「どう言うこと…なの?」
「おそらく、あの男が言っておった呪いじゃ。いやはや、もしやとは思っておったが………むうぅ。」
「父さん、どうかしましたか?」
「二人とも、油断するでないぞ。わしの考えが正しければ、鬼太郎もまなちゃんも危険な状況じゃ。」
「勿論。」
「は、はい!」
「ふん、何を聞くかと思えば……この呪いを成立させるため、何十人もの人間が倒れ、私の祖父の代で漸く制御方法を確立したのだ。どうだ、素晴らしいものだろう。」
「貴方達の苦労は聞いてない………言い方を変える。その呪いを作るために
ハクノの問いかけに鬼太郎とまなは息を飲む。仮面で表情は伺えないが、その声色はひどく冷ややかである。それに対し魔術師の返答は
「なんだ、そんなことか。」
あっけらかんとした物だった。
「さてな、我が祖先が呪いに根源を見出だして以来、その研鑽のために素人どもを素材にしてから数えて無い。死に対する感情から生まれる呪いは非常に強いが故に多少工夫はしたが、むしろ我々の力になれたことを誇りに思って欲しい位だ。」
「ビンゴ。やっぱり、貴方がのびあがりの解放を促したんだ。」
「その通り、何時の時代にも人の好奇心とはひどく大きい。それを暗示で強めて餌をやれば十分だろう?単純で愚かな男だったがその分御しやすくて助かった。」
「封印を解けば真っ先に狙われるのは解いたやつなのは理解してたから、そういうことをやりそうな人にその役目を擦り付けたと……。」
「あの妖怪はよくやってくれた。この街に混乱をもたらし、人を変化させることでより強い呪いを産み出せる………その筈だった。よくも余計な事をしてくれたな、これからお前を本気で消してやろう。」
その言葉の後、魔術師の男が詠唱を始めるとバチバチと紫電を纏い始め、その頭上に禍々しい何かが渦巻き始めた。
「やはりかっ!あの男、人間と妖怪を材料に呪いを産み出しおって、ろくなことにならんのは目に見えておるじゃろうに!」
「ひ、ひどい……って、もしかして私もその一部になっちゃうってこと!?」
「周りごと僕たちを呪い殺す気か!"リモコン……!」
「大丈夫だよ。」
怒りを見せ、足を振りかぶろうとした鬼太郎をハクノは腕を上げて静止させた。
「もう終わってるから。」
その目線は魔術師の男の背後に向いていた。
なんのアクションもなくただこちらを見つめるだけの三人を見下ろす男は馬鹿にしたように鼻をならす。
「はっ、諦めたか。」
「いや、やることが無くなっただけだ。」
「ッ!?お前、いつの間nガッ!?」
「答える義理はないな………ま、殺すつもりはない。少しばかり生きづらくなるだろうが。」ギギギギギッ
「モガァッ!」
いつの間にか背後にいたキシナミは振り返った魔術師の男の顔を左手で鷲掴み、軽く持ち上げるとそのままもう片方の拳を握って引き絞る。男は逃れようともがき、己の顔を拘束する腕に掴みかかるが一切緩む様子はない。
「疑似コードキャスト起動 shock(128)」
キシナミがそう唱えると機械的、近未来的な光の輪が何重にも重なって回りだす。高い駆動音のような音を立てるそれを見た男は逃れようと身を捩らせるが、それよりも速く溜めていた力が解放された。
「ま、まt「待たん、くたばれ。」ヂュインッ!
バチィッ! バギャゴッ!!
男の顔面へ吸い込まれるように拳が入り、電気ショックの様な音が鳴り響かせながら男の顔面を陥没させる。声をあげることもできずそのままの勢いで建物の屋上から工事現場の地面を砕きながら叩きつけられ、そこを中心に大きく砂埃が舞い散る。
「忍者の頭直伝の気配遮断だ、そう簡単に分かるわけ無いだろ?」
「…………………。」
「んお?おーい?」
三階建てのビルの上から飛び降り、なんでもないかのように軽やかに着地したキシナミが話しかけるが相手は沈黙を続ける。砂埃が晴れた後、そこにいたのは白目を剥いて気絶したぼろぼろの男だった。
「やっべ、やりすぎた…………まぁいっか。」
「それでいいの!?」
「やりすぎも何も、対サーヴァント用のショックコードをより強くした上に手加減無しで殴ったらしぶとい魔術師もあっけなく気絶するに決まってる。むしろ、原型が残ってるだけ優秀じゃない?」
「別にこいつに手加減する必要も無いだろ。向こうもこっちの命を狙ってたから正当防衛DEATH。」
「それはそう。」
「「うぇーい。」」
突拍子も無くハイタッチする二人。
「じゃ、私はまなちゃん送って来るから後始末お願い。あぁ、そいつ地獄でもブラックリストに入ってた奴の筈だから活動停止まで追い込んでも良いと思う。」
「了解、特務室にも一応連絡しとく。」
「ん、それじゃあ行こっかまなちゃん。途中でちょっとくすぐったくなるかもしれないけど我慢して。」
