日本ダービー翌日。チームルームにスカイとキングを集めた。スズカは宝塚記念が近いのでトレーニングに、マックイーンもトレーニングするように言っておいた。
「とりあえず、改めてダービーお疲れ様。今回は俺のミスで足元を掬われる形になって申し訳ない」
頭を下げて2人の方を見ると、そんな事気にしてたの?って顔をして笑っていた。
「そんな事気にして無いですよトレーナーさん。出来る限りのことをしての結果なんですから」
スカイはコメくいてーポーズをしながら気の抜けた感じにそう言った。
「そうよ!それに、レースに直接出ていた私たちが気づけなかったのも悪いのだから」
キングはレースの時のことを思い出して悔しそうに拳を握りしめていた。
「そうか……反省点は各々あるだろうがそれは夏に解決する。今確認したいのは2人のモチベーションだ」
日本ダービーはクラシックの節目だ。このレースに向けて、トレーニングに全力で取り組んできたウマ娘は少なくない。それ故に心が折れてしまったり、燃え尽き症候群を起こしやすい。
「厳しいことを言えば、スカイは三冠の夢はダービーで潰えた。キングは自分を追い込みギリギリまで鍛え上げた。これからのレースでも全レース快勝になるとは思えない。ダービーのように敗北することもあるだろう」
「言いたいことはそれだけかしら?」
一通り言うべきことを言うとキングが言った。その目は真っ直ぐで弱さをこれっぽちも感じさせなかった。
「ダービーが終わったあとにお母様から電話があったわ。『あなたの自由にしなさい』だそうよ」
「もしもしお母様」
『見たわよ日本ダービー』
おそらくテレビ中継でレースを見てたであろうお母様はレース結果を知っているはず。
「私……勝てなかったわ」
声を捻り出すかのようにレース結果を伝えた。そうしないと声が出なかった。日本ダービーという大きな舞台で負けたショックはそれだけ大きかった。
「だから良い思いをしてる間に戻ってきなさいと言ったのに」
これがお母様が言いたかったこと。誰かの夢が叶うということは誰かの夢が破れるということ……そして、その悔しさや悲しみ苦悩を全て知っていたから。
「確かに負けた。でも、次に勝つのは私よ」
お母様は少し黙ってから再び話し始めた。
「次のG1は菊花賞の3000m。あなたにとっては厳しいレースになる。きっとセイウンスカイさんには勝てないでしょう」
「勝てないかもしれないわね……でも、その次こそ勝てばいい」
今回負けたならその次にそれでダメでもその次に。それがあなたと私。そうやって一流に向かっていくのよ。
「そう……スペシャルウィークさんの走りは凄かったわ。あそこまで人の目を引く走りができるウマ娘はそう居ない……あなたもね」
「お母様それって」
「あなたの自由にやりなさい。帰る場所はあるのだから」
私の言葉を遮るようにそう言ってお母様は電話を切った。私は電話を持ったまま立ち尽くしていた。
(お母様に認められた……?)
その時に私の中に残っていた感情は悔しさだけだった。さっきの電話で自分のやりたいことは明白になって、頭の中がスッキリした気がする。
(自分のために……次は勝つわよ)
私がやらなきゃならないことは前と変わらない。走ること。少しでも早く走るの。
「そうか……認めてくれたか」
キングに関してはそこが心配だった。あの母親を認めさせることが出来るか。だが、キングの覚悟もその才能も受け止めてくれたか。
「スカイはどうだ?」
「ん〜」
スカイの方はあんまり良い感じじゃないな。そりゃ、スカイの夢はクラシック三冠。日本ダービーを逃してしまった今、三冠を取ることはもう叶わない。
「私はちょっと分からないですね〜なんか気が乗らないっていうか」
明らかにスカイの調子は落ちてるな。日本ダービーのラストスパートで足が鈍って勝負に参加も出来なかった……目標が破れるっていうのは辛いだろう。
「スカイは今週自由にやっていいぞ」
スカイは呆気に取られたような顔で棒立ちになっている。負けたからハードなトレーニングを課せられると思ってたんだろう。だけど、やる気のない時や集中できてない時にするトレーニングは危ない。効率も悪いし怪我をするリスクがある。
「えっと?それは一体全体どういうことですか?」
「トレーニングしたければしたいトレーニングをしてもいい。したくなければ出掛けたりしてもいいし、誰かのトレーニングに付き合うのも良いな」
モチベーションを向上させるのは難しい。今回のは大きい出来事だから、出来れば長い期間自由にさせてやりたいが……それだと7月の夏合宿に響くからな。
