トレーナーはウマ娘に夢を見る   作:しゃなたそ

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レースを書くのは難しい


第100話:大逃げない!サイレンススズカ宝塚記念

 宝塚記念本番の日。いつもの様に選手の待機室で作戦会議をしようとしたところ、そこでスズカから聞いたのは衝撃的な事だった。

 

「私……今日のレースでは大逃げはしないつもりです」

 

 大逃げをしない?スズカの大逃げは彼女のアイデンティティと言ってもいいし、今までその走りで勝利し続けてきた。

 

「どうしたんだ急に。どこか調子が悪いのか?足に違和感があるとか」

 

 そう質問すると、スズカは首を横に振った。不調が原因じゃないとなると……どうしてなんだスズカ。

 

「なんて言ったら分かんないですけど……足が痛いとか調子が悪いとかじゃないんです。ただ、今日は大逃げが出来ない気がするんです!」

 

 スズカの目は真剣そのものだ。俺が大逃げしろと言えば、きっとスズカは大逃げするだろう。ウマ娘の直感スズカを信じるか……

 

(いや……考えるまでもなかったか)

 

 今までもそうだ。スズカを信じて、いつもスズカはその力で勝利を勝ち取ってきた。ならば、スズカを信じよう。

 

「分かった。今日は大逃げをするのはやめよう……だけど、その走りでお前は満足して楽しめるか?」

 

 スズカの根本にあるのは走ることの楽しさだ。それが無くちゃコンディションや走りの質に関わる。

 しかし、スズカは無邪気な子供のような笑顔で楽しそうに笑った。

 

「G1の宝塚記念でグルーヴやドーベルにライアン……そして、ミークさんと一緒に走れる……この舞台でこのメンバー。楽しめないはずありません!」

 

 スズカから唐突も凄い気迫を感じた。全身が逆立つような感覚に襲われる。スズカは今も笑顔でレースを楽しみにしている。どこからその気迫が出てくるんだ?

 

「分かった……それならペースはお前に任せる。ただ、スタートからゴールまで先頭を誰にも譲るな!」

 

「はい!」

 

 今日のスズカの調子はいい。勝てる……レースには絶対はないと分かっているが、何故かは分からないがそんな気がした。

 観客席に向かおうと廊下を歩いていると、偶然葵さんと東条さんに出くわした。2人ともミークとエアグルーヴとの話が終わったんだ。

 

「来たわね柴葉」

「来ましたね柴葉さん」

 

 どうやら、2人は俺のことを待っていたっぽいな。

 

「今日のエアグルーヴは今までで1番の仕上がりよ。気合いも十分。サイレンススズカに勝つために……このレースで負けないために己を鍛えてきたわ」

 

「ミークは今日は負けないと言いました。作戦も考えハードなトレーニングにも耐えてきました……勝ちますよ。サイレンススズカさんに」

 

 2人からの宣戦布告。葵さんだけじゃなくて東条さんからも。

 

「スズカは負けません。だって……誰よりもこのレースを楽しみにしているんだから」

 

 俺の言葉を聞くと2人は笑顔でその場を去った。簡単なレースにはならなそうだな……なぁスズカ?

 

 

 パドック入場の為に近くの入口に居ると、グルーヴ、ドーベル、ライアン、ミークさんの4人が私の元にやってきた。

 

「お前とのこのレース楽しみにしていた……今日は勝たせてもらう」

 

 グルーヴは先に行き、それに続いてドーベルとライアンも出て行った。そして、最後にミークさんが私の前に出てきた。

 

「私はこのレースで勝つために頑張ってきた……あなたはライバルだから」

 

 ライバル……そっか、みんなライバルなんだ。一緒に競い高めあってきた相手。だからこのレースがこんなに楽しみなんだ。

 

「私も……負けられない」

 

 

 パドック入場が終えてゲートインの準備に入っていた。観客席には、俺とマックイーン、スカイとキングの4人だ。

 

「さすがシニアのG1……みんな仕上がりが素晴らしいですわね」

 

 パドック入場のウマ娘を1番よく見ていたのはマックイーンだった。今日のレースには強豪が揃ってるからな。俺もよく目を光らせておいた。

 

「今回もスズカさんの大逃げが楽しみね」

 

 キングはスズカの走りを楽しみにしている。

 

「今日はスズカ大逃げしないぞ」

 

「「「えぇ!」」」

 

 場が騒然とした。気持ちはわからなく無いが……あの走り屋のスズカが大逃げしないことがあるなんて、このチームじゃ考えられないことだ。

 

「まぁ、レースを楽しみに見ててくれ」

 

