ストリップ・アイドル・ユニット:TRK26 <<pure!?>> BEGINNING-LIVE! 作:添牙いろは
熱く、激しく、きらびやかなステージとて、ときとして休むこともある。
「~~~~♪ ~~~~♪」
薄暗い客席。静かな舞台。その中に――トン……トントン、タン……キュッ。床を踏みしめるシューズの音。ふわり、くるりとシルエットは揺らぎ、そして――
「わわっ!?」
ぐらりと傾いたその影はぐにゃりと床に崩れ落ちた。上は青く縁取られた白のタンクトップ、下は水色ジャージのハーフパンツ。通気性もよく伸縮性もあり、激しい動きにも耐えうる素材だ。にも関わらず、肩は何かがのしかかってくるような、無いはずの袖に腕を引っ張られているような。同じように足の付根も。膝を伸ばしてつま先へ手を伸ばそうとしてみるも、お腹にエアバッグのようなクッションを抱えているように感じる。
服の所為にしたくはないけれど、もし――。タンクトップの裾に指をかけて――少しの思案。だが、すぐに気を取り直して手を離す。ここで甘えてはいけない。これは、
以前と比べれば、少しは良くなったような気もする。けれど、思い描く理想には程遠い。ここに来て、みんなで唄うようになって、それも、思うがままに――。温かい照明、胸を打つ音響、飛び交う声援、そして、拍手。それは、これまで欲していたもの。そのすべてが手に入ってしまった。
けれど。
だからこそ。
さらなる高みへ羽ばたくために、彼女は自らを奮い起こす。立ち上がり、まっすぐ前を向いたとき――遠くの闇の一角が、そっと白く切り取られた。
「……まだ起きていたのか、
部屋は暗いが外は明るい。歩は早朝上がりのクローズのシフトに入っていた。にも関わらず、それから休むことなく踊っていた。光の乏しいこの部屋で。
「うん、やっぱりステージには上がりたいから」
それは、ストリップ劇場の、ではない。表舞台に向けてレコーディングは行った。全裸で。しかし、その姿のまま観客の前に出ることはできない。
「けど、焦りは禁物だぞ」
心配させてしまっている――それは、彼の口調からも明らかだ。ふたりは高校時代の同級生――そのよしみで、歩は大学生となったいまに彼と再会し――プロデューサーという立場上、一定の距離を置かなくてはならないのはわかっている。けれど、近くに感じていたものが遠くなってしまったようで、やはり寂しい。だからこそ、なのだろう。あえて、昔のように――アイドルとしてではなく、
「うん、そうだね。少し根詰めすぎてたかも」
彼女はステージを下りる。熱く、激しく、きらびやかなアイドルであっても、ときとして休むことも必要なのだと自分に言い聞かせて。
だが、フロアを横切る足取りは重い。その気落ちは彼にも伝わる。裏の世界から表舞台へ――背中を押すというより逃げ道を塞いでしまったのは、紛れもなく彼だ。ゆえに、どうにかして力になりたい。
「何か気分転換でも……ああ、そうだ。
「うん。気にはなってたんだけど、場所が場所だけにちょっと行きづらくて……」
何かと物騒な事件も多い。夜はもちろん、昼間であっても女子ひとりで出歩くのはできれば避けたい。
「昨日、
「ん? どしたの?」
部屋の入口――歩が彼の隣に立ったところで、オーナーの言葉が急に詰まる。そして、改まったように。
「――蒼泉
「オーナー?」
唐突に他人行儀な口調となってしまった。驚きというより不思議な気持ちで歩は受け止めるが――自分の姿を見下ろして、何となく察する。先ずは第一歩として人前に出られてもっとも緩い格好――下着類は拘束にしかならないので着けていない。そのため、ふたつの胸の先端のぷくりとしたところが汗ばんだタンクトップをぴたりと吸い付けてしまっている。その内側から桜色の泉を滲ませて。
いつも裸で踊っているとはいえ、それはあくまでプロデューサーの前で。どうやら彼は、どこかでスイッチが切り替わるらしい。むしろ、こんな扇情的な装いなのに、同級生の顔で平然と対応されたら――それはちょっとショックかも、と歩は思う。だから、それを受け入れた。
「うん、それなら急いだ方がいいのかな」
「そうですね。
言伝を残すと、彼はエレベーターで一階まで下りていく。ただ励ましてくれるためだけに、ここまで上がってきてくれた――それはきっと、同級生としての彼の思いだったのだろう、と歩は嬉しく思う。同時に、自分の不注意で、またいつもの顔に戻してしまった、とも。もしあのまま高校生の彼でいてくれたら――ちょっとは動揺してくれたのかな? 再会したばかりの頃みたいに――
そんなことを考えながら、歩は階段を下りていく。メンバーの部屋はここからひとつ下なので、エレベーターを使うまでもない。静かになった一〇階の廊下で、彼女はひとり足を止める。こんなところ、
ただ、それだけのことで。
タンタンタンっ、トンっ、クルっ。何度も躓いていたステップも難なくこなせてしまう。この狭い廊下の壁にぶつからないようにも気をつけながら。
だからこそ。
