それでは、どうぞ。
「と、ここですね。」
その言葉と共に先導していたマーニは両開きの扉の前で足を止める。
「マーニです、日本地獄からのお客様をお連れしました。」
『あぁ、ご苦労だったな。』
「失礼致します。」
マーニが扉へ向けて話しかけると向こう側から返事が来た。それと同時に扉がひとりでに動き、部屋の中が露になる。
「遠いところからよくぞおいでくださいましたな、閻魔大王殿、鬼灯殿。」
中央にある執務机、その向こう側から声がかかる。そこには、一人の老人が椅子に腰かけていた。深緑のローブを纏い、顔には眼帯と長く立派な髭、両肩にはそれぞれ1羽ずつ真っ黒なワタリガラスが留まっていた。その老人は椅子から立ち上がると閻魔大王へと近付いて手を差し出す。
「初めましてというべきかな、儂が主神のオーディンだ。お会いできて光栄だ閻魔大王殿。」
「いえいえ!こちらこそ、お招き頂き感謝します。」
握手をし、閻魔大王と挨拶を交わした後、今度は鬼灯の方へと体を向ける。
「貴殿の噂は儂の耳にも入っておる。「日本地獄の副官は尋常ではない程優秀である」とな。」
「買い被りですよ、私は出来ることしか出来ません。」
「はっはっは、あまり謙遜なさるな……さて、ここで話すのも一興ではあるが、長旅の疲れがあるだろう。話は食事でもしながらしてしまおうか。」
緩やかに笑う老人……オーディンはそう言って手を叩く。それと同時に全員が入る大きさの魔方陣が現れ、光り始めた。閻魔大王は突然の現象に驚きの声を上げそうになっているが、それよりも前に後ろで待機していた月見や美穂も含めて光に包まれた。やがて目蓋越しに感じていた光が無くなった閻魔大王は反射で瞑ってしまった目を恐る恐る開く。
「おぉッ!?」
「成る程、流石は魔術の神と呼ばれる方ですね。多人数の転移は初めて見ました。」
一変した景色に目を丸くする閻魔大王の横で鬼灯は感心したように呟いた。その言葉を拾ったオーディンは髭を梳かしながら尋ねる。
「そうかね?そちらにも優秀な術を使う者が居ると聞いているが……確か陰陽師だったか。」
「そこに関してはピンキリですよ。晴明さんや道満さん等は間違いなく優秀ですし、陰陽師では無いですが美穂さんに関しては神をも殺す規格外ですから。」
「東洋関係の術式は一通り修めてますし、一応西洋の魔術もかじって改造してますよ。最近は使う機会無いですが。」
「あぁ、そうであったな、貴殿の事はワルキューレ達やフリュンヒルデから聞いている。大層懐かれておるようだな、これからもよい関係を築いて欲しい。それに、月見も久しいな。」
「ええ、御変わり無いようで何よりです。でもあまりスレイプニルくんに迷惑掛けたらいけませんよ。あ、これ薬酒とこっちで栽培してる高級野菜です。」
「無論、承知しているとも。野菜はしっかりとスレたんに届けよう。」
そう言って仲良さげに話し出す月見とオーディン。
「………月見さん、貴方オーディンさんと知り合いだったんですか?」
「あ、はい。結構昔に出張ついでにユグドラシルの成分調査とかこっち特有の薬草の採取でもしようかと思って森に入った時に少し。」
「気分転換に我が愛馬と共に散歩をした際に鉢合わせたのだ。害意が一欠片も無いからか、スレたんもすぐに懐いておったぞ。」
「取り敢えず脳が混乱するのでその声で「スレたん」と言うの止めて頂けません?」
「鬼灯くん、君のバリトンボイスで「ワラビーとお話したい」って言うのも相当だよ。」
「良いじゃないですかワラビー。」
「鬼灯様どっちかっていうとタスマニアデビル手懐けるタイプでしょうに。」
