紅ちゃん先生のお料理教室、はっじまっるよ~。
「………………………はっ!?」
突然、清姫の意識が覚醒する。慌てた様子で周りを見回すが、そこにあるのは一番最初に立っていた閻魔亭のキッチンで、先程まで見ていた沢山の自然は何処にも見当たらない。周囲の受講生達も概ね似たような反応をしている。
「やっと帰って来れました。相変わらず精神的に疲れますねこれ。」
「あ、あの月見さん美穂さん。これは一体?」
「幻術での指導が終わって目覚めたんです。これから料理の技術指導が始まるので早く準備しておいた方がいいですよ?」
「これから!?」
「?だってこれ料理教室ですよ?それにほら。」
そう言って美穂は厨房にある時計を指差す。時計の針は自然の中に落とされた時から殆ど進んでいない。
「時間ならまだまだ沢山ありますから。」
「……嘘ですよね?」
「諦めてください、これが紅先生のヘルズ・キッチンです。」
呆然としている清姫の肩をポンと慰めるように叩く玉藻。その目は優しさに溢れていた。
「じゃ、早速始めるでち。初参加の人はこっちの等活地獄コースの調理台に並んでほしいでち。」
しかし、そんな事も気にせず紅閻魔は受講生達の組分けをしていく。なんとか立ち直った清姫もとぼとぼとその組の方へ歩いて行った。
「………あら?なんだか人数が少なくなっているような?」
「どうしたんでちか?」
移動する途中、違和感を感じた清姫が言葉を漏らすとそれを聞き取った紅閻魔が近くに寄って来た。
「いえ、なんというか……最初にいた方の中で見当たらない人が何人か居るように感じたのですけど…。」
「あぁ、その事でちか、別に心配しなくて大丈夫でちよ。今は別室にいるでち。」
「は、はぁ。」
あっけらかんと言う紅閻魔に対して清姫は戸惑いを隠せない様子である。その様子を見た紅閻魔は首をかしげながら清姫に尋ねた。
「何か気になる事でもあるでち?」
「……あの、なぜその方達は別室に?」
「?そんなの
幻術の中で重傷負って、連動して現実でぶっ倒れたからに決まってるでち。」
「へ?」
「不合格だから目が覚め次第叩き出すように雀達に伝えているでちからお前様は自分の事に集中するといいでち。」
「アッハイ。」
最早スルーが一番精神衛生的に良いと判断した清姫だった。
「先ずはお前たちの料理の腕から見るでち。目の前にある包丁とまな板を使って胡瓜を薄切りにしていくでちよ。あちきの手本を良く見ておくでち。」
そう言って紅閻魔は自ら調理台の前に立ち、着物の袖をまくる。水道で水洗いした胡瓜をまな板の上に置くと、側にあった包丁を手に取る。その瞬間、
ダラララララララララララララララララララララララララララララ
とんでもない速さで胡瓜が刻まれ始めた。最早速すぎて包丁の残像が残るレベルである。長さ20cm程あった胡瓜は全て透き通る位の薄さにカットされて、隣の皿に盛られていた。周囲で見ていた受講生達は清姫も含め、呆然としている。
「と、まぁこんなもんでち。当然入ったばかりのお前様達にこれを求める気は更々ないでちが、少なくとも今の長さの胡瓜を全て1mm以内の薄さで切れるようにはちていくでち。」
紅閻魔は当然かのように言葉を紡ぐ。
「
「こらちょこッ!握り絞めすぎでちッ!もっと自然に持たないと切る物が潰れるでち!」
「ハイ!スイマセンッ!」
「謝る暇があったら早く直すでち!…そっちのお前様は切り方がなってないでち!包丁は引いて切るものだと何度言ったら分かるでちかッ!」
「分かりました先生ッ!」
開始30分、早くも初参加者達の額には汗が浮き出てきた。それもそのはず、先程の手本を見せられてから一度も休憩を挟まずにひたすら野菜を切っているのだ。少しでも止めれば紅閻魔から叱責が飛んでくるため、サボる事も出来ない。まさに地獄である。
「一旦止めッ!」
紅閻魔のその言葉に受講生達の手が止まる。少し戸惑う受講生をスルーして紅閻魔は一人一人の切った野菜の確認を行う。
「……だめでち、薄さがまだ全然足りないでち。もう少し丁寧にやるでち。こっちはバラバラ過ぎるでち。これでは調理ちた時に味にばらつきが出てバランスが可笑しくなるでち。」
