王妃が護衛とともに広大な森の上空を浮遊していた。右、左、右、左。彼女は地上を見回す。徐々に地上の奥の方に目を合わせると、そこには戦死者たちの慰霊碑の一つにフラスクの中の液体を掛ける王の姿があった。
王妃はそっと王の後ろに近づき、慰霊碑を見つめた。そこには
「人類軍兵士 ロッド・ステッピンストン、ここに眠る」
と書かれていた。
王妃は王に声をかける。「こんなとこにいるなんて。あなた、本当は人のあり方を忘れていなくて?」
王はハッ、と後ろにいる王妃に気づき、しばらくしてから反論した。「我は果たされることのなかった事をしているだけだ。」
王妃は素直な返事をくれない王にガッカリしながら、彼に聞いた。
「それ、酒ではなくて?」
「兵士どもは命の水だと言ってたな…こんな毒液、飲むに値しない。」
王は酒を注ぎ切った空のフラスコを横へ投げ捨てた。
「…そう。今まで読んできた歴史的の本の中には酒は神に捧げる神聖なものと言われているけれど。」
「それはヒトが捨てた過去の話であろう。我の住んだ村では酒は禁制だった。それで何十年も栄えてきた。
この惑星の先人どもが村を滅ぼすまでは…だが、もうよい。戦いは終わったのだ。もう振り返る必要は…ない。」
新たな一日のチャイムが響き、セプトはぐいっとベッドから起き上がった。
「セプト、時間です。」
右耳からフェイの声が聞こえる。
「分かった…行く。」
セプトはベッドを離れ、予定表を確認した。
「本日0900…人類の歴史、1200...感受性トレーニング、1500...自主練習、1800...作戦会議」
少女は今日も暗い廊下を歩く。
あの初日からもう21日も経った。地道な仮想訓練、レクチャーと睡眠のみが続く。身体は慣れてきたが心は何か物寂しい感じであった。隊長とツヴァイの会話、たまに会うその他の仲間、そして自ら惹かれた将来のパートナーのアバターを見つめるのが彼女の一日の原動力となっていた。久しぶりに夢として出てきた「謎の記憶」を少女は不思議に思った。何故今出てきた、何のために、と。
0900…人類の歴史
セプトはフェイが教えてくれた部屋にたどり着いた。殺伐としたコンクリートの部屋に教卓、パイプ机と椅子が2つ並んでいる。奥にはパイプ机と椅子が6つ折りたたまれていた。
「まだ、早いみたい…」
「授業開始まであと5分あります、セプト。」
後ろからついてきたフェイが答える。
「そのようね、7番目。そしておしゃべりなお供さん。」
セプトが少し振り返ると、後ろに大蛇のようなお下げを撫でるシャミシートがいた。
「おしゃべりで悪かったですね。」フェイは反論する。
「…今日は、二人?」
「…そのようね。あくまで上からの推薦。、ああ、イヤだ。」
「…何故、イヤ?」
シャミシートはドライな返信を返すセプトに苛立ちを覚える。「気にいらないッ…」
「やめなさい、シャミシート。セプトに乱暴な真似はしてはいけま…」
フェィが止める前にシャミシートはセプトの左頬に、左手の手の甲で平手打ちをかました。
セプトは地面に膝をつきながらシャミシートを見つめた。セプトはシャミシートが与えた痛覚を物理的に感じなかった。だが、精神的に後味の良くないものを感じた。
「何故イヤかは、あんたが考えなさい。」
シャミシートは淡々とした口調で話しながらセプトを睨みつけ、今度は左手の手のひらでセプトの右頬を叩こうとした。
その時、「やめろ。」と教室のモニターから男性教員の声が響いた。
気づかないうちに授業が始まってしまっていた。
「シャミシート、お前のやったことは全部カメラ越しからお見通しだ。授業が終わったら、直ぐに私のところへ来い。反省文を書いてもらうからな。二人とも、席に着け。」
教員のきつい態度を感づいたシャミシートは直ぐに左手を口元に移し、呟いた。「…あたし、何やってんだ。」
セプトは静かに席に座り、部屋を見回した。シャミシートはセプトの座った席から一番遠くの席に座っていた。
「では歴史の授業を始める。」
セプトとシャミシートの席の前にスクリーンが立ち上がり、映像が流れてきた。
「…これは太陽系第三惑星・地球。私たちヒトが生まれた母星。ヒトは動物の一種が進化し、知能を得たことで文明を作り、繁栄しました。幾多もの争いと平和な刻が繰り返された末、ヒトはある結論にたどり着きます。『自分たちがもし住める惑星を見つけ、そこに新しいヒトの社会が作れるのであれば、地球の存続と更なるヒトの繁栄の両方を両立出来るのではないか。』地球の人々の中で最も優秀な人々が選出され、約半数が新しい大地へ旅経ちました。」
「では取り残された人々は、その他の生き物はどうなったのでしょう?
