ダービー直前にしてはかなりサッパリとしてしまった……
小倉大賞典翌日。俺はメンバー全員をチームルームに集めた。今日のトレーニング内容を発表するためでもあるが、スカイとキングは今日がダービー前に激しく体を動かせる最後の日だからな。
「スズカはレース直後で疲れてるだろうから体を休めてくれ」
スズカは頷くと、ランニングシューズを履き始めた。軽いランニングをするだけだろうから何も言うまい……スズカにとってのレストは軽いランニングなんだ。
「スカイとキングは別々のメニューなんだが……マックイーンちょっと来てもらえるか」
俺はマックイーンを手招きして、トレーニングメニューを書いておいたメモを渡す。
「これに書いてある距離のタイムを全て測っておいてくれ」
メモの内容を見ると。一瞬だけギョッとして俺の目を見てきた。
渡したメモには2000m2400m3000mの3つの距離のタイムを測るように書いといたからな。
「分かりましたわ……スカイさんのタイムを測ればいいんですのね?」
メモを受け取って、みんなの所に戻ろうとして行くマックイーンの肩を掴んで俺は彼女が1番聞きたくてないであろう言葉を放った。
「勿論マックイーンも一緒にやってくれよ?」
その時のマックイーンの顔は衝撃的だった。目を見開いて口を大きく開け、お嬢様とは思えないような表情をしていた。
スカイは放心状態のマックイーンを引きずってグラウンドの方に行った。
「さて、キングは俺ともう少し話そうか」
スズカもランニングに外に行ったし、部屋に残ったのは俺とキングの2人だけだ。
「あら、私は外でトレーニングしなくてもいいのかしら?」
キングのその態度からは焦りを感じられない。流石に最後まで自分が残されたことに何かしらの理由がある事には気がついているようだ 。
「俺なりにキングの冷静さについて考え直してみたんだが……聞いてくれるか?」
俺がそう言うと、キングは首を縦にふり真剣な面持ちで耳を立てる。
「冷静でいるためにはいくつか条件がある。集中していること。周りから集中をかき乱されないことだ。レースには集中をかき乱すものが多い。周りの戦略、圧力、自分の感情もそうだ」
冷静になることが難しいんじゃない、冷静さを維持することが難しいんだ。
「お前は我が強い。それ故に周りから揺さぶられないし自分を保つことが出来る。勝ちたいという我。我が強いが故の冷静。それがお前の力だ」
走る皆が持っている物だが、キングは自信やプライドなどが混ざることで絶対的な我を持っているんだ。
「それじゃあ、私の走りの最後の1押しは気持ちの問題という事ね……」
肉体的な実力も大事なことではある。しかし、走るのはウマ娘達で機械とは違い心がある。精神論だけじゃ勝つことは出来ないが精神的成長は勝利への力になるだろう。
「だから、キングにはこれといった最後の追い込みはする予定じゃない。ひたすらに自分と向き合って自信を付けるんだ。今日はそれにちょうどいいメニューにしておいた」
キングは俺からトレーニングメニューを聞くと、一瞬だけッゲっという顔をしていた。しかし、すぐに気持ちを切り替えて部屋を出ていった。
(彼女たちに今必要なのは成長をしっかりと自覚することだ)
2人はスズカという強い先輩の元でトレーニングを重ねてきた。入ってきた後輩もメジロ家の令嬢で天才と言われるマックイーン。自分たちも十分ハイスペックなのに、周りも強かったからこそ自分の伸びを実感しずらかっただろう。強いが故に出走レースもグレードが高いし、共に走るライバルたちも速かった。
(今回のトレーニングでそれを実感してくれるといいんだがな……)
恵まれた才能、恵まれた環境故に気が付けないこともある。例え才能があろうがなかろうが、速くなりたいと思う強い意志を持つ彼女等は関係なく課題が出るんだ。
(めちゃくちゃなメニューだと思っていましたが……ちゃんと意味のあるメニューでしたのね)
スカイさんの記録計測をしながら私はそう思った。トレーナーさんから受け取ったメモにはトレーニングメニューと過去のスカイさんの記録も書かれていた。
(これがいつの記録かは分かりませんが……連続での記録測定で体に疲労が溜まっているはずなのに記録を更新していきますわ)
2000mはもちろんのこと、その後に走った2400mも過去の記録を上回っていた。今は3000m終盤に差し掛かるが、このままのペースで行けば確実に記録を更新するはず……
その後もスカイさんのペースは落ちることなくゴールした。
「スカイさんお疲れ様です」
私はスカイさんにタオルとドリンクを渡して一緒に休憩していた。
「いや〜……流石に1日に3回も測定するのはかなりくるね……」
スカイさんはクタクタになって座り込んでいた。私も今からこれをするんですの?スカイさん疲れて忘れたりしてないでしょうか。
「それじゃあ、トレーニングの報告にトレーナーさんのところに行くだけですわね」
私がそう言うと、とても笑顔な顔でスカイさんが私の肩をガシっと掴む。
「マックイーンちゃんも頑張ろうね〜?」
顔は確かに笑顔なのに作り笑いなのがすぐ分かりますわ……
「もっもちろん冗談ですわよ?」
何とか自分はやらなくて済むんじゃないかなんて……以前は考えることもなかったのに。スカイさんと一緒にいるからかしら。それとも、トレーナーさんのメニューがキツいからでしょうか。
何とか3000mを走り終えて倒れ込みながら私はそんなことを考えていた。
「チームルームは涼しいだろうから、そっちの方行こうよ〜」
そんな私の横でスカイさんがそんなことを言ってくる。
「私この通り疲れてクタクタで動けないですわ……」
