それでは、どうぞ。
「すごいね!和風の屋敷なら入ったことあるけど、こういった「館」って感じの場所初めて!閻魔庁とは全く違う!」
初めて特務室を訪れたシロは物珍しそうキョロキョロと周りを見回し、てちてちと鬼灯の前を歩いていく。壁に掛けられたランプが照らす床は軋むこと無くしっかりと存在していた。しばらく館の中を歩く二人と一匹であったが、不意にシロが鬼灯に向かって問いかけた
「あ、そういえば鬼灯様。ここには何しに来たの?さっきなんか用事あるって言ってたよね。」
「そう言えば言ってませんでしたっけ。まぁただ単純に近況の報告や予算云々の話をしに来ただけです。」
そう言いながら鬼灯は懐から一冊の手帳を取り出す。その表紙には、『記録簿』とだけ書かれていた。
「特務室は閻魔庁が抱える組織なので、こういった金銭の話は私とここのトップである肋角さんとで話し合って決めているんです。」
「そう言えば獄卒っていわゆる公務員だもんね。斬島さんのお給料もいいの?」
「俺達特務室所属の獄卒は基本的にこの館の三階に住んでいるからな、そういった生活費は差し引かれるがそれでも自由に使える金銭はかなり余裕がある。」
「固定給+出来高払いですからね。普通の獄卒に比べて仕事の量と種類が多いので、それ相応の物を支払っていますよ。」
「へぇ~!……あれ?」クンクン
「どうかしたか?」
「美味しそうな匂いがする!」ダッ!
感心したような声を上げるシロであったが、ふと何かに気が付いたようで不思議そうな顔を向けていた斬島を置いて走り出した。静止する暇もなく行ってしまったシロを呆れながら追いかけようとする鬼灯であったが、斬島は思い当たる節があるのか特に焦った様子もなく口を開いた。
「恐らくこの先にある食堂に行った筈です。丁度昼を過ぎた辺りなので、少し遅めの昼食を取っている人もいる筈ですから。」
「では先にそこに寄りましょうか。」
「ここかなぁ?」
美味しそうな匂いを辿って館の中を歩くシロは、やがて【食堂】と書かれた札が掛けられた扉の前に着くと、少しばかり開いていた隙間に体をねじ込んで部屋に入った。部屋は広く、長机が何本も並んでおり、背凭れのない腰掛けが大量に見受けられた。長机の上には水の入ったピッチャーや湯呑み、箸が入れられた筒など、食事をする場所として必要な物が揃っていた。所々にカーキ色の軍服を身に纏った獄卒らしき人影が居たが、誰もシロが入って来たことに気が付いていないようだ。
「ふわぁぁぁ、甘い香りがする!クッキーかな!」
漂う甘い香りに誘われて食堂を歩くシロはキッチンと繋がったカウンターらしき場所まで移動した。中からは女性の鼻唄が聞こえてきており、甘い香りにその人物が関与していることを察したシロはカウンターの横にある椅子の上に駆け上がり座った。そこでシロはようやく女性の姿を目にすることが出来た。
「ふふふ~ん♪……って、あら?」
「お姉さん!何か美味しいものありますか!」
長く鮮やかな紫色の髪を後ろで纏め、化粧も。しかし何よりも目を引くのは、瞳孔が縦に割れた黄緑色の瞳である。その女性はようやくシロの存在に気が付いたのか、目を丸くしている。しかしシロはそんなこと知らんと言わんばかりに朗らかに話しかけた。それに絆されたのか、女性は優しく微笑みながら口を開く。
「こんにちはワンちゃん、貴方は誰かしら?」
「俺?俺はシロ!お姉さんは?」
「私はキリカよ。それで、シロちゃんは何が食べたいのかしら?」
「えーっとね、今キリカさんが持ってるの!ずっといい匂いしてたから気になってた!」
シロがそう言って期待の眼差しを向けるが、女性……キリカは少し困ったような笑みを浮かべている。
「あ~……ごめんなさいね、今焼いてたのチョコレートクッキーなのよ。確かワンちゃんってカカオ駄目でしょ?」
「そうなんだ……残念。」
「そうねぇ……あ、そうだ、確かあれがあったわね。」
キリカが何かを思い出したかのような顔をした後、シロの耳に何かが地面を這うような音が入ってきた。それに首を傾げている間もその音は続いており、暫くして
