私と同年齢の彼。クロウだった。

聞けば、ついさっきまで学院祭の出し物について、エリオットと案を練っていたのだそうだ。

 

悩みに悩んだ果てに、私達が選んだ内容は、昨年のクロウ達と同様のステージ演奏。

同じと言っても、曲や演出まで習うわけにはいかない。

衣装の件も含めて、どういった形に仕上げるか。それは彼らの手に任されていた。

 

準備期間は約1ヶ月。少しでも早く手をつけなければ間に合わない。

何せ楽器の演奏が伴うのだ。経験者は何人かいたが、初心者はそれ以上に多い。

私だって楽器の類には触ったことがない。ガイウスのシタールは、いつも聴く側だった。

 

何はともあれ、練習を始めるにはまず曲を決めなければならない。

楽器や機材、衣装を準備するにも、演出をどうするかを決めなければ進みようがなかった。

 

「一応方向性は決まったんだが、もう少し詰めたい点があるからな。お前さんのポジションにも悩んでんだ」

「私に?」

 

それぞれの特技や適性を考えて、どの楽器やポジションを任せるかも決まりつつある。

一方で、私だけが未だ浮いてしまっているとのことだった。

私が悪いわけではないだろうが、それは少し申し訳なく感じてしまう。

 

「何か特技とかないのか?楽器じゃなくたっていい。実はダンスが得意、とかよ」

「そう言われても・・・・・・あ。踊りなら、剣舞が得意だよ」

「剣舞?」

 

私がお母さんから最初に習った剣。

それは剣術ですらなく、何演目かの舞台芸術としての剣舞だった。

今でもシャンファ流の基本稽古として、型として舞うことがある。

 

「ソードダンスってやつか・・・・・・そいつはアリだな」

「そうなの?ステージ演奏とは何の関係もないと思うけど」

「イヤ、意外に使えると思うぜ?演出を工夫すれば、見せ場を作れるかもな」

 

これは意外だった。

何の関係も無いと思いきや、クロウは何かを閃いたような表情を浮かべていた。

曲に合わせて舞えと言われても、剣舞は東方発祥の踊り。

ロック調の曲に合わせて舞う自信は無い。どうするつもりなのだろう。

 

「まあどっちにしろ、一案として考えておくさ。そんで、お前さんこそこんな時間に何やってんだ?」

「あ、あはは・・・・・・それがね」

 

私は目が覚めてしまった経緯をクロウに明かした。

今更隠しても仕方ないし、私の挙動で彼にはバレてしまうに違いない。

 

「実技の授業にも早く復帰したいしね。見学は暇で仕方ないよ」

「真面目だねぇ、お前さんも」

「クロウはもっと真面目になった方がいいと思う」

 

私の手厳しい言葉に、クロウは笑いながら後頭部を掻き始める。

根は良い先輩だということは知っているが、自分が置かれている状況を分かってほしい。

 

彼の生活態度は、依然として乱れたまま。

よく寝坊するし、授業中の居眠りもフィーが可愛く思える程にひどい。

学生寮の門限すらも破ることが多い。遅くまで一体何をしているのやら。

ミリアムはともかく、見つかったら怒られるだけでは済まされない。

アンゼリカ先輩らと一緒に卒業できなくなるかもしれないというのに。

 

「分かってるって。明日の実習だって準備はしてあんだ。集合時間も遅いし、寝坊はしねえよ」

 

申し訳ないが、信用は薄い。

アンゼリカ先輩は、去年もクロウのせいで列車に乗り遅れたことがあると言っていたが。

・・・・・・そういえば、クロウは去年も特別実習と似たようなことをしていたんだっけ。

 

「まあな。今じゃいい思い出だが、大変だったんだぜ。色々あったしな」

「へー。例えば?」

「お前さん達と似たりよったりだろうよ」

 

一例に挙がったのは、ARCUSの戦術リンク機能だった。

クロウとアンゼリカ先輩は、戦術リンクを使いこなすまで、かなりの時間を要したそうだ。

話に聞く限りでは、マキアスとユーシスと同等か、それ以上の苦労があったのかもしれない。

今の2人を見ているだけでは、想像し難い過去だった。

 

「ゼリカの見透かしたような態度が気に入らなくってよ。初めの頃はバチバチやり合ったもんだぜ。お互いに若かったしな」

「でも、結局は繋げたんでしょ。何かキッカケがあったの?」

 

