第13話:挑め!クラシック路線!
デビュー戦が終わった翌日。今日はトレーニングからではなく、今後の方針について、スズカと話をまとめようと思う。
「一応俺が思ってる方針としては、クラシック路線を念頭においていこうと思ってる」
「クラシック路線というと、皐月賞、日本ダービー、菊花賞ですか」
「ああ、スズカが鍛えていけば三冠も狙っていけるだろうと、俺は思ってる」
「クラシック三冠……私にでも取れるでしょうか」
「取れるさ。ただ、スタミナなどの改善点はある。鍛えていけば十分狙えるはずさ」
スズカのポテンシャルは凄まじい。今でこそ日本ダービーや菊花賞は距離が長く、辛いだろうが、スタミナを伸ばしていけば勝てるはずだ。
「それを踏まえて、皐月賞のトライアルレース、弥生賞に出走しようと思う」
「弥生賞……2000mの中距離コースですよね」
弥生賞は芝2000m、デビュー戦よりも400m長い。スタミナがまだ課題なスズカからしたら、不安なんだろう。
「弥生賞までは1ヶ月、皐月賞までは2ヶ月ある。その間にできる限りスタミナを伸ばしていくぞ。スズカならきっといける」
皐月賞のためだけじゃない。日本ダービーと菊花賞はもっと距離が伸びる。スタミナはどれだけ鍛えても足りないくらいだ。
「それじゃあ、主なトレーニングは、走り込みになるんですか?」
「走り込みもするが、他にも練習しなきゃいけないことがあるんだ。」
「他にどんな練習をするんでしょうか」
「お前が今やらなきゃいけないことは3つある」
これから重点的に鍛えていくことは、しっかりと知って意識しておいた方がいいだろう。
「まず1つは、単純なスタミナ強化だ。これから走っていく中距離以上のレースを耐えるのに、これは必要不可欠になってくる」
「2つ目は、坂の練習だ。弥生賞と皐月賞が行われる中山競バ場は、ゴール直前に大きな坂があるんだ。この2つのレースで最後に競り勝つには、最後の坂が勝敗を分けるだろう」
「そして最後に、加速力の強化だ。スズカは序盤、中盤でスピードが上がっているが、終盤のトップスピードに達するまで、時間がかかるんだ。その時間を短くすることで、トップスピードで走れる距離も長くなる。スズカの長所を活かすために、これも必要だ」
スズカはトップスピードがとても速い。だからこそ、そのスピードに達するまで、どうしても時間がかかってしまうんだ。
「そうだったんですね……私自身は走ってて、いままで全然気付かなかったです」
「だから、これから主にやっていくのは、坂ダッシュに走り込みだ」
「加速力はどうやって鍛えていくんですか?」
「加速力は坂ダッシュで鍛えていく。スズカは加速する上で必要なことはなんだと思う?」
「足を更に速く回すことでしょうか」
足の回転力は加速に直接繋がるから間違ってはいないんだが、少し足りてない。
「それも大事な要素な1つだ。だが、それを実現するためには、地面を蹴り出す力と地面と足の接地時間が関係している」
「地面を強く蹴り出せばその分だけ前に進める。けど、それだけじゃ、前に進むまでに時間がかかってしまうんだ。1番最初に一気にスピードを上げるためならいいんだがな」
「その後も続けてたら、せっかく上げたスピードが死んじまう。踏み込んだ足が、後ろに残るからな。足を後ろに残さないためには、踏み込んだ足を素早く前に出すために、地面との接地時間を短くしなきゃ行けない。」
「これらが組み合わさることで、足を速く回せて加速力が生まれるんだ」
「ゴルシみたいに1歩1歩を広く走る、ストライド走法をするウマ娘はまた違ってくるだろうがな」
少し長々しく話しすぎてしまっただろうか。
「私、走ることにそんなことが必要だなんて、考えたことなかったです。教えてくれて、ありがとうございます」
「これから必要なことだ、知っといて損はないだろ」
地面の接地時間を減らしつつ、踏み込んで行くためにはパワーとテンポが大切だ。
「坂ダッシュっていうのは、そこら辺の練習するのには丁度いいんだよ」
「これからのトレーニングは走り込みメインで坂ダッシュも混ぜていくことになるが。問題ないか?」