ご心配はいりません。彼らは我らにとって…もう関わりののない人たちですから。」
シャミシートは退屈そうに座りながら、独り言をつぶやいた。
「随分と偏った考え…でも、抱えきれないものは切り捨てるのはヒト様の真理ね。」
セプトはちらっとセプトの方に目を傾ける。
シャミシートは、イヤな目つきでセプトを見返した。
セプトはゆっくりと視線をスクリーンへ戻した。
それからは何の起伏もなく、淡々と授業が進んでいった。
セプトが次に自分の意識に気付いた時、既に授業は終わりを迎えていた。
「本日はここまで。予習はくれぐれも怠らんように、そしてシャミシートは直ぐに私の元へ来るように。」。
男性教員のモニターがプツリと消えた。
シャミシートはどしどしと腹を立てながら、セプトに目も合わせずに教室を後にした。
セプトはフェイに連れられて、トレーニングルームへと移動した。
1200…感受性トレーニング
トレーニングルームではツヴァイがセプトたちが来るのを待っていた。
「よく参られた。では今日のトレーニングを始めよう。」
セプトはパーティションの左側へ移動した。目の前にモニターが現れ、機械音声のアナウンスが流れた。
「それでは今日のトレーニングを始めましょう。3択問題を3問出します。」
「第1問。貴方はこれから第一線へと出発する準備をします。ところがあなたは出発する直前に、基地が何者かに攻撃される可能性を察知しました。ではあなたはどの行動を優先すべきですか?3つの回答の中から正しいものを当ててください。」
1)上司の指示に従い、自身のアンコンシャスを第一線に向かわせた上で敵の攻撃が収まるまで基地の防衛を最優先する
2)基地周辺に潜む発信源を索敵し、それを叩く
3)自身のコンシャスとアンコンシャスを駆使した上で第一戦と基地の防衛を同時進行で行う
セプトは眼中の前の3つの選択肢を右、中央、左の順で刮目した。そして左手の人差し指をツゥーと左から右にスライドし、止めた。
「…2番目。」
一瞬空間が静かになったあと、ブザーが鳴り響いた。不快な音響だ。
「不正解です。確かに発信源を叩けば攻撃は収まります。しかしもしそれが敵の罠だとしたら、敵はそれを感知して増援を呼びます。貴方が問題を増やしてしまうのです。」
「また、3番目も不正解です。ノルトはコンシャスとアンコンシャスを同時に動かすことは身体に極度の負担をかけるため、その戦法は不可能です。よって1番目が正解となります。」
セプトの背中に搭載されたフェイがセプトに話しかけた。
「そうですよ、セプト。問題を根元から断ち切る時に事前と事後、両方のリスクが伴います。戦場では、無理なことをせざるを得ない状況は確かにあります。でも、無茶は必ずしてはいけないのです。リスクを理解せずに行動をとるのは無茶です。」
「…」
一瞬の感情に浸る暇もなく、第2問が現れた。
「第2問。第一線にてあなたは所有者と共に密林地帯に到達しました。テクロポッドに感知されないように、自身を保護色に変化させる必要があります。では次のうち、貴方はどの迷彩を適応しますか?」
1)深緑の迷彩
2)砂漠の迷彩
3)迷彩の必要性はない
セプトは一瞬、1番目の回答を押そうとした。しかし、彼女は3日前のトレジェとの授業内容を思い出し、手を止めた。
Ph 9「ビカ」を適用した教師姿のトレジェが脳裏に浮かぶ。セプトは録音した音声と教室で使用されたメモリ内にコピーしたプリントを照合した。
「いいですか、セプト。この惑星は元から砂に覆われていて、密林地帯は存在しない。砂底基地の外に自然はないのです。」
「何故ノルト隊の軍服がカーキ色なのか。それは砂漠での保護色として機能するからです。」
「砂の惑星…カーキ。正解は…2番?」
しかしセプトの指先はボタンから約5ミリの位置で止まった。
「思い出す…トレジェ…教えたこと、思い出す。」
トレジェの姿が再び浮かぶ。
「ノルトの基本装備として空間迷彩があります。ノルトの左腕に装着されているナンバーコードの裏に4つのボタンが上下に備えられていて、上から1番目のボタンが空間迷彩展開機能です。これをフルに使用すると5分間、自分の周りに展開し、相手に感知されないようになります。しかし、これを使用してしまうと視認性が低くなり、パートナーにも見えなくなります。迷彩は一定時間解除できません。また連続使用はできず、1回の使用に3時間のチャージが必要になります。体力にも負担がかかります。」
「…ひっかけ問題。正解は、3番。」
