キングは黄菊賞を1着でゴールし、その力を見せつけた。そして、今日はスズカの天皇賞秋の当日だ。キングは何事もなく1着を取ったけど、今回はG1レース……しかもエアグルーヴも出走するからな、簡単には行かないだろう。
「今回のレースは厳しい戦いになりそうだな……」
「はい、エアグルーヴも強敵ですけど……他の娘たちもレベルがとても高いです」
最近スピードが付いたばかりだから、その影響で最後にバテるのが唯一の不安要素だな……
「走りを抑えろとは言わないんだけど、一応序盤にスピードの出しすぎには気を付けてくれ」
スズカの場合、最初にスピード乗りすぎるとそのままハイペースで走り続けてしまう恐れがある。スピードが付いて長期間のトレーニングをしてないから、レースで興奮してそのままバテるなんてのもありえる。
「分かりました、序盤に飛ばし過ぎないように気をつければいいんですね」
「あぁ、それ以外は特に言えることはないな。あとはスズカの全力を出し切れ、そして……思いっきり楽しんでこい!」
「はい!」
楽しんでこいか……普通のウマ娘にこんなことは言わないだろうけど、スズカはレースを楽しむことを原動力としてる。何よりも俺は楽しそうに走ってるスズカが好きだからな。
俺は待機場を出てスカイとキングと合流するために観客席に行ったんだけど……
「よ!後輩見に来たぞ〜」
「なんで先輩がこんなところ居るんですか……」
「居るのは俺だけじゃないぞ」
沖野先輩の横にはキングとスカイが座っていて、その横にはスペも座ってた。更にその横には東条さんとチームリギルのメンバーも勢揃いだった。
「エアグルーヴが出走するんだから東条さんもいますよね」
「えぇ、今日は負けないわよ。チームリギルとレグルスの初対決だもの」
「俺もです……今日のレースで勝つためにできることはやってきました」
俺は東条さんと握手をして、席に付いた。勝負は正々堂々、お互い知り合いだからって手を抜いてくれるわけでもない。
「それにしても、あの日会った受験生が1年で担当ウマ娘を付けたと思ったら、あのダービーを制してチームをもって天皇賞秋でトップチームとやりあうなんてな」
「出会いが良かったんですよ。スズカに会えて、先輩と東条さんに会って色んな人と出会えましたから」
もし俺がいくら優秀だったとしても、この人たちに出会えてなかったら。スズカやスカイたちに出会ってなかったらここまで来れなかった。
「その意気です!私たちの世代としても頑張ってください!」
「葵さんも来てたんですね」
そういえば葵さんは菊花賞でマチカネフクキタルに僅差で敗れたんだったな……
「もちろんです!応援するのは勿論ですけど東条さんのウマ娘の走りも見られるし、レグルスのエースが走るんですから偵察も兼ねてます」
相変わらずこの人は正直者だな。応援しに来たって言えばいいのに、わざわざ偵察しに来たって言うのか……まぁ、誰も文句は言わないけど。
『本日出走するウマ娘達がパドックに入場します』
俺たちが話してる間に話していると、パドック入場が始まった。
さすがはG1レース、出走するウマ娘全員が並のレベルじゃない……1人1人がスズカに匹敵する実力を持ってる。
『5枠9番サイレンススズカ。前回のレースでは惜しくもマチカネフクキタルの敗れて2着でした。今回どこまで力を伸ばしているか注目が集まります!4番人気です』
前回のレースでは敗れたし、4番人気じゃ上等な方だろ。何より重要なのは人気じゃないからな。
「うーむ……いい足だ。前のレースからまた一段と力をつけたな」
「いつもなら素直に喜んで浮かれるところなんですけどね……」
「今日はエアグルーヴさんもいますからね」
『6枠12番エアグルーヴ!去年はオークスを制して、最近のレースでも2連勝という好成績を収めています。2番人気です』
『彼女は周りから1つ抜けた存在になっていますね。素晴らしい仕上がりですよ』
「流石はG1レースね……今の私たちじゃとてもじゃないけど相手になりそうにないわね」
「スズカさん勝てるのかな〜こんなに強い人ばかりだと心配だね」
「……ません」
「え?」
「負けません!!」
「「えぇー!」」
