Fate/Epocheria   作:フォーーーーウ!

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ほのぼの。


新しい日常風景

 妖精たちの島、ブリテン。

 その暦は遡る事14000年──妖精歴でいえば、12000年のこと。

 残念ながらその時の事を覚えている者はもういないし、知っていたとしても口伝や遺物レベルの書物のみの継承だけ。

 妖精に歴史を重んじる文化は無い。妖精に歴史を深堀せんとする意欲は無い。模倣によって"先を求める"性質こそ獲得したものの、その技術の重みや辿ってきたルートまでを調べようとすることは無かった。

 妖精は無邪気で残酷だ。

 一度"そういうもの"として流行り出すと、それ以外のものは求めなくなる。

 故にこそ、この國に、彼は存在できなかったのだろうが。

 

 朝日を浴びる。

 意味のない行為だ。だが、それが常となりつつある。

 自らの妖精眼をして、何も聞こえない謁見の間。大切な玉座のあるここで、心安らぐ事があるなどとは思わなかった。あれだけ騒々しかった声も嵐も何も聞こえない。あの小娘も、さぞかし暮らしやすくなっている事だろう。

 

 ブリテンがおかしくなってから、今日で七日。

 依然この國は、平和で、騒がしいままだった。

 

 

 

/

 

 

 

「いらっしゃいいらっしゃい~! パン屋のマイクが、また新作パンを出したよ~!」

「あ、いや、ダビンチ、オレは一応酒場の……」

 

 ソールズベリー。

 ブリテンで最も平和な街。もっともそれは、そこを治める氏族長の気質故と、優越感による偽の平和によるもの──だったのだが。

 

「先輩、これを」

「これがマイクの新作?」

「はい。形状は少し違いますが、味はイタリア料理のフォッカチオに似ています。これもダ・ヴィンチちゃんの助けなし助言なしの独学で作られたそうですよ」

「すごいね。彼は文句なしの天才だ」

 

 現状、進展なし。調査、進捗なし。

 それがホームズを含むカルデア一行の出した結論だった。

 変わらないのだ。

 おかしくなったあの日から、何も。魔力計測器もシヴァのレンズも何もかも。

 異常を察知すれば、すぐにでも飛んでいく準備があった。異変を感知すれば、どんな作業を中断してでも対処しに行くつもりがあった。

 けど、無い。

 一週間だ。一週間を経て、何も無い。

 ただ、わかったことはいくつかある。

 

「光の壁は越えられないまま……なんだよね」

「はい。ストーム・ボーダーでの突入は勿論のこと、シャドウ・ボーダーでの虚数潜航も何故か機能せず、いずれの観測機器もあの壁を超えることは適いませんでした」

「閉じ込められてるね」

「ただ閉じ込められているだけであれば対策の取り様もある、とはホームズさんの言ですが……」

 

 フォッカチオをもっさもさしながら、藤丸立香とマシュは語らう。

 各々。

 これ以上の進展及び調査が望めないと分かった以上、固まっていても仕方がないと、各々が各々、したいことをしはじめたのが二日前。

 ゴルドルフだけは危険だ、油断をするなと警鐘を鳴らしていたものの、二日経って未だ何も起きず。

 モースや野獣の襲来も、突然妖精が掌返しで襲ってくる事も、人間がサーヴァントを排斥する事も、何も無い。妖精同士の喧嘩すら起きない。

 かつて国立殺戮激情として名を響かせたダーリントンは、妖精たちのスポーツの場として今日も観客を賑わせている。

 

「平和になったんだね」

「はい。……それに対して疑いを持つことが、苦しくなるくらいに」

 

 でも、おかしいのだ。

 この國の現状は。あり得ないし、おかしいし、あり得ないし、おかしい。

 崩落したのだ。燃え尽きたのだ。食われ尽くしたのだ。

 それが、すべて戻って。

 それが、すべて平和になっている。

 

「美味しいね」

「はい。妖精國の皆さんの作る料理は、日々進化を遂げているように思います。そのほとんどが汎人類史に見られたものの後追いだとしても、この短期間での飛躍的成長は目を瞠るモノがあるかと」

 

 現状の進みは無いが、妖精間、あるいは人間と妖精の間での創作意欲は物凄いものがあり、件のマイクに限らず職人とされている妖精・人間のすべてが新しいものづくりに励んでいる。

 それは妖精たちが"先を求める"という文化を模倣し始めたからだと、ハベトロットが言っていた。流行ったら尽きるまで流行りを続ける妖精。なれば"先を求める"姿勢はさらに先を、さらに先をと向上していく。

