Fate/Epocheria 作:フォーーーーウ!
顔を上げた。
眠っていたのだろう、多大な光量に少しばかりの眩暈を覚えつつ、周囲を見る。
変わらぬ謁見の間。大事な玉座。
「モルガン様?」
その問いかけに"ああ"と生返事をして、それでも辺りを見渡す。
美しい部屋だ。機能に優れた場だ。
そこに血痕も破壊も恐怖も悲鳴も、ありはしない。
ただのいつも通りがそこにあった。
「でさ、流石に無理とは思ったんだけど、ボクってば頼りにされたら断れないからさー!」
「なるほど、けれどあなたのことだ。笑って、なんでもないフリをしたのだろう?」
「勿論! だってこのボク、ハベにゃんを頼ってくれたんだもん、無理をさせた、とか思わせたくないしさ!」
時折硬質な磁器と磁器のぶつかる音が小さく響く空間。けれどそんなものは眼前の"うるささ"に掻き消されてしまって、それがなんとも心地よく、好ましい。
滝の様に言葉を捲くし立てる彼女の顔をじっと見つめれば、何か思う所があったのか、その口を閉じて──さらに尖らせた。
「どうした?」
「どうしたもこうもないよ! ボクの話、そんなにつまらなかった? ごめん!」
「突然何を言い出すんだ。そんなことは全くない」
「でも、だってモルガン、なんか泣きそうな顔だったし」
言われて、心を引き締める。
だって仕方がない。だって仕様がない。
懐かしいのだ。
この胸に去来する感覚は、いつまでたっても拭えそうにない。
「なんでもないなら、もっと楽しそうにするといいんだわ!」
「しているさ。十分にな」
少なくとも、彼女といる時間に苦痛などありはしない。
ハベトロット。糸紡ぎの妖精。トトロットという名前の方が自分には馴染み深いけど、彼女がそう名乗りたいというのなら止めはしない。
ただ、ただ、ひたすらに。
「楽しんだわ、毎日!」
「……ああ」
今はそれを、享受したい。
この妖精國の朝は早い。無論日の出日の入りの時間がどこと違う、という話ではなく、休眠活動を必要としなくなった妖精たちが、夜に寝ているのは惜しいと言わんばかりに活動を再開するからだ。
商売を営む者はその声を張り上げて客を呼び、芸術に勤しむ者はさらなる追求を求める。
人間の文化の模倣。しかしその先を、先をと求めた"だれか"がいた。
その"だれか"の考えは広く浸透し、いつしかブリテン全土において先を追及する文化が出来上がった。無論、それすらも模倣……"先を求める"という姿の模倣に過ぎないとしても、それは明確な変化。事実を認められるのが己のみであるとしても、それを快く思う程度の良心は残っている。
「モルガン様」
「……ああ」
「カルデアの者が訪ねてきていますが……」
「今、向かう」
臣下の言葉に身を翻す。
こんな朝方から何用なのか、など。
考えるまでもなく。
「単刀直入に聞くけど、貴女の仕業?」
「違う。こんなことが出来るのなら、2000年前にやっている」
「だよね……うーん、なんかすっごいヘンな感じするなぁ」
「同感だ、と返しておこう」
カルデア。星見の天文台。
かつての妖精騎士を含む大勢でこのキャメロットに訪れた彼女らは、その後ろに控えていた少女を押し出し、黙して待っている。
少女。『予言の子』。
余り快くない名だが、アルトリア、と。
「貴様こそ、その最期に何か願ったのではないか?」
「そんなことするわけないじゃん。確かに全然満足してなかったし、目的も見つけられてなかったけど、ちゃんとやるべきことはしたワケで。こんな──続きを望む、なんてこと」
「そうか」
意見を交換する、という場だ。要は。
議題は現状について。ただ、私達は互いに互いの裏がわかる。
だから、答えを有していない事もまた、わかる。
「そちらは?」
「お手上げ」
「残念ながら、私達も調査中の身だね。むしろ頼りに来たってカンジ。今こっちの
「なるほど」
カルデアのマスターが使役するサーヴァント。その在り方はどこか妖精國の人間にも近しく、けれど妖精騎士が如く苛烈。それはまぁ、かつての妖精騎士にも言える事だが。
万能の人、というらしい。それをして、現状の解決に当たる糸口は見つからない。
そも。
解決したい、と思っている者がいるのかどうかすら。
「このままでも問題ねぇ、って顔してやがんな」
「……」
「
「ちょ、村正!?」
「だから問題はそこじゃなく──いつまで続くのか、だ」
「だねー。すべての物事には終わりが付き物。絶対にいつか終わりは来る。ただそれがいつなのか、って話と、外はどうなっているのか、って話」
モースは消えた。ケルヌンノスは穏やかになった。奈落の虫も消えた。