「私はそれで大丈夫です。今日はとりあえず走り込みですか?」
「ああ、坂ダッシュは明日からだ。今日のところは走り込みからしよう」
坂ダッシュするのに、いい場所あるといいんだがな……沖野先輩辺りに聞けば教えてくれるだろうか。
「よし、そうと決まればトレーニング開始だ。スズカの準備ができ次第走り始めてくれ」
「それじゃあ、走ってきます」
スズカはすぐに準備を済ませると、走り始めた。走り込みは距離を走ってスタミナを鍛えることが目的だから、終わるまで俺にできることは特別ない。
「サイレンススズカさん、調子良さそうですね。デビュー戦を圧勝しただけあります」
スズカの走りを見ていると、聞き覚えのある声に話しかけられた。
「葵さんじゃないですか。どうしたんすか?」
「実は私も先日、ミークのデビュー戦が終わったんですけど、そしたら沖野さんが後輩たちのデビュー祝いに飲み会をする、ということなので、柴葉さんにもお話をと」
「ミークのデビュー戦、テレビの録画で見ることにはなりましたがいい走りでした。1着おめでとうございます」
「ありがとうございます。勝たせてあげられて良かったですよ」
「飲み会の方も参加させてもらいます。先輩のせっかくのお誘いなんで」
ちょうど聞きたいこともあったし、タイミングがいい。俺みたいな新人と違って、沖野先輩ならトレーニング場所にも詳しいだろう。
「それは良かったです!楽しみにしてますね」
「時間と場所は前回と同じで大丈夫かな?」
「はい、前回のお店でするそうなので。また今晩会いましょう。私もミークのトレーニングがあるので」
「わざわざありがとうございます。それではまた後で」
葵さんはミークのところに戻ってったようだ。俺もスズカの走りを見なきゃな。
「おーいスズカー!ペースとフォーム乱れてんぞー」
ちょうどスズカの方を見ると、ペースとフォームが乱れていた。指摘すると、いつも通りにすぐに戻った。どうしたのだろうか。
その後は問題なく走り続けたが、スタミナが切れてきたので、1回休憩を挟ませる。
「途中で1回走りが乱れてたけど、どうしたんだ?」
「なんでもありません。少しよろけただけです」
「そうか?ならいいんだが、気をつけてな」
よろけた拍子に足でも挫いたら大変だからな。怪我には気をつけなきゃいけない。
「ところで、さっきミークさんのトレーナーの桐生院さんとお話してたみたいですけど、何を話してたんですか?」
「ああ、今晩の飲み会に誘われてな。その話をしてたんだよ」
「女性の方と2人で飲むんですか?」
「いや、沖野先輩も一緒だぞ。デビュー祝いに1杯やろうぜってことなんだろ」
「そうですか……ならいいんですけど…」
なんか、少し機嫌が悪そうにムスっとした顔をしている。スズカってこんな顔もするのか。なんか気に触ったのだろうか?
「機嫌悪そうだけど、なんか気に触ったか?もしそうだったら申し訳ないんだけど」
「機嫌は悪くないです!休憩も終わるのでもう1回走って来ますね」
そう言うと、そのまま走りに行ってしまった。俺の気のせいだったのか?
その後も普通にスズカと接していたのだが。尻尾で背中をペシペシと叩かれてしまった。やっぱり機嫌が悪かったらしい。
「スズカ〜機嫌直してくれよー」
ずっとスズカが機嫌が悪くて、ちょっと気まずい。
「桐生院さんと飲みに行けるなら。今度、私ともお出かけしてください」
お出かけ?トレーニングが忙しいから、ちょっと後になるが、そのくらいなら問題ないだろう。
「わかった、今度のトレーニングが休みの日に一緒に出かけよう」
機嫌が直ったのか、尻尾を左右にゆらゆらさせてる。機嫌が直ってよかった……
「約束ですからね?忘れないでくださいよ」
「ああ、忘れないさ。どこにでも連れてってやるよ」
「それは、今から楽しみです」
すんごい高いお店とかに行かされたらどうしよう。スズカならそんなことはしないと思うけど。
「それじゃあ、今日のトレーニングはこの辺にしておこうか」
「おつかれさまです。それじゃあ、また明日」
「また明日なスズカ」
スズカも帰ったし。俺も今晩の準備をするために、ちゃちゃっと帰りますかね。