日本ダービーが開幕して一斉にスタートが切られた。ゲートインもスムーズに進んでのスタートだった。スカイのゲート難も改善されていたし、キングも出遅れずポジションを取りに行っている。
「それにしても……速いな」
序盤にしてはペースが速い。逃げのスカイは先頭を取るためにもある程度スピードは出る。しかし、今回のレースは逃げと先行の距離感が近い。
「大丈夫でしょうか……スカイさんの後ろに集団が」
マックイーンも心配そうな顔でスカイのことを見ていた。明らかに前方集団が多すぎる。大丈夫か……スカイ。
(レース序盤からのハイペース……明らかに掛かっているわね)
スタート時点から作戦通り後方で待機していたキングの周りには誰もいなかった。
(唯一前にいるのはスペさんくらいで、後は前の方に引っ張られて行ったわ)
私は後方からレース全体の流れがわかる。スペさんは冷静に自分の走りを貫いてるから掛かることはないと思う。けど、スカイさん。あなたはその重圧に耐えられるかしら?
(後方からの圧力が凄い……)
皐月賞とは比較にならないくらい空気がピリピリとしてる。それが背中に突き刺さるように集中してくる。ここにいる全員がクラシック最強の座を目指して、本気で1着を取りに来てる!
(それよりも、さっきから後ろの集団が離れない。ペースは遅いつもりもない……なんならいつもよりも速く走ってるつもりなのに)
だけど、これ以上のペースアップは中盤以降のレース展開に関わってくる……先頭は譲らないようにギリギリのところで止めよう。
「まずいまずいまずい!」
スカイが少しずつペースを上げてる!あの徐々に上がっていく感じは自分でペースは抑制してる。だけど、周りの雰囲気と勢いペースアップに気付けてない……
「スカイさんどうしたのでしょうか……」
マックイーンは心配そうにスカイの方を見ている。スズカは何が起こっているか分かってるようで、俺の方を見ていた。
「相手の実力を見誤った!スカイとキングはお互いとスペの事を警戒してレースに挑んだ。でも……警戒すべきは個じゃなくて全体だった!」
冷静に考えれば分かることだ……確かにスカイたち黄金世代と言われる5人は周りよりも強い。だからと言って周りが弱いわけじゃない。舞台はG1日本ダービーだ。
「周りは1着になろうと先頭のスカイに食らいつくように走ってるんだ。その圧力は並大抵なものじゃない」
少しでも意識して挑んだなら、また違った結果があったかもしれない。けど、スカイはそれに気付いてない。結果的に後ろから押し出されるようにペースが上がってる!
「スカイちゃん……辛い展開になっていきますね」
スカイのスタミナ量は並じゃない。後続のウマ娘と勝負するなら先頭でゴールできるだろう。だが、スペとキングとのスパート勝負の削り合いでスタミナが持つか……
レースも折り返しまで来て残り1200m。途中で落ち着きを取り戻したのか後方に控えてる娘は減った。
(ここで仕掛けて後方を突き放す!)
今、私の後ろにいる娘たちは私を追い越すというモチベーションで走っているはず。それなら、ここで一気に突き放すことでそれを折る。
『相手の心を折るならば一気に距離を離すことが大事ですわ。その距離は決して長くなくてもいいですの。5m〜10mもあれば十分です』
これはトレーニングでマックイーンと一緒に考えついた術。私の元々の中盤の飛び出しをもっと強く、効率よく行うための!
【脱出術】
私は速度を一気に上げて後続を突き放した。1m2mと距離を離していき、そのまま後方が追いついて来れず距離を離した。ここまでのレース展開で、結構足を使っているだろうし追っては来ない。
(スカイさんが仕掛けた!?)
まだレースは中盤……後方を惑わすために緩急を付けた?いや、そんなことは無いわね。
(あなた……そのまま逃げ切って勝負を決めるつもりなのね!)
私は徐々にペースを上げていく。そして、もう少ししたら第3コーナーに入る。足を削られてるところ悪いけど……スカイさんの足を少しでも削る。できることならスペさんのことも。
第3コーナーに入り、少し大きめに外を走る。できる限り内側で尚且つ先を走る娘達よりも大きく。
(これで見逃さないわよね?レース展開をしっかりと把握する貴方なら!)