すると、スカイさんが私の前に来て座って背を向ける。
「私がマックイーンのこと背負ってくから大丈夫」
私が困惑していると、スカイさんが私の手を引いて勢いでそのまま背負われる形となった。
「ちょっちょっとスカイさん!?」
「それじゃあしゅっぱ〜つ」
私が焦っている中、スカイさんはトコトコと歩き始める。私は諦めて、スカイさんの背中へ顔を埋めた。
(少し汗の匂いがするけど……心地良いですわ……)
疲労のせいか、それともスカイさんの背中が落ち着くからか分からないけど私はそのまま眠りについてしまった。
「トレーナーさん終わったよ〜」
私は疲れ果てて眠ってしまったマックイーンを背負ってチームルームに入った。
「おぉ……スカイお疲れ様……ってマックイーンどうしたんだ?」
トレーナーさんは私に背負られているマックイーンを見ると、少し心配そうな顔をした。
「大丈夫ですよ。少し疲れちゃっただけですから」
私は部屋の中にあったソファーの上にマックイーンを下ろして横にした。そして、トレーナーさんに今日測定した記録を渡した。
「更新してるとは予想してたけど、想像以上のタイムだ」
それを見たトレーナーさんは驚いて嬉しそうにタイムをパソコンに打ち込んでいった。
「いや〜3000mはもう少しタイム伸ばせると思ったんですけどね〜」
長距離には自信があったし、中距離レースなどに出走する中で自分は長距離の方が得意って気付いてたからこそ余計に悔しかった。
「そりゃ、このタイムは一日をその測定のためにウォーミングアップをして、1本に絞って全力で測ったタイムだからな。3本目の3000mの更新がそんなに大きくないのはしょうがない。むしろここまでのタイムを叩き出すとは思わなかったよ」
トレーナーさんの発言を聞いて私は呆然としていた。トレーニングのキツさと疲労感で忘れていたが、私は3本目の3000mでこのタイムを出したんだ。
「このタイムを見ればよく分かるだろうが、スカイの実力は去年の年末に測ったタイムを大きく更新している。スピードやスタミナだけじゃない。それ以外の全てが成長しているんだ」
私のタイムを見ながらトレーナーさんはそう言った。トレーナーさんは私を自信付けるために……自分の実力が伸びてることを実感して欲しかったんだ。
「うん……ありがとう」
何故か分からなかったけど私はお礼を言った。自分がここまで成長できたのはトレーナーさんのおかげだからかな。
「実力が伸びれば体が勝手にある程度合わせてくれる。けど、最高のパフォーマンスを発揮するならその伸びをしっかりと認識することも大切だ」
トレーナーさんはそう言いながら私の頭を撫でてくれた。私はそれが嬉しくってつい尻尾を揺らしてしまう。
「今日は疲れただろう。マックイーンも眠ってしまったし寮まで届けてやってくれないか?」
私は頷いて、マックイーンのことをお姫様抱っこする形で持ち上げる。そして、去り際に一言だけ。
「トレーナーさん。私勝つからね」
少しだけトレーナーさんの方を見ると嬉しそうに頷いていた。そうして、私は寮に行ってマックイーンを部屋に届けて自分の部屋に戻った。流石に今日は疲れたな……
(自分と向き合って自信を付けるためのトレーニングね)
私は山道を走るためにやってきたスタート地点で、そんなことを考えていた。チームに入った時はよく見た光景で自分を鍛えてきたこの道……自分と向き合うにはちょうどいいかも知れないわね。
(相変わらず長い坂道だわ)
けど、この長い坂道が私を強くしてくれた。何度も何度も挑み続けた。完走出来ない度に悔しい思いをした。
(やっと折り返しね)
スタミナがない私は、クラシック3冠に挑めないんじゃないかと思っていた。それでもあなたはずっと支え続けてくれたわね。
(ラストの上り坂……流石に疲れて来たわね)
私がお母様の言葉に折れかけて、自分を見失いそうな時にはあなたはお母様と戦ってくれた。そして、私のあるべき道を示してくれたわ。
(やっとゴールね)
そして、皐月賞ではスカイさんとの同着1位。ここから距離が伸びて行くから私は不利になっていく……それでも確かに結果を残せた。
「お疲れ様。キング」
ゴールすると、そこにはタオルとドリンクを持ったあなたが居た。私の目を見ると、満足したかのように嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。
「トレーナーさん……私は負けないわ」
だから、あなたはゴールで待っていなさい。この一流のウマ娘が1着でゴールするところを。
キングとスカイの最終調整も無事に終わり。ついに日本ダービーが幕を開ける。
日本ダービーを制するのは
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スカイ×キング×スペ
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スカイ×キング
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スカイ×スペ
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キング×スペ
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セイウンスカイ
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キングヘイロー
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スペシャルウィーク