スカイたちはレース前なのにコントでもやってるのか……まぁ、同級生で仲良しらしいししょうがないか。
それにしてもだ、さすがは東条さん。凄い仕上がりだな。これはギリギリに戦いになりそうだ……なんて俺が緊張してたけど、スズカの顔を見たらそんな気持ちも吹き飛んだ。
(こんなレースにあの相手でなんて顔してんだよスズカ)
スズカは笑みをもらしていた。G1のレースで相手はあのエアグルーヴだ。そんな状況でもスズカはこのレースを楽しんでる。いや、ダービーの時だってスズカはいつもレースを楽しんでるな。
「今日はいいレースにしようスズカ」
「ええ、よろしくねエアグルーヴ」
「G1レースだと言うのに余裕そうだな、それとも私相手じゃ不満か?」
「余裕なんてない、エアグルーヴが相手にいるってだけで緊張感がいつもよりも凄いわ」
「っふ……腑抜けてるわけじゃないならいい」
そう言うとエアグルーヴは自分のゲートの前に向かって準備を始めた。私も準備しないといけないわね。
(エアグルーヴ……あなたがいるからこそいつもよりも緊張してる。でもそれ以上にあなたと競い合うのが楽しみで仕方ないの)
『出走するウマ娘達が各々ゲートインしていきます』
『晴れ渡る空の下2000m芝左回り天候には恵まれバ場状態は良です。天皇賞の秋の盾を勝ち取るのはどのウマ娘か。2000m先のゴールを目指して……今、スタートです!』
凄い……今までよりも体が軽い、スピードが出せる。このままゴールまで駆け抜けてしまえそう……と思ったところでスズカはトレーナーの言葉を思い出した。
(序盤は飛ばし過ぎちゃいけないんだった……気分が良くてペースを上げるところだった)
『サイレンススズカがトップを走り後方とグングンと差を広げていく!』
「凄いわねサイレンススズカ……序盤からあのハイペース」
「それがスズカの強みですから」
(スズカのスピードが想像以上だ……あれはスピードを抑えてるのか、掛かっているのかイマイチ俺も分からなくなっていた)
『第2コーナーに差し掛かって依然と先頭はサイレンススズカ!後方との差を4馬身離します!』
「スズカさんあんなにペース早いけど大丈夫なのスカイちゃん!?」
「ま〜大丈夫なんじゃない?ねえキング」
「えぇ、スズカさんは何も考えずにあんなハイペースで走ったりしないもの」
お二人さん。スズカ厚い信頼を置いてるのはいいんだけど、スズカって走る時は走ることしか考えてないから、たまに抜けてるんだよ……
「一応、序盤に飛ばしすぎないように言っといたから大丈夫だとは思う」
「スズカさんのトレーナーさんもそう言ってるんだから、大丈夫ですよスペちゃん」
「そうだねグラスちゃん!頑張ってくださいスズカさーん!」
俺の知らない間に、スペの横には葵さんのところのグラスワンダーが座っていた。更に隣には東条さんのエルコンドルパサーまでいるし……
『第2コーナー回って向こう正面!サイレンススズカは依然先頭を譲らない!しかし、後続も離されまいと距離を保ちます!』
直線でもスズカのスピードは落ちない。しかし、第3コーナー手前には坂もあるからな……まだどうなるか分からない。
「私たちとあのトレーニングをこなしてるんだから、あの程度の坂大したことないですよね〜」
「やめてスカイさん、レース中にあのトレーニングを思い出させないでちょうだい」
『第3コーナー手前の坂を上って後方のウマ娘達が仕掛ける!エアグルーヴだ!エアグルーヴが前に出る!』
第3コーナーの上りが終わったあとは少しの平坦と下りがある。そしてそれが終わったらゴール手前の200mまでは上り坂だ。それを見越してここでスズカとの距離を縮めに来たか。
「勝負は最後の直線……頑張れスズカ、上り坂でバテるなよ」
(上り坂……いつも私を苦しめてきた。けど、この程度の坂なら重りから解放された私なら大丈夫!)
『サイレンススズカ!上り坂でもペースが落ちない!』
『後方ではエアグルーヴが差すタイミングを伺ってますよ』
第4コーナーを過ぎてゴールまでの200mは平坦……多分ここでエアグルーヴが仕掛けに来るはず。スタミナはまだ残ってる、絶対に負けたくない!