 まるで人間の歴史を凝縮したかのようなスピードで、その模倣速度も上がっている。

 

「あるいは、オリュンポスへも届き得るかもしれないね」

「あ……ダ・ヴィンチちゃん。お店の方はいいのですか?」

「うん。マイクに"働き過ぎだ、休んでくれダビンチ!"って怒られちゃって。酷いよな~、私、そんなよわっちぃ奴に見えてるのかな?」

「弱いというよりは、ダ・ヴィンチちゃんは熱中すると根を詰めに詰めまくるタイプだから、傍から見てて怖かったんじゃない?」

「マイクに言われたくないけどね。彼、パン作りだけならブリテンじゅうの誰にだって負けないぜ」

「先ほどフォッカチオを頂きました」

「美味しかった」

 

 妖精の体力は人間の比じゃない。

 汎人類史に残っていた妖精──虞美人*1なんかのそれには劣るとはいえ、基本人間より強い。だから、なのだろう。単純に考えて二倍。人間の活動時間を越えた研鑽は、そのまま結果に繋がっていく。

 元より模倣が出来ていたのだ。たかが模倣、されど模倣。真似るという行為の大変さなど、創作をしたことのある者ならばわかりきっている話だろう。

 

「ああそうだ、立香ちゃん達は今日どっか行く予定とかあるのかい?」

「特には」

「なら一緒にロンディニウムに行くってのはどうかな。村正にランドセルジェット用のパーツを頼んでてさ。それを取りに行くだけなんだけど」

「うん、行こう」

 

 立香、マシュ、ダ・ヴィンチはマイクの酒場に寝泊まりしている。

 どれほどの賑わいを見せようともマイクの酒場に泊まりに来る妖精はほとんど居らず、かつての通り、酒場を賑わせる光景ばかりが見られる。そも妖精に宿を取るという文化があまり無いし、もっと言えば旅をするという事も『予言の子』以外はほとんどしないから、当然といえば当然なのだが。

 それでも最近は*2一人二人の客も増え、どこか定住の地を探すのもアリだな、と検討している立香とマシュ。この先どれほど長くこのブリテンに囚われるかが不明なため、そういう考えも用意する必要が出てきたのだ。

 

「じゃ、私はちょっとマイクにその旨を伝えてくるよ」

「はい」

「移動はレッドラ・ビットが名乗り出てくれたから、先に合流しといて~」

「はーい」

 

 立ち上がる。彼女らに支度らしい支度はない。

 身のまま着のまま、ソールズベリーの入り口へと向かう。

 そこにいた凛々しい人馬に声をかけて──ああ。

 

 彼もまた、そこに健在だった。

 

 

/

 

 

「ヒヒン! ところで皆さん一つ疑問なのですが」

「どうしたの?」

「私、一度死にませんでしたか?」

 

 それはロンディニウムへ向かう道中での事。

 あの時の半分以下のスピードで走るレッドラ・ビットから、そんな問いがかけられた。

 一瞬で静まり返る場車内。

 

「失礼、つかぬ事をお聞きしてしまったようです」

「レッドラは、どうしてそう思ったの?」

「まさか掘り下げが来るとは。いえ、ここ数日ブリテンじゅうを駆けていて、胸に去来するものがあったのです。ブルルン。私はこんなにも自由に、この國を走れていただろうかと。私はこんなにも身軽に、世界を見ていられただろうかと。──その答えは何かの果てに見つけたはずなのに、私はそれを覚えていないのです」

「覚えてないの?」

「残念ながら。確か私はその答えを得た後に、心地良い歓びの中で死んだ──はずなのです。何も覚えていませんが。ヒヒン」

 

 一定のリズムで響く馬蹄の音。それに追従する馬車の車輪。

 幌を開けた荷台の空気を、彼女らの表情を、レッドラが窺い知る事は出来ない。

 

「ですから、幸運と。そう言えるのでしょう」

「え?」

「私はたぶん、死んだのです。ええ、このレッドラ・ビットは砕け散った。ですがこうして生きていて、こうして皆さんを運べている。たとえ記憶になくとも、私は前に進んだと言えましょう。少なくとも"縛られない自由"の心地良さだけは覚えています」

 

 レッドラ・ビットはどこか誇らし気に言う。

 レッドラ・ビットはどこか悲し気に謳う。

 

