どうも、弱音御前です
魔術師殺しの夜、今回が最終話となります。
全ての謎がついに明かされる! なんて大袈裟なものでもないですが、どうか、最後までお楽しみいただければ幸いです。
それでは、今週もごゆっくりとどうぞ~
「ねぇ、シよ~シよ~、シよ~よ~。ねぇ、シよ~ってば~、しきか~ん」
猫撫で声をあげて甘えてくる45を放置しつつ、疲れ目に鞭を打って、大量の資料に目を通し続ける。
そんな、深夜3時を回ったころの執務室。
「あ~も~、うっさいなぁ! しようって、何をしたいんだよお前は?」
夜勤早々に集中力を切らした45に付き纏われる事、およそ3時間。ついに我慢と疲労の限界を迎えた指揮官が45に構ってしまう。
構ったら負けだと分かっていたが、もう、どうしたってどうしようもなかったのだ。
「何って、日付も変わったこんな真夜中だよ? そんな時間に、誓約を交わした2人が同じ部屋にいるんだよ? そこで何をするか、という選択肢は少ないっしょ?」
言葉のニュアンスと雰囲気から、45が何を言いたいのかは理解していたが、真っ向から言われてしまうと力が抜けてしまう。
ただでさえ疲れているのに、これ以上疲れるような事を言われるのは、本当に勘弁してもらいたいのである。
「はいはい、じゃあ、お仕事が終わったら構ってやるから。そこに積んでる年代の資料、全部目を通しといて」
そう言って指揮官が指さすのは、他の資料群と比べてもボリュームが別格だったので、今まで後回しにしておいた年代の資料の山。もう、指揮官にはここに手を付けようという気力は残っていない。
「はぁ~? 私を上手くやり過ごそう、って気が見え見えなんですけど。そんな悪い事を考える
指揮官は・・・私が美味しく食べちゃうぞ~!」
がお~! と、トラの真似をしてみせる45だが、その姿は猛獣というよりは猫。思わず抱き上げて頬ずりして脚を口でハムハムしてやりたい衝動に駆られてしまう。
・・・つまり、そう考えちゃうくらいには、指揮官もキマッてきている時間帯である。
「可愛い事を言いやがってよぉ! 逆にお前を食べてやるぞコラぁ!」
「きゃ~、食べて食べてぇ~♪ 頭からあんよの先まで美味しくいただいちゃって~ん♪」
もう、このまま野となれ山となれ、な精神で45を抱き上げる指揮官。
・・・と
『・・・・・・ああ、私の事はどうぞお構いなく。お好きなようにプレイしてくれたまえよ』
執務室の通信用ディスプレイに映し出された、ペルシカのにやけ顔と目が合ってしまう。
本能的に、指揮官は45を抱き上げたままの状態でフリーズ。45も指揮官と同じく、である。
「・・・・・・こんなお時間にいかがなさいましたか、ペルシカ女史?」
そっと45を降ろすと、何事もなかったかのように、努めて紳士的に振る舞う指揮官。
片や45はというと、寸でのところで水を差されたのが相当腹立たしかったか、ベッドに腰を
降ろして不満一杯な表情である。
『いやいや、非常に興味深いメールが届いていた事に気付いたものだから、居てもたってもいられなくてね。そっちの回線に強制接続して割り込んでみれば・・・この有様さね』
強制接続ということは、指揮官側からの応答無しでオンラインになっていたということ。今の
痴態は一部始終、全部見られていたと考えて間違いない。
そう分かって、茹っていた頭が一気に冷えてくれた。良いクスリ、という言葉は今まさに、この時の為にあるような言葉である。
「はぁ~・・・今のはひとまず忘れてもらって」
『いや、あんな面白いのをすぐに忘れるのは無理だって。5年間は貰わないと』
「メールを見てすぐ応えてくれたってことは、心当たりがあるんですね? アインツベルンっていう名前の城に」
指揮官の言葉を聞いて、ペルシカが笑みを零す。つい今までの、指揮官をからかっていた時の
モノとは異質の妖しい笑みだ。
その表情を見て、真剣な面持ちで腰を上げる45。
本気で取り組むべきだと、察してくれたその切り替えの早さは流石である。
『ほぼ間違いなく、私が知っている奴の仕業かな。ちょっとだけ長い話になるけど、まぁ、年寄りの昔話と思って聞いてくれ』
