目が覚めた直後は、頭上に腕を伸ばし、ARCUSを取って時刻を確認する。
それが最近の朝の習慣。なのに、右手がスカスカと空振りする。何も掴めない。
ARCUSが、無い。どこか違う場所に置いたままにしていたのだろうか。
いやそれより、昨晩の記憶が無い。夕飯も、入浴の覚えも無い。何がどうなっている。
「・・・・・・ああ。そっか」
そうだった。今日はまだ9月の25日、土曜日。
見れば、完全に陽は落ちていない。まだ夕刻ぐらいだろう。
カレイジャスに乗って帝国全土を飛び回って、士官学院に戻ってきて。
サラ教官と剣を交えて―――そこから先を、覚えていない。
私が今横になっているのは、自室のベッド。それは間違いない。
教官が運んでくれたのだろうか。いつの間に落ちてしまっていたようだ。
「んしょっと・・・・・・うわぁ」
身体を起こすと、思わず声を上げてしまう程の空腹感に苛まれる。
考えてみれば、昼食をとっていなかった。立つことすら億劫に感じてしまう。
そんな状態で間を置かず剣を振るえば、意識を失ってしまって当然だ。
そしてもう1つ。右手に不思議な感覚が残っていた。
温かい。まるでお湯に浸かっていた直後のように、熱を帯びている。
あの光だけは、しっかりと覚えていた。絢爛を舞い終えた後の光と熱。
刀身の切っ先に至るまで、腕と同化したかのような一体感。確かな感覚。
あれが私の色。私だけの色。何色と呼ぶべきなのだろう。
もう一度、引き出せるものなのだろうか。余り自信が無い。
「あっ」
不意に、布団の上に置かれていた手帳に目が止まった。
支える籠手の紋章が刻まれた、まだ真新しい遊撃士手帳。
「サラ教官・・・・・・」
戻ってきた。漸く手にすることができた。
私が私でいるための証。将来への第一歩。試験には合格と受け取ってもいいのだろう。
一時は遠のいてしまった入口が、また手の届くところにある。
・・・・・・この染みは何だろう。表紙の右下の部位が、紫色に染まってる。
鼻を近づけてみると、案の定、酒の匂いがした。うん、殴っていいよね。
コンコンッ。
沸々と込み上げる殺意を抑えていると、ノックの音と共に、シャロンさんの声が聞こえた。
「おはようございます、アヤ様。お身体は如何ですか?」
「空腹で死にそうです」
扉を開けた途端、空っぽの胃を刺激する良い香りが鼻に入ってくる。
お腹が空き過ぎて、気分が悪い。病み上がりから復帰した直後のような感覚だった。
「畏まりました。ではすぐに朝食をご用意致しますね」
「お願いしま・・・・・・朝食?」
夕食の間違いだろう。そう思い、ハッとした。
窓枠から差し込んで来る光が、夕焼けの割にはやけに澄んでいる。
小鳥の囀りも違う。気温にも違和感がある。壁に掛けられた時計の針が、8時を指している。
夏真っ盛りの季節でも、陽が落ちているはずの時間だった。
「シャロンさん。今日って何日ですか?」
「9月26日、朝の8時です」
「・・・・・・えええっ!?」
通りで空腹がひどいはずだ。
いつの間にか、時計が1周と4分の1回転していた。
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そもそもサラ教官と剣を交えた時点から、私の予定は狂いっ放し。
特別実習の期間中、当事者である《Ⅶ組》の状況は、定期的に士官学院へ知らされる。
予定通り現地入りしたか。実習の進捗状況は。トラブルは発生していないか。
一報を入れるのは、実習に協力してくれる様々な人間達。報告を受けるのはサラ教官。
ここにもトワ会長のサポートが入る。やはり私達は、何から何まで彼女のお世話になっていた。
今回の実習では、私もトワ会長の補佐役として手伝う予定だった。
だというのに、当の私は一切何もしていない。もう日付が変わってしまっている。
まあサラ教官にも多少の責任はある。あの立ち合いは余りにも突然過ぎた。
ベッドから飛び起きた私は、大慌てでシャワーを浴び、身支度を整えた。
