ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>> BEGINNING-LIVE!   作:添牙いろは

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7話 崎乃平花子

 ついに始動したTRKプロジェクト――その名称が決まったのは初舞台の前日ではあるが――未だ知名度はゼロに等しく、仕事を取れるような状況ではない。それでも、彼は彼女たちのプロデューサーである。たとえ先行きが見えなくとも、闇の中の光を見出すしかない。少しでもできること、思いつくことを一つひとつ、手探りで。

 そんなある日――そこは、彼にとって唯一の居場所であるカラオケボックスの店長室――兼、彼の私室――兼、TRKプロジェクト事務所。店舗一階最奥にある六畳一間。小さな窓はあるものの隣のビルが迫っているため薄暗く、昼間も照明が欠かせない。簡易なパイプベッドにノートパソコンの乗ったワークデスク。資料棚。モニタに映し出されているのは、ガールズバンドの四人組。ボーカル、ギター、キーボード、ドラム――よくある組み合わせである。が、その衣装は生地が極端に少ない。襟と肩だけで途切れたトップスゆえに胸を覆うことはできず、スカートは股上二〇センチ。こちらも黒い柔毛が堂々と曝け出されている。特にドラムはペダルの都合で足を開かねばならず、割れ目までしっかりと見えてしまっていた。このような撮影に慣れているのか、音楽に集中しているのか――彼女たちに恥じらう様子は見られない。乳房も陰毛も気にかけることなく、楽曲の演奏を続けている。特に、ボーカルの振り付けは激しく、振り回されるふたつの乳首は会場内を睥睨するかのようだ。その音は、彼のヘッドホンに収められている。ゆえに漏れ聞こえることはないが、睨みつけているその表情は至極険しい。

 机の傍にはメンバーとの対話の際に必要となる折りたたみの椅子の用意が二脚ほど。私室ではあるが事務所でもあり、カラオケボックス店長室でもあり、そして時刻はすでに午後四時すぎ――そろそろ授業を終えた学生たちが唄いにやって来る時間帯である。それもあり、彼の装いはワイシャツにスラックス――仕事をしているという姿勢を明確にするためにも、それを着ている。高校を出て進学していれば、いまごろ大学生であるはずの年齢ということもあり、その顔立ちはやや年若い。だが、店長として過ごしてきた数年で、社会人としての真剣さは身にまとっていた。

 しかし、熱心に視聴している動画はプロジェクトメンバーのものではない。タイトルは『ガールズバンド裏営業』――典型的な企画モノのAV――これでは、仕事どころかある種のオカズ探しのような――いや、これもまたれっきとした新規候補者の検索作業なのである。

 条件は先ず、脱げること。そして、輝ける可能性――彼はそれを<スポットライト>と呼んでいるが――それを感じられること。はっきりいって、表舞台で活躍するアイドルよりも圧倒的に敷居は高い。

 だとしても。

 彼は、その輝きを届けたい。伝わる人にだけ――だが、それを求めてやまない人へと。

 しかし、彼の理想に見合う女性はなかなかいない。今回も空振りか――容姿も良く、音楽や演技の実力もあり、女優としての仕事にプライドも感じる。だが――それだけだった。動画を一通り確認し終え、彼はカップを傾け一息つく。本来は紅茶派であるが、茶殻の後始末のことを考えてインスタントコーヒーを愛用していた。大きなポットも併設しており、彼が席を立つことはほとんどない。一方、営業活動となればここに座ることもない。ならば、ここにいられる間くらいは有意義に使いたい、と彼は思っている。外に向けての活動は日中に全力で行ってきた。ならば、いまはとにかく内に向けて――

 ゆえに、その不意打ちのような着信メロディに彼は不覚にも驚かされた。

 直に顔を合わせての営業が多い以上、携帯電話は原則として消音にしている。だが、それは最近用意したものであり――このTRKプロジェクトのため新規に番号を取得した。が、仕事の問い合わせなど一度もなく――マナーモードを設定していなかったことすら忘れていたほど。

 しかし、この端末への発信ということは、仕事に対する用件に他ならない。これまでの営業活動がついに実ったのか――? 突然のことに、喜びの感情すら追いつかず、無我夢中のままに彼は応じる。

 だが――

 

『もすもす、そのー……ヨシザ芸能事務所様……だすか?』

 

 申し訳無さそうな問い合わせに、彼は思わず落胆する。発信者の訛りから察するに、どこかの地方の同業者かもしれない。

『すんまそん、間違えたみたいだす』

 それだけ言うと、通話は途切れた。やはり、時期尚早ということなのだろう。ストリップアイドルが人々から求められるのは。それでも、いまはこちらから人々に目を向けなくてはならない。

 そのためには――

 コンコン、と扉が敲かれる。

 果たしてここに、新たな仲間がやってくるのか――

 これから、彼らはそれを確かめる。

 

 時間は半日ほど遡り――

 

       ***

 

 朝は、すべての者にとって等しく美しい。そこが、闇と混沌の街だとしても。

 すでに始発も走り出し、帰路を待ちわびて徘徊していた者たちの姿も消えた。跡に残るのは煙草の吸殻に、カップ麺の容器やビールの空き缶――目についたものは、彼自身の手で拾い集めるようにしている。あまりに美観を損ねるようでは、行政に規制の口実を与えてしまう。その先にあるものを、かつての社会を知る者たちからよく聞かされて育ってきた。

 そんな殊勝な若者を、老人は労う。

「ファファファ、今朝もせっせと熱心なことよのぅ」

 その建物は閉館時間ゆえに中は暗い。しかし、扉が開かれた一瞬だけ、大音量の切れ端のような気配が漏れ聞こえてきたような気がした。

 本来、朝の清掃はこの老人の日課である。が、それを引き取ってくれた若者の隣に彼はゆっくりと並び立つ。

「おはようございます、 浅草(あさくさ)さん」

 そして、ふたりで空を見上げた。淀んだ建物と透き通る朝の空。それはまるで、場違いな背景パネルを立てられたジオラマのような不協和音。だが、ずっと変わらないものがそこにある。だからこその、館主としての日課だった。

 その劇場は、一世紀以上前からここにある。特殊な土地柄であったため再開発の矛先を向けられることなく、ずっとここに。一時期、風当たりが強まった際に営業停止に追い込まれてしまったが、それでもこの老人―― 浅草(あさくさ)(いわお)――このストリップ劇場五代目オーナーは、いまもここで過去の遺産を見守っている。

 先代のオーナーは、自分の代でこの劇場を閉じるつもりだった。条例が強化され、営業の継続も難しく、それでも、自分から手放すことは憚られ、息子であった巌に、自分の死後は取り壊すように、と告げて。

 だが、締め付けに対する反動というべきか。風俗街から風俗産業が一掃された結果、非合法の風俗産業が裏稼業の資金源として日本中に蔓延り、それどころか、中には海外に求める者も現れ、国際問題になる始末。

 昨今台頭し始めた自己責任論――これにより成人年齢が引き下げられ、性風俗も自己責任の名のもとに規制緩和され――現実には、この新歌舞伎町という一帯に押し込められたともいえる。だが、少なくとも適切に管理されるようにはなった。

 巌の自己努力ではなく行政に流される形ではあったが、劇場は首の皮一枚つながったといえる。だが、規制が緩和されたことで――皮肉なことに人々はより過激な娯楽を求め、昔ながらの裸劇鑑賞に熱を入れる若者はあまりいない。結局、客層は昔を懐かしむ壮年者が中心となっている。この状況で経営を続けていくことは難しく――踊り娘たちもより金回りの良い業種に移ってしまい、専属ダンサーとして出演してくれる者もすでにない。

 だがそこに、新たな若い芽が息吹き始めている――と歓迎するほど、五代目オーナーも期待してはいない。むしろこれは、人生最後の博打である。いずれにせよ、何も手を打たなければ今度こそ自分の代で劇場を閉じることになるのだ。ゆえに、そこに悔いはない。だが、可能性をさほど信じてもいない。この()()()()()()()を。

「これまでどおり、()()()でええよ、()()()()()

「ははは……」

 客として観覧できる年齢にもなって坊っちゃん扱いか、と複雑な心境ではあるが――実際、自分と比べれば祖父ともいえる年齢差である。父と共に世話になった経緯もあり、息子は己の若さを甘んじて受け止めることにした。

「それで…イワ爺さん、リハーサルの様子は」

「ファファファ、興味深く見物させてもらったよ」

 初ステージは幕間だったが、それが好評を博したため、それからはきちんと枠をいただいている。ライブハウスで唄って踊るような可愛らしい女のコたちが、曲の進行に伴い脱いでいく――それは清純を売りとする 偶像(アイドル)としてギャップを感じさせると同時に、AVとして使い古された題材でもある。