指揮官と45が並んでデスクに着いた事を確認すると、ペルシカは一つ小さく息をついて話を始めた。
『10年くらい前、人形技術に携わる研究者の中で有名な若者がいたんだ。最年少で何々を~
とか、新技術を~とか、そんな安い謳い文句はよく聞くけど、そいつは掛け値無しの本物でね』
きっと、聞いただけの話ではない。実際に遭ったことがあるからこそだろう、ペルシカの話は
指揮官の胸にすんなりと、溶けるように入り込んでくる。
『人形技術全般に長けているのはもとより、そいつは〝流体性合金〟っていう理論を公に発表したんだ。当時、関係各所で大騒ぎになったのを今でも覚えてるよ』
「流体性金属? 液状の金属で、どんな形にでもすぐに変われる、とかですか?」
「何よそのバカげた物質。そんなのが発明されてたら、私達の出番は無くていいじゃない」
『キミの言う通り、バカげた技術だろう? でも、そいつにとっては簡単なモノだったみたいなんだ。磁石と砂鉄を例に挙げてさ、コレと変わりないでしょ? とか本気で言ってたし』
普段の行いはともかく、技術論に関しては一切の妥協を見せないペルシカが、これほど言う人物だ。まさに〝天才〟と呼ばれるような人物だったのだろう。
しかし、そのペルシカの話が事実だと考えると、どうしても不思議な点が生まれてしまう。
「そんな有名な人だったら、私達が目を通してる資料に記事が載っててもいいものでしょ? でも、私も指揮官も、そういった類の話は全く目にしていない。そして、今、現実にそんな画期的な技術が展開されていない、っていうのはどういう事なの?」
指揮官が抱えていた疑問と、全く同じことを45が代弁してくれる。
なので、お前は早々に調査を放り投げてサボってたよな? というツッコミはしないのが上司としての嗜みである。
『理論を発表してから1ヶ月くらい経ったある日、そいつは忽然と姿を消したんだ。ほんの一晩前まで研究室に置いてあった、個人用の機材やデータと一緒にね。まるで、初めからそいつは存在していなかったみたいに、研究室は、ものの見事に空っぽさ。最後の最後まで、ホント飽きさせない奴だよね』
「何でそんな事を? 戦術を転換させかねない新技術を開発して、軍事機関からはオファーがひっきりなしだろうし。順風満帆だったんじゃないのかな?」
『・・・天才っていうのはね、総じて孤独なものなんだよ。常人とは一線を画した感性、視点、
思考、それらを備えてしまったが故に、自分以外の誰からも理解を得られることはないんだ。だから、そいつが姿を消してしまった本当の理由なんていうのも、結局わからずじまい。所内で完全に孤立していたようだったから、そんな環境に嫌気が差したんだとか言われてたんだけど。まぁ、〝良心の呵責〟っていう風に考えてあげたいかな。私としてはね』
「良心の呵責・・・か」
45の言う通り、その技術は、当時の世界のパワーバランスを完全に塗り替えるようなものだっただろう。
もし、戦闘における運用を考慮せずに発表した技術だったとしても、〝戦争屋〟はそんなことお構いなしだ。強力で実用的で利益の出る技術なら、どんなものにでも群がってくる。そうして、ひとたび戦場に投入されれば、戦力図は塗り替えられ、戦火は広がり、必然、失われる命も増える。
ペルシカがこれだけ饒舌に語るほどの人物だ、そこまで考えが及ばないはずはない。
戦闘技術としての導入をさせまいとして、資料共々身を隠した、と考えるのも道理に思える。
「では、その人が隠れ家として城を建てたと? 今の話を聞いた感じだと、なんの関連も無さそうに思えるんですが。なぜそう考えるんですか?」
『城の名前をヒントに、私なりに色々と調べてみた結果さ』
「レプリカの城かと思い、アインツベルンっていう名前で調べたんですが、こちらではまったく足がつかなくて・・・」
『うん、読みは悪くないね。ただ、検索範囲が狭すぎたのが敗因だ。あの城は確かにレプリカだけど、実在した城ではないんだ』
実在しない城のレプリカ、というやや矛盾した言葉を聞いて眉を顰める指揮官。もうそろそろ、思考能力の限界が近づいてきている。