「……はぁ」
とぼとぼと、歩は階段を下りていく。ステージ衣装を着ていても、この動きができるようになれる日を信じて。
なお、下の階で花子と鉢合うことはなかったが、練習着は廊下に脱ぎ捨てたままだったので、それについてはあとで怒られた。
***
彼から出発は急かされていたものの、それは意外と遅くなった。朝食は後でいい、と歩は言ったのだが、花子がそれを認めなかったためである。
「ほら、パンだけでなく、ちゃんとお味噌汁も飲まんと」
その組み合わせはどうかと歩は思うが、出された以上は断りにくい。軽くパンだけかじっていくつもりが、ぬか漬けまで添えられてしまった。これはおとなしく白米にしておくべきだったかもしれない。
花子がメンバーに加わってからというものの、朝がしっかりするようになった。特に、ギリギリまで寝ていたい桃は毎朝叩き起こされている。だが、そうやって世話を焼かれるのも案外嫌いではないらしい。ただ、味噌と醤油による和食に偏りがちなのは少々閉口しているようだが。
開店時間前のカラオケボックス・スタッフ用休憩室――居残りのような雰囲気の朝食の中、廊下とは異なるもうひとつの扉が開かれる。部屋の奥の向こう側にはプロデューサーの部屋があり――そこから現れたのは、当然プロデューサーだった。スーツを着込み、ネクタイを締め――メンズの正装はバリエーションが少ないとはいえ、これは蒸しそうだな、と歩は思う。彼女がレッスン後に着替えたのはTシャツと膝丈スカート。下着もちゃんと着けているので、もう肌が透けることもない。
「オーナー、もう仕事?」
まだ九時を回ったところだが、多くの企業は始業している。歩の問いに答える前に、先ずはもうひとりの同室者に挨拶を。
「おはようございます、檜さん」
花子との朝風呂の約束で来ていたのだが、歩の参加により若干予定が遅延していた。それも、歩を焦らせる要因となっている。
「おはようございます、
そこは『ご主人さま』ではないのか、と誰もが思うが、しとれのメイドは本来のメイドではない。あくまでメイド喫茶のメイドなのである。ゆえに、『ご主人さま』と呼ぶのはむしろ来客に対してのみ。だからこそ、あえてその呼び名を避けている。
一声かけたところで、彼は歩の机の食べかけが目に入った。
「これからキャンペーンに関する打ち合わせがあるのですが……檜さん、ご朝食は?」
「私は自宅で済ませてまいりましたので。歩さまもごゆるりと」
と言われても、歩だけでのんびりできるような雰囲気ではない。ひとつ空けた隣の席で、ずっと待たせているのだから。今日のしとれは薄紫のTシャツにジーンズ。カジュアルな装いだが、メイドの心と称するヘッドドレスだけは添えられていた。彼女の私物として店にも置いてあるが、別途持ち歩いてもいるらしい。
「では、私は行ってきますので」
「いってらっしゃーい」
プロデューサーが廊下側の扉に手をかけようとすると、ノブはすっと逃げていく。厨房でのひと仕事を終えた花子が戻ってきたようだ。実家から持ってきたというピンク色のエプロンをつけているが、割烹着の方が似合うに違いない。
「わわっ、プロデューサーそんっ!?」
慌ててパタパタと身なりを整える。服も髪の毛も乱れていないが、眼鏡が少しずり落ちていたようだ。
つるをクイと直すと、見上げるようにプロデューサーと向き合う。
「あのー……今日もお仕事お疲れそんだす」
「いえ、崎乃平さんも、朝から台所仕事をお疲れ様でした」
もちろん、メンバーたちの食費はプロジェクト経費としてカラオケボックスの経理とは別計算にしている。寝食を共にしている以上、食費についても切り離すことはできない。そんな中で自炊を買って出てくれるのだから、プロデューサーとしても大変助かっている。
「そんなそんなっ、都会のお台所はほんに便利で……、なんせ、あん箱ん入れるだけで洗い物も済んでまうンから」
いつも威勢のいい花子であるが、プロデューサーの前では何だか可愛い。そんな様子を微笑ましげに歩は眺めている。
「花子さん、そのシニヨンすっかり慣れましたね」
「だすかなー。おっ母にも写真送ってみたんけど、ハイカラだすなーって喜んどったべ」
この髪はこちらに来たときに歩が結ってあげたもの。花子自身もこれを気に入り、いまでは毎朝自分で整えている。これだけでも随分垢抜けた。しかし、衣服の方は相も変わらない。
「花子さま、お湯浴みの後はお召し物についても新しく……」
「いんやいや、まだ着れるんにもったいない! お仕事にはお仕事用のがあるしなぁ」
ベージュの七分袖に足首まで包み込む茶色のチノパン。花子が実家から持ってきたという服はすべてがこんな調子だ。カラオケボックスにもアイドルにも支給される服があるので、プロデューサーとしても普段遣いの方にあまり口は出していない。
そうこうしているうちに、ようやく歩の朝食も済んだ。
「ごちそうさまでした」
と手を合わせる歩。
「お粗末さまだすた」