牙の氏族の暴動も、風の氏族長の幼稚も、土の氏族長の策謀も、王の氏族長の敵意も。
何もかもがない。何もかもが存在しない。
厄災そのものが、まるで初めから無かったかのように。
けれどこの國の存在理由が、私自身の存在自体が厄災を肯定しているし、記憶もある。
ただ、事実が、現実が。
それらすべてを飲み込むようにして、消えていた。
「その予測も立てられないんじゃ、うかうか観光もしてられない」
「そうか」
「そうか、って……」
「私にはあまり、関係の無い事だ」
自身が死した事を覚えている。
妖精たちに殺された事も、あの勇士の事も。
だから。
この
「用件はそれだけか?」
「うん。またくるね」
「貴様……いつの間にそのような親し気を持つようになったのだ」
「もう怖く無いから」
カルデアのマスター。
弱い存在だ。この國の妖精の誰を相手にしても敗れるだろう、弱い存在。
だが、強い。
己は知らぬ話だが、少なくともこのブリテンを確りと救っている。救い、壊し、去っている。
己の亡きあとでこそ、とはいえ、脅威であると再認するに越したことはないだろう。
「モルガン様! ……ム、なんだお前達は」
「げ、ウッドワス!?」
「どうした、ウッドワス」
「は。……いえ、何か……私は、貴女様に、謝らなければならない事が、あったような」
「記憶違いだろう。カルデア、用件が済んだのなら、去れ。私はもう、お前達を追いはしない」
カルデアを下がらせる。
ウッドワス。美しい毛並みの勇士。
どうにも、記憶のはっきりしている者と曖昧である者が存在するらしいことはわかっている。トトロットは覚えていなかった。否、深く追求したわけではないから、もしかしたら覚えているのかもしれないが、彼女は明るく、昔のままだった。
カルデアの一行は全てを覚えているらしい。妖精たちは今の所、どの氏族の長も、民も、曖昧な状態にある。何かがあった事は気付いている。だが、何が何であるかを覚えてはいないし、それを思い出そうともしていない。
だからこのウッドワスは稀有な例だ。
自らの記憶より、強い衝動を頼りにここまで来たのだろう。謝罪など、必要ないというのに。
ただ。
「……久方ぶりに、紅茶でもどうだ、ウッドワス」
「それは──ああ、光栄です、モルガン陛下」
いずれも終わりを迎えた身であるのなら。
この一時の余暇くらいには、浸らせてもらう事にしよう。
さて、件のカルデアご一行だ。
藤丸立香、マシュ・キリエライト、レオナルド・ダ・ヴィンチに加え、アルトリア・キャスター、千子村正。さらにはキャメロットを出た後で合流した賢人グリムとレッドラ・ビットの大所帯。
そして──。
「あー、やぁ」
「お──オベロン!?」
どことなくやつれ、どことなく萎れ、どことなく呆れかえった表情の青年が一人、そこにいた。
今の妖精國はおかしい。
それがどうおかしいかは、ここにいる全員が分かっている。
だって、崩落したはずなのだ。
呪いの厄災、
奈落の虫に落とされて。
だから、おかしい。
今、見渡せど見回せど、妖精も人間も親し気に笑い合い、手を取り合って生きている。どちらかがどちらかを迫害したり、どちらかがどちらかに傅いたりすることのない関係。それもまた、ロンディニウム以外では見られなかった光景だ。
「語れることはあるけれど、今更僕の言葉を信じられるかい?」
「信じられないし、信じる意味が無いし、語らなくてもいい」
「そう言うと思ったよ。けど、いいのかい? 何か大切な事を君達に教えられるかもしれないよ」
肩を竦めて、疲れた顔で言葉を発すオベロン。
その対面でカップに入ったジュースを飲む藤丸立香に、けれど敵意はない。
「解決策があるならやってるだろうし、やる気があるならそんな事言わないだろうし」
「これはとことん嫌われたみたいだね。ま、仕方ないか」
一触即発──の空気にはならない。
アルトリアは村正とガラス細工を見に行ったし、ダ・ヴィンチはチーズたっぷりのパンを購入しているし、賢人グリムとレッドラ・ビットは何も告げずにどこかへ行ったし、マシュは同席に就いている。
敵同士だ。それも絶対に理解し合えない。
ただ、どうしようもない。
互いにどうしようもない事が分かっているから、何もしないし、何もできない。
「ウェールズの森にはもう行ったの?」
「ああ。みんないつも通りだったよ。暖かく迎え入れてくれた」
「そっか」
おかしなことに、ブリテンは再生した。
崩落した
どれもこれもが、戻っている。カルデア一行の辿り着いた時のブリテンの状態に。
