「どうだスズカ?調子のほうは」
レース本番の少し前、スズカの体調確認も兼ねて軽く小話をしていた。
「好調……絶好調いや、それ以上かもしれません……ただ、今は早く駆け出したいです」
スズカ自身の調子も良い。トレーニングでも特に問題は無かったし、故障とかそういった不調もなかった。
(それなのに何故だろう。どうしてこんなにも胸にモヤがかかるんだ)
今日のレースは天皇賞秋。ハッピーミークを初めとした多くのライバルも出走する。しかし、先日の毎日王冠の走りを見ると今絶好調のスズカが簡単に負けるとも思えない……
(何考えてんだ俺は!トレーナーの俺が不安がってどうする!)
怪我の予兆は無い。スズカも絶好調だ。
「お前の全力をぶつけてこい。今のスズカなら何が相手でも大丈夫だ!」
「はい!」
俺は自分に言い聞かせるようにスズカにそう言った。そして、俺は待機室後にして観客席へと向かった。
観客席に戻ると、沖野先輩と東条さん、たづなさんに南坂トレーナーも居た。そして、葵さんも。
「今日はいい勝負にしましょう」
俺が来たことに気がついた葵さんは立ち上がると手を差し出した。
「えぇ……もちろんです!」
そう言い返し、俺は彼女の手を握り返した。
他のみんなは各々しっかりと目的があって今回は来ているようだ。
「俺か?俺はスペがどうしてもサイレンススズカのレースが見たいって言うから連れて来たんだ。もちろん俺も個人的に見たかったってのもあるが」
「ライバルチームのエースが走るG1レースよ?前回はエルコンドルパサーは負けてしまったけど……次は負けないように対策を立てなきゃいけないのよ」
「今1番熱いとされているサイレンススズカさんのレース……そして、ハッピーミークさんも出走すると聞いたら僕も見なくてはならないと思いまして」
「私は今回は個人的に見に来ましたよ。サイレンススズカさんが気になっていましたから。お休み取るの大変だったんですよ?」
とりあえず、みんなが各々のチームメイトを連れて来ている。それだけスズカが注目されてるってことか……頑張ってくれよスズカ。
ついでに、スカイとキングの強い願いによって2人も観戦に来ている。
(とっても足が軽い……今日はいつもよりも速く走れる気がする)
パドック入場に向けての通路を歩いている時、私はそんなことを考えていた。最近のトレーニングも絶好調だったし、思うように足が動いてくれる。
「スズカ」
後ろから誰かが私を呼んだ。
「ミーク」
後ろにいたのはミークだった。ただ、そこにいるだけなのになんでこんなにピリピリするんだろう。ううん……これは怖がってるんじゃない。ミークと一緒に走るのが楽しみでしかたない。
「今日は負けない」
「私も負ける気はないわ」
その場で握手を交わして、そのままパドックに向かおうとした。
「スズカ靴紐解けてる」
ミークにそう言われて、自分の靴紐が解けていることに気がついた。私は靴紐をすぐに結んで勝負の場に赴く。
『本日出走するウマ娘がパドックに入場します!』
ついにか……今年はスズカの天皇賞秋2連覇がかかったレース。このまま勢いに乗ってジャパンカップにコマを進めれば、秋シニア3冠も夢じゃない。
『本日最初に入場するのはこのウマ娘だ!1枠1番サイレンススズカ!今年に入って頭角を更に表し始めた注目のウマ娘だ!』
『人気も凄まじく今日はサイレンススズカのクッズはほとんど完売しているくらいですからね』
『今回のレースも見事な大逃げを見せてくれるのか!天皇賞秋2連覇の期待もある1番人気です!』
スズカの入場に会場は大盛り上がりだ。うん……やっぱり仕上がりは完璧なはずだ。調子も良さそうだし。
「いやぁ……今のスズカさんとはまだ私走りたくないなぁ〜」
「強者に勝ってこそ真の一流……と言いたいところだけど、スズカさんは既にその領域に達しているのかもしれないわね」
最近絶好調で夏合宿ではスズカに勝利を収めたスカイも、いつも強気で弱音なんて吐かないキングにさえそう言わせる。スズカの存在感と実力は今はそのレベルに達している。
『そして、それに対するは2枠2番はハッピーミーク!定石にそった走りながらもそのポテンシャルは凄まじい!サイレンススズカに届きうる存在になり得るのか!2番人気です!』
ハッピーミークには突出したものは特別になかった。能力のアベレージが高くて基礎が凄まじく出来上がってる。それ故に強い……そう思ってたのに、パドックからですら伝わってくるこのプレッシャー……
「ミークには桐生院に伝わるレースの真髄を全て教えました。そして、それを習得してなおミークは前に進みました……それが今のミークの実力です」
桐生院はトレーナー界でも長い歴史を誇る。そこで築き上げた全てを注ぎ込み、更に自分立ちで前に進んだ……その実力は計り知れない。
「本当に簡単には勝たせてくれないですね……」
これは辛い勝負になりそうだ。
パドックのミーク凄かったな……前にシンボリルドルフ会長と一緒に走った時……いや、それ以上の圧を感じたかも。
それでも、私は今の私に出来ることをしよう。前までは自分のために好きに走るのが心地よかった……でも、今は誰かのために走るのも良いなって思う。
(だから……私はトレーナーさんのためにも負けられない!)
