誤字報告ありがとうございます。訂正させてもらいました。とても助かります。
今日からは坂の練習だ。昨日沖野先輩に場所は聞いたから、あとは行ってみて、走るだけだ。
(どのくらいの坂なのかくらい、聞いておけばよかったな)
というか、トレーニング開始時間は過ぎたけど、スズカが来ない。遅刻することなんてなかったのに、珍しいこともあるな。
「すいませんトレーナーさん!遅れてしまいました」
「珍しいな、スズカがトレーニングに遅れるなんて」
「ここに向かう途中で、巨大な金の鯛を持ったフクキタルに追いかけられて……」
「ちょっと待ってくれスズカ、どういうこと?」
昨日といい今日といい、情報量が多い内容を話されると困る。頭の処理が追いつかない……
「えっと、私がトレーニングに向かおうと、廊下を歩いていたんです」
「なるほど、それで?」
「そしたら後ろからフクキタルが『今日のラッキーアイテムは金の鯛ですよ。スズカさ──ーん』と言って追いかけて来て。驚いて逃げ回ってたんです」
結局、巨大な金の鯛を持ってるフクキタルは理解出来なかったけど、スズカが逃げ回ってて遅れたのはよく分かった。
「そうか……それは大変だったな」
なんか、トレーニングも始まってないのに凄い疲れた気がする。
「すいません……遅れるつもりはなかったんですけど……」
「いや、大丈夫だ。そういうこともあるさ。トレーニングに行こう」
もう、そういうこともあるということにしようそうしよう。
「今日は何をすればいいんですか?」
「今日は、昨日言っていた通り坂ダッシュだ。とりあえず、トレーニング場所に向かおう」
「わかりました」
スズカを連れて坂に向かう。確か、近くの神社の階段を使えって言ってたな。
「そういえば、昨日の飲み会は楽しかったですか?」
「ああ、葵さんと先輩とゆっくり話が出来たしな。何より、先輩からトレーニング場所を聞くついでに、いいアドバイスも貰えたし」
「わざわざ聞いてくださったんですか?」
「元々、先輩に聞くつもりだったからな。ついでだ」
実際に、飲み会がなかったら、直接会いに行って聞くつもりだったしな。
「私のためにありがとうございます」
スズカは嬉しそうにお礼を言うと尻尾を揺らしていた。自分のために何かしてくれたのが嬉しかったのかもしれない。
「俺はスズカの担当だからな。っとそろそろだな」
目的地に着くと、スズカと俺は絶句した。なにこれ、想像以上に角度がキツいし、距離も長いんだけど。
「本当にここで走るんですか……?」
スズカが不安そうだ。俺が驚いてたらいけないな。
「スズカは、この坂の階段を速く登るためにはどうしたらいいと思う」
「足の接地時間を短くですか?」
昨日した話を、しっかりと覚えていてくれたらしい。
「そうだ。そのためにも、階段を登ってく上では走るテンポが重要だ」
「テンポですか?リズムよく走るってことですよね」
「ああ、これは普通に走る場面でも同じだが。テンポがズレたりすると、走りがブレたり、上手く走れないんだ」
いくら接地時間が短くなっても、タイミングが合わなければ、踏み込みで得られるスピードを上手く得られない。
「連続でジャンプするのを想像するとわかりやすいな。テンポがしっかりすれば、上手く跳ね続けるけど、テンポがバラバラだと上手くできないだろう?」
「確かに……」
「とりあえず、走ってみるか」
兎にも角にも走ってみないとわからないだろう。
「いくぞー位置について、よーいどん!」
最初はさすがに、階段を上手く走れないだろうと思っていた。走り慣れない環境に、この坂だ。スピードが上手く乗らないし、スタミナも持たないだろう。
スズカが走り抜き、タイムを見てみると、想像以上にタイムは早かった。終盤走りが鈍くなり、ゴール後も息こそ切れていたが、思っていたよりも、スタミナが持っていた気がした。
(走り慣れない環境に、この坂だ。なんでこのタイムが出せたんだ)
「なあスズカ、なんか走ってていつもと違うこととかってあったか?」
「やっぱり坂が急で、すごい疲れました……でも想像してたよりは走りにくくなかったですね」
やはり、そんなに走りにくさは感じなかったらしい。何故なんだろうか……
「何か悪いところがありましたか?言ってくれれば、直すよう頑張りますけど」
「いや、悪いところは無い。むしろ初めての練習で、よく走れていたほうだ。けど何が良かったのか分からないんだ。すまない」