 だからこそ。

「ヌシは……どこまで目指すつもりかの」

 闇を感じさせる古老の瞳に、若者は眩いばかりの光で応える。

「行けるところまでです」

 この劇場を復興させる――などと言わなかったのは一先ずの及第点。しかしこれは、若者らしい向こう見ずな果てなき理想――ということでもなさそうだ。彼にとってプロデューサー業は始まったばかり。まずは、メンバーの生活を保証することが最優先である。おそらく、その程度であればイワ爺も心配することはない。

 だが、そこより先は()()の縄張りに抵触する危険性がある。

「『ライブネット』の 萩名(はぎな)、『天然カラーズ』の 相馬(そうま)、『ファンムード』の 周防原(すおうばら)……ふむ、いまの路線で行くならば、最初に引っかかりそうなのは相馬かのぅ」

「……はい」

 混沌に見える新歌舞伎町ではあるが、実質大手三社によって牛耳られており、各営業所はそのいずれかに所属している。比較的穏やかでノーマルな性癖を扱っているのが 相馬(そうま) 智之(ともゆき)率いる『天然カラーズ』、これに対して、ニッチな特殊性癖を扱っている 萩名(はぎな) 兵哉(ひょうや)の『ライブネット』、そして、マニアックな中でも一際ハードな作風の 周防原(すおうばら) 明夫(あきお)の『ファンムード』――現在独立性を保てているのは実のところ、イワ爺のストリップ劇場は老舗――しかも風前の灯火ということもあり捨て置かれているだけ、というのが実情だ。しかし、もし若者が上を目指すのであれば、必ずどの三社かの傘下に入らねばならないだろう。そうすれば、上の意向には従わねばならないし、これまでのように好き勝手やっていては自殺行為だ。メンバーたちを護るためにも、慎重に選択しなくてはならない。

「ま、しばらくは良かろうがな」

 ふっ、と息を吐き、カラカラと笑う。

「よろしいのでしょうか」

 深刻そうな話から軽い調子に一転させられ、若者は思わず毒を抜かれた。

「気にしなさんなって。すでに暇な踊り娘が小遣い稼ぎにしか来てくれんような場末の劇場じゃからな。好きなだけ使ってくれてええぞい」

 それは当然、客を呼べるのなら、ということだ。呼べなければ呼べないで、ただ潰れるだけ――困るのは、この若者の方である。

 ゆえに彼だけではなく、彼女たちも協力を惜しまない。

「それにしても、本当に助かっておるよ。おかげで公演の空きも埋まるようになったし、それに……ほれ、あの器用なメイドっ娘」

「あ、はい。(ひのき)さんですね」

「新作の衣装を頼んでも良いかのぅ。観客にも好評でな」

 檜しとれがメイドっ娘と呼ばれるのは、ひとえにヘッドドレスにある。一般的な髪飾りとは一線を画するそれは、彼女曰く『メイドの魂』。脱いでいくストリップという性質上、メイド服を維持することはできないが、このヘッドドレスだけは最後まで外すことはない。そして、彼女がまとうメイド服は自身の手製であり、洋裁スキルについては人一倍長けている。それによってギミックを仕込むこともあり――解体されていく衣装はストリップとも実に相性が良い。

「それは、本人に確認を――」

「問題ありませんわ、()()

 その声に振り向いたとき、ふたりの男たちは呆気に取られた。どうやら、話題の当人はすでに到着していたらしい。普段のしとれは常識的にメイド服で出歩くことはない。しかし、この街は常識の外にある。何の変哲もない一般女子が歩いていては、どんな危険があるかわからない。だからこその、メイド服である。一般人ならざる服装――この街の関係者であれば、下手に手を出すことはできない。

 という事情はさておき、この姿で堂々と街を闊歩できることに、しとれは密かに高揚していた。やはり、メイド服は可愛い。そんな単純な理由で始めたメイド喫茶のバイト先でのミニライブ――そこで名声を上げ、ついた二つ名は『メイド☆スター』

 しかし――

 当時付き合っていた元カレとのプライベート動画が流出したことでその座を追われてしまった。それでも、彼女のポテンシャルを見出した彼によって、ここへと導かれたのである。

 しとれのメイド像は実在する邸宅に従事している本来のメイドではない。メイドの特徴だけを抽出したファッションメイド――ゆえに、その生地は艷やかなパッションピンク。スカートの丈も短く、胸元も開き気味。それは、彼女がメイド喫茶で培ってきた経験。これこそが――ご奉仕であると。

 それはいい。

 少々派手でも、メイド服は珍しくもない衣装である。それに、ステージ上のしとれを知る者なら彼女がメイド服を着ていることに違和感もない。ゆえに、彼らが驚いたのはその随伴者の方だった。彼女()()はカラオケボックスのクローズ担当としてふたりで残り、従事していた。たとえ、この街の恐ろしさを知り、対策を立てていたとしても、このような人の少ない時間帯に女のコひとりで往来することはない。

 だが、まさか()()()()()を引き連れてくるとは思わなかった。

「おはようございます、コーチっ!」

 そのシルエットは、まるで雪だるまである。ちょこんと顔を出した小さな頭に対して、鎧は丸く大きい。プロデューサーをコーチと呼ぶ彼女は 園内(そのうち) 晴恵(はるえ)。浮世離れした彼女は、身体の線が出る服装を恥ずかしいという。だが、その基準は極めて厳しい。水着はもちろん、一般的な量販店の服装すら耐えられず、普段は古布をまとめ上げたモコモコの毛玉のようなものをまとっていた。が、プロデューサーと出会ったことで気づいたのである。顔さえ隠せばどんな姿格好でも恥ずかしくない、と。

 しかし、この街でそれはマズイ。

「本当は、マスクでお伺いするつもりだったのですがっ」

「……この街で覆面は洒落にならないかと」

「ありがとうございます、檜さん」

 新歌舞伎町は不審者の集まりである。もし頭部を隠して闊歩する者があれば――早朝につき()()()ではあるが、通行人がいないこともない。きっとその誰かの手により、あっという間に不審者として通報されてしまうことだろう。こちらのハリボテ甲冑も不審ではあるが、顔を出しているだけまだマシだ。こんな事もあろうかと、しとれがこれまで制作してきた衣装を店にいくつか提供してもらっている。この丸い鎧もそのひとつだ。

 イワ爺はその鎧の出来栄えを上から下まで眺めて思わず唸る。今回依頼しようとしている衣装は、標準的な服飾よりも着ぐるみ的な要素が強い。

「ふぅむ、本当に何でもイケるようじゃのぅ」

 晴恵は老人の視線の意味を理解した。ジロジロと観察しているのは自分ではなく、自分の着ている服の方であると。

「それでは、私も()()に合流させていただいてもよろしいでしょうかっ」

 服を確認したいのであれば、脱いで渡した方が良いだろう。少なくとも、このままステージに上がることはない。

()()()()()ですね。よろしくお願いいたします」

 プロデューサーからの返事に、はいっ、と威勢よく応え、晴恵は建物の中へと進み行く。だが、ガチャガチャと金属音が鳴ることはない。いわゆる衣装用の可変プラスチックでできているようだ。

 本来であれば、しとれも晴恵に同行したいところではある。が、依頼があると含んでいた館長を無視することもできない。

「ところで、新しい衣装が必要とのことですが」

 メイド服も目立つといえば目立つが、この街であればアーマーほどではない。元々少なかった視線が皆無となって、プロデューサーとして胸を撫で下ろす。少なくとも、老人とメイドの会話にそこまで関心を抱く通行人はいない。

「おお、受けてもらえるかの?」

「はい、喜んで」

「いえ、ちょっと待ってください」

 しとれは、自分にできることを手伝うのがTRKにとって良いことだと考えていた。そして、メイドキャラとしての自分にとっても。だが、即答してしまうしとれに、彼はプロデューサーとして危機感を抱く。

「先ずはどのような衣装かを確認させてください。そのうえで工数を見積もりまして……」

 確かに、しとれは以前も請け負ったことがあった。しかし、それはあくまで改修である。一着丸々作るとなると、半月以上かかるかもしれない。その間、レッスンに必要な時間を削られても困る。

 保護者に割り込まれてイワ爺は少しだけ鼻白むが、それもまたプロデューサーの仕事か。無理を言うわけにもいくまい、と老人はほどほどに自重する。

「今度、人魚姫をベースにした演目をしたいとゆってる娘がおってのぅ。それで――」

 それを聞き、しとれはふっと微笑んだ。

「でしたら――」

 しとれには要望に対するサンプルを示すことができる。だが、それが自ら飛び込んでくるとは思わなかった。

「PクンPクン、見て見てー! ひのっきーが作ってくれたんだって!」

「むふぅ!?」

 イワ爺とて長年ストリップ劇場を営んできた身である。女性の裸については見慣れていた。それでも、ここまでの乳房には、なかなかお目にかかることはできない。ぴょんぴょんと飛び跳ねながらやって来たのは 宮條(みやじょう)(もも)――バストサイズは三桁に及ぶJカップである。服を着ていても圧倒的な存在感を放つというのに、剥き出しになったそれがジャンプに合わせて無軌道に振り回されては、それ以外のすべてが意識の外へと追いやられてしまいそうだ。この巨大な丸い塊を、あどけなさの残るツインテールの小さな女のコがぶら下げてくるのだから、これはもはや尋常ではない。実際、彼女が男を絶やすことはなく、その中でタチの悪い連中と関与していたところを、プロデューサーによって保護されたのだった。

