怪我を負ってから日にちが経ち、弥生賞出走の1週間前までに迫っていた。怪我は無事に回復していき、もう殆ど完治していた。
トレーニングの強度も少しづつ戻していき、今では前に近いトレーニングを行えている。ただ、スズカのやる気はあるんだが調子があまり戻っていないようだ。
(最近あまりスズカの元気がない……大丈夫か?)
「スズカなんかあったのか?最近あんまり元気がなさそうだけど」
「私は大丈夫ですよ?そんなことより、今日のメニューを教えてくださいトレーナーさん。弥生賞まで後少しですから」
「そうか……大丈夫ならそれでいいんだが、無茶はするなよ?」
「はい、分かりました」
スピードもスタミナも戻ってきているし、俺の杞憂だっただろうか。
「弥生賞に向けて、今週やるトレーニングは主に走り込みだ。走る感覚をしっかり取り戻して欲しいのと、少しでもスタミナを戻して欲しいからな」
それから5日間は走り込みが続いた。スタミナもスピードも、怪我の前と遜色ないぐらいに戻すことが出来た。
「スズカ、明日は弥生賞前の最後のトレーニングだ。疲れを残さないように1000m1本で締めよう」
「そうですね。当日に疲れて走れなかったら困りますよね」
会話はしっかりと出来ているが、どこか上の空の気がする。
「前も聞いたけど大丈夫か?本調子じゃないなら無理にレースに出なくてもいいんだぞ。皐月賞は逃すかもしれないが、その後にダービーもあるからな」
「出ます!出て私は弥生賞でも皐月賞でも勝ってみせます!」
スズカの目はやる気だったが、話し方がどこか焦ってるように感じた。
「明日の走りを見て、大丈夫じゃなさそうなら俺が出走停止にする。それでいいか?」
「大丈夫です。明日の走りで決めてください」
スズカは自信満々そうに答えているが……不安だ。
今日のスズカはいつも以上にやる気に満ち溢れてるな。少しだけ圧を感じる。
「それじゃあ行くぞ、準備はいいか?」
「いつでも行けます」
「位置について、よーい……どん!」
スタートは上場、いつも通り綺麗なスタートをきった。
「今日のスズカさんやる気に満ち溢れてますね」
「スカイか、またトレーニング抜け出してきたのか」
スカイはちょくちょくトレーニングを抜け出して、こっちのトレーニングに顔を出すことがある。俺が怒られるんだぞ。
「今日はトレーニング休みですよ、スズカさん、怪我したりしたから大丈夫かな〜って見に来たんです」
「俺も心配してたんだが、あの走りを見せられたらな」
「やっぱり速いですね。でも、いつもより必死というか……焦ってるように見えるだけど……」
「たしかに……完全に本調子って訳じゃないだろうけど。しっかりとスピードが出てる」
走りに問題は無さそうだし、今日のスズカは体調が悪そうにも見えない。最後はしっかり加速してゴールした。
「出走は停止しないけど、注意して見とかないとな」
「あら、スカイちゃん見に来てたの?」
「はい、明日の弥生賞頑張って来てくださいね!」
「もちろん。勝ってくるわね」
弥生賞のために出来ることはもうない。あとは本番でアクシデントがないことを祈ろう。
「私は明日の準備があるのでもう帰りますね」
そう言うとスズカは駆け足で寮に戻って行った。明日の準備が進んでなかったのか……俺は大した荷物はないし、準備はもう終わってる。
「スカイもわざわざありがとうな」
「いえいえ〜人の事もしっかりと気遣えるウマ娘なので」
「そうだな。お前も気をつけて帰れよ」
「分かりました。それじゃあ、弥生賞頑張ってくださいね〜」
不安はある。けどここまで来たら、もう後には引けないからな。
当日を迎えて、俺たちは選手用の待機室にいた。
「今日のレースは、葵さんのところのハッピーミークも出てくる。他にも強いウマ娘達が今回のレースには出走する」
「作戦は逃げで行く。スズカの走りやすいペースで走ってくれ」
「はい。勝ちます」
なんだか昨日ほどの元気がないが大丈夫か?
