絢の軌跡   作:ゆーゆ

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そういう人間

スケイリーダイナ。

縄張りを乱す存在を許さない、獰猛な気性をもつ中型の蜥蜴魔獣である。中型とはいえ、全長はゆうに3アージュ以上ある。民間人の手には負えるはずもなく、討伐を依頼するのも無理ないだろう。

 

戦闘開始直後は戸惑いの表情を浮かべていたエリオットだったが、魔獣から目を逸らすことなく冷静に対応している。アリサも目の前の脅威に臆することなく、しっかりと間合いを取りながら対峙している。

魔獣との戦闘経験は浅いはずの2人であるが、それを感じさせない程の堂々たる立ち振る舞いだ。特別オリエンテーリングの大型魔獣戦や、実技テストの経験も活きているのだろう。

 

何より、私達には『切り札』がある。

 

「ARCUS駆動・・・・・・!」

 

私のリンク先のアリサが、アーツの詠唱を開始する。アリサのアーツの活用法は独特だ。これは彼女の才能の1つと言えるだろう。

アリサの思惑が私の頭の中へ流れ込む。私はリィンに目で合図を送り、リンク先を彼に移す。

 

「喰らいなさい!フランベルジュ!」

 

アリサが放った矢は、ファイアボルトのエネルギーを纏いながら標的に襲いかかる。通常のアーツとは比較にならない射速と命中精度をもつ一撃は、的確にスケイリーダイナの顔面を捉えた。アーツの炎で顔を焼かれた影響で、一瞬私達の存在を見失ったようだ。

 

「四の型、『紅葉切り』」

「三の舞、『弧月』」

 

私とリィンの斬撃が、スケイリーダイナの両足を目掛けて放たれる。リィンの居合抜きは右足の根元を、遠心力を活かした私の回転切りは左足のそれを鋭く切り裂いた。耳をつんざくような雄叫びを上げたスケイリーダイナは、今にもバランスを崩し倒れ込みそうな様子だ。

このまま押し切れるかと思いきや、スケイリーダイナは倒れ込む勢いを利用し、長い尻尾を使い尾撃を繰り出してきた。目を焼かれた割には、その尾撃は的確にリィンを捉えていた。

まともに喰らえば唯では済まないが、回避できなくもない距離だ。しかしそれでは、同線上にいるアリサに危険が及ぶ。

問題は無いだろう。既にリィンのリンク先はエリオットに移っており、驚くべき速度でアーツの詠唱を終えていた。

 

「アースランス!」

 

直撃の間際、リィンのすぐ前方に巨大な石柱がそびえ立つ。尾撃はその石柱に阻まれ、彼に到達することはなかった。

これが最後の抵抗か。勝敗は決した―――と思われたが、驚いたことにスケイリーダイナは再び立ち上がり、私達に牙を向けてくる。見た目以上にタフのようだ。

 

「我が渾身の一撃―――喰らうがよい」

 

後方から急激な気の高まりを感じる。

立ち上がったとはいえ、両足を損傷しているせいか足取りは重い。おそらく、これが決め手になるはずだ。

 

「―――奥義、洸刃乱舞!!」

 

ラウラが放った光の剣技を全弾まともに受けたスケイリーダイナは、力なく倒れ込んだ。

リィンとラウラは剣を収めることなく残心を取りながら、隙無くその様子を窺う。

 

「―――よし、やったか」

「ああ、我らの勝利だ」

「よ、よかったぁ・・・・・・」

 

2人の言葉を聞くが早いか、エリオットはその場に座り込んでしまった。アリサの方も大きく溜息をつきながら、安堵の表情を浮かべている。かなり無理をしていたのだろう。

 

「おつかれさま、エリオット、アリサ。アーツの連発で疲れたでしょ?」

「正直クタクタよ・・・・・・それにしても、やっぱり凄いわね。3人とも、同じ学生とは思えないわ」

 

アリサが言う3人とは、私とリィン、ラウラのことを指しているのだろう。

私から言わせれば、この短期間でアーツを自在に使いこなす2人の方が流石だ。

 

「あとは報告を済ませれば、一通りの依頼は終了だ。すぐに向かうか?」

 

ラウラの言葉に、私を含めた4人の視線がごく自然にリィンへ向く。

 

「いや、小休憩をとろう。しばらくは魔獣も寄ってこないだろうしな」

 

リィンが言うように、スケイリーダイナが居座っていた影響か、魔獣や動物の気配は一切無い。今なら周囲への警戒を解いても問題はないだろう。リィンの提案に従い、私達は周辺の小岩に腰を下ろし、しばし休息を取ることとなった。