 人の少ない時間帯だけに騒ぎにはならないが、ここまでの膨らみを見せびらかされては、通りがかっただけの人でも思わず振り返ってしまう。そして桃自身も、自分の胸について羞恥以上に誇りを持っているようだ。ゆえに、こうして堂々としている。ステージの上ではありがたいが、公共の場でこれはマズイ。早くしまって欲しいプロデューサーだったが、その思いとは別に、しとれも桃の胸に疑問を抱く。

「あの……ブラもあったはずなのですが」

 人魚姫といえば、貝殻の胸当てだろう。童話の主人公にトップレスで舞い泳がれては、少年少女の夢としては刺激が強い。

「上はねー、ちょっと貸出中」

 開けっ放しのガラス戸の方を見やると、桃と同じようにぴょんぴょんと上半裸の女性がやってくる。人魚姫の下半身――両足が魚の着ぐるみでまとめられているため、非情に危なっかしい。というより、若い女性が胸を顕にしたまま路上に出てくる事自体が危なっかしい。桃と比べられては誰もが見劣りしてしまうが、彼女のそれは標準サイズよりやや控えめといえる。それでも、こうも飛び跳ねながら前進してくれば、上下に揺れる二輪の花弁はその肉厚を自己主張してやまない。

 様々な意味で危険を孕んでいるが、両手が塞がっているのも危険を増長している。顔をすっぽり覆う貝殻のパーツは、彼女の胸には明らかに大きい。間違いなく、本来は桃の胸を包むためのものだったのだろう。ゆえに、当然のぞき穴はない。目隠ししたまま、両足を揃えてここまで来たのである。

 そして、当の本人は平然と言い放った。

「両足を揃えての移動……これはバランス感覚が鍛えられますね。人生、日々特訓、ですっ」

 これまでの晴恵は、布の塊のようなものしか着ることができなかった。しかし、プロデューサーたちと出会ったことで、顔を隠せば身体の線を見せても平気だと気づいたのである。しかしそれは身体の線どころか、胸の先まで見せても気にしない。むしろ、清々しささえ感じられる。きっと、それを<スポットライト>として感じるのだろう、とプロデューサーとして彼は感じていた。そんな才能を集めて、彼はアイドルユニットを立ち上げたのである。ゆえに、その輝きを魅せられては、つい止めることも憚られてしまう。ここの館長であるイワ爺に言われればきっかけにもなるのだが、ご老人は若い乳房にご満悦の様子だ。

 しかし、しとれはこれにも異論を唱える。

「そちらの衣装にも胸当てはあったはずなのですが」

 せっかく上下セットで作ったのに、誤った着こなしをされては、制作者としては些か不服が残る。

「ここに来る途中で外れてしまったようで……すいませんっ、必ず探しますからっ!」

 晴恵の寸法に合わせて作られたものではないため、館内のどこかで落としてきてしまったらしい。とはいえ、小さなパーツでもないしすぐに見つかるだろう。

 というか、すでに拾ってきてくれていた。

「それならボクが持ってきたよ。更衣室で拾ったから」

 と、貝殻のブラを届けに来た本人さえも、何らかのブラが必要な状況にある。何故なら、力士とは廻し一丁であるべき――たとえ、女子であっても――それが彼女、 駒辺(こまべ)(けい)のポリシーなのだ。力士と呼ぶには細身の手足。にも関わらず、胸だけは力士のように脂肪を湛えているが、その先端、その色合いは力士にしては美しく鮮やかすぎる。このこだわり――それだけ彼女は、相撲に対して真摯だった。それは、自分が望んでいるものはあくまで『おすもうプレイ』あり、相撲とは別物である、と切り分ける程度には。彼女の嗜好は一見滑稽であり、艶やかさも感じさせないものだが――ある種の意外性というべきか。個性的なキャラクターとして一部の層に好評を得ている。なお、彼女はメンバーに対して一方的に四股名をつけて呼んでいるが、常連客も名付けてもらえる。それが欲しくて、通い詰めているファンもいるらしい。

 とはいえ、それはあくまで一部の層であって、ここでは廻し一丁の上半裸女子である。それに並ぶのは二本の足を魚でひとまとめにしたトップレス少女がふたり。片方は絶大なる巨乳で、もう片方は巨大な貝殻で顔を隠した微乳。胸の膨らみからして色とりどり、様相も仮装パーティーさながら。さすがにこのままにしておくことはできない。

「あー……先ずは園内さん、胸を着けていただけないでしょうか」

 せっかく慧が持ってきてくれたのだから。あいにく、晴恵自身は顔を隠す貝殻の面で手が離せないので、慧が巻いてあげようとはしたものの。

「うーん、やっぱりギリギリだね」

 ストリップという性質上、外しやすいよう背中をマジックテープにしたのが仇となった。()()()()()()が小柄ということもあり、晴恵の背中にはかろうじて合わさる程度である。これで飛び跳ねながらやってきたのなら、道中落としてしまうのも仕方ない。それを気にせず出てきてしまうことは無茶が過ぎるが。

「これ、 織姫浜(おりひめのはま)関に合わせて作ったんでしょ。無理して着けようとするから」

「誰が貧乳やねんっ!」

 勢いのある関西弁のツッコミが朝の空気を小気味よく切り裂く。振り返れば、タクシーが走り去っていた。この小柄なお嬢様―― 丘薙(おかなぎ) 糸織(しおり)を乗せてきたものである。背丈はメンバー最小。胸も最小。さらりとなびかせる長い髪は、どことなく風格を漂わせる。にも関わらず、その装いは量販店のプリントTシャツにハーフパンツと安物で固めており、一方で左右の頬に寄せる縦巻きロールだけはわざとらしい。よって、メンバーの多くがキャラ付けのためのお嬢様だと捉えているが。

「わおー、タク出勤とは重役だねぇ」

「うっさいわバケチチ。こんな危険地帯をおにゃのこひとりで歩かせんなや」

 桃は糸織の背後にある財力を見抜いた数少ないひとりである。そして、彼女のプロデューサーも当然のこと。ただしふたりとも、あまりそこには触れないようやんわり口止めされている。

「申し訳ありませんでした。ご連絡をいただければお迎えにあがったのですが」

「かまへんて。今朝はウチの気まぐれやからな」

 糸織は大学を卒業している年齢ではあるが、風貌はメンバー最年少の慧より小さく見える。そんな幼女がこんな時間に繁華街を歩いていては、良い人から悪い人まですかさず声をかけてくることだろう。彼女は自分の体型を自分の武器だと認識している。そして、それが今回の状況では裏目に出ることも。

 そのため、車でやって来たわけだが、糸織の来訪に、晴恵は仮面の裏で笑顔を弾けさせた。

「助かりますっ、私のパートにご教授いただきたいところがあったのでっ」

 糸織は実家で発声の基礎レッスンを受けてきており、その甲斐あって動画配信サイトでは歌い手としても人気を誇っていた。が、ライバルとのお色気路線の応酬の末にアカウントを停止させられ、その後は成人向けサイトに戦場を移す。だが、肝心のライバルは私生活の多忙によりドロップアウトしてしまい、張り合いがなくなったところでこのアイドルユニットと出会ったのだった。そのような経緯ゆえに、メンバーを強くライバル視している節があり、レッスンも単独で秘密裏に行うことが多い。少しでも他のメンバーと差をつけるために。

 ただ、そのようなことをしなくても、糸織は既にメンバーの中でトップクラスである。それは、メイド☆スターとして名を馳せた檜しとれと、もうひとり――

「それよりさー、Pクン。全員揃ったら重大発表するってゆってたじゃん」

「せやで。そんためにわざわざ出張ったっちゅーに」

 もちろん、それだけやないけどな、と糸織は付け加える。

「長くなりそうなら、部屋に戻ろうかいの。カビ臭い古屋で恐縮じゃがな」

 せっかくイワ爺が室内へ誘導してくれようとしている。

 だが。

「いえ、幸い周囲に部外者もおりませんし」

 彼はプロデューサーとして、この小さな劇場、小さな街の中だけで彼女たちを終わらせるつもりはない。それゆえの決断を伝えるのであれば、この広い空の下で――

「我々TRKプロジェクトは、ストリップアイドルとしてだけでなく、表舞台打って出る挑戦を企画しております」

 これには、メンバーたちも興奮を抑えきれない。

「す……すごい……」

「あたしたち、テレビとか出ちゃうの……?」

 彼が見出した彼女たちは、誰もが()()()()()()で輝きを増す女のコである。しかし、それでも、表と裏の最大公約数を探したい――それが、プロデューサーとしての彼の方針だった。