と花子はエプロンを外し始めた。すると、しとれはすぐさま立ち上がる。使用済みの食器を見ると、反応してしまうのがメイドの
それが済めば、もう出発を妨げるものはない。三人とも、そのための準備はできている。
さて。
話題のスパは新歌舞伎町の奥にある。何かと物騒な街ではあるが、この国自体の治安はそこまで悪くない。見通しの悪い夜間や人通りの少ない早朝ならともかく、いまは賑やかな昼間である。この時間帯ならば女子だけで出歩いていても危険な目に遭うことはない。スーツ姿の営業マンも数多く見受けられるし、普通の飲食店も、むしろ数え切れないほど並んでいる。だが、その合間には性風俗が看板を構え、案内所では決して観光名所を紹介してくれることはない――ここはやはり、街としては極めて異色だった。
そんな様子に、花子は圧倒されている。
「こりゃあすんごいだすなぁ。さすがは都会だす」
「まあ、都会の中でも特に濃い街ではありますが」
応えるしとれの頭上にヘッドドレスはない。さりげないワンポイントであっても否応なしに存在感を放ってしまうため、公共の場では外すようにしている。でも、それじゃあしとれちゃんっぽくないなぁ、と歩は思わなくもない。そして、似たような感想を
「おぉ、これは花子ちゃん……と、歩ちゃんとしとれちゃんじゃったか」
服を着ている歩――メイドの欠けたしとれ――ふたりが個性を取り除いていることもあるが、イワ爺にとって花子は特別な存在だった。
「今夜のステージもよろしく頼むぞい。ファファファ、いっそのこと、うちの専属に――」
「支配人さま、引き抜き行為はご遠慮ください」
「ファ、冗談冗談」
イワ爺も界隈の住人だ。引き抜きがご法度であることは重々承知している。しかし、花子はTRKメンバーの中では異質な存在だった。その雰囲気は、まさに『お母さん』――実際のところはそこまでの歳でもなく、若さゆえの愛嬌も充分に備えている。だが、その貫禄は人妻モノのアダルトビデオに出演させられたこともあるほど。熟女として振る舞いが実に板についている。
劇場の常連客は若いアイドルを応援するにはやや高年齢層の男性が多い。そんな中で、花子の演目は従来のストリッパーとしても溶け込んでおり、安心して鑑賞できるようだ。そのため、花子は歌よりもダンスを重視したレッスンに努めている。彼女の出現は、まさにストリップ劇場の原点回帰といえた。
ゆえに、思う。
「ファファファ、時代は変わる……といったところじゃな」
その機会は、数十年前に訪れた。当時は――先代支配人の寿命直前に生まれ変わった新歌舞伎町――撤回される遺言――劇場跡地をどう使うか、ではなく、自分で盛り上げていかなくてはならなくなり――そんな中、若き日のイワ爺は、さらに歳下の若者と出会った。ストリップという前時代の文化に触れたその若者は――
「ふむ、なるほど……の」
当時の
「ファッファッファ、歩ちゃんがあと三十年ほど早く生まれとればの」
「え……えぇ……?」
戸惑う歩を眺めながら、イワ爺は昔を思い出して朗らかに笑う。全裸限定の天才アイドル――彼女が唄い舞うステージを目の当たりにしていれば、かつての自分とてもう少し若者の夢に耳を傾けていたかもしれない。――いや、劇場を受け継いだ後はバーにでも改装して、と考えていたくらいなのだから――結局のところ、新しい支配人の関心事はそちらだった。ゆえに、踊り娘が去り、観客たちが去っていっても――実質、裸をツマミにする飲酒店として落ち着いている。
だからこそ、花子の存在は原点回帰であり、
そして、歩の存在は――
イワ爺は、それをあえて思考から外す。自分には、自分にできることを。
どんなに若き日のことを思い返そうとも、己が若返ることはないのだから。
「ところで……こんな時間にナニ用かの?」
いくらここが若者たちの街であっても、女子が気軽に立ち寄るような場所ではないはずだ。少なくとも、ステージは夜である。
「近所に温泉が湧いとるそーで、みんなで入りに行くんだすよ」
「ファ、スパのことじゃな」
そこは、少なくとも天然の温泉ではない。
「ファファファ、こんな街じゃからその筋の客も多いが……いま来たのは正解じゃの。なんせ、夜の街が一番眠たい時間じゃからな。ファファファ」
本当はもっと早く向かうつもりだったが、これで丁度良かったらしい。
「そんでは、あたすらはそろそろ……」
「ファ、ファ、ゆるりと英気を養っとくれー」
悠々と掲げた右手を軽く振りながら、イワ爺は彼女たちとすれ違うように去っていく。その様子が、歩には少しだけ気になった。
「イワ爺さん、お買い物かな?」
この街が眠い時間帯であれば、イワ爺本人も眠いはず。
「かもしんないだすなぁ。そろそろお店も開き始める時間帯だすし」
花子はあまり気にしてないようだが、しとれも歩と似たような引っかかりを感じていた。
新歌舞伎町は古く乱雑な建造物がひしめいている。そんな中、老朽化したビル群をまとめて取り壊して建て直されたため、綺麗な箱がドンとそびえ建っていた。