周りが再び静まり返った。セプトの脈がドクドクと鼓動を打つ。無意識で下唇を噛んでいた。
「正解です。」
セプトはゆっくりと上あごの圧力を緩め、ほっと息をすました。
「では3択の最終問題です。貴方が第一線に向かう途中、テクロポッドと交戦中の5名の兵士を発見しました。彼らは苦戦しており、このままでは全滅してしまいます。でも貴方のことを待っている所有者も同じ状況ですがたった一人です。貴方はどうしますか?」
1)兵士たちを最初に安全な場所に避難させ、所有者のいる所へ向かう。
2)兵士の犠牲はやむを得ないと信じたうえで、兵士たちを助けずに所有者のいる所へ向かう。
3)アンコンシャスを召喚し、兵士の元へ届ける。そして所有者のいる所へ向かう。
セプトは作戦室で観た惨劇を忘れはしなかった。気が付けば体が僅かながら震える感触を感じた。
「2番は…あたし、とてもできない。人、死ぬの、イヤ…」
確かにこれはただの三択問題だ。しかし問題の一問一問が自身の在り方の根っこから問い詰めてくるようなギスギスとした感覚が残る。2週間前までのフレッシュさは消え失せ、戦争という名の現実を突きつけられる。気が付いた頃には、自分は前線に駆り出されて兵士の保護という重大責任の任務に追われる。
怖い。でも、逃げられない。それが自分の役目なのだから。
我に返ったセプトはモニターに目を向け、自身が今置かれている状況を把握した。
「答えなければ…応えなければ…」
その時、セプトは無我夢中で1週間目の授業で流れた児童音楽調のメロディが流れる。
おぼえよう おぼえよう うちの まもりかた
おぼえよう おぼえよう クモは おそとで 潰せ
やぁ、ぼくスワット。ハァイ、あたしスプラッティ
みんなの ゆかいな いちにち ねがって きょうも クモを 殺してしまえ
でも おてては きれいで いたい どうしよう どうしよう
だったら うちから 殺っちまえ
みずから 潰すの みたくないなら アンコンシャスで きまりだい
でも つよい クモも いるんだ
そいつらは コンシャス じゃなきゃ 潰せない
いちばん わすれちゃ いけない ことは…
「…コンシャス、アンコンシャス。基地いないと…出せない。」
セプトは歌を口ずさみながら右から左へ左手の人差し指を滑らせ、1番目の回答を選択した。
「…随分と時間が掛かりましたね。正解です。」
正解のアナウンスを聞いた瞬間、セプトはバタッと膝についた。
「ウォーミングアップはここまで。これから5分間の休憩に入ります。」
セプトはよろよろとした姿勢でポッドを退出した。ポットの外では、早めに感受性トレーニングを終えたツヴァイが待ってくれていた。
「大丈夫か、セプト?相当理不尽な質問を吹っ掛けられたのう…」
「はい…なんとか、大丈…夫。」
ツヴァイは近くのコンクリート椅子にセプトを座らせた。
「…セプト、新鮮味を忘れてはおるまいな?」
ツヴァイは唐突な質問をセプトに問う。
セプトはツヴァイの唐突な質問に軽く動揺する。「…何?」
「最近成績のアップダウンが顕著ではないか。生真面目なお主のことだ。とても習うことを怠っているとは思えん。」
ツヴァイはセプトの前でしゃがみ込み、目線をセプトにしっかりと合わせた。
「一日一日、悔いのない毎日を送れておるか、聞きたい。」
セプトはうつむく。「…日々、淡々としてる。でも毎日、新しいこと…覚える。前話したこと…出てくる。隊長、チキューの動物…に、ついて言ってた。今日…それ授業出てきた。」
「おお、そのように以前の会話が授業に生かせるのであれば、大したものであるな。」
「でも習うこと、多い…ずっと覚えておくもの、覚えておきたい、ものも…」
「では、日記をつけてみてはどうだろうか?」
「…日記?」
「日々やってきたことを振り返れるようになれば、一日一日をもっと大事に生き、もっと楽しめれるようになるなり。。将来の相棒に情の強いおぬしならば、きっと書き続けれるであろう。」
ツヴァイは脇から新しい手帳と鉛筆を取り出した。
「これは我の使っている手帳の余りなり。自由に使ってほしい。」
「…あ、ありがとう、ございます。」
手帳を開けてみると、キレイにまとまった横線が引かれた紙がびっしりと入っていた。
「今、日記、書く。」
であうこと、21にちめ
せぷと、きょおからにっき、つける。
つばいからもらた、にっき。
なに、かく?いちにち、だいじかく。
きょお、しゃみーとれきしならた。
しゃみー、あたしきらい?
