それでは、どうぞ
「落ち着きましたか?」
「いやぁ、この時期で月見に触れる女は殆ど敵に見えてしまいまして。すいませんね諾子さん。」
「私ちゃんが亡者じゃ無かったら今頃ポックリだぞ~ちゃんみほ~………うおぉ……痛ぇ……。」
あの後、話が進まないと判断した鬼灯によって頭に一発貰った美穂は月見を後ろから抱き締めながら笑う。口と表情は反省しているような感じはあるが、月見を捕まえている腕には「絶対に離さない」という強い意思を感じる。その隣では清少納言が頭を擦りながら立ち上がっていた。
「それで、諾子さんは兎も角何故紫式部さんまで?」
「暇そうにしてたから私ちゃんが連れてきたぜぃ☆」
「えぇ…まぁ…そう言うことです。」
やっとテンションが戻って来た清少納言に対し紫式部が疲れたように同意する。そんな態度を見て清少納言はいじけるように頬を膨らませる。
「え~、最近本の新しいネタが無くて困ってるって言ってたじゃんか~。」
「確かに言いましたけど……!私みたいな部外者がここに入っても良いんですか?」
「構いませんよ、諾子さんから事前に聞いていたので。」
「へ?でも私、今日引っ張られて来ただけで何も知らされて無いんですが………。」
「だ、そうですが。」
「元から連れて来るつもりだったけど?」
あっけらかんと言い放たれたその言葉に呆然とする紫式部。清少納言はニッ、とイタズラが成功したような笑みを浮かべた。
「だって言ったら「お邪魔ですし……」とか言って遠慮するだろうからこうした方が早いジャン?」
「えぇその通りですよ、良く分かってますね私の事!」
「伊達に地獄に来てからかおるっちに絡みに行ってないのだよ。1000年もあれば把握できる事だぜ。」
「記録課時代でも良く話題に出してましたもんね。「私の後輩凄いだろ~!」って。」
「ちょいちょいちゃんみほ~?それ今言うことか~?」
美穂から告げられた事実に少しひきつった笑みを浮かべながら顔を赤くする。しかし美穂は先程の意趣返しと言わんばかりに良い笑顔を浮かべて話を続けた。
「えぇ~?だって諾子さん、仕事し過ぎで医務室ぶちこまれた時、結構な確率で紫式部さんの作品読んでたじゃないですか。別に隠すことでも無いでしょう?」
「本人の前で言うんじゃね~、確信犯だろアンタ!」
「そうですが?」
「うわめっちゃ良い笑顔!」
事情を知らない無関係の人が思わず見とれてしまいそうな笑みを浮かべる美穂。しかし相対する清少納言にとっては悪魔の笑みにしか見えていなかった。隣には驚きで目を見開いてこちらを見つめている紫式部もいる。
「な、諾子さん…………。」
「見るな!そんな目で私ちゃんを見るなかおるっち~!」
うがーッ、と頭を抱える清少納言。暫くそのまま時間が過ぎさったが、気まずくなった紫式部が話題を反らし始める。
「そ、そういえば先程、仕事のし過ぎで医務室にお世話になったと仰ってましたけど……何があったんですか?」
「い、いや、それは………。」
自分の昔の仕事事情に入った途端、露骨にギクシャクする清少納言。かなり不自然になり始めたが、ド天然の月見はそんな事を気にすることなく話を継いだ。
「諾子さんに限らず、記録課の皆さんはほぼ全員が医務室の常連ですよ。所謂
「尚、諾子さんは年一は必ず医務室に運ばれてましたし、仕事を始めてから辞めるまでの数百年一切変わりませんでした。」
「うるへ~!ハゲっちの部下やってたら必然的に皆そうなるじゃろが~!」
「本当にそれなんですよね。あの人の仕事っぷりが化物過ぎて他がついていこうとした結果が医務室送りですし、当人達は無茶していることを自覚していないという………。」
「どんな闇企業ですか!?」
告げられた情報に思わず自分の意見をぶちまける紫式部。遠い目をしながら頷いている唐瓜と茄子を余所に、鬼灯は少しばかりムッとしたような声で反論する。
「失礼ですね、別に仕事を強要していませんし、定時には帰れるように工夫はしてますよ。ただ、仕事を突き詰め過ぎて」
その言葉に同調するように美穂の腕の中に納まる月見も口を開いた。
「そうですよ、休んで欲しいのに全く休まないのでこちらの仕事も増えるのです。」
「月見さん、仕事が増える云々については同意しますし、自分も言える立場では無いですけど、一番休んでないのは貴方ですよ。こないだ何徹してたか言ってみなさい。」
「…………………フスー。」
「口笛吹けてませんよ。」