後ろから距離を離してしばらくした第3コーナーで、背筋が凍りつくような寒気を感じた。ふと後ろを振り返ると後続の後ろからキングちゃんが来ている。
(いや、あれはフェイクだ。そういう風に写りこんでるだけでまだ距離はある)
まだペースはここままで大丈夫。できる限り消耗した足をスパートまで溜めないと。
「キングは仕掛け始めたけどスペが仕掛けないな」
スペは相変わらず前から落ちて来た娘の真後ろに控えている。中盤のレースが落ち着いて来てからずっとピッタリ……
「スリップストリーム……ですよねトレーナーさん」
スズカにもスペが何をしてるか分かったらしい。スリップストリームは真後ろをベッタリくっついて走ることによって、空気抵抗を減らすことでスタミナの減少を抑える技だ。
「足を削られてるスカイと足を溜めているスペ……圧倒的に不利な状況だな」
「大丈夫ですわ!スカイさんも後続を引き離してから足を溜めてます!」
マックイーンの言う通りか。俺に今できるのはスカイ達を信じて応援することだけだ。
レースは残り600m。ここから一気にレースが動くわね。もちろん私もそのうちの1人よ!
『キングはレースの中で自分の走りを完成させるんだ』
あなたは私にそう言ったわね。無茶なことを言うとも思った。でも、あなたは私ならやってのけることが当然のように言った。なら……見せてあげようじゃない!このキングの走りを!
私は姿勢を前傾にさらに傾けゴールを見る。レースの盤面を把握し、仕掛ける。
(恐れ戦きなさい!これが一流のキングヘイローの走りよ!)
【Throne of the king】
後方を突き放してから、勝負に備えて足を溜めていたら後ろから凄い熱を感じた。
(これは炎?)
まるで炎のように熱いはずなのに、それでいて氷のように冷たい。私には蒼い炎……蒼炎が後ろから迫って来て、今にも私のことを燃やし尽くすように錯覚した。
(来るとは思ってたけど……ここまで熱烈に来るとわねキングちゃん!)
キングちゃんはすぐそこまで上がってきてる。でも、上がって来るのは1人だけじゃないよねスペちゃん!
皐月賞で負けたあの日。私は初めて勝負で泣いた。負けたことが悔しかった。自分が調子に乗っていた事が許せなかった。色んな感情が入り乱れて泣き叫んだ。
そんな私にチームのみんなは力を貸してくれた。私のことを支えてくれた。そうして、あの夜にトレーナーさんは私に言ってくれた。
「スペ。お前が目指すのは日本一のウマ娘なんだろ。空を見てみろ、有象無象の星々が輝いてるがそこにはあるのに見えない星もある。お前はその中でも更に輝くんだ」
『いいか、お前はスターダストなんかじゃない。光り輝くシューティングスターだ』
(私は日本一のウマ娘になるってお母ちゃんと約束したんだ。だから……負けないよ!スカイちゃん!キングちゃん!)
【シューティングスター】
『おーと!キングヘイローとスペシャルウィークが飛び出した!レースも終盤残り400m!先頭は未だにセイウンスカイ!』
マックイーンが釣りはレースのようだと言った。確かにって私も思った。釣り針を垂らして魚を騙す。そして、針に掛かったら一気に勝負が始まる。大事なのはタイミング。
私に足りないものが何か分からなかった。だけど、自分の知っている物が例えで考えることでそこからは早かった。走って、考えて、鍛えて……そして完成した。
【アングリング】
『セイウンスカイがここで一気に加速して後方のスペシャルウィークとキングヘイローを突き放す!』
「スカイ仕掛けたか!」
タイミングは完璧だ。しかし、突然なあの加速にキングもスペもしっかりと反応した。2人ともスピードは更に伸びていっているのも分かる。
『スペシャルウィークとキングヘイローがセイウンスカイとの距離を詰めて行きます!』
「スカイさん……やっぱりスタミナが」
ここまでのレース展開で、スカイのスタミナはかなり削られている。だけど、それはスカイに並ぶキングとスペも同じことだ。ラストスパートは根性勝負になる!
『ゴールまで残り200mのところで、セイウンスカイにキングヘイローとスペシャルウィークが追いつきました!しかし、追い抜けない!セイウンスカイも抜かせまいと粘ります!』
「行っけぇぇぇぇ!スカイ!キング!」
粘るんだスカイ!差し切れキング!ここで突き放されたら終わる。この横一線から1歩でも遅れたら1着を逃すぞ!