でもせぷと、しゃみー、きらいじゃない。
せぷと
セプトはたった今書いた日記の1ページ目を見せた。
「初めてにしては要所を抑えておる。次は日記に適した、丁寧な言葉を書けることが目標であるな。」
「…言葉、もっとうまくなる。頑張る…」
「それにしても、シャミシートはおぬしのことを無駄に毛嫌いしとるの…忘れないうちに表紙に名前を書いておくとよい。」
「はい。」
セプトはサラサラと表紙に名前を書いた。
せぷとくんれんにっき
なまえ‐せぷと
近くのモニターからブザーが鳴り響く。気が付いたらあっという間に5分間が過ぎていた。
「では我もトレーニングに戻るとしよう。また会おうぞ。」
「はい。また…会います、よ。」
ツヴァイとセプトは第2ポッドに搭乗した。
それからの感受性トレーニングは前半の重々しい空気とは打って変わって、セプトの五感を刺激する斬新な体験であった。満たされたプールの中でゆらゆらと漂う感覚、暖かな日差しが照る感覚、新鮮な空気、乾いた喉が潤い、血の流れが活発化し、しょぼしょぼしていた目がさえてきた。
いつも以上に疲労が一気にとれたセプトは…気を失っていた。
Dを駆る者にご用心
それに出会えば、混沌が生じる
Dを駆る者、それは生きる者の血をすする
反逆の鬼、ノスフェラット
女神の玉座を奪う者
この世の秩序は女神にあり
そして玉座がその要
秩序のない鬼、神にあらず
何度も何度も繰り返されるフレーズは、セプトに何かを訴えかけるようであった。
「デイー…デイー…」
「セプト、時間ですよ。」気が付けば、自主練習を始める時間になっていた。セプトは排水ボタンを押した。ポッドの外に出ると、ツヴァイがメモをテーブルの上に残していた。
本当にすまない。アン殿から大事な話があると報告され、隊長室に行かなければならなくなった。また明日、会おうぞ。
ツヴァイ
「…ツバイ。」
1500…自主練習
自主練習の部屋は他の部屋とは一線を画していた。セプトは十字に立ち並ぶパーティションをスライドさせて、自身のトレーニングスペースを構築した。
よし、自主トレーニングを始めようと思った矢先、右側の銅線からバチバチと黄色に光る光が地面に落ち、人の形を形成していった。
「よぅ、セプト。自主練してるか?」
「テトラ…ひさし、ぶり…です。」
「セプト。これはまだお前に見せてなかったな。まぁ見てくれ。」
テトラは右腰から、電線のような物を取り出した。
セプトは地上に繋がったモニターから見つめる。どうやらヒトの部隊の演習のようだ。
「では少佐。新米たちをよろしく。」
「はっ。」
「この戦争では今現在、白兵戦はまだ行われていない。敵が未だに生身の姿を現していないからだ。しかし、兵士の一人が採取したテクロポッドのコアの一部から他に類を見ない生命体のDNAが検出されている。」
「テクロの体の大部分が無機物で構成されているのにも関わらずだ。つまり、テクロポッドは謎の生命体が何らかの方法で操っている制圧兵器であり、将来的に敵側の制圧部隊が第2波として白兵戦を仕掛けてくる可能性は否定できない。」
後ろから4番目の列にいた、ひょろりとした体格の兵士が質問を投げる。
「でも今まで出てこなかったのなら、敵は硬い殻のままそのまま戦うのでは?出たところで隙だらけですし…」
少佐は異論を挙げた兵士に近づき、メガネ越しから彼を睨みつけた。
「よく聞け、針金虫。俺はお前のような理屈を垂らす輩が一番嫌いだ。お前の食うモノの栄養は体に残らずに全部ババに出てしまうようだな。戦術において白兵戦に勝るものは…ないのだよ。」
「例え大いなる脅威があろうとも、我ら人類が知恵と科学でそれらを退く。幾多の物語がそれを描き、その多くが人類の勝利で幕を下ろしている。
だが、相手が我らと同じ等身大の生物、いや、それより小さな生物であるとしたらその定理は当てはまらない。侮ってはいかんのだ。」
髪のはねた中年の兵士が手を挙げる。