「ひぇ~……都会ともなると温泉も派手だすなぁ……」
言うほど絢爛なわけではないが花子には新しく大きなビルディング、というだけで感動をもたらしてくれるらしい。
「劇場からも近いですし、ステージの後に皆さんでご一緒するのもいいかもしれませんね」
建物自体は綺麗なのだが、歩はこの街自体の雰囲気にまだ慣れていない。暗い汚物を明るく塗り固めたような独特の空気――刺青さえ許容するこの大浴場の遅い時間ともなれば、華やかな背中の方々の関係者が往来しているかもしれない。
「そ、そかもねー、あははー……」
ステージの後という時間帯に来る勇気があるかは別として、だからこそ、いまはゆっくりと楽しみたい。入り口で番台が見張っているようなことはなく、タッチパネルの券売機が人の手に代わっている。シャっと女湯側の自動ドアがスライドし、その両脇には窃盗防止センサーを思わせるゲートが設置されていた。誰しも――たとえ同業者であっても、この街の人間とはできるだけ関わりたくない。新しく施設を開くのであれば、できる限りの自動化の工夫は施すべきなのだろう。
中は、思ったよりも広くない、というのが歩たちの正直な印象だった。床面積のすべてを湯船に使えるわけではないし、男女で完全に切り分けなくてはならないため実質半分となる。それでも銭湯としては充分なスペースか。ただ、いまはオープンしたばかりということもあり、興味本位で足を運んできた客も多い。ロッカーは当然すべて錠付き。飲み物も自販機。どこまでも機械仕掛けである。が、並んでいるラインナップが瓶の牛乳というのも前時代的だ。もはや、このような施設でしか見かけない。風呂屋で雰囲気を出すための小道具として細々と生産されているイメージすらある。
さて、空いている棚を見つけて服を脱ぎ始めた三人だったが――
「…………♪」
室内に流れているのは――巷で人気のガールズユニット『Q・B・ウインクス』のヒットソング――のインストアレンジ。それを伴奏に、歩は鼻歌を口ずさみつつ服を脱いでいく。ここは風呂の脱衣所であり、裸になって当然の場所だ。この行為に何ら後ろめたいものはないのだが――むしろ、後ろめたいものがないから――? 歩の気分はそこはかとなく高揚してくる。ここにはしとれ・花子だけでなく、見ず知らずの入湯者たちも少なからずいるのに。
――だからこそ……?
込み上げてくるものを抑えきれなくなり、歩は部屋の中央に躍り出た。
「~~~~っ♪」
壁に沿って棚が並んでいるので真ん中は通路であり、着替えながらわざわざそこに立つ必要はない。その空間で、歩は構わず唄い出す。ダンスまで完璧にこなして。
しかし、それは
だからか、その中にただ聴くだけでは収まらない者がいた。
「~~~~♪」
一番と二番の間奏中に割り込んできたのも裸の女性。しかし、肌は上気し、肩ほどで切りそろえられた髪もしっとりと艷やかに濡れている。どうやら湯浴みを終えて出てきたところのようだ。しかし、彼女もまた素人の粋ではない。断りなく、打ち合わせもなく、それでも自然に――Q・B・ウインクスふたりのそれぞれのパートに自発的に分けられた。よっつの大きな胸は揺れ、股の毛も交差するように激しく跳ね回る。しかし、そこに厭らしさは感じられない。まるで、CMのPVで着ていた衣装が思い出されるようだ。躍動感ある動きも、まるで本人たちのコピーのように。手拍子まで鳴り始め、これはもう最後まで唄わねば終わりそうにない雰囲気である。しかし――
――歩さまっ!?
聴衆の誰かが長椅子にぶつかったのかもしれない。そこに無造作に置かれていた牛乳瓶がコトンと落ちた。それは床で割れることなく、コロコロと転がってゆき――このままでは歩の足元に――っ!
だが、時すでに遅く。
「~~~~♪ ……っ!?」
歩の歌声が突如途切れた。右足と床の間に挟まっているのは丸い瓶。これまで熱く盛り上がっていた空気が一瞬にして凍りつく。
しかし――
「……~~~~っ♪」
歩の歌は終わらない。軽快なステップは前へと向かっているのに身体は後ろへ。これは――ムーンウォーク――? 違う。むしろ――玉乗り――!? 歩は不安定な円柱を足場にしつつ――それも、幅は片足分しかない。にも関わらず、ちょんちょんと器用にステップを踏み――突然本家にない動きを混ぜられ、驚いたのは相方の方だった。しかし機転を利かせて――
トンっ! と歩が床を足で叩くと、くるくると空き瓶が宙を舞う。ぶつかるほどに急接近したふたりは軽やかに翻り、歌詞の終わりに合わせて――初めての相手にその身を委ねる。だが、無様に衝突することはない。柔らかな胸の中に歩の背を抱きしめ、抱きしめられた歩は天井に向けて手の平を掲げる。そこに――ぽすんと落ちてきた瓶が収まった。
室内はしんと静まり返り――そして、拍手の嵐。大事に至らなかったことで、しとれもほっと胸を撫で下ろす。
だが――
ゾクリ。何か不審な視線が向けられたような気がした。男子禁制のこの場所で良からぬことを考える者などいないはず。しかし――?