「失敬な、確かにオーストラリアに赴いた際手懐けましたが、私はコアラを抱っこしたい派ですよ。」
段々と話が逸れていき、動物談義が始まりそうだったががそれを愉快そうに笑うオーディンが遮った。
「まぁ良いではないか。さぁ、貴殿らをもてなす為の宴を用意させて貰った。是非とも楽しんでくれ。」
ワイワイ ガヤガヤ
数十分後、転移した先の大部屋は多くの人間や神、人外で溢れ返っていた。各々が酒や料理を舌鼓を打ち、騒がしく楽しんでいる。オーディンと閻魔大王、鬼灯はその光景を集団から少し離れたところで眺めていた。
「オーディンさん、彼らは……。」
「あぁそうだ、ワルキューレ達によって選ばれた戦士達、エインヘルヤルだ。ラグナロクが終わった今となってはその称号に意味はないが、今もなおその魂が磨耗せぬ者達はこうして残っておるのだ。現在は魂の管理などの仕事を任せている。」
「無駄が無いですね。」
「まぁ戦いを好む者達だからか、今も喧嘩になるなどしょっちゅうだ。」
「そ、それは止めなくて大丈夫ですかね?」
「いくらやっても死なんから問題ない。何なら娯楽として楽しんでいるぞ。」
閻魔大王の問いにそう答えると、オーディンは手に持っていた杯に口を付け、中に入っていた蜂蜜酒を呷る。肩に乗っていた二羽のワタリガラス達も隣のテーブルに置かれたナッツ類をヒョイヒョイと嘴で摘まんでいた。鬼灯も一切の躊躇無しに渡された酒を呷り、それを見て遠慮がちだった閻魔大王も自分用に注がれた酒を飲み始めたのだった。
「ぷはぁ~。いやぁ~蜂蜜酒は初めて飲んだけど、中々いけるものですねぇ。」
「おぉ、閻魔殿も酒を嗜まれるのか?」
「普通に飲みますよ。何なら好物の一つがビールですから。」
「そういう鬼灯くんだって、何本も日本酒の瓶空にしても全く酔わない酒豪でしょ?良いよねぇ、あまり酔わずにお酒がのめる人って。」
「閻魔大王、貴方に関しては酔う酔わないの前にもっと気にする所があるでしょう。」
「え?ど、どんな?」
「最近また太りましたよね。」
「うぐっ!……べ、別に良いじゃない、仕事上がりの一杯位………。」
図星を突かれた閻魔大王は目をそらずが、鬼灯は容赦なく現実を叩きつけてくる。
「それだけでは無いでしょう。大体、風呂上がりのアイスや間食が多いんですよ、太るに決まってるでは無いですか。」
「わ、分かってるけどさぁ……あんまりそういうの外交の場で言わないで欲しいんだけと……。」
「事実を言ったまでですよ。」
「酒に関しては耳が痛い話だな。」
「そういえば、貴方もかなりの酒好きでしたね。」
「昔は暇さえあれば呑んでいたものだ……だがしかし、今はこうしてゆっくり呑まなければ早くアルコールが体を回ってしまう。月見から肝臓を休める為の薬が渡されたりしたが、酒というものは早々に止められんものだな。」
そう言いながらも次々と酒の入った杯を傾けるオーディン。
「………それはセーブしているうちに入るんですか?」
「何を言う、樽ごと呑まないだけまだましだ。どうだ閻魔殿、貴殿も蜂蜜酒に溺れてみたりはしたくないか?」
「それはなんとも夢のある話ですなぁ。」
「夢で終わらせるでない。現実にしてこそ夢は楽しい物なのだ。」
「いいこと言ってるっぽい感じですけど、要は酒呑みたいって事ですよね。まだしないでくださいよ。」
「良いじゃない鬼灯くん、折角誘って貰ってるんだからさ。」
「閻魔大王、ここに来た目的を忘れたわけでは無いですよね?」
「でも少し位なら……。」
「あ"?」バキッ!