『彼は昔のサブカルチャー、中でも、アニメーションをこよなく愛する人物でね。広大な研究室の3割くらいは、そのアニメーションに登場する、女の子の人形とかポスターやなんかで占められていたくらいさ。だから、アニメーション作品に登場する、城の名前で検索してみたら大当たり。それも、彼が特に心酔していた作品のものだったから、十中八九間違いないだろうね』
「映像作品に出てきた城を再現して建てるなんて・・・ちょっと現実的ではないというかなんというか」
『そういう事を平気で出来るような奴だからね。私は驚いたりはしないよ』
こんな時間に緊急で繋げてきたくらいだ、ペルシカには確固たる自信があるに違いない。城の主が判明して、運の良い事に、目の前にはその相手と面識があるペルシカ。件の城に部下を派遣している指揮官として、情報収取にはあまりにも好都合だ。
『城だけじゃなくて、登場キャラクターなんかも人形で再現とかしてるかもしれないよ? 剣を
携えた女の子騎士とか、ドレス姿の魔女とか』
「いやいや、流石にそれはないでしょう。いくら技術が進んでいるとはいえ、現実と空想の境を取り去ることはできませんよ」
「そうかい? 私は、本気でそうじゃないかと考えているんだけどね。その研究員は、あまりに
人間離れした技術と理論を持つことから、〝魔術師〟という異名で呼ばれていたくらいだ。お伽噺に出てくる、人知を超えた術の使い手ならば、これくらいの芸当は軽くやってのけるだろうさ」
魔術師とは、また大層なニックネームである。
戦闘部隊においては、ゲン担ぎや士気向上のために、そういったニックネームを用いることもあるが、理論的な世界に身を置いている研究員が、そんなものを好んで用いるというのは珍しく思える。
アニメーションのような非現実が好きな人物だと言っていたので、趣味によるものでもあるのだろう。
『いっちょ、賭けてみるかい? いやなに、自信が無いんだったら聞き流してくれていいけどさ』
ディスプレイの向こう側で不敵な笑みを浮かべるペルシカ。
自分が負けることなど微塵も考えていない、その表情を見ていると、反抗心がふつふつと湧いてくる。
「いいですよ。じゃあ、とてつもない性能の人形が城内に闊歩してたらペルシカさんの勝ち。いなかったら俺の勝ちってことで」
『ああ、いいともさ』
こっちの提案にすんなり乗ったのを確認して内心でほくそ笑む。
自分の方が分の良い言い回しをしたつもりの指揮官だったが・・・そもそもペルシカは、その
城主の事を知っている様子で、この勝負を持ち掛けてきたのだ。
ちょっと考えれば、勝負に乗ること自体が愚かだと分かるはずである。
まぁ、イロイロとあって平静さをとっくに失っていた指揮官には、どうしたって難しい話ではあるが。
『キミが勝ったら、そうだな・・・私を一晩自由にさせてあげよう。どうだい、嬉しいだろう?』
「え? あぁ・・・それは、その・・・」
『なんだい、その浮かない反応は? 白衣でよく分からないかもしれないが、こう見えてルックスには自信があるんだ。健全な男性を満足させるには、十分に足る代物だと自負しているぞ?』
ペルシカはそう得意げに言うと、白衣の胸元を開いて見せびらかしてくる。
確かに言う通り、ダボついた白衣を着ていると分からなかったが、胸は谷間がハッキリと見えるくらいには大きく、肌の白さだって戦術人形達にも負けていない。
・・・と、いつまでも黙っていると、45の怒りメーターがレッドゾーンに突入してしまうので、ここらでリアクションをとっておく。
「では、ペルシカさんが勝ったら、同じく一晩自由にしていいですよ。コイツを」
「ちょっ! な、なんで私!?」
45の肩をポンと叩いて言ってやると、非常に良い反応を返してくれる。
『それで構わないよ。ちょうど、誓約を交わしている人形の生データを抽出したいと思っていたところだったし』
「お互いに異論無し、ということですね」
「だから! なんで勝手に話を進めてるのよ、アンタは!?」
「大丈夫だって。俺を信じろよ」
必勝を確信しているが故、指揮官は親指を立て、ウィンクまで付け加えて45に応えてみせる。
後に、とてつもない恥をかくことになるとも知らず。