『全てのウマ娘がゲートに入りました。東京レース場芝2000m。天候は晴。バ場状態良。秋の盾を巡って12人のウマ娘が……今スタートしました!』
スタートは完璧。スタートと同時にスズカが一気に先頭まで駆け抜ける。
『サイレンススズカが先頭を駆け抜ける!おぉっと!しかし後続も続く!サイレンススズカを逃がさんとばかりに食らいつきます!』
(毎日王冠のレースを見て、スズカを自由に走らせたら不味いことはバレてる)
しかし、それは無意味だ。いや……スズカのペースを崩したりプレッシャーを与えると言う意味では意味はあるだろう。けれど、逃げでスズカと戦うということは、スズカの1番得意な戦場で戦うということだ。
『どういうことだ!?サイレンススズカが更にペースを上げた!たまらず後方のウマ娘たちは距離を離される!』
『ここまで清々しい走りをするウマ娘は初めて見ました』
順調なレース運び。前半から後続を引き離す完璧な展開……それなのになんでだ。なんでこんなにもモヤモヤするんだ。
(脚が軽い……思うように動く)
いつもならこのくらいのスピードが限界だった。それなのになんでだろう……まだもう一段階ギアを上げていける気がする。
(行ける!)
『サイレンススズカ更に加速!このウマ娘に限界はないのか!?後続はもう誰も競り合いが……いや!このウマ娘がいた!ハッピーミーク!ハッピーミークが距離を保っています!』
後ろからミークが私を追って来てる……ううん、追いつこうとしてる!
『ハッピーミークが徐々に距離を詰める!レースは既に1000mを通過!サイレンススズカが逃げる!ハッピーミークが追いかける!まだこのレースは終わっていません!』
勝負はまだここからよね……ミークも分かってる。だから、私はまだ走れるの!
『サイレンススズカ……サイレンススズカがサイレンススズカが更に加速したぁ!』
会場は半分が唖然とし、半分が湧き上がっていた。まだ加速するのかという困惑とそのスピードに驚く声。
「ダメだ……ダメだスズカ!これ以上は!」
俺はその場で咄嗟に立ち上がりそう叫んでいた。もちろん、スカイやキングは俺の行為に驚いている。なぜかは分からない。でも、これ以上はマズイと何かがどう思わせる。
(走り切れる!)
今まで以上のハイペース。それでも私の体は動いてる。スタミナはまだ残ってる。もう少しで最後のコーナーに入る……
(ミークも後ろから迫ってる……ここでもう1回!)
そう思って地面を踏み込み前に行こうとした……瞬間に激痛が脚に走った。
『サイレンススズカが失速!スタミナが限界を迎えたか?いや……足を庇って走っています!サイレンススズカに故障発生です!』
(脚が痛い!前に進めない!)
後ろからはミークが迫ってきてる……けど、これ以上減速したらラストスパートで再加速出来なくなっちゃう……
この時の私は、激痛とミークに追いつかれるというプレッシャーに板挟みになっていたの。それでも、勝つという想いと打開策を考えてた。不思議と止まるという考えはなかった。
「ダメだ……スズカ止まれ。止まってくれ」
俺はその場に膝をついた。走りを見ればわかる。明らかに足を故障している。それも、軽い怪我なんかじゃない。
「なんでだ!なんで止まらないんだ!スズカァ!」
今ここで止まれば間に合うかもしれない。あんな状態で全力で走ったらどうなるか分からない。
俺は軽いパニック状態になっていた。
パァン!