「すごいだすっ! 歩ちゃん……プロみたいだすよっ!?」
「ぷ……プロですから。というか、私たちも、一応……」
花子の素っ頓狂な歓声に掻き消されて――しとれは室内の様子を窺ってみるが、その視線の主を見出すことはできなかった。
一方で、歩たちは初めて会ったパートナーと向き合い、笑顔を交わす。
「えーと……こんなときは、なんて言えばいいのかな?」
「ありがとう、と言わせてもらうわ。こっちとしてはこんなに気分良く唄えたのは久しぶりだし」
ボブカットの女性が手を差し出すと、歩もそれを受け取った。
「そしたら……私からもありがとう。楽しかった!」
だからこそ、ふたりは運命を感じる。
「あなた、素人じゃないでしょ」
「いちおー……うん。TRKってユニットやってるんだー」
「ふぅん、知らないわね」
素っ気なく切り捨てつつ、見知らぬ女性は背を向けて自分の脱衣棚の鍵を開いた。が、服をまとう前にやることがある。ピッと人差し指と中指を立てると、その間に挟まれているのはメッセージカードのようなもの。それを手首のスナップを効かせて――宙を滑らせた。歩もまた、鼻先に刺さりそうなところを二本の指でパチリと受け取る。改めて見てみると、それは一枚の名刺だった。
「ワタシ、
地下――といっても、歩たちのように裏世界の人間ではない。いまでは『ライブアイドル』と呼んだ方が通りがよいか。楽曲や舞台をただ一方的に提供するのではなく、握手会など観客と一体となって盛り上げることを売りにしているアイドルである。その分、どうしても箱のサイズは小さくせざるを得ない。それを駆け出しと見るか、ジャンルのひとつと見るかは人それぞれである。
「これはご丁寧に……って、あ、私、名刺ない!」
みんなで頑張って売っていかなきゃいかないのに、こういうところが抜けていた。歩は戻り次第、すぐに提案しよう、と思っていたが――
「……で、いつまで裸で立ち話させる気? あなただって、ずっとそんなカッコじゃ風邪引くわよ」
「そだねー、あははー」
自分は踊るだけ踊って身体が温まっているが、一緒に来たふたりは凍えてしまうだろう。
「それじゃーねー」
花子たちもやってきたので、歩は浴室に向けて踵を返す。
「あなたが唄い続ける限り、きっとまた会うこともあるでしょうね。そのときは――」
「……くちゅんっ!」
何を言おうとしたのかは、花子のくしゃみに掻き消されて聞こえなかった。けれど、構わない。それは、会ったときにわかることなのだから。
***
夕方、プロデューサーが事務所に戻ってくると、歩は名刺の必要性を熱弁する。
「しかし……うーん……宣伝活動はこちらにお任せしていただきたく……」
それに、先日名刺を悪用されたばかりだ。しかし、その相手には興味がある。
「憐夜希さん……ですか」
即興で歩に合わせてデュエットを唄い切るとは只者ではない。しかも聞けば、脱衣所ではあったものの、全裸のままフルコーラスを
「ところで、檜さんは……」
今日はしとれのステージもなく、シフトもない。九階に間借りしているしているわけでもないので、用もないのにふらりと彼女が寄ることはないはずだ。
「私は私で、歩さまとは異なる提案がありまして」
「と、言いますと……?」
そのために事務所に顔を出したのだから、それなりの自信があるようだ。
「レズビアンです」
「え、えぇ……?」
予想だにしなかった一手に、歩は動揺を隠せない。
「我々は女子の集団でステージに上がり、裸になります。これは、レズビアンにとって羨望の舞台ではないでしょうか」
「それは……うーん……でも、どうして急に……?」
「急ではないのですが……そこはお気になさらず」
ヒントになったのはスパでの一幕――ただし、歩たちのステージというより、そこに向けられていた怪しげな視線。それは、メイド喫茶で『ご主人さま』から注がれていたものに近い。だが、あの場に『ご主人さま』はいなかった。つまり、いたのだろう――『お嬢さま』の方が。
そこに。
「話は聞かせてもらったよ!」
突然扉が開かれた。そして、今回もノックはない。開け放ったのは――
「
フォーマルな制服姿なのだから、いまはカラオケのバイト中なのだろう。
「休憩時間。それより、レズを探してるんだって?」
「
そういえば、廻し一枚で女のコ同士の取り組みをステージで演じたこともあったが。
「期待してもらったところ申し訳ないけど、ボクはノンケだよ」
歩の言は決して期待してのものではなかったので、むしろ安心させられた。ならば、むしろ口を挟んできた理由がわからない。
「だったら何故……?」
「“おすもうプレイ”に性別の垣根はないからね。ま、男の人との方がいいに決まってるけど」
「……バイなのですね」
「そう捉えてもらっても構わないかな」
慧の思い描く“おすもうプレイ”を実現するため、彼女は様々な出会い系サイトに登録していた。それは女を求める女の場も含めて。さすがに、成果は上がらなかったが。
「レズにも色々いるからね。ガチガチの人から、バイ気味の人まで。その中からめぼしい人を探してみるのはどうカナ?」
「そうですね……いいでしょう」
「いいんだ……」
何を考えているのか、と心配そうな歩だが、プロデューサーとしては――日頃探しているアダルトビデオ関連とは異なるアプローチも必要だろう、くらいのニュアンスである。
そして、慧が登録していたサイトの中から、ひとりの女子大生に白羽の矢が立てられた。
***
待ち合わせは表参道のカフェ。合流し次第、渋谷に向かう手筈となっている。約束の相手を待ちながら――むしろ、歩の方がカチコチに緊張していた。
「大丈夫ですか、蒼泉さん」
「ひゃいっ!?」
この口調からも、彼は明らかに仕事としてここに来ている。それは歩も承知していた。しかし、その名目を考えると――
「えーと、えーと……そのー……」
頭も回らず、頼んだばかりのアイスコーヒーは一気に飲み干してしまった。それでも胸の奥から湧き出る火照りは一向に収まる様子がない。これは、あくまで名目である。先方の要望が『カップルのプレイに混ぜてほしい』とのことだったから。その人選は、あくまで消去法。高校生である桃や慧、小柄すぎる糸織はプロデューサーと並べた際にバランスが悪い。逆の方向で花子も。
そのような選考を経て、ふたりはプロデューサーと所属アイドルでありながら、いまだけは恋人同士を装っている。だが、それならば、親しげに
それどころではない。
何しろ、現在行っているカップル偽装は出会い系サイトの相手と出会うためのものである。三人でのホテルインは避けられず、状況によっては――状況によるかも知れない。
裸なら、これまでずっと見せてきている。
だが、部屋に入る目的はその程度で収まるものではない。
すなわち――
それは、ずっと歩の中で何度も揺れ動いてきた空想と現実。
というか、これまでずっと裸でいたのに、男女の間で何もなかったことの方がおかしい。
ただ、最近は人も増えてきたので、少しは諦めもついてきていた。
なのに!