「実戦の時には頼りになる人なんだけど、それ以外の時はなぁ・・・」
それでも結局、指揮官を信用してくれている45は、頭を抱えながらも反論を続ける事はしない。
しばし、会話が途切れたその間を計ったように、コール音が執務室に鳴り響いた。
今夜、夜戦任務に就いているチームは1つだけ。件の城を調査しているキャリコ達からの通信である。
「それじゃあ、答え合わせといきましょうか」
『私にも聞こえるよう、スピーカーモードにしといてくれよ』
はいはい、と気軽に答えつつ連絡を受け取る指揮官。
この後、怒り爆発の45によって、執務室が阿鼻叫喚の地獄絵図になったのは言うまでもないことである。
「ちゃんと報告できた?」
「うん、できたけど・・・」
「けど?」
「なんか、アイリとアルトリアの話をした途端に、指揮官の声が引き攣ったんだよね。明らかに
ヤバそうな雰囲気だったから、ちょっと気になる」
ついでに、指揮官の後ろから、計り知れない怒りのオーラが迸っていたのを通信機越しにも感じられたのだが。まぁ、指揮官自身が言及しなかったので、キャリコが気にしても仕方のない事である。
「あまりにも規格外の人形が2体も居たと報告を受ければ、いくら指揮官といえども慌てるのは道理ですよ」
「そして、そのお2人と見事に和解できたのですから、きっと指揮官もお褒めくださいますわ」
そう、ステアーの言う通りだ。古城の安全を確認し、グリフィン前線拠点としての一時使用許可までとりつけた。高い戦闘力の人形を相手にして、重傷者を出さずに完遂したのだから、これ以上はないと言って良いくらいの戦果である。
「あ~~ぁ。後発隊は早朝に到着って言ってたわよね。それまでちょっと寝てていいかしら?」
身体をぐ~っと伸ばしながら、気の抜けた声のワルサー。
時刻は午前3時を回ったところ。さっきまでは、緊張が持続していたおかげで疲れも気にならなかったが、安全だと分かってしまうと眠気が一気に襲い掛かってくる。
「さすがに疲れちゃったよね。安全は確認してるけど、念の為、交代で見張りをたてながら休もうか」
「賛成です。用心に越したことはありませんからね。見張りの順番は私がトップを務めましょうか?」
「いいえ、お2人こそお疲れでしょうから、まずは私かワルサーが見張りを」
「んじゃあ、私は最後でいいから。おやすみなさい」
気を遣い合っている3人を差し置いて、ワルサーは玄関横の壁に背中を預ける。
銃を両手でしっかりと抱えながら目を閉じて、その数秒後には、もう穏やかな寝息をたてはじめてしまった。
「うちのワルサーが申し訳ございません。こちらの戦闘も、なかなかに厳しいものでしたので」
「気にしなくてもいいよ。それじゃあ、私が1番手でステアー、コンテンダーって順番で繋げていこうか」
隊長権限として順番を決めると、2人とも同意を示してくれる。
コンテンダーは玄関屋根の柱に、ステアーは植え込みの芝生の上で寝ころがる。
これだけ立派な城があるのに、玄関で4人も野宿とは、また奇妙な光景である。
「・・・アイリさんに状況説明しに行くついでに、客室借りれないか聞いてみようか?」
「いや、あれだけ豪華な内装だと、どうにも気後れしてしまって。寝づらそうに思えまして」
「こうして、芝生の中で揺蕩いながら眠るのもまた良いものですわ」
なんとも庶民的な答えに苦笑しながら、キャリコは1人城内へ。
早足にアイリのもとへ行き、簡潔に状況を説明して、再び玄関へと戻ってくる。
その頃には、コンテンダーとステアーからも穏やかな寝息が聞こえていた。
「みんな、お疲れ様」
1人呟くキャリコ。
「いいえ、隊長の命令とあらば」
「これからも、よろしくお願いしますわ」
「まぁ、次も期待してるから。頑張りなさいよね」
そんな言葉に3人が返してくれたことに苦笑を浮かべる。
天を仰げば、濃紺色の夜空には真ん丸の穴がぽっかりと空いている。
〝ああ・・・気が付かなかった〟
〝今夜は、こんなにも月が綺麗だったんだ〟
そんな誌的な感想を心の中で紡いで、キャリコは床に寝転がりながら、呆と空を眺め続ける。
いつまでも、いつまでも。西の彼方がオレンジ色に染まりきった頃まで、キャリコはずっと空を眺め続けていた。