「セーブします!」
聞いただけで背筋が凍る位低い声を出しながら持っていた木製のジョッキを軽く握りつぶした鬼灯に閻魔は姿勢を正す。冷ややかな目を向けていた鬼灯はその目線をオーディンの方へとずらした。
「そういうわけですのでオーディンさんも飲酒はそこまでにしていただきたいのですが、よろしいですか?」
「う、うむ、承知した。」
「それは良かった、組織の長同士の会談で両者共にベロンベロンになって成立しなかったなど笑い話にもなりませんからね……さて、私は酔い醒ましの為のお茶でも淹れてきます。」
そう言うと鬼灯は立ち上がり何処かへ立ち去って行った。
「……中々、豪胆な人物だな。一応丁寧さは感じるのだか、それ以前にこの場所の主である儂にも一切の容赦が無い。客に脅された経験などほぼ無かったぞ。」
「いやぁ……鬼灯くんは例外はあれど基本的に相手が誰であれ丁寧に接するんですがねぇ。逆に言えば、相手がどんな立場であっても態度を変えないんですよ。」
「ほう、言葉にするのは簡単ではあるが早々に出来る事ではないぞ……いや、それを実行出来る実力と強い精神力があるからこそ、日本地獄の頂点の補佐を務める事が出来るのか?」
「まぁ、とても優秀な子ですよ。かく言う私も何度も助けられてましてねぇ。」
「おや、閻魔大王、オーディン様、何のお話をされているのですか?」
酔いが若干醒めた様子の一人と一柱が言葉を交わしていると、そこに月見がやってきて話に混ざって行く。
「あ、月見くん、始まって早々どっか行っちゃったから聞きそびれたんだけど何かやってたの?」
「えぇ、顔見知りの方が何人もいらっしゃったので挨拶を。まだ声をかけてない方々も居ますけど、まだ時間はあるので後にしようかなと思いまして。それで、お二方は何を?」
「なに、只の世間話だ。そう気にすることでもない。」
「そうでしたか……と、おや。」
そこに一人の男がやってきた。黒いフレームの眼鏡、黒いセーターとズボンを身に纏った青と銀に色が別れた髪を持ったその男は
「月見、調子はどうだ?」
「シグルドさん、お久しぶりです。」
「む、神オーディンもここに居たか。この度は宴の招待感謝する。」
「構わぬよ、シグルド。お前は我が娘の夫でありスレたんの子供の親友だからな、阻む理由等無い。」
「ありがたい限りだ。して、そちらに座っているのは?月見と類似した装いである為、東洋からの来客だと考えているが。」
「察しが良いな……あぁ申し訳ない閻魔殿、紹介がまだだったな。この者はシグルド、我が愛馬の子を友とし、ファヴニールを単騎で討ち果たした最上級の勇士だ。」
「おぉ、かの有名な!お会いできて光栄だよ。」
「こちらこそ。まさか遥か遠くの日本の者にも存在を知られているとは思わなかった。」
立ち上がった閻魔大王は男……シグルドと握手を交わす。本来なあシグルドは背が高い部類に入るのだが、相手が巨漢かつ恰幅の良い閻魔大王であるためか少しばかり小さく見える。その隣にいる月見は閻魔大王の半分程の身長しかないからかより幼く見えるのは言うまでもない。手を離したシグルドは閻魔大王を見上げながら口を開いた。
「閻魔大王よ、一つ質問なのだがその巨体はどのようにして得たものなのだろうか。当方は日本地獄に巨人は存在していないと記憶していたが。」
「いやぁ、この体は元からでね、何なら日本人の中で一番最初に黄泉へ行ったし、そこの辺りは自分でもよく分かってないんだよ。」
「成る程、閻魔大王、貴方は元々当方と同じ人間であったのか。それに加え、遥か昔に生存していたと。明確な指標等はあるのか?」
「ん~、確か今の日本で言う石器時代辺りかな。打製石器考えたの多分ワシだし。」
「ほぉ、それは興味深い。閻魔殿、もう少し詳しい話を聞かせて貰ってもよろしいか?何分、日本の過去まで完全に網羅している訳では無いのでな。」
知識欲が刺激された様子のオーディンは近くのテーブルに置いていた酒の杯を持つとそのまま閻魔大王に質問し始めた。
「あぁ、神オーディンの知識欲のスイッチが入ってしまったか。」
「閻魔大王は日本のあの世の中でも神々と同じ位の古参ですからね。日本地獄の基礎を築いたのも閻魔大王ですし、歴史を尋ねるならかなりの適任者ですよ。」
「なんと。」
「それはそうと、最近いかがですかシグルドさん。ブリュンヒルデさんとは仲良くしてますか?」
「愚問だ、当方の我が愛への想いは留まる事を知らないようでな。」
「確か昔一回薬で存在を忘却してませんでしたっけ。」
「…………そこを突かれると非常に心が痛む。特に、この辺りが。」
そう言うとシグルドは心臓の辺りに手を置く。指と指の隙間からは青白い光が漏れているような気がした。
「冗談ですよ、今はもうその問題は解決した筈ですし。」
「肯定する。当方が現世より離れ、この場所で再び引かれあった我が愛の一撃を受け止めることが出来るようになってからは、今もなお膨れ上がる愛を互いに送り合うことが出来るようになったのだからな。」
「成る程。」ガサゴソ
眼鏡をキランと輝かせ愛する人への想いを語るシグルドの話を聞きながら月見はポーチからビニール傘を取り出し、それを静かに開くとそのままシグルドとの間に挟むように手に持った。月見の目線は傘を差している事に気付かず語り続けるシグルドではなくその後方から近づく存在の方に向いている。
「我が愛の魅力は可憐や美しいだけではない。その中に秘めた凛々しさもまた我が愛をより魅力的たらしめる要因の一つなのだ。」
「シグルドさんシグルドさん、
奥さん、いらっしゃいましたよ。」
「もう、シグルド、貴方って人はッ!」
グサァッ!!