再会した当初に見逃した好機が、こうしてふいにやってきたのである。今度こそは、このわだかまりを乗り越えたい。外着は白のブラウスに水色のスカート。いずれも、今日のために用意してきたものだ。どんなことを求められても大丈夫なよう、心身ともに準備は整えてきている。
だというのに――
どうしてこうも平然としていられるのか、と歩はちらりと隣の男の顔色を窺う。一応、スーツではなく普段着で来てくれたみたいだけど。彼が平然としていられる理由はただひとつ。一線を越えそうになったら種を明かして止めるつもりだからだ。何故なら彼は、蒼泉歩だけでなく、TRKプロジェクトのプロデューサーなのである。それを忘れて、私欲に走ることはない。
ふたりの間に少なからず温度差はあるものの、予定の時刻は近づいてくる。プロデューサーが待つのはその時間。歩の意識には、そこからさらにホテルまでの移動も加わる。
ひとまずは、プロデューサー時刻の五分前。
「良かった……ちゃんと
聞き慣れない声に振り向くと、歩と同じような照れと恥じらいを含ませた女性が立っていた。華やかな桃色のワンピースに薄手のカーディガン。プロフの写真では顔を隠していたが、その雰囲気で何となくわかる。少し癖のある真ん中分けの前髪に、肩くらいまでのミディアムヘア。おっとりと大人びた顔つきも、いまは少し緊張している。だが、その視線の先は彼ではなく歩の方だった。やはり、女性のためのサイトで出会っただけはある。彼はあくまで歩の
「えーと、『だっこちゃん』……さん、ですね」
「実際に声に出すと恥ずかしいですねー……」
自分でつけた名前だったが、そこまで考えていなかったらしい。だが、別名も即座には出てこない。
「じゃー……お姉ちゃん、って呼んでもらえれば」
「は、はぁ。それでは、お姉さん」
さすがに、ちゃん付けは彼も避けた。ともあれ、先方と合流できたのである。ここからは公に話すことでもない。指定されたこの店の座席は開かれすぎている。予定通り、場所を移すべきか。
「早速まいりましょう」
そう言って彼は腰を上げたが、歩は腰が引けている。
「ひゃいっ!?」
い、いきなり本番!? 歩が見積もっていた脳内時計は急速に早回しを始めていた。
店の前で待っていたのは、黒塗りの高級車――ではなく、普通のタクシー。すぐに移動できるよう、予め配車しておいたものだ。
女性ならば、女性である歩と隣席した方が安心だろう――そう考え、彼は開かれた後部扉の最奥に乗り込んだ。が、お姉ちゃんは歩との間にすばやく割り込んでくる。これにはふたりは驚かされた。その真意は未だ見えない。が、緊張ゆえの行動なのだろうか。
特に口数もなく、静かなまま目当てのホテルにはすぐに着く。彼自身が予約したもので――当初、普通のビジネスホテルの三人部屋を取ろうとしていたので、確認のために尋ねられた歩はすぐさま止めた。そんな部屋に連れて行ってはヤる気がないと疑われてしまう。むしろ、ヤる気ないの!? と女のコからの念波を感じ取ったのか――イレギュラーではあるが、普通のラブホテルの二人部屋に三人で入っている。当然、ホテル側から許可はもらった上で。
部屋の灯りはその用途の都合上、隅々まではっきりと照らすようなことはない。ベッドがやたらと広い分見えている床は狭く、これではほぼ通路である。入室してきた彼らは、否応なしにまっすぐ一列に並べられた。扉を開いて先行して入室してきた彼は、そのまま奥に押し込められている。
ここに来るまで、揃って無言だった。赤らみが増しているのはどちらの女のコも変わらない。が、瞳の動きが定まらない歩に対して、お姉ちゃんの心は決まったようだ。
「それじゃ、ぬぎぬぎしちゃおうねー♪」
部屋に入るや否や、歩の方に掴みかかる。
「え? え?」
胸元にかけられている指先は、期待していた相手ではなく同性のもの。それで、ようやく我に返り始めていた。コレ、オーナーのために着てきたんだけどー……! 私たち、カップルって設定だよね!? なのに……冷たすぎない!? いくら女同士だからって、これってそのー……寝取られってヤツじゃないの!?
