蜘蛛ですが、なにか? 《七つの王冠》獲得RTA【魔族チャート】 作:ココネナッツ
私は普通の人と決定的に違う。
そう気づいたのは割と早かったと思う。
人間は普通楽しいことがあると楽しいと感じる。嬉しいことがあると嬉しいと感じて幸せを感じる。美しい物を見ると美しいと感じる。
でも私には生まれつきそれがなかった。万人が楽しいと思うことも嬉しいと思うことも美しいと思うことも私は何も感じなかった。感じることができなかった。
感情はある。理性もある。だが私という人間は根本から情緒や感受性というものが生まれつき欠落していた。
両親も私の生まれつきの欠落に気づいていたのか、小さな頃から人の心や人間の常識という物を念入りに、周到に教えられた。
お陰で人の心という物を「常識」として覚えることはできた。
だが人という物を常識として知ることはできても理解できることはなかった。
せっかく丁寧に教えてくれた両親には申し訳ないと思っていたが、母親は今は理解できなくてもいつか理解できればいいねと微笑みながらただ頭を撫でてくれた。
きっと私は幸せ者なのだろうが幸せに思う機能すらも私にはなかった。
物事がついた時から私は様々なジャンルの習い事に手を出した。
スポーツ、勉強、音楽、書道、絵画、武道、果てにはゲームなどのサブカルにも手を出した。
理由は人が当たり前のように感じる嬉しさ、楽しみ、幸せを私も感じて見たかったからだ。私にも何かそう言ったことを感じられるものがあるかもしれない、熱中できるものがあるかもしれないと思ったからだ。
そうして私はあらゆるジャンルに手を出した。
私には才能がなかったから死に物狂いで鍛錬を重ねた。
そうして習い事の先生も驚くほどの速さで極めるまで突き詰める。しかし何も感じずないためなんの未練もなく放り投げて次のジャンルに手を出す。それでも何も感じずに次へ、ということを何度も繰り返した。
きっと習い事代はバカにならないほど高かっただろうが父は何も言わずに私の好きにさせてくれた。
そんな私にはもったいないと感じていたほどに良い両親だったが、私が中学2年生になった時に死んでしまった。
車の運転中に居眠り運転のトラックに追突されたことによる事故死だった。
その知らせを聞いた時、私は酷く驚いたしとても悲しかった。悲しいはずなのに…
両親の葬式では親戚や両親の友人たちが集まってきた。
みんな泣いていたし心の底から悲しそうにしていた。当然だろう。普通親しい人が死ねば悲しむし涙も流す。人間とはそういうものだ。
だが、私は何故か涙は出なかった。確かに悲しいはずなのにどこか両親が死んだことをただの事実とだけ捕らえてる自分がいるのだ。
それが私はただただ腹立たしかった。両親が死んだのに、私のような欠陥人間に良くしてくれた両親が死んだというのに、それなのに涙のひとつも出ない。
そんな自分が腹立たしかったし許せなかった。
両親が死んだというのに涙のひとつも流さない私に対して親戚はショックがデカすぎて涙すら流せないのだろうと運良く都合よく解釈してくれた。
叔父夫婦が私を引き取ろうかと申し出たが断った。両親と暮らしてた家から離れるのがイヤなこともあったがなにより自分が普通ではないことがバレたくなかった。
両親が死んだのを境に私は周りの人間に対して嫉妬するようになった。
楽しいことを楽しめる。嬉しいことを喜べる。悲しいことを悲める。美しい物を美しいと思える。そんな人間として当たり前の機能を当たり前のように持っている人間がただただ羨ましかった。
学校ではいつも普通の人の真似をしていた。
テレビで人は普通ではない物を気味悪がって排除する傾向にあると言っていたし、そんな気味の悪い自分を見られるのもイヤだった。
人間の常識は両親が教えてくれていたのでなんとかやっていけた。お陰で学校のみんなにはただのどこにでもいる普通の学生に見えていたはずだ。
みんなといればいつか自分も普通になれるかと期待していた。
今は真似事でもそれが本物になることを期待していた。
でも私はある日突然死んでしまった。たぶん。
古文の授業中に突然周りが白い光で塗りつぶされた。
何事かと反応しようとした瞬間体が吹き飛んでしまった。
そして次に意識が復活した時には私は赤ん坊になってた。
明らかに普通の人間じゃない爬虫類のような目をした人が私を覗き込んでた。
相川君から勧められたラノベにこんなことがあったような…
そうだ、異世界転生だっけ?すごいなそんなことほんとにあるんだ。
とりあえずは情報が欲しい。何事もまずは情報が大事だから。
そんなことを考えたら頭のなかに声が響いた。
女の人の声だ。何か「『鑑定lv1』を取得しますか?」と聞かれた。
何か山田君達とやったゲームみたいだなと思った。
とりあえず天の声(仮)さんにお願いして便利そうなスキルと魔法のスキルを取得した。
最後には『虚飾』というスキルも取得した。
確か八つの枢要罪の一つだっけ?
まぁ人の真似事ばっかりな自分にピッタリだなと思った。
まぁとりあえず今はやることもないしスキルのレベルでも上げようかな。
ちょうど転生前にやってた将棋も飽きてきた頃だし。
彼女にはわからない
人間というものが一生わかることはないし理解できることもない
彼女は自分を偽り続ける
醜い自分を見られたくないから
人間として欠陥した自分を知られたくないから
彼女は人間に嫉妬し続ける
この世の全ての人間に
生きているだけで当たり前のように『幸福』を獲得できる人間に
彼女のあるかもわからない心は沈んで死んでいく
生きているだけで自己嫌悪で死にたくなる
人を理解したくてもできない自分が
人に醜い嫉妬を向け続ける自分が
どんなにがんばっても幸福になれない自分が
とてもとても大嫌いだった
蛇崩 巳不樹
PROFILE〈裏〉
生まれつき感受性と情緒が欠落した女の子。
この世界において魂の劣化した人は身体や精神が欠損して生まれてくることがある。
精神性はもはやDのような神に近いものとなっている。
だが彼女はなまじ感情が残ってしまっているので余計苦しむことになった。
彼女には良識も感情もあるが、何をやっても「幸福」を感じることができない。
例えるなら燃料はあるがエンジンのない車。
蛇崩 巳不樹の母
{PROFILE}
本名:蛇崩 未奈美(じゃくずれ みなみ)
普通の専業主婦。
主人公の生まれつきの欠落には割と早い段階から気付いていたがそれでも主人公を深く愛していた。
彼女がせめて普通に生きられるように人間の常識や美徳を説いて学ばせた。
いつか主人公が心の底から幸せになってくれることが夢だった。
しかしそれは夫と共に交通事故で死んでしまったことによって叶わなかった。
享年45歳
蛇崩 巳不樹の父
{PROFILE}
本名:蛇崩 真来人(じゃくずれ まきひと)
とある中堅会社の課長。
主人公の母と同じく彼女の欠落については早くから気づいていた。
さまざまなジャンルの習い事に手を出す主人公に対して何も言わずに好きにさせていた。
自身は学生時代は野球に打ち込んでおり、甲子園にまで出場したこともある。
そのためいつか主人公にも心の底から打ち込めるものができることを願っていた。
妻と共に交通事故により死亡。
享年48歳
{今日の一言}
手に入れられない物を一生懸命手に入れようともがく様を見るのはとても滑稽で見応えがありますね。
まるで人間のフリをするロボットみたいで、どこぞのFateな主人公のようです。