「あ、はい!」
ハクノは事態が終息したのを今一理解できていないまなを抱き抱えると、跳躍一回で工事現場で組み立てられた鉄骨の頂上まで跳びそのままビルの屋上を伝って軽やかに去っていく。その後ろ姿を見送ったキシナミは改めて気絶した男に向き直る。
「さて、じゃあちゃっちゃとやりますか……あ、鬼太郎も見とくか?対魔術師の参考になるかもしれないぞ。」
「……なにする気だ?」
「こいつの呪いの魔術……仮に呪魔術としようか、そいつの根幹になってる部分を剥奪する。」
そう言ってキシナミは男の服の袖だけを呪術で消し飛ばし、腕を露にさせる。それをまじまじと観察していた鬼太郎と目玉おやじの目に入ったのは上腕二頭筋辺りにはぼんやりと光る図形の刺青のような何かだった。
「よし、あったあった。こいつは魔術刻印って言って、例えるなら体に仕込んだ魔法の書物、情報だな。昔から続く家の魔術師達は自分の研究の成果をこの魔術刻印に残していくんだ。これに魔力を通しただけで完全に記憶していない魔術が使えたり、持ち主の体を修復する魔術を自動でかけたりするぞ。」
「対処法は?」
「俺がやったように防御を上回る威力でぶん殴れ。それと、大抵の魔術師は自分よりも実力が劣ると考えている奴や魔術師じゃない奴相手だと傲慢になるだろうからそこを突いてさっきのびあがりにやってた技でも速攻かましてやればいい。」
「ふうむ、つまり相手が油断している間に攻撃を届かせると、そういうことじゃな?」
「ただ、戦う場所は気を付けてくれ。魔術師側に誘導されたら、結界とかが張り巡らされた向こうが有利な場所で戦うことになる。ここみたいにな。」
「地下にあるのびあがりを封印していた祠以外に何かあるのか?」
鬼太郎が辺りを見回すが、特に可笑しな様子は感じられない。骨組みとなる赤い鉄骨が組み立てられる最中であり、土がむき出しになった地面には資材らしき物が積まれていた。
「さっきのびあがりが逃げようとしたとき、何かに弾かれてただろ?」
「あぁ……透明な壁みたいなのがあったな。だけど、それはあのハクノって名乗った兎のが仕込んだ物だって言ったのはお前だぞ。」
「正しくは「元からあった魔術を改造して結界の機能を足した」だ。元は認識阻害と軽い魅了魔術による誘導だな。こいつらの一族の狩場だったんだと思う。」
「先程こやつが言っていた呪いか!」
「往々にして魔術師は一般人の犠牲を暗示で事故や行方不明として処理出来る、戸籍とかもない弱い妖怪は特に狙い目だっただろうな。ま、術の無差別さからして誰でも良かったんだろうけど。」
「質が悪いな……」
「ほんとにな。」
鬼太郎は嫌悪を隠すことなく顔にだす。根が優しい為、本当に人を素材としか見ておらず、殺すことも躊躇う様子の無かった魔術師にゴミを見るような視線を送っている鬼太郎に同意するキシナミ。
「まぁこいつらは日本にいる魔術師の中でも特別屑寄りだからな。ロンドンに普通に常識のある魔術師の知り合いが居るし、全員が全員がこいつみたいな感じだとは思わないでくれよ?」
「分かってる、人も千差万別ってやつだろ。」
「そうか、なら安心だな………っと、解析が終わったな。すまんが少し離れててくれ、集中する。」
キシナミの言葉に従い、目玉おやじを手でしっかりと支え持った鬼太郎はそのまま三歩ほど後ろに下がる。それを確認したキシナミが露出した魔術刻印に手を掛けた。
「さーて、目指すは母さんみたいな完璧な摘出……できっかなぁ、演算能力が高くてもめちゃくちゃムズいんだよなぁコレ………ま、こいつは
若干苦笑い気味だった顔を引き締めて目を瞑ったキシナミは、男の魔術刻印に触れている右手に意識と自らの力を集中させ始めた。
「接続部確認完了 魔術刻印の剥離切断、開始………3、2、1……分離完了 対象魔術刻印の切断による魔力漏洩……対処完了………うわ、この刻印二層式か。しかも2層目は全身だし………面倒だからもう引き抜くか。」
キシナミが手を龍の爪に見立てたような形に動かしながら男の腕から離すと、それに引っ張られるように光の筋が男の腕から引き抜かれていく。手の内に球状になりながら集まる光の筋には所々どす黒い部分が見受けられるが、キシナミは特に気にした様子もなく作業を続ける。やがて、光の筋が途切れた頃には男の腕にあった魔術刻印は跡形もなく無くなっていた。
「よっし、まあまあだな。ちょっと魔術回路が4分の1になったが生きてるし問題ないだろ。」
「終わったのかの?」
「あぁ、もうやることはやったからな。あとは勝手にどうにかなる……と、ちょっと待っててくれ。」
