デビューまで残り1週間、スズカは最後の調整に入っていた。
「ところで、スズカってライブのダンスとか歌とかって大丈夫なのか?」
ウマ娘は走ることも大切だが、勝った後のウイニングライブも大切だ。上位3人しか立てないその舞台でそれを疎かにするのはまずいだろう。
「ダンスや歌の練習はしっかりとしてるので最低限大丈夫だと思います」
「それなら安心だな」
「もうレースは目の前まで迫っている。この最終調整期間にスズカには1600mを同じペースで走り続けてもらう」
「同じペースということは、スピードを抑えて走るんですか……?」
「スピードは抑えなくていい。お前が走っていて気持ちいいペースで最初から最後まで走り抜くんだ」
いくら大逃げは最初からスピードを出して行くと言っても、限度ってものがある。スピードを出しすぎて、最後失速しましたなんて事態になりかねない。
「スズカは今でもたしかに速いが、走りにまだ粗がある。レースでペースを乱されないためにも、お前の今のペースを見つけ出せ」
スズカは序盤から終盤にかけて高スピードを維持するのが得意だが、1人で先頭を走るという性質上、どうしてもペースに乱れがでてしまう。
そのせいでスタミナを多く消費したり抜かされでもしたら大変だ。かといって、スピードを抑えても、それではスズカのポテンシャルを活かしきれない。
「分かりました。私が気持ちよく走れるペースで走ればいいんですね」
「そうだ、タイムについては指定はない。残り短い期間走り込むぞ!」
一般的に気持ちよく走れるペースとは、走りながら会話できる程度のスピードと言われている。しかし、スズカに関しては例外だ。スズカは走ること、自分のペースで速く走ることが気持ち良い走り方だろう。
「それじゃあ、トレーニング始めるぞ」
「はい!」
1本目の出だしは上々だった、スタートからの加速も良かったし、序盤、中盤のスピードはとても速かった。しかし、終盤のスパートでスピードが出し切れず減速してしまう。
「今の走りだと後半苦しい走りになったんじゃないか?」
「はい……序盤はスピードが出て楽しくて中盤もスピードが乗っていたんですけど……最後に落ちてしまって、スタミナがなくて苦しいのもそうですけど、何よりスピードが出なくて辛かったです」
スズカは気持ちが走りに影響されやすい。最後に辛さがきてしまうと思うようにスパートがかけられないだろう。
「それじゃあ、今の反省点を活かしてもう1本いこうか」
2本目は序盤こそスピードは出たが、終盤を意識し過ぎてか中盤にスピードが出せずそのまま終盤もスピードが乗り切らず終えてしまった。
「今日から3日間はこのトレーニングを続けるから自分のペースをしっかりと見つけてくれ」
「絶対に見つけ出してみせます」
その後、何本か走ったが1日目は上手く感覚を掴めずに終わった。
──ー2日目──ー
「トレーナーさん、私どうしたらいいんでしょうか」
1日目で上手く感覚を掴めずどうしたらいいか分からず、不安になってしまったのか。
「序盤は先頭を防がれないようにスピードをあげなきゃいけないから、そこは今まで通りでいい」
スズカはスタートも上手いから序盤に先頭を取られることは滅多にないだろう。
「問題は中盤だな、どうしてもスピードが上がってる。スタミナが多ければ問題はないんだが、そこまでスタミナは伸ばし切れてないしな」
「やっぱりスピードを抑えるしかないんでしょうか……」
「スズカの場合、スピードを抑えていると終盤にスピードが上がらなくなってしまう」
一時的速くてもレースには距離がある、必要なところではしっかりとスピードを出さなくちゃいけない。
「いいかスズカ、レースってのはスタートからゴールまである。目の前だけを見て、走り続けるだけじゃだめなんだ」
スズカはレースの流れを理解してはいるんだろうが、どうしても気持ちが先行してスピードを出してしまう。もっとレース全体を見ることが出来れば上手く調整出来るかもしれない。
「スタートからゴールまでがレース……」
結構当たり前のことを言ったつもりだったが、スズカの中で何かに納得できたのか、1人で頷いていた。
