菊花賞の翌日。俺たちはスズカの病室でミーティングを行っていた。幸いにもスズカの病室は個室で、部屋のスペースも広い。
「とりあえず、スカイとキング。2人とも菊花賞お疲れ様。スカイは1着……しかも、3000mのワールドレコードと来たもんだ。キングも2着でよく奮闘したな」
「へへーん。セイちゃん頑張りすぎちゃいました〜。もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
いつものような反応を示すスカイと、まだどこか気まずそうなキング。
「正直、俺の頭の中はごっちゃごちゃだ。スズカのこともあるが……トレーナーとして、お前ら2人の功績を全力で褒めてやりたい。けど、俺個人としては言いたいこともある」
喜べばいいのか、怒ればいいのか、悲しめばいいのか……それだけの事がこの短期間で起こりすぎた。
「一つ一つ……全部言えばいいわ。それを言われる覚悟も受け入れる覚悟もしてきているもの」
2人の眼は真剣そのもので、しっかりと俺のことを捉えていた。あぁ、俺はこいつらに救われてばっかりだな。
「そうだな……まずはすまなかった……俺がスズカの足の故障を予想出来ていれば、世間はここまで騒ぐこともなかっただろう」
テレビでレース場の雰囲気くらいは分かった。明らかにスカイとキングを見る目が他とは違うことを。
「キング……中盤の展開で冷静さを欠くシーンが何度か見て取れた」
「それは、スカイさんに上手く釣られただけよ」
たしかに、あのレースでスカイはキングとスペの勝利の流れ見たいなものを断ち切った。だが、それだけじゃ納得できない場面がありすぎた。
「ウマ娘が人間よりも周りの感情や雰囲気に敏感なのは俺も知ってる……そして、あの日のレース場の雰囲気は今までと比べて明らかに異常だった。レースにムラが出るのも仕方がない状態だった」
キングはそれ以上は言い返さずに下を向いた。
「俺はお前たち3人の、あの大舞台でのレースに水を挿してしまった。本当ならもっと熱く楽しいレースになるはずだった……本当にすまない!」
「大袈裟だなトレーナーさんは〜私もキングもそんな気にしてな」
スカイの言葉を遮るの様に2人を抱きしめた。俺が後ろめたい気持ちもあった。けど、これ以上スカイとキングに抱え込んで欲しくなかった。
「本当にありがとう!お前らが頑張ってくれて俺は助けられた。俺がお前らを守ってやらなきゃいけないのに」
大人の俺が子供の2人を守らなきゃいけなかった。それなのに、世間からの批判を覆して俺を守ってくれたのは2人だった。菊花賞での頑張とパフォーマンスが俺へ対する評価を塗り替えた。
「本当に良く頑張った。だからもう気張らなくていいんだ」
ここなら俺が守ってやれる。他に見てるやつらなんていないんだから大丈夫だ。
「グス……私頑張った。頑張ったよトレーナーさん!でも、怖かったよぉお」
緊張の線が切れたのか、スカイとキングは声を出して泣いた。
「負けた……!負けたわ!あんな雰囲気に飲まれるだなんて!」
レース場にいる多くの視線、そして、大人たちの想い。それらをまだ10代の少女達が背負うには重すぎる。
「あんな状況で良く頑張ってくれた。だから、もうあんな楽しさや情熱を持たない走りはしないでくれ!俺も辛いが……1番辛いのはお前たちなんだから!」
ウマ娘は強い。だが、それ以上に俺たちは大人で彼女たちは守られるべき子供なんだ。それなのに大人の事情に巻き込んで、2人には負担をかけてしまった。
しばらく、2人が涙を流すのは止まらなかった。しかし、一頻り泣いた後は落ち着いたようで、いつもの顔立ちに戻っていた。
「とりあえず、世間の俺への不満は解消したらしい。トレセン学園の方に問い合わせの電話が来ていたが、たづなさんがそれも今は収まったって言ってたから」
スカイは誇らしげに胸を張っていた。スカイの菊花賞1着。しかも、ワールドレコードでのゴール。その後、怪我なども特に見つからずに実力で世間を黙らせたわけだ。
「現状残った問題は……」
「「スズカさん……」」
スズカが意識を失ってから大体3日程経つ。健康状態に異常はなく、意識だけが戻らないらしい。原因は不明で何故意識が戻らないかが不思議な状態である。
「結局、今日も意識は戻らなかったか……」
時間は既に夕方で日も落ちようとしていた。スカイとキングの2人は寮の門限がもう近い。
「とりあえず、時間も時間だ。2人は寮に帰らないとな」
「トレーナーさんはまだ帰らないのかしら?」
「あぁ……俺はもう少しだけ残るよ」
2人は頷くと荷物をまとめて部屋を出ていった。クラシック最後の菊花賞……その大事なレースを終えたという実感は無い。しかし、2人が居なくなって心の緊張が切れたのか。俺はそのまま眠ってしまった。
「……ナーさん。トレーナーさん」
眠ってからどれだけ時間が経っただろう。俺はスズカの声で目が覚め……スズカの声?
「スズカ……?スズカ!目が覚めたのか!」
目を開けると、そこにはベットの上で体を起こしたスズカが居た。
「トレーナーさん。私はどれくらい眠っていたんでしょうか……」
俺たちからすれば数日もスズカは眠っていた。けれど、スズカからすれば、天皇賞でゴールして意識を失ってから一瞬の出来事なのか。
「3日……スズカが意識を失ってから3日は経ってる」
「そんなに……」
「幸運なことに体に異常はないらしい。けど……」
俺はスズカの脚に視線を向けた。スズカ本人も既に気が付いていたのか、自分の脚を見て深刻そうな顔をしている。
「私の脚はどうなりましたか……?レース中に脚の痛みを振り切って走った時点で覚悟はしてました」
スズカはそう言ったが、俺は怪我の状態を話すことを躊躇してしまった。おそらく、本人も軽い怪我では済んでいないことくらい分かってるいるはず。その上で覚悟が出来ていると言った。けど、今から言う内容がそのスズカの覚悟の上を行く内容だった時、スズカはそれを受け入れられるだろうか。
「粉砕骨折だ……レースを走りきれたこと自体が奇跡だって言われたよ」
しかし、俺は話してしまった。冷静に考えれば、走ることが誰よりも好きなスズカが受け入れられるはずがないのに。
「粉砕骨折ですか……治るまで時間がかかりそうですね。でも、元通りに走れるようになりますよね」
「それが、元に戻るかは分からないそうだ……勿論日常に問題はないレベルには確実に回復する。走ることも出来るだろう……だが、レースで前のように走れるかどうか……」
スズカから一瞬目を逸らしてしまった。それは怪我をさせてしまった後ろめたさか……しかし、俺はすぐにスズカの目を見直した。が……そこには俺が予想……いや、そうあって欲しい光景ではなかった。
「え……?」
彼女の目には光が挿していなかった。現実を受け入れられない、絶望を前にしたような……そんな顔をしていた。
「走れな……え、でも。私、そんなことになるなんて」
「落ち着けスズカ!大丈夫か!?」
俺は荒ぶるスズカの肩を掴んだ。
「たしかに元に戻るかは分からない!けど、まだ走れる可能性はある!だから落ち着いてくれスズカ!」
からなり心は乱れていたが、何とかスズカを落ち着かせることに成功した。
「すいません……今は1人にして貰えないえしょうか……私には少し受け入れられそうにないです」
俺は何も言わずに部屋を出た……そして、スズカの寝室から聞こえる絶叫や鳴き声は聞かない振りをして病院を後にした。
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