俺は1度寮に戻り、今晩の準備を始めた。沖野先輩に連絡をしたところ、『分かった、それじゃあ今晩いつもの店でな』と直ぐに返信があった。
準備をして、集合時間の少し前に着くように移動を開始した。移動中に先輩から到着したと連絡が来て焦った。あの人いつもは時間ギリギリか少し過ぎたくらいに来るのに。
「すいません!遅れました!」
「おっ来たか後輩よ」
「気にしなくてもいいのよ、まだ集合時間前だし。私たちが勝手に先に集まっただけだから」
俺が店にたどり着くと、沖野先輩と東条さんが先に席に着いて話始めていた。
「東条さんも来てくれたんですか。忙しい中ありがとうございます」
「あなたの方から呼び出されるとは思ってなかったし、何かあったんでしょ?後輩の悩みくらい聞いてあげるわよ」
「オハナさんは色々濃い経験をしてるから頼りになるぞ」
学園内最強のチームであるリギルを率いるトレーナーでも昔は苦労とかしたんだろうか。
「それで?何があったか話してみろ。俺も少しくらいは先輩として役に立てるだろうしな」
本当にいい先輩を持った……俺みたいな後輩にこんなに親身に接してくれるんだから。
「実は今日のレースでのことなんですけど」
「私は結果見たわよ。2着だったみたいじゃない」
「2着か。G2で2着なら上等上等」
2着で上等?でも1着は取れなかった。先頭の景色を最後まで見せてやれなかったんだ。
「でも、負けましたよ?スズカはあんなに強かったのに俺が不甲斐ないから……」
俺がそういうと、沖野先輩がため息をついた。オハナさんはなんだか懐かしいような顔をしている。
「俺は説教とか厳しいことを言うのあんまり得意じゃないんだが……1つ言わせてもらうぞ」
「はい……お願いします」
「思い上がるな、お前はまだ新人なんだぞ。スズカは優秀なウマ娘だし、お前もいい腕をしてると俺は思ってる。でも、それはお前に限ってのことじゃない」
新人……そうだよな、俺は新人だもんな。ベテラントレーナーに指導を受けてるウマ娘に負けても仕方がないのか……俺がそう思っていると、心を読んだかのように先輩が言葉を続ける。
「お前の同期の桐生院だって優秀なトレーナーだが、まだ未熟だし失敗することだってあるだろ。お前たちはまだそういう段階なんだよ」
「でもな、お前の周りにはスズカやセイウンスカイ、キングヘイローといった優秀なウマ娘が集まってきた。新人だからなんて言って言い訳なんてできない」
「それじゃあ、俺はどうすれば良かったんですか!大人しく新人らしくサブトレーナーになれば良かったんですか!?」
「違う、お前は担当のウマ娘たちと一緒に戦って、勝つことも負けることもあるだろうがその中で学んで行くんだよ!そうやって成長していくんだ!そんなお前を責めるようなやつがお前のチームにいるのか!」
スカイは俺のことを信じてトレーニングにちゃんと参加してくれる。たまに俺を弄ったりはしてくるけど……キングはスカイがイタズラした時とか、チームメンバーが間違ったことをすれば正そうとしてくれる。スズカは一緒に最初の1歩から俺と歩んで、今までずっと付いてきてくれた。
「いないです……みんな俺なんかにはもったいないくらいのいいウマ娘しかいないです」
「そうだ!それじゃあ今日はなんで負けたと思う?」
「俺が慢心して油断していました……ダービーを取って調子に乗ってたんです。スズカは悪くなかった、俺がしっかりしていれば……そう言ったらスズカを傷つけて、スカイには怒られちゃったんですけどね」
俺はまだその理由がわからない。俺はただ励まそうと思っただけなのに。
「私もそういう時期あったわよ。ウマ娘たちは悪くない、私の指導不足と油断のせいで負けたんだって」
「東条さんにもそんなことが?」
「えぇ、ルドルフを担当してた時はそう思ったわよ。彼女には絶対があるなんて言われるほどのウマ娘を負けさせたのよ、当時は自分を追い詰めたわ」
当時はってことは今はそんなことはないのか。俺には気づけてなくて東条さんには気づけた物ってなんなんだろうか。
「東条さんはどうやって乗り越えたんですか?」
「恥ずかしい話だけど自分で気づけたわけじゃないのよ。ルドルフはその時からメンタルが強くてしっかりしていたから。私が落ち込んでるのを見て『今回の敗北はあなたの責任でもある……でもそれと同じくらい私の責任でもあります。だって、私たちは担当同士でお互い支え合って頑張ってるではないですか』だって」
担当同士支え合って……当たり前のことだけど、俺はそんな当たり前のことすら見えてなかったのか。
「レースは私たちトレーナーだけ力で走ってるわけでも、ウマ娘の力だけで走ってるわけでもないの。2人で走ってるのよ、どちらかだけが悪いんじゃない。どちらも同じだけ悪いから2人で反省して学んで前に進むのよ」