食事の時間すら惜しかったこともあり、食べながら登校する羽目になった。クロウか私は。
ともあれ、今回の実習は9月26日、日曜日一杯まで。今も実習期間中だ。
まだ私にできることが残されているはず。その思いで、生徒会室へ向かった。
「し、失礼します」
息を荒げながら生徒会室の扉を開ける。
室内には、いつも通りデスクに腰を下ろすトワ会長。その横にはサラ教官の姿もあった。
「やーっと来たわね。超寝坊娘」
「す、すみません・・・・・・って、半分はサラ教官のせいですよね?」
「よく言うわよ。受けたのはあなたでしょう」
「ぐぬぬっ」
反論の余地は残されているものの、言い返せない。
まあいい。暫くの間、私はこの人に強く出られない。
昨日に引き続き、言葉は不要。私は胸ポケットから、遊撃士手帳を取り出す。
するとサラ教官は腕を組みながら瞼を閉じ、溜息を1つ。
やがてその表情に混じり気の無い笑みが浮かび、再度私を見ながら言った。
「仮免許とはいえ、それを持つ意味を知りなさい。士官学院生としてだけじゃなく、遊撃士として恥じない行動を心掛けなさい。あたしから言えるのはそれだけよ」
「・・・・・・はい」
準遊撃士ですらない私が、本格的に職務を全うできるのは卒業後。
だからと言って、甘えた考えは許されない。手放しに喜べる程、支える籠手の紋章は軽くない。
私は覚悟と意志をサラ教官に示した。教官も、それに応えてくれた。
エンブレムも今日は携帯していた。たったそれだけで、世界が変わる。
道行く人々。動物、建造物に至るまで。全てが私の守るべき、大切な物だと思える。
1秒1秒を大切にしよう。サラ教官が、お母さんが私の一挙手一投足を見ているから。
「おめでとう、アヤさん。より一層努力しないとね」
「あはは、そうですね。ありがとうございます」
トワ会長がぱちぱちと手を鳴らしながら、祝福の言葉を贈ってくれた。
かと思いきや、少しだけ困ったように眉間に皺を寄せながら、私とサラ教官を交互に見詰めてくる。
「でもああいったことは今後、グラウンドでは控えてほしいかな」
「え?」
それは丁度、私が気を失った後の出来事。
放課後のグラウンドで、教官が女子生徒をボッコボコにしている。
そんな運動部の生徒同士の会話が、生徒を介して教官室へと伝わった。
私を寮へと送り届けたサラ教官は、教頭から事実確認を求められた。
教官曰く、あれは実技テストの追試験。決して私闘などではない。
内容も適正。限度を超えたことはしていない。本人に聞いてみるといい。
大まかにはこんなところだった。
「てなわけで、後で教官室へ行きなさい。教頭が煩くって仕方ないのよ」
「・・・・・・あの、正直に言っちゃ不味いんですよね?」
「当たり前でしょ。あたしをクビにしたいわけ?」
それもそうか。膝蹴り喰らって吐きましたーだなんて、言えるはずがない。
まあ一晩眠ったおかげで生傷は癒えたし、口裏さえ合わせれば何とかなりそうだ。
・・・・・・あの場を目撃されていたら、どうするつもりだったのだろう。
何か考えがあったのだろうか。お互い勢いに身を任せただけだったはずだ。
「まあいっか。それで、実習の方は順調なんですか?」
私が特別実習に触れた途端、2人の表情が見る見るうちに曇っていく。
悪い予感はしていた。この国の現状や実習地を鑑みても、想像するに容易い。
最近は当たってほしくない予感ばかりが的中してしまう。
「やっぱり、何かあったんですね」
「うん・・・・・・アヤさんには、話しておいた方がいいですよね?」
投げかけられた問い掛けに、サラ教官が頷く。
するとトワ会長はデスクの引き出しを開け、見覚えのある赤色のファイルを取り出した。
背表紙には『RF』の文字。水曜日のあの日に、私が垣間見た密かな何か。
トワ会長はファイルを捲りながら、一連の経緯を分かりやすく説明してくれた。
その内容はどこまでも非現実的で、予想だにしないものだった。