・・・その間、気を遣って他のメンバーを朝まで起こさなかった事に対して、後でみんなから
お叱りを受けるキャリコなのだった。
涼しいそよ風が純白の花畑を、その白さにも劣らぬ煌びやかな髪を撫でてゆく。
円状の花畑の中央に建てられた、まだ真新しい墓石の前で女性・・・アイリは膝をつき、祈りを捧げている。
朝目覚め、城内の掃除をひととおり済ませると、アイリはこの亡き主人のもとへやってくる。
グリフィン職員や戦術人形とのミーティングの際には、現城主としてアイリも出席するが、それ以外の暇を持て余している時は彼女は大抵ここにいる。
夕日が沈み、辺りが暗くなった頃に、ようやく自分の意思で城内に戻るのである。
まるで機械のように、というのは人形の彼女には言わずもがなだが、ワルサーにはそう見える。
同じルーティンを繰り返すだけの空っぽの人形は、工場の製造設備となんら変わらないモノに
見えてしまう。
「ねえ、アイリ。ちょっといいかしら?」
それは、少し悲しい。あれほど美しい人形が、油まみれの機械と同じくらいの価値しかないなど、ワルサーは認めたくはない。
「あ、おはようございます、ワルサー。今日も来ていただいて、とても嬉しいわ」
だから、そんな彼女に手を差し伸べてあげたくて、何か、前に進むきっかけを与えてあげたくて、ワルサーはこの城に時間の許す限り通っていた。
「いつものようにテラスでお茶を頂きながら、何を話すわけでもなく、ゆっくりと過ごしましょうか?」
「あ~・・・うん、まぁ、そうするのもいいんだけどさ」
ワルサーとしてはそのつもりはあるのだが、なかなかその事を言い出すことができず、本心は
アイリには伝わらずにいるというのが現状だった。
アイリに会うたびに、やきもきしてしまうワルサーだが・・・ワルサーの事を見つけると、笑顔でアイリが歩み寄ってきてくれる。その時点で望みが少しだけ達成されている事に、ワルサー当人は気付いていないのである。
「近々、うちの指揮官が挨拶に来るっていう話したでしょ? 今日、都合が付けられるみたいで、あと1時間くらいで到着するから」
「まあ! 噂に聞く、ワルサーの旦那様をお目にかかれるのね?」
「旦那様て・・・間違っちゃいないけどさ」
「おもてなしの準備をしなくてはいけませんね。お紅茶は飲める方かしら?」
うきうきとした足取りで、中庭の大階段へ向かうアイリ。花束が添えられた墓石に小さく一礼し、ワルサーもアイリの後に続く。
「旦那様以外の人間とご対面するのは初めてなので、少し緊張してしまいそうです」
そう言う割には、アイリは随分と楽し気な様子である。
彼女と出会ってから3週間。今ではもう、初対面の時に見せた、氷のような視線と敵意の片鱗すらも垣間見る事は無くなっていた。
なんということでしょう、という決まり文句が飛び出してしまいそうになるくらい、劇的な
ビフォーアフターである。
「緊張なんてすることないわよ。私達と話しているのと変わらずに接してればいいから」
「そうですね、ワルサー達の旦那様ですもの。きっと、とてもお優しい方に違いありません。戦闘に参加することはないと、そう私達に約束して下さったのですから」
戦いたくはない、というアイリ達の希望を指揮官は全面的に呑んでくれた。
これだけ強力な人形2人がいるのだから、是非とも戦力として投入したい、というのが指揮官としての本来の思考であるが、今回ばかりは人形想い、基、人形に対して甘々な彼の性格に感謝したいワルサーである。
「でも、万が一、城に敵が進行してきたら、自衛はしなきゃダメよ? 特に、白っぽい髪で肌も真っ白で、黒づくめの服を着た人形がやってきたら、問答無用でバラしてやりなさいね」
「白い髪と肌と、黒い服・・・」
そう呟いて、アイリはワルサーの肩越しに背後へ視線を向けている。
つられ、ワルサーも背後に視線を向けてみると、そこにはベランダテラス席でくつろいでいた、白い髪と肌と黒い服を纏った、ステアーとアルトリアの姿。
しっかりと目が合っているので、今の会話はバッチリと聞こえていたようである。