「そうですよね……スズカも油断して最後抜かれてしまったって言ってました。俺はそこで注意をして、慢心した自分も反省しなきゃいけなかったんですよね」
トレーナーの力だけで勝てるならウマ娘のことを考える必要は無い。でも、そんなこと言ったら担当のウマ娘に失礼だよな……俺はそれを負けて落ち込んでるスズカに言ったのか。
「さすがオハナさん、いいこと言うね〜」
「もう、からかわないで。そんなこと言ったらあなたも珍しくいいこと言ったじゃない?」
「コホン、ともかく俺たちはどちらかの力で戦ってるわけじゃなくて、お互い力を合わせて戦ってることを忘れるな」
照れ隠しをするように沖野先輩はそう言った。慣れないことをして照れたんだろうな……
「はい!」
トレーニングで次スズカに会ったらしっかりと謝らないとな。
「まぁ、悩みは解決しただろうし真面目な話はここまでだ」
「はい、ありがとうございました」
本当にこの2人には感謝しかない。いつかは気付いたかもしれないけど、手遅れになってる可能性もあった。初心は忘れないようにしよう。
「ところで、あんたのところのチーム名はレグルスだったわよね」
「そうですね……まさか一等星の名前を付けることに重い意味があるなんて知りませんでしたけど」
「何言ってんだ、俺のところはスピカで一等星の名前だけど今は誰もデビューしてないし。一等星を掲げるチームは強いなんて言われるようになったのもオハナさんのところのチームが暴れてからだ」
最強のチームが一等星の名前を付けてればそういう噂も浸透してくってわけか。
「それでも周りからはそういう意味で捉えられるだろうし……大丈夫ですかね?」
「あなたのところのスズカは、G1をひとつ取って成績を残し始めてるし。デビューはしてないけどセイウンスカイとキングヘイローだって凄い才能を秘めてるじゃない」
「俺のチームだって来年から快進撃の始まりだ。オハナさんから最強チームの座を奪う日も近いかもな」
スカーレットとウオッカも来年デビューする予定なのか。前の併走トレーニング以降走りは見てないけど、デビューさせるくらいだから実力は伸びてるんだろうな。
「ウオッカとスカーレットのレース楽しみですね、あとゴルシも」
「そうだな……でも先にデビューさせたいやつが居るんだがな」
「もしかしてスペシャルウィークのこと?あなたまだ諦めてなかったのね」
スペか……夏の海で俺のチームに入ることは諦めたらしいけど、その後もチームに所属してなかったのか。
「スペは今は完全にフリーですし、普通にスカウトすればいいんじゃないですか?」
「そうなんだけどな……初対面の印象が悪かったのか警戒して受けてくれないんだよ」
あぁ、そういえば会って直ぐにスペの足を触って蹴っ飛ばされてたもんなこの人。スペも警戒するだろうなそれは。
「そこでなんだが、正式にスカウトするために、今度選抜レースを開かないか?」
「選抜レースですか?」
東条さんのところでやってた試験や、時々デビューしていないウマ娘たちで開催されるレースのことか。
「そうだ、桐生院もメンバーが2人でチーム設立のためにあと一人足りないって言ってたし。お前もいいウマ娘に出会えるかもしれないしどうだ?」
「東条さんを誘うんじゃダメなんですか?」
嬉しいお誘いなんだが、ふと疑問に思ってしまった。東条さん程のチームが主催するレースとなれば、ウマ娘も大量に集まるだろうし。
「ダメダメ、オハナさんが開いたんじゃほとんどがリギル目当てのウマ娘でいっぱいになっちまう。それじゃあ自分に合うウマ娘を探すなんて一苦労だろう」
「それにうちは今はチームメンバーを募集してないし、名前だけ貸すわけにはいかないから」
「そういうことならお受けしますけど、天皇賞秋の後でいいですか?」
天皇賞秋はスズカの得意な2000mのレース。今日のこともあるし、今はそれに集中したい。
「構わないぜ、受けてくれるってならこっちから言うことはないよ」
「サイレンススズカも天皇賞秋出るわよね。うちのエアグルーヴとの勝負だけど……負けないわよ」
「東条さんが相手でも負ける気はありません」
東条さんが鍛えたエアグルーヴは強敵だろうが、うちのスズカも劣ってなんか決してないからな。
「それだけ大口叩けるならもう大丈夫ね。もういい時間だし、今日はこれでお開きにしましょ」
「それもそうだな、今日聞いたことを忘れないで頑張れよ後輩」
「はい!」
明日はレースの後だから1日休みだ。明後日からまた頑張らないとな。まずはチームメンバーに謝るところから始まるんだけど……
こうして、飲み会は終わった。今回の飲み会で先輩たちの優しさが身にしみた。何よりも得られるものが多かった。先輩たちの優しさを無下にするわけにはいかないな。