それも同じだと思うぜ、と自嘲的な笑みを浮かべながらクロウが言った。

なるほど。要するに、マキアスとユーシスのように。

ラウラとフィーのように、2人の溝を埋める何かがあったのだろう。

何だか新鮮な気分だ。先輩達にも、そんな時期があったということか。

 

「それが今じゃ大切な仲間だもんね。何となく分かるよ」

「シレッと恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ」

「親友って言った方がよかった?」

「だから止めろっての」

 

珍しく取り乱すクロウ。これも新鮮な姿だ。

何かにつけ言い合っていることが多い2人だが、マキアスとユーシスを見ている気分になる。

そこには紛れもない、確かな絆が感じられる。

4人の先輩達も私達と同じように、いくつもの壁を乗り越えてきた。

私達と何も変わらない。1年先に、経験してきたというだけの話だ。

 

「だがまあ、お前さん達の方が苦労は多いはずだぜ。少なくとも国を脅かすテロリスト共とやり合ったりはしなかったしな」

「あはは。それはそうかも」

 

テロリストと対峙した学生なんて、私達ぐらいのはずだ。

もしそんな事実が公の下に晒されていたら、やはり大問題として取り沙汰されるに違いない。

 

「もう3回も、関わりを持っちゃったんだよね」

 

正確に言えば、ケルディックでの一件すらも、あの連中の手が掛かっていた。

特別実習を重ねる度に、テロ行為に巻き込まれ、大きな壁として立ちはだかってきた。

ガレリア要塞で教官らが言ったように、次があるという覚悟は必要なはずだ。

 

「そういやあ・・・・・・ヴァルカンっていったか」

「え?」

 

両手を後頭部にやりながら、唐突にクロウがあの男の名を挙げた。

 

「お前さん、何か因縁があるんだろ。ワリィ、前から気になってはいたんだよ」

 

因縁。不確かだが、あるにはある。

それを抜きにしても、私は2度に渡り、あの男に剣を向けた。

その事実だけで、思うところはある。そしてそれ以上に、止めたいという思いもある。

 

「止めたい?」

「うん・・・・・・」

 

テロリストに情など必要無い。そんなつもりも露程にも無い。

動機はどうあれ、何人もの死傷者と犠牲を生み出してきた、非道な人間達だ。

 

だがもし、ヴァルカンが家族を失わず、道を踏み外していなかったら。

フィーのように、アルンガルムという猟兵団に救われた女子供がいたはずだ。

 

―――くっだらねぇことぬかしやがって。てめえまさか、情に訴えて揺さぶろうって腹かよ?

 

ガレリア要塞で、私がヴァルカンに並べた言葉。

揺さぶりを掛けて隙を作るために、私はたくさんの言葉を突き付けた。

いつの間にか、流れ出る涙と共に、感情が込められていた。

紛れもない本心で、必死になって彼に語りかけ続けていた。

 

相手が彼だからこそ、あんなことを言ってしまったのだろう。

激動の時代。ヴァルカンもまた、時代という名の流れに飲まれた、犠牲者なのかもしれない。

人の間に在り続けていたら、人間でいられたのかもしれない。

 

「・・・・・・1つ忠告しといてやるよ。そんな感情、捨てちまった方がいいと思うぜ」

 

一連の話を黙って聞いていたクロウは、真剣な面持ちで言った。

その表情からは、何の感情も感じられなかった。

 

「甘いって言ってんだよ。少しでも情に流されて躊躇ってみろ。その頭を銃弾でブチ抜かれてしまうかもしれねえぜ」

「・・・・・・分かってる。次があったら、ね」

 

もし今度、あの男と対峙することがあったら。

私は迷わない。それも心に決めていたことだった。

こうして心境を明かしてしまったのも、その決意を確かめたかったからかもしれない。

テロリストには屈しない。たとえ三度、人を斬ることになっても構わない。

この状況下では、それ程の断固たる決意が求められる。

今の私達は、再びこの国の動乱に巻き込まれる覚悟が必要なのだ。

 

「分かってんならいいんだよ。さーてと、辛気臭え話は止めにして、そろそろ俺も寝るか」

「あ。待って」

 

腰を上げかけたクロウを、右手で止める。

ちょうどいい。彼にはお願いしたいことがあった。

 

「何だよ」

「起こして」

「は?」

 

私は両足を指差し、再び言った。

 

「足、固まっちゃって。立てないんだよね」

「・・・・・・マジで?」

 

ぽかんと立ち尽くすクロウ。

やはり無茶をし過ぎているのかもしれない。足が微動だにしなかった。


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