初めてのキス。
ファーストキス。
誰しもが最愛の人に捧げたいと思うもの。
たった一度きりの純潔、大事にしたいと思うのは理性ある人間の考えとも取れるだろう。
誰にも犯されてはならない神聖なもの。
例え泥を塗られ火で焼かれようともその確固たる清き感情に偽りなど無い。
どんな理由があろうとも、誰かの口付けを同意も許可も無く奪ってしまうなど、あってはならない。
しかも好意のない間柄であれば尚更……。
「なんてことをしてくれたんだお前はぁぁぁーーーーーっっ!!!!」
「そこまで嫌われては流石に傷付きますよマスター」
「そもそも! 僕はお前をガンダムとは認めない!」
「と申しますと」
ガンダムとは言葉を喋らない!
多種多様な作品内プログラムとして言葉を発するものはあったとしても自我を持ってパイロットの意思主張とは関係なく気の向くまま自由奔放に生きるガンダムなんぞいない!
SD? あれはもうガンダムの皮を被った別物だろうが!
ユニコーンとか専属パイロットが呼べばどこからともなく飛んでくるようなものもいるが、あくまでも人が乗る事を前提としている。
「つまりこの定義から君はガンダムではない!」
「そんなことはどうでもいいのです」
アストレアはヒロトの長々とした主張をバッサリと切り捨てて言葉を遮る。
「私はガンダムではないのかもしれない。しかし私は一個体としてマスターを、アナタを。コオリ ヒロトを愛しているのです」
「だが、そんっ……けど……あぁもう!」
距離感など関係なく、また目と鼻の先の幅まで顔を近づける彼女の息遣いは正常な呼吸を刻み、鼻から出る生暖かい息が口元にかかってくすぐったい。
さすればまた唇を奪われそうになると思ったヒロトは慌てて顔を反らし、逃げるように立ち上がって部屋を出て行った。
其取り残されたあすとっれあが舌打ちをしていたのには気づいていなかった。
「私は、貴方を愛してやまないだけなのですよ。マスター」
◇
コオリ ヒロトはキッチンでコーヒーメーカーが焙煎したコーヒー豆に熱湯が垂れ流されていく様をただじっと眺めていた。
頭一杯の出来事をいったん整理するために、訳も分からず昂ったままの感情を落ち着かせるために、湯気を立てる熱湯の滴がそれなりの感覚でポタポタと滴る様を眺めていると次第に感情を落ち着きを取り戻し、一杯のコーヒーが完成するころにはすっかり冷静になっていた。
「なんなんだ、あの女は⋯⋯」
今朝方、目を覚ませばいつの間にか目の前にいた謎の電波女。
実家ではあるがほぼ一人暮らし状態のこの家になんの痕跡も残さず侵入し、しかし何も悪事を働くこともせず危害を加えるだけでもなくヒロトへの愛を津々浦々と語って口づけをかましてきた『アストレア』と名乗る謎の女。
父親は海外出張で家を空けることが多く、行事ごとに顔を出すぐらい。母親も多忙な仕事で朝から夜まで働くことがあるようでたまに帰ってこないことも。
家に一人で過ごすことの多いヒロトにとって寂しさとは常にそばに居る者であり、それが当たり前なのだと思っていた。
人は一人で生きていくのだと嫌でも思い知らされたヒロトはそれを苦とは思わず、両親を恨むなんてこともなく一人でも勤しめる趣味を探すことにした。
色々と試すうちに肌にあったのがホビー趣味。
主にガンダムシリーズのグッズなどを漁るようになったヒロトは学生の身でありながらも部屋の中は模型フィギュアその他グッズで埋め尽くしてしまうほどにガンダムに、『機動戦士ガンダム00』という作品にのめり込んだ。
その中でキャラクターではなくガンダムに惚れ込んだのは事実であり、それ以来彼の部屋の中は『ガンダムアストレア』一色に染まり、彼の執着と盲信を体現するような有様に成り果てた。
ヒロト自身、その部屋を見て会いに植えた結果なのかと考察まがいのこともしてみたが、別に悪と言う訳でもないので止めるつもりはなく、親を怨むよりもマシだと思い至り悩むことは無かった。
そんな折に現れたのがあの女。
今までヒロトがしてきたのはただ一方的に『アストレア』を愛でることだった。
狂信的なまでに誰かを、何かを愛することしかしてこなかったヒロトにとって誰かに愛されることなど殆ど無く、それこそ念い数回しか会わない両親とは滞りない関係を築いてこそいるがそこに愛があるのかと問われれば分からない。
見返りを求めているわけではない。
それは今までの彼の行動が示唆している通りだ。
ただ好きになった相手にひたすら会いを叫んでいただけなのに、それだけでよかったと言うのに。
「どうして、どうすれば」
愛されることに耐性が無かったヒロトとにとってあの女の行動を受け止めることが出来なかった。
最初は疑った。
当然だ、目が覚めたら知らないコスプレ女が部屋の中にいるのだ。
空き巣が強盗と思って問題は無いのだが、何を思ったかあの女はずっと椅子に座ってヒロトが起きるまでただじっと待っていたのだ。
そしてヒロトが起きてから、無表情の顔であいさつを申し、自己紹介と愛の告白のようなことを淡々と話していた。
『おはようございますマスター。初めまして、私はガンダムアストレア。貴方の唯一の専用機であり、一人の女として貴方様を慕う者です』
目眩がした。
放課後、学校の校舎裏で面識のない同級生に告白されるとかならまだ理解できるかもしれないが、早朝の自室で初対面のコスプレ女に告白されたともなれば何をしていいのか分からない。
通報すればいいのか?