月見が言葉を遮って口を開いた瞬間、シグルドは背後から思い切り槍で突き刺される。その実行犯は本来真っ白である筈の肌を二重の意味で赤くし、捲し立てるように話し始めた。
「困ります、困ります!そんな人前で誉められては恥ずかしくて愛が溢れてしまいます!」
「ははは、聞こえてしまっていたか我が愛よ。一度語り出してしまうとどうにも止められないものだ。」
「も、もう、仕方のない方ですね貴方は。」
ドスッ ドスッ
何度も突き刺されているにも関わらずそれを意に介さないシグルドは自分を刺した人物……ブリュンヒルデの方へ向き直ると再び愛を囁き、それに反応するように再び槍に刺される。辺りにはそれらの行為によって飛び散ったシグルドの血が広がっていた。
(採取してもいいかなぁ。)
なお、その光景を間近で見ている月見は傘で血を受け止めながら少々マッドな事を考えていた。無論、実行するのは本人に許可を得てからと決めているため、今は動くことは無い。そんな様子でぼんやりと眺めていると自身の体を後ろから包むように抱きつかれる。
「つーきみ、なに考えてるの?」
「シグルドさんって竜の心臓飲み込んで血に因子が混ざってた筈だから少し調べてみたいなって。」
「さっきワイバーンの血を採ってた時も思ってたけど、何に使うの?」
「人工的に竜の因子を作って色々と。ほら、古くから竜の血って何かと人の体を作り替えるでしょ?そこに注目してアスクレピオス様と元から臓器とかが弱い人用の治療薬が作れないかって相談してるの。」
「ふーん……美容液にも使えるかな。」
「ちょっと掛け合ってみるね。」
「おや、お二人もこちらに来てましたか。」
「「鬼灯様。」」
「すいません、少し席を外してたのですが………これは今どのような状況ですか?」
スプラッタな現場を前にほのぼのと趣味の話をする二人であったが、戻って来た鬼灯に反応して佇まいを直す。そして鬼灯の問いに対し、美穂は直ぐに返答した。
「神話に残るレベルのヤンデレとその愛を真っ正面から受け止めて照れさせる男の攻防戦です。」
「どう見たって一方的に刺されてますよね。」
「シグルドさんは自前でガッツ持ってるので無問題ですよ。」
「何の話ですか……まぁ他人の色恋沙汰に首突っ込む程暇では無いので、さっさと仕事を済ませましょう。」
この世界のオーディンは「普段は有能だけど酒にだらしなくて知識と動物が大好き」みたいな感じです。なお「大好き」の部分は「執着している」でも良いです。Fateのオーディンはガチで有能な印象なのでこんな感じになりました。スレたん云々は聖☆おにいさんからです。
この作品ではあの世はfateでの座も兼ねていますが、向こうよりも行き来の自由度がかなり高いですし何なら色々と改変されています。その一つがシグルドとブリュンヒルデですね。死んだことで薬で失っていた記憶を取り戻したシグルドが未だ暴走状態のブリュンヒルデを槍を受け止めて正気に戻して愛し合ってHAPPYENDです。