俺は今、理事長室にウマ娘とふたりで訪れている。担当ウマ娘とトレーナーとしてスズカのトレーナー契約をする為に来たんだ。
スズカの仮トレーナーとは1悶着あるかと思っていた。しかし、スズカが既に話をある程度済ませていたこともあり、直ぐに話は終わった。トレーナーはトレーナーでやっぱりかという顔をしていた。やはり堅実な彼とスズカでは合わないところもあったのかもしれない。
「スズカは良かったのか。俺みたいな新人トレーナーが担当で」
ウマ娘は普通、ベテラントレーナーのチームに入るか、桐生院などの名門出身のエリートの元へ行くことが多い。俺みたいな新人と契約するなど珍しい話である。
「いいんです。私は逃げて勝ちたいんです。たとえそれが辛い道になるとしても先頭を走り続けたい。それに、あなたとなら一緒に頑張って行けると思いましたし」
スズカは微笑みながらそう言った。ウマ娘は皆美しいか可愛らしい見た目をしているのでその笑顔は俺に効く。
そんな雑談をしている内に、理事長室前までたどり着いた。
「失礼します」
「入りたまえ」
理事長の声が聞こえ、許可も取れたので理事長室に入っていく。
「ほう、柴葉トレーナーにサイレンススズカ君じゃないか。今日はどう言った要件かな」
「サイレンススズカと正式なトレーナー契約をするために、今日は来ました」
そう言うと、理事長と理事長秘書のたづなさんは少し驚いたような顔をしていた。
「驚愕!サイレンススズカ君は確か仮契約をしていたな。私はてっきりそのまま正式な契約を交わすと思っていたんだがな」
確かに急に俺みたいな新人が、仮契約を済ませていたサイレンススズカを連れてきて、正式なトレーナー契約を交わさせてくださいなんて言って来たら驚くのも無理がないかもしれない。
「サイレンススズカさんの仮トレーナーさんは優秀な方だったと思うんですけど、なにか不満があったのですか?」
たづなさんの疑問も最もだ、あの人は無能なトレーナーなんかじゃなかった。しかし、そりが合わなかった。そうそれだけだった。逃げて勝ちたいと理想を抱いたスズカと先行でも差しでもスズカの才能を活かして勝たせてあげたいトレーナー。どちらが悪いわけじゃない。
「私は……逃げて勝ちたかったんです。トレーナーさんは決して悪い人じゃなかったんですけど……話し合ってしっかりと了承も得ました」
当事者での話し合いはもう済んでいる。あとは理事長の許可を得るだけだった。
「承諾!話し合いが済んでいるならば、私から言うことは無い!これからはお互い支え合い勝利を目指すといい」
「ありがとうございます」
必要な書類を提出し、理事長室を後にしようとするとたづなさんに話しかけられた。
「もし、なにか分からないことや困ったことがあったら気兼ねなく相談してくださいね」
新人の俺を気遣ってくれたらしい。スズカもそうだが、こうやって期待されているならその期待にしっかりと応えたいと思った。
「トレーナーさん実は私もうひとつだけ夢があるんです」
理事長室からの帰り道にスズカがそう言い始めた。
「どんな夢か聞いてもいいかな?」
「私は、私が走るレースやライブを見た人達に、夢を届けられるようなそんなウマ娘になりたいんです」
レースで夢を届けるというのは意外と難しい。ウマ娘が踊るウイニングライブは上位3人しか出られないし、レースでは人を引きつけるような走りで輝かなければならないだろう。
「私にできるか分からないです……でも、もしなれるならそんなウマ娘になりたいって思っています」
「スズカならやれるさ。現に俺は君に夢を見ているんだから」
そうだ、俺はスズカに夢を見た。スズカなら勝利を手にして、その走りで観客達に夢を届けられるようになるだろう。
「ありがとうございます。トレーナーさんがそう言ってくれるなら頑張ってみますね」
スズカは少し照れくさそうにそう返してきた。
「それじゃあ、トレーニングを始めるのは明日からだから今日はこの辺で解散しようか」
「そうですね。トレーナーさんまた明日」
「こんにちはトレーナーさん」
放課後の時間に、グラウンドでスズカを待っていたらスズカの方から話しかけてきた。
「ああ、スズカ待ってたよ」
「今日からトレーニングですね、一体何をするんですか?」
「初日からで悪いけど、今日は芝で全距離を走ってもらうことになる」
「全距離ってことは、短距離なんかも走るんですよね」
