Fate/Epocheria 作:フォーーーーウ!
「いらっしゃーい! ようやく来たわね、立香ちゃん」
「伯爵!」
「ええ、そうよ。私がペペローンナ伯爵よぉ!」
ノリッジ。鉄と煤と活気の街。
今でこそ戦いがなくなり、平和になったとはいえ、その火が尽きる事は無い。
刀剣が芸術となったように、鉄器を含む鉱石系統の創作物は、すべてここノリッジで製作されている。モースがいなくなれど、鉄が妖精にとって毒である事には変わらないにも関わらず、今日もこの街では人妖入り混じる皆々が熱い鉄を打ち続けている。
そこにある、伯爵邸。
外とは一件世界が変わったのではないかと錯覚する美麗さ──泥臭さのない、調度品に溢れたその屋敷に、カルデア一行……もとい、立香とマシュはいた。
「調子はどう?」
「もーーー万全よ万全! ば・ん・ぜ・ンンンン──! 調子が良過ぎて困っちゃうくらいだわ
「そっか」
「あらあら、そう悲しい顔しないで。何はともあれ今こうして会話が出来ている。それって素敵な事じゃない?」
ペペローンナ伯爵。ペペロン伯爵。
勿論、クリプターであるスカンジナビア・ペペロンチーノの偽名だ。
本来的カルデアの敵である彼は、けれど立香達に協力的だった。同じ敵を持っているから、とかではなく、今はもう、単純に。
「そっちこそ、調子はどうなのかしら? 進んでる?」
「全然」
「それが……すみません、ご協力いただいている身であるというのに……」
「んもう、謝らなくていいのよ。それが普通だもの。……あり得ない話よね。崩落した世界が元通りになっていて、争いごとの全てが消えていて、死んだ存在まで蘇り、普通に生活している……。そんな、あるいは第一や第二、第五の青にさえも似た、超常現象。ジョーダンも大概にしてほしいわよね?」
そうだ。今起きている事象は、魔法に近い。
誰かが禁術クラスの大魔術を行使した、とはゴルドルフの予想だが、正直言って齎されている結果はそれ以上のものだ。
かつてアルトリアや立香が閉じ込められた"失意の庭"では足りない。あれは閉じ込めた者の記憶や想いからしか、世界を構築できなかった。嘯くことは有れど、否定することは有れど、創造性のあるものではないからだ。
だが、今のブリテンは違う。
立香達の想像力を越え、様々な物が生み出され、様々な存在が続きを謳歌している。
そも、だれが予想しただろうか。このブリテンが続くこと。この異聞帯が再び力を取り戻す事など。
故に奇跡だ。
そうとしか言いようがなく──そうとしか言えない事が、何よりも苦しい。
「……正直、私もあれだけカッコつけて別れた手前、今更何を、とは思うのだケド。それでももう辛気臭くはしてられないじゃない? この壊されていないノリッジで。滅んでいないノリッジで。今も私をカリスマデザイナーとして慕ってくれるコたちがいる。正気だとは思えないけど、あのスプリガンまでもが私にでデザインを、その品々を乞うてきている。死人だもの。そこまで求められたら、無下には出来ないわ」
「スプリガンが?」
「ええ、そうよぅ! あのしかめっ面、このブリテンになってから真っ先にやってきたかと思えば、頭を下げてこう言うのよ。"美しいものを買いたい"ってね!」
スプリガン。
ノリッジの領主にして──実は、人間である男。
元よりプライドよりも打算のような男だったが、そうまでする理由はなんだろうか。
あるいは彼もまた、覚えているのだろうか。このブリテンの最後を。
「とーにーかーく。私も出来るだけ──この幸福が終わるよう、調査してみるから。アナタ達は、私では手の届かない場所とか、あと……自分達では思いもしなかった場所へ行ってみてちょうだい。このノリッジではどこへ入ろうとも顔パスになるよう言ってあるから。あ、スプリガンの金庫城以外ね?」