そう思ってスマホを手繰り寄せ、番号を入力してしかるべき機関に連絡を取ろうとして何故か電波が繋がらないことに気が付いたヒロトはふと彼女の背中から緑色に光る粒子が盛れていることに気が付き、恰好からしてそれがホンモノのGN粒子なのかそれとも荒唐無稽な自作自演なのかは置いておくとして、警察に突き出せないながら身の危険が及ばないことを端的に説明させから話をすることに。
そうすれば『アストレア』はつらつらと愛を囁くばかりで会話にならない。
それにキレ散らかし糾弾したかと思えばあっさり組み伏せられ唇を奪われた次第である。
「僕はただアストレア様を愛で痛いだけなのに⋯⋯」
「つまり相思相愛なんですね?」
「デキてるのはお前の頭だ」
ただの独り言に横やりを入れてきた電波女にツッコミをいれてコーヒーを啜ろうとしたが、マグカップの中が空に鳴ていることに気が付いてカップに黒い液体を注ぎなおす。
もう一個マグカップを取り出してコーヒーを注いだものを用意し、少しばかりぬるくなっているそれをアストレアらしいその女に突き出す。
「これは?」
「要らないなら捨てる」
「いただきます」
両手でマグカップを受け取ったアストレアはどこか嬉しそうに目を細めながら頬宛ての装甲に気を付けながらちびちびとコーヒーを飲み、ふぅと息をついている。
それがなんだか絵になるなと思って、それが嫌に思えて慌てて目線を逸らすがアストレアは見られていたことに気付いてたが、あえて何も言わずに黙したままコーヒーを飲んでいた。
「たとえマスターに嫌われていたとしても、私はマスターを好くだけです」
「何もならないだろうが」
ヒロトのその言葉に間の抜けた顔を浮かべるアストレアは目を向いて信じられないモノを見るような目でヒロトを見ていたが、やがて何かを悟ったように一人納得したようにふ、と笑ってまたカップに口を付けた。
「おい、なんだ今の顔」
「なんでもありません。やっぱりマスターは私のマスターなんだなと思っただけです」
要領を得ない回答にやきもきしながら問い詰めようとしてヒロトが言葉を発するより前にアストレアが今度はヒロトに質問を投げかけた。
「マスターは何故、ガンダムを愛しているのですか?」
「⋯⋯そんなの、答えなんてあるか」
好きという感情をどんな物差しで測ろうとも正確な答えなんてわかるはずもない。
いくら自分が好きだからと言って会い手からの見返りを求めだしたら結局は破綻してしまうし、何も求めず与えるだけではどちらかが腐ってしまう。
結局僕は腐ってしまっているのか。
だとしてもこの気持ちに嘘は無いし、悔いもない。
愛を求めたわけじゃない。人が愛せなくなったわけじゃない。
ただ好きになったのがガンダムだっただけ。
大それた理由があるわけじゃないし、異常性癖なんぞになりたくてなったわけでもない。
「それでいいじゃないですか」
「だからと言ってそんなコスプレなんぞをしている女を好きになる道理はない」
そう、僕が好きなのはあくまでもガンダムなのだ。
「コスプレではありませんよ私はこのくらいの大きさの依り代を元に生まれた存在です」
「ハッ、何を言うかと思えば⋯⋯」
アストレアは両手でおおよそ二〇センチメートルくらいの高さを作ってみせる。
そこそこの大きさ、だいたい一〇〇分の一の大きさのそれはプラモデルでもフィギュアでもよくあるサイズ感だが、立体化が多いとはいえそれでもアニメ化もされていないような外伝作品のキャラの立体物ともなれば数など限られるのも現実。
一〇〇分の一のサイズで立体化されているアストレアの立体物なぞ知っているうちでは二体しかない。非公式作品は集めていないが、その二体はきっちり集めて部屋に飾っていた。
「おい、まさか」
「そのまさかです」
転げる勢いで駆け出したヒロトは四つん這いになりながら会談を駆け上がり、倒れる勢いで自室の扉を押し開けコレクション棚を血眼で探す。
アストレア関連で真っ白のその棚には所狭しとかき集めてきたフィギュアグッズが押し並ぶが、一か所だけぽっかりと穴が空いていた。
そこには中でも一番高い『METAL BUILD』と言われる、いわゆる超合金のフィギュアが置かれていた場所。
限度は保つとはいえ趣味にそこまで糸目をつけないヒロトだが、コレクションの中でも一番高額なものが無くなれば相当に堪える。
それが一介の高校生の財布事情ともなれば尚更。
バイトをしていると言っても高いものは高い。
階段を転げ落ちながらリビングでぼうっとしていたアストレアのもとに駆け付けたヒロトは血涙を流しながらアストレアに掴みかかっていた。
「ぼくのアストレア様を返せえええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「はい、ココに居ます」
アストレアはそう言いながら泣き崩れるヒロトを優しく抱きかかえて徐に胸へ頭を埋めさせるが、それすら逆鱗に触れてしまったヒロトは発狂しながら気絶してしまった。
なんとなく続いてしまいました。
1/100サイズで立体化されているものとなればプラモとメタルビルドくらいしか思い出せない作者です。
一応ゴア娘程度の長さで〆ようとは思っていますが、そうなるかは分かりません。
誤字脱字等あればご報告していただけるとありがたいです。
感想ご評価お願いします。
ではでは!