「て、鉄鉱石の横流し!?あのラインフォルト社がですか!?」
「確認した限りでは、もう何年も前から行われてきたみたいなんだ」
ラインフォルト社による、鉄鉱石の横領。全てはそこに起因していた。
ルーレの北東に位置するザクセン鉄鉱山は、鉄鉱石の採掘量が群を抜いて帝国一。
ラインフォルト社とノルティア州が共同で管理しており、隣接する製鉄所で鉄鋼へ加工された後、帝国全土へ輸送される。
ここまでは常識の範囲内。誰もが知る近代鉄鋼業の一部分だ。
「よ、横流しって言われても。それ、あのイリーナさんが関わっているんですか?」
「疑いが掛かっているのは第1製作所よ。全社ぐるみの所業ってわけではないみたいね」
トワ会長に代わり、サラ教官が繋いだ。
疑惑の目を向けられているのは、鉄鋼業全般を生業とする第1製作所。
目的も不明。行先も不明。確かなことは、横流しというその事実のみ。
それだけでも帝国全土に衝撃を与える程のスキャンダルだ。
何せその規模が途方も無い。
トワ会長によれば、流された鉄鉱石の量は、少なく見積もっても累計で10万トリム。
私がルーレで見たことがある大型運搬車でも、最大で精々10トリム車。
あれが1万台分と考えると、事がどれ程深刻かが理解できる。
「長年に渡りそんなことを続けていれば、当然政府側も疑惑の目を向ける。そろそろ強制的な手段に打って出るって話もあるそうよ」
「そういった背景もあって、今ルーレはとても緊迫しているんだ。実際に昨日、領邦軍と正規軍との間で小競合いがあったんだって」
「小競合いって。それこそ特別実習どころじゃないですよね」
「状況が悪化すれば中止も止む無しでしょうね。まあA班が素直に従えば、の話だけど?」
サラ教官がやれやれと大きな溜息を付く。
これまた言い返せない。客観的に見てみて、初めて私達の無謀さを肌で感じる。
今のところ大事に至ることはないだろう。が、どう転んでもおかしくはない。
軍同士のいざこざが生じたとなれば、リィン達が放っておけるはずがない。
事態が動けば、A班は自らの意志で混乱の渦中に身を投じるだろう。
突発的な事態に対し、どう主体的に動けるか。それが実習の肝なのだ。
状況は理解できた。一方で、肝心のことを聞いていない。
今の話は国を揺るがすに足る、紛うことなき醜聞だ。
世間に知れ渡れば、ラインフォルトは国を巻き込みながら大混乱に陥ってしまう。
誰も知り得ないはずの事実。それを今、私は目の前の2人から聞かされてしまったのだ。
「もしかして・・・・・・トワ会長がラインフォルトを調べていたのは、それが理由ですか?」
「そうだね。尤も、知っての通り確信が得られたのは、ミヒュトさんのおかげだよ」
やはりそうだったか。だとするなら、これも俄かには信じ難い。
簡単に言わないでほしい。他人の手を借りたとはいえ、トワ会長は自身の力で真実に辿り着いた。
一介の学生の手に届く領域ではない。この人の情報網は一体どれ程広く、深いのだろう。
いずれにせよ、A班の皆が危機的な状況下にあると言っても過言ではない。
そう思っていると、サラ教官はもう1つの班。
オルディスを実習地をするB班の近況も教えてくれた。
「テロリスト達が軍用の高速機動艇を持っていることは、既にあなたも知っているわね」
「それは、はい。この目で見ましたから」
「確認されている飛空艇は合計で3隻。どうやらオルディス方面から流れた物のようね。これは正規軍も掴んでる確かな情報よ」
正規軍側の調べによれば、テロリストの手に渡った飛空艇の型番は掴んでいる。
そのうちの1隻が、クロスベルのオルキスタワーに下り立った飛空艇。
帝国解放戦線を名乗るテロリストが乗っていた飛空艇の型番と、一致したというのだ。
「そっか。じゃああの時、3隻のうちの残り2隻が?」
「そう、ガレリア要塞を襲撃したってわけ」
残りは2隻。未だ飛空艇が連中の手にある以上、空からの襲撃の可能性が残されている。