しかし鬼灯の切り返しが直撃し、真顔のまま目を反らして口笛を吹いて誤魔化そうとする月見。尚、変なところで不器用なため、空気が漏れているような音が鳴るのみである。段々と話が反れてきた所で、紫式部が咳払いをして話を戻す。
「コホンッ……それで、諾子さんはどう言ったお仕事でこちらへ?ほぼ部外者の私が言うのも何ですが、唄を詠むイベントがあるわけでも無いのでしょう?」
「あぁ、言ってませんでしたか、今回は講師としてお呼び立てしてます。」
「講師?」
「えぇ、速筆教室の。」
「速筆教室!?」
「あれ、知らなかったかおるっち?私が本気出せば『源氏物語』の写生一週間位で終わるぜ?」
「あの100万文字を!?どんな手首してるんですか!?」
「最後辺りはギリギリ見えるようになってたわ。いやぁ、いとエモくて退廃的な景色が広がっていたぜ。」
「現代で『
軽い感じでケラケラと笑う清少納言はいつの間にかポケットに忍ばせていた個包装のチョコレートの包みを破り、中身を口に入れて咀嚼し始める。小気味良い音を立てて噛み砕かれるチョコレートを味わいながらしみじみと呟く。
「あ"~糖分が頭に染み渡るじぇ~………あ、そういえば明日バレンタインだけどなんかするのかね?」
「……………そうですね、そこについて少しばかり考えがありまして………そうだ、どうせだったらお二人も参加していかれませんか?」
「「?」」
「近年、バレンタインでの浮わつきと節分への苛立ちで二月は仕事の出来が悪いんです。なので、それをどうにかするイベントでもやってしまおうかと思いまして。」
「私ちゃんは面白そうだから参加するぜぃ!」
「わ、私は………。」
「ほらほら、かおるっちも遠慮せずに~。」
「……そう、ですね、見学で良いのなら………それで、何をなさるおつもり何です?」
「いえ、私も思い付きなのでどうなるかは分かりませんが………。」
鬼灯はそう言ってずっと手で弄んでいた『ラーメンつゆ』の缶のプルタブに指をかけて開封し、そのまま自分の喉に流し込み始めたのだった。
バレンタイン当日の閻魔庁の裁判場にて、鬼灯は閻魔大王を横に退かし、一番目立つ閻魔の裁判台にいた。その上隣には腕を組んで丸いグラサンをかけた清少納言が仁王立ちしている。その前には獄卒らしき鬼の集団は全員事情が把握できておらずどことなくオロオロしているようだった。横に退けられた閻魔大王が「ワシの席……」と言っているが、そんなことは気に留める事柄では無いのだろう。そんな中、鬼灯は喧騒を気にせず口を開く。
「女性の皆さん、この際ハッキリ堂々と、この場で告白してしまいましょう。」
その言葉と共に、獄卒達のざわめきは更に大きくなるが鬼灯がそんな事を気にする訳もなく、そのまま話を続ける。
「男女が共にいる以上職場恋愛するなというのは無理な話です。ならばいっそ、面倒なことになる前にここでケリをつけるのです。」
そう言いきった鬼灯だったが、周囲の反応はあまり良くない。
「ハッキリ言うって………。」
「ムリムリムリ。」
「そのためのチョコレートなんじゃ……。」
「堂々と告白させるって酷だよ……なぁ?」
「確かに声で言うのはキツイですから………これを用意しました。」
言葉と共に鬼灯は裁判台の裏に隠してあった物を見せる。豆と彫られた升の中には黒くて丸い物体が山のように積んであった。
「………黒豆?」
「カカオです。今からこれを全員に配るので、女性は意中の男性にこれを思いっきりぶつけてください。男性と思い人がいない女性は柱に縛り付けてある亡者に向かって投げて下さい。」
「節分・バレンタインチャンポン!?」
叫びが聞こえてきたが、鬼灯は何処からか出したカカオの実を見せながら話を続ける。
「ついでにモテ男は痛めつけられ、非モテは多少スッキリ出来ます。カカオの実もどうぞブン投げて下さい。」
「それドMの勝利ですよね?」
「いえいえ、これはお祭りです。ストレス解消と思って下さい。ではゲストの清少納言さん、先陣を切って下さい。」
「おっしゃ!やってやるぜぃ☆」ガチャッ!!
いつの間にか両手にマシンガンを装備した清少納言はニヤリと笑い、鬼灯の合図を今か今かと待ち始める。マシンガンのマガジン部分にはカカオが入っているタンクがついていた。
「それでは
始めッ!」
文字を書くスピードは大体平均で一時間2000文字程ですが、これだと源氏物語を写生するのに500時間(約21日丸々)必要になります。
諾子さんが持っていたカカオマシンガンは技術課が一晩でやってくれました。