「ありがとう、ペペローンナ伯爵」
「んもう今まで通りぺぺさんでいいのよぅ!」
最後まで入テンションで。いつも通りに。
まるでこちらを気遣うかのように。
ペペロンチーノは暖かい目で、二人を送り出すのだった。
「いらっしゃいませ」
そう、お淑やかな声で、立香とマシュ、そしてアルトリアは迎え入れられた。
妖精騎士ガウェイン。否、バーゲスト。
道中虫型妖精のジェニーと挨拶を交わした後、マンチェスターの活気に呑まれる前にバーゲストの屋敷へと辿り着いた一行は、ある違和感を覚えていた。
いや違和感と言うか。
「えっと、そちらは?」
「ああ──アドニス。こちらがカルデアの皆さんです」
長身にして色々と巨大な彼女の影に、その少年はいた。
小さく頭を下げるのみの挨拶。それに苦笑したのか、バーゲストは一瞬口元に手を当て、そして彼の頭を優しく、柔らかく撫でた。
その手つき。その微笑み。どれもこれもがあの争乱の最中にあったブリテンでは見られなかったもの。ペペロンチーノの述べた幸福の二文字が脳裏をよぎる。
「申し訳ございません、緊張してしまっているようで」
「い、いえ……その、団欒の中、お邪魔してしまってこちらこそ申し訳ありません」
マシュの声が若干帰りたがっているのが分かる程、二人は幸せそうだった。というかバーゲストの幸せオーラが半端ではなかった。
けど、それでも引き下がれないものがある。
もうブリテンがおかしくなってから二週間──バーゲスト側の事情でその間会う事が出来なかったが故に、情報交換が出来ていない。
もしかしたら、何か。
そう思っての訪問。
「ごめんなさい、アドニス。先に部屋に戻っていてください」
「……」
トタタ、と少しだけ足早に去っていくアドニス。
その背を慈母のような、しかし同時に野獣が如き視線で送りるバーゲスト。
彼の姿が見えなくなると、ようやく。
ようやく、彼女はその幸せオーラを切った。
「ここでは少し広すぎますから、あちらの部屋で話しましょう」
美しき顔で、美しき声で。
バーゲストは、にっこりと微笑んで。
「単刀直入に聞くけど、バゲ子は覚えてるの? この國の事とか、自分の事とかさ」
「覚えている、とは……? 貴女には、私が名を無くすような弱者に見えているのでしょうか?」
「そうじゃなくて! わたし達の事とか、自分がああなっちゃったこととか」
「……すみません、カルデアのマスター。この女では落ち着いた話が出来そうにないので、理路整然と、用件だけをかいつまんで教えていただけますでしょうか?」
「なんだとー!?」
どうにも相性が悪いらしいアルトリアとバーゲスト。ただ今回ばかりは優先度があるので、アルトリアをどうどうと落ち着かせる立香。
とぼけている、というわけではない。否、この反応自体、未知ではなかった。
「バーゲスト」
「はい」
「アドニスは……美味しそう?」
「──私達しかいないとはいえ、そういう不埒な言葉を吐くものではありませんよ?」
やはり、だ。
妖精騎士ガウェイン……メリジューヌも似たような反応だった。
覚えていないのだ。自らが厄災と化したこと。自らが円卓の騎士に敗れた事。ブリテンの崩壊も、マンチェスターの殺戮も、何もかも。
「不埒って……今更じゃん。妖精食いのバーゲスト。惚れっぽい恋人の多いバーゲスト」
「私はもう彼に心を決めましたので」
「暴食は認めるんだ?」
「だから、年頃の娘が、あまりそういう事を大きな声でいうものでは……」
少しばかり頬を赤らめて。
そこまでくれば、アルトリアも別の意味で伝わっている事に気が付いたのだろう。あるいは妖精眼に何かが聞こえたか。
今度は逆にアルトリアが頬を赤らめる。赤らめて、ものいっそわかりやすく話を逸らし始めた。
「そ、そういえば、あの鎧はどうしたの? バゲ子、そんなに毎日ドレス着るような奴だっけ?」
