それでは、どうぞ
「ふふーん♪」
「はぁ………何故私まで………。」
「オイオイ、表情暗いぜかおるっち!」
地獄の街の一角にて、セーラー服に身を包みカラフルな髪色をした少女と、それに引っ張られる高級そうな着物を来た黒い長髪の美女が会話をしていた。見る限り、少女が引っ張って女性がそれに仕方なく応じている、といった様子だ。少女の方は所謂現世で言う所の『パリピギャル』のような雰囲気であり、女性に対してとてつもない頻度で絡みに行っていた。
「ほらほら、私に相談してみ?かおるっちの為ならある程度の事はしてやるぜい!ほれほれ~悩みはなんぞや?」
「分かりました、分かりましたから!もうそろそろ閻魔庁に着きますよ!」
「ん?うぉっ、ホントだ。いやぁ久々だなぁここ来るの!」
「………確かに私は一度裁判に訪れてからは来る機会もありませんでしたからね。」
「まぁ仕事頼まれちゃ断れんよな!おっしゃ、閻魔庁にカチコミ行くぞ~!」
「あ、ちょっと、待って下さい!」
「………………。」
「………………。」
「………………二月は嫌いだ………。」
閻魔庁内の廊下にて、獄卒の一人が腹立たしいと言わんばかりの声色で呟く。周囲の男性獄卒も同じように苛立っている雰囲気を漂わせている。呟いた獄卒と一緒に歩いていた唐瓜は、苦笑いしながらその獄卒尋ねる。
「…バレンタインがあるからですか~。」
「………そんな浮わついた理由じゃねぇ。」
「えぇ~先輩ヒガミっぽいですよ~。」
その言葉に反応したのか、その獄卒は目を見開きながら叫ぶ。
「人間が節分なんてムカつく行事するからDEATH!!」
「そういうこと!?」
先輩の魂の叫びに対し、唐瓜はビクつきながら返事をする。しかし、一緒に歩いていた周囲の獄卒達はその言葉に同調するように不満を叫び始めたのだった。
「畜生、鬼を何だと思ってんだ!!」
「豆をぶつける意味なんてわかんねぇ!」
「そもそも俺ら普通に味噌とか納豆とか豆食べるしね!?」
「あとバレンタインは普通にムカつく!」
(うわスッゲェ、不満だらけだ。)
そんな事を立ち止まって言っていると後ろからすたすたと歩いてきた鬼灯が呆れたような目をしながら話しかけてきた。
「……現世の行事ぐらい別にいいでしょう。私達が直接被害を被るわけでも無いですし。」
「だって鬼が病を持ち込むと思ってんスよあいつら………心外です!」
そんな不満を垂れ流す獄卒に対し、鬼灯はいつも通りの無表情で返答する。
「現世の人は「鬼」を「何やら恐ろしい邪神」という広い意味で使っているんですよ。事実、平安時代辺りでは瘟鬼という妖怪が病をばらまいていましたし。豆だって単純に「魔滅」という語呂から来ているそうですし、ただのお祭りですよ。」
そう解説するように話す鬼灯だったが、周りの獄卒達は今一納得出来ていないような表情をしている。しかし、そんなものは一切気にしない茄子は話題を一掃するかのように口を開いた。
「俺は節分よりバレンタインの方が興味あるなぁ~。」
「あぁ………恐らく茄子さんは臆面もなく「頂戴」って言える人種ですよね。」
納得した様子も見せながら何かを思い出すように顎に手を当てる鬼灯。
「最近、デパートの一角でバレンタインフェアみたいなのをやっていましたが、今一盛り上がりに欠けていましたね。最近では友チョコの方が主流とか聞きますし。」
「でも~~ ……何だかんだで鬼灯様は貰うでしょう?立場もあるし、人気が有りそうな容姿してますし。」
「容姿云々は分かりませんが、職場内のチョコレートは賄賂の可能性があるので基本禁止ですよ。例外はありますけど。」
その言葉に以外そうに目を開く唐瓜は、そのまま自分が抱いた疑問を鬼灯に向けて問いかける。
「えぇ~?そのくらい良いじゃないですか?」
「以前、実際にハニートラップによる不正昇進が結構あったんですよ。後処理が大変でしたね。」
「…でも皆こっそりやってません?」
「そこら辺は良識の範囲内でってことです。」
ある程度歩いた所で自販機の前で立ち止まる鬼灯、他の獄卒達は各自持ち場に戻って行ったが、まだ疑問が残る二人はそのまま立ち止まっている。そして、鬼灯が自販機で買う飲み物を選び始めた所で茄子が質問する。
「そういえばさ、さっき鬼灯様バレンタインの禁止は例外があるって言ってたけど、それってどんな状況?」
「状況というより人ですかね。」
「先程叫び声が聞こえましたが何かありましたか?」