「それじゃあ、私は行きますね。見ていてくださいトレーナーさん」
スズカと別れて俺は観客席に向かう。その途中で葵さんと出会った。
「柴葉さん、一緒にこのレース見届けませんか?」
「分かりました。一緒に見ますか」
2人で隣の席に座りパドックの方を見る。
『今日出走するウマ娘がパドックに入場します』
他のウマ娘達がパドックで紹介されていく。皐月賞を目指すだけあって、全員の仕上がりが素晴らしかった。
『5枠8番サイレンススズカ2番人気です』
『彼女の逃げ足は凄まじいですからね、注目のウマ娘の1人でしょう』
「さすがです、サイレンススズカさんの足の仕上がり。怪我をしたと聞いていましたが、まさかここまで仕上げてくるなんて」
「足の仕上がりはいいんだけどな……」
なんだか胸騒ぎがする。何もなく無事レースが終わるといいんだが。
『7枠11番ハッピーミーク3番人気です』
『尖った走りこそ見せませんが、基礎能力の高さとその堅実な走りは素晴らしいです。逃げウマ娘のサイレンススズカをどう対策していくのかが見どころですね』
「凄い……ハッピーミークは絶好調ですか」
「私たちは、併走とデビュー戦から1番の敵はサイレンススズカさんだと思ってトレーニングを積んできました。今日は絶対に負けません」
スズカのことは対策済みか。それにしても、凄い仕上がりだ。こっちからしたら、ハッピーミークが1番の難敵だ。
『2000m芝晴れ、馬場状態は良となっています』
『皐月賞に挑んでいく強者が揃った今日のレース、どのウマ娘が勝利を手にするのか。ウマ娘達が今ゲートインしました』
無事にゲートインは終わった、あとは走ってゴールするだけだと思っていた。
『おっと!?サイレンススズカどうした!ゲートをくぐって前に出てしまいました』
スズカ!一体どうしたんだ……ゲートを潜るなんて早々あることじゃないぞ。
「サイレンススズカさんどうしたんでしょうか?」
「分からない……頼む、無事に走り終えてくれよ」
『サイレンススズカが指導員からの注意を受け、大外からのスタートとなります』
ペナルティで大外からのスタートか……厳しい戦いになりそうだ。
『アクシデントはありましたが。準備が整いました』
『弥生賞、皐月賞への挑戦を胸に今……スタートしました!』
スタートは綺麗にきった。これから前に出て行けばまだ勝ちに行ける。
『サイレンススズカが前に出ません。なにかの作戦でしょうか?先頭はハッピーミークが走ります』
『逃げの警戒を恐れての作戦かもしれませんね』
違う。スズカには逃げでいいと言った。スズカが逃げて自分のペースに入れば勝ち筋はあると思っていた。
「サイレンススズカさん前に出ませんね。どうしたんでしょうか?」
「分からない……少なくとも俺は先行作は出していない……どうしたんだスズカ」
『最終コーナーを回って最後の直戦です。先頭は変わらずハッピーミーク、続いてランニングゲイルが直ぐ後ろを走っています。サイレンススズカはランニングゲイルの後方3番手を走っています』
『最終直線!サイレンススズカが伸びない!トップ争いはハッピーミークとランニングゲイルです!』
頼む!ここまで来たら怪我せずに無事に走りきってくれ!
『1着はハッピーミークです!1バ身差でランニングゲイルがゴールイン!』
その後ほかのウマ娘もゴールしていき、スズカは8着でゴールした。
「葵さん悪い!ちょっとスズカのところに行ってくる!」
「はい!早く行ってあげてください!」
頼む!スズカ何も起こってないでくれよ!
「スズカ!大丈夫か!」
「トレーナーさん……ごめんなさい勝てませんでした」
スズカは大粒の涙を流しながらそういい。膝から崩れ落ちた。
「おいスズカ!大丈夫か!スズカああああああああぁぁぁ!」
俺の叫び声に気がついた業務員が、何事かとやってきて倒れたスズカを見て、救急車をすぐに呼んでくれた。
「スズカ大丈夫か!頼むなんでもないでくれよ!」
救急車に運ばれるスズカを見送って、その後にスズカのあとを追い搬送先の病院に向かった。
自分で書いてて心が痛みました