春。
労働者の肉体を象徴する赤いブレザーを着た生徒たちが、シベリア鉄道の長い車両に揺られていた。貨物列車のコンテナに偽装された列車には窓すらなかったが、今だ極寒の大地を駆け抜ける分にはむしろ好都合だった。意外なことに、この列車は内装は錆びた鉄板で出来た粗末な外観からは想像できないほど整えられている。だが長旅の疲れはその程度で打ち消せるものではなく、停車中すら外に出ることもできないままかれこれ3日間が経過した車内には鬱屈とした空気が漂っていた。これから何処へ行くやも知れず、若い乗客は皆その垢抜けない顔に似合わぬ不安と倦怠を漂わせながら、退屈しのぎの与太話に萎れた花を咲かせつつ、列車側の計らいで無駄に充実している食事の時間を待ちわびている。
だがどの世界にもはぐれものは存在する。例え万人平等の共産主義社会とてそれは同じことである。具体的には列車の最後部に座って窓の代わりと言わんばかりに壁に掛けられたプロパガンダ・ポスターを無表情で眺める少年と、その隣に座った近付き難い雰囲気を漂わせながら何やら小難しそうな本を読み込んでいる少女。もう3日間も隣に座っていればそろそろ話仲間になっていても良さそうなものだが、彼らの行動は乗車このかた変わってはいない。常人ならもはや彼らを置物かなにかと取り違えてもおかしくはない。
・・・いや、ここ三日間毎日同じように食事と陳腐化した世間話のみを糧に生きている乗客たちも、もはやマシンか何かのようなものなのかも知れない。
とはいえこの状況で世間話の一つもしない、というのは普通の人間ではまずないだろう。
異様な雰囲気漂う車内で突如、ガタリと響く。皆が一斉に音源を見ると、丁度あの無愛想な黒髪少女のひとつ前の席で、顔を青くした女子生徒が倒れているではないか。
床に倒れているわけにもいかないだろうと、その様子を見たある女子生徒が駆け寄る。だからといって彼女を横たえるスペースがあるわけではない。ここ3日間、ずっと座りっぱなしで、足を伸ばして眠ることも出来なかったほどには。
「あの、この子にために席を譲ってくれませんか?」
女子生徒は倒れた生徒の隣に座っていた、豪奢な金髪と整った肉体美が目を引く男子生徒にそう頼んだ。
「この完璧な私に席を譲れと?一体どうしてそんなことをしなくてはならないのだね?ハーッハッハ!今日も私は美しい!」
「なッ・・・!」
予想外の返答に女子生徒の顔は驚愕と憤怒で朱が差す。
「何でって、この子が辛そうにしてるでしょう?!」
「では私が席を譲らねばならぬという法律でもあるというのかね?否!誰も私に強制することはできない!誰も私を止められない!ハーッハッハ!今日も私は完璧だッ!」
そう言われては、女子生徒は反論できなくなってしまった。彼女はただ男子生徒を睨み付けることしかできない。
車内に一層悪い空気が漂い始めたときであった。
「僕が席を譲る」
件の無表情な男子生徒が突如そう言った。
「あ、ありがたいのですが、二人ぶんの席がないと・・・」
女子生徒は困惑ぎみに言う。
そう、倒れた生徒を横たえるには二人ぶんの席を開けなければならない。
隣の席も開けなければ意味はないのだ。
「だから、こいつも席を譲るそうだ」
男子生徒は隣の黒髪を指差して言った。
「・・・!」
黒髪少女の表情に複雑な驚愕が現れる。突然の指名への驚き、勝手に席を譲らさせられた怒り、そして断れば先の金髪少年と同じような目線で見られるであろうことを恐れる打算・・・それらがない交ぜとなって彼女を襲い、彼女の思考と行動を奪った。間もなく、
「どうした、席を譲らないのか」
少年が感情のない目を彼女に向けた。
「ゆ、譲るわ。しっかり休んで頂戴。」
気づけばそう口から出ていた。半自動的に腰をあげ、席を立つ。
「あ、ありがとうございます、二人とも!」
倒れた生徒の介抱をしていた生徒は水を得た魚がごとく喜んで礼をし、患者をさっきまで二人が座っていた席に横たえた。
「で、でも、いいんですか?席、なくなっちゃいましたけど・・・」
女子生徒が二人に問うた。
「君はあそこにでも座るといい。」
少年は黒髪にそう告げて、先ほどまで倒れた生徒が座っていた席を指差した。
「で、でも、あなたは・・・」
「僕は運動不足だったから丁度立ちたかっただけだ。」
すると少年は車両のほろの近くの壁に凭れ、これまた反対側の壁に貼り付けられたプロパガンダ・ポスターを眺め始めた。が、黒髪が突っ立ったままなのに気づくと、
「何だ、座らないのか」
またも無感情な瞳を向けられた黒髪。が、
「嫌よ、アレの隣は。」
そういって少年の向かいの壁に凭れかかり、読書を再開した。
「ポスターが見えないんだが」
「そう。私には関係ないわ。」
「なんだいつれないな~君は。君は美しい。遠慮しなくてもよいのだよ?完璧なこの私には、君のような美しい女性こそが相応しい!ハーッハッハ!」
金髪のキザッたらしい言葉が疲弊した車内に虚しく響いた。
ソヴィエト・ロシアでは、続きが作者を書く!(UAと気分次第)