 

ここは小高い丘となっているようで、周辺の平原や山々を見渡せる位置にある。今までは風景を楽しむ余裕は無かったが、こうして見れば中々の絶景だ。

 

「綺麗ねー。空気も美味しいわ」

「そうだね。今度は観光で来たいかも」

 

そろそろ日が落ちてくる時間帯だ。ここから眺める夕焼けは見事なものだろう。

 

「もうB班はパルムに着いたかな?」

「そうだな・・・・・・実習の内容を聞かされている頃かもしれないな」

 

エリオットとリィンのやり取りを耳にした私は、B班のガイウスのことを思う。

考えてみれば、こうして彼と離れ離れになるのはいつ以来のことだろう。3年前に生活を共にするようになり、士官学院ではクラスも学生寮も一緒。私の隣には、常に彼がいた。もしかしたら、これが初めての経験かもしれない。

 

「ガイウスのことでも考えてた?」

 

隣に座るアリサの言葉に、私は目を丸くする。

 

「ふふ、アヤって物思いにふけったり考え事をしてる時、髪の毛を弄る癖があるでしょう?」

「あー・・・・・・」

 

彼女が言うように、私の右人差し指には髪の毛がグルグルと巻き付いている。昔からの癖なのだ。ちなみにその巻き付き具合に違和感を覚えた頃が、散髪のタイミングだ。

 

「あれ、でも何でガイウスのことを考えてるって分かったの?」

「何となくかしら。それに、寂しそうな顔してたしね」

「寂しいって・・・・・・それは気のせいじゃないかな」

「してたわよ。ふふ、可愛いとこあるじゃない。少し意外ね」

 

アリサには何やら思うところがあったようで、どこか含みのある笑みを浮かべている。

寂しい。私はそう感じているのだろうか。自問自答しても、答えは出ない。

アリサはアリサで「ほらまた」とやたらと食いついてくる。私を弄るネタができたのがよほど嬉しい様だ。

 

「ああもう。リィン、そろそろ行かない?」

「ああ、そうだな。報告を済ませたら、宿に戻ろう」

 

今から戻れば、日が沈む前には町に戻れるだろう。実習のレポートも書かなくてはいけないのだ。あまりゆっくりはしていられない。

 

_______________________________________

 

町に戻った後、私達は出店許可書を巡るいざこざに巻き込まれた。

その場を治めた大市の元締め、オットーさんから明かされた背景―――大幅な増税と混乱、公爵家との確執。そのどれもが、私には別世界の出来事のように思えた。それも無理はないのかもしれない。

 

考えてみれば、私はこのエレボニアという国での生活を、真に理解してはいない。

目の前の今日を生きること、力を欲すること、それが全てであった私の『4年間』。私が帝国で過ごした日々は、それだけだった。

『民を想い、民の生活を支える』。お母さんの言葉を思い出す。私の中の貴族様像は、経験ではなく知識からくるものだ。

 

「どうしたんだ、アヤ。もう食べないのか?」

「え?」

 

リィンの声に、今が食事中であったことを思いだす。私の指には、やっぱり髪の毛が巻き付いていた。

 

「ごめん、ちょっとボーっとしちゃってただけ。流石に疲れてるのかも」

「はは、無理もないさ。でも食欲はある分、大丈夫そうだな」

「あ、相変わらずよく食べるわね・・・・・・」

 

時刻は6時半。レポートを書くことも考慮に入れ、私達は早めの夕食をとっていた。どうやら疲れているのは本当のようで、食後特有の眠気が襲ってくる。体力的にはそれ程でもないが、今日は色々と考えさせられることが多すぎた。

食後に一息ついた後、私達の話題はこの特別実習に込められた真意、転じてトールズ士官学院への志望理由へと移っていた。

 

「ふむ―――私の場合は単純だ。目標としている人物に近づくため、といったところか」

 

ラウラの目標。それが誰かは語ってはくれなかったが、きっとその存在が彼女の向上心の原動力となっていることは容易に想像がつく。

 

「色々あるんだけど『自立』したかったからかな。ちょっと実家と上手くいってないのもあるし」

 

実家と上手くいってない。アリサの言わんとしている意味は、よく理解できなかった。

自立の言う言葉から察するに、両親と不仲ということだろうか。

 

「その意味では僕は少数派なのかな・・・・・・元々、士官学院とは全然違う進路を希望してたんだよね」

「たしか、音楽系の進路だったか?」

「え、そうだったの?」

「うん、アヤに前言われたでしょ?音楽が似合ってるって。あの時はちょっと驚いちゃったよ」

 