「うぅ・・・ワルサーが私達の暗殺を企てているのです。卑劣にも、自分の手を汚さずに」
泣きマネをするステアーの頭を、アルトリアはテーブルに身を乗り出して撫でている。
ワルサーがそうであるように、ステアーとアルトリアも今ではすっかりと打ち解けている様子で、相変わらず喋らないアルトリアが言いたいことを、なぜだか理解できるようになったほどである。
「・・・いいわよ。私が許可するから、あの2人を串刺しにしてやって」
「くっ! 弄りに対してのカウンターとは。成長しましたね、ワルサー」
そうして、ステアーとアルトリアにも指揮官お出迎えの準備を手伝わせることにして、4人で城内に戻る。
「そういや、今日はいつもの剣術ごっこはやらないの?」
「ごっことは失礼な。私達は至って真面目に剣術の訓練をしているのですよ」
ワルサーの嫌味に対してすぐさま反論するステアー。
その横でアルトリアはじっと視線を送る。もう、この眼でこうして見つめられるのも、慣れっこになってしまったワルサーである。
「ほら、アルトリアも〝ド素人が、私たちの訓練に口を挟むとは良い度胸をしている。その首、
跳ねられるくらいの覚悟はあろうな?〟と、ご機嫌斜めですよ」
「本当に? そんな口の悪い言い方してんの?」
「ええ、今のステアーの言葉でほとんど合っていますよ。それにしても、リンクが繋がっていないのに、よくあの娘の言葉が分かるものね」
以前、アイリとアルトリアを調べに来たグリフィン職員の話では、2人の間には特殊回線が成立しているようで、そこを介してコミュニケーションをとっているのだとか。非常に強固なシールドが施されていて、外部からの干渉は今のグリフィンには不可能なので、彼女と正確に会話を交わせるのはアイリだけである。
「一度、剣を交えた影響なのでしょうね。なんとなく、アルトリアの言いたいことが聴覚中枢に
ピピっとくるのです」
それは放っておいても平気なのだろうか? と心配になるワルサーだが、当の本人が気にした風も無いので放っておく方向でひとつ。
「アンタの本業は銃火器なんだから、刀はほどほどにしておきなさいよね。任務に支障をきたしちゃうようじゃ、指揮官に顔向けできないわよ?」
「確かに、最近は刀を携行していないと、なんとなしにボディバランスが悪く感じるようになってきていますわ」
「ほら、言わんこっちゃない。ど~すんのよ?」
あんな長物を携えたまま戦場に赴くわけにもいかない。最近は事あるごとに弄られている手前、ワルサーは仕返しの意味を込めて、ステアーが困るように煽ってみる。
「ですので、こうして対処してみました。名付けて〝小雨ちゃん〟ですわ」
しかし、ステアーは眉を顰めていたのも一変、得意げにその場で体をクルリと反転させる。上着の裾を捲ると、ステアーの後ろ腰にはシースケースに収められた1本の短刀が。
「その柄、もしかして、秋雨を改造したの?」
「ええ、スパスさんにお願いして、ナイフとして仕立て直していただきました。各部にガタつきが出ていたのでちょうど良い頃合いでしたわ」
改造好きなスパスは、カスタム工房と名打って、自分の部屋に様々な加工機を置いている。大幅なモディファイまで請け負うと噂の彼女なら、刀の加工くらい難しい事ではないだろう。
「でもさ、そんなんで落ち着くなら、ボディバランスとかの問題じゃないわよね」
「そこは、深く追求してはいけないところですわ」
あ~だこ~だと話をしているうちに厨房へ到着。
ステアーとアルトリアには応接室の準備を頼み、ワルサーとアイリは簡単なお茶菓子の準備に取り掛かる。
「うわ・・・外観だけじゃなくて、内装も凄いな」
自分たちが初めてここに足を踏み入れた時と、同じようなリアクションをとる指揮官を見て、キャリコは小さく笑みを零す。
指揮官のこんな可愛らしい様子をすぐ間近で見れて、キャリコはもうご満悦である。
「ほら、キャリコ。いつまでもニヤけていないで、ワルサー達が出迎えの準備をしていたのでは?」
「に、ニヤけてなんかないし! っていうか、指揮官に聞こえちゃうでしょ!?」
後ろから付いてきていたコンテンダーに思いっきりツッコまれるが、運の良い事に、指揮官は
