それでは、どうぞ。
「んー!美味しい!」
「うま……うま……」モグモク
「それは良かった……あ、これからお客様が来ますし、まだお菓子は出すので程々にしておいて下さいね?」
「「はーい。」」
「良い返事ですね。はい、緑茶です。」
座敷に座った立夏と立香は満面の笑みで月見の焼いた餅を食べている。それを優しい笑顔で見守る美穂は囲炉裏の火で淹れた緑茶を湯呑みに注いで正座をする2人の前に置いた。喜ぶ2人の反応に耳をブンブンと振り回して嬉しさを隠しきれない月見はポーチから部品を取り出して何らかの器具を組み立てていた。
「月見にぃ、何やってるの?」
「少しやりたい事があるので、その準備です。まぁ美味しい物を作るので、楽しみにしてて下さい。」
「やったぁ!」
無邪気に喜ぶ立香、餅を食べ終えたのかそのまま囲炉裏の火に手をかざし、暖を取り始めた。もうじき日が暮れる上、2人の服装はラフではあるものの着こんでいるため、この場所に来るまで寒かったのだろう。立香は出された緑茶を飲み、満足そうな顔をしながら息を吐いた。
「ふぃー……あ、立夏、あれ持って来てたっけ。」
「んー?……あぁ、確か2人分俺の鞄の中に入ってる筈だけど。」
「出しとくからバッグ渡して~。」
「んー。」
まだ餅をゆっくり堪能している立夏は傍らに置いてあった鞄を手に取ると、そのまま立香に渡す。渡された立香が中をまさぐり、引き抜いた手には2つのボロボロのお守りが握られていた。
「ねぇねぇ美穂ねぇ、言われた通り持って来たよ。」
「おや、そうですか。では諸々修繕して返しますね。」
そう言って美穂は立香からお守りを預かると中身を取り出した。中身は紙に包まれた青い結晶のような物であり、どこか月見の耳に宿る炎のようだった。しかし結晶は黒ずんでおり、輝き等は見られなかった。
「月見~、パパっと炎込めちゃって~。」
「えいっ。」ボウッ!
作業が一段落し、座敷に戻って来た月見は手から結晶に向けて月炎を放つ。すると、放たれた月炎は結晶に吸い込まれて行き、最後には全てが結晶の中にしまい込まれる。結晶の中には煌々と輝く青い炎が存在していた。完成したその結晶をしばらく覗き込んでいた美穂は納得したように頷くと何かを唱え始めた。
「……断律晶式 月守り……断律紙式 包み人。」
次の瞬間、結晶はより輝きを増した後、美穂の着物の袖から出てきた人の形の紙が抱きつくようにして包んだ。
「よしっと、2人共失くさないように気を付けて下さいね?」
「うん、分かってるよ。」
「勿論!」
「なら良いです。さ、そろそろお客様が来られる時間なので準備しますよ。」
いつの間にか新品同然となっていたお守り袋に結晶を入れた美穂は、そのまま立夏と立香に渡した後に座敷から降りてブーツを履き、地面に立つ。そのまま印を組むと再び詠唱を始めた。
「断風、断寒、雪除………あと何すれば良い?」
「一応隠蔽しといて。上から撮られたら不味いから。」
「了解………ふぅ、結界の属性追加は完了、後は座標合わせて来て貰うだけね。」
一仕事終えたような雰囲気の美穂に月見が労いの言葉をかけようとしたところでふと上を見た。それに気が付いた美穂と立夏と立香も上を見上げる。日が沈みかけ、満点の星空と満月が顔を覗かせる中、沢山の白い点がゆっくり降ってきた。
「あ、雪だ。」
「積もるかなぁ?」
「ええ、積もりますよ。というか私が積もらせます。」
「丁度良かった。このままだと少し殺風景になるところでした。」
「ちょ、どうすればいいのかしら!?よそ行きの服装なんてまともに用意してないし、現代っぽい服なんて知らないし………あぁ、もう!お父様のバカ!もっと時間が欲しいのだわ!」
一方その頃冥界では先程の女神がワタワタと目を回しながら準備をしていた。
「え、ええっと?とりあえず手土産に何か持って行った方が良いのかしら……手土産手土産………私特製の檻とか、いけるかしら?」
大きく、とても作り込まれた檻をガシャガシャと鳴らしながらひっぱって来る女神。
「いやでも他の国では檻に閉じ込める文化があるかどうか知らないし……あぁ、もう時間が無いのだわ!」
自分の頭をワシャワシャと掻くその姿に女神としての威厳は微塵も無い。彼女の疑問に答える存在も今この場にいない為、思考が堂々巡りとなっているようで、先程から同じような事を言うばかりである。
「う~~………。」チラッ
「「…………。」」ササッ
少し涙目になった女神が辺りを見回しても、声を出せるような存在はいない上、唯一動けそうなガルラ霊達もそそくさと岩の陰に隠れた。どうやら味方はいないらしい。