『エアグルーヴが仕掛けた!サイレンススズカの直ぐ後ろ……いや並んだ!エアグルーヴが並びました!』
「悪いなスズカ!私は負ける訳にはいかないんでな!」
「私もよエアグルーヴ……私も負けない!」
「いけぇぇ!スズカぁぁあ!頑張れぇぇえええ!!」
トレーナーさんも応援してくれてる。スカイちゃんもキングちゃんもスペちゃんも見てくれてる。それに相手はエアグルーヴ……この勝負に勝ちたい!
【先頭の景色は譲らない……!】
『サイレンススズカがここに来て一気に加速しスピードが上がっていく!このままエアグルーヴから逃げ切るのか!?』
「舐めるなぁぁぁあああ!!」
『エアグルーヴも食らいつく!2人ともほぼ横一線!エアグルーヴか!サイレンススズカか!2人が今ゴールイン!結果は写真判定となります!』
ゴールして、私がエアグルーヴに話しかけようとした時にはエアグルーヴはもういなかった。そして、私は電光掲示板を見た。
「スズカが勝った……勝ったぞぉぉお!」
「やったよトレーナーさん!スズカさん勝ったんだ!」
スカイが喜びのあまり俺に飛びついてきた。スペも嬉しそうにグラスワンダーに飛びついていた、ってグラスワンダーなんでお前はそんなに嬉しそうなんだ。
「ほら、スカイさん離れて。トレーナーさんスズカさんのところに行ってあげて」
「あぁ、行ってくる」
「スズカ!お疲れ様、よくやってくれた……本当に」
俺がスズカに歩み寄って行くと、スズカの方から勢いよく抱きついて来た。
「トレーナーさん、私やりました……勝ちましたよ!」
スズカは喜びのあまり涙を流していた。俺はハンカチでそれを拭いて頭を撫でてやった。
「お前はよく頑張ったよ……一緒に頑張ってきた成果だな」
「はい!本当に頑張りました……坂のトレーニングも重りのトレーニングも本当に大変ですから」
「そっそれは、スズカのために必要だったからでだな……」
「わかってます、私はトレーナーさんがいたから頑張って来れたんですよ。ウイニングライブ……楽しみにしててくださいね?」
スズカは冗談混じりにそう言い笑っていた。こんな時にスズカに弄られることになるとはな。
「楽しみにしてる、ウイニングライブが終わるまでがレースだ!頑張って行ってこい!」
「はい!」
スズカと分かれた後に観客席に戻ろうとしていると、エアグルーヴに会ってたであろう東条さんと鉢合わせた。レースの後だとなんだか気まずい……
「はぁ……後輩が先輩を気遣ってんじゃないわよ。次は負けないから覚悟しておきなさい」
それだけ言って、東条さんは観客席の方に向かっていった。本当にあの人は優しい人なんだから。
ウイニングライブのスズカは輝いていた。なんだかいつもよりも心に響く感覚があった。ライブ中にスペが暴走しそうになって、グラスワンダーががっちり抑え込むなんてアクシデントもあったが、無事にウイニングライブは終わった。
帰りの車では、後部座席に座っていたキングとスカイは熟睡していた。2人とも頑張って応援してくれていたし、疲れてしまったんだろう。
「トレーナーさん、私は今日実は負けちゃうんじゃないかって思ってたんです」
「そうだったのか」
「負けちゃったらどうしようなんて思ってたんですけど、トレーナーさんが私の全力で走って楽しんでこいって言ってくれて心が軽くなったんです。そうしたらエアグルーヴと走るのが楽しみになってきて最初はペースあげそうになったんですよ」
最初に一応忠告しておいて良かった……序盤であれ以上ペースを上げてたら、最後の直線が持たなかったと思う。
「トレーナーさんの忠告のおかげで最後まで走りきれました。本当にありがとうございます」
「スタミナも鍛え上げれれば良かったが、あれ以上のトレーニングは怪我の危険があったからな」
「本当に……いつもありがとうございます」
「ん?なんか言ったか?」
俺が聞いてもスズカから返事はなかった。スズカはレース走ってウイニングライブも踊った後で疲れてたよな。俺の横でスズカはぐっすりと眠っていた。
このまま順調にスズカもレースに出走し勝利して、キングもレースに出て、スカイもデビューをして上手く行くと思ってたんだけど……それまでに起こることを俺はまだ予想できなかった。ルドルフの言っている意味を理解したのは遠い話ではない。
スペちゃんの負けません!のくだりをただただやりたかった人生だった。
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