一切妥協しない評価である。しばらくその状態が続いたが、やがて手をパンと叩いて目線を集める。
「取り敢えず、これから20分位休憩でち。次は調味料について教えるので、しっかりと腕を休ませておくでちよ。」
そう言って紅閻魔は別の調理台の方へ向かって行った。その場に立っていた受講生達は、へなへなと地面に座り込む。無論、清姫も例外では無かった。
「ふぃ~…………あら?」
清姫が一息ついていた最中、隣の調理台から紅閻魔の叱責が聞こえてきた。反射的にそちらを見ると、衆合地獄コースを受けている玉藻や、大叫喚地獄コースを受ける月見と美穂が紅閻魔に叱られながらも料理をしていた。
「なにやってるでちか!それだと旨味も一緒にとんで行くと教えたでち!」
「ひゃいッ!すいません!」
「分かったんならさっさとそれを仕上げるでち!そしたら一からやり直しでち!」
「えぇッ!?そんなぁッ!?」
「だからその野菜を入れるのは今じゃないでち!今入れるとその野菜から出る水分で味が薄まるのが分かんないでちか!完璧に仕上げたいならあともう一煮立ちさせてからでち!」
「はいッ!」
「まだ修正が効く範囲でちからちゃっちゃと調整するでち!きちんと後で確認するのでちから半端な物を出すんじゃないでちよ!」
「火の通りが少し強いでち!頭の炎は飾りでちか!」
「すいません。」
「いいでちか!?この料理は焼くんじゃなくて炙るんでち!少しでも火が通り過ぎていたら元々の食材の本来の味が台無しになるでち!そこに一秒の狂いも出さないつもりでやらなければ出来ないんでちからちゃんと考えるでち!」
「なんという……あの方々に一歩も引かないどころか一方的に叱りつけている……。」
「料理に対する情熱で彼女に勝てる者は私は知りませんからね。相手が例え神であっても紅さんが引く事はありませんよ。」
「あら鬼灯様、何故こちらに?それに………。」
清姫は隣に立つ鬼灯の手に持つ物を見る。
「……………なんですかそれ?」
「最近ここらで捕れる生き物ですよ。確かゲイザーと呼ばれる生物だった筈です。」
そこには一つ目で触手を持ったモンスターがいた。ピクリとも動かない辺り、確実に仕留められているようだ。
「食べれるんですか?」
「えぇ、私に課された課題がこのゲイザーの調理なので。」
そう言って鬼灯は調理台の方へ向かって行った。
「力で脚を引き抜こうとするんじゃないでち!そんなことしたら千切れた断面から食材がダメになっていくでち!」
「イエスッ、マムッ!」
「逆に丁寧にしすぎでち!他の参加者達より速いのはいいでちが、それじゃまだまだ足りないでちよ!胴体の処理は臭みが出る前に手早く済ませるでち!」
「イエスッ、マムッ!」
「だから力でやるなと言ってるでちょうこのお馬鹿様ッ~!ゲイザーの角膜は高級食材でちが、その分熱に弱いと言ったでちッ!そんな手でひっぺがしたりしたらすぐダメになるでちッ!」
「イエスッ、マムッ!」
「よしッ盛り付け終わりまちたねッ!ただ及第点に届いてないからやり直しでち!それじゃあもう一匹捕ってくるでちッ!」
グイッ ガコン
「イエスッ、マムッ!」
「……………なんですかあれ。」
「焦熱地獄コースの序盤ですよ清姫さん。」
鬼灯がいた所の床を呆然と眺めている清姫に一足先に課題の及第点を貰えた月見が話しかける。額には汗が浮かんでおり、心なしか月見の無表情もつらそうに見える。
「あら月見さん、お疲れ様です……序盤?」
「はい、僕らはまだ大叫喚地獄コースなのでここにいますが、焦熱地獄コースからは自分で食材を捕ってくる事になってるんです。なので捕り方も工夫しないと容赦なくやり直しになりますよ。今紅先生が引いたのは転移の術式の物なので、鬼灯様は恐らく裏山に飛ばされましたね。」
「えぇ………。」
公式設定で、紅閻魔のヘルズ・キッチンは八大地獄になぞらえたコースがあると書かれていたので採用しております。
作中で月見さん達がそれぞれ作っているのは、玉藻さんが筑前煮、美穂さんが肉じゃが、月見さんが鰹の叩きです。