日本ダービー当日、俺たちはレース場である東京レース場に到着していた。今日はライバルである2人を、長く同じ場所にいるべきではないと判断して早めに送り出した。
「よぉ後輩。随分と早いじゃねえか」
早めに選手登録を済ませて、少し休憩していると先輩が後ろから話しかけてきた。
「今日の2人は今まで以上に集中しているから、できるだけ早く1人の時間を作ってやりたかったんです」
沖野先輩はなるほどなって顔をして俺に近づいてくる。前回はレース前にほとんど話すことは無かったけど……
「今日はどっちが勝とうが恨みっこ無しだ。オハナさんやほかのメンバーに会場も抑えて貰ったからな」
待って欲しい。確かに対戦相手だから話さないようにはしてたけど……飲み会の予定を入れているならしっかりと連絡だけは欲しかった。
そんなことを思っていると、先輩は俺の目の前に立ち止まって手を差し出した。俺はその手を握り返す。
「さっき、今まで以上にってお前言ってたな」
その時の先輩はいつもと違う雰囲気だった。まるで、俺を狩らんとばかりの威圧感を感じる 。
「スペも前回とは違う……今回は勝たせてもらうぞ」
そう言うと、手を離して俺の横を通り過ぎていった。俺は立ち尽くして少しだけ動けずにいた。それと同時にスペに対する警戒心は跳ね上がった。
「スカイ入るぞ」
先輩と別れてから2人の待機部屋へと向かった。今日のレースの最終確認と2人の調子を確認する必要があるからな。部屋の中からスカイの声が聞こえてから部屋に入った。
「調子はどうだ?」
部屋に入ると勝負服を着終えて準備万端のスカイが座っていた。今回は気を引き締めている様子だった。実際にスカイからはいつもは感じさせない気迫を感じた。
「トレーナーさん……その」
スカイは耳を垂らして不安そうな顔をしていた。まさか調子を崩したか!?それとも脚に違和感でも?
「大丈夫なのか?どこか痛いところとかがあるのか?」
俺は焦りながらスカイの足元に寄って、膝をついてスカイの脚を確認する。炎症なんかはない……そんな風に心配しているとスカイの笑い声が聞こえてきた。
「えへへ〜冗談ですよ冗談」
「お前なぁ……」
スカイは笑顔で俺の方を見ていた。俺の方は安心して脱力した。本当に心臓に悪い冗談はやめて欲しい。
「冗談を言う余裕があるならいいけど勘弁してくれ……」
緊張度合いもちょうど良さそうだし、不調を隠してる様子もないから大丈夫そうだな。
「一応作戦を言う前に警戒してるライバルは誰だ?」
スカイは少し悩むように首に手を当てた。
「う〜ん……キングちゃんは勿論怖いんだけど、スペちゃんも怖いんだよねぇ」
さっきの考えてたのは、キングとスペのどっちの方が怖いか悩んでいたのか。スカイの中でもスペに対する警戒心がしっかりとあるなら問題ないな。
「キングも仕上がりがいいから警戒するのは勿論のことだが……スペは来るぞ絶対に」
俺の声色から何かを察したのか無言でスカイは力強く頷いた。先輩はスペは前回までとは違うと言った。俺はそれがブラフには思えないし、この1ヶ月何もしてないとも思えない。
「作戦は逃げをうつ。今回のレースは総力戦になるだろうからな……単純な実力だけじゃない、肉体的にも精神的な強さのぶつかり合いだ」
スカイは真剣な眼差しで俺の眼を見ていた。一瞬だけ俺はその気迫に呑まれるんじゃないかと錯覚するほどに。
「逃げるってことは後ろからの圧を全部受けることになる……って心配していたが、その感じじゃ俺に言えることはないな」
俺はそう言って、ポケットの中に入れておいたスカイへのプレゼントを取り出した。
「スカイ。ちょっと頭出してくれ」
俺な唐突なお願いに、スカイは困惑しながらも俺の前に頭を出す。そして、俺は菊の華の髪飾りを付けた。
「トレーナーさんこれって」
スカイは頭に着いた髪飾りを鏡で確認している。
「前に上げたのは菊の華じゃなかったからな。流石にずっとそれじゃあ締まらないから、新しいものを用意しておいたんだ」
最初は困惑していたが、次第にスカイの表情は笑顔に変わり、嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らしている。変に集中力を切らしたりしないといいが……渡すタイミングをミスったか?