城内に釘付けで2人の話など全く聞いていない様子である。
大きく安堵の息をつき、改めてエントランス内を見回してみる。
指揮官の出迎えをする、と連絡してきたワルサー達の姿は見当たらない。
彼女の性格なら、約束していた時間にはすでに準備万端、といったところかと思ったが、どうやら買いかぶりすぎていたようである。
「ごめんね、指揮官。ワルサー達が案内の準備をしていたはずなんだ。連絡してみるから待ってて」
足元の真っ赤なふかふか絨毯を、気持ちよさげに撫で撫でしている指揮官を尻目に、通信機のコールスイッチに手を伸ばす。
「お、おおおおお待たせして申し訳ありません~~!」
キャリコがスイッチを押すよりも一瞬早く扉が開いたかと思えば、そこから飛び出してきたのは、城主であるアイリ。
なんだか知らないが、この3週間の付き合いの中でも見たことがないくらいに大慌てな状況だ。
タタタ、と駆け寄ってくる美人形の登場に呆気に取られている指揮官。
「本日は旦那さ・・・私の城へお越しいただき、っひゃあ!!?」
まったく足元を見ず、慌てて走っていたアイリである。期待を裏切らず、絨毯の淵に足を引っ掛けて躓いてしまう。
まるで、ヘッドスライディングの初動のようにダイブするアイリの身体。
その飛んでいく先に、まぁ、やっぱりお約束のようにいる指揮官。
「おっとぉ! 大丈夫? 足、捻ったりしてないかな?」
ダイブの勢いを殺しながら、アイリの身体を柔らかくキャッチ。
指揮官に抱きかかえられ、しばらく目を丸くしていたアイリだが、状況を理解できると、一目で分かるくらい顔が赤く染まっていく。
「えと、あの・・・はい、大丈夫です。気遣っていただいて、ありがとうございます」
俯き呟いて指揮官の腕から離れると、アイリは、こほんと小さく咳払いを一つ。
「ようこそおいで下さいました。応接室へご案内しますので、お話はそちらでお伺いしますね」
「うん、よろしく」
今さっきの事など無かったかのように挨拶するアイリに、指揮官もしっかりと合わせる。こういう大人な対応ができるところも、キャリコ的にポイントが高いところだ。
先行するアイリのすぐ後ろにキャリコとコンテンダーがつき、一行は東ウィングの応接室へと
向かう。
「なんか随分と手間取ってたみたいだけど、なんかあったの?」
お出迎えに間に合わなかったり、指揮官に向けてダイブアタックをお見舞いしたり、やたらと落ち着きのない様子のアイリのことが気になってしまうキャリコ。
「旦那様以外の人間とご対面するのは初めてだったので、すごく緊張してしまいました。みなさんがエントランスに入ってくるのを窓越しに確認はしていたのですが、なかなか出ていくことができなくて。恥ずかしいところを見せてごめんなさい」
「ミステイクという割には、やけに正確な動きをしていたように見えましたが。正直、全ての要素を計算したって、あそこまで的確、かつナチュラルに指揮官の胸に飛び込む事なんて出来ませんよ? 何者ですか貴女は?」
あはは、と所在なさげに笑って返すアイリを見て、キャリコは少しだけ安心する。
グリフィンのエースクラスを圧倒するような人形でも、こんな風に慌てふためいて可愛らしい
一面を持っているものなんだ、と。
「みなさんの旦那様はとても素敵な方ね。私、あの方とでしたら、上手くやり取りができそうな気がします」
元来の資質なのだろう、指揮官は、やたらと人形に好かれるという特性を持っている。どんなに尖った性格の人形だろうと、表っ面はつんけんしていても内心ではもうメロメロなのだ。
頬を赤く染めて、ふにゃりと緩んだアイリの笑顔を見ていると何も言えなくなってしまうが、
ライバルが増えてしまった事が残念でならないキャリコである。
応接室にはワルサーとステアー、アルトリアがすでに控えていた。
テーブルを囲んで7人がソファーに座ったところで指揮官とアイリ達の初顔合わせが始まる。
「改めまして、このアインツベルン城の現城主を務めているアイリと申します。そして、こちらはアルトリア。私の補佐、および護衛といった立ち位置と考えていただいて結構です」
「よろしく、アイリさん。アルトリアさんもよろしくね」