「この"続き"は、本来であればあり得なかったもの。私に与えられていいはずのない幸運。なれば、皆様方を運ぶ歓びは一層強くなります。どうぞ扱き使っていただければと。ブルルン」

 

 駆ける足が重くはない。

 踏み出す足に絡みつくものはない。

 今はそれがただ、心地いい。

 

「もうすぐ着きますよ、ヒヒン」

 

 空気を重くしてしまった事については、一応、多少なりとも、申し訳ないと思っていたりしなくもないが。

 何も覚えていない自分が、その忘れ去った自分が。

 おかしな苦笑いをしたのを、どこかで感じ取った。

 

 

 

/

 

 

「皆さん! よくぞロンディニウムにいらっしゃいました!」

 

 カルデア一行を出迎えたのはパーシヴァルだった。

 白い髪のパーシヴァル。その体に、衰えらしきものは見当たらない。傷らしいものは見受けられない。

 いつも通りの重装甲ではあるが、それは臨戦態勢という事ではなく──。

 

「えいっ! やぁ! とぁー!!」

「……ふざけてる?」

 

 彼の背後。兵の練兵場らしき場所で、少女が二人。

 一人は身の丈よりも大きな突撃槍を持つ少女。もう一人は、どこか近未来的な雰囲気を覚えさせる鎧を纏う少女。

 

「ガレス! 我が姉! そろそろお昼ご飯にしましょう」

「はーい! やった!」

「うん、わかった」

 

 背後。背後。

 廃墟のようなそれでなく、しっかりと外装までもが整えられたロンディニウムの、その下で。

 ガレス。美しき手の騎士。

 妖精騎士ランスロット──否、メリジューヌ。ブリテンでもっとも美しい妖精騎士。

 その両名が、鍛錬に励んでいる。励んでいた。

 

「何? 僕の顔に何かついてる?」

「ううん」

「それならいいけど……ん、どうしたの、パーシヴァル。ご飯に行くんでしょ?」

「あ、ああ。いや……なんだか、おかしな気分になってしまって。いつも見ている光景なのに、どこか……嬉しいというか、懐かしい、は違うな。……憧れていたものを見た、というか……」

「? わからないけど、つらくないなら、良かった」

 

 一瞬、呆然とした顔で立ち尽くすパーシヴァルに、またも暗い雰囲気になるカルデア一行。

 その空気を払拭したのは、グルルルルという音。

 すわ野獣の唸り声かと思わせるその音の発生源には。

 

「あ、えっと」

「ふむ。立香……朝ごはんはどの程度食べたのだろうか」

「えっと、パンを一つ」

「……!」

 

 ここはガレスの流れだろう、と立香がガレスへ視線を向けるのも束の間に、彼女を含め、他全員の視線が己へと突き刺さっている事に気付いた。

 自らの腹。立香の胃。

 当然と言えば当然なのだろう。なんせここにいる人間はパーシヴァルと立香のみ。メリジューヌこそ妖精ではないにしても、人間と同じ構造をしているわけではない。

 

「最近、食糧事情がとてもいいんだ。立香。心しておいてくれ!」

「う、うん」

 

 それはロンディニウムに限った話ではないけれど。

 このおかしなブリテン全土において、貧乏だとか飢えだとかいう概念は消え去っている。故に盗賊も出なければ野獣の襲撃もない。かの妖精食いですら、"今は満腹でして"などという程に。

 だから、その状況は、パーシヴァルにとって余りに好ましいものであった。

 パーシヴァルから見て、藤丸立香は細すぎる。円卓軍の兵もそうだ。食料が少なかったには言えなかった事だけど、もっともっと食べて、もっともっと太く、強くなるべきだと、そういう気持ちがある。

 

「そうだ、食後にはワインケーキなどどうだろう。新鮮なブドウから作られたワインは、血流促進などの効果も見込めるぞ! それに甘いものには……」

 

 まるで、色々なものが食べられるようになったことを喜ぶかのように。

 まるで、誰もが平等に、たらふく、の文字通りを体現できることを尊ぶかのように。

 一行とガレス、メリジューヌが食堂へ至るまでの道のりで、パーシヴァルの嬉しそうな声は止むことを知らなかった。

 

 

/

 

 

 昼食が終わって、ほどなくした時の事だ。

 

 ガレスが子供らに手を引かれて街中へ消えて行った後、入れ替わるようにして青年が姿を現した。

「村正」

「おう」

 