「トレーナーさんありがとう!」
今までで見た中で1番の笑顔だった気がする。しかし、お礼を言うと同時にスカイの表情は勝負に挑むその顔をしていた。
「私……勝つよ」
「あぁ……楽しんでこい!」
こうして俺はスカイの待機室を去った。最後は変な心配をしてしまったが杞憂だったようだ。
「キング入るぞ」
「大丈夫よ」
俺がノックすると、中から落ち着いた声でキングから返事が返ってきた。随分と冷静なようだな。
そう思い部屋に入った……キングは予想通り落ち着いた顔をして座っていたのだが……なんだかピリピリとした感覚が伝わってくるような圧を感じた。
「やる気満々って感じだな」
俺が声をかけると、キングから返って来たのは予想外の返答だった。
「さっきスペさんとすれ違ったわ……一瞬だけ後ろに後ずさりそうになった。それだけの圧を感じたわ。今日の彼女は絶対に来る」
若干の余裕の無さとこの威圧感はそれが原因か……最初は軽い話からするつもりだったが、会話の流れを気にする暇がないくらいにキングはスペに危機感を抱いていたか。
「スペが怖いか?」
そう聞くとキングの肩の力が少し抜けた。
「そうね……あの威圧感には正直驚いたわ」
スペが実力を上げて来るとは予想してただろう。けど、それが予想以上の未知の実力で不安なんだな。
俺はキングの後ろに立って、少しだけ力を入れて背中を叩いた。
「シャンとしろ!そんなことで怯えていいのか?俺たちは一流になるんだろ!?」
キングは一瞬だけ驚いてビクッと体を跳ねさせた。しかし、それで余計な力が抜けたのか少しリラックスしている様子だ。
「その圧を全部レースでぶつけてやれ。怯えるのはお前じゃない。お前が怯えさせてやれ」
キングはふふっと笑いながら俺の方を再び向き直した。
「そうよ!私は一流のウマ娘キングヘイロー!ライバルに怯えたりしないわ!」
そう言いながらお嬢様ポーズで高笑いをしている。いつもの調子を取り戻し、その瞳にはさっきまでの余裕の無さを感じさせないほどのやる気に満ち溢れていた。
「とりあえずは作戦会議だ。今回は差しでシンプルに攻めて行こう。スカイは逃げ、スペはおそらく先行策を取ってくると俺は読んでる。思いっきり後ろから威圧してやれ!」
細かいマークや作戦は必要ない。弥生賞と皐月賞で何が必要かはキングたちが1番理解出来てるはずだ。
「単純な実力勝負ね……私の勝負の舞台としては一流よ」
最高のメンバーの最高の舞台でのレース……だが、勝者は1人で担当ウマ娘のどちらかは負ける……
俺はキングの部屋を出てからそんなことを考えた。本人たちの前では顔には出さないけど、とんでもなく複雑な気持ちだ。
「トレーナーさん。スカイちゃんとキングちゃんの調子はどうでしたか?」
観客席に戻るとスズカが心配そうな顔をして待っていた。スズカは去年ダービーに出走していたからな、思うところがあるんだろう。
「あぁ、調子は良さそうだったぞ。スペのことも互いのこともしっかりと警戒し合ってる」
「それならいいんですけど……」
そう言っても、すずかは少し何かが引っかかってるような顔をしていた。
「パドック入場が始まりますわ!」
パドックの入場音と同時にマックイーンは声を上げた。いや、マックイーンだけじゃない。この大勝負の開始を多くの観客が燃えている。
『1枠2番キングヘイロー!前回の皐月賞ではセイウンスカイと同着での1着でした。今回はどのような走りを見せてくれるのでしょうか!2番人気です』
ここから見る限りは問題は起こってなさそうだ。緊張感を持ちつつもしっかりとリラックスしている。
「キングさん落ち着いてますわね」
パドックを見ていたマックイーンは安堵の息を漏らしていた。G1レースの中でも日本ダービーはウマ娘にとって特別なレース。その緊張感と迫力は並のレースの比にならない。
「ああ見えてさっきまでガッチガチだったけどな」
恐らくキングとスカイがここから調子を崩すことはないだろう……そうなると、あとは他のウマ娘の仕上がりをしっかりと把握していかないとな。
『3枠5番スペシャルウィーク!皐月賞では惜しくも敗れ3着に終わりましたが、今回はセイウンスカイとキングヘイローに勝利することが出来るのか!?1番人気です!』
『皐月賞とは比べ物にならない程の圧を感じますね。仕上がりも十分で納得の1番人気ですね』
気の所為かもしれないが一瞬だけスペと目が合った気がした。その一瞬で俺は背筋が凍りつくようだった。
「想像以上だな……精神的にも肉体的にもしっかりと追い込んでる。こりゃ厳しい戦いになりそうだな」
パドックに入場したスペをスズカはじっと見ていた。