アルトリアは喋らないという事を知っていて、でも、ちゃんと笑顔で声をかける指揮官。
これまでと同様、無表情でまっすぐに見つめ返すだけというのも勿体ないな~、と、恐らくは
ここに居た人形達の誰もがそう思ったことだろう。
しかし、アルトリアは、すっと立ち上がると、指揮官に向けて一歩歩み出て
「問おう、貴方が私のマスターか?」
凛とした声でハッキリと、そう問いかけたのだ。
「え? ・・・シャベッタ?」
「喋りましたね・・・確かに」
「な、何よ、けっこう可愛い声してんじゃない」
「私には、私には話しかけてくれなかったのに・・・くすん」
リアクションも四者四様であるが、可哀そうに、一緒に過ごした時間が一番長かったステアーのショックは大きいものだろう。
「えっと・・・その、なに?」
突然の事に呆気に取られてしまっている指揮官が、アイリに状況を尋ねる。
当のアイリは少し驚いた表情を浮かべはしたが、すぐに、花が咲いたような明るい笑顔を浮かべた。
「アルトリアは、自分の主人だと認めた方にこのセリフを言うのよ。旦那様以外の方にも言ってくれるか不安でしたが、杞憂でしたね」
「そうなんだ? 口頭による主人の認証ってことか。それじゃあ、マスターっていうかキミの
指揮官、仲間として力になりたいと考えている。って感じでどうかな?」
「御意。この剣はアナタの為に、そして、アナタのお傍に」
指揮官の正面で跪き、頭を下げるアルトリア。
「いやいや、そこまでしなくていいから。普段通りにして」
「ありがたきお言葉。それでは・・・」
レスポンス良く立ち上がると、アルトリアは自分の席に戻る・・・のではなく、何を思ったのか、指揮官の膝の上にぽすんと腰を降ろした。
「・・・今度はなに?」
「この剣はアナタのお傍に」
傍に居る、と公言した通りに、指揮官の膝の上に座ったということなのだろう。
アルトリアは背が小さくて体重も軽い。お行儀よくお座りしていれば、確かに、それほど邪魔になることはないだろう。
ないだろうが、傍からの見た目はかなり悪い。特に、人形達のメンタル的にはとても悪いのである。
「ふふ、旦那様と一緒に居た時を思い出すわ。会えなくなって、寂しかったのかしらね」
でも、そういう風にアイリがフォローを入れてしまっては、4人はやはり何も言うことはできなくなってしまう。
「さすがに恥ずかしいんだけど、今日はお近づきの印ってことで」
指揮官が頭を撫でると、アルトリアは気持ちよさそうに目を閉じている。
撫で撫でマスターの指揮官に頭を撫でてもらえるのが、どれだけ光栄な事か。そんな羨ましさを必死で堪え、キャリコは努めて平静を装う。
「では、本題に入る前に、まずは挨拶に来るのが遅くなってしまった事に対してお詫びを」
「お気になさらず。むしろ、これだけ早く来てくれたことに感謝しています。安全が確保されていないエリアだから、という上層部からの反対を押し切り、連日、遅くまで執務をこなして1日でも早く来られるように尽力して下さったのでしょう? 全部ワルサーが嬉しそうに話していましたよ」
「今それを言う場面じゃないわよね!!?」
顔を真っ赤にして喚くワルサーのおかげで、みんなの気持ちが緩んでくれたところで会談が始まる。
会談といっても、そんなに形式ぶったものではない。優雅なティータイムを思わせるような朗らかさの中、時間はゆっくりと過ぎていくのだった。
END
Fate/Zeroのネタを織り込んだ本作、いかがでしたでしょうか?
コンテンダー、AUG、キャリコ、WA2000が実装されてから、絶対にやってやろうと勝手に息巻いていた当方でしたが、思ったよりも難しく・・・なんとか形にするだけで精一杯だったのは悔やまれる点。
あと、キャリコとコンテンダー組のボリュームが少なかったのも反省点ですね。
ちょっとお天気な感じのAUGとワルサーのやり取りは気に入ったので、今後も出していこうかな~なんて。
そんなわけで、改めまして、魔術師殺しの夜を最後まで読んでいただいてありがとうございます。
次回作の投稿も予定していますので、気が向いたらまた足を運んでやって下さいな。
以上、弱音御前でした~