なるほど。それもあって、オリヴァルト殿下はカレイジャスを帝国全土に飛ばしたのだろう。
殿下の意志1つで空を駆ける、大陸で2番目の速度を誇る翼。
その存在を知らしめるだけで、テロリストにとっては相当なプレッシャーになったはずだ。
だが現実には、ルーレと同じくしてオルディスにも不穏極まりない空気が漂っている。
正規軍と領邦軍が火花を散らすには、十分過ぎる理由だ。
B班は既に騒動に巻き込まれつつあるようで、知らせが入ったのが昨晩の出来事だそうだ。
「B班側もか・・・・・・今更ですけど、サラ教官もやけに詳しいですね。どこからそんな情報が入ってくるんですか?」
「あたしにも独自の情報網があるのよ。さてとっ」
サラ教官がデスクに寄り掛けていた腰を上げ、壁の時計に目を向ける。
現時刻は午前9時過ぎ。既にA班もB班も動き始めている頃合いだろう。
「あたしはこれからオルディスに向かうわ」
「オルディスに?」
「ルーレも心配だけど、あの『氷の乙女』さんがいるって話だしね。まだマシってものでしょ」
あのクレア大尉がルーレにいる。確かにそれだけで安心感がある。
そういうことなら話は早い。私だって、ここでジッとしていられるはずがない。
指を咥えて傍観していられる程、人間ができていない。
「なら私も行きます。駄目と言われてもついて行きますよ」
「・・・・・・そう言うと思った。言っておくけど、あなたは今回の実習には不参加。現地入りしてもあたしの命令に従うこと。いいわね?」
「はいっ」
装備は必要最低限でいい。剣とARCUS、お金さえあればどうとでもなる。
身支度に掛ける時間も惜しい。今から向かえば、遅くとも午後の13時。
乗継ぎがうまくいけば、昼時ぐらいには着けるかもしれない。
踵を返そうとすると、手早くデスク上を片すトワ会長の姿が目に止まった。
荷物を鞄に詰め、ついでに導力端末を脇に抱えながら、力強い声で言った。
「私も今から帝都に向かいます」
「帝都に、今からですか?」
「うん。前にも言ったけど、政府筋の知り合いがいるから、政府側の動向を聞いてみようと思うの。ここよりは生の情報が早く入ると思うし、アンちゃん達のこともあるからね」
なるほど。今重要なのは、お互いの軍の動きに関する情報だ。
領邦軍は難しいかもしれないが、トワ会長なら正規軍側の動きを読めるかもしれない。
彼女の人脈を持ってすれば―――え、アンちゃん?
「今朝方、ジョルジュ君と一緒にルーレに向かったんだ。横流しの可能性を教えてくれたのも、アンちゃんだったんだよ」
言いながら、トワ会長が例のファイルを開き、私に差し出してくる。
そこにはラインフォルト社の組織図が、簡単な表となり掲載されていた。
トワ会長が指差すのは、第1製作所の上層部。『取締役』と書かれた欄。
「ハイデル・ログナー・・・・・・」
「そう。アンちゃんの叔父に当たる人。きっとアンちゃんも、思うところがあるんじゃないかな」
『しばらくの間、これを私に戻してくれないか。少々、気掛かりなことがあってね』
入院中、アンゼリカ先輩が手甲と鉢がねを返してくれと頼んできた理由。
あの時言っていた『気掛かり』。全部こういうことだったのだろうか。
今思えば、今月に入ってから考え込むような素振りが多かったように思える。
身内の不祥事を暴く。一体どんな思いで、先輩はトワ会長に打ち明けたのだろう。
その先に待ち構えているのは、更なる動乱。そして悲しい結末に他ならない。
『今じゃいい思い出だが、大変だったんだぜ。色々あったしな』
―――これも私達と同じなのかな、クロウ。
アンゼリカ先輩も思い悩み、迷いの果てにその道を選んだのかもしれない。
私は先輩からたくさんのものを貰った。
戦う力。抗う術。前に進もうとする意志。恐怖を受け止める覚悟。時々、変態。
強いと思う。尊敬できる女性の1人だと、胸を張って言える。
その強さは、何も初めから備わっていたものではない。
きっと同じなんだ。クロウにトワ会長、それにジョルジュ先輩も。