「スズカから見てスペはどうだ?」
スズカは真剣な眼差しで俺の方を見て話し始めた。
「最近のスペちゃんは帰ってきたらすぐ眠っていました……それだけハードなトレーニングをしていたんだと思います。それに、減量もしていて体は十分に締まっていて……多分ですけど皐月賞の時のスペちゃんは参考にならないと思います」
スズカはスペと同室で俺たちよりも多くスペと接している。そのスズカがここまで言うんだから確実だろうな。
『6枠12番セイウンスカイ!キングヘイロー同様皐月賞を制したG1ウマ娘です!いつものような穏やかな雰囲気からは考えられない迫力を感じます!』
流石のスカイもこの緊張感の中じゃ余裕も無くなるか。そんなことを思っていると横のマックイーンが叫ぶ。
「スカイさん頑張ってくださいませー!!」
すると、スカイも声が聞こえているらしく、マックイーンの方を見て微笑みながら手を振っている。マックイーンはサイリウムを振りながらメガホンでキャーっと叫んでいる。いつも思うけどどこにストックしてるんだそれ?
その後も続々と出走ウマ娘が入場してきた。
「例年よりも全体的にレベルが高い……そして、なんだこの以上なまでにピリピリとした雰囲気」
いつものダービーがレベルが低いって言いたい訳では無いんだが……去年のダービーとは雰囲気がまるで違う。
「スペちゃんやスカイちゃん、キングちゃんたち黄金世代って呼ばれる5人にみんなが引っ張られてます。自分達も1着でゴールするっていう強い意志を持ってみんな参加しているんです」
実力が高いのは問題はない……ただ、この空気と全員が放ってる圧力が問題だ。
「スカイ……掛かるなよ…!」
それをレースで一身に受けるのは先頭でレースを引っ張るスカイだ。平常心でこのレースを完走しきるのは不可能に近い。実際にその場にいる本人たちもレースが始まれば気付くことになるだろうが……
(さてと、そろそろゲートインの準備しますかね〜)
パドックでは緊張感に結構押されてたけど、マックイーンを見てたらなんだか可笑しくて笑ちゃった。ま〜そのお陰でもう1回リラックスできたんだけどね。
「スカイさん」
私がターフに向かっていると、キングちゃんに声をかけられた。キングちゃんの表情は真剣そのもので、背筋がゾワゾワとする程だった。
「ん〜?宣戦布告でもしに来たの?」
「えぇ、今日のレース。誰よりも速くゴールラインを踏むのはこの私よ」
軽い挑発のつもりで返したのに軽く受け流されちゃった。すると、後ろの方からもう1つだけ足音が聞こえて来る。
「スカイちゃんキングちゃん」
「「スペちゃん(さん)」」
スペちゃんに声をかけられると圧が一気に襲いかかってくる。今日のスペちゃんはやばい。走る前からでも分かる程の存在感。それだけこのレースに集中してる。
「今日は負けないよ……皐月賞では負けちゃったけど。そのためにいっぱいトレーニングをしてきましたから」
そう言うと、スペちゃんはターフの方に足を進めた。そして、去り際にボソリと。
『私は負けない。私はスターダストじゃなくてシューティングスターなんだから』
スターダストは星屑でシューティングスターは流れ星?だよね。どういう意味なんだろう。
私たちはゲートインのために勝負の舞台へと上がった。
『全てのウマ娘がゲートインしました』
『東京優駿日本ダービー。東京レース場2400m。天候曇り。馬バ状態稍重』
『生憎の曇り空のもと。日本一の座、2400mのゴールラインを目指して。今いっせいに……スタートしました!』
クラシック最強ウマ娘を決めるレースがこの瞬間にスタートした。
日本ダービーを制するのは
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スカイ×キング×スペ
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スカイ×キング
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スカイ×スペ
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キング×スペ
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セイウンスカイ
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キングヘイロー
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スペシャルウィーク