夏の走り込みを経て、今日は天皇賞秋の前にある神戸新聞杯当日だ。スカイとキングは観客席で待たせてるので、俺とスズカ2人で待機場で作戦会議だ。
「今日はG2レースだが、レースにはマチカネフクキタルが出てくるな」
「そうですね、それでも私はいつも通りの走りをするだけですよね」
「ああ、いつもの走りが出来れば負けることはないだろう」
最近のスズカの成長は著しい、何かしらのアクシデントでもなければ負けることはまずないだろう。
「天皇賞秋の前哨戦だと思って走ってこい。あえて警戒するならマチカネフクキタルだけど……大丈夫そうか?」
「はい大丈夫です。それじゃあ行ってきますね」
俺はスズカを送り出して観客席に向かう。キングとスカイに合流しなくちゃいけない。
「おーいトレーナーさんこっちこっち」
俺がスカイ達を探していると、スカイが俺を見つけて呼んでくれた。その隣でキングもこっちを向いて手を振ってる。
「悪い待たせたな。中々探すのに手間取っちまった」
「別にいいわよ少しくらい。それよりも、スズカさんは勝てそうなの?」
「大丈夫だと思う。アクシデントでもない限りは負けることはないはずだ」
今のスズカの実力は、スズカの世代の中じゃ頭1つ抜けてる。マチカネフクキタルの実力も相当のものだとは思うけど、そんな簡単に負けることはないだろう
「最近ちょっと緩みすぎじゃないかしら……そんなんじゃこれから先心配よ」
お前は俺のお母さんか。キングって謎に母性を発揮する時があるんだよな。本当にスカイと同級生ですか?そんなこと考えてたらスカイに腕を抓られた。
「ごめんごめん!ほらスカイ、パドック入場始まるぞ」
『本日のレースに出走するウマ娘達がパドックに入場します!』
1枠1番のウマ娘達から紹介されていくが、スズカに匹敵しそうなウマ娘は未だに出てこない。
『4枠4番はマチカネフクキタルです!ダービーでは残念な結果に終わりましたが、その後のさくらんぼSでは1着を取っています!2番人気です』
『凄い仕上がりですね、何かいつもよりも強い気迫を感じますね』
「凄いわねマチカネフクキタルさん。ダービーで見た時よりも数段力を付けたように見えるわ」
「何かあったんですかね〜いつも通り不思議な感じですけど力強さみたいなのを感じますよ」
不思議な感じってお前が言うのか……多分だけど、周りがお前を見て同じことを思うやつもいると思うけどな。
「たしかにダービーの時とはレベルが違うな……それでも、スズカなら勝ってくれるさ」
『7枠8番サイレンススズカ。彼女はダービーを制しG1で既に一勝していますから注目が集まります。1番人気です』
『彼女も調子が良さそうですね。ダービーで見せたあの走り、世間では異次元の逃亡者と言われていますし、期待できますよ』
「やっぱりこう見るとスズカさん凄いわね……一緒に走ってて凄いっていうのはわかっていたけれど」
「私は少し心配だな〜凄いは凄いんだけど、いつもみたいな力強さがないというか」
「そうか?俺はいつも通りだと思うんだけど」
体調は悪そうには見えないし。やる気も十分に感じられると思うけど。スカイ的にはそうじゃなかったのか。
「レースなのにいつも通りなのがまずいんですよトレーナーさん……」
パドック入場が終わって、出走ウマ娘がゲート前に集合する。
「スズカさん、今日は負けませんから」
「私も負けないわよフクキタル」
なんでだろう、以前よりもフクキタルが強そうに見えるのは。普通に勝負したら負ける気がしないのに、なんでそう見えるんだろう。
「私気付いたんですよ。運勢や強運は必要なことですけど、それ以上に自分が欲しいものは実力で勝ち取ることにも意味があるって」