「おかしなことを言いますね。戦いはもうないのですから、鎧なんて必要ないでしょう。それに、鎧など付けていたら、どうやってアドニスを抱くというのですの?」
「じ、自分だってソウイウ事を臆面もなく!」
「……カルデアのマスター。やはりこの小娘では会話が成立しませんわ。私達は私達で、もう少し理性的な会話をしませんか?」
「抱くって、抱きしめる、って意味だよね」
「ええ、それは勿論」
都合、アルトリアの自爆。
バーゲストが天然過ぎる、というのもあるだろうが。
けれど、とりあえず。
「ありがとう。知りたい事は知れたよ」
「そう、ですの? いえ、お役に立てたのなら何よりですが……」
「アドニスさんとお幸せに」
「ええ、ありがとうございます」
もう聞きたい事は無いと席を立つ立香。マシュもお辞儀をしてその場を後にする。
目をぐるぐるにしてムキーっと慌て怒っていたアルトリアもそれに続こうとして。
「……最後に聞いておくけどさ」
「何かしら」
「ウェールズの森には、行ったの?」
「いえ……行く理由がありませんの。そこに何かありましたか?」
「ううん。別に。じゃあね。私からも、アドニスさんとはお幸せにって言葉は送っておく」
「ええ、貴女も。今の幸せをお大事に」
バーゲストは。
アルトリアが扉を閉める、その最後まで、おだやかだった。
おだやかに、手を振って。
目を、細めて。
三人はそのまま北上する。実際には三人と一人……領主邸には入らなかったレッドラ・ビットと共に、彼の駆る馬車に乗って、そこまで来た。
湖水地方。
かつて鏡の氏族の領地のあったこの場所には、その名の通り、大きな湖がある。
そして湖の向こうには枯れ果て、燃え尽きた世界樹、もとい空想樹の存在が。
「……やっぱり、無いね」
「はい。あれほど巨大な木の根。どこかへ移動させる、あるいはさらに燃やし尽くす、などの手段が考えられますが……」
「無理だよね、どう考えても」
「はい」
無いのだ。
2000年前に枯らされ、つい数か月前、異星の神への攻撃に使われたあの樹が。
妖精たちには世界樹として祭り上げられてきたあの樹が。
この湖水地方にあったはずのそれが、どこにもない。
「おかしいことだらけのブリテンで、唯一、形に残る程明確に変わったもの。いや、唯一じゃないか。だって」
三人が進む。レッドラ・ビットは遠くで待ってる。
三人が進む。前はもう少し大所帯で来ていた湖水地方を。その森の中を。
進んで、進んで、そこへ辿り着いて。
「やっぱり、無いね」
「うん」
「はい」
少しばかりの遺跡──廃墟の残るそこの、更に奥。
「やっぱりないよねー」
「あ、ミラーだ」
「やっほー」
大量の水の溜まった森の奥深く。
何もないその場所。何もなく、何も無く、何も無いこの場所に、一体の
その視線の先には、やはり、何も無い。
「相変わらず、消えられそうに無い?」
「ないねー。私もうやることなくなったし、いる意味ないと思うんだけどなー。どうしてか、必要なものとして引き留められてるみたーい」
「他に誰かここに来たりした?」
「前も来たあのちっちゃい子くらいかなー」
「そっか」
ここにはかつて、アルビオンという竜の死骸があった。浸かっていた。
それがない。どころか、モースの呪いに似た成分だった沼の水さえ、本来通りの静謐なものに代わっている。
無論あの不躾なKEEP OUTのテープもなければ、数多のモースがうろうろしている、ということもない。
ただの沼だ。ただの森の、ただの水地だ。
「どうしてここにきたのー?」
「ちょっと、ある人に言われて。自分達では思いもしなかった場所に行け、って」
「ここがそうなの? でも前に来たよねー」
「だから」
言って。
藤丸立香は、一歩を踏み出す。
マシュとアルトリアが止める間もなく、身の着のままに、立香は。