 これには、イワ爺も驚きを隠せない。その少年時代を思い返してみれば――物心ついたころから裸の異性に囲まれて、何ひとつ動じることのない子供だった。ゆえに、ストリップアイドルをプロデュースしていること自体に違和感はないが――

「ファファファ、劇場ひとつに収まらんところは、まさに父親似、といったところじゃのぅ」

 プロデューサーに、幼少の頃の記憶はあまりない。ただ、覚えているのは――鮮明に覚えている異性の裸体はストリッパーたちのものだった。その後、様々な業種に手を広げてゆき――譲り渡されたカラオケボックスもそのひとつである。

 当然、息子に父の足跡を追いかけるつもりはない。ただ、自分の目指す先が、結果的に似てしまっただけのこと。それでも、同じ道を歩むというのであれば、超えたい目標ではある。イワ爺は、若きプロデューサーの中に、若き日の彼の父を見出した。ゆえに、一言だけ。

「ファファファ、ここがお主らの発祥の地であることは忘れんでくれたまえよ」

 それが宣伝材料となり、ここにも人が集まってくれるはずだ。それに――きっと、ここにいる彼女たちだけで、若者の野望が止まるはずがない。もっと、多くのメンバーを集めてくることだろう。

 しかし、先ずはここから。

「第一弾は丘薙さん、檜さん、そして、蒼泉さんの三名にてユニットを組んでいただきます」

 この人選に異論のある者はいなかった。それは、傍で聴いていたイワ爺さえも。

「おお、それはワシも楽しみじゃわい。特に、センターの……歩ちゃん、じゃったか」

 そして、老人はふと気づき、疲れた背筋をぐいと伸ばす。

「抜群にスタイルが良いわけではないが、歌と踊りはそこらのテレビに出とるコたちより遥かに冴えとったわ。何より……オーラが違ったものよの」

 だからこそ、おかしい。

「じゃが、肝心の歩ちゃんがおらんようじゃが……?」

 おそらく、この計画の要になるのは歩であろう。にも関わらず、その本人不在のまま話を進めてしまっている。

 と、思っていたのだが。

「……いまーす……ここでーす……」

「ファッ!?」

 女のコの群れの後ろの方で、申し訳なさそうにちょこんと手を挙げている女のコがひとり。決して背も小さくないのだが、小さな桃の背後に隠れてしまいそうな空気である。イワ爺も本気で驚いているので、悪気はなかったらしい。彼女は桃たちと一緒にここへ来ていた。ひとりで残っても()()()にならない、ということで。だが、彼女は外に出る際に大変常識的な判断を下した。シャツに袖を通し、スカートを腰に巻き――だが、下着は着けていないので、裏から乳首は透けている。激しく動けばお尻の割れ目は根本から顕になってしまうだろう。そんなギリギリの格好であっても、イワ爺は気づかなかった。 蒼泉(あおずみ)(あゆむ)――歌唱力、ダンス力だけでなく、生まれながらにしてアイドルとしての貫禄を持ちつつも――何故だか、それは()()()()()()()()()()()()。このように、服を着た歩は目立たない大人しい女のコである。それが、一度裸になれば、天才アイドルとして花開くのである。そんな彼女の輝きを世に広めるために、彼はプロデューサーとなった。ゆえに、今回の計画で要となるのは、彼女である。蒼泉歩が裸にならずにどこまで本来の才を発揮できるか――プロデューサーの話を聞きながら、最も試されているのは自分だ、と歩は覚悟していた。

 この話は、一先ず喜ばしいものである。が、後発隊はそこまで気負うことはない。

「そしたら、『まいど・めいど』も新メンバー採用してよー。しおりん忙しくなるだろうし」

『まいど・めいど』とは、糸織と桃によって即席で作られたふたりユニットである。元は、メイド☆スター・檜しとれを勧誘するために結成されたものだった。ゆえに、それが達成されたいまとなってはその存在意義は失われている。それでも、桃は気に入っており、このまま活動の継続を希望していた。それで、桃はひとりで応募者の確認を続けている。

「そうですね。新規メンバーは随時集めていかなくてはなりませんし」

 あの三人に先陣を任せたとはいえ、他のメンバーたちとてただただレッスンばかりしているわけにもいかない。

「よーっし、そんじゃあ第二回まいど・めいど新メンバー会議ってことで♪」

 そう言って、桃は嬉しそうにぴょんぴょんとしとれの前へと向かう。

「本家のメイドさんなら目利きも確かだろうしっ」

 しとれは本家のメイドではなく、メイド喫茶のファッションメイドではあるのだが

それを除いても。

「いえ、人事については店長に一任しておりますので」

 メイドとしてのご主人さまに対するご奉仕については熱心でも、それ以外――特に、店長――プロデューサーの仕事については一線を置いているフシがある。

「それに、イワ爺さまからご依頼も承っておりますし。後ほど詳しい話をお聞かせいただき、自宅で必要な生地の選定も行わなくてはなりません」

 自宅というのは、カラオケボックスの一室ではない。住み込みについては、プロデューサーからも一度打診を受けている。が、カラオケボックスでのバイトは了承したものの、住み込みについては固辞していた。曰く、職場とはご奉仕の場ですので、とのこと。そこに住まうということは、四六時中ご奉仕について考えなくてはならない、というプレッシャーを感じてしまうようだ。熱心なメイドだとしても、休みたい時間はあるだろう。

 そのあたりの事情はさておき、他に用事があるのなら桃は深追いしない。

「むー、残念。けど、しおりんはオッケーだよね?」

「おうよ、ウチはそんために来たんやからな」

「あれ? 重大発表を聞くためじゃなかったのかい?」

「そいつも含めて色々や。もちろん、今夜に向けたリハーサルも理由のひとつやで」

 糸織たちは普通に会話を交わしているが、桃と慧は上半裸である。

「では、そろそろステージに戻りましょうか」

「はーい」

 新歌舞伎町は性の街である。いまさら乳房くらいで動じることはないものの、巡回中の警官に見つかれば厳重注意は免れない。

 柔肌に囲まれながら、彼は引率の教員のような心持ちで建物内へと引き上げていく。賑やかな女のコたちを連れて。

 ステージは建物二階にある。広い階段――を登る前に、プロデューサーに言われて桃と晴恵は魚の衣装を脱いでいる。危ないので。案の定、中は素っ裸であり、彼女たちは全裸で帰還している。だが、建物内であればそれでも注意されることはない。

 そこで、ふと桃が思い出したように声を上げる。

「あ、新規メンバー会議の前に、これ終わったらガッコー行かなきゃ」

「なんやてぇ!?」

 このユニットには在学中の学生も多い。自己責任の名のもとに性風俗も他のバイトと変わらないため、珍しいことでもないのだが。

「こいつは油断したで。せやけど……ここまで来てもうひと往復するんもシャクやしなぁ」

「でしたら、お昼ご一緒いたしませんかっ? 私、午前シフトですのでっ」

 晴恵はプロデューサーの経営するカラオケボックスの店員でもある。彼女の他にも学生たちを中心に彼の店に勤めていた。とはいえ、このシフトには共にクローズを担当していたしとれは心配になってくる。

「晴恵さま、このまま午前シフトなのですか? これでは、お休みする時間も……」

「私も一応止めたのですが」

 店長であるプロデューサーも気にはかけていた。それでも、晴恵の意思は堅い。

「他に入れる人がいない以上、私が 出陣()るしかありませんっ。人生、日々特訓、ですっ」

 彼自身も午前中は営業に出なくてはならないため、晴恵に頼る他なかった。

「ま、本人がええっちゅーならええんやろ。ほんなら、ただ待っとっても暇やし、ウチは十階の仮スタジオでレッスンさせてもらうで。たまにはな」

 それは、彼のカラオケボックス最上階のミニステージのことである。元々物置きだったが、このプロジェクトの立ち上げを機に仮設ステージとして改装された。これは、メンバー専用ではなく、営業的な収益の一部にもなっている。とはいえ、空いている時間はレッスンに利用しているし、平日の朝からミニライブの予約が入ることはない。

「たまにはー、なんて言わずに、いつも一緒に練習すればいいのに」

「だよねー。また、しおりんに唄い方とか見てもらいたいし」

 メンバーで唯一歌唱レッスン経験者である糸織は他の女のコたちのレッスンを手伝うことも多い。それが面倒なのでひとりでの練習が多いということもあるが、何よりも――歩の方をじろりと睨む。