フクキタルはそう言うと自分のゲートの方に行ってしまった。前までそんなことを言ったことなかったのに。
『各ウマ娘達がゲートに入っていきます』
(フクキタルがどれだけ強くても関係ない。私は私にできる走りをするだけ)
『各ウマ娘がゲートインしました。まもなくスタートです晴れ渡る空のもと2200m芝馬場状態良となります。2200m先のゴールに向けて今……スタートです』
『先頭をきったのはサイレンススズカです!』
『ここまでは予想通りですが、ここからどうやってサイレンススズカを抑えるか考えないといけませんね』
「スズカが先頭を取れたし、後方とも差を開いてるな」
「それだけじゃないです。スズカさんを警戒していた娘達が自然とペースを上げてスタミナを消耗してます」
「そうね、ただ1人を除いてね」
キングが見た先には、最後方を走るマチカネフクキタルがいた。彼女だけは自分のペースを見失ってないな。
『サイレンススズカがレースを引っ張ります。例年に比べると全体的にハイペースなレースになっていますね』
『周りがサイレンススズカを強く意識していますからね。自然とペースを引っ張られているのかもしれませんね』
完全にスズカの1人試合になってるな。マチカネフクキタルもあそこまで後ろにいたら流石に追いつけないだろうしな。
『向こう正面を過ぎて第3コーナーに入ります。依然として先頭はサイレンススズカ!』
「もう最後のコーナーに入る。このまま行けばスズカの勝ちだな」
「いえ、ここから動くわ」
キングはそう言うけど、ほとんどのウマ娘がスタミナ切れでろくにスパートもかけられない状態だ。ここから誰がスズカを抜けるって言うんだ。
『最終コーナーを過ぎました……おぉっと!ここに来てマチカネフクキタルが一気に上がってきた!』
「マチカネフクキタルが一気に上がって来たけど……このタイミングで間に合うのか?」
「トレーナーさん、やっぱり気が緩んでるよ。多分追いついてくると思うけどな〜」
『マチカネフクキタルが上がって行く!サイレンススズカに並ぶか!?』
なんて末脚だ……まずい、まずいぞ。このままじゃ追いつかれる。
『マチカネフクキタルが並んだ!いや……そのまま少し前に出る!ただサイレンススズカも粘る!』
(このままじゃ負けちゃう!まさかあそこから追いついてくるなんて。でも私も負けたくないの!)
「スズカがまた上がって来たぞ!残りは200mだ。十分に勝機はある」
「スズカさん……頑張って油断しちゃダメだからね」
「マチカネフクキタルさんなんか少し怖いわ」
マチカネフクキタルが上がって来るとは思わなかったけど、まだ勝てる。こうなってからのスズカは強いからな。
『残りは100m!サイレンススズカとマチカネフクキタルが並ぶ!サイレンススズカが差し返すか!?マチカネフクキタルが逃げ切るか!』
『そのまま残り50m!ここでサイレンススズカが前に出た!』
(やった!抜かし返した……これで私の勝ち!)
「よっしゃあ!ほらスズカが抜かし返したぞ!」
もう50mを切ってほとんどゴールまで距離は残ってない。スズカの勝ちだ!
「スズカさんまだレースは終わってないよ!まだマチカネフクキタルさん諦めてないよ!」
『今!マチカネフクキタルが1着でゴールインしました!』
え……マチカネフクキタルが1着?スズカじゃなくてマチカネフクキタルが?そんな……最後にたしかにスズカが前に出ていたのに。
「考えてた中で1番最悪な結末になっちゃたね……」
「スズカが負けた?あの状況で負けたのか?」
まさか最後のあの数十メートルで差し返されたって言うのか?あのスズカが差し返された……?