頬に痛みが走った。一瞬理解出来ずに固まってしまった。自分が頬を叩かれたということを認識するのにも時間がかかった。
「何を言ってるのよ!」
俺を叩いたのはキングだった。
「スズカさんを見なさい!まだ走ってる!勝つことを諦めてないのよ!?それなのにあなたがそんなヘッポコでどうするのよ!」
キングが俺の胸ぐらを掴む。
「今1番辛いのはスズカさんよ!今1番痛いのもスズカさんよ!そんなスズカさんが走るって決意してるの!それならトレーナーであるあなたにもやるべきことがあるんじゃないの!」
俺はターフを見た。そこには失速しつつもペースをキープしようとするスズカの姿が見えた。その瞳はゴールを見据えている。レースの状況を把握している。そして、その顔は激痛に苛まれてる。
「ちょっとキングちゃん流石に!」
スカイがキングを俺から離した。
「いや、大丈夫だスカイ。おかげで目が覚めた」
スズカは走る決断を下した。なら、俺はそれを全力でサポートしなくちゃいけない。最悪の事態を想定して行動しなくちゃならない。
「スカイはスタッフに状況の通達を頼む!確実にスズカの脚は故障してる。それも骨折レベルの怪我の可能性が高い!」
スカイは俺の話を聞くとすぐに頷いて動き始めた。
「キングはスズカのゴールに備えるようにスタッフと連携してくれ!このままの勢いでゴールしてバランスを崩せば命に関わる!」
「えぇ!任せなさい!」
俺はトレーナーとして見届けなくちゃいけない。スズカの勇姿を……その全力の走りを。
「お前の好きなように走れスズカァァァアアア!頑張れぇえええ!」
喉がはち切れんばかりに俺は声を張り上げた。スズカに俺の声が届くように……
(あぁ……トレーナーさんの声が聞こえる)
いつもトレーナーさんは私の背中を押してくれた。私のことを支えてくれた。そして、私にいっぱいの夢を見せてくれて……叶えてくれた。
『ハッピーミークがサイレンススズカのすぐ後方に迫った!そして今サイレンススズカに並んだ!』
「私は例え相手がどんな状況でも全力で走る……ううん、相手がスズカだからこそ力は抜けない!」
【限界の先へ】
『ハッピーミークがスピードを上げていく!このままサイレンススズカを交わすか!?』
トレーナーさんは夢を見せてくれた……だから、私もトレーナーさんに夢を見て欲しい……そして少しでも叶えてあげたい!だからこそ、脚がどれだけ痛くても!
【それでも……この景色だけは譲れない!】
『サイレンススズカもスピードを上げた!?サイレンススズカとハッピーミーク完全に横一線です!』
「スペシャルウィーク!メジロマックイーン!ミホノブルボン!スマートファルコン!ライスシャワー!ハルウララ!トウカイテイオー!」
俺はこれからの時代を築くであろうウマ娘の名前を呼んだ。
「いいか!これがレースに勝つってことだ!勝ち続けるってことだ!これが……異次元の逃亡者サイレンススズカの走りだ!」
「私はトレーナーさんと勝ちたい!」
脚の感覚はなかった。でも体が覚えてる。トレーナーさんと一緒に積み重ねてきたトレーニング、経験の全てが私を支えてくれる!
「はあぁぁあああ!」
そこから先のことは私は覚えていない。
『サイレンススズカとハッピーミークが今ゴールしました!サイレンススズカは大丈夫でしょうか!』
「スズカ!」
俺は急いでゴール地点に向かった。その時には既に、スズカはタンカーに載せられて救急車に運ばれようとしていた。
「大丈夫だ!大丈夫だからな!」
「トレーナーさん……私頑張り……」
スズカが一瞬だけそう呟いた。
「あぁ!よく頑張った!本当によく頑張った!」
スズカはそのまま救急車に運ばれた。
「ゴール後はスタッフと協力して上手くスズカさんを受け止めたわ」
キングがしっかりと動いてくれたようだ。今回はキングに感謝しないといけない。
『サイレンススズカとハッピーミークの写真判定が終了しました……1着はサイレンススズカ!ハッピーミークとの激戦の末に勝利を掴んだのはサイレンススズカだ!』
実況の声が聞こえたと同時に携帯が鳴った。
「おい聞こえるか後輩」
電話に出ると沖野先輩の声が聞こえた。
「優勝おめでとうってゆっくり祝いたいところだが……今はそれどころじゃないだろ?チームの奴らの面倒は俺らに任せてお前は病院に行ってやれ!」
「ありがとうございます!」
駐車場に向かうと南坂さんが既に車を回してくれていた。急いで俺は車に乗り込んだ。
「ちょっと飛ばしますから……皆さんには内緒でお願いします」
俺はその後すぐにスズカが搬送された病院に辿り着くことができた。あぁ……俺は本当に良い人達に出会えたんだ。
「頼むから無事でいてくれよスズカ!」
新生チームレグルスで1番好きなメンバーは?
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サイレンススズカ
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セイウンスカイ
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キングヘイロー
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メジロマックイーン
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ミホノブルボン
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スマートファルコン
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ナリタタイシン
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トレーナー