「ナニゆーてんねん」

 軽い調子ではあるが、やや低い声のトーンに、歩は少しの冷ややかさにひるまされた。

「ウチらは同志やけどな、同時にライバルでもあるんやで」

 糸織は歌唱力において歩を特に警戒している。それは当然、服を脱いだ後ではあるのだが。

 二階に上がると、そこは券売所とロビーになっている。かつてはそこで踊り娘たちの写真集やブロマイドが販売されていた。しかし、いまではその貼り跡が残るだけ。最盛期の様子は、イワ爺自身も父の写真の中でしか見たことがない。

 だが、この女のコたちがきっと――そんな思いで、最も大きな扉を開く。

 ホールは一般的な劇場と比べるとやや特殊な形をしている。奥にステージがあるところは変わらない。だが、そこから客席を左右に分断するように花道が伸び出しており、その先端には盆と呼ばれる円形の特設舞台がある。女のコの身体を少しでも間近で見られるように、という配慮から、ストリップ劇場はこのような席の配置になったのだ。

 早速衣装をまとうため、各々準備を始めている。先着組はこのホールで着たり脱いだりしていたので、舞台に必要なものは客席に残されていた。歩も先程まで着ていたステージ用のドレスに着替えるため、自分の服に手をかける。すると――

「……ファッ!?」

 離れたところから女のコたちの華やかさを堪能していたイワ爺の瞳が、まるで童心に帰ったかのように輝いた。ライトアップされたステージとは対象的に壇の下は薄暗いはず。なのに、()()の肩だけは白く美しくはっきりと見えた。

 歩は思う。みんなと一緒だから恥ずかしくない。――ううん、やっぱり、ちょっとは恥ずかしい。けど、頑張れる。これまで意識したことはなかったけれど、身体から袖を抜いていく度に心が広がっていくのが感じられる。シャツを捲りあげて、スカートを下ろして――けれど、これからお風呂に入るわけじゃない。お風呂どころか――あの――輝きの下へ――っ!

 歩はもとより、歌うことが好きだった。しかし、人前に立つとどうしてもうまく歌うことができない。人前に立つということは、必然的に服を着ているということなのだから。

 しかし――

 素足で床に立ったとき、歩にはもう自分を抑えることができなくなった。ステージ衣装は可愛らしく、それ自体に不満はない。けれど、これを着ると声が出なくなるのだから、ちょっとだけ、その前に――

 歩はぱっと走り出し、ひょいと舞台へ飛び上がる。くるりと振り返れば、そこには裸の仲間たち。

 私ひとりじゃない。みんな一緒に。みんな一緒だから――!

「~~~~♪」

 それは肉声によるアカペラ。軽い素振りのようなもの。それでも、魅入ってしまう、美しく舞うその四肢に。聴き入ってしまう、会場を埋め尽くさんばかりの透き通った歌声に。

 ――ほんまにどーなっとんねん、歩はんは。

 糸織は歌い手として様々な歌に触れてきたが、この変貌ばかりは何度聴いても信じられない。

 ――やはり、歩さまの歌声は揺るぎない。

 しとれは唯一その身に残されたヘッドドレスに手を当てる。その実力があるからこそ、自分もそこに立つのだと。

 彼女たちは次々に舞台へと上がっていく。そして揃った。六人の、裸の女のコたちが。本来リハーサルを行うのなら、最初は着衣から始めなければならない。しかし、誰もが惹かれた。歩の歌声と合わせたいと思った。同性同職から見ても、その歌にはそれだけの力が込められていた。

 彼女たちの楽曲は、振り付けは、表舞台のアイドルたちと変わらない。ただ、乳首の先まで、お尻の割れ目まで、すべてを曝け出していることを除けば。特に、歩・糸織・しとれは一際輝いている。

 彼女たちの力ならば、きっと表舞台でも――彼はプロデューサーとして、そう信じていた。

 しかし――

 得体の知れない不安の気配を、彼には否定することもできなかった。

 

       ***

 

 TRKプロジェクトは発展途上である。各メンバーたちは熱心に練習を積んではいるものの――顔を隠さなくては普通の衣装が着れない――そもそも服を着れない――過去にトラブルを起こしている――様々な要因を抱えており、営業は遅々として難航している。そんな中で、レコーディングだけならば、とCDデビューの可能性だけは掴むことができた。が、いずれはステージに上がる必要もあるだろう。そうなればエフェクトによる底上げは難しくなるし、何より()()()()()()も解決しなくてはならない。

 そんな問題が山積みだったところに届いた仕事用携帯の着信である。驚きだけでなく喜びと期待も入り混じっていた分、間違いだったときの落胆もひとしおか。

 はー――と長い溜め息を吐き、彼は壁の時計を見る。そろそろ桃が戻ってくる時間だけに、改めて動画を確認し直す気にもなれない。空になったカップにコーヒーを継ぎ足すべく手を伸ばしたところで、コンコンと小気味よいノックが鳴らされる。訪問者が名乗る必要はない。桃であれば、無断で入ってきたことだろうから。

「よーっす、おつかれぃ」

 と言っている本人の方が少し疲れ気味に見える。

 パタパタとパイプ椅子を広げる糸織を尻目に、彼は棚から来客分のカップを取り出そうとする。が、それを糸織はすぐさま制した。

「ウチの分はええで。自分の分は買うてきとるからな」

 ハンドバッグからミルクティーのボトルを取り出し、デスクの上にトンと置く。

「てかなぁ、いつもゆーとるやろ。あんさん、単なるプロデューサーっちゅーだけやなく、この事務所のトップやさかい、そーいうことを自らやるもんやない。ナメられるで」

「すいません、つい」

「はぁ、向いとらんのやろな、人を動かすん」

 糸織はドカっと椅子に座ると、ボトルのキャップを回して口元でクイと傾ける。それは、長らくコーヒー専門かと思われていたメーカーが唐突に紅茶を新発売したとのことで少々話題になっていた一品だ。糸織は何かと新しいものを好む。そして、ひとりのときはこのように無難なものを選ぶが、他人といるときはネタに走ることが多い。ゆえに、彼女のチョイスが少しだけ気になる。

「園内さんと一緒ではなかったのですか?」

 昼食を共にしたのなら、その後もついでに遊び歩いて時間を潰すものと思っていたのだが。

「ああ、一緒やったでー……。てか、何やねんあのフィジカルオバケは。とてもやないけど徹夜明けとは思えん」

 晴恵は鼻より上を隠していれば普通の服を着ることもできる。が、それで繁華街を歩き回るのは異様であることに変わりない。そこで、最も客に無関心と思われるセルフサービスの牛丼屋で食事を済ませた後はマスクをしていてもそれほど目立つことのない場所――バッティングセンターに入り浸っていたらしい。プロレスラーのような覆面の上からキャッチャーマスク。一応野球の用具だけに、そこまで際立つことはない。しかし。

「あんなバカスカ打ち散らかしよって……。何やねんアイツ、甲子園経験者かいな」

「そ、それはないと思いますが……」

 晴恵の体力的なポテンシャルは彼も承知はしている。だが、底が知れない。それにつきあわされた糸織は完全に脱力している。

「あれでスポーツ経験無し、って何やねん。っちゅーか、親は娘のどこを見とったっちゅー話やで」

「一応、水泳だけは嗜んでおられたようですが」

「ゆーても、水泳部とかやないんやろ? ひとりでバチャバチャやっとっただけで」

 晴恵は家庭の事情を話さない。というより、自分が置かれていた環境を正しく理解しているとも思えない。両親から押し付けられた課題は、すべて『特訓』として脳内変換してきたようだ。しかし、どれも才が花開くことはなく――形式として書いてもらった履歴書の学歴から、糸織と同じようにお嬢様学校を卒業していることはわかっている。だが、だからこそ、判を押したような“お嬢様”としての教育だけを強要されてきたのかもしれない。

 ともあれ、糸織とてスタミナには自信のある方だ。そんな彼女がこうしてネタに走る気力まで削ぎ落とされるのは珍しい。

「それで、園内さんは……」

「さすがに寝るゆーとったわ。九階直行みたいやで」

 この建物の九階は、元倉庫だった十階から移してきた荷物が大部分を占拠しているが、空きスペースには一部のメンバーが住み着いている。もちろん、そこは宿泊施設ではなくカラオケボックスの一室であり、正式な住居ではない。それでも晴恵は――通勤の際に()()()()で目立ってしまうため、不要なトラブルを避けるためにもここに住んでもらっている。それと、学校に近いという理由で歩と、そして――

「たっだいまー! しおりん、お待たせー!」

 案の定、桃がノックすることはなかった。学生服のまま、彼女は事務室へと乗り込んでくる。従業員の休憩室と連結していることも、ノックを忘れる理由のひとつなのかもしれない。

 寂しがり屋の桃は、以前その性格が原因で悪い彼氏と同棲して悪いことになったことがある。そんな悪い男からここで保護することにしたのが、住み込みの始まりだった。人数的にもしばらくは大丈夫だが、あまりに入居希望者が増えすぎるようなら、どこか別の部屋を用意しなくてはならないかもしれない、と彼は密かに心配している。

