火。Mars.あなたに一番似ている星。
赤い色というのは主人公の色でもあるらしい。でも、というのは、アタシナイスネイチャは主人公ではないということである。良くて三番手。ごく稀に二番手。そこまでいけばまさかまさかで、そう簡単にその先へ、なんて言えない。言えないんだけど。
「よぉしネイチャ、今日も頑張ろうね!!」
「はいはーい……いや、頑張りますケド……」
この暑苦しい女の人は、私のトレーナーさん。アタシがほどほどにーというと120%の力を出してくるとんでもない女性だ。キラキラというよりギラギラしている。ともあれアタシとは正反対にある気がしてならない。どうしてこの人はアタシに目をつけたのだろう。
「いいぞー! ネイチャー!! 頑張りたまえ──!!」
トレーニング中もずっとこう。その声を聞いてなんとなく安心しているアタシがいるのも事実なので、ありがたいと言えばありがたいのだが。
驚くべきは、このトレーナーさんはまだメイクデビューすら迎えてないナイスネイチャさんに対してこれだけの声援をかけているということだろう。
本当にどこが琴線に触れたのやら。アタシなんか、アタシなんか。あなたには、似ても似つかないのに。
これは憐れみ? 罪悪感? どちらにしても傲慢な気がして、少し自分を恥じる。少なくとも期待されているのは間違い無いのだから、期待を裏切らない……は無理としても。
期待され続けるくらいでは、ありたいな。
「頑張った!! 頑張ったねネイチャ!! 今日はご馳走!!!」
「いやトレーナーさん、それ毎日言ってない……? 食生活大丈夫……?」
そこでピンと閃く。
「……そうだ、トレーナーさん」
「……? どーしたのネイチャ」
「心配になってきたし。ごはん作りに行ったげる。……いまから」
「いまから」
「……思い立ったが吉日とも言うし」
なんとなくタイミングが今くらいな気がするし。
「ひとつだけお願いが」
「ああ、べつに嫌だったらゴメン!」
「先に帰って、部屋を大掃除してきます」
なんとなくいつもよりしおらしいトレーナーさんの控えめな了承を受けて、私のお宅訪問が決まった。
こんこん。
「……おじゃましまーす……」
「……いらっしゃーい……」
えっ、誰? 恐る恐るトレーナーさん宅の扉を開けると、そこには知っている顔がいた。全然知らない雰囲気だけど。
「……だいぶ散らかっててごめんね……」
「……いやいや、一人暮らしは大変ですし? ネイチャさんだってわかりますって、だからそんなに気落ちせず……げっ」
フォローに回りながら室内に目を配ってみると、押し込められたゴミ、ゴミ、ゴミ。大きなゴミの山だけは片付けたといった感じである。
「あっいまげっ、ていった! 酷ネイチャ!」
「急にテンションもどらなーい! ……ああもう、そりゃげっでしょ……」
まずやるべきことは決まった。ご飯を作る前に、美味しいご飯を食べる場所を作らねば。
「掃除しますよ、トレーナーさん」
「やらなきゃだめですか……」
「だーめ!」
ゴミ袋くらいはトレーナーさんの家にもあったので、そこに手当たり次第を突っ込んでいく。
「ねーいちゃー! それは捨てないで!」
「……うー……それならやめときます」
時折トレーナーさんの大事なものにも触れてしまうので、申し訳なくなる。アタシは他人の大切をわかってあげられなかったのだと悲しくなる。……でも流石に多すぎない?
「全然片付かないじゃん」
「いやー……これもこれも捨てれないかなって……」
アタシには流石に捨てる権利はない。八方塞がりである。
「これとか結構汚れちゃってるけどさ。そりゃーマニア的な宝物って普通綺麗な傷のないものだとは思うよ? でもさ」
不意に一つを手に取って、トレーナーさんが喋り始める。
「頑張った傷跡って、それはそれで大切だと思うんだよねえ……」
アタシ、少しこの人を誤解してたかも。
「……アタシを拾ったのも、そーいう感じの理由ですか?」
選抜レースでもなんとなくそこそこ止まり。勝ちたい。そうその度に思えていたかな。頑張れていたかな。
「……んー、それもあるかも」
「アタシが頑張る感じに見えたと」
「それは今でも疑ってないでしょ?」
確かにそうだ。トレーナーさんはアタシをしっかり見ていてくれたのか。なんだか急に気恥ずかしくなる。
「でもさ、結局はなんてーか」
「私さ、こんなんだから。ずぼらで、怠けて」
「ちょっと意外だったかも」
「頑張ってたからね、それこそ。あなたの前でボロが出てしまわないように」
「で、自分を卑下した後に言う言葉としては失礼かもなんだけどね。……私、あなたにちょっと親近感が湧いちゃって」
親近感。その言葉は、少し嬉しい。アタシの中に、何かを見ていてくれたなら。それが、あなたの活力になったなら。
「私、一番を取ったことなんてなくてさ」
「奇遇ですねトレーナーさん、アタシも」
「でしょ? でもそれは何かの順位だけじゃなくてさ、誰かのためのオンリーワンにもなれなかった気がしてさ」
「……そう、だね」
「でも、そんな時気づいたんだ。誰かを一番にする手伝いなら、私にもできるかもって」
「それで、トレーナーに」
「そういうこと」
思えばアタシも、一番を取りたくて走ることを決めたような。
「それで。一番私に似てたあなたに、私の夢を託すことにした」
その言葉は重い。けれど受け止めよう。
「どこが似てるんでしょ」
「一番のことが大好きなところ」
「そう……ですかねぇ」
「まるで自分を見てるようだったね」
一番。アタシは結構順位を気にしてた。それはなんとなくだったけど、本当は。
一番勝ちたいから。だったのかも。
「誰でも手が届かないものほど憧れるものだからね。一番が大好きってのは悪いことじゃないよ。誰かの一番になりたいって、誰だって思うんだ。でも」
「……でも?」
「でも。それは、簡単には見つからない。本当の一番。センターに立てば一番? そうとは限らない」
なんだか難しい話のようだけど、真剣に聞く。
「まあ、私も全然わからなかったけど。でもちょっと前に見つけたんだ、私の一番。
……ね? ナイスネイチャ」
「トレーナーさんの、一番」
「もちろん。私の一目惚れだよー? 責任とってもらわなきゃ」
「それは強引すぎますったら」
同性とはいえストレートに好意を伝えられるとなんだかむずがゆい。すこし躱してしまう。
「だからさ、ネイチャ」
「がんばって」
その言葉は、今までよりも優しく力強く聞こえた。
「うーん美味しいねえこのご飯! ネイチャはいいお嫁さんになるぞ! いや私が嫁に貰う!」
「はいはいトレーナーさん、案の定惣菜と冷凍食品塗れのトレーナーさん」
「うぐっ」
腕によりをかけて作ってしまった。あんまりにも食生活が乱れていたのもあるけど、もう一つ。
アタシのような存在を、一番だと言ってくれたから。
アタシのような存在に、私も同じだったと言ってくれたから。
喩えるなら、火星のように。地球にとって一番の親戚。一番近しく似通った人が、一番大事な存在ならば。
それは、素晴らしい。
きっと今からのアタシたちには、素晴らしい素質が待っている。