ガチャッ
後ろにあった戸棚が開いた。その取っ手には緑色の鱗のついた蛇の尻尾らしき物が巻き付いており、そのまま取っ手を離した尻尾は戸棚の中を探り始めた。くるりと振り返ったキリカが尻尾の先で絡め取った物を確認しているところを見たシロはキラキラと目を輝かせていた。
「あったあった、シロちゃん、ジャーキーで良いかしら?この前作ったんだけど余っちゃって。おつまみとして食べる人も居るのだけど……。」
「キリカさん!それ尻尾!?」
「あら、こっちの方が気になる?」
「うん!カッコいいなぁって!」
「まぁ嬉しい。おばちゃん、ちょっと多めにサービスしちゃうわね。」
「わぁい!」
にこやかなキリカは皿にビーフジャーキーを盛るとシロの座る椅子の前に置いた。早速そのうちの一本を口の中に入れ咀嚼するシロであったが、それと同時に背後からバンッ!と何かを叩きつける音と大きな足音が聞こえてきた。
「おばちゃん!腹へった!」
「遅かったわね平腹ちゃん、任務長引いたの?」
「田噛が寝始めたから引きずって帰って来た!それより、早くなんか食いてぇ!」
足音の主はオレンジ色の短髪に黄色い瞳を爛々と開いた青年であった。笑みを浮かべる青年……平腹は座った所で隣のシロの存在に気が付いたようで高いテンションのままシロへ話しかけた。
「おぁ!白いワンコがいる!なんだお前!」
「俺?シロ!お兄さんもジャーキー食べる?」
「お、いいのか!?」
シロの言葉に更に目を輝かせた平腹は早速差し出されたビーフジャーキーを一掴みし、口の中に放り込んで噛み始めた。
「
「ねぇねぇ、お兄さんも斬島さんみたいに獄卒なの?」
「んぁ?お前斬島の知り合いか?」
「うん!休みだったから散歩してたら知り合って、鬼灯様も一緒にお昼ご飯食べた!」
「あら、鬼灯様の名前が出たって事は貴方も獄卒?」
ジャーキーを貪りながら会話する二人に手にお盆を持ったキリカが混ざる。お盆の上にはとても美味しそうな定食が乗っていた。量も特大である。
「はい、平腹ちゃん。余った揚げ物の盛り合わせみたいになっちゃったけど、これで良いかしら?」
「あんがとおばちゃん!いただきまーす!」
平腹は自分の目の前に定食が置かれた瞬間、白米が山のように盛られた茶碗を持ち上げると、そのまま一心不乱に貪り始めた。最早話しかけても返事が返って来そうもない。シロがその様子を感心したような目で見ていると、背後から別の人物の足音が聞こえてきた。
「あれ、シロくん?」
「あら、月見様。」
「あ、月見さんだ!こんにちは!」
「はいこんにちは。」
声を掛けられ、振り向いたシロは月見の姿を確認してすぐに元気よく挨拶する。それに返事をした月見は首を傾げながら問いかけた。
「それで、何故ここに?」
「街で斬島さんと仲良くなって鬼灯様にも会ったからついてきた!そういう月見さんは?」
「ここの医務室にちゃんと備品とかがちゃんと届けられているか見に来たのと……あと届け物ですね。」
そう言って月見は手に持っていた風呂敷包みを持ち上げる。ゆらゆらと揺すられたそれの中身は何か箱のような物であるようで詳しい情報は無い。しかし、シロの鼻は風呂敷の中の臭いを捉えた。
「なんか薬みたいな臭いもするけど……中身なに?」
「僕がちょっと改造した絆創膏です。」
「絆創膏?」
「ええ、軽く5000枚以上はありますよ。」
「多くない!?」
月見はなんでもないかのように答えるが、明らかにおかしい数字にシロは思わず叫んだ。その言葉に対して月見は頬を掻きながら答える。
「なんでか知らないんですけど、ここの獄卒の皆さんは『絆創膏貼っとけばなんとかなる』と言ってよく絆創膏使われるんですよ。任務で腕ぶったぎられた時も絆創膏で繋いでた事があった筈ですし……まぁその時は医務室のベッドにぶちこんで治療してちゃんと説教しましたが。」
「そりゃそうだよね。むしろ何があったら腕が千切れるんだろう。」
