水。Mercury.あなたの一番幼い星。
「ねえトレーナー! すいせいとすいせいって、どう違うの!?」
意味のわからない質問に、少し面食らい。数巡して聞き返す。
「ひょっとして、水星と彗星か? 惑星のひとつと、ほうきが出てるやつと」
そう聞くとハルウララは心底嬉しそうに。
「うん、うん! さすがトレーナー! 二つ同じ星があるって聞いて、トレーナーならわかるかなーって」
「ありがとう、頼ってくれて」
担当ウマ娘に信頼されている、というのは何においても喜ばしいことだ。
「それで、それでトレーナー」
「どーちがうの!?」
「……えーと」
参った。流石にそこまで詳しくない。だがこの純粋な瞳を見れば、裏切ることなど怖くて出来はしない。
「うーん、そうだな」
どうしようか。時間を稼ぎながら調べられる場所が必要だ。……そうだな。
「ウララ、図書館に行こう」
「……? としょ、かん?」
「うわーっ、すっごーい!! 本がいっぱい、いっぱいだー! ライスちゃん喜ぶなー!」
「こらこら、大きな声は厳禁だ」
「あっ、ごめんなさい……」
「よろしい」
「……えへへ」
思った以上に反応がいい。これなら暫く飽きずにいてくれるだろう。
「じゃあ、好きな本を読んでおいで」
その隙に星の図鑑でも探そう。そう、思ったのだが。
「ねえトレーナー、この漢字なんて読むのかな?」
「ねえトレーナー、この絵見て!」
「ねえトレーナー、この本こわいから一緒に読んで……」
そう言われると断れないのが、俺の弱いところである。結局のところ小さな読書家が疲れて寝静まるまで一緒にいたし、なんなら寝た後もその肩をこうして支えている。
「……はあ。ウララは元気でいいな」
漸く見つかった時間で、簡素にスマートフォンを使って水星と彗星について調べる。確か太陽に一番近いのが水星で、氷の塊が彗星、とかそういうことは覚えているのだが。
せっかくならば彼女にピンと来る形で伝えたい。彼女を育てるものでありたい。彼女はまだ、幼く。何処へでも行ける可能性があるのだから。
暫く情報を漁って、なんとかその中身を噛み砕く。詳しい数値よりも今は概略の比較と差異を見出す。わかりやすい説明とはそういうものだ。誤りの出ない程度に戯画化して、一面と全面を交互に照らし出す。
うん、ここら辺かな。
「……ふぁ〜あ、おはよう、トレーナー……」
「おはよう、ウララ」
「まだ本を読まなきゃいけないのに、すっかり寝ちゃってた……」
「別に読まなきゃいけないなんてことないよ。読みたい分だけ読めばいい。そうだ、水星と彗星の違いについて。それなりに説明できるようになったぞ」
「……? なんだっけ、それ?」
おいおい。とはいえこれくらいは想定内だ。
「そのために図書館に来たんだよ。水星と彗星、二つの同じ名前の星がどう違うのか」
「……あー! 思い出したかも!」
よしよし。
では、授業の始まりだ。
「まず水星。水の方だ。水星は、とっても小さい。太陽のそばにぽつんとあって、地球からは全然見えない。
次に彗星。ほうきの方だ。彗星は、ものすごく目立って光る。きらきら、煌びやかにほうきが流れて見える」
「ふむふむ……つまり、つまり……」
「つまり、彗星の方がすごい!」
「そう思うかもしれない。でも、そうとも限らない。
水星は小さいけど、太陽の熱でだってずっと溶けない冷たい氷をずっと守り続けている。
彗星だって、その派手な光の中心にある星は、水星よりも小さな氷だ」
「いいかいウララ。この氷を、君の大事なものだと思って欲しい」
「だいじな、もの……」
少し解説としては間違っているかもしれないが、それよりも彼女に伝えたい想いを込めて。
「そう、大事なものだ。方法はたくさんある。派手で華やかであってもいい。小さく頑なであってもいい。でも、大事なものを守れるなら。なんだっていいんだ。それだけを忘れないで欲しい」
「君ならそうだな……レースを楽しむ気持ち。そりゃあいつかはその先を掴んで欲しいとも。でも、いつでも手を振れる君の強さ。それを失わないで欲しい」
「わたしの、つよさ」
「そうだ。それが、君の強さだよ」
小さく秘めた心ほど、人を強くするものはないのだから。
「……なるほど、なるほど……。あっ、でもね! 大事なものなら、もっと! たくさんあるよ! にんじんとか、商店街のみんなとか、それに……トレーナー!」
「……おっと、そう来たか」
「うん!」
「なら、全部のために、全部背負って。走らないとな。……ありがとう。できるか?」
「わたしだけなら、不安かも。でもね、でもね!
トレーナーがいてくれるなら、絶対! 一緒になら、ぜーったい!」
思ったより、彼女はずっと成長していたな。でもまだまだ幼く、つまり伸びることができるだろう。その手伝いができる自分は、世界一幸せ者のトレーナーだ。
水星の如く小さく熱く。彗星の如く多くの人を魅了する。彼女はそんなウマ娘に、きっと。
きっと。