服が剥がされていくと、歩の心は広がっていく。だからこそ少しずつ
ともあれ、この状況を了承して三人は来ている。ゆえに歩には脱がされることを拒むことができない。
女のコを脱がしている女のコは、上機嫌にこれまでの経緯を語り始める。
「最初は
で、実際に会ってみたら、ホテルで待ってるだの何だの言って、結局ひとりであることが発覚するのだ。彼女の要望は『3Pのためにご一緒させてくれるカップル』である。ふたりきりで会うつもりはない。
そしてそれこそ、プロデューサーが彼女と会うことに決めた理由でもある。このようなケースでは、カップル側の男が募集をかけるのが常だ。女性自ら、しかも単身で飛び込みたいと求めるのは類を見ない。おそらく、何か特別な事情が――そこに彼は<スポットライト>の可能性を期待したのである。
楽しそうに脱がしにかかっているこの女性は、ぼんやりとだが<スポットライト>を帯びているようだ。やはり、彼女はこの方向性で輝くらしい。だが、男からの視線に気づくと、お姉ちゃんはその手をぱっと止める。
「ほらほら、貴方も脱いでー」
そして、自分も。お姉ちゃんの手付きにはすでに恥じらいはない。むしろ、すぐにでも裸になりたいようだ。このままではいくところまでいってしまうだろう。どこまで許容するか、彼は迷っていた。少なくとも、今後ステージに上がってもらうことを考えれば、裸についてそこまで懸念する必要はない。一方で、男の裸にはさほど価値もないだろう。すでに、わずかではあるが<スポットライト>を感じているのだから、スカウト自体は決定事項だ。ゆえに、これは接待に等しい。だが、その域を超えては今後の活動に支障を来す。あとは、切り出すタイミングだけ。全裸で思案しているプロデューサーだったが、幸いなことにゲストの意識は異性ではなく同性に向いている。
「うふふー、ぎゅってしてー、ぎゅってー」
歩は、先程から気になっていた
だが、ゲストは興奮を増しているようで、ついには彼への催促も始めた。
「そんなとこに突っ立ってないで、こっちに来て来てー」
彼は、この女性をより輝かせる術を知りたい。そのためならば――抱擁くらいなら許容範囲だろう、と彼は考える。なので、言われるがままに。だがそれは、歩にとっては看過できない。両腕を伸ばして彼を求める隙を突き――せめてもの抵抗として、手の位置をさっと上げ、自らブラジャーの役を買って出た。が、それは案外瑣末事だったらしい。
「うふふふふー。ぎゅー、ぎゅーっ!」
とにかく、抱き合っていれば嬉しいようだ。歩の手はふたりの胸に挟まれたまま、グリグリと擦り付けられている。だが、これでは――手の甲とはいいながらも、自分の手で男の胸を撫で回しているようなもの。歩の認識から、徐々にもうひとりの存在が抜けていく。わ、わわわ…私…オーナーを……オーナーと……っ!?
思わず力が入った両腕の中でも、締め付けられるゲストの女のコは嬉しそうだ。
「いいのいいのー。盛り上がってきたのーっ!」
裸の女のコに抱かれる彼は、凄まじいまでの熱量を感じている。だがそれは肌の温もりだけではない。むしろ、強く、熱く放たれているのは眩いばかりの<スポットライト>。このような光を見せつけられては、その本能を抑えることはできない。ただしそれは、プロデューサーとしての本能――前後から男女に挟まれて美しく輝くこの女性をどのようにプロデュースすべきか――その期待が、彼に生きる気力を漲らせる。
そして、そんな彼を抱きしめる彼女も。ふたり分の抱擁に挟まれて、ただただ恍惚としていた。この場で焦りを募らせていたのは、蒼泉歩ただひとり。
――私もオーナーを抱きたい――というか抱かれたい――オーナーも私たちを抱きたがっている――と、反応している彼の身体つきからそう察する。この際、三人ってのは目を瞑るとして――!
「あのー……そのー……お姉ちゃん……?」
怪しげな心持ちの中で姉と呼ぶのは、プレイの一環のようで恥ずかしい。だが、このままではふたりまとめてベッドに投げ倒してしまいそうだ。
「そろそろ、ほら……続き……とか?」
裸の男女が抱き合って、このまま終わるはずがない。自分たちはそのために来たはずだ。なのに、そう考えているのは歩だけだった。
「続き……と言いますと……?」
男としてあるまじき発言。彼の中に歩が思い描く続きはなく、自分を抱くスカウト対象をさらに輝かせる方法を模索していた。そして、この混沌にお姉ちゃん自ら答えを示す。己の欲望に忠実がゆえに。
「続きってことは……四人目呼んじゃう!?」
「なんで!?」
これ以上人をふやしてどうするの!? 何を考えているかわからず、歩は思わず耳元で叫んでいた。だが、彼は動じることなく、要望に応じようと考えを巡らす。
「それは、男性ですか? 女性ですか?」
「どっちでも♪ みんなでぎゅーってするのが気持ちいいのー」
「女性であれば、まだまだ呼ぶことができるかもしれませんが」
グイグイ進んでいくふたりの会話に、歩は口を挟めない。
「ホントに!? いっぱい!? 貴方、何人と付き合ってるのー!?」
その声色は弾んでいるので、非難する意図はないようだ。むしろ、怪訝な様子を見せるのは歩の方。
「オーナー……呼ぶって……メンバーを……?」