説明を始めようとした所で月見がピョコンと顔を出す。それを認識した鬼灯は唐瓜と茄子の方に体を向け、月見を指差した。
「例外の代表格です。」
「「あぁ~。」」
「?」
鬼灯の言葉に納得の声を上げる唐瓜と茄子。しかし話題となっている当の本人は今一事情を読み取れて無いのか首をかしげている。それを察した鬼灯は月見に話をふる。
「バレンタインの話ですよ。貴方に関しては美穂さんからチョコレート貰うでしょう?」
「あぁ、日本でバレンタインが根付いてからは毎年貰ってますね。それがどうかしました?」
「いえ、職場でのバレンタイン云々の話なので関係無いですよ。深く聞いたら惚気が始まりそうですし。」
「ふむ?」
引き続き首をかしげる月見をよそに、鬼灯は自販機に小銭を入れ、一つのボタンを押す。ガコンッ、という音と共に排出口から出てきた「スープシリーズ ラーメンつゆ」とかかれた缶を取り出すと、それを手で弄び始めた。
「近年出来たバレンタインでの浮わつきと元来からある節分への不満とで、二月は仕事の出来が悪いんですよね…………………いや、いっそのこと………。」
鬼灯がそんな事を呟いていると、廊下の向こう側が何やら騒がしくなっていた。4人がそちらに目線を寄越すと、セーラー服の少女が大きく手を振りながら近寄って来ていた。
「あ、いたいた!おーい、鬼灯様~!呼ばれたからきたぜぃ~!あ、つきみっちもいる!」
「ちょっと、もう少し礼節を持ってですね………!」
「良いじゃんかかおるっち~。それよりもそぉい!」
追いかけて注意をしてくる女性をよそに少女は鬼灯に向けて何かを投げつける。難なくそれを受け止めた鬼灯は怪訝な顔をしながら挨拶をする。
「どうも
「私が買ってきたチョコレートだぜ!私ちゃんから早めのバレンタイン、ありがたく受け取りな!取り敢えずそっちにいる小鬼くん達にもそぉい!」
何処からか取り出した個包装のチョコレートを唐瓜と茄子に向けて投げつける。
「え、あ、うぉっ!?」
「わーいやった~!」
突然の出来事に対応しきれない唐瓜と、器用にキャッチし素直に喜ぶ茄子だった。そこで満足げに止まった少女に対し、鬼灯は問いかける。
「おや、月見さんには無いんですか?」
「うぐっ…………いやぁ、つきみっちに渡すのはちょっとリスクが高そうな感じ?私ちゃんはわざわざ無罪なのに死ぬのはごめんだぜ。ま、義理チョコでも許されんだろうから私ちゃんはここら辺でターンエンドなりぃ!」ビシィッ!
そう言ってポーズを取る少女。後ろでは着いてきていた女性が頭を押さえてため息をついている。唐瓜は若干気圧されているが、茄子は愉快そうにケラケラ笑っていた。
「滅茶苦茶フレンドリーな人だなぁ。鬼灯様、この人達って誰なの?」
「あぁ、説明がまだでしたね。」
鬼灯は二人を示すように手を向けると話を続けた。
「バレンタイン云々とはまた別件でお呼び立てした、
「「作家?」」
「えぇ、聞いたことあるでしょう?『枕草子』と『源氏物語』。」
「へ~…………ヴェっ!?」
鬼灯の言葉を一瞬受け入れた唐瓜だったが、その言葉を理解した瞬間、首を勢いよく二人の方へ向ける。驚愕の目線を向けられる二人は各々自己紹介を始める。
「ちわちわー、ご紹介に預かりました清原諾子でっす!昔は清少納言って名前で枕草子書いてたバリバリのキャリアウーマンだったんだぜい!気軽に『なぎこさん』と呼ぶがいいよ。」
「初めまして、藤原香子と申します。今日は諾子さんに連れてこられてここにいます。どうぞお見知り置きを……。私のことはお好きに呼ばれて下さい。呼びやすいのであれば、紫式部でも構いません。」
「というように、日本古典における代表格的なエッセイ本と小説の著者の方々です。」
「ガチの偉人じゃないっすか!」
事実を知った唐瓜は鬼灯に詰め寄ったが、当人は本当に事実を言っただけであり、特に反応はしない。
「でも、何で閻魔庁に?何かイベントでもあるの?サイン会?」
「いえ、違いますよ。紫式部さんはともかく、諾子さんはもう暫くの間筆を執ってませんし。」
「そうそう、もう歌人は止めたから今は楽しくパリピ街道一直線ってね☆ちょくちょく本は書いてるけど。」
「へ、へぇ………だったらなおのこと何故閻魔庁に?」
「確か記録課の方々への講習の為ですよね、鬼灯様。」
唐瓜の問いに対し、月見が会話に入って来た。その言葉に鬼灯は肯定の意を示す。
「えぇそうですよ。」
「でも記録課との繋がりなんて想像出来ないけどなぁ。」
「おや、知りませんでしたか?