(絶対に負けない!私はクラシックで三冠取るって……トレーナーさんと約束したから!それが私の夢だから!)
『おーっと!残り100mでセイウンスカイが前に出た!セイウンスカイこのまま逃げ切れるか!』
足が重くてしょうがない……肺が苦しい。でも、ここでスピードは緩められない。すぐ後ろにキングちゃんもスペちゃんも追ってきてる。2人ともまだ諦めてない。油断した瞬間に絶対に抜かれる!
そうして、残り50mというところで足が一瞬止まった。ここまでのレースでの疲労で足の動きが鈍った。この速度のラストスパートで一瞬が命取りになる。事実、私の減速を2人は見逃さなかった。
「置いてかないで……くっうわあああああああ!」
それでも、私は叫んで最後の力を振り絞る。
(スカイさんが落ちた!)
ここまでの疲労は半端なものでは無かったはず。残り50m。たった50mの所でその疲労が足を蝕んだ。そして、私はそのチャンスを私は見逃さない!
「はああああああ!」
残りは25mもない。スペさんとはほぼ横一線。でも、私は負けられない。お母様に私の実力を示すために。一流のウマ娘になるために!
私は叫んだ。体から全てを絞り出すように。体力、精神力、筋力。その全てを持って勝つ!
「ダアアアアアァァビィィイイイ!!」
それはスペさんも変わらない。お互い譲らないラストスパート!
『勝つのはスペシャルウィークか!キングヘイローか!いま……ゴールラインを踏みました!1着は……スペシャルウィーク!スペシャルウィークだ!日本ダービーを制した今年のダービーウマ娘はスペシャルウィークです!』
「負けた……のか?」
スペとキングがゴールして、3着でスカイがゴールした。レース展開は悪くなかった。寧ろ良かったと行ってもいい。それでも負けた。
「ズガイざん!ギングざん!わああああぁぁ」
俺の真横でマックイーンは号泣していた。スカイとキングの名前を何度も呟いて泣いていた。見ていたマックイーンや俺でもこんな悔しい思いをしてるんだ……だったらあの二人は。
「マックイーンちゃんは私に任せて行ってください。今の2人にはトレーナーさんが必要です」
スズカがマックイーンの背中を摩りながらそう言った。そうだ、2人はやるべきことをやった。なら、俺もやるべきことをやるんだ。
「ありがとうスズカ!行ってくる」
俺が2人の待機室に向かうと、その途中廊下で2人は俺のことを待っていた。
「スカイ……キング」
「いや〜1着取れなかったですよトレーナーさん。途中でキングちゃんが凄い威圧してくるもんだから」
スカイはいつも通りふざけたようにそう言う。そして、キングもいつも通りにスカイにツッコミを入れる。
「私だって1着狙ってるんだからしょうがないじゃない!」
そう……2人ともいつも通り話していた。だが、2人のその手は震えていた。強く握り閉めて傷ができてしまいそうなほどに。
俺は2人を抱き寄せた。
「いいんだ。もう我慢しなくていい。今はもう……泣いていいんだ」
俺が涙は我慢しろって、皐月賞で言ったから我慢してたんだよな。でも、もういいんだ。だって……日本ダービーは終わったんだから。
「ごめんなざい……!私!私!最後の直線で足が!」
「届かなかった!すぐ横にいたのに!追いつけなかったの!」
2人はダムが決壊したように泣いた。俺は全部受け止めた。2人はよくやった。全部出し切った。そして……負けたんだから。
俺は2人が落ち着くまで背中をさすってやった。しばらくして落ち着いたのか、2人が俺から離れた。
「レースはウイニングライブまでだ。そこに立てなかった者の分も。お前たちを応援してくれたファンのためにも全力で挑め!」
「「はい!」」
俺たちの日本ダービーはこうして幕を下ろした。だが、2人はここから強くなれる。皐月賞でスペが強くなったように、日本ダービーという大きな舞台での敗北を知ったのだから。
原作とは全く違うレース展開で、キングは逃げを打たず。そのキングの代わりに後続のウマ娘にスカイが掛からされる形になりました。
アンケートでは最後まで3人の同着とスペの1着が争っていました。御協力ありがとうございました。