「スズカの得意な距離や走りの癖を、俺はまだしっかりと把握しきっているわけじゃないからな。今後のトレーニングの参考にするためにも必要だ」
スズカのあのスピードなら、スプリンターとしての適正があるかもしれない。どちらにせよスズカの走りをしっかり見なくちゃいけない。
「それじゃあ1000mから走って来てくれ、俺はここでタイムを見てるから」
「分かりました」
まずは短距離からだけど、確かに速かった。速かったのだが特別に速いわけではなかった。ラストスパートでトップスピード乗り切れないのと、走り終わったあとスズカが満足仕切ってない顔をしてるものだから、きっと短距離にはあまり向いてないのだろう。
次にマイルだ、こちらは距離が伸びてラストスパートでもかなりのスピードが出ていたので、マイルでは十分にやっていけそうだ。
中距離は凄かった……序盤から終盤まで高スピードを意地しつつラストスパートで更に加速しトップスピードに乗っていくのだ。しかし、最後は少し体がぶれてスピードが落ちていた気がする。スタミナに課題ありだな。けど、スタミナを伸ばしたら中距離で化けるだろうな。
長距離は予想した通りだった。スタミナが持たずにラストスパートで垂れてしまった。スタミナを伸ばせば戦って行けるかもしれないが中距離やマイルほど適正があるとは思えなかった。
(主戦場は中距離になりそうだな……)
「どうでしたかトレーナーさん」
そんなこと考えてると、走り終わったあとのスズカがドリンクを飲みながら話しかけてきた。
「ああ、短距離以外はいい感じだ。スタミナに課題はあるが、そこを伸ばして行けばマイルから長距離の広い距離で戦って行けるだろう。それこそクラシック3冠も目指せると思う」
「クラシック3冠……」
クラシック3冠はウマ娘が1生に1度だけしか挑戦することができない多くのウマ娘の夢の1つだ。このクラシック路線のレースでは多くの人が夢をみる。みんなに夢を届けたいというスズカの理想に、大きく近づくだろう。
「これからはクラシック3冠を目標に、スタミナ強化を念頭に置いてトレーニングしていこうと思うんだが、なにか意見があったら遠慮なく言ってほしい」
「あの……私は走るのが好きなので走るメニューが多いといいんですけど」
ウマ娘は走ることが好きな娘が多い。そんな中で走ることが好きなんて言うんだから、相当なものなんだろう。たまにターフを見たり天気を確認しているが、走ったら気持ちよさそうとか考えてるのかもしれない。
「そうか、それじゃあランニングのメニューを組み込みながら、プールトレーニングや筋トレをしていこうか」
「あの、私の勝手な理由でメニューを変えちゃっても大丈夫なんですか?」
スズカの言うことも間違ってはない。メニューを完全に管理し、コンディションを整える。そんなやり方も間違っていないと思う。実際に学園1のチームリギルは、そういったやり方をするトレーナーで多くのウマ娘を管理して、多くの勝利を勝ち取ってきたという。
「結局最後に走るのは、俺たちトレーナーじゃなくてウマ娘である君たちだ」
「俺は走る上でモチベーションやそういったものが、大切な要素だと思っている。ただ、必要な要素を補うためにこっちが考えたトレーニングをしてもらうことになる」
「そうなんですね……私のために色々考えてくれてありがとうございます」
そう言うと、スズカは少し嬉しそうだ。尻尾が左右にフリフリと揺れてるし多分嬉しいんだろう。
「担当のことを考えるのは当たり前だ。それに、やりたいことをやれずトレーニング続けててもつまんないだろ。嫌々やってたら伸びるものも伸びないからな」
スズカは良くも悪くも素直な性格だ。先行や差しで走った時に伸びないのも、そういった要因も関わっているのだろう。だがこちらの指摘もしっかり聞いてくれるし、とてもいい娘だ。
「そうですね!それじゃあせっかくのいい天気なので走って来てもいいですか」
「いや、それはダメ」
今日は色んな距離を全力で走った。足に負担がかかっているから、オーバーワークで怪我でもされたら大変だ。というかあれだけ走ってもまだ走り足りないのか……そりゃ短距離で満足できないわけだ。
一応トレーニング外で無理なトレーニングしないか注意して見なきゃな……まさか走るのが好き過ぎてそれが裏目に出るとは……
会話をできるだけ増やして、描写とか減らすよう努力してみました。色々試行錯誤してみます。