『ウマ娘が全員ゲートに入りました。宝塚記念2200m天候晴れ。馬バ状態は良。宝塚記念2200m先のゴールを目指して今!……スタートしました!』

 

 予定通りスズカは前に出た。しかし、それほど大きく前には出ていない。

 

『サイレンススズカが前に出ますが……いつもよりもペースを抑えているように感じます』

 

 

 実況の言う通り。スズカは今回大逃げしないからな。それは誰も予想できなかったらしく、レースプランが総崩れとなっていた。今回のレースで警戒されていたのはまさしくスズカだ。そのスズカ急に予想外の行動に出たらテンパるだろうな。

 

 1000メートルを通過したあたりでレースは動き始めた。そこまで、各々がポジション取りをして、最終盤面に備えていた。

 

『ここにきてハッピーミークとエアグルーヴが動いた!一気にサイレンススズカの後ろに付きます!』

 

 ここまでスズカがペースを上げないのをみて差しに来たか?いや、差しに来てる!

 

『おーっとどうしたことか?ハッピーミークとエアグルーヴが後方についてからサイレンススズカのペースが上がっていきます』

 

「急にスズカさんペース上げたね〜」

 

 周りから見たら不自然な加速だろう。後方が寄ってきた瞬間にペースを上げる先頭。しかし、今のレースは1000メートルを通過したばかりだ。

 

「スズカには先頭を奪われるなと言っておいた。ミークとグルーブが来てペースをあげたということは……2人は確実に抜きに来たんだ」

 

 相手もスズカが足を溜めていることに気がついた。それを阻止する為に前に出てきた。前に出て蓋が出来れば良いし、後ろで足を溜めるのもいい。

 

『おぉっと!サイレンススズカ、ハッピーミーク、エアグルーヴの3人がどんどんペースをあげていきます』

 

 このレースの最終勝負はもう始まってるんだ。このゴール1200m前の時点で。

 

「ここからはスピードと根性の勝負ね……落ちたらもう1着は取れない」

 

 

『ここまでペースを上げ続け、先頭にサイレンススズカ、その後方にはハッピーミークとエアグルーヴの2人!このレースも残り200mです!』

 

 2人には早々に引き付ける走りで足を溜めてるのがばれちゃった。ここまで、ろくに脚を貯められてない。でも、それは相手も同じはず。この舞台でこのメンバーでこのレース……守りきった先頭は誰であろうと!

 

【先頭の景色は譲らない!】

 

『サイレンススズカが一気に前に出た!サイレンススズカがゴール向けて動き始めた!』

 

「いつもみたいに伸びないよトレーナー!」

 

 スカイがいつものようなトップスピードで走らないのをみて叫んでいる。

 

「ここまでのレース展開で足は溜められてない。あの1000mの時点でラストスパートは始まってたんだよ!」

 

『サイレンススズカ前に出るが!ハッピーミークとエアグルーヴも前に出る!しかし伸びない!2人のスピードが上手く伸びません!』

 

 スズカが足を溜められなかったのと同じでミークとグルーブも溜められてない。だからこその……根性勝負。

 

『残り数十m!サイレンススズカに後方2人が必死に食らいつく!サイレンススズカか!ハッピーミークか!エアグルーヴか!』

 

 勝負が着いたのはその直後だった。

 

『1着でゴールしたのはサイレンススズカだ!いつも見せる大逃げとが違った逃げで逃げ切りました!』

 

「「「「うぉぉぉ!スズカ!」」」」

 

 誰が勝ってもおかしくなかった。それでも、一番最初に主導権を握ったスズカが有利だったか。

 

「俺はスズカのところに行ってくるよ」

 

 チームメンバーにそう言ってスズカの部屋に向かった。

 

「よくやったスズカ!」

 

 俺は勢い余ってそのままスズカに抱きついた。スズカは顔が真っ赤になって尻尾でペシペシと叩いてきた。

 

「すまんすまん。つい興奮しちまってな」

 

 あの激戦を勝ち残ったんだ。あの身の削り合いのような戦い。あれを見て興奮するなという方が無理だろう。

 

「最後の最後……3人とも足を使い尽くしてました。先頭を譲っていたらどうなっていたか」

 

「理由はともかく……よくやったスズカ!」

 

 慣れない走りでの1着だ。十分良くやってくれた。

 

 この後は、無事にウイニングライブも終えて解散となった。さぁ、スズカの宝塚記念が終わった……これからの夏合宿も気合い入れてかないとな。




実はここ好きを確認するのが好きです。
次回から夏合宿

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