諾子さんは昔、記録課の副主任だったんですよ。」
「ふぇっ!?」
鬼灯から軽く告げられた事実に何故か反応した女性……紫式部はそのままおどけた様子の少女……清少納言の体をがしりと掴み、問い詰め始めた。
「諾子さん、聞いてませんよそんな事!」
「うぉう!?どしたかおるっち、そんな私ちゃんが閻魔庁で地獄のキャリアウーマンしてたの知りたかったか!?」
「別にそういうわけでは……兎に角、そういった事はもっと早く話してください!心臓に悪いです!」
「わ、わかったから、そろそろ揺らすの止めちくり~。」
「月見さん、やってください。」
「てい。」
体を揺らされた清少納言がぐるぐる目になり始めた所で鬼灯の指示を受けた月見が能力を使い、紫式部を青い炎で包んだ。見たことが無かったのか、二人は目を丸くして驚いている。
「きゃあッ!?」
「すごッ、かおるっちが青色に人体発火し始めた!これを見るのも久々だなぁ!」
なお清少納言は驚きよりも面白い、懐かしいといった感情の方が強そうである。そんな二人の様子を見て、月見はてちてちと近づいて首をかしげながらたずねる。
「大丈夫ですよ、無害にしてますから。落ち着きましたか?」
「え、えぇ………。」
「問題無いぜかおるっち、つきみっちの炎は基本的にセラピー的な奴だから。」
「えい。」ビシッ!!
「あだーッ!?」
そう言って月見の頭を肘置きにしながらキメ顔でサムズアップする清少納言に向けて後ろから誰かがチョップをかます。かなり強かったのか、頭を押さえ込んで地面にしゃがみながら震えている。
「ちょぉ……私ちゃんのかわいい頭が後頭部からパッカーン行くとこだった………。」
「貴女は亡者なんですし、そのまま逝っちゃっても良かったのでは?」
「ちょいちょ~い、そこまでして私を亡き者に仕立て上げたい奴は何処のだ………れ…………。」
「お久しぶりです諾子さん、
私の月見に寄りかかっていた事に対する弁明はありますか?」
清少納言が自分にチョップを入れた人物を見た瞬間、言葉が段々と尻すぼみになり、冷や汗がだらだらと流れ始めた。その目線の先には、ニコニコと笑いながらも殺気を駄々もれにする美穂が手の関節を鳴らしながら近づいていた。
「いや別にちょっかいかけようとか思った訳じゃ無くて………丁度良かったというか何というか……。」
「ふーん……………。」
ひきつった笑みを浮かべながら必死に弁明する清少納言を静かに見下ろす美穂。薄く開かれた目からはどす黒い闇が広がっている。
「だからぁ………許して欲しいなぁって……ね☆」
「……………………
ドコムッ!!
「うごあッ。」パタッ…
「な、諾子さん!」
脳天に重い一撃を食らった清少納言はそのまま床に沈む。思いっきり白目を剥き泡を吹いておおよそ女性がしてはいけない類の顔をしており、事の顛末を呆然と見ていた紫式部が思わず駆け寄っていた。ある意味この状況を作り出した原因である月見は無言で突っ立っている美穂に話しかけた。
「美穂、流石にやりすぎだよ?」
「ねぇ、月見?月見は無防備過ぎるんだよ?特にこの時期は浮わついて月見を見て「ワンチャン行けるかも……?」なんて思うクソ女が蔓延ってるんだよ?月見は全部私の物なんだから。諾子さんは取り敢えずぶん殴ったけど、あれを他人に見られたら調子に乗った屑どもが騒ぎ立てて……あぁやっぱり二月は月見を監禁しておいた方が良いのかしら。そうやって月見を隅々までマーキン「落ち着いて美穂。」
即座に月見に詰め寄った美穂は高速でとんでもない事を呟き始めた。月見が止めていなければ軽くこの10倍は語られていただろう。そんな美穂を落ち着かせるため、月見は優しく美穂の頭を撫で始めた。
「大丈夫、僕は美穂以外を愛する気は更々無いから、ね?」
「月見……月見ぃ…………。」
そう言って月見の肩に顔を埋める美穂。腕はしっかりと月見に巻き付くように固定されており、尻尾も「月見も逃さない」という意思を感じるような動きをしていた。そんなギッチギチに拘束された月見だったが、それを気にする事なく静かに頭を撫で続けていた。
「ず、随分と旦那様を愛されてるんですね。」
「何が怖いかってあれがほぼ平常運転なんですよね。バレンタインが習慣となってからは毎年似たようなやり取りやってますし。」
「えぇ…………。」
「わ、私ちゃんとんだとばっちりじゃね………?」
「元はと言えば貴女が月見さんに寄りかかった事が原因では?」
はい、なんかいつの間にかなぎこさんが理不尽な目にあってました。なお、チョコレートを渡していたら骨数本持って逝かれてます。
なぎこさんの記録課云々はまた次の話で説明いたします。