私達の知らない掛け替えの無い1年間が、全てを支えている。私にはそう思えた。
「ほら、そうと決まれば急ぐわよ。今は少しでも時間が惜しいわ」
「「はいっ!」」
いつの間にか総力戦の様相を呈しつつある。
サラ教官に4人の先輩達、クレア大尉。心強い限りだ。
(頑張って、みんな)
皆が戦っている。場所や役目は違えど、私だって想いは同じ。
胸に収めた学生手帳と遊撃士手帳を握りしめながら、私は生徒会室を後にした。
後日思い出したことだが、ハインリッヒ教頭を訪ねるのを忘れていた。どうでもよかった。
_______________________________
トリスタ駅に着いた頃に、丁度帝都方面行きの列車に乗ることができた。
身を揺られること約30分。帝都中央駅で下車した私は、見慣れない車両を目にすることになった。
「あれは・・・・・・普通の列車じゃないですよね」
見るからに分厚そうな装甲に包まれた、物々しい車両。
普通列車よりも車両数が少なく、見た限りでは3つの車両で編成されていた。
それに乗り継ぎの連絡通路も見当たらない。一般人のための列車ではないのだろう。
「有事の際に使用される装甲車両だね。鉄道憲兵隊の軍人さん達が使用する特別列車だよ」
言われてみれば、僅かに見覚えがある。
あれはセントアークでの実習を終え、帰路に着く最中に発生した事件。
突然意識を失った車掌。そして上空から舞い降りた、大型魔獣の襲撃。
今思い出しても悪寒が走る。アリサの冷静な判断と対応が無かったらと思うとゾッとする。
あの騒ぎの中で救援に駆けつけてくれた列車と、同型の装甲車両のはずだ。
4ヶ月の記憶を辿っていると、サラ教官が車両を見詰めながら言った。
「オルディス方面に戦力を動員しつつあるって話だし、あれもそうかもしれないわね・・・・・・丁度いいわ。あれならもっと早く着けるかもしれない」
「へ?」
サラ教官は周囲を見渡すと、ホームで警備中と思われる軍人さんに声を掛けた。
教官と同年代ぐらいだろうか。警備中ということもあり、その表情は険しい。
「すみません。少し宜しいですか?」
「ん、何だお前は?」
お前呼ばわりされたことが気に障ったのか、ピクリと頬を引き攣らせるサラ教官。
それも一瞬のことで、コホンと咳払いで間を置いた後、教官は事情を簡単に説明していく。
自分がトールズ士官学院の教官であること。
現在オルディスで教え子が実習中であり、トラブルに巻き込まれつつあること。
この辺りは多少あることないことを織り交ぜ、器用にストーリーを作り上げていく。
流石は元遊撃士。こういったことには手馴れているのだろう。
それにサラ教官が睨んだ通り、あれは間もなくオルディスへ向かう予定なのだそうだ。
もし乗車の許可が下りれば、予定よりもかなり早く到着することができる。
「というわけなんです。差支えなければ、同乗させて頂けないでしょうか」
「事情は分かったが、有事の際を除いて民間人を乗せることは禁止されている。例外を認めるわけにはいかん」
「そこを何とかなりませんか。その有事が目前に迫っているんです」
駄目だ駄目だ、と少しも譲ろうとしない軍人さん。
一方のサラ教官も諦めきれないのか、今度は違った方向から交渉を試みる。
「ならクレア・リーヴェルト大尉に繋いで下さい。彼女なら話を聞いてくれるかもしれません」
「大尉が?馬鹿を言え、そんなわけないだろう。これ以上警備の邪魔をするな」
頭を下げるサラ教官に構うことなく、軍人さんはその場を去ってしまった。
取り付く島もないとは正にこのこと。立場上、強く出ることもできない。
私とトワ会長も、何も言えずに一部始終を見守っていた。
「・・・・・・チッ」
(ちょ、サラ教官っ!?)
これ見よがしに、力強い舌打ちが響き渡った。
先程の軍人さんの耳にも入ったようで、こちらを振り返りながら睨み凄んでくる。
私とトワ会長はサラ教官の背中を押しながら、連絡通路に繋がる階段を駆け上った。