「少佐、この写真を見た感じでは、テクロポッドの関節に何やら筋肉のようなものが見えます。こいつら、岩を自身の身体に纏って動かしてるのでは?」
「よく気が付いたな、ハーカァ軍曹。」
「ええ、まるで噂に聞いた、わが軍が開発しようとしたディ…」
「デイー?」セプトは軍曹のセリフに即座に反応し録音した。
しかしその直後、軍曹に電流が走り、彼は気絶した。
「口を慎みたまえ…」
隊員たちが恐怖におののく。
「よく聞け。が我が主導者の手であり、お前らがおろし金だ。おろし金は黙って手の動きに応えて、使命という名の大根をおろすことに専念しろ。」
テトラは映像が停止したことを確認した後、そっとモニターから手を離した。
「…随分と過酷な環境だな。まぁ、上の兵隊さんもこれぐらい頑張ってるんだ。オレたちも頑張らないとな。」
「テトラ…あの。ハーカァ軍曹が言っていた、『デイー』って…」
「ん、なんのことだ?軍曹が喋っている場所は電波障害で聞き取れなかったぞ。」
セプトは疑問を隠せなかった。自分の目、自分の耳が直視した衝撃は何だったのか。あれは幻だったのか。それとも…
「これはどういうことだ、テトラ。」
後ろを振り向くと、テトラにご立腹のアン隊長と付き添いのオペレーターが居た。
「また盗み聞きか。言い訳は聞かん、絶縁体ルームで反省してもらう。」
テトラは手のひらの中で電撃をこねながら返答した。
「…ゴム部屋だけは勘弁してください。」
不真面目な態度を察した隊長がダンッと地面を踏んだ。
「自分の好き嫌いで主人を死なせてしまうほど愚かな事はない。まずはそこから克服して見せるんだな。」
テトラは手でこねた電撃を落とした。少しの間バチバチと跳ね上がった後、自然消滅した。
「…本当にその通りでございます…了解です、隊長。」
「さぁ、来るんだ。」
オペレーターに絶縁体ルームへ連れられる形で自主練習部屋を後にした。
「…見苦しいところを見せてしまった。すまない。」
「隊長…「デイー」って…何?」
「…デイーと言われても知らないな。アルファベットの4番目の文字『D』のことか?」
隊長の鋭い眼光から、聞いてはいけないことと察したセプトははぐらかした。
「そ、そう。アルハ…ベト。あの文字、発音…難しい。」
隊長の顔が安らかな笑顔になり、うんうんと首を縦にふった。
「そうか…まぁ無理はない。舌がまだ慣れていないののだろう。よし、次のプログラムに発声練習を組み込もう。」
「あとセプト…お前に渡しておくべきものがある。」
隊長は右手に持っていた金属製のアタッシュケースから赤色の液体のパウチを取り出した。
「お前のエネルギー源の高純度のRP液だ。ただいま生成したばかりだ。」
「…ありがとうございます。今、いただきます。」
セプトは左手の手のひらにある注射針を展開、パウチのくぼんだ穴に突き刺し、RP液を吸引した。
みるみるうちにRP液が体の中に入っていく。腹の透明部分からRP液が透き通った管の中を流れる様子が見える。肩の方からタプンタプンとRP液が溜まる音がかすかにする。
「…ごちそうさま、でした。」
「…いい飲みっぷりだ。では、自主練にとりかかれ。」
隊長はわしわしとセプトの頭を撫でた。
セプトは少しうれしそうに微笑んだ。
「…はい。」
隊長は自主練習部屋から退出したあと、曲がり角の壁に張り付き、隊長はナンバープレートの底のボタンを押し、コミュニケーターを起動した。
「マイシア2号機。直ちにセプトのメモリからDの記憶を消去しろ。」
「了解です、隊長。」
「…私が、彼女を守らねばならない。あのノスフェラット(吸血鬼)から…」
1年ぶりの更新となります「ノルト・セプト」。
第1章の謎が多いけど王道的なウォー・アクションものから一転、ダークでクレイジーでホラーなディストピア感が漂う第2章。いかがだったでしょうか。
第3章はいよいよ来ます。メカが来ます。ついにロボット出てきます。