「この格好で良いのかしら……普段着なんだけど………ん?」
仕方なく自分の格好を確かめ始めた女神だったが、ふと自分の体が透け始めているのに気が付いた。
「…………ふぇ!?な、何これ!?あ、まさかこれが転送の合図!?まってまってまってまって!?」
慌てている間にも少しずつ女神の体は透けて行く。その現象が止まることはなく、段々と自分が別の場所に構築されていくのを感じられた女神が急いで近くにあった小さな檻をひっ掴んだ所で、女神が完全に光に包まれる。
「……………!」
隠れていたガルラ霊達が顔を出すと、そこに既に女神の姿は無く、代わりに一つの足跡が聞こえて来た。
「…………すまんな、我が娘よ。まさかお前がそこまでコミュニケーション能力が欠如してるとは思わんかった。許してくれ。」
ラピスラズリの髭を生やした老神……ナンナルは、若干申し訳なさそうな声で呟いた。
ファン
「………ん?」
女神が転移した瞬間に固く閉じた目を開く。そこは先程までいた黒い地面と青い炎しかない冥界とは違い、目に入る一面に白い雪が降り積もっていた。日は落ちているため明るさこそ無いものの、月と星の明かりを反射してキラキラと銀色に輝いている。
「わぁ…!」
いつもいる冥界とは全く違う景色に目を輝かせる女神。
「凄い……!いんたーねっと?で調べたことはあるけど、本物は見たこと無かった……これが雪って物なのかしら?」
「……こんばんは、貴女がエレシュキガル様でお間違い無いでしょうか?」
「わひゃあ!?」
近くに降り積もって山になった雪を触ろうとしたところで後ろから月見に話しかけられた女神……エレシュキガルは甲高い悲鳴をあげ、数歩月見から離れるように後ずさった。
「だだだだ誰!?」
「あ、申し遅れました。僕は月見と申します。今回は貴女のお父様……ナンナル様からのご依頼でエレシュキガル様をおもてなしさせていただく事になりました。」
「え、お父様?……じゃあ貴方がお父様が言ってた…。」
ナンナルの名前が出たことで何段階か警戒レベルを落とすエレシュキガルは反射で手に抱え込んでいた鳥籠サイズの檻を持ち直すと胸を撫で下ろした。
「びっくりしたぁ………。」
「……すいません、何かしてしまいましたか?」
「あ、べ、別に気にしないで良いのだわ!私の不手際なのだから!」
「?そうですか?」
不思議そうに首をかしげてワタワタと慌てるエレシュキガルを見やる月見だった。しばらくして落ち着いたのか、エレシュキガルが話を振った。
「そういえば………ここは何処なのかしら?」
「日本の何処かにある山ですよ。まぁ目的地はここでは無いので着いてきてください。すぐそこに準備をしております。」
「そ、そう……わかったのだわ。」
ゆっくりと雪の降り積もった森を進み始めた月見の後をエレシュキガルはおずおずと着いていく。時折、辺りを見回して空から落ちてくる雪を楽しんでいる様子も見られる。
「………綺麗なのね。冥界にも華やかな植物は無いけど、現世には花以外にも景色を彩る物がある……少し羨ましいわ。」
「今の時期だと花を見ることは出来ませんが、日本の景色の魅力は言葉で説明しきれないほど多いのです。僕は数千年前からこの国にいますが、皆何かしらに美しさを見いだすのが特徴ですから。」
「そうなのね……。」
「まぁ、そこの辺りのお話も食事をしながらでもお聞きしますよ。」
「え?食事?」
月見の言葉に疑問符を浮かべるエレシュキガル。すると丁度前方に少し明るい光が見えて来た。
「はい、ただストレスを消して終わりでは少し味気ないでしょうから。」
「そ、そんなもてなしとか受けていいのかしら……?」
「いいのですよ…………さて、
ようこそおいでくださいましたエレシュキガル様。今宵は精一杯おもてなしさせていただきます。どうかお楽しみ下さい?」
開けた場所へ出た所で月見は振り返って一礼する。その後ろには美穂と立夏と立香が座敷に座って囲炉裏の上に吊るした鍋を囲んでおり、月見とエレシュキガルが来たことに気が付くと手を振って来た。
「……ぷはぁ、これがリョクチャ……ほっとする味なのだわ。」
「喜んで貰えたようで何よりです。」
靴を脱いで座敷に上がったエレシュキガルは早速美穂からお茶の入った湯呑みを貰い、飲み干していた。素直な賛辞を貰った美穂はクスクスと上品に笑う。
「…そ、それで貴女達は誰なのかしら?」
「あ、申し遅れました。私は月見の妻の美穂と申します、以後お見知りおきを。」
「そ、そう……。」
ニコニコと優しい表情を浮かべている割に何処か威圧感がある美穂に若干引き気味のエレシュキガルは話を切り替え、立夏と立香の方を向く。