 未だ少年とも言える容姿。しかし中身はお爺さん。

 千子村正、色々あって行動を共にし、色々あってその貸し借りは無くなったはずなのに、やっぱり色々あってこのロンディニウムに住みついている偏屈爺である。

 

「どう? 最近は」

「ま、変わりはねぇな。ここの職人らに鉄打ちを教えて、筋の良いのを抓んで刀も造らせてみたが、なまくらばかり。料理だのなんだのの目まぐるしい成長速度ってのに期待したんだが、材料から作る、だの技術を磨く、だのはまだまだだな。なんだ、発想力だけが軛を放って限界突破してる、ってぇカンジだ」

「刃物なんか作って、危なくないの?」

「刀もサーヴァントも使い手次第だろ。別に、(オレ)の教えた奴らにそういう目的の奴はいなかったよ。まぁなんだ、刀も武器も、平和となったブリテンじゃ芸術品に近いらしい。そりゃそうだろう、なんせ打ち負かさんとする敵がいねぇと来た。ロンディニウムの円卓軍も軍と名乗っちゃいるが、既に敵を失っている。この國にモルガンへ愚痴垂れてる奴はもういねぇからな。(オレ)ですら、敵意らしい敵意を、害意らしい害意を失っちまってんだ」

「失った?」

「ああ。()()()()()()()という気概が削がれるってぇのか? 鍛錬訓練ならまだしも、他者より優れたものを作りたいだとか、負けられない、あるいは負けている、だとか。競争精神そのものが根本からぶち折れてやがる。(オレ)含めたロンディニウム全員の、だ。お前らはそうじゃねえのか?」

「私は初めから、あまりそういう気持ちになったことはないので……」

「同じく」

「そォかい。……今の"おかしなブリテン"は、確りおかしいよ。自己研鑽だけじゃ辿り着けねえ領域ってモンがある。他人に嫉妬しなけりゃより良いモンは生まれねぇ。だが、それを摘み取られているってんなら……」

「いつか終わりが来る。頭打ち。歯止めが」

「そうなった時、どうなるんだろうな、このブリテンは」

 

 ある意味で、妖精たちの模倣は今までセーブが為されてきた。他ならぬモルガンの手に寄って、妖精たちの系統樹を崩しかねない模倣は剪定されてきたのだ。

 それが。

 それが、"先を求める"文化の模倣によって、加速に加速を重ねている。

 今まで通り、ダメなものはダメだ。それは変わらない。

 だが、良いモノはより良くなっていく。今はまだ人類の後追いをしているに過ぎないが、これがこのまま100年も続けば、汎人類史の文化に肩を並べる事も可能だろう。

 そうなった時、どうなるのか。

 ダ・ヴィンチのいうようにオリュンポスが如きを発展を見せるのか。それとも──飽きるのか。

 

 妖精は無邪気で残酷だ。

 先の果てが見えた瞬間、どうなるか、など。

 

「それ以前に世界が終わらねェ保障は無ぇがな」

「……」

「そう怖い顔をすんな。一応(オレ)とお前さんは敵同士なんだ、そっちだって同じ可能性は考えただろう。その上でこうして意見交換してる」

「ありがとう、村正」

「礼を言えって言ってんじゃねぇ、心配する対象を履き違えんな、って話だよ」

 

 妖精國の今後、など。

 崩落の防がれた今、汎人類史のカルデア一行が気にする話ではない。

 たとえこの"続き"が永遠のものだとしても、カルデアはここから出て、異星の神と対峙しなくてはならない。

 気を揉む相手を、気を止む相手を間違えるなと。

 

「……ム」

「あン?」

 

 やっぱり、ありがとう。

 そう言おうとしていた立香の横合いから、一人の少女が現れた。

 現れて、開口一番*3に飛び交う闘気。"争いを起こそう"という気概が削がれているとはなんだったのか、まさに一触即発の空気がそこにあった。

 

「内蔵ブレード」

「外付け折り畳み式」

「……」

 

 なんの隠語だろうか。

 村正と、そして顔を隠さぬメリジューヌは、何かをいがみ合っている。

 何か受け入れられないものがあるようで、何かを主張し合っている。

 

「……ふん」

「ケッ」

「???」

 

 一触即発とは述べたけれど。

 そのまま斬り合い殺し合いが起きる、という事は無く、メリジューヌがは去っていった。

 

「……なんだったの?」

「創作性の違い、って奴だ。気にすんな」

 

 終始、意味は分からないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
こちらは精霊種であるが

*2
このおかしな妖精國になってからは

*3
というか口を尖らせたので開いてはいない

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