「ふ〜ん。じゃあ、トレーナーさんと一緒にみんなのこと眺めてようかな」
俺と一緒に?まぁ、他人のトレーニングを見ることで新しい刺激やみえてくるものもあるだろうしな。
「それじゃあよろしく頼むな。スカイサブトレーナー」
「サブトレーナーはちょっと恥ずかしいですね〜」
ちょっと恥ずかしそうにしながら、尻尾をユラユラと揺らしているのが分かる。職場体験とかそういう感じのノリなのかな。
話がひと段落したところで、チームルームの扉をノックする音が聞こえた。
「入っても大丈夫ですよ」
「失礼します」
そうして入ってきたの予想外の人物だった。てっきりたづなさん辺りかと思ったんだが。
「君はたしか……」
「はい。ミホノブルボンといいます」
ミホノブルボン。噂では凄いトップスピードで走るスプリンターだとか。それにしても、無表情なのかポーカーフェイスなのか分からないけど感情が読み取れない。
「それで、ミホノブルボンがどうしてここに?」
誰かに用事でも頼まれたか?ミホノブルボンとは接点がないし、どんなウマ娘なのかも全く知らない。
「今日はチームレグルスに入るために訪れました」
「そっかチームに入りたいねー……って」
「「「ええええ!」」」
唐突の発言に俺だけじゃなくてスカイとキングも叫び声を上げた。特にチームメンバーの募集をかけてるわけでもないのに、わざわざ俺なんかのチームに?
「君は優秀なスプリンターだと聞いているが、東条さん……いや、チームリギルに入ろうとは思わなかったのか?」
優秀なウマ娘を東条さんも放ってはおかないだろう。噂にもなるほどだ、その実力はきっと本物だろう。
「もちろん行きました。しかし、私はリギルには入りませんでした。東条トレーナーは私に短距離を走れと言いました」
「それが問題なのか?君はスプリンターじゃないのか?」
彼女は入りませんでしたと言った。入れなかったんじゃない、入らなかったんだ。彼女の才能と実力は確かに東条さんに認められたんだ。
「私はスプリンターではありません。クラシック三冠を獲得するために走っています」
東条さんは基本的には勝つためのトレーニング、G1で勝つためのレースプランを計画しているという。ミホノブルボンはスプリンターという噂を聞くが、中距離長距離が速いという噂は聞いたことが無い。
「それでなんで俺のチームなんだ?他にもチームはあると思うが」
チームリギルが合わないとしても他のチームもあるはずだ。その中でもなんでこのチームを選んだのか。スズカはダービーを取ったし、スカイとキングも皐月賞は取った。しかし、先日のダービーでは敗れた。このタイミングでのチーム加入は不自然な気がする。
「あなたは夢を叶えてくれるトレーナーであるというデータを得ました。キングヘイローさんは去年までクラシックで勝利を納めることを予想されていませんでした。それでも、皐月賞では勝利し、日本ダービーでは一着に限りなく近づきました。それらを加味したうえで、チームレグルスに加入することが私の夢を叶えるために必要と推測しました」
キングに対する情報収集が素晴らしいな。だが、そこまでキングに執着を見せているということは……彼女もまたキングと同じタイプということか。
「理由はなんとなくわかった。だが、俺は君のことを知らないし、君は俺のことを知らないだろう。今年チームレグルスは夏合宿を開催する予定だ。それに参加して俺というトレーナー、チームのことを知ってくれ」
ミホノブルボンはそれを聞いても表情が揺るがなかった。逆に、夏合宿があることを始めて聞いたキングとスカイの二人は唖然としていた。
「それはつまり」
「あぁ、仮契約だ。お互いに見極めて合わなければ切ってもらって構わない」
「ステータス『昂揚』を確認。これからよろしくお願いしますマスター」
マスター?きっとトレーナーって言う意味だよな。なんだか独特な言い回しをする娘だ。感情を表現するのがあまり得意ではないのか。
「あぁ、よろしく頼むよブルボン」
まさかの新メンバー(仮)の参戦だが、トレーナー冥利に尽きる。それだけこのチームが名をあげて、自分の実力が認められてきた証拠だからな。今年あと1人……来年の新入生から1人でチームレグルスは完成だな。
スズカ、スカイ、キング、マックイーン、ブルボン。この五人でも十分に強いチームだ。けど、俺にはやってやれることに限界がある。だからこそ、チームメイトで高め合って強くなってほしい。