「あなたがこんなところで唖然としていてどうするの!早くスズカさんのところに行ってあげなさいよ!」
キングに背中を押されてスズカのところに走り出した。そうだよ、スズカ負けたんだ。俺が励まさなくて誰が励ますんだ。
「スズカ!」
「トレーナーさん……」
俺がスズカの元にたどり着いた時周りに誰も居なくて、スズカは俯いて涙を流していた。
「ごめんなさい……私最後勝ったと思って油断しちゃって……」
違う……違うんだスズカ。俺が油断しきってたんだ。スズカなら勝てる。相手が誰であっても負けないという絶対的自信を持っていたんだ。レースに絶対なんてないって言うのに。
「スズカは悪くないよ。俺がパドックでマチカネフクキタルを見た時点で異質さに気付くべきだったんだ」
「なんで私のことを少しも責めないんですか。私が最後の数十メートルで油断しなければ勝てたレースだったのに!」
スズカに怒鳴られて困惑して黙りこんでしまった。なんでスズカは怒ってるんだ、今回のレースで悪いのは俺だろう。
「ごめんなさい……私ウイニングライブの準備があるので失礼します」
「スズカ!」
励ますつもりで来たのに余計に傷つけてしまった……どうしてか分からない、今回のレースでスズカになんの責任があるんだ。
「トレーナーさんスズカさん大丈夫でしたか?」
「励ましに行ったんだけどな、逆に傷つけちまったみたいだ……」
「あなた一体何言ったの?」
俺はスカイとキングにことの経緯を説明した。俺が何を言ったのか、それに対してスズカがなんて言ったのか。
「トレーナーさんそんなこと言ったの!?」
「落ち着きなさいよスカイさん」
「落ち着いて居られるわけないじゃん!だって、スズカさんはトレーナーさんのために頑張ったのに!そんなんじゃあんまりだよ!」
スカイまで怒らせてしまった。俺は間違ったことをしたのだろうか、負けてしまった担当を励まそうとすることは間違っているのか?
「スカイさん落ち着いて、トレーナーさんちょっとスカイさんを落ち着かせてくるから、ウイニングライブは別々で見ましょう」
「あっああ……」
キングは怒ったスカイを落ち着かせるために、スカイを連れてどこかに行ってしまった。
「キングちゃんなんで止めるの?いくらトレーナーさんでも、あんなこと言ったって聞いて怒らないの?」
「たしかに、スズカさんはトレーナーさんと一緒に頑張って来た。一緒に頑張って来たのに全て自分が悪いなんて。2人で頑張って来たんだから2人とも悪いに決まってるのにね」
「そうだよ、トレーナーさんのせいで全部勝負が決まるんだったら、そんなの私たちじゃなくてもいいじゃん!」
私たちはトレーナーと一緒に勝利を目指してるんだ。どちらかが頑張るだけじゃダメだし、どちらかが手を抜いても負ける。怒る時はしっかりと怒って一緒に反省してほしいのに。
「スカイさんはトレーナーさんに期待をし過ぎているのよ。たしかに、あの人は私たちに手を差し伸べてくれたし、トレーナーとしての腕もいい方だと思うわ」
「だったら!」
「それでも、あの人はまだ新人よ。それでスズカさんとあなた、そして私の面倒まで見てるの、少しは反省する時間が必要じゃないかしら?」
(そっか……そうだよね。いくら私が凄い人だと思ってもトレーナーさんはまだ新人なんだ)
新人トレーナーなんて、本来は1年目に3人ものウマ娘とチームを持ってG1レースで勝ったりできたりしない。だから私は無意識にあの人がなんでも出来ると思ってた。でも、あの人はまだトレーナーとし未熟だし、分からないことも知らないこともいっぱいあるんだよね。
「そうだね……私、頭に血が上ってたかもしれない。ありがとうねキングちゃん」
「とっ当然の事をしただけよ!私たちは同じチームで友達でしょ?次のトレーニングの時に謝りましょ?」
「そうするよ〜」
俺は1人でスズカのウイニングライブを見ていた。1着は取れなくても入着は入着だ、しっかりとライブを盛り上げないと。そう思ってスズカのライブを見ていたが、しっかりとスズカは笑顔を振りまいていたように見えたが、どこか輝きに欠ける気がしてしまった。
ウイニングライブが終わったあとは、スカイとキングは一緒に帰ると連絡が来た。スズカは今日は1人で帰るそうだ。あんなことがあった後だし俺とは会いたくなかったか。
俺は今日のレースのこと、スズカを傷つけてスカイを怒らせてしまったことを思い出しながら、沖野先輩に連絡を送った。
『今晩一緒に飲みに行ってくれませんか?』