何が良かったのか、考えてみたがまだわからない。
「そんな、謝らないでください。何かわかったら、また教えてくださいね」
俺が謝ると、スズカが少し困惑してしまった。
「走りを見ながら、俺も考えてみるよ。休憩が終わったら、また走ってみてくれ」
「よろしくお願いしますね」
「いくぞー位置について、よーいどん!」
腕の振り方はいつもと変わっていない。ストライドはいつもよりも短いけど、これはあまり関係ないだろう。階段の1段ごとの幅的に仕方ないことだ。
あとは……姿勢だ。姿勢が前に傾いてるんだ。それで、スピードが乗っているのか。
「スズカ、少しだけ理由がわかった」
「凄いです、トレーナーさん。まだ少ししか走ってないのに」
「階段を登ってる時に、姿勢がいつもより前に傾いてる。だから足がどんどん前にでるんだ。それがスズカに合ってたんだろう」
それにしても、予想外の収穫だ。スズカに合っているフォームが見つかるとは。
「無意識だったので、全く気が付きませんでした」
「次は前傾姿勢を意識して走ってみてくれ」
「分かりました。次は意識して走ってみますね」
「それじゃあいくぞー、位置について、よーいどん!」
さっきより分かり易く前傾姿勢になっている。その影響か、さっきより更にスピードが乗っている。それによって、普段と違ったところが顕著に出ていた。
(足裏の着地地点がいつもと違うんだ。普段はかかとから入るのだが、今は拇指と指の付け根から着地しているんだ)
これが自然に出来たのは、スズカの走りの天才的な才能によるものだろうな。
スズカがゴールしたので、このことを伝えないとな。
「スズカ、突然で悪いんだが、少しそこで走って見てくれないか?」
「この平地でですか?わかりました」
やっぱり、平地で走る時は踵から足が入って、姿勢も真っ直ぐになっている。
「次は拇指辺りから着地するイメージで、姿勢を前傾姿勢気味に走ってみてくれないか?」
「わかりました」
凄いな、初速も今までより速いだろう。スピードもしっかりと乗っている。
「スズカーもういいぞー」
なかなか止まらないので、止まるよう言うとそのままコケてしまった。
「おい大丈夫か!?」
「イタタ……大丈夫です、少し擦りむいただけです」
「そうか……ならいいんだが」
「それよりも、トレーナーさん凄いです!今までより気持ちよく速く走れます!まだ少し走り慣れないですけど」
本人も走っていて実感していたらしい。どうやら、スズカにはこのフォームの方が合っているらしい。
「今までスズカのしていた走り方は、ヒールストライク走法と言うんだ。踵から着地して、走りやすく、足に負担がかかりにくいんだが、変わりにブレーキがかかってしまうんだ」
「逆に今していた走り方は、フォアフット走法って言ってな。拇指の方から着地することによって、着地時の衝撃が分散されて疲れにくくなるんだ。しかも、前傾姿勢になりバランスを取れば、足が前に出てスピードも出るってわけだ」
ヒールストライク走法も悪いわけじゃないが、フォアフット走法の方がスズカに合ってたんだろうな。
「これからは、フォームの改善を意識しつつトレーニングすることにしよう。ハードなトレーニングになるが大丈夫か?」
「私は大丈夫です。もっともっと速くなって先頭を走りたいんです。それに、弥生賞を勝つためにも必要なんですよね?」
(速くなることだけじゃなくて、レースのこともしっかりと考えてるんだな)
「そうだよな、レースもしっかりと勝ちたいよな」
「それもそうですけど……私のために頑張ってくれてるトレーナーさんのためにも勝ちたいんです」
「なんか言ったか?」
「なんでもありません」
速く走れたのがそんなに嬉しかったのだろうか。尻尾を凄い揺らしているが。
「私……この走り方をマスターしてみせます。勝つためにも、速くなるためにも」
「ああ!俺もできる限りサポートしよう!」
スズカの調子もいい。フォームを改善して、更に力をつけてたいけば……弥生賞だけじゃない、皐月賞も十分に勝ちに行けるだろう。
「今日の練習はここまでにしておこう。明日はグラウンドで走り込みをしながら、フォームを改善しよう」
「分かりました。明日もよろしくお願いしますね」
そうして、俺たちは解散した。明日に備えて、スズカにはゆっくり休んでもらわないとな。
少しだけスズカのセリフを増やすよう努力しました。スズカって静かなキャラだから話させるの難しいです。