 さて。

 人がやってくると飲み物を用意しようとするのは彼の癖らしい。立ち上がろうとしたところで、双肩の重みによって強引に着席させられた。

「ほら、あたしも飲み物持参だから、早く応募者見ようよー」

 糸織のボトルの隣にコトリとカフェの紙タンブラーを置くと、そのまま彼の背中から画面を覗き込む。

「てか、座れや若造。いつまでひっついとんねん」

「宮條さん……私の肩を胸置きにするのはやめていただけますか……」

「いーじゃん。楽だし、画面も見やすいし」

 彼も彼で、いつものことだけに慣れてしまったフシがある。淡々とまいど・めいどの応募者の管理フォームを開き始めているので、糸織もそれ以上は何も言わない。

 とはいえ、それもここまで。

「では、あとはおふたりでご確認ください。なお、他の画面には触れられませんよう」

 それはプライベートというより、業務上の閲覧権限として。桃にとってはいつも一言。糸織にとっては釈迦に説法か。

 選考を彼女たちに任せると、彼自身は席を立つ。自分はいつでも見れるのだから、ここでモニタの正面を陣取っている必要もない。

 桃は胸置きと引き換えに空いた主の席に自分が座る。こうして、第二回まいど・めいど新メンバー会議が始まった。メンバーふたりが肩を寄せ合い応募者を確認していく後ろ姿を、彼は自分の簡易ベッドに座って眺めている。

「んで、あのマーメイドスーツ……応募者が元ネタゆーとったな?」

 その確認も、糸織が予定を変更してこの街に訪れた理由のひとつだった。どうやら、ふたりの間でその話題は事前に上がっていたらしい。

「うん。ほらほら、この安元ってコー」

 一覧画面に表示されているのは応募者指名とコメント文面のプレビューとしての先頭二〇文字ほど、それに添付ファイルの有無と応募日時である。桃が安元の名をタップすると、その詳細が開かれた。プロデューサーの端末はさほど新しい機種でもないが、モニタがタッチパネルに対応していないほど古くもない。

「『まいど・めいどなので“マーメイド”ウィッチ・るなるなのOPです』……って、本当にそんな理由でしとれはんに衣装頼んだんかいな!?」

「そだよー。これで舞台やったら面白いんじゃないかと思って。まーいどめいどのまーめいどー♪」

「一発オチは嫌いやないけどな。それに付き合うてくれるたー……しとれはんに借りひとつやで」

 なお、添付されている写真は普通の学生服であって『るなるな』のコスプレではない。だが、併せて添付されていた音声ファイルは『るなるな』のOPであった。

 しかし。

「……ぅ、こいつは……」

「あたしも、そりゃー、人のことを言えるほどじゃないけど……」

 前奏が終わってから五秒足らずのところで強制終了。だが、プロデューサーは後ほど詳細情報を改めて確認しておくつもりでいた。歌は練習次第である程度成長はできる。それ以上に重要なのは、輝きの才――<スポットライト>を感じられるか、なのだから。

 そんな彼が何故応募者を見ていなかったのか――それは、()()()()()からによる。これは『まいど・めいど』の応募フォームだ。まいど・めいどはメイド服を着たとしても、脱ぐことはない。それを横流しする形でTRKのメンバーとして選考することは憚られたのである。が、これから表舞台も視野にいれるのであれば、そちら専用のメンバーというのも必要になるかもしれない。あくまで、そのために、である。

 そして、糸織も確認していなかった。このユニットはあくまでしとれを勧誘するためのものである。それが済んだのだから、もう必要ないはずだった。

 しかし、応募はこうして続いている。

「うーん……次の沖道ってコは、『歌が唄いたいです』だけかー。だったら音声ファイルくらい貼ってくれてもいいのに、やる気なーい」

「……なあ、桃はん。応募はここまでか?」

「ううん、2ページ目もあるみたいだよ」

 右向き三角ボタンを指でつつくと、新たな一〇名分が表示された。

 彼もまいど・めいどの目的を理解している。ゆえに、しとれが加入した時点でこの応募フォームは閉じるつもりでいた。しかし、今後の展開を考えるとこのままの方が良いかもしれない。

「丘薙さん、やはり――」

「ああ、やっぱおかしいで」

 彼の言葉を糸織は遮る。

「Pはん、ちょいと募集サイト開いてもえーか?」

「あ、はい」

 画面外の操作が必要になるのなら自分がやらねばなるまい、と彼は寝台から腰を上げる。が、それは画面上部のブックマークバーにショートカットが表示されていたため糸織が迷うことはなかった。しかし、表示が切り替わったとき、ふたりはそこに信じられないものを見る。その異変はデスクに向かっていた彼にも感じられた。そして実際に覗き込み、彼もまた彼女たち同様に目を見開く。

「なっ、これは一体……?」

 糸織は歌い手としてネットでの告知に慣れていた。そのスキルを買われてまいど・めいどの応募フォームの作成も頼まれていたのである。そして、その()()()についても。このサイトには確かにこう書かれている。『メンバー募集は終了しました』 当然、応募フォームも送信ボタンもない。困惑する依頼主に糸織は振り向く。

「何やねん。閉じといてくれ、ゆーたの、Pはんやろ」

 確かに、彼は糸織にそう指示した。が、てっきり忘れていたのかと思っていた。失礼なことに。

 だからこそ、糸織は自分の目で確かめにきたのである。“まいど・めいど”で“マーメイド”――そんな応募が来ていたことを糸織は知らなかった。少なくとも募集を止めるまでの応募者にそんなダジャレが混ざっていたのなら、自分が見逃すはずがない。

「ウチは先月中に止めといたはずやで。せやのに……」

 ブラウザバックで元の応募一覧に戻ると、その日付は六月――確かに今月を示している。

「これは一体……?」

「わからん。せやけど、念の為にスクリプトの方も――」

「あっ、これ」

 糸織が対策を検討している横で、桃は奇妙な応募文に気がついた。

「『吉座芸能事務所』って何だろ」

「何やねん」

「何でしょうか……?」

 と自問自答したところで、彼はすぐに思い出した。糸織たちがやって来る少し前に、その名を耳にしていたことを。

 

       ***

 

 それは、応募フォームを使ったクレームだった。

 

 吉座芸能事務所 担当者様

 お世話になっております。増永良美です。

 いただきました名刺のメールにお送りしたのですがエラーで返ってきましたため、こちらのフォームから失礼します。

 

 ――その内容は、まいど・めいどに対して向けられている。自分はアイドルユニットに応募したはずなのに、与えられた()()は明らかに()()()()()()()()()()()()()――と。もちろん、彼は何も関与していない。何しろ、応募があったことさえ知らなかったのだから。とはいえ、放置してしまったことに一抹の落ち度もある。こちらの女性には謝罪と問い合わせの返信を送った上で――メールよりも即時に対応できる連絡先を、彼は知っていた。携帯に着信履歴は残っている。その番号に折り返してみたところ――

 

       ***

 

 リニアで一時間。先方は自分から向かうと言っていたが、彼はそれを固辞し、自らの足で彼女のもとに赴いた。

「お、お、お疲れそんだす! こんなド田舎までご足労いただき……すんまそん」

「こちらこそすいません。本来ならばご自宅までお伺いするべきなのですが……」

 事が事だけに、家や地元では話しにくいこともあるだろう。その配慮から、待ち合わせ場所はリニアの停まるターミナル駅となった。ここであれば喫茶店も駅ビルの中に複数入っている。が、やはり地方駅か。そもそも車文化ということもあって利用客も少なく、シーズンを外しているため観光客もいない。一〇ほどの空テーブルが並ぶフロアの隅にふたりは座った。木目調で統一された店内は清潔であり見通しも良い。それでも、彼女は躊躇しなかった。

「これっ、あたすの出演作だすっ! ぜっ、是非是非っ、選考の材料に……ッ!」

「お、落ち着いてください……っ」

 彼もまたアイドルを募集していると聞き、彼女は懸命に自らを売り込もうとしている。ストリップアイドルである、と説明を受けた上で。しかし、突きつけられた二本の動画ソフトを目の当たりにして、彼は物怖じしない姿勢にやや得心がいった。『マイクロビキニ・地元散歩』と『人妻の挑戦・絶望の集団面接』――このダークさはファンムードか、水着で徘徊というマニアックさはライブネットかもしれない。これらに比べれば、ストリップの方がまだライトといえるだろう。

 裏面を見るとメーカー名も書いてあるので、後で問い合わせてみるとして――とりあえず、ここは喫茶店。他に客がいないとはいえ、店員の目はある。肌色のパッケージはすぐさま鞄にしまい込み、本題に入ることにした。彼は、ここまでただ謝りに来たわけではない。