「それじゃあ、走って来ますね」
そう言うと、スズカは走り出した。序盤は今まで通りいい出だしだ。問題の中盤に差し掛かるが……スピードが上がってない。
いや、上がってないってのは正しくない。序盤に出したスピードを維持しているんだ。スピードを抑えてはないから減速もしていない。そのまま終盤に差し掛かりペースが上がって行った。
ゴールして、スズカがこちらに駆け寄ってくる。
「どうでした!トレーナーさん!」
「今できる、1番理想的な走りだったよ」
お世辞でなく本当にそう思った。今までは右肩上がりにペースが上がり、終盤にスタミナが持たなかったが、終始ペースは落ちることなく、しっかりとラストスパートかけていた。
「今の感覚を大事にしよう」
「はい!休んだらもう1本行ってきます」
2日目にしてペース配分のコツを掴んだのか3日目には安定してその走りが出来るようになっていた。
「スズカ、いい感じだな」
「いえ、これもトレーナーさんのアドバイスのおかげです」
大したアドバイスはしてないが……まぁ、素直に受け取っておこう。
「明日と明後日は1000mを3本程度やって、レース前日は1000m1本と軽いジョギングだけで終わらせようと思う」
レース本番のトレーニングの疲れを残したらダメだからな。かといって刺激を与えなすぎるのも逆に良くないだろう。
「一応言っておくが、トレーニング外でのランニングも出来れば控えてくれよ」
そう言うと、スズカの耳が垂れてしまった。念を押してよかった……
「レース本番にベストコンディションを持ってくる為だから理解してくれ。少しジョギングするくらいなら問題はないよ」
スズカの耳が元に戻って、尻尾をゆらゆらと揺らしている。わかりやすいな。
「分かりました……軽くジョギングするだけにしておきます」
「それじゃあ、また明日な」
「はい、お疲れ様でした」
──ー5日目──ー
「今日の1000mは中盤から終盤を走るイメージで走ってくれ」
「分かりました。それじゃあ行きますね」
スタートからスズカの走りを見るが、やはり速い。速いんだが終盤に加速しきれてない。スズカは綺麗なスタートから先頭を取って、高ペースで終始走りきることだ。そのせいで終盤の加速がイチマイチなんだ。
(これはこれからの課題だな)
レース直前に気づいた問題に今から取り組んでたら間に合わず逆効果だろう。幸運にも、デビュー戦でなら今のスズカでも勝つことができるだろうから、デビュー後の課題にしよう。
「スズカ、調子の方はどうだ」
走りを見ていた感じ、調子が悪そうには見えなかったが、本人に確認するのが1番確実だろう。
「自分でも驚くくらい体が軽いです。思う通りの走りができてとっても気持ちいです」
「明日、明後日もその調子が維持できるようにしよう。今のコンディションで挑めば、きっといい成績が残せる」
「はい!全力を尽くします」
その日のトレーニングは無事に終了し、翌日のトレーニングも問題なく終了した。
──ー調整最終日──ー
「今日は1000m1本と軽いジョギングでトレーニングで済ませる」
「最後の追い込みでいっぱい走ったりしないんですか?」
「1日だけでレースを覆せるほど能力は伸びないし、レースに疲れを残すのはまずいからな」
「気持ちよく1本走ってこい」
走り終わって休憩が終わると、スズカが話しかけてきた。
「トレーナーさん、私勝てるでしょうか……」
「なんだ、心配か?」
いざレース前日になると不安になってきたのだろうか。
「トレーナーさんは勝てるって言ってくれますけど……イマイチ自信がなくて」
「たしかに、勝てるかどうかはわからない。でも、俺たちは今できる限りのことをしてきた。だからたとえ勝てなくても、今できる限りの走りをすればいいんだよ」
「今できる限りの走りをする……ありがとうございます。気持ちが少し軽くなりました」
「勝とうな、スズカ」
「はい、勝ちましょう」
明日はレース本番だ。ここまで来ると俺に出来ることはほぼない。スズカのことを信じるだけだ。
13話にてついにデビュー戦にたどりついた……