実際に音楽の道に進もうと考えていたとは、驚きだ。私は別に、そこまで深い意味で言ったわけではなかったのだが。

 

「あはは、まあそこまで本気じゃなかったけどね・・・・・・リ、リィンはどうなの?そういえば今まで聞いたことなかったけど」

 

次はリィンか。この流れだと、私にも回ってくるだろう。

志望理由か。何とも言葉にし辛い。

 

「俺は・・・・・・そうだな・・・・・・。『自分』を―――見つけるためかもしれない」

 

リィンが口にした志望理由は、あまりにも抽象的なものだった。いや、それより―――

 

(ラウラ・・・・・・?)

 

アリサとエリオットが照れた表情のリィンを茶化している傍ら、ラウラは真剣な面持ちでリィンに見入っている。睨んでいる、と誤解されかねない表情だ。

一体どうしたのだろう。リィンの言葉に、何か思うところがあるのだろうか。

 

「それで、アヤはどうなの?」

 

アリサの声にハッとする。そうだ、今はそれどころではない。

 

「うーん・・・・・・キッカケは、ガイウスが士官学院を志望したからなんだけどね」

「へぇ・・・・・・先にガイウスが?」

「うん。まぁ理由は本人から聞いてよ。で、私なんだけど」

 

やはり言葉にすることは難しい。そもそも私自身がよく分かっていないのだ。もしかしたら、リィンのそれが一番近いのかもしれない。

 

色々な考えが頭に浮かんでは消える。とはいえ、もともと選択肢は限られている。

 

「・・・・・・やっぱりそれしかないか」

 

皆の頭の上にはいい感じに疑問符が浮かんでいる。それはそうだろう、今のはひとりごちただけだ。

 

「ちょっとアヤ、何のことを―――」

「私のお母さんね、カルバードの遊撃士だったんだ」

 

アリサの言葉を遮るように私が言うと、周囲の雰囲気が豹変したのを感じる。

 

「お父さんは、ここエレボニアの正規軍人・・・・・・私が生まれた頃には、軍を抜けてたけどね。ちなみに生まれ故郷は、クロスベル。今は知っての通り、ノルドで暮らす遊牧民の一員」

 

捲し立てるように私は自身の生い立ちを語る。私の思惑通り、皆置いてけぼりをくらっているようだ。詳細は語らない。聞かれても答えることはできない。

 

「要するに、私はそういう人間ってわけ。どう?驚いた?」

 

一旦間を置いて、私は皆の様子を窺う。誰もが呆気にとられた面持ちで私を見ている。

書き入れ時だというのに、いつの間にか1階には私達以外の人影がない。厨房から聞こえてくる調理音がやけに大きく感じられる。

 

そんな中、エリオットの口から出た言葉は意外なものだった。

 

「はは・・・・・・ねぇアヤ。誰にだって明かしたくはない過去の1つや2つ、あるんじゃないかな?」

「え?」

 

エリオットの言葉に「そうだな」とリィンが続く。

 

「無理に話してくれなくてもいい。話したくなったら、いつでも言ってくれ。それに・・・・・・どんな事情があるにせよ、アヤはアヤだ」

「そうね。私達の目に映るのは、一番食い意地が張ってて、一番の仲間想い。あなたはそういう人間よ。何も変わらないじゃない」

「・・・・・・あはは、その・・・・・・ごめん、みんな」

 

私は自らの言動を恥じた。

多分、私は皆を試したのだ。もし私が抱えるものを知られたら、私の居場所が、皆との関係がどうなるのかを。

これでは3年前と同じだ。何も変わってはいないではないか。

焦る必要も、疑う必要も無い。絆はこれから深め合っていけばいい。

 

「誤る必要は無かろう、そなた自身の問題だ・・・・・・ふむ。だがそなたの生い立ちが、そのまま志望理由に繋がるといったところか」

「・・・・・・うん。私って、今まで流されるがままに生きてきたからさ。リィンっぽく言うなら・・・・・・道を探すため、かな?その一歩目が、トールズ士官学院への入学」

 

こうして言葉にしてみれば、何とも大それた志望理由だ。リィンが照れるのも無理はない。

だが、道は案外すぐに見つかるかもしれない。私には、共に探してくれる仲間がいるのだから。

 

「だから、えーと。これからも、宜しくお願いします?」

「疑問形で宜しくしないで」

 

アリサの返しに、皆が自然と笑みを浮かべる。

いつの間にか、店内は来店客で賑わっていた。


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