立ち上がったキシナミはポケットからスマートフォンを取り出し、電話のアプリを起動して耳に当てる。プルルルル、とお馴染みの着信音が静まり返った工事現場に鳴り響き、やがてガチャリという音が聞こえた。
「………あ、もしもし、肋角さんですか?お疲れ様です、少し仕事についてのお話が………えぇ、死者の呪いについてです。以前からマークしていた危険人物を正当防衛でぶっ飛ばしたんで………はい、はい……あ、別の任務で近くにいるんですね、了解しました。封印は施しておきますので回収だけお願いします。えぇ、一応浄化は挟んだので犯人を死にかけるまで苦しめるだけで無差別に人を殺すようなことはしないかと。はい、ではまた。」
話が終わったキシナミは、鬼太郎の方へと振り向く。
「すまん、待たせたな。じゃあ行くか。」
「………行くって、どこに?」
「ん?鬼太郎の家。かすっただけとはいえ、呪いの侵食は進んでるだろうし、安静にしてた方がいいと思ってな。送るぞ?」
「別にいい………っぐ!」
「鬼太郎!」
手を払い除けようとする鬼太郎だったが、不意に体をよろめかせる。魔術師の男が放った呪いがかすった部位は黒い痣のような物が浮かんでいる。
「立ってるのも限界なのに強がらなくていいだろ、少し抱えるぞ。目玉のおやじさんはこっちのポケットに入っててくれ。道案内を頼む。」
「うむ、承った!」
「っと、その前に。」ヒョイッ
「これは………札?」
「cure……まぁ解呪のコードとかを記録させた端末だ。さっき呪いの礫がかすってたみたいだから一応な。幸い、鬼太郎の力が強いお陰で進行は遅いみたいだがやっておくに越したことはない。それが妖怪を使った呪いならなおさらだ。まだ妖怪用は試作段階だから効果の量は分からんが副作用とかが無いのは自分で確認済みだから安心してくれ。」
「なる、ほど……………はぁ、少し楽になったな。」
「体力が戻る訳じゃないからな。少し呪いは残ってるが、それを克服出来れば呪いへの耐性が出来る。そのまま安静にしててくれよ。」
そう言うとキシナミは鬼太郎を背負い、隣の建物の屋上まで跳んで行く。
「目玉のおやじさん、行き先は?」
「一先ず西に向かっとくれ。方向の調整が必要ならまた声を掛けるからの。」
「了解。鬼太郎、舌噛みたくなかったら口閉じてろよ!」ダッ!
渋谷の空に一筋の白い光が通り過ぎる。日が暮れてもなお人工の光が夜の空を照らす街の人々は視界の端にそれを映すが、それを撮ろうとスマートフォンを取り出した頃には残像すら残らず消えてしまっていた。
キシナミ(白穂)とハクノ(月乃)は神獣2体のハイブリッド+500年以上は生きてるのでサーヴァントという枠組みに納まって召喚された英霊に普通に勝てる位には強いです。頭の回転については親二人よりも速い上、魔術等の才能は美穂から引き継いでいます。
~その後の回収班~
「ふむ………どうしたものか。」
「おーい斬島ー!なんかあったかー?」
「平腹………田噛はどうした、確か一緒にいただろ?」
「持ってきた!」
「離せ、ねみぃ…………。」
「うおっ、なんだこの真っ黒な団子!?」
「聞けよ……。」
「肋骨さんから連絡が来ていた呪いの集合体だろう。多分、中に生きた人間が居るんだろうが………。」
「………見えねぇな。というより中の奴生きてんのかこれ?」
「白穂さんが浄化した結果恨みのある相手にしか攻撃しなくなったらしい。現に俺が触れても何も起きないし見向きもしない。」
「じゃあ俺は寝る、そいつらの気が済んだら起こせ。」
「んじゃ俺さっき買った菓子食う!」
「………下手に介入して暴走させるより、多少恨みを発散させた方が呪いの気も済むか。平腹、俺にも分けてくれ。」
「鬼灯殿、良かったのですかな?」
「件の魔術師の事ですか。それについての責任は我々地獄側には有りませんよ。」
「ふむ?となると、日本の神々からの依頼ですか。」
「あの場に立っていたのは獄卒としてではなく神獣としての白穂さんと月乃さんですからね。もっとも、お二人が呪いを少しばかり浄化したお陰で被害の拡大は無くなってますし、その元凶は既に呪いにされた不安定な魂達からの報復を受けているでしょう。そこから先にまとめてあの世へ導くのが我々の仕事です。」
「詭弁ですね……まぁ、相手が相手ですか。」
「あの魔術師一族に殺された方々は呪いの影響で魂が不安定な状態になって転生出来なくなってますからね。月見さんが呪い魂に引っ付いた呪いを消し炭にして美穂さんが魂の形を修復しなければ怨霊として暴走する可能性さえありましたし。」
「あぁ、被害者の者達は医務室で雇っているのでしたね。」
「人間の相手よりも明らかな人外な我々を相手していた方が安心するらしいですよ。真面目に働いてくれるので私としては助かってます。」