「えー……崎乃平さん……でしたね」

「はいっ、 崎乃平(さきのひら) 花子(はなこ)と申すますっ」

 人妻作品に出演しているからといって、人妻であるとは限らない。が、相応の歳は重ねているようだ。しかし――厚ぼったい眼鏡フレーム――ベージュのワンピース――襟首でただまとめて上げただけの後ろ髪――きちんと身なりを整えればまだまだ通じるのでは、と彼は見積もる。表向きの営業を続けている関係でそちらの繋がりもできた。謝罪の代わりに、他社への斡旋も検討できるだろう。だが、いまは『吉座』の件である。

「えーと、これがいただいた名刺だすけど……」

 花子が提出してくれたそれは、ひと目で彼を驚愕させた。背景にメンバーたちのシルエットをあしらったそのデザインは、明らかにTRKプロジェクトのもの――個人名まで同じであり、異なるのは社名だけ。連絡先さえそのままだったため、こうして連絡を受けて悪用を知ることができたのである。

 名刺とは、営業の顔に等しい。ゆえに、各社は自分たちのことを相手の記憶に残すべく、様々な工夫をこらすのが常だ。ゆえに、文字だけだったり汎用的なワンポイントカットだけでは偽事務所ですと自白しているようなもの。ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()ことで本物らしくみせているのだろう。TRKが新興プロジェクトであるのをいいことに、悪用されてしまったようだ。おそらく、ここまで営業してきたどこかの関係者の手によって。ただし、『吉座』という名に心当たりはない。おそらく、転々と改名を繰り返しているのだろう。問題のある営業姿勢であることを自覚して。

「アイドルってゆーと、そのー……枕営業? みたいなんも必要? って言われますて……。まさか、それがあたすのデビュー作になるとは思わんかったけど」

 花子は決して長年に亘ってアイドルを志望していたわけではない。ただ偶然、買い物帰りの駐車場で『アイドルにならないか』と声をかけられただけである。

「でも、ほら……アイドルっちゅーと……熱愛が発覚するもん……だすよね……?」

 花子が思い描いているアイドル像はどこか歪なようだ。だがそのうえで、彼女はアイドルに魅せられている。

「こんな田舎村じゃあ、余っとる男もおらんで……。アイドルになれば、おっ母に孫の顔も……あ、いえっ、綺麗なお着物で、(うと)うたり踊ったりすんのも憧れますけンど……」

 だが、事務所とは撮るもの撮ったら連絡がつかなくなり――『こちらから連絡するのでそれを待て』という男たちの言葉を頑なに信じて――しかしある日、自分の動画が出回っていると村で噂になり、販売されたのなら連絡をくれても良かったのでは、と意を決して電話をかけたのだった。

 その他、事細かに色々と聞き込みはしてみたものの――相手側にデビューさせる意思がなかったことを証明できない限り、起訴は難しい。これは、かなり悪質な詐欺である。それでも、少なくとも首謀者は見つけ出さねばならない。それだけを約束したところで、彼は腕時計を確認する。終電を考えると、そろそろ発っておかねばならない。

「貴重な情報をありがとうございました」

 席を立とうとする彼を、花子はじっと見つめ上げる。

「ご連絡は……いただけるんだしょうか……?」

 一度騙され、切り捨てられている身として、やはりただ待っているのは不安なのだろう。それゆえに、彼は()()()の名刺を花子に手渡す。

「では、三日後に私が経営しているカラオケボックスの方にお電話ください。こちらは必ず繋がりますので」

「は、はい……」

 固定電話だけに、携帯番号よりは信頼できるだろう。それでも、完全に納得できるわけではない。だが、彼は事務所に帰らねばならなかった。己の為すべきことを為すために。

 

       ***

 

 あの後、念のために花子の電話からその場でカラオケボックスにつないでもらい、彼が店長であることを店員から証言してもらったことで、ようやく安心してもらえた。ゆえに、三日後には必ず連絡があるだろう。それまでに、花子の適正を見極めなくてはならない。紹介するにしても、その強みを活かしてくれる事務所を選ぶべきだ。

 しかし。

 ()()()の可能性を感じていた彼は、その前提で受け取った動画と向き合う。店に戻ってきたのは終電間近。この時間帯は朝を待たずに帰宅を試みる退室者でフロントは混み合う。といっても、それを捌くのはアルバイトたちなのだが。

 店のことは従業員に任せ、彼は改めて二本のパッケージを確認する。見れば、『地元散歩』は一応成人向けではなかった。ということは、本当に水着で歩かされただけなのだろう。そして、『集団面接』の方は紛れもなく成人向け。おそらく、“データベース”の方にも登録されているはずだ。

 良くない意味での個人的な趣味――彼が拝見するのは比較的平和であると思われる『地元散歩』の方から。それでも、彼の心には少なからず堪える。

『で、でも……こんな……はわっ!? あの車、(ピー)そんの……っ!?』

『ほらほら、それじゃー、花子ちゃんが頑張ってるとこ見てもらおーねー』

 修正音が入ったところは、おそらく個人名だろう。知り合いに見られてしまった、ということだ。花子は本気で恥じらい、目には涙を浮かべている。にも関わらず、男たちはニヤニヤと楽しそうだ。

『こ……これ以上は……見え……見えちゃ……』

『いまさら手遅れだってー。グダグダ言ってたらアイドルになれないよぉ?』

 言葉遣いこそ控えめだが、その口調はどこまでも冷たく高圧的である。やはり、見ていて楽しいものではない。が、可能性は見出さねばならない。それは、自分のところだけに限らず、他社に向けても。マイクロビキニという線の補正が利かない装いのおかげで、スタイルは隈なく確認できる。正直なところ、これには彼も驚いた。着衣で対面した印象より五つは若く見える気がする。グラマラスな胸の張りにも年季は感じられない。きちんと整えればグラビアにも対応できるだろう。

 そんなことを考えながら、一本目がようやく済んだ。残念ながら、こちらから可能性は感じられない。あんなにも辛そうだったのにこの作品を参考として差し出してきたのは、単純に他に提出できるものがないから、というだけだったのだろうか。

 それはわからないが、とにかく二本目に着手する。こちらはテーマがテーマだけに、オープニングから雰囲気が暗い。ドキュメンタリー仕立てらしく、普通の事務所の控室にカメラが入っていくところから始まった。

『花子ちゃん、わかってると思うけど、この面接は社長クラスのお偉いさんも来てるから』

『……はい』

 花子は、撮影の後まで騙されていた。なので、この緊張した表情は、本気で面接に臨もうとしているからこそだろう。演技であればまだ良かった。裏側を知っているからこそ、心が痛む。

『し、失礼すます……』

 会議室のカーテンは閉まっていて外は見えない。だが、おそらくどこかの貸事務所だろう。企業面接を意識しているようで、長机は面接官の方だけ。真ん中にぽつんと鎮座しているパイプ椅子が花子の席である。それに対面する男優たちは若手から壮齢まで揃った五人組。役職も社長、プロデューサーから何故かADまで参加している。

『胸のカップは?』

『オナニーは週に何回?』

 厭らしい質問に真っ赤になりながら答えていく花子。時々ちらりと助けるような視線をカメラに向けるのが心苦しい。

 言葉責めの後は、剥きに入ろうとしている。

『Dカップとのことだが、見せてもらえんか』

『ですね、乳首の色も確認しないと』

『えっ、え……えぇ……?』

 ここまで来ると、さすがに黙って応じることはできない。だが、カメラマンは耳打ちするように花子に近づく。

『花子ちゃん、ちゃんと質問に答えないとデビューできないよ』

『は……はい……』

 当然、胸だけで済むはずがない。上下ともに裸にされ、胸を差し出したり脚を開かされたり――だが、関節はそれなりに柔らかいようだ。このような作品でなく、彼女に相応しい舞台を用意してあげたい――そんな想いで、彼は動画の確認を続けていく。

 視姦が終わればついには実技である。五人の男――いや、五本の雄に囲まれて、それでも必死に応えていく。

『お~、上手いッスね、このコ。うちの作品に欲しいッスよ』

『いやいや、ワシの作品に 出演()てもらえんかな』

 社長が直接作品を撮るのか? と思わずツッコミを入れてしまった。それに、引っ張りだこ、という演出のために、社長とADが役者を取り合っている。当然のようにすべてわざとらしく芝居がかっているのだが、必死な花子が抱いている期待は本気だ。

 しかし次の瞬間、彼は信じられないものを見る。

『よし、それではこのコを孕ませた者の作品に 出演()てもらうとしよう!』

『えっ!?』

「な……っ!?」

 これも当然演出だ。昨今、避妊していない独身女性など滅多にいない。

 だが――

『……はいっ!』

 自分の目を疑い、慌てて該当のシーンへと戻してみた。けれど、結果は変わらない。

 ――何故だ……? 何故、こんなシーンで……彼女がこんなにも輝いて見える……? これは紛れもなく、歩やしとれたちに見出してきた<スポットライト>――それを、花子にも確かに感じている。

 しかし。

『よし、それではこのコを孕ませた者の作品に 出演()てもらうとしよう!』

『えっ!?』

 ――このシーンの何が花子を輝かせているのか、彼にはまったく検討もつかない。これから女として最悪の陵辱を受けるところのはずだ。マゾヒスト――であれば、ここまでの撮影で顔を歪めることもない。彼女はどうして――?