「現世で悪霊となった存在と対峙したらしいですよ。基本的にお迎え課の手に負えなくなった場合に出るので、普通の亡者とは比べ物にならない程強いですし凶暴です。妖怪も下手すれば取り込まれますよ。」
「はぇ~。」
「シロさん、ここにいましたか。」
「あ、鬼灯様!」
そんな話をしていると、シロを追いかけてきた鬼灯と斬島が食堂へと入って来た。直ぐ様カウンターに座るシロを見つけた二人はそこへ真っ直ぐ向かって行き、そして隣に立つ月見の存在にも気が付く。斬島は少しばかり目を見開いて驚いている様子であったが、鬼灯は特に気にすること無く話しかけた。
「どうも月見さん、医務室での話は終わりましたか?」
「えぇ、少し前から抹本くんが病院勤務からこちらの医務室勤務に戻って来ましたので、引き継ぎ作業も行ってます。」
「抹本………あぁ、彼ですか。そういえば、貴方の生徒の一人でしたね。昔閻魔庁で私に向かって真っ正面から「採血させて下さい」って言って来たのが懐かしいです。」
「その後逆に注射器突き刺して気絶させてましたね。彼、他の獄卒と比べて少し体が弱いですし、本人の気質的にも前に出るのは苦手な筈なんですけど、何故か薬関係の事になると遠慮が無くなるんですよね。」
「貴方も同じような事しようとしたでしょうに。」
「僕はちゃんと正当な理由を
「あんた狂気の使い方それでいいのか。」
「亡者の魂を完全に狂わせてるよりよっぽど平和な使い方でしょう?」
(抹本は何をやっているんだ………。)
軽い調子でポンポンと交わされる言葉に斬島は入り込めずにいたが、そんなの知らんとばかりにシロは口を開く。
「ねぇ鬼灯様!この後どうするの?」
「肋角さんの元へと行きますよ。それよりも勝手に走り出さないで下さい。エジプトに行った時のようにリード着けますよ?」
「えー!?やだー!」
ショックを受けたような顔をするシロであったが、鬼灯はそれをガン無視して月見がポーチから取り出した首輪とリードを受け取り、シロに対して見せて脅し始めた。それをなんとなく見ていた斬島は隣に立つ月見へと疑問を口に出した
「何故あんな物持っているんですか。」
「割と色んな物が入れてますから。生活雑貨から調理器具、工具や食べ物まで何でもござれと言う奴です。」
「はぁ……。」
「あ、大福いります?」
「……頂きます。」
流れで貰った大福をしばし見つめていた斬島だったが、やがてパクリと一口食べるとそのまま口を動かし続ける。月見も隣で自分用に取り出した大福をハムハムと食べている。そんな感じで待っていた二人は、説教され、落ち込み気味のシロを床に降ろした鬼灯に話しかけられる。
「さて、行きましょうか。」
「僕も報告があるので着いて行きますね。」
「キリカさん、また後で。」
「おやつ用意して待っとくわね、斬島ちゃん。それと、また来てねシロちゃん。」
ヒラヒラと手を振るキリカの元から踵を返した三人と一匹は、そのまま食堂の外へと歩を進めるのであった。
「んぉ?あの犬どこいった?」
「もう鬼灯様と一緒に行っちゃったわよ、平腹ちゃん。それよりも、おかわりはいる?」
「大盛りで!」
この作品で出した月見さんの仕事を改めて書き出してみたのですが、
・閻魔庁の医務室の勤務(医務室長としての書類整理や患者の診察も含む)
・各庁の医務室及び獄卒関係医療機関の責任者(書類云々の確認、各地の調査)
・閻魔庁の倉庫に届けられる医療関係の資材の調整と確認、各地への発送管理
・外交関係(主に月神の相手、各地への出張)
・餅の販売(半分趣味)
・護衛(という名の付き添い)
・非常時の戦闘要員
これに加え、医療従事者及び薬学関係者への技術指導等も行ってます。獄卒に関する医療面の権限に関しては鬼灯様と閻魔大王から一任されており、その点については鬼灯様よりも強い権力を発揮します。それ故、仕事の量は半端なものではありません。尚、基本的に仕事は美穂さんが手伝いをしてくれますが、夜の相手云々の関係で体力はより消費してます。