そう言う意味では、鏡の氏族はいないまま。翅の氏族も、雨の氏族も同じ。
あくまでカルデアの知っているブリテンに戻っただけだ。だからこそ初めは自分達を疑ったが、当然何も出て来ず。
こうしてキャメロットくんだりにまで来て、けれど収穫無し、と。
「君、これからどうするんだい?」
「外に出る」
「そりゃごもっともだけど、もっと具体的な、目の前の目標を聞いてるのさ。たとえばモルガンを殺す、とか」
「モルガンは多分、関係ないよ」
「へぇ」
モルガンは現状をこそ理解しているようだったけれど、彼女も再生された側。藤丸立香含め、カルデア側はこの再生をわかっていて、だからこそ同じ立場にある者であると気付き得る。
それはオベロンに対しても同じ。あるいはレッドラ・ビット、賢人グリムにしてもそうだ。
誰か、もっと上位の、あるいは外の何者かによって、このブリテンは再生されている。
「一緒に来る?」
「まさか」
「そっか」
嘘だらけの役者。役を羽織る者。
だから"まさか"の裏側も立香はわかったけれど、何も言わない。
「あぁ、一つだけ忠告しておくよ」
「何?」
「こんな理想郷、そう長く続くとは思わない事だね。明日にでも終わる──そう思って行動する事をおすすめするよ」
「そうなんだ」
だから、ここから。
長い長いお話が始まるのです。
で。
「むぅぅう……むぅ……むむむむ」
「所長、さっきから何唸ってるんですか。大分っつかかなりうるさいですよ」
「うるさいのは君だウリエル君。いいかね、今このゴッフィーブレインを総動員して考え事をしているのだから、静かにしたまえよ君ィ!」
「無い頭で考えたってどうにもならないんじゃ」
「じゃあアニマル君は何か考え付くのかね」
「無い頭同士仲良くしましょうよ」
ストーム・ボーダー。
ブリテン西部に寄港しているこの艦は、どうしてか通常通りの電力を以て停泊出来ていた。船内のサーヴァント二名も活動に支障なく、特にネモ・マリーンは忙しなく艦内を走り回っている。
「大丈夫ですって。立香達なら絶対解決策を持ってきてくれますから」
「そこの心配をしているわけではない!」
「へ? じゃあ何考えてんです?」
「……下手人について、だ」
そのブリッジにて、二人。
ゴルドルフ・ムジークとムニエル。腹の出た両名が交わすは、遠くカルデア一行と同じく、現状について。
「下手人? この事態を引き起こしたヤツですか?」
「そうだ。どこの誰かまでは情報が足りな過ぎてわからないが、その動機について考えていた」
「動機……あー、確かに。なんだってこんなことしたんですかね。何のメリットがあって、っつーか」
「単純に"もっと生きていたい"、"続きたい"……そういう未練である事も考えられる。なればそのモルガンだとかオベロンだとかの可能性はあるのだろう。だが、タイミングがおかしい」
「俺達がこの異聞帯を出る直前、ですもんね。言っちゃなんだけど、そういう事考えられるヤツが全員いなくなった後……」
崩落したブリテン。この異聞帯からの脱出。完全に瓦解する前に未だ残っていた壁へ向かって突入した──その直後に、彼らは
いつの間にか眠っていた。否、欠落なく脱出できたことがまるで夢だったかのような感覚に、急いで外を確認すると。
そこには、着いた時と同じブリテンが広がっていたのである。
「偶然とか、あるいは再生させる気はなかった、みたいな事はないんですかね」
「私もそれを考えていた所だ。何か別の目的があって行った大規模な魔術行使……その副作用でブリテン島が再生しただけで、下手人にその意図は無かった、と。だが、ならばその目的とは何だ。それをするために、私達まで引き戻した理由はなんだ」
「ちなみにそれ、ホームズには」
「経営顧問には真っ先に現状の解決を依頼したとも。だが、帰ってくる言葉は一つ。"あまり考えたくない可能性……言葉にしたくない可能性は思いついているのですが"と。それを言え、と何度言っても、今はその時でないとばかり。ああもう、隠し玉はやめろと何度言ったら!」
「相変わらずだなー」
はぁ、と二人。
溜息を吐く。
「ま、結局俺達に出来る事は、あいつらの帰りを、無事を待つ事だけですよ。ブリテン全土の魔力濃度も異常ないし、やばい事あったら真っ先に所長を頼りに帰ってくるだろうし」
「……まぁ、そうだな。その計測だけは欠かさぬようにと、プロフェッサーらに強く言っておかねば」
「今までだって一度たりとも欠かした事ないですって」
それでも、それでもと。
二人は結論の出ない悩みに首をひねり続ける。
そんな二人の口から"答え"が出るのは──もっともっと、先の話。