デートのつもりでここまでやってきたのに、いよいよ雲行きがおかしくなってきた。だがこの一言はふたりの関係が恋人同士ではないことを自白するようなもの。
「オーナー……メンバー……貴方たち、何者なのー……?」
ゲストの両腕から興が削がれ、するりと落ちて男を放す。なので、彼はそのまま壁に掛けていた上着へと向かった。しかし、それをまとうためではない。必要なのは名刺入れ。このような格好でビジネスマナーもあったものではないが。
「私は、アイドルグループをプロデュースしている者でして……」
あまりの急変に、お姉ちゃんは差し出された名刺を見て固まっている。だが、それでようやく思い出した。待ち合わせていた喫茶店ではただ小さくなっていただけの女のコ。しかし、いまはあの姿とはっきり重なる。
「あ、もしかして、スパの脱衣所で唄ってたのー……」
「そだよー、あははー。思い出してくれて嬉しいなっ」
「ふたりはお知り合いだったのですか……?」
これにはプロデューサーの方が驚かされる。だが、どうやら話は円滑にまとまってくれそうだ。
***
偽って呼び出された彼女だったが、それで怒ることはない。
「うふふー、おねーちゃん、すっかり騙されちゃったのー」
初々しいから、付き合い始めかと思ったのー、と歩をチラリと見る。見られた歩は――本当のカップルだと思われたことについてはまんざらでもないらしい。
だが、この状況は――
メンバーがみんなで裸になることは珍しくもない。だが、男性であるプロデューサーまで全裸とは。恥ずかしそうに股間を隠しているので、いまはプロデューサーとしてより男子としての面が出てしまっているのだろう。
ここは劇場でなく、オーナーの経営するカラオケボックス最上階。店舗は未だ営業中だが、メンバーではない普通のアルバイトに任せている。
さて。
新しく加わった彼女の名は
「お風呂行くなら一緒にね? ねっ!?」
「ええいっ、ひっつくな鬱陶しいっ。行くなら居候組と一緒に行けやっ」
糸織の小ささが実家の妹を彷彿とさせるようで、朱美はついつい抱きしめたくなってしまうようだ。
「しかし……女同士が裸で抱き合う、というのも……」
「いいや、ボクにはわかるよ。肌と肌でぶつかり合ってこそ、おすもうプレイだよね」
しとれはやや困惑しているが、慧は都合のいい意味合いで納得している。
朱美自身、実家を出るまで気づかなかった。弟ひとり、妹ふたり――みんなでじゃれ合い、それこそお風呂でも。それが、かけがいのない癒しになっていたとは。
「裸で抱き合いたいなら、彼氏でも作れば良かったのに」
「それは……うー……」
男の人とふたりきりでは緊張の方が強い。こうしてみんなで抱き合うからこそ楽しい、と朱美は思う。肌と肌の触れ合いを求めて大衆浴場に赴いてみたものの――そこはあくまで風呂であり、触れ合いを目的としている場所ではない。なのに、唄い踊り、濃密に抱き合っている女のコがふたり。そんな渇望する熱視線を――しとれは敏感に察知した。歩も察知こそしていたものの――それは、他の観衆の視線と入り混じってさほど怪しげには受け取らなかった。が、その顔は忘れていない。自分の歌を聴いてくれた人たちのことは、決して。とはいえ、それを思い出したのは喫茶店ではなく、ホテルで服を脱ぎきってからのことだが。そしてそれが、他の視線とはちょっと違っていたことも。
とはいえ、朱美は同性愛者というわけではないらしい。裸のプロデューサーのことをチラチラと意識している。抱き合うならやっぱり男の人の方が――けれど、ふたりきりは疲れるし、男だけに囲まれても女だけに囲まれても満足できない。その結果がコレである。
「それじゃ、みんなで――」
彼から見て三六〇度逃げ場なし――どちらを向いても全裸の女子である。プロデューサーとして向き合っているときは冷静でいられるものの、八人の女のコから品定めされるように凝視されては――しかも、自分は
「お、お手柔らかに……」
許しを乞うような彼の小さな声は、朱美の号令によって掻き消された。
「レッツ・おしくらまんじゅうなのーっ!」
それはもはや、相撲の取り組み。ゆえに、合図を下した本人よりも慧は素早く反応する。が、勝負とあれば手を抜けないのが糸織の
だが――
ふわり、と彼の身体が優しく、温かく包まれる。
「……蒼泉……」
トン、トン、と水面を跳ねる小石のように。瞬きする間もなく、歩は彼の背中に寄り添っていた。そして、ぎゅっと抱きしめる。ずっと、こうしたかった――彼の大きな背中をこの胸で感じたかった――しかし、嬉しさに頬を緩めている余裕はない。
「ウチが一番乗りやでーっ!」
「あーっ、割り込まれたーっ!」
「というか、おすくらまんじゅうは背中合わせだべ?」
次の瞬間には裸の女のコの雪崩が柔らかさとは程遠い勢いで押し寄せてくる。
「う、ぐ、ぬ、ぐぁ、潰れ……っ」
男であれば感激するはずのところだ。が、さすがにこれは度が過ぎている。
何とかプロデューサーを抱きしめられた朱美だったが、これはもはや前にも後ろにも、右にも左にも動けない。まるで朝の満員電車のようだ。しかし、そこで妨げていたものがここにはない。服の上からでは苦しいだけ。やっぱり、こうして――
「うふふふ、幸せなのー。幸せなのー♪」
いっぱいの人肌に囲まれて、朱美は冷たいこの街でようやく温もりを見つけることができたようだ。