「そ、その二人は?貴方達みたいに神性があるわけでもないし、なによりまだ生きてる人の子でしょ?」
「あぁ、この子達は……昔知り合ってからこの仕事を手伝ってくれてる………まぁ、親戚の子みたいな関係です。」
「藤丸立夏です。」
「藤丸立香です!」
「………そ、そうなの。」
笑って自分の名前を言う2人に少しばかり気圧されるような表情を見せるエレシュキガルだったが、それを見せないように頭を振るい目の前に吊るされた鍋を見やった。蓋が被せてあり、中身は見えないが縁からふつふつと沸き上がっているのがわかる。現世の物全てが珍しいエレシュキガルはその様子を興味深そうに眺めている。
「所で、鍋料理ってどんなものなのかしら?私の治める冥界は料理なんて物すらないから………。」
「ふむ、簡単にいえば複数の食材を纏めて出汁で煮込んだ料理です。日本に限らずとも、探せば色んな場所に根付いている料理ですよ。」
「月見、そろそろいいかも。」
「うん……よいしょっと。」
月見が鍋に被せていた蓋を布巾を使って持ち上げる。そうして開かれた瞬間、湯気が一斉に飛び出して囲炉裏を囲んで座る5人の視界をほんの少しだけ奪った。そしてその湯気が消えた所には、
「おぉ………!」
出汁がしっかりと染み込んだ色とりどりの野菜や見るからに艶がある魚の切り身、脂身と赤身のバランスが完璧な肉、ぷるぷるの豆腐など、いわゆる水炊きと呼ばれる部類の中身が顔を覗かせた。漂う出汁の香りだけで空腹になりそうなそれにエレシュキガルは釘付けになっている。
「はい、お椀に注いで下さい。あ、箸よりフォークの方が良いですか?」
「あ、うん……あと、何から食べたら良いのかしら?」
「そうですね……立夏くん、立香ちゃん、一緒によそってあげてくださいな。」
「「はーい。」」
美穂に呼ばれた二人はエレシュキガルの隣に移動すると、丁寧かつフレンドリーに話しかける。
「じゃあ早速注ぐね~。」
「エレシュキガルさんは何か苦手な物でもありますか?」
「え、ええっと………。」
立夏からの質問にエレシュキガルは露骨に視線を反らし、モジモジと手を動かし始めた。
「わ、私殆ど食事とかしたことなくて……今一何が美味しいとか分からないのだけど…………。」
「そっかぁ、じゃあ具材片っ端取ってくねエレちゃん!」
「エ、エレちゃん!?」
ニコニコと楽しそうに笑う立香から発せられた自分に対する愛称にエレシュキガルは雷が落ちたかのような衝撃を受ける。
「そ、そそ、そんな呼び方……。」
「………だめだった、エレちゃん?」
「はうあっ!?」
不敬な呼び方を直そうとするエレシュキガルだったが、少し不安そうな顔をしながら首を傾げる立香を見た瞬間、変な声を上げて心臓の辺りを押さえて後ろに倒れてしまった。
「エレちゃん!?」
「エレシュキガルさん大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫なのだわ……。」
(な、何なのこの気持ち………初めてなのだわこんなの。)
突如倒れたエレシュキガルを心配する立夏と立香だったが、当の本人はそれどころでは無かった。頭の中では先程の愛称がリフレインし、心臓はこれ以上ない位早く鳴っている。今まで感じた事のないポカポカとした気持ちに戸惑いを抑えられないようだ。
「えっと、エレシュキガルさ「………エレちゃん。」?」
「エレちゃんでいいわ。」
「!わーい!」ダキッ
「ひゃあ!?」
立香は喜びを体で現し、そのままエレシュキガルに抱きつく。距離感に慣れることが出来ないエレシュキガルは情けない声を上げてしまうが、何処か嬉しそうな雰囲気がある。そのやり取りを側で見守っていた立夏は椀とお玉を持ち直すとその2人に話しかける。
「そろそろ食べよう?立香………えっと、エレちゃん?」
「う、うん。」
「そうだね、いただきまーす!」
「やっぱりあの子達のコミュニケーション能力は凄いね。見習いたいよ。」
「あれはあの子達の体質と気質みたいな物だから気にしなくていいと思うけど………それに月見だって人気でしょ?」
「そうかな?」
純粋無垢なぐだーずの猛攻はコミュ障な女神様は陥落させる!
はい、ぐだーずが無双状態になりました。相手は誰であろうと絆されてしまいます。二人は相手が神であろうと構わず仲良くなりたいと思ってるだけで悪意などが一切無いため、相手した神や霊にメチャクチャ気に入られます。
言い忘れていましたが、冥界にも一応インターネットが通っていますが、エレシュキガルは新しい物を理解するのに時間がかかるタイプなのでまともに手を付けられていません。