 とはいえ、彼女には最初から可能性を感じていた。

 この作品を選考材料に、と渡されたときから。

 少なくとも、花子は()()()()で生きていく適正はある。

 だが。

 それはまるで、宝石の原石を見つけたものの、磨き方がわからない――そんな心持ちだ。それでも、この原石を見逃したり、ましてや他の事務所に譲るつもりはない。自分の手で彼女の可能性を開花させる――これは、自分のプロデューサーとしての手腕を試されているのではないか――彼はもう、目を逸らさない。それが、痛々しく見るに堪えない陵辱現場であっても。

 

       ***

 

 地方住まいの花子を採用するのであれば、どうしても都内に転居してもらわねばならない。だが――ここは宿泊施設ではないのだが――そう思いながらも、当然のように九階の一室が宛てがわれた。一応、ここは従業員の休憩室、という建前にはなっている。なので、花子もカラオケボックスのアルバイトとして従事することとなった。

 これまで家事手伝いばかりで就労経験はないようだが、持ち前のポテンシャルでこなしてくれている。むしろ、それ以上のことまで。

「ほら、桃ちゃん。部屋の外なんやからオッパイしまって」

「えー……面倒くさいし……」

「面倒くさくてもっ! まったく……あー……この着ぐるみは晴恵ちゃん? まーた特訓って……。ちゃんとすてもらわんと。お客そんに見つこうたら大変だべ」

 非常階段に脱ぎ捨てられた抜け殻を見つけて、花子はその中身を探しに行こうとする。これまでやりたい放題だったメンバーたちも、花子の加入によって少しは規律が生まれたようだ。うまくやっているかとフロアまで見に来たプロデューサーだったが、花子はやや口うるさくも、すっかり馴染んでいる。ただ束ねていただけの長髪を可愛らしいシニヨンでまとめてくれたのは歩の仕業か。カラオケボックスの制服であるスーツもよく似合っており、あとは眼鏡だけかな、と彼は考えていた。

「崎乃平さん、そろそろ休憩に入ってください」

「あ、はぁい、プロデューサーそん」

 言われて、花子は掴んでいた着ぐるみを元に戻す。心を鍛える訓練と称して密かに――ただし、監視カメラでは度々目撃されているが――全裸で業務をしている晴恵はその機動力ゆえにどこにいるかもわからない。普段は客に見つからないことを訓練として自らに課しているが、元の場所に服が無くなれば、平然とそのまま探し始めてしまいそうだ。それよりは、そっとしておいて早々に着衣してもらった方が安心な気がする。

 彼は自分の部屋に戻るため、花子は休憩を取るため、共にエレベーターで一階へと向かっていた。だが、先程とは打って変わって、花子の様子がしおらしい。

「あ、あのー……プロデューサーそん……」

「はい、何でしょう?」

 普段は前のめりに食いついてくる花子だけに、プロデューサーとして少し心配になってくる。だが、その声色に不安はない。

「あたすたち、そのー……ひとつ屋根の下で暮らしとる……だすよね?」

「一応、店舗での休憩という名目ではありますが」

 堂々と居住されると何かと問題はある。

「んでぇ……ひとつ屋根の下で男女が同棲しとるうえで()()()ってことは……やっぱり……?」

「違います」

 腕を取られそうだったので、素早く彼は距離を取った。日々桃や慧に狙われてきたことによって、このような勘が働くようになっているようだ。

 しかし、それでも。

 頬を膨らませてレンズ越しにじっと見つめる花子に、彼は<スポットライト>の蕾を感じる。そんな小さな欠片たちを集めていけば、きっと花開くはずだ。彼は、そう信じている。

 

 ジリジリと間合いを詰めようとする花子を警戒しながら、ふたりは休憩室へとやってきた。彼の私室はこの奥にあり、ここを通らねば辿り着けない。

 それでもみんなの休憩室に来ればふたりきりではなくなるので、花子も節度を持ってくれるだろう。そう期待して扉を開いてみると、中には意外な人物が待っていた。

「お疲れさん、邪魔しとるで」

 床が細長いうえに窓もないためか、面積のわりに圧迫感がある。長机の下には丸椅子が六脚仕舞われていたが、その真ん中あたりのものを取り出し、糸織は堂々と足を組んで座っていた。机に寄り掛かるように肘を掛けて。だがそれは、彼らが入ってくると同時に尊大に応じ直したようにも見える。糸織は、人前ではあえて虚勢を張る節があるようだ。なお、パンツなので足を上げても下着が見えることはない。ゆえに、花子が口うるさく言うこともない。

 糸織には夜のステージがある。とはいえ、直接会場に向かうには、夜の街は危険すぎるので、プロデューサーが同伴する手筈となっていた。だとしても早すぎる。準備を考えても三〇分は余ってしまうはずだ。こんなときは、大抵糸織にはプロデューサーへの別件がある。

「業務連絡や。偽サイトについてはサーバに文句ゆったら即日削除されたわ」

 吉座芸能の仕事は非常に杜撰だった。何しろ、本家が募集を打ち切ったことも知らずに、平然と()()()()()にコピーしてきたサイトを載せ続けていたのだから。URLもmaidm()e()i()d()。本家がmaidm()a()d()e()なのだから、確信犯である。明らかな偽ドメインとして、サーバ側も迅速に対応してくれたようだ。

「送信スクリプトの方もなぁ、後々何かに使えるかなー思て取っといたけど、完全に止めといたわ。もう届くこともあらへんで」

「そうですね、その方がいいでしょう」

 この界隈は思っていた以上に物騒だったようだ。

「最後に、お詫び兼注意喚起のメールも送っといたけど……フォームから送ってきた増永ってコには、Pはん直々に接触しとるんよな」

「はい。情報収集も兼ねて」

 普通の女子であれば、たとえ選考に必要だと言われても、下着で開脚している写真を送れと言われて素直に応じることはない。非常に立腹していたこともあり、スカウトどころではなかった。が、彼女は一度スタッフと面接をしている。よって、同一人物であることは花子の動画の音声によって確認してもらった。なお、彼女が受け取ったという名刺を拝見させてもらったが、TRKのものではなく――おそらくどこかの風俗店のを偽造したものだろう。連絡がつかなかったということだが、それはそちらの店の問題だ。この手の店ではよくある話として。

「いちおー、吉座芸能についてはウチの方でも軽く調べてみたけど……ま、そっち側はPはんの方が得意やろ」

「ええ、まあ、はい」

 糸織が依頼できるのは、あくまで表の調査である。例えば、一市民であったしとれの身辺を調査する、など。だが、こちらは確実に裏業界である。危険の伴う調査を表のエージェントが受けることはない。

「イメージビデオの方はともかく、ポルノの方は、やはりムードファンの系列でした」

 しかし、わかったのはそこまで。

「ただ、撮影者に関しては内部情報として教えてもらえませんでしたし、そのあたりのクラッキングはさすがに……」

 唯一できたのは、花子の出演作の差し止めと売上の差し押さえくらいだった。出演料については、そもそもアイドルとしての面接という建前であり、契約を結んでいない。なので、肖像権を行使することしかできなかった。扱いとしてはプライベート動画の有償流出であるため、これ以上は警察も動いてくれそうにない。

「かといって、ウチら風情が手を出すには危険すぎる相手やで。当然、吉座芸能事務所ってのも存在せえへんのやろ」

 頻繁に名義変更しているようで、その足取りを掴むことは難しい。

「はい、ただ……使われていた建物から、この近辺で活動していることは把握しました」

 出演した本人がいるのである。ロケ地の特定は造作もない。念の為に、内装も見せてもらって確信した。最初の控室のシーンに写り込んでいた年季の入った柱時計――これによって、線路向こうの貸事務所であることが確定した。基本的に、新歌舞伎町での営みは新歌舞伎町内で完結される。が、例外がないこともない。例えば、AV撮影に協力的なレンタルオフィスもある。当然、その分口も堅ければ警戒も強い。迂闊に張り込みを行えば非合法的な争いに巻き込まれてしまう。彼らにはまだ、そこまで戦えるだけの組織力はない。

「そしたら……ばったり出会うこともあるかもな」

「……はい」

 しかし、会ったところで力がなければ手を出せない。引き続き調査を続けつつ、彼女たちを守れるだけの力を蓄え――それには当然、ユニットとしての成長も不可欠だ。

 やることは山積みか――彼は、一層身が引き締まるのを感じている。

 それゆえに――

 まいど・めいどの応募者リスト――その確認を先延ばしにしてしまったことを、後にひどく悔やむこととなる。

 

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