その身を沼の水の中へと投げた。
「キミはバカなのかい?」
「……まさか本当に来られるとは」
見た目の綺麗さとは裏腹に、思ったより粘性の高かった泥は、意図も容易く藤丸立香の呼吸を奪った。奪って意識を刈り取って、はい現在、である。
現在。今。
彼女の目の覚ました場所は、あの薄暗い湖水地方ではなく──美しい、花の園。
理想郷だ。星の内海、すべての妖精たちが目指す桃源郷──アヴァロン。
「夢だよ。残念ながら、というか当然の如く、沼に顔を突っ込んだ程度ではアヴァロンに至る事は出来ない」
「あ、そうなんだ」
「改めて聞くけど、キミはバカなのかい?」
そこに、彼はいた。
咲き誇る花が如く、あるいは揺れ動く幻が如く。
夢幻の魔術師。花の魔術師。
「おはよう、マーリン」
「こんにちは、立香ちゃん」
あきれ返った顔のマーリンが、そこにいた。
「私もね、あの時に
「マーリンの仕業じゃない、ってこと?」
「それは勿論。いくら私が万能マーリンお兄さんだからといって、この世界の全てを巻き戻し、定着させる、みたいな外法が扱えるわけではないからね」
「そっか」
この幸福は、この平和は。
誰もが思った事だろう。夢のような話だと。夢を見ているかのようだと。
じゃあ、犯人はマーリンだと。
誰もが考えた。
が故の行動だ。
その判断は間違いまくっていたとはいえ、こうしてマーリンが出てきてくれた。立香のその行動に、これは出ていってやらないともっと大変なことをしでかすぞ、と思ってくれたのかもしれない。
「マーリンでも、下手人はわからない?」
「予想はついているとも。けれど、私にそれを止める事は出来ない。やる意味が無いからね」
「マーリンになくても、こっちにはある」
「そうだろうね。君達は一刻も早くここを出なければならない。妖精や人間達の創作の手伝いなどしている暇は無いし、続いたことで、争いを無くした事で幸福となった彼らを観測している暇なんて無い。早く外に戻って、外なる神に対抗する手段を構築しなければならない。ロンゴミニアトを手に入れる事が叶わなかったのだから」
「わかってるなら、はやく言って欲しい」
その手を。
その指を、唇に当てて、ウィンクを一つ。
「なら、一つだけヒントを上げよう。この世界では、失われたものが存在するんだ。存在するはずのものが失われているんだ。だというのなら──出口は、どこにあるのだろうか?」
花弁が舞う。
手を大きく広げ、朗々と謳う彼から、急激に遠ざかっていく。
美しき花の園。そこから引き上げられる。抵抗は出来ない。する必要がない。
だって。
「──ぱい、先輩!」
「応急処置はしたから大丈夫だとは思うけど……」
遠ざけられているのではなく、覚醒を促されているだけなのだから。
「……おはよう」
「良かった、先輩!」
口の中の泥っぽい味に苦い思いを覚えながら。
それはもうカンカンなアルトリアと泣きそうな顔のマシュに、何度も何度も謝るのでした。
「……」
飛ぶ。
飛ぶ。
蛾の如き姿となったオベロンは、宙を飛ぶ。
地上にはいられない。キモチガワルイから。
誰かの元にもいられない。キショクガワルイから。
言葉に出せばあらゆる事が嘘となるのなら、こうして誰もいない空で物思いに耽っていた方がよほど建設的だ。
うざったる有象無象に囲まれる心配も、文字通り虫を見るような目で監視してくるモルガンからも逃げられる。
「……はあ」
そこまで考えて、オベロンは思考を切った。
思考を切って──姿を戻して、翅を閉じて。
そのまま落ちる。
垂直に、真っ直ぐ。一応まだ自身の領地となっているウェールズの森へ。
落ちる。
落ちて。
当然の様に、ぐちゃ、っとなって。
「……面白いね、ホント」
目を開けると、彼は森に座